バイオ燃料はどうかな、さっきレイダーを材料に精製したばかりだよ(タックスマンの無邪気な一言)
7
イーストウエストランド、そこはどうしようもない掃き溜めだ。
神に見捨てられた土地と呼ぶにふさわしい。
かつての文明世界は滅び去り、残ったのはこんなどうしようもないゴミの山だ。
工具箱に腰を下ろし、自家製ハーブから抽出したリキッドをコイル加熱して、シンが電子ボングでゆっくり吸い、吐き出す。
煙が冷え切った空気と混ざり、おぼろげに消えていく。
安っぽい煙が喉にこびりつく。
だが、脳を覚醒させるハーブの香りは嫌いではない。
作業台に乗せたラフレシアもどきの出来損ないをシンが加工していく。
熟練の職人顔負けの手際の良さだ。
ホルモンと葉緑体触媒を抽出し、可食部分を食料用に小分けした後、残った部分はバイオ燃料精製用のタンクにぶち込む。
タンクにぶち込めば、あとは勝手に化学分解される。
精製されたバイオ燃料は、荒野の住人達の糧となり、循環されていく。
バイオクリーチャーは恐ろしいが、同時にこの東荒野では重要な資源だ。
シンは修理したジュークボックスのスイッチを入れた。
どっかの廃墟の倉庫から見つけて来た代物だ。
スピーカーから流れるのは、マディ・ウォーターズの<フーチクーチマン>だ。
マディのウイスキーでしゃがれた厚みのある歌声に耳を傾けながら、シンが再び電子ボングの煙を吹かした。
ギターのリフが作業場の空気を震わせる。
シンガ揮発したリキッドを深く吸い込む。
「なあ、シン、この資源で何を物々交換するつもりだ。これだけありゃ、市場で好きなもん取引し放題だぜ」
「そうだなあ、新しいガジェットのパーツ、それと村長の義手用の潤滑剤を土産に仕入れるか。あとはパーシーがトラブルを引き起こさないように鎮静剤の原料を買うのはどうだ?」
「賛成だな、シン、あのトラブルメーカーが少しでも大人しくしててくれりゃ、村の被害も少なくて済む。ああ、それとニックの奴の差し入れに何か買っておこうぜ」
8
イーストウェイストランドは、この大いなる世界に置いて極めて興味深い地域だ。
神々の聖域と呼ぶには余りにも血生臭く、地獄と呼ぶには、悲惨なまでに滑稽すぎるからだ。
そう、例えるなら、それは酔っ払って二日酔いになった神が、地面に壮大に吐いた後、その虹色に輝く嘔吐物溜まりを使って、足裏で滅茶苦茶な落書きをしたような、そう呼ぶに相応しい場所だった。
イーストウェイストランド、それはこの世の掃き溜めだ。
恐らくだが、このイーストウェイストランドを作り上げた創造主は、空飛ぶスパゲティモンスターの半分ほどの知性も理性も倫理感も持ち合わせていなかったに違いない。
これこそが、このイーストウェイストランドにおける絶望的なまでの悲劇だった。
さて、その創造主は今、何をやっているかというと、恐らくはビールをひたすら飲みながらアニメのサウスパークを視聴しているに違いない。
この無駄に趣味が悪く、チンパンジーの毛ほどのセンスの欠片も見当たらない創造主の事だから、ケニーが死ぬ場面でいつも爆笑しているはずだ。
そんな宇宙の廃棄物の溜まり場、神々のゴミ捨て場でもあるイースト・ウェイストランドにある街、ジャンクケルアックでは、今日も人々が欲の皮を突っ張らせて生きている。
今日もジャンクケルアックにある市場では、今日も歩くバイオ燃料精製プラントこと、タックスマンが高品質バイオ燃料を人々に売っていた。
朗らかで陽気なタックスマンの呼び声が聞こえてくる。
「バイオ燃料はいかがかな。生きの良いレイダーが原料だ。一時間前に精製したばかりだよ」
タックスマンは、レイダーやクリーチャーをいかに高品質なバイオ燃料に生まれ変わらせることができるのかを常に考えている男だ。
その身体は今ではすっかり義体化しており、義体を構成するガジェットパーツはどれも特注の一級品ばかりだ。
やろうと思えばタックスマンは、その特注の戦闘用ガジェットを使って、単騎で周辺のレイダーの軍団、クリーチャーの群れ一つを壊滅に追い込むことができる。
