まず村の警備をしているニックだが、どこからどう見ても巨大なメンダコだ(カズマの感想)
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カズマにとってはカルチャーショックの連続だった。
まず村の警備をしているニックだが、どこからどう見ても巨大なメンダコだ。
そのメンダコがが普通に会話している。
村の入り口に置かれたピンク色に発光する斜めになった看板もそうだが、かなりシュールな光景だ。
(やっぱり、これ、映画とか企画ものの撮影だろ。じゃないなら、夢か何かだ・・・・・・・というか、夢だ。そうに決まってる。
だってコンビニの帰り道でこんな場所に呼び出されるなんて・・・・・)
カズマはこれがまだ現実であることを受け入れられずにいた。
だっておかしいだろ、言葉が通じてるし、看板の文字の意味も理解できる。
種明かしをすれば、それは旧文明の遺物──言語ナノマシンのおかげだ。
文明が滅びる前の時代、ある独裁者が科学者に命じて大気中にナノマシンをばらまいた。
一々命令を通訳したり、文章を翻訳しないといけないのは、酷く手間だと考えたからだ。
これは合理的な判断ともいえるだろう。
そのせいで通訳士や翻訳者達は、酷い失業の憂き目にあったが。
東荒野には、この大量解雇で路頭に迷う羽目になった通訳士及び翻訳者の子孫たちが今でもいる。
そんな子孫たちは先祖の伝統を受け継ぎ、東荒野では無意味ともいえる通訳と翻訳の作業をしながら細々と暮らしている。
もっとも、それだけでは食えないので他に仕事を持っているのだが。
このナノマシンは、人間の脳部位である弓状束と角回に作用する。
弓状束は、人間の言語を理解するウェルニッケ野と、言葉や文法を作るブローカ野を繋ぐ神経束だ。
そして角回は、文字の読み書きや計算を司っている。
言語ナノマシンは、この脳部位に翻訳機能を与える。
だからカズマは、この東荒野の村人たちと会話ができるのだ。
え、展開がご都合設定過ぎるって?
よろしい、読者の言い分を認めよう。
ところでここで一つ、カルデロン・バルカの戯曲<人生は夢>について語らせてほしい。
人生とは何か。
夢であろうか、幻か、あるいは狂気か。
人生とは、矛盾と不可解さにまみれている。
エドガー・アラン・ポーが<夢の中の夢>で語り、荘子が<胡蝶の夢>を創作したように人生とは夢なのだ。
人間が見るものも見えるものも所詮は夢であり、幻想であり、虚構に過ぎないのだと。
ただ、その夢はやけにリアルだが。
これで読者にもある程度は納得して頂けただろう。
別に納得してもらわなくても話は続くが。
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ジャンクケルアックのストリップ場の壁を修理しを得たシンは、ラストホープの入り口にバギーを停めた。
ビルがカズマを見かけて言う。
「お、新顔か」
おにぎり一つと引き換えにパーシーから貰ったタンカースジャケットに身を包んだカズマをシンが見やった。
「よう、シン、ビル、こいつはパーシーが連れて来た奴でカズマっていうんだ」
ガトリング砲を触手で器用に分解し、メンテナンスしていたニックが答える。
ビルが早速カズマをスキャンした。
「ヒューっ、こいつはすげえやっ、ここまでピュアな奴は滅多にいねえなっ、カズマって言ったか、あんた、どっから来たんだ?」
興奮気味にホログラムの真っ赤なタラコ唇を投影し、ビルが尋ねる。
汚染も変異も改造もされていない天然記念物のようなヒューマンだ。
「いや、気が付いたらラストホープの近くに立っていたんだけど・・・・・・コンビニの帰り道で・・・・・・」
「つまり、あんたは帰る途中にラストホープの近くに気づかない内に出現しちまったってことか。量子跳躍の事故とかに巻き込まれたりしたのかもな。
あるいはワームホールの出来上がった地面の穴に落ちたとか」
ビルがカズマに返答する。
「ええと、それって創作作品で聞いた単語のような、確かSF小説だったかな・・・・・・」
「旧文明のダイムノヴェルだったか。ガキの小遣い銭で買えるような大衆向けの娯楽小説だ。そこに掲載されてたサイエンスフィクション作品じゃ、鉄板ネタだったらしいな。量子跳躍やワームホールってのは。だけどよ、この東荒野じゃ、どっちも存在するぜ」とニック。
4本の触手を使って、ガトリング砲のバレルをせっせと磨いている。
脳の処理がさっぱり追い付かず、カズマはこめかみを押さえた。
「まあ、落ち着けよ、音楽でも聴いてリラックスしようぜ。アルゼンチンタンゴなんてどうだい。エル・チョクロとかさ。それにしてもよりによって、東荒野に飛ばされるなんざ、あんたも運が悪かったな、同情するぜ。あるいは捏造された記憶って可能性もあるがね」
カズマの頭上でホログラムを投影しながら、軽い皮肉まじりにビルが茶化して見せる。
「正直な話、耐えられそうにないならこれを飲むといい。一瞬で楽になれるからな」
シンがカズマに小さな青い錠剤をいくつか渡してやる。
「あの、これは一体・・・・・・?」
カズマが恐る恐るシンに尋ねる。
「こいつは神経系を一瞬で遮断して自決できる薬だ。恐怖も苦痛も味わうことなくすぐに死ねるぞ」
シンはこともなげに答えた。
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村の集会所でガスマスクを脱いだシンの素顔を見て、カズマは思った。
凄い美人だと。
流麗な切れ長の瞳にほっそりとした横顔、そこにあるのは際立った造形美だ。
シンがガスマスクのフィルターを掃除しながらカズマを見る。
「それであんた、何が得意だ。正直、戦闘方面では期待できそうにないし、アホアホネズミと戦ってもその肉体強度と精神じゃ、餌にされかねねえ」
「ええと、Pythonのプログラミング言語とか、あと趣味で電子工作したり・・・・・・」
「いいねえ、この東荒野じゃ、プログラミング言語も電子工作も使えるスキルだぜ」
ビルがいう。
「悪くないな。及第点だ。ちなみにニックはプリント基板をワイヤージャンパーで直すのが得意だ。あいつは器用だからな」
マーシャルアンプに腰を下ろしたシンが、電子ボングを吹かした。
「旧文明のガラクタを修理できるなら、それだけでとりあえずは食えるぜ。あとは装備品だな。せめて最低限、身を守れるようにならねえと」
「そうだな、ビル、ニックみてえに肉体改造手術を施すか、パワースーツを着るのが手っ取り早いだろうな。こいつは銃すらまともに扱えそうにねえし」
「だな、丁度いい。村の倉庫にあるスクラップアーマーを着せてやろうぜ」
シンがカズマを村の倉庫に連れていく。
倉庫内は埃とオイルの臭いが漂っていた。
スクラップアーマーは、赤錆びたサーボモーターと剥き出しの芯線が張り巡った強化外骨格だ。
ジャンクパーツを寄せ集めて制作した代物で、カズマから見れば神経や内臓が剥き出しになったような無惨な外見だった。




