第15話:迫り来る時
フィードが宿に戻ると食事場の椅子に腰掛け、青い顔をしているグリンがいた。
「ただいま、グリンさん。顔真っ青ですよ。大丈夫ですか?」
しゃがみこみ、グリンの容態を確認するフィード。心配そうにグリンの様子を伺うフィードに、グリンは力なく微笑み、
「ああ、大丈夫だよ。アルちゃんとイオちゃんにも同じように心配してもらってね。アルちゃんは高いのに薬まで買ってきてもらって、今それを飲んで休んだところなのさ」
事情を説明するグリン。それを聞いてフィードはひとまず安心した。
「わかりました。でも、無理はしないでくださいね。なにか必要なものがあれば俺が買いに行ってきますから」
「そうね、その時はお願いするわ。ごめんなさいね、お客さんにこんな気を使ってもらって……」
「何を言っているんですか。俺やアルはいつもグリンさんのお世話になってるんです。もうただのお客と店主の間柄ってわけでもないですよ。それと、同じ事をアルには言わないであげてくださいね。
本人はきっと否定しますけど、アルのやつはグリンさんのことを家族みたいだと思ってますから。きっとさっきみたいに言われると、寝る前にベッドでひっそりと泣いちゃいますから」
口元に人差し指を突き立て、少しおどけながら内緒話をするフィード。そんなフィードを見てグリンは苦笑いを浮かべる。
「そこまで頼まれちゃしょうがないね。アルちゃんにはお礼を言うだけにしておくわ。フィードさんもありがとうね。私はあと少しここで休んだら部屋に戻るわ。もう大丈夫だからアルちゃんの所へ行ってあげて。手に持っている、それ。アルちゃんに渡すんでしょ?」
グリンはフィードの手にある小さな紙袋に目を向ける。そこには少し前にフィードが中階層で買ってきたアルへのプレゼントが入っていた。
「ええ。少し前は俺が、最近はあいつが忙しくしてたせいで、あまりかまってやれなかったんで、そのお詫びと日頃のお礼ということで。まあ、たいした物じゃないんですけど……」
「そんな事言っちゃだめよ。プレゼントっていうのは貰えるだけで嬉しいんだから」
「それ、これを買った店の店員も言っていたな……」
「ふふふ。鈍感なのかわざとそうしているのかは知らないけれど、そう言った気遣いはきちんとしておかないと、後で大変になるのはフィードさんよ」
そう言ってグリンは立ち上がり、自室に向かって歩いて行った。フィードは付き添おうと思ったが、心配から過度に干渉するのも迷惑になると思い、その背を見送るだけにした。
「フィード、お帰りなさい。いつの間に帰ってきたの?」
グリンと入れ替わりに厨房の奥からイオがひょっこりと現れた。
「ただいま、イオ。帰ってきたのはついさっきだよ。あ、そうだ。グリンさんが今部屋に戻ったから、後で様子を見に行ってあげてくれないか? かなり体調が悪そうだったみたいだから」
「わかった。それじゃあ、もう少ししたら様子を見に行くね」
「よろしく頼むよ」
グリンの件を伝えると、フィードはイオと別れて二階の自室へと向かった。階段を上がると、箒を持って廊下の塵やゴミを掃くアルの姿があった。下を向いているため、階段を上ってきたフィードの姿にまだ気がついていない。
フィードはそっとアルに近づき、
「よっ! 頑張ってるな、アル。感心、感心」
と背中越しに声をかけた。当然、突然声をかけられたアルは、身体をビクンと震わせて驚いた。
「ふぇっ! ま、ますたー!? あれ? いつからそこにいたんですか?」
動揺しているのか、あたふたとしながらアルはフィードに尋ねる。
「まさに今さっき。それよりもグリンさんの様子見たよ。かなり疲れが溜まっているみたいだな」
「はい。ここしばらく忙しくて休む暇もありませんでしたし、もっと早く気づけたら良かったんですけど……」
肩を落として、落ち込むアル。だが、フィードはそんなアルを見て笑っていた。身近な人の心配を素直にできるようになってくれたことが嬉しかったのだ。
