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ラストホープへようこそ、歓迎するよ(触手を蠢かせるニックの挨拶)


第三地区の村<ラストホープ>の看板は、いつものように斜めになって沈んでいる。


ラストホープ、最後の希望──その村の名前には、救いようのない悲壮感が漂っていた。


看板は物理学的な巧妙さをもって、常に絶妙な斜め45度を維持している。


「俺さ、いつもこの看板見て思うんだけど、この村、名前をラストホープからノーホープとでも変えるべきなんじゃねえの。文字も寄りによってピンクの蛍光だしよ、つうか、この看板作ったのパーシーか?」


と、ビル。


「その意見には同意するぜ、ビル、だがな、人間には希望が必要だ。たとえこんな趣味の悪い張りぼてのピンクのペンキで書かれた、

ボロクズのような看板でも人間は希望を見出そうとするもんさ。自己防衛の産物って奴だ」


「なるほどね。要するに妄想ってことか。現実を直視すんのが嫌だから、こんな網膜と脳みそに負担をかけるようなピンク色の文字を看板に塗りたくったんだな」


「そういう事だな、ビル」


「んじゃあ、とりあえずこの看板の事を置いといて、早速ディオのホーリーダイヴァー聴こうぜっ」


ビルがバギーに繋げたスピーカーから、ディオのホーリーダイヴァーを大音量で流す。


早速シンとビルは、ガタが来た貯水タンクの修理を始めた。


シンの指先が、精密溶接機のように壊れた部分を修復していく。


東荒野のベテランのエンジニアから見ても腰を抜かすよう卓越した技術だ。


ロニー・ジェイムス・ディオの咆哮が、シンの背後で響き渡る。


亀裂の入ったタンクをパテを埋めて溶接しながら、シンは思った。


今日もなんとか生きている。


修理を終えると、シンはハーブリキッドを電子ボングで吹かした。


ハーブの刺激的な香りが、鼻腔の奥にこびりついた鉄錆と腐敗臭を和らげる。


紫煙がゆっくりと夕日に向かって立ち上っていった。


そろそろ冷え込む時間帯だ。


「なあ、ビル、この東荒野をつくった野郎がいたらどう思う?」


「それは創造主とか神様の事か、シン?」


「ああ、そうだ」


「この東荒野を設計した奴がいたとしたら、粗悪なドラッグでバッドトリップしながら作ったんじゃないのか。

だってよ、正気ならこんな壊れた肥溜めみてえな場所、わざわざ作らねえし。

バイオエタノールに浸かって酔っ払ったカタツムリだってまだマシなもん思いつくだろうよ」


早口でビルがまくしたてると、シンは無言で頷いた。


「そうだな、ビル。俺がもしもその創造主って奴に出会ったら、テメエの吐いたゲロはテメエで片付けろと怒鳴りつけてやりたいところだ。

だが、そんな奴が素直にゲロを片付けるとは思えねえ。だからまずは頭を鋸で開いてから、知性と正気を与えるチップを移植してやるつもりだ」


電子ボングの煙を緩やかに吐き出しながらシンがつぶやく。


「でもよ、シン、そいつに知性と正気を与えた所で東荒野を見た瞬間、発狂してオジャン、元の木阿弥じゃねえの。チップの無駄だろ」


「まあな。無駄な資源の消費になるだけだ。その資源で、村長の義手のメンテナンスしてやるか、ニックの触手を増やしてやるほうが数万倍は有効だな」



簡易ドッグシェルターに突っ込んだバギーに荷物を積むと、シンは村の集会所で食事を取った。


この村の集会所は酒場であり食堂であり宿屋であり村人たちの憩いの場だ。


培養肉のシチューを啜っていると、村長のボールドリックが息子のパーシーを救ってくれてありがとうと、シンに礼を述べた。


「シン、息子のパーシーを救ってくれて感謝するよ、あんたがいなけりゃ、うちのパーシーがクリーチャーに食われていた所だった」


古傷だらけ、皺だらけの顔に笑みを浮かべ、ボールドリックが蒸留酒をシンの金属製のカップに注ぐ。


ボールドリックの右腕は古い義手だ。


傭兵だった頃は、この義手でレイダーやバイオクリーチャーを相手に戦ってきた。


古参の傭兵上がり、それが村長のボールドリックだ。


ボールドリックが席に座る。


二人は無言でカップを掲げ、乾杯をすると酒を啜った。


