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アルは今日も旅をする  作者: 建野海
第一部 一章 セントールの何でも屋
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第4話:一日の始まり

翌日、いつものようにベッドの上で目が覚めたフィードは違和感を感じていた。だが、その理由はすぐにわかった。


「おい、アル。お前俺のベッドに入るなって何度も言ってるだろうが」


 上半身を起き上がらせたフィードのすぐ横には、寒そうに身体を震わせてベッドの上で丸まっているアルの姿があった。


「マスター、寒いです。早く毛布をかけてください」


 一ミリも身体を動かすことなく、アルは言う。


「あのなあ、わざわざお前のためにもう一つベッドを用意してあるのになんで毎回毎回俺の方のベッドに入ってくるんだよ」


 何度言っても自分の言うことを聞かないアルに呆れながら、フィードはベッドから降りる。そして、素早く外出用の服に着替えると、グリンによって洗われて綺麗になった赤色の上着を羽織る。その際、アルの身体に毛布を覆い被せて寒くないようにした。


「それじゃあ、俺は今日も盗賊の方の事件を調べて来るから、お前は大人しくグリンさんの言う事を聞いておけよ」


 それだけを言い残してフィードは部屋を出て行く。

 扉の閉まる音が聞こえ、しばらくするとアルは毛布を身体から剥がして起き上がった。元々アルにとってフィードと共にいる事自体に意味があるのであって、フィードがいなくなってしまってはベッドにいる意味もないのだ。


 フィードとアルの関係は少々、というよりかなり特殊だ。


 一般的には奴隷と主人という関係なのだが、実際に彼らが話している姿を見て、すぐにそうだと気がつく人は少ない。

 そもそも、奴隷というのは主人に思考、言動、最終的には命までも握られている状態である。奴隷の主人は彼らの命を金で買っているのだ。主人が気に入らないと判断して、奴隷の身体に刻まれている烙印に命じれば、その命を絶つことなんてことは訳もない。

 そのため、一般的な奴隷は主人の顔色を伺い、媚びへつらっている者が多い。もちろん例外はあるが、アルとフィードはその中でもまた例外中の例外だろう。昨日の一件でもそうだが、奴隷が主人を罵倒するなど特殊な趣味があるもの以外では普通あり得ないからだ。

 かといって、アルがフィードに対して常日頃そのような態度であるかというとそうでもない。普段はフィードがアルに対してふざけた態度を取っているため、アルの態度も必然冷たいものになるのだが、荒事などの際はフィードは普段から想像もできな程真面目な態度をとるようになる。そのときはアルもふざけた態度を取る事もなく、いつもとは違った対応を見せるのだ。

 しかし、そんな事態はそこまで多くないので、結局冷たい態度でフィードに接する事が多くなってしまうアルであった。


(全く、私があなたの傍にいないと眠れない理由をもう少し考えてくれてもいいと思うんですが。いえ、これは私のわがままですね。奴隷の身分で十分な衣食住を提供してもらって、その上言論の自由まで。

 ……思えばマスターに何かを強要されたり抑圧されたことなんて今まで一度もありませんでしたね。本人も便宜上奴隷という立場になってしまうって言ってましたし)


 かつてフィードに奴隷という立場から解放され、その後自ら望んで彼の旅に同行するようになってはや数ヶ月が経った。

 普段からキツい物言いをし、冷たい態度を貫き、外敵から身を守っているがその実信頼できる相手がいないからそのような態度になってしまっていることをアルは自覚していた。だからこそ、今アルが一番信頼できる自分の主、フィードの傍を一緒にいるときは離れないようにしているのだ。

 また、無自覚、自覚があるかどうかは別として、アルは常にフィードの姿を目で追っている。もっともアルのその行動にフィードが気がついているかどうかはわからないが。

 アルもまた羽毛でできた温かな上着を羽織ると、部屋の換気をするために窓を開け放つ。部屋の床に溜まったホコリがふわりと宙に舞い上がり、外の新鮮な空気と入れ替わっていく。

 急に舞い上がったホコリにアルは少し咳き込み、口元を押さえながら部屋を出た。


(しばらくは窓を開けて換気をしておきましょう。だいぶ中の空気が淀んでいましたから)


 そうしてアルは宿の二階に存在する自分たちの部屋を後にして一階の食事場に降りて行った。


「おや、アルちゃん。今日は少し遅めの起床だね。フィードさんはもう出かけちゃったわよ」


 宿に泊まっている他のお客が食べた食事を片付けながら、グリンが明るい笑顔とともにアルに声をかけた。


「おはようございます、グリンさん。マスターが出かけた事なら知っています。今日も……置いて行かれたので」


 しょんぼりと肩を落としながらアルは答える。その言葉はアルの奇抜な容姿と、親に見放されて落ち込む子供のような姿とのギャップからグリンやその場にいた者の母性本能を激しくくすぐった。


「もう、あたしがこの子の親なら絶対に置いて行ったりなんてしないのにね! フィードさんも色々と考えてアルちゃんをここに置いて行っているんだろうけど、まったくこれじゃあこの子がかわいそうだよ。安心おし、今日フィードさんが帰ってきたらあたしが一言言っておいてあげるから」


 そうだ、そうだ! と周りにいる宿泊客も同意の声を上げる。もっとも彼らの中でフィードの顔を知っている者はほとんどいないし、アルが奴隷だと知っているものもグリン以外にはいない。変わった容姿をした異国人とその保護者である旅人とぐらいの知識しかないのだ。

 そのせいか、フィードによく宿に置き去りにされ、グリンの仕事の手伝いをしていたアルはその容姿とフィード以外には余り話さない事から自然と寡黙で変わった容姿の可愛らしい少女と周りの人間から評価をくだされていた。

 そして、一度決まった評価というのは中々変わるものではなく、宿に長い間滞在しているという事もあって、宿に泊まりにきた客や食事を取りにきた客からアルは新しく入った住み込みの可愛らしい少女と認識され、いつの間にかこの宿の看板娘としての地位を確立しつつあったのだった。


「グリンさん、どうもありがとうございます。それで今日は何を手伝えばいいんですか?」


 ペコリと腰を曲げてグリンにお礼を言うアル。この宿に滞在して、もうそれなりに月日が経とうとしている。その際、フィードに置いて行かれる事の方が多かったアルは自主的にグリンの手伝いをし始めたのだった。

 最初はお客にそんな事はさせられないと断っていたグリンだったが、フィードもアルのやる事がないとわかっていたため、料理などを覚えさせるという理由でグリンにアルの手伝いを認めてほしいと頼んだのだ。

 結局、二人のお願いに根負けしたのか、グリンはアルの手伝いを認める事にしたのだった。


「そうだね〜。ひとまず料理の材料が朝に使って少し足りなくなってきたから買い出しに行ってもらえるかい? その後の指示は帰ってからまたするから」


「わかりました。それでは買い出しに行ってきます」


 カウンターの隅に置いてあるメモが書かれた用紙をグリンはアルに手渡すと、そのまま他のお客の料理を作りに厨房へと引っ込んでしまった。

 アルは受け取った紙に書かれた内容をじっくりと見て、それを片手で握りしめたまま上着についているフードを深くかぶる。


(必要なのは鳥の胸肉とあとは玉葱、それからジャガイモですね。これなら一度の買い出しで済みそうです)


 アルは必要な食材を記憶し、メモを空いているポケットに入れ、カウンターの中に入り、置いてあった買い出し用の硬貨袋を持ち、宿を出ていったのだった。


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