「まあ、それはしょうがないよ。俺も気づけなかったし、アルもそんなに気にするな。それよりも、後で様子を見に行くついでに温かい食べ物でも作って持っていってあげようか。アルもグリンさんに料理を教わってるだろ? 簡単なものなら作れるんじゃないのか?」
フィードの提案にアルはコクコクと頭を振って頷いた。
「よし。それじゃあ、あとで一緒にグリンさんのお見舞いに行こうな。——っと、そうだ。忘れるところだった」
と、そこまで話し終えてフィードは本来の目的を思い出した。手にしていたプレゼントの入った紙袋をアルの前に差し出す。
「……? マスター、これはなんですか?」
そのアルはというと訝しみながら紙袋を眺めていた。アルにはフィードが自分にプレゼントを贈るという考えが浮かばなかったらしい。フィードは受け取られることなくアルと自分の間で留まる紙袋を再び自分の元へと引き戻し、その中に入っている中身を取り出した。
「えっと、な。これは、なんていうか……。そう、お前へのプレゼントだ」
無垢な眼差しで自分を見つめるアルに、素直に日頃のお礼としてのプレゼントと言って渡す事が照れくさくなってしまったフィードは、口ごもりながらもその中身をアルへと手渡した。袋の中に入っていたのは女物の赤色の小さな髪留めである。髪留めの根のところには一枚の花びらが細工されており、そのデザインは可愛らしく、まさに少女向けというものであった。
そして、アルはというと、フィードから贈られたプレゼントを受け取ったものの、今目の前で起こったことに頭がまだついてきておらず、ボーッと惚けたままプレゼントとフィードへ視線を交互に移していた。
「あの……。いいんですか?」
既に今日同じようにリオーネから無償の施しを受けているアルはつい遠慮がちになってしまっていた。フィードはリオーネと違って見ず知らずの相手でないのだが、それでも親切にしてもらうだけで、自分が何も返す事ができないのは気が引けてしまうのだろう。
「どうした。もしかして、迷惑だったか?」
もっと喜ぶ顔が見られると思っていたフィードは感動の薄いアルを見て、少し気落ちしてしまっていた。それにアルも気がついたのか、慌てて自分の今の態度について弁解する。
「いえ! けして嬉しくないわけじゃないんです。マスターからのプレゼントなんです。嬉しいに決まってます。そりゃあ、できれば事前に一緒に買う物を見に行けたらな……なんて思ったりしましたけど」
言っている途中で恥ずかしくなったのか、アルの言葉は次第に小さくなってしまった。フィードも聞いていて恥ずかしくなったのか、視線を逸らし、
「うん。まあ、喜んでもらえたなら良かった」
と返事をした。それから、しばらく二人の間には沈黙が漂う。しかし、何故か居心地は悪くない。
(あ~。なんだこの生暖かい雰囲気は。くそ、予定ではこんな風になるはずじゃなかったのに。アルにプレゼントを渡して、喜ぶ顔を見てそれで終わりだったはずだ! それがどうしてこうなった……)
予想外の事態に戸惑うフィードだったが、それもアルの一言によってどうにか意識を逸らす事ができた。
「マスター。よければこれを付けてもらってもいいですか?」
目の前に差し出されるのは今渡した髪留めだった。
「いいぞ。それじゃあ、ちょっと頭動かさないでいてくれるか」
受け取った髪留めを手に取り、フィードはアルの髪を留めるために身長差を埋めるためにその場にかがむ。さらりとしたアルの白髪に手をかけて、髪を掻き分け、髪留めを差し込む。瞳と同じ色をした髪留めは、アルの白髪と相まって更にその存在を際立たせていた。
よし、とフィードが一安心し、視線をアルに移すとその顔は思っていたよりもずっと近くにあった。互いの吐息が感じられるくらい近い距離。アルは熱の籠った瞳でフィードを見つめていた。
「えと、マスター……」
とアルが口を開き、何かをフィードに伝えようとした時、
「あ――! ちょっと、フィード。それなんなの!?」
階段を上ってきたイオが二人を見て叫び声をあげた。
「なにって……髪留めだけど?」
「そうだけど、私の分は……?」
