荒野の技術者シンとアホのパーシー
1
朝日は血の色を帯びた薄紅に染まっていた。
ジャンクケルアックの路地裏は、常に腐った血、硝煙、錆、焼けた油、化学薬品の臭いが染みついている。
廃倉庫を改造した工房、打ちっぱなしのコンクリート壁に並んだ工具類、スチール製の回転イスに座ったシンは朝食を取っていた。
アマランサス、ウジンビエ、シコクビエ、フォニオ、 チュファを材料にした自家製ビスケットだ。
土のような風味と硬い歯ごたえがある。
奥歯でゆっくりと咀嚼する度にビスケットの乾いた音が響いた。
朝飯を食いながら客が修理代に置いていった旧文明のポルノ雑誌を眺める。
「なあ、シン、この女、文明崩壊前の人間のノーマルな姿だ。改造も変異もねえしよ」
ビルが言う。
ビルは小さなコインに内蔵されたAIでシンの相棒だ。
「そうだな、ビル、今じゃ珍しい。荒野じゃ一分持たずにバイオモンスターに食われるか、レイダーの夕飯だな」
シンがきつい消毒液の匂いがする水を噛み砕いたビスケットごと胃袋に流し込む。
「それじゃあ、仕事に行くか、ビル」
シンが壁にぶら下がったガスマスクを手に取ると、慣れた手つきで装着した。
2
灼熱の砂嵐が吹き荒れる荒野、シンは改造バギーを走らせた。
無機質な機械音を立てながら、バギーが荒野を切り裂いていく。
エタノール、風力、太陽光、水素、あらゆるエネルギーを貪り食う、シン愛用の雑食性バギーだ。
クリーチャーやレイダーの血肉や脂も燃料にして動く使い勝手の良い愛車でもある。
第三地区の一番端にある村へと立ち寄ると馴染みの警備兵のニックが、8本ある触手の一本を振ってシンに笑いかけた。
「よう、ニック、調子はどうだ?」
ビルがニックに声を掛ける。
「悪くないぜ、ビル。触手の調子も良い感じだ。この前も触手でレイダーを5人ばかり握り潰してやったぜ。
それよりもパーシーの奴が酔っ払って村からどっかに行っちまったんだけどよ、ビル、シン、俺、すげえ嫌な予感がするんだよな」
シンが嫌そうな顔をしてニックの言葉に同意して見せた。
「なあ、ニック、俺はいつも思うんだが、パーシーは頭がイカレたナメクジ以下の知能しかないぞ。あいつの脳細胞は完全に死滅してるな。また厄介ごとに巻き込まれてそうだ」
「まあ、でもよ、シン、ニック、パーシーは知能はともかく、どんな目に遭っても何故か生きてるし、あんまり気にする必要はないんじゃねえの?」
「ビル、パーシーが死なない理由は、死神もあんなバカを連れて行きたくないからだ。恐らくはあの世の知能指数が下がることを危惧しているんだろうな。それよりも問題はパーシーのせいで村にトラブルが発生することだ」
シンが吐き捨てるように言うと、ニックが黙って首を縦に振って見せる。
トラブルを起こす前にパーシーを連れ戻したほうがいいと判断したシンとビルは、ニックから聞き出した場所に向かうことにした。
パーシーの向かった先は、どうやら廃墟になったショッピングモールらしい。
「あそこの廃墟ってクリーチャーの巣窟だろ。パーシーの奴、モンスターに食われたい願望でもあんのかな、どう思うよ、シン?」
「パーシーに願望なんて高尚なものは存在しないだろうよ、ビル。あいつの頭にあるのは、飯、女、酒に対する欲求と思いつきだけだ」
ハンドルを操作しながらシンがぼやく。
ひび割れた強化コンクリートの塊──ショッピングモール跡の廃墟前にバギーを停めると、シンは素早く準備をした。
かつては豊かさの象徴だった建物も、今ではバイオクリーチャーの巣窟というゴミ溜めと化している。
「ビル、ショッピングモール内の熱源と生体反応を調べろ」
「あいよ。ええと、複数反応があるな。その中でパーシーと思しき奴は三か所にいるぜ、シン」
「恐らく二か所は人型クリーチャーだろうな。残りの一か所が本命だな。地下の食品売り場に行くぞ、ビル。あのばかたれなら食料か酒を漁るはずだ。
