第33話:真実
肌寒い風が朝から吹き抜ける。研究所の近くに植えられた木が落とした木枯らしが風に舞い、外を歩く人々の身を震わせる。研究所の中庭にある小さなベンチではそんな風にして寒さに耐えている人々と離れて一人本を読む女性の姿があった。
「やあ、相変わらず熱心に資料を読んでいるんだね」
そんな女性に声をかけたのは小太りした体型の中年男性。一見すると優しいような顔つきだが、よく見てみるとどうにも胡散臭そうな雰囲気を感じてしまうそんな男性だった。そんな男性の言葉を無視する形で女性は返事もせずに書物を読み続ける。そんな様子を見て男性はやれやれと肩をすくめて女性の方を叩いた。
「……? ああ、ドードさん。どうかしましたか?」
肩を叩かれて顔を上げた女性はそこで始めて自分の目の前に人がいるということに気がついた。
「どうかしたじゃないよ、シア君。集中するのもいいけれど、もう少し周りに気を配っていてもいいんじゃないか?」
「これは失礼。なにぶん一度本を読み出すと周りが見えなくなるもので」
「君がそんな風なのはここにいる研究員みんなが知っているからもう驚くこともないんだが、さすがに声をかけて無視されるのは気分がいいものじゃないからね」
ニコニコと笑顔を浮かべるドードだが、シアはそんな彼を一瞥するとたいして興味もなさそうな態度をとり、再び書物に目を移して話を続けた。
「それで、何か用でしょうか? 見ての通り私は今論文の資料を読むのに忙しいのですが……」
シアの手元にある本以外にもベンチの上には彼女が持ってきたと思われる何冊もの書物が置かれていた。そのどれにも幾つもの付箋が貼られ、何度も繰り返し読まれたと分かる手垢がついていた。
「あ、ああ。それはすまなかったね。それで用というのはだね、ジョゼ先生が君の事を探していたんだよ」
言葉では謝っていてもその表情に浮かぶ笑顔を絶やさないドードを見て気味が悪いとシアは感じていた。己の身体を撫で回すように見るその視線は彼女にとって到底受け入れられるものではなく、生理的にこの相手は無理だと思わせる。読んでいた本を閉じ、置いてあった他の本の上に重ねて立ち上がるシア。
「それはどうも、わざわざありがとうございます。それではあたしはこれから先生の所へ向かいますので」
形式上のお礼をドードに告げると、シアは即座にその場を去った。中庭から研究所の中へと入ったシアは早速ジョゼの研究室へと向かった。そして、研究室の前に辿り着くと、扉を何度かノックし中へと入った。
「先生、シアです。何か用事があると聞いて来たのですが……」
しかし、中に入ったシアを待っているはずのジョゼの姿はそこにはなかった。
(どこに行ったのかしら? もしかして昼食を取りに外へ出かけたのかも)
目的の人物のいない研究室を後にし、シアは研究所の館内を歩き回る。ジョゼが戻ってくるまでの間どこか落ち着ける場所で先ほど中断した読書を再会しようと考えてのことだった。しばらくの間うろうろと館内をさまよっていると、廊下の奥、研究所の立ち入り制限区域に向かうジョゼの後姿がシアの目に入った。
(そういえば先生、最近制限区域によく行っているみたいだけれど一体どんな研究をしているのかしら)
これまでさまざまな知識をジョゼから教えてもらっていたシアとしてはここ最近ジョゼが制限区域で何かしらの研究を行っているということは実に興味深いことだった。しかし、シアは制限区域に立ち入ることを許可されておらず、もやもやとした気持ちを抱えたままこれまで過ごしていた。
(もし見つかってもドードに急ぎの用事だと聞いたって誤魔化せばいいわね。それに最近下手に周りが天才だなんて持ち上げるから大人しくしてたけれど、どうもそういうのはあたしの性に合わないのよね……)
知る人は少ないが、自身がお転婆であることを自覚しているシアは、ニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべ、先を行くジョゼの後ろをこっそりと追いかけていった。距離を取り、廊下の曲がり角などに隠れながらジョゼの後方を歩くシア。しばらくすると、ある一室にジョゼは入っていった。廊下の影に隠れ、ジョゼがその部屋から出てくるのを待つシア。時間が経ち、ジョゼが部屋から出てくる。見つからないように息を潜めてジョゼが通り過ぎるのを確認すると部屋の中へと入っていった。
「失礼しまーす」
声を潜めて中へと入ったシア。暗闇に包まれた部屋は一見すると何もないかのように思える。
(……なに、この匂い?)