アルが付けている髪留めを見て羨ましそうにするイオ。フィードはイオのそんな表情を見て、ほんの少し胸を痛めた。
(でも、これはな~。元々アルへのプレゼントってことで買ったわけで、イオが欲しいと言ったからって、買ってやっちゃうとアルの奴が怒りそうだからな)
さすがに、フィードでもその程度の女心はわかるのか、アルとイオとを見比べて、
「悪いな、イオ。今回のはアルだけしかないんだ。アルも頑張ってたしな。お前がこれからも頑張っているようなら、その時はお前にも買ってきてやるから。だから、今回は我慢してくれ」
とイオに告げた。イオは悔しそうにしていたが、フィードの言う事に納得したのか、アルを一瞥した後、
「絶対だよ! 絶対私も買ってもらうんだから!」
と言って逃げるように再び一階へと降りて行った。
そんな慌ただしく動き回るイオにフィードは苦笑し。アルは、フィードが見ていないところで勝利の味を噛み締めて身を震わせていた。
「それじゃあ、そろそろ部屋に入るかな。アルも掃除頑張れよ」
激励の言葉をかけて部屋に戻ろうとするフィード。アルの横を通り過ぎ、自室の扉に手をかけようとした時、アルが伝えそびれていたことを思い出し、フィードに声をかけた。
「あ、そういえばマスター。実は今日グリンさんの薬を買いに行ったんですけれど、持っていたお金が足りなくて薬が買えなかったんですよ。でも、ある人が代わりにその薬を買ってくれて、しかもお金を要求しないで私にくれたんです」
アルに声をかけられたフィードは扉に手をかけたまま顔だけ振り向き、話を聞いた。
「へえ。それはまた親切というか、なんというか。まあ、いい人がいたものだな。でも、いくら何でもタダでものを受け取るだけっていうのも良くないと思うから、またお礼の品か何か持ってその人のところにいかないとな。
アルは、その人の名前とか聞いたか?」
不思議な事もあるものだとフィードは軽く考えていたのだが、次にアルから発せられた相手の名前を聞いてその表情は凍り付く事になった。
「はい! それが聞いてくださいよマスター。その薬をタダでくれた人はリオーネさんっていうんです。今度この下町に来る騎士隊の副隊長さんなんですよ! なんでかまだ他の人たちが来てない中で一人で来ていたみたいですけど、あんなに綺麗でいい人が世の中にはいるんですね……」
その時のことを思い出しているのか、アルはうっとりとした表情で惚けていた。人見知りのアルにしては珍しく、親切にしてもらった事もあってリオーネのことを気に入ったのだろう。
しかし、そんなアルとは対照的に、リオーネの名前がアルの口から出た事で、フィードの背筋は寒くなっていた。
(ちょっと待て。いつの間にアルの奴リーネに会ってたんだ? 幸いリーネの奴もアルの素性については気づいていないから、こんなにアルが楽しそうに話しているんだろうけど……)
二人の出逢いを不安に思うフィードの様子にアルは気がつかないのか、そのまま話を続ける。
「実は、リオーネさんにお礼をする事も含めてまた明日会う事になったんですよ。それで、マスターにも一緒に来てもらいたいんですけど……」
(逃げることはできないってことかもな……)
はしゃぐアルを見つめながら、フィードはリオーネとの再会の時が迫っている事を自覚した。
夜も更け、人通りを歩く人の姿がほとんどなくなった通りを歩く一人の女性の姿が会った。金髪の髪をたなびかせ、通りを歩く数少ない人の目を引くのはリオーネだった。いつも通りのラフな格好で歩く彼女を騎士団の副隊長などと思う人はいないだろう。なにせ噂の女性副隊長はその功績や人柄ばかりが町の人々の耳に入っており、その容姿はあまり知られていないからだ。
まして、今はまだ彼女を除いた騎士団員は誰も到着していないのだ。下町の人々が彼女を騎士団の一員ではなく、見慣れない美しい旅人と思ってしまっても不思議ではない。
セントールを訪れたリオーネだが、宿は取れたものの食事がついていなかったので、近くにある酒場に食事を取りに来ていた。酒場に入ると、食事をしたり、酒を飲んでいる人々の視線が一斉にリオーネの元に集まった。じっと観察するようにリオーネを見つめる彼らの視線に、リオーネが視線を投げ返すと、誰もが目を逸らしてしまった。