それをやらないのはバイオ燃料の材料が減るという、単純かつ合理的な判断によるものだ。
元々は人間だったタックスマンは、現在では自我を持ち、荒野の悪党や化け物を付け狙う高性能自動型バイオ燃料精製プラントと定義できるだろう。
このジャンクケルアックにとって、タックスマンはなくてはならない住民のひとりだ。
何故ならばタックスマンのバイオ燃料のおかげで、ジャンクケルアックの人々は凍えずに夜を過ごし、機械を動かしたりすることができる。
何よりも厄介なクリーチャーやレイダーを始末し、バイオ燃料という素晴らしい資源に変えてくれる。
タックスマンほど純粋無垢で悪意を知らない男はいない。
貧しい人々には無償でバイオ燃料を分け与えてくれるからだ。
たとえそのバイオ燃料が、タックスマンの燃料精製タンクに生きたまま放り込まれたレイダーだとしてもだ。
「おい、タックスマン、バイオ燃料をくれ。ラストホープへの土産に持っていく」
「やあ、シン、今日も元気そうでなによりだよ。村への土産かい、それじゃあ、おまけをしておくよ。ボールドリックとニックによろしく伝えておいてよ」
タックスマンが渋い合成音声で答えると、燃料精製タンクから殺してくれというレイダーの悲壮感漂う絶叫が木霊する。
だが、その叫びもすぐに市場の喧騒に呑み込まれた。
「今日のレイダーは元気そうだな、タックスマン」
「ああ、あと一時間もすればこのレイダーも高品質のバイオ燃料に生まれ変わって、人々から感謝されるようになるよ」
タックスマンは屈託なく答えた。
レイダーの悲鳴は、タックスマンにとって順調にバイオ燃料になりつつあるなというパラメーターの一つに過ぎない。
彼に悪意はない。
ただ、純粋な善意と一点の曇りもない狂気が同居しているだけだ。
レイダーの苦痛はタックスマンにとって、キッチンタイマーの発する音程度のものでしかない。
9
村の入り口で警備をしているニックに土産のポルノ雑誌をやると大層喜んでくれた。
ビルが一緒になって眺める。
「おお、すげえな、ニック、こいつはよ」
「ああ、たまらねえよ、ビル、見ろよ、この六本腕を。最高にセクシーだぜ」
ニックが、グラビアに映る、腕が六本あるモデルに興奮する。
血のような赤い肌、頭から角が二本突き出した所も中々そそるとニックが呟く。
村の看板は相変わらず斜めになっており、ピンク色に発光していた、
そんなタイミングでパーシーが大声を張り上げて駆け寄ってきた。
何かもぞもぞと蠢いている頑丈な合成袋を持っている。
「おーいっ、みんなっ、珍しいアホアホネズミを見つけてきたぜっ」
ラストホープの村では、パーシーが珍しいものを捕まえて来たという言葉は、災厄の知らせと同義語だ。
袋の中身が突然暴れだすと、放電しながらほつれ部分を突き破って出てくる。
飛び出してきたのは、ストームサーペントの幼体だった。
ストームサーペントは毒蛇のコブラに生体発電器官を組み込んだクリーチャーだ。
25メートルにまで成長するこのモンスターは、やはり旧文明の生み出した存在だった。
その発電器官はバイオ発電機として高値で取引されている。
イーストウェイストランドでは親しみを込めてこう呼ばれている。
<動き回る高圧送電線>と。
肉も美味だし、捨てる部分がないクリーチャーだが、同時にかなり危険な存在でもある。
放電すれば肉食ラフレシアが簡単に消し炭になるし、その牙から垂れる猛毒は、大型クリーチャーに致命傷を与えるだろう。
猛毒の牙に高圧電流を発する器官はこのクリーチャーは、地獄の荒野に相応しい悪魔のハッピーセットだ。
そして幼体がいるということは、親が子を探しにここに近づいてきている可能性がほぼ確定している。
母親は我が子が発する固有の電気信号を辿って来るからだ。
「どうする、シン?」
「もうこうなったら母親を狩るしかないな、ニック。ストームサーペントの弱点は頭部だ。背後から頭を吹き飛ばせば発電器官も手に入る」