アルデヒドのガスのような独特の刺激臭と、脂っぽい風味がする蒸留酒だ。


だが、イーストウエストランドではまだマシな酒だ。


喉を焼くような感覚はある。


だが実際に食道や粘膜が焼けるわけではない。


つまりは安全に飲めるということだ。


安全──この荒野では最高の贅沢品だ。


「村長、悪くない酒だな。飲んでも身体がイカレない酒ってのは重要だ」


「だろう。これでも評判は悪くなくてね。行商人たちがちょくちょく村の酒を仕入れに来るんだ」


ボールドリックが義手を撫でながら言う。


使い込まれたボールドリックの無骨な旧式の義手は、まさに頑丈そのものだ。


この義手で傭兵時代はレイダーの首をへし折り、バイオクリーチャーの頭を吹き飛ばしてきた。


義手の前腕部に弾倉を突き刺せば、40mmグレネードを高速でばらまく死神の鎌と化す。


酒を飲み干すと、シンは空になったカップを置き、椅子から立ち上がった。


「それじゃあ俺はここでおさらばする。まだやり残した仕事があるんでな」



夜の荒野は凍てつく寒さが支配する。昼間の灼熱地獄がまるで嘘のようだ。


それは砂のせいだ。


砂は熱しやすく冷めやすい。


比熱と放射冷却って奴だ。


そのせいでこの荒野では、気温が昼と夜で極端に変化する。


シンは6キロ先にいる肉食ラフレシアの群れを眺めた。


数は全部で100匹前後。


村のある方向へと進んでいる。


五メートルを超える巨大な花弁から伸びた毒々しい紫色の棘が張り付いた触手、底部にある無数の小さな触手で、

多足類のように這いずり回るその姿は、はっきり言って醜悪の一言に尽きる。


旧文明の遺伝子工学が産み落とした失敗作、出来の悪いクリーチャー、それが肉食ラフレシアだ。


名前こそ肉食ラフレシアだが、厳密にはウミウシやヒトデなどの無脊椎動物に植物の葉緑体による光合成能力を与えたキメラ生物だ。


このバイオクリーチャーは、その棘のついた触手で獲物を絡めとり、獲物を丸呑みにする。


丸呑みにされた獲物は、このクリーチャーが発する幻覚ガスを吸い込みながら、意識が混濁した状態で消化されていく。


それも生きたままの状態で。


一体誰がどんな目的で、この気色悪いクリーチャーを製造したのか、皆目見当がつかない。


資源活用として飼育するには狂暴すぎるし、放置すれば共食いをはじめる。


生産性という観点から見れば、これほど非効率な生物もいない。


観賞用としても造形やデッサンがグロテスクで美的センスに欠ける。


番犬代わりにするにも使い勝手が悪い。


あるいは、この奇妙なモンスターを作り出した遺伝子工学研究者は、無脊椎動物の触手に捕まって生きたまま食われたいという性癖を持っていたのかもしれない。


荒野のハンターの多くがそうだが、肉食ラフレシアの群れが来れば、大量の燃料を消費して始末する。


焼夷弾や火炎放射器、バイオ燃料をぶちまけて炭にする。


手っ取り早くケリをつけたいなら、ドローンで焼夷弾を一発落とせばいい。


だが、肉食ラフレシアは加工すればバイオ燃料に使えるし、タンパク質が豊富な食料にもなる。


ヒトデ由来の再生ホルモンを抽出すれば良い傷薬にもなる。


葉緑体の触媒も手に入る。


ラストホープの村の連中に、この半分でも持ち帰ってやれば泣いて大喜びするだろう。


「ドローンを使って焼夷弾をぶち込めば、一瞬で終わるが資源が灰になる。細胞の不凍液機能を破壊する薬を散布すれば、この極寒で勝手に凍るだろうよ」


シンが凍結促進剤をドローンを使って散布する。


細胞膜にある不凍タンパク質の働きを阻害され、荒野のモンスターどもが、ゆっくりと凍り付いていく。


荒野の凍てつく夜風が、その紫色の触手を白濁化させていった。


肉食ラフレシアの細胞膜や組織を氷の結晶が、内側から物理的にぶっ壊していく様は見ものだ。


「焼けちまえば無価値だがこうすれば、有効な資源に早変わりってわけだ。さてと、あとは回収と行くか」


バギーの荷台にクリーチャーの残骸を山積みにすると、シンは何度も往復して隠れ家になっているシェルターの保管庫に運んだ。




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