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アルは今日も旅をする  作者: 建野海
第一部 一章 セントールの何でも屋
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第11話:訪れた平穏

 町長の元に向かい、今まで下町に起こっていたこと、そしてその裏で何が起こっていたかをフィードたちが話し、騎士団が下町へ派遣されてから一日がすぎた。

 十二支徒が今回の事件にかかわっているとあって、普段はいない大勢の騎士が真面目に下町の警護に付いているのを、当の下町の住人はあまりに見慣れない光景に驚いていた。それでも、町長が事情を説明したことで、どうにか納得しているのか、じろじろと騎士団員を遠巻きに眺めては、ようやく戻った穏やかな生活を過ごしていた。

 そして、結果だけいえば、フィードが話した十二支徒の件は騎士団が解決したという形で落ち着くことになった。話を聞いたクルスやグリンなどはこのことに激怒していたが、フィード自身はそれでいいと納得している。

 仮に、フィードがこの件を解決した当人として名乗りを上げたとすると、下町の人々は歓喜するが、中階層、上階層の人々がこの国の騎士団たちの力に疑問を持ち、いらぬ問題を引き起こしてしまう可能性がある。

 それに、十二支徒をたった一人で撃退し、浮浪児を奴隷として売りさばこうとしていたフラムの元騎士団副隊長を捕縛したとあっては、まさに一騎当千。

 そんな力が下町にあるというだけでも、いつ反乱が起こっても仕方がないと思うような人も出てくるはずなのだ。それは、身分が高く、権力に捕らわれているものであれば、より顕著に現れてしまう。

 だからこそ、下町での火事を止め、盗賊を捕まえたのをフィードとし、その裏で暗躍していた十二支徒たちを撃退したのは騎士団であったということにすることで話は着いた。

 しかし、悲しいことに昔から人の口に戸は立てられないという。真実はさまざまな尾ひれがつきながら広まり、フィードの名は結局セントール中に湾曲しつつも広まることになった。


「はぁ……。まったく、何でこんなことになったのやら」


 レオードの酒場で酒を口に運びながら、フィードはため息をついた。カウンターでのんびりと酒を飲む彼の周りには既に酔いつぶれた下町の人々の山が積み重なっていた。


「そんなこというなってフィード! いやあ、俺は今回のお前の出来事で実に晴れやかな気分だ。見たか、あの騎士団の連中の顔! 

 俺たちに出し抜かれたのが悔しいのか、自分たちが何もしなかった自覚があるからか、どれだけ文句言っても何も言い返さないんだぜ。日ごろの鬱憤を晴らすいい機会だ。ざまあみやがれ、くそったれども!」


 かなり酔いがまわっているのか、フィードの傍に来たクルスは陽気な様子で語る。


「わかった、わかったからクルス。お前も、もう山のように積み重なっているやつらの仲間入りして来い。いいか、言っておくがその話はこれで五回目だ!


 お前が騎士団に対してどれだけ不満が溜まっていたかはもうわかったから、これ以上うっとうしい絡みを俺にするな!」


 肩に腕をまわすクルスの腕を解き、フィードは文句を言う。


「おっ? そうか、そうか。お前は今日の主賓だもんな。他のやつらに話を聞かせないといけねーよな。おーい、みんな! フィードが十二支徒を追い払ったときの話を聞かせてくれるってよ!」


 その言葉に少ないながらも酒場にいて、まだ意識のある数名が「おおっ!」と返事をする。おそらく、彼らもクルスが何を言っているかなどもう理解できていないが、とりあえず返事をしただけであろう。


「本当に、どうしてこうなった……」


 その光景を見てフィードは思わず頭を抱えた。そもそも、何故こんなことになったかといえば、今朝フィードたちの元に来た騎士団が事情を聞き、今回の件の手柄を譲ってもらえないかと提案し、それをフィードが承諾したことから始まった。

 町長の家で話をしていたフィードはその話をクルスに聞かれ、宿に帰ってグリンに改めて事情を説明していたところ、


『あいつらふざけやがって! フィード、今日は飲むぞ! 下町のやつら呼んでオッサンの酒場に集合だ。金の心配はするな。今日は親父の金庫からかっぱらってきた金で飲み明かすぞ!』


 と言って、仲のよい下町の若者や、酒場の常連をクルスが呼んで来たせいである。結局フィードも無理やり酒場に連れて行かれ、こうして主賓という体のいい飲みの目的として使われて散々酒を飲まされることになった。

 とはいっても、フィードはアルコールがほとんど回らない体質なので、他のものが次々と脱落しているのを呆れながら眺めて、ちまちまと一人で酒を飲んでいるのだった。


「まあまあ。そんな文句ばっかたれんじゃねえよ。いいことじゃねえか、下町がこんなに活気に満ちるのは久しぶりなんだぜ」


 カウンター越しにレオードがフィードに話しかける。他の客から散々酒を飲ませられたためか、彼の顔も薄っすらと赤みを帯びている。


「いいのか、オッサン。酒場の店主が仕事放って酒ばっか飲んでて」


「ばかやろう! こういうもんはな、時と場合によって臨機応変に対応するのが酒場の店主ってもんだ。今日なんかどうせ仕事にならねえ。片付けはこいつらが起きたあとにやらせればいい。そうなると俺の仕事は客から貰った酒を飲むだけってことになる」