しかし、中に入ったシアはすぐさまその部屋の異常性を悟る。部屋の中から漂う悪臭。薬品が放つ独特の香りに混じり、血の匂いや腐乱臭がした。徐々に暗闇に目が慣れ、部屋の奥になにやら長机が置かれていることに気がつく。どうやら匂いの元はその机からするようだった。
一歩、一歩と嫌な予感がしながらも好奇心を抑えることができずその机に向けてシアは歩いていく。そしてとうとうその机の横に辿り着き彼女は信じられない光景を目にした。
「なに……これ」
眼前に映し出されるのは身体のあらゆる部分を切り刻まれ、魔術の刻印が刻まれた人間の姿だった。度重なるッ実験によって元の性別は分からなくなっている。身体の一部、特に下半身はどうやってかは知らないが異形へと変化をしている。その醜悪な姿や吐き気をもよおす強烈な匂いにシアは思わず口元を抑える。
彼女が普通の感性の持ち主であれば、あまりの光景のショックからすぐにこの場を立ち去り、非現実的なものを見たと解釈して、今日見たものを忘れただろう。しかし、真摯に魔術に携わっていたきた彼女は、不幸なことに人が良すぎた。
「これ……どんな魔術使っているのかは分からないけれど明らかに人体実験よね」
目の前にあるものが非合法的に行われている魔術の人体実験だということを理解するシア。そもそも、魔術の人体実験を行う際は、両者の合意が得られていなければならず、その危険性に関しても可能な限り最小限に抑えるという条件を飲んで行われるものが普通であるのだ。しかし、今シアの目の前で行われていると思われるこれは明らかに常軌を逸脱していた。
「まさか先生がこんなことをしているだなんて。信じられないけれど今目の前にあるのは紛れもない現実。研究者たるもの目の前で起こっている現象から目を背けるなんてことは非合理的だわ。それがどんなに認めたくない現実でも」
拳を強く、強く握り締めるシア。長く伸びた爪が掌に食い込んで皮を裂き肉に突き刺さり血を垂れ流す。彼女にとって目の前で起こっている現実は認めたくないものであった。魔術を使えない自分に熱心に教育を施してきた恩師がこのような非人道的な行為を行っているということを信じたくなかったのだ。
だが、彼女はその現実から目を逸らさず、直視した。そして決断するとその行動は早かった。
(ひとまずこのことを魔術師団に報告しないといけない。でも、先生は昔から魔術師団と関わりがあるから、もしかしたらこの実験に関与している人間がいるかもしれない。うっかりその人に報告して私の身が危なくなるなんてことになったら元も子もない。ここは私が信頼できる人物でこの実験に明らかに関与していない人物に真実を伝えることで私に何かあってもいいような保険を作っておかないと)
そう考える彼女の脳裏に浮かんだのは一人の男性の姿だった。昔からずっと一緒に過ごし、切磋琢磨してきあった存在。そして一年と少し前にこの国を訪れた二人の友人と彼の妹の手助けもあって晴れて恋人となった大切な相手。彼ならば今自分が目にしている光景について安心して話すことができる相手だと思い、シアは勢いよく部屋を出て制限区域を出て行った。もちろん周りには注意を払って。
そのまま研究所を出て彼女は恋人の家へと駆け出した。走って、走って、時折他の通行人にぶつかりながらも走り続けた。息も切れ、大量の汗を掻いた彼女はある一軒の家へと辿り着いた。一度大きく深呼吸をすると彼女はその扉に向かってノックをする。
真実はこうして彼の元に伝えられ、彼女は実験を暴くために行動を開始する。
だが、彼女は気がつかなかった。周りに注意を払い、誰も己の姿を見ていなかったと思っていた制限区域。そこに、自分を見つめる小太りな男の姿があったことを……。
玄関をノックする音が聞こえてリビングにいた三人は思わず立ち上がった。すぐさま、クラリスが椅子から立ち上がり玄関に向かい扉を開ける。