(なるほど……下町の人々は、見慣れない人に対する警戒心が強いのですね。亡益国と呼ばれるだけあって、どんな人間が紛れるか分からないですし、警戒心を抱くのもわかります。隊のメンバーが来たらこの事を伝えてなるべく早く下町の住人の信頼を得られるようにするように言いつけておきましょう)
仕事中でないにも関わらず、リオーネは騎士隊が早く下町に馴染めるようにする方法を考えていた。仕事熱心というより、仕事に対して真面目な彼女らしい考えである。
リオーネは気づかなかったが、酒場にいた客がリオーネから視線を外した理由には、たしかに見慣れない人物に対しての警戒心もあったのだが、それ以上に美しい容姿の彼女と視線を合わせるのが恥ずかしいという理由の方が大きかった。
「いらっしゃい。先に行っておくがお嬢さん、ここはあんたみたいな女性が来るような店じゃないぞ。文字通り女に飢えたむさ苦しい男共しか集まってない。酔った連中に絡まれる前に早く帰りな」
木製のグラスに他の客の酒を注ぎながら、気を利かせたレオードがリオーネに忠告する。他の客達は、その言葉に不満があるのか、野次や罵詈雑言をレオードに投げかける。しかし、リオーネはにっこりと微笑みながらその忠告を断った。
「いえ、気を利かせていただいたようですが、私にはこのような店が合っています。昔からこういった店にはよく来ていましたから」
「……そうかい。まあ、あんたがいいというのなら、俺は別に構わん。それで、注文は?」
「おすすめのメニューは何があるんですか?」
「うちのおすすめかい? そうなるとミートパイと蜂蜜酒になるが……」
「では、それでお願いします」
注文を頼まれたレオードはすぐに料理を作り始めた。その間、手持ち無沙汰なリオーネは酒場にいる客をぐるりと見回した。ここにいる人々の顔に浮かんでいるのはどれも笑顔。不平不満を口にしながらも、明るい表情が絶えていない。
(ここはいい雰囲気の酒場ですね。しばらくはここで食事をとる事にしましょうか)
まだ食事が来ていないにも関わらず、リオーネは店の雰囲気だけで下町での食事場を決めてしまった。そんなとき、店内を見回していたリオーネと視線の合った一人の若い男性が、席を立ち、カウンター席の方へと歩いてきて、空いているリオーネの隣の席に座った。
「やあ、姉ちゃん。見かけない顔だけど、観光できたのか?」
男の吐き出す息は酒臭く、顔は赤らんでいる。見るからに酔っぱらっている事が分かった。しかし、そんな男の相手をするのは別段珍しくないリオーネはそのまま相手に応対した。
「観光ではないですね。ですが、しばらくの間この下町に滞在する予定です」
リオーネの答えを聞いた男は口笛を吹き、少し直情的な目でリオーネの胸元を見ながら言う。
「へえ。それじゃあ、暇があったら俺と一緒に観光しないか? 俺はこの町に住んで長いし、色々と案内できると思うぜ」
男の視線に気づきながら、リオーネはそのまま話を続ける。
「いいですよ。でも条件が一つあります。私と戦って参ったと言わせることです。それができるなら何でも言う事を聞いてあげます」
その返答に男を含めた他の客たちのテンションが一気に最高潮に高まる。
「うおおおおおおおっし! 聞いたか、みんな! 聞いたな! 俺は今から漢になる。先に声をかけた俺の勝ちだ!」
もはや何を言いたいのかもよくわからないのだが、それでも周りの人間はそのわけの分からない男のテンションに引っ張られて、やたら盛り上がっていた。
「いいのか? あんな事言っちまって。撤回するなら今のうちだぞ」
周りの客が盛り上がる中、客と違って冷静なレオードはリオーネを心配して声をかける。だが、リオーネその言葉に首を振った。
「いえ、大丈夫です。これでも私鍛えていますので」
男以外の客がテーブルを動かし、店内の中央にスペースを空ける。そこにリオーネと男が移動し、対峙する。
