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復讐スルハ  作者: 生野
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1・それは召喚ではなく

「じゃ、我ら一年七組の模擬店『執事&メイド喫茶』看板役はメイド部門が春国で執事部門は冬沢に決定……」

「するんじゃない!」

 教壇に立っている男子生徒の眉間に消しゴムがクリーンヒットした。

「いってぇな、何しやがる冬沢!」

 消しゴムだからと言って馬鹿にしてはならない。しかるべき手段で打ち出せばそれなりに威力がある。男子生徒がにらむと、『冬沢』と呼ばれた人物が立ち上がった。指に輪ゴムをかけている所を見ると、どうやら消しゴムはスリングショットの要領で打ち出されたらしい。よほど結果が不服なのか、苛立たしげに髪をかきあげている。

「あるに決まってるだろ。執事なんだから男子がやればいいだろうが!」

「……そういやお前、女だったな」


 冬沢理久。イケメンに分類されそうな外見だが、生物学的には女だ。

 短く切りそろえた黒髪に、同色の瞳は鋭い印象。中性的と言っていい顔立ちだが、どこか突き放したような口調のせいで印象は男性的なほうに傾いている。

 身長は自称『一七〇ちょっと』だが、実は一八〇近くあることはクラスの誰もが知っている公然の秘密。執事服を着れば『ちょっと無愛想なツンデレ執事(見た目だけ)』の出来上がりだ。



「つってもなあ、女子の票が七割でダントツだぜ? 動かしたいなら女どもを説得するのはお前だぜ、冬沢」

「ぐっ」

「女子の票を動かすのはラクじゃないよ? いいじゃん理久。衣装担当としては採寸いらずで嬉しいところだし」

 にっこり笑って止めを刺すのは理久の前の席に座る小柄な少女だ。

 春国由梨。理久とは従姉妹の関係で、喫茶店の看板役に選ばれた片割れだ。服装に頓着しない従姉妹を自作の服で着せ替え人形にするのが趣味としており、理久の寸法は熟知していた。

 背はかなり低く、おそらくは一五〇もないだろう。頬やあごのラインも丸みが強く、どこか子供っぽい雰囲気が漂う。

 金に近い茶髪をシニヨンにまとめ、瞳は青みがかったヘーゼル。クォーターゆえのその外見は、確かにメイド服が似合いそうだ。惜しむらくは背が低すぎて子供の仮装に見えかねないことか。



「そういうこった、諦めろ。んじゃ、今日の会議はこれで終了! 解散~」

 のんきに締めくくろうとする声と同時に、不吉な音がした。低く、全てを揺らすような音。

 地震だ!

 理久はとっさに側にいた由梨をかばうように抱えた。

 天井に取り付けられた照明器具が大きく揺れ、落ちる。


 ぶつかる!


 教室が悲鳴に包まれ……




 次の瞬間、二人の姿が忽然と消えていた。







    ◆

 次の瞬間、理久と由梨が放り込まれたのは暗闇と静寂の中だった。

「……なにこれ」

「停電……じゃないな。教室が真っ暗になるとかありえないだろ」

 そう、教室ではありえない。まず、教室には窓があった。完全な暗闇はありえない。さらに机や椅子などが――それどころか何かが床に置かれている気配もない。床をそっと撫でてみると何かが刻まれているような感触。カッターを落としてうっかりついた疵などではなく、意図的に刻み込んだような深さだ。

 そして何よりも……

「誰も、いない……?」

 低い声が闇に溶けた。そう、誰もいない。四十人ちかいクラスメイトも廊下を行き交う生徒たちの気配すらも。

「由梨、ケータイあるか?ちょっと灯が欲しい」

「自分のは持ってないの?」

「机の中。けど、机自体が見つからん」

「普段からポケットに入れて置けばいいのに」

 理久は「脚に当たるのがうっとうしい」と言って、移動していないときはカバンや机に携帯電話をいれておく癖があった。由梨は呆れたようなため息をつきつつ、制服のポケットから携帯電話を出した。折りたたんであるそれを開いたときに出るディスプレイのわずかな光。ぼんやりと照らし出された床に息をのんだ。

「……なにこれ」

「大理石か何かか? 文字っぽいものが彫られてる」

 何語かはわからない。少なくとも二人が知る言語ではないようだった。暗闇の不安さからお互いの手を離さないようにして立ち上がり、壁がないかと探してみる。ここに放り込まれた以上、どこかに入り口があるはずだ。

「扉があるとしたら、まずは壁を疑うのが妥当か」

「天井だったらどうするの?」

「肩車してやるから、お前が探せ」

「届かなかったら?」

「……まずは壁から調べる。話はその後だ」

 ディスプレイの光を頼りに壁を探り当て、慎重に触れて扉を探し始めた。





   ◆

 扉の向こうでは―――






 儀式の間から奇妙な音が聞こえると報告を受けた。昨夜から、内側から扉を叩くような音がすると言うのだ。

「それはいつごろから?」

「昨夜からです。はじめは気のせいかとも思ったのですが……」

 『儀式の間』は、その性質上あやしい紋様やら何やらで、眉唾物の怪談が生まれやすい場所だ。いわく『呪詛に使われた生け贄の怨念が渦巻いている』『魔力の残滓でバケモノが生まれる』エトセトラ、エトセトラ……。

 もちろんどれも与太話の域を出ないもので、真実ではない。しかしどうしても魔法はこういった怪しいレッテルからは逃れえない。訓練すれば誰にでも使える魔術と違い、魔法はいまだ謎の多い分野なのだ。

「今朝になってもまだ続いていて、どうにもおかしいと思いまして」

「ふむ。見に行きましょう。儀式の間に何かあってはたいへんですから」

 男はそばにいた従者に声をかけておき、報告に来た侍女を伴って儀式の間へ向かった。


 確かに、扉から物音が聞こえる。まるで扉を壊さんとするかのような音だ。重厚な造りをしたこの扉は魔力による施錠もされており、ちょっとやそっとじゃ開かないのだが。

「どうしましょう、エーベルハルト様」

「おそらくは、先日の召喚のせいで生物が『墜ちて』来たのでしょう。衛兵と魔術師たちをここに。陛下にも報告がいくよう頼んでください」

 侍女に指示を出して、男――アーロン・エーベルハルトは扉に向き直った。

「しかし、可能性であって現実に例はないと思っていたんですけどね……」

 扉にはめ込まれた宝珠に手を置き、慎重に開錠の魔術を発動させた。



 召喚は魔術(ぎじゅつ)ではなく魔法(きせき)だ。時空に人為的な裂け目を生み出し、自らの軍勢に加わるものを異世界から引き入れる。もともと神から与えられたこの技術は人が実行するには少々無理があるらしい。確かに、望む者を呼び寄せることはできるのだが、著しい副作用があった。

 例えるなら、地震の後の余震。裂けた空間は修復しようとたわむ。そしてあらぬところに裂け目が生まれ、そこからさまざまなものが墜ちてくる可能性がある。大抵は無害な物ばかりなのでちょっとした後始末で済むが……



 開錠。衛兵が駆けつける足音も聞こえてくる。ゆっくりと慎重に扉を押し開けた。すると。

「うわっ」

「まぶ……開いた!」

「……なっ」



 そう、可能性に過ぎないはずだったのだ。召喚されずに人間が墜ちてくるなんて。

 しかも。

「黒髪だと?」

「悪魔だ! 聖騎士と神官を呼べ!」

「あの者を捕らえろ! 奥の娘を救い出せ!」




 忌み色たる黒をその身に宿す人間がいるだなんて。

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