 酔いが回っての冗談なのか、それとも本気でそう思っているのかわからないフィードはただ一言、


「ひでー店主だ。そのうちこの店も潰れるな」


 と呟くのだった。




 一方その頃、グリンの酒場ではアルが帰りの遅い主を待っていた。


「遅いです。夕方には帰ってくるといっていたのに、マスターまた約束を破りましたね。もう夜ですよ。どうせ酔っ払って寝こけてるに違いないです。そうだとすれば、そろそろ迎えに行かないといけませんね」


 と、ぶつぶつと独り言を呟き、その様子をグリンが微笑ましく見守っていた。


「アルちゃん。その台詞もうこの一時間の間で三度目よ。そんなに心配なら様子を見に行くだけ行って来たら?」


 グリンとしても今の言葉の後半部分を言うのも 三度目なのでもうこれ以上は言わないと決めているのだが、そんなグリンの言葉にアルは、何故か過剰に反応し、


「いえ! 別に私はマスターのことが気になっているわけではありません。そもそもマスターは人様に迷惑かけてばかりいるんです。この前の硬貨袋の件もそうです。緊張感が足りません!」


「いや、それは私が悪かったんだけどさ」


 そう言って、アルのすぐ傍から答えるのは、短めの黒髪に、茶色の瞳をし、アルの服の余りとグリンから貰ったエプロンを身につけている少女、イオだった。


「そうです! そもそもあなたがあんなことをしなければ……。というか何故あなたはさも当然のようにここにいるのですか!」


 アルの糾弾にイオは頬を掻き、苦笑いを浮かべながら、


「いや、だってね。私にはあんたの主、フィードに恩が有るし。かと言って恩を返そうにも、あたしには家も働き場所もなかった。さて、どうしたものかと思ったところを、そこにいるグリンさんが住み込みで働いてみないかって提案してくれたからさ……」


 結果だけいえば、昨夜フィードが町長に騎士団の要請をしたあと、グリンの宿にゲードを連れてきたことによってイオは奴隷から解放されたのだ。


『ほら、お前へのプレゼント。煮るなり、焼くなり、刺すなり、ある程度は好きにしろ。ただし殺すなよ。こいつ騎士団に引き渡すんだから』


 そう言ってイオの前にフィードはゲードを差し出した。捕縛魔術で抑えられたゲードは今まで散々こき使ってきたイオを目の前にしてひどく怯えた。


『頼む、命だけは。命だけは助けてくれ!』


 ゲードを許すつもりはなかったが、あれだけ威張っていたものがここまで情けない姿を見せると、今までの仕返しとして凄惨な目に合わせるのも馬鹿らしくなってしまい、イオは結局蔑んだ目でゲードを見下し、その鼻っ面に一発だけ思いっきり蹴りをかまして、


『さっさと私の烙印の契約を解除しな。……言っておくけどもうあんたの命令は届かないようになってるからな!』


 と脅迫に近い契約解除を申請した。烙印と聞いて一瞬だけゲードの表情に余裕が戻ったが、イオから命令が届かないと宣告され一気に青ざめてしまった。おそらく、烙印に命じて自分を助けるように命令するつもりだったのだろう。

 このあと、ゲードの契約解除によってイオの烙印は消え、イオは晴れて自由の身となった。それは、他の少年少女たちも同じで、彼らもまた、浮浪児であったため今後の生活先などは騎士団がバックアップとなり働き場所を提供することを約束したのである。


「は~あ。それにしてもフィードってホントお人よしだよね、こんな金にも得にもならないようなことやってさ」


「なっ! それはマスターのことを馬鹿にしてるのですか? まあ、おおむね私も同意見なのであまり言うこともありませんが……」


「いや、でもさ。そのお人よしのところがまたいいって言うかさ。あ~ヤバイ。私あの人に惚れちゃったかも」


 頬を赤く染めてボソリと呟くイオに、アルは、


「な、な、なっ! そんな、マスターなんかに惚れてもいいことなんてありませんよ! お人よしですし、お金にならない仕事ばかりしますし、人のことを平気で数日放ってどこか遠出にでかけますし……」


「じゃあ、なんであんたはフィードと一緒にいるのさ?」


「それは……。私はマスターの奴隷ですし。そう、奴隷! だからマスターの傍を離れるわけには行かないのです。マスターの傍にいるのは私だけで十分です。他の人の手は借りません!」


「ふうん。あのフィードが奴隷を取るなんて思わないけどなー。どうせ、名目上の奴隷ってだけで命令とか一度もしてないんじゃないの?」


 元奴隷で、フィードの奴隷に対しての接し方や、実際に助けてもらった経験からイオはアルの矛盾に斬り込んだ。


「そ、そんなことはないですよ?」


 この手のやり取りに慣れていないアルはすぐにボロが出た。というより、さっきから目がずっと泳いでいた。


「どうだか。まあ、奴隷なら別に主と他の女が何してようと文句なんて言わないよね? だって主に逆らうなんて奴隷じゃないもんね~」


 クスクスと口元を抑えて笑いを堪えながらイオが呟く。


「それは普通の奴隷と主人の話です! 私の場合は駄目なマスターに代わって私がしっかりとマスターの面倒を義務があります。それは性悪な女をマスターに近づけないということも含まれます」


「ホント、減らず口の多いやつね。私あんたのこと嫌いだわ」


「奇遇ですね、私もあなたのことが嫌いです」


 バチバチと火花を散らせながら視線を交わらせる二人。そんな二人を眺めて、グリンは「あら、フィードさんも罪な男ね」とこの状況を楽しみながら独り言を呟くのだった。


 結局二人の言い争いは、その後フィードが宿に帰ってくるまで続くのだった。

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