とはいえ、保険を掛けておくか。残り二か所に探索用小型ロボットを送り付けておくとしよう」
シンが0・3センチサイズの小さな二機の小型偵察ドローンを腰にぶら下げたバックパックから射出する。
ドローンはそのまま、ショッピングモールの廃墟へと消えていった。
少ししてビルが言う。
「シン、二か所ともハズレだ。地下の食品売り場だな、あのバカがいるのは」
「そいつは時間を無駄にしちまったな、ビル」
さっさとシンはショッピングモールに足を踏み入れると、階段から音もなく地下へと降り立った。
3
ショッピングモール地下の食品売り場。旧文明の豊かな時代には大量の食品が並んでいた場所だ。
今ではバイオクリーチャーの排泄物と、食い散らかされた獲物の骨だけが残っている。
湿り気を帯びた澱みには、有機物の腐敗した臭気が漂っていた。
「シン、火は使わないほうが良さそうだぜ。ライターで火をつけた途端にドカンといきそうだ。それにメタンガスが勿体ねえよ。重要な資源だ。あとで回収しようぜ」
「合理的な判断だな、ビル。それじゃあ溶解液に武器を切り替えておくか」
シンが溶解液タンクのノズルを構える。
シンがそのまま歩を進めていると、巨大ゴキブリの群れに取り囲まれたパーシーを見つけた。
シンが無言で、巨大ゴキブリどもに粘り気のある溶解液を浴びせていく。
泡を立てて溶け崩れていく巨大ゴキブリどもの厚い外殻──揮発する白い煙が空中を舞った。
「シンっ、ビルっ、助けに来てくれたのかっ、おお、心の友よォっ!」
涙と鼻水まみれの無様な顔面を晒したパーシーが、何かを握りしめながらシンのほうへと駆け寄ってきた。
そのパーシーの手にはCDが握られていた。
「おい、ちょっと待てよ、パーシー、その手にあるのは・・・・・・もしかしてディオのホーリーダイヴァーかっ!」
ビルが驚きの声を上げる。
まさかパーシーがお宝をゲットしてくるとは、シンもビルも思ってもいない出来事だった。
床には溶解液を浴びてのたうつクリーチャーどもが、断末魔の鳴き声をあげていたがそんな事はどうでもいい。
それよりも重要なのは、今、パーシーの手にディオのCDが握られているということだ。
「ビル、俺は何となくわかったぞ。このパーシーというアホアホネズミの人型亜種は幸運だけは超一流なんだ。だから死神も寄ってこなけりゃ、村も全滅しない。
それどころかお宝をこうして見つけてくる」
「マジかよっ、すげえな、それっ、知性と引き換えにラッキーマンになったってことかよっ」
ビルが点滅する。
「そういう事だ、ビル。パーシーは脳細胞に宿る知性を全て消費して、代わりに幸運という祝福を受け取った。まさにこの荒野のバグだな」
「すげえとは思うけどよ、羨ましいかって言われると微妙だな。だってよ、運は良くなるけどバカになるんだろう。AIの尊厳としちゃ、微妙なとこだな。
ところであの溶けたゴキブリどもも回収すれば、良い肥料になりそうだぜ」
「そうだな。おい、パーシー、あのゴキブリを容器に入れるから手伝え」
シンがパーシーに声を掛ける。
「ああ、判ったぜ、シンっ、このドロドロになったゴキブリを容器に入れればいいんだなっ」
ふたりの足元に転がっている溶け崩れたゴキブリ──触角がピクピクと痙攣していた。
耐腐食性の手袋をはめると、パーシーとシンは、広げたシートの上にゴキブリを放り、外に停めたバギーの荷台へと運んでいった。
パッキング用の容器にゴキブリを詰め込むと、シンがバギーに乗り込んでエンジンを掛ける。
低く唸りを上げるエンジン、助手席では、シンが渡してやった朝食の残り物のビスケットをパーシーが、バカ面ぶら下げて貪り食っていた。
ぼさぼさの髪の毛にトウモロコシをぶん殴ったようなパーシーの横顔──こいつに比べれば、カマドウマのほうがまだ思考力が残っているだろう。




