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アルは今日も旅をする  作者: 建野海
第一部 一章 セントールの何でも屋
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第3話:情けない主

酒場を出たフィードは羊皮紙を上着のポケットに仕舞い、下町をぐるりと周り始めた。先ほど見た羊皮紙には、ここ数日下町を騒がせている盗賊による金品の盗難被害について書かれていた。

 娯楽や刺激の少ない下町では、ちょっとした事件でさえすぐに噂になる。盗賊が現れ、しかもその事件が連続で何件も起こったとなれば、下町にいる人間の誰もが今ではこの事件について知っていた。

 自分が被害に遭わなければ他人のちょっとした不幸なんてものは他の者にとっては話の種にしかならない。そのはずだったが、それも昨日の事件によって少々事情が変わった。

 昨晩下町の外れにある民家に盗賊が侵入し、侵入した民家の家主が背中を切断され死亡したのだ。これまでは家主のいない時間帯を狙って金品を奪っていた盗賊だったが、ここに来てボロを出したらしい。

 そもそも、旅人を襲う野盗ならまだしも、自警団や騎士団がいる都市部で盗賊など滅多に見かけないはずなのだ。地形に詳しくなければ、すぐに足がつくし、下町などの金品を奪ったところでその金額などたかが知れている。しかも殺人を犯してしまっては捕まるまでは時間の問題だ。万が一、これ以上被害が広がるようなら、さすがに騎士団といえど動かざるを得ないだろう。

 しかし、騎士団を動かすとなると、それこそ隊によっては法外な金額の謝礼を請求される事もあるため、そうなる前に事件を解決しようとフィードは依頼を受けたという事である。

 事件のせいか、普段に比べて露店も少なく、人通りもまばらだ。大人はもとより、子供の姿など見つける方が難しい。


「困ったな。事件について話を色々聞きたかったんだけど、こうも人がいないんじゃどうしようもできないな」


 先ほどの酒場に集まっている人に話を聞いておけばよかったと今更後悔するフィード。とはいっても、彼らを追い出したのは彼自身なので自業自得なのだが……。

 と、きょろきょろと辺りを見回していると、ドンと軽い衝撃がフィードの腰元に響いた。


「お?」


 よく見ると小さな子供が勢いよく走り抜けた際にフィードにぶつかったようだ。普通の人ならばそのように見えただろう。しかし……。


「ほー。俺から金を盗むとはいい度胸をしてるじゃねーか」


 いつの間にか腰に付けていた硬貨袋がなくなっている事に気がついたフィードは、走り去る少年の背を見つめながら呟く。その表情にいつものような笑顔はなく、どこまでも冷めきった表情が浮かんでおり、彼の横をすれ違う者は道をあけるほどの不気味だった。


「世の中を舐めてると痛い目を見るってことを俺が教えてやるとするか」


 そうしてフィードは少年の背を勢いよく追いかけ始めた。


 


 日が沈み始め、外に出ていた露店が店じまいを始めた頃、路地裏の一角で木箱に腰を預けて息を切らしていた一人の青年がいた。


「く、くそ。あの糞ガキ共。手加減してやっていれば調子に乗りやがって……」


 空を仰ぎ、息を整えながら負け惜しみの言葉を吐き出すフィード。そう、結果だけ言ってしまえば彼は結局金を盗まれたままだった。

 あの後、金を奪った少年を追いかけたフィードは行く先々で少年の仲間と思われる別の少年少女たちの妨害工作にあった。時には積み重なった木箱を倒され道を塞いだり、糞の入った小樽を投げつけてきたり、妨害工作に失敗して怪我をしたと思った少女に慌てて声をかけたらナイフで胸元を狙われたりした。最後は正直胸元を擦って危なかったが、それ以外はどうにか切り抜けれていた。

 しかし、途中で少年少女が多数入り混じったせいか、誰が硬貨袋を持っているのかがわからなくなってしまい、結局取り逃がす事になってしまった。


「しまったな……ガキだと思って油断しすぎた。こんなことがアルに知れたらまた文句を言われるに違いない」


 名目上は自分の奴隷である白髪の少女のことを思い出し、フィードの気分は一気に底へと落ちた。ただでさえ毎日小言を言われてうんざりしているのに今回の件がしれたら余計にそれが酷くなるということが容易に想像できたからだった。

 仕方なくもう一度少年たちを捜しに行こうと木箱から腰を上げ、前を見たところで彼はようやく気がついた。自分の前方にフードをかぶった見慣れた少女がいるということに。

 人目を引く赤色の眼にフードに隠れきれていない部分からはみ出す白髪。アルビノと呼ばれる種の少女がそこには立っていた。


「さて、さっきからぶつぶつと独り言を呟くマスターに私はどう反応したらいいかわからなかったので、こうしてずっと待たせてもらいましたが、私に知られるとマズい話でもあるんですか? マスター」