「おや、どうしたんだいクラリスちゃん。そんなに驚いてまあ。ほら、これおすそ分けだよ」
扉の先に居たのは彼女の待っていた存在ではなく、隣に住む人のよいおばさんであった。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言い、料理を受け取ったクラリスはそれを持ってリビングへと戻ってきた。再び椅子に座ったクラリスは深いため息を吐き出した。リビングにいる三人の間には昨日からずっと重苦しい雰囲気が漂っていた。
『クローディアさんは……この家を出て行きました』
昨日のアルの言葉を聞いて最初二人は戸惑った。最初は単に用事があって出かけただけだろうと思っていたのだが、アルが語ったクローディアの言葉によってそれは否定される。
『クローディアさんは家を出て行く前に私にこう言ったんです。
『やらなきゃいけないことがある。今まではほんの少しだけ躊躇いがあったけれど、それももう捨てた。唯一の心配はクラリスだったけれど、あの子も成長している。それに今はフィードがいてくれる。だから僕はこの家を出て行く』
それを聞いた私はクローディアさんを止めようとしたんですけれど何でか急に眠気が来てしまって……。気がついたらマスターとクラリスさんが傍にいたんです』
アルの言葉に二人は驚き、クローディアが本当にこの家を出て行ったことを悟る。それを理解したクラリスは自分のせいだと責め、フィードは二人を置いてクローディアを探しに出かけた。もちろん、刺客の件があったため警戒のために彼女たちの家にの周りに探知の結界を設置して。しかし、どれだけ探してもクローディアの姿は見当たらなかった。
そして、クローディアが姿を消してから丸一日が経過した。
もしかしたら学院には来ているかもしれないという淡い期待を持って向かったフィードとクラリスだったが、その期待はむなしく裏切られる。むしろ、学院では何の連絡もなく講義を欠席したクローディアがもしかして犠牲者となったのではないかという噂が立ってしまい、事態は随分と大事になり始めていた。クラリスが学院に行っている間、それから迎えに行った後からつい先程までクローディアの行方を追っていたフィードだったが一切の手がかりも掴めずにいた。
「やっぱり、私のせいですよね……」
沈黙を破り、おもむろにクラリスが呟く。今回の件で一番ショックを受け、責任を感じているのはまさに彼女であった。
「そんなことは……」
クラリスの言葉を否定しようとするフィードだったが、状況が状況なだけにクラリスの言葉を否定できなかった。アルから聞いたクローディアのやるべき事。それが何なのかは分からないが、どうにも嫌な予感がして仕方がなかった。
トリアで起こっている殺人事件、昨日フィードたちの元へ放たれた刺客。そしてクローディアの突然の行動。これら全てが繋がっているのではないかという不安がフィードにはあった。
「クラリス。俺はもう一度クローディアのやつを探してくる。俺が戻ってくるまでは一応家から出ないでくれ。万が一昨日みたいなことがあったらアルを連れてすぐに逃げろ。俺もなるべく気をつけておくが、もしかしたら間に合わないなんてことにもなるかもしれない」
その言葉にクラリスは頷く。それを確認するとフィードは剣を持ち、再びクローディアを探しに街へ出た。夏季にもかかわらず、恐ろしいまでに外は冷え込んでいる。普段はちらほらと見かける人通りも今夜ばかりは全くといっていいほどなかった。一瞬、人払いの結界が張られているのかと警戒をしたフィードだったがそんなこともなく、逆に何もないのにこんな状態に街が陥っていることを不気味に感じていた。
昨日までは聞こえていた虫の音も今日は何故か聞こえない。昨日と同じなのは足元を照らしている篝火と、夜空に浮かぶ青々とした月のみ。