「とりあえず、あんたに参ったと言わせればいいんだな。ルールはあるか?」
「特には。ああ、ただ気絶したら相手の負けという事でお願いします」
「ほ~。よほど自信があるみたいだな。ちなみに……この争いの最中に俺の手がたまたまあんたの身体の大事な部分などに触れても事故ってことでいいよな。戦うんだから予期せず触れても仕方がないもんな!」
酔いが更に回っているのか、普段胸に秘めている男の欲望が一気に吹き出していた。ここまでいくともはや単なるセクハラである。そんな男に他の客は「うらやましいぞ、このやろおおぉぉぉ」とか「てめええええ、俺と代わりやがれ!」といった声も聞こえ、そんな男たちの様子にリオーネは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「仕方ないですね。ですが、そんな事を女の私に言う以上、必要以上に痛い目にあっても文句は言わないでくださいね」
その言葉を最後にリオーネと男は無言になる。緊張感からか、周りの雑音も次第に小さくなり、消えて行く。そして、雑音が一切なくなった瞬間、男が動き出した。
「うおおおおお。俺の春よ来いっ!」
勢い良くタックルをかまし、リオーネを押し倒しに行った男。しかし、己の身体がリオーネにぶつかると思った瞬間、相手の姿は目の前から消えていた。
「……あれ?」
間の抜けた声を上げる男だったが、すぐさまその声は苦悶の声へと成り代わった。一瞬の間に男の背後に回ったリオーネが、男にとって最大の急所である金的に勢いよく右蹴りをかまし、激痛に悶える間もなく足を絡めとり、男を床に倒すと腕を捻り取りそのまま押さえ込んだ。
「――――ッッツ!」
激痛から声を上げて参ったと叫ぶ事もできない男は目に涙を浮かべて苦痛に耐えていた。一連の行為を見ていたギャラリーは男の様子を見て、今のがもし自分だったらという恐ろしい想像をし、顔から血の気が引いて行くのを感じていた。そして、ようやく痛みの波が引いてきた男は、間髪容れずに声を上げた。
「まいった! ごめんなさい、俺が悪かったです!」
今の痛みで酔いが冷めた男は冷静になり、リオーネに謝り続けた。
「わかりました。私の勝ちですね」
男を離し、一瞥もせずカウンター席に戻ったりオーネ。男は一緒に飲みにきていた仲間に慰められ、自分が元いた席へと戻って行った。
「あんた中々やるな。腕もいいが、思い切りの良さもいい。男の急所をあれだけ思い切り蹴り上げる女を見たのは初めてだ」
出来上がったミートパイと蜂蜜酒を出しながら言うレオード。正直褒め言葉なのかどうなのかわからないので、リオーネはただ困った表情を浮かべるしかなかった。
「いえ、私に戦い方を教えてくれた人が、男が相手の時は迷うことなく急所を狙えとよく言っていたもので」
昔の話だと思うのだが、リオーネは一瞬胸の奥が痛むのを感じた。
「へえ、あんたの師匠はよっぽどえげつない奴なんだな。――おっと、自己紹介がまだだったな。俺はこの酒場の店主のレオードだ。さっきあんたに絡んできたような奴もいるが、ここは比較的雰囲気のいい場所だと思っている。よければこれからも使ってくれ」
自己紹介と一緒にさりげなく店の宣伝をするレオード。そんなレオードにリオーネは笑顔とともに、
「私はリオーネといいます。これからこの下町の警護をさせていただきますので、さっきのような人は私たちの仕事の成果になるのでむしろ歓迎です。この店も雰囲気がいいのは確かなので、これからも使わせてもらおうと思います」
自己紹介をする。
「リオーネって……まさか、あんた今度下町に派遣されるっていう騎士隊の副隊長さんか?」
予想だにしない名前に驚くレオード。しかし、そんな事を意に介さず、リオーネは淡々と答える。
「ええ。隊のメンバーはまだ来ていませんが、一足先に私だけこちらの下町にこさせていただきました。みなさん、これからもよろしくお願いしますね」
リオーネの発言に場が静まり返る。そして、一瞬の静寂の後、酒場からは驚愕の声が叫びあがったのだった。