 突然の少女の登場に動揺を隠せないフィード。少女のこめかみにはうっすらと筋が張っている。


「よ、ようアル。こんなところで会うなんて奇遇だな」


「奇遇なんて白々しいですよマスター。私に食材の買い出しを頼んだのマスターじゃないですか。酒場に行ってくるって聞いていたので行ってみればレオードさんにマスターはとっくに出て行ったと言われましたし。

 荷物を置いて探しに出てみればこんなところで倒れ込んでますし。それにまた、私に知られたらいけないような事を起こしてるみたいですね。一体今度はなにをやらかしたんですか!」


「今度はって……毎回何か起こしているように言うなよな」


「マスターが動いて何もなかった事の方が少ないんですからしょうがないじゃないですか。私のときだって……」


「そう言われてもな……」


「はぁ。自覚がないから、毎回厄介ごとに巻き込まれるんですよ?」


 ため息を吐き、アルはフィードの傍に近づいた。そして、


「それで、結局今回は何をしたんですか。マスターが色々な面で駄目な人だと言う事は今まで一緒に行動してきてもうわかっていますから、早く言った方がマスターのためですよ」


 身を乗り出し、問いつめるアルにフィードはとうとう根負けして、


「いや、実はな……」


 と先ほど起こった事を説明しだした。



「ハァ。もうホントに私のマスターはどうしようもないです。本当に駄目駄目です。何でこんなのが私のマスターなんでしょう。いっその事私がマスターになりたいくらいです」


 アルと合流したフィードは下宿先である宿に帰り、一階の食事場で夕食をとっていた。


「まあ、まあ。アルちゃんもその辺にしておきなよ。フィードさんだって悪気があってお金を奪われたわけじゃないんだから」


 温かな湯気の立つ野菜スープを運びながら、中年の女性がアルに口を挟む。


「それは当たり前ですグリンさん。悪気があってお金を盗られるなんてことがあったら最悪です」


 グリンと呼ばれた中年の女性は、そんなアルに苦笑しながらフィードとアルの前にスープを置いた。


「でもアルちゃんはフィードさんに養ってもらっているんだろう? だったら文句を言っちゃ行けないよ。こういった時に助け合うのが家族ってもんじゃないのかい?」


 グリンは背中まである長いくせ毛をなびかせて言う。アルもグリンの言っていることは内心理解しているからか、つい口ごもってしまった。


 と、ここまで来てようやくそれまで黙っていた話の当事者が話しだした。


「本当に悪かったな、アル。それとグリンさんもなんだかすいません。気を使わせたみたいで」


「いいんだよ。あんたが悪い奴じゃないってことは今までの下町での活躍を見てればわかるからね。それにアルちゃんのことも。あたしは奴隷にこれだけコケにされる主人ってのも見たことなかったしね」


 グリンのその言葉にフィードは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「それで、お金の事はともかく、今回の依頼って言うのはやっぱりあれかい?」


 フィードが酒場を通じて下町のやっかいな依頼を受けている事を知っているグリンは気になっていたことを尋ねた。


「ええ。おそらくグリンさんの想像している通りです。盗賊の被害の防止、もしくは盗賊の捕縛ですよ」


「やっぱりそうなんだねー。ここ最近この辺りもその件で騒がしくなっていたし、昨日なんて死人が出たらしいからね。そろそろ依頼が出る頃だろうと思ったよ。うちの騎士団は下町の為になんて動いちゃくれないし。ここがフラムだったら話は違ったんだろうけどね」


 フラムという名前を聞いて一瞬フィードの表情に影が差した。しかし、それに二人が気がつく前にいつもの表情に戻ったため、誰もフィードの変化に気づく事はなかった。


「そうですね。フラムなら騎士団は身分など関係なく誰にでも救いの手を差し伸べますからね。一番治安がいい国も実際あそこですし」


「そうみたいだねえ。特にここ最近出てきた何番隊だったかの副隊長さん。たしかリオーネとかいったかしら。女性なのに他の隊の隊長と変わらないくらい強いみたいだね。

 しかも、あたしたちみたいな下町の人にも救いの手を何度も差し伸べてくれているみたいだし。本当にあんな人がうちの国にもいてくれたらいいんだけどね」


「そうですね。まあ、彼女みたいな人の代わりにならないかもしれないですけれど、俺も頑張らせてもらいますよ」


「せいぜい稼いできてもらうよ。お金をなくしたからって家賃を見逃すほどあたしは甘くないよ」


「依頼を早いとここなさないとな」と気を落とすフィード。アルはその横でのんびりと野菜スープを口にしていた。

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