地をける際に鳴る靴音がやたらと耳に響いている。普段は聞こえない呼吸音もやたらと鮮明に聞こえる。周りを警戒し、クローディアの姿をフィードは探し続ける。
随分と長い時間歩き続け、夜も更けた。家からも遠く離れ、もう帰ろうかとフィードが思っていると彼の耳に微かに聞こえるものがあった。
(……なんだ? 今微かにだが誰かの声が聞こえた)
警戒を強め、己の息を潜めながら耳を済ませる。そうして聞こえてきたのは荒い呼吸音。それから助けを求める叫び声。
(聞いた以上見過ごすわけにはいかないな。距離はそう遠くない。もしかしたらこいつが今街を騒がせている殺人鬼かもしれない)
フィード自身復讐という行為によって自らの手を血で濡らしているため、善人とはけしていえない。しかし、目の前で命が失われていようとするのを黙って見過ごすほど悪人でもなかった。
「速さを。効率を求め、より単純、より俊敏に――インプロスピード――」
何が起こってもいいように身体強化の魔術を己に施す。万全の状態で声のしたと思われる方角に向けてフィードは駆け出した。入り組んだ迷路を次々と駆け抜け、次第に大きくなる声の元へと向かう。だが、ふいにそれまで聞こえていた声が消えうせた。
(まさか……。くそッ手遅れになる前に……)
ようやく辿り着いた路地の先には僅かに感じる気配が一つあった。月が雲に隠れているため、光が遮られ暗闇になっている路地の奥は夜目が利くフィードでも暗くて何があるのか見えなかった。少しずつ近づいていくフィードに路地の奥にいる人間も気がついたのか気配をフィードへと向ける。
「おい、お前……」
暗闇の先にいる人間に声をかけるフィード。だが、帰ってきた言葉に彼は驚愕することになる。
「……フィード?」
聞こえてきた声は紛れもなく彼が昨日まで一緒に過ごしてきた友人の声だった。その声を聞いて驚き、同時に安心すると共に未だ姿の見えない友人に何か起こっているのではないのかと心配する。
「クローディアか? お前、こんなところでなにやってるんだよ。急に家を出て、クラリスのやつなんて責任感じて自分を責めてるぞ。昨日いったろ、きちんと仲直りしろって」
月が徐々に雲の切れ目から姿を現し始める。奥にいるクローディアの元へ向けてフィードは少しずつ距離を詰めていく。
「うん、ごめん。本当に仲直りしないといけないと思ってたんだ……。でも、昨日ちょっと僕に用事がある人が来ててさ。どうもそうも仲直りしている状況じゃなくなったんだよ」
「どういうことだよ?」
「フィードはたぶん分かってくれると思うんだけど……」
そこまでクローディア言葉を口にしたところでフィードはこの場の異常にようやく気がついた。
(――なんだ? これは……血の匂い? なんで、そんなものがここからするんだ。この場には俺とクローディアしかいないはずなのに)
もしかしてクローディアが怪我をしているのではないのだろうかとフィードは考える。
――否。
本当は心のどこかでフィードはある予想を立てて、今起こっていることがそれだということに気がついていた。しかし、それをどうしても認めたくない心がその事実を直視させない。
「ちょっとさ、ゴミ掃除に忙しくて。ああ、でも大丈夫。もうすぐ全部終わるんだ。そうしたらクラリスにも全部訳を話してこれまでみたいに仲良く暮らせれるよ」
徐々に明かりに照らされていく路地。奥にいるクローディアの顔から順に照らされていく。
「クローディア……お前ッ!?」
雲が完全に流れていき、月がその全容を現す。そして、暗闇は光によってその姿を暴かれる。
「これで残るのは先生だけ。あと少し、僕の復讐はもうすぐ終わる……」
目の前に立つクローディアのすぐ後ろ、そこには四肢を切り裂かれた男の姿があった。口元から泡を吐き、吹き荒れた血が辺りに撒き散らされている。その残虐極まりない光景にフィードは思わず絶句する。
「ああ、フィードも気がついた? ごめんね、気持ちの悪いものを見せちゃって。でも君ならこれくらいたいしたことないかな? だって僕と同じ復讐者だもんね。昔は分からなかった君の気持ち、今なら僕にも理解できるよ」
本当にいつもと変わらない笑顔を向けてフィードに話しかけるクローディア。その狂気と壊れてしまった彼を見てフィードはまるでかつての自分自身を見ているかのような錯覚に陥る。
「どうしたの? そんな変な顔をして」
「クローディア……一体どうしてこんなこと。お前に何があったんだよ!?」
彼がこんなことをする理由が分からず、フィードは悲痛な叫びを上げた。
「どうして? 変なことを聞くんだなフィードは。あ、そっか。てっきり理由が分かってると思っていたけれど、そういえば何も話していなかったね。僕としていたことがうっかりしていたよ」
「何言っているんだ?」
「あのさ、シアと別れたって話はしたよね。実はあれ嘘なんだ」
「どういうことだ?」
「前に彼女に一方的に別れを告げられたって言ったよね。厳密に言えばあれは嘘じゃないんだけどさ。シアはさ、こいつらに殺されたんだよ」
そう言って笑顔のまま既に絶命している男を踏みつけるクローディア。そんな彼の行動に全くついていけず、フィードはただ黙って話を聞き続けた。
「ああ、そうだ。僕がもう少し注意していたら彼女が伝えてくれた真実を早く告げていれば。彼女があれ以上先生の実験を探るのを止めていれば……」
ぐちゃりと肉を踏みつける。何度も何度もクローディアはその行為を続ける。
「実験の惨さに気がついた研究員の一人が僕のところに来て彼女の行方を教えてくれるまで、僕は彼女に会うことはなかった。いや、正確には彼女には会えなかったかな。だって、次に僕があったシアは僕が知っている姿をしていなかったんだから……」
ようやく死体を踏みつけるのを止めたクローディアは再びフィードの方を向く。そして、一歩ずつ彼の元へと歩き始める。
「ねえ、フィードはこんなことをする僕を咎める? 僕の復讐を止める?」
「俺……は」
「君は変わったよね。初めて会った時よりもずっと優しく、穏やかな雰囲気になった。でもね、優しさなんて無意味だ。そんなものがあっても何も守れない。気がついたときには大事なものを失うことになる」
それは違うとフィードは否定したかった。かつて限界まで擦り切れた心をリオーネやクローディア、クラリス、シア、アル。他にもさまざまな人々と出会い、関わった事で癒されたフィードは今のクローディアの言葉を否定したかった。だが、それはできなかった。
「よかった。やっぱり君は僕の友人だよ。待っていて、もう少ししたら家に帰るから。そうしたらまたみんなで仲良く食事でもしよう」
そう言ってフィードの横をすり抜けようとするクローディアをどうにかして引きとめようとフィードは言葉を搾り出す。
「クラリスは、クラリスはどうするんだよ。もしお前の身に何かあったらあいつは一人になる」
復讐を続けていた自分がクローディアを止める資格はないと自覚しながらも、フィードは彼を止めようとした。だが、そんなフィードの説得もむなしく、クローディアの足は止まらない。
「僕に何かあっても大丈夫。クラリスには友人もたくさんいるし、何より僕が信頼している君が今は傍にいる。昨日だって、僕を襲いに来たやつが何人かいてクラリスのことを人質にしようとしていたみたいだけれど、君が守ってくれただろ? それに君は僕と約束してくれたじゃないか、クラリスを守るって。今の僕の傍にいるよりも君の傍にいた方がクラリスはよっぽど安全だ。だから、あの子のことを頼んだよ、フィード」
そう言って再び光の当たらない暗闇へと向かうクローディアをフィードは止めることができず見送ることしかできなかった。
「……ちくしょう」
湧き上がる怒りを抑えきれず、壁に思い切り拳をぶつける。闇の中、二人の復讐者の邂逅はこうして終わりを告げた。