物語を恐れる者たち
村の空気が、変わった。
露骨な変化じゃない。
誰かが声を荒げたわけでも、指を差したわけでもない。
――ただ、距離ができた。
井戸端で話していた大人たちは、俺を見ると口を閉ざす。
子供たちは、親に引き寄せられる。
挨拶をしても、返ってくるのは曖昧な頷きだけ。
「……まあ、そうなるよな」
俺自身が、一番よく分かっていた。
助かった命。
救えなかった命。
そして、“何かがおかしい”という感覚。
説明できない異常ほど、人は恐れる。
昼過ぎ、見慣れない一団が村に入ってきた。
簡素な鎧。
だが、動きが無駄に洗練されている。
「巡察です」
先頭の女が、村長に告げる。
「最近、この周辺で“結果だけが変わる”事例が報告されています」
背筋が、冷えた。
結果だけが変わる。
――言い得て妙だ。
俺は、人混みの後ろで、息を潜める。
「魔獣の件、川の事故……」
「偶然にしては、出来すぎている」
巡察の女の視線が、村をなぞる。
そして、一瞬だけ――俺の位置で止まった。
目が合った、気がした。
心臓が、嫌な音を立てる。
「村に、特別な力を持つ者はいませんか?」
沈黙。
誰も、すぐには答えない。
だが、その沈黙自体が、答えだった。
誰かが、俺をちらりと見る。
それが、連鎖する。
「……あの子です」
低い声。
誰かが、そう言った。
「魔獣の時も、川の時も……」
「近くに、あの孤児がいました」
視線が、一斉に俺に集まる。
責める目ではない。
だが、信頼の目でもない。
評価する視線。
使えるか、危険か。
巡察の女が、俺に近づく。
しゃがみ込み、目線を合わせる。
「名前は?」
――名前。
一瞬、言葉に詰まる。
「……あります」
自分の名前を口にして、胸の奥を確かめる。
まだ、残っている。
「君、何をした?」
問いは、優しい。
だからこそ、逃げ場がない。
「……何も」
女は、少しだけ目を細めた。
「“何もしていない”というのは、
とても怖い答えだよ」
そう言って、立ち上がる。
「今日は、これ以上は聞かない」
「だが――」
女は、振り返らずに言った。
「力は、隠せば隠すほど、目立つ」
一団は、そのまま村を出ていった。
残された空気は、さらに重い。
村長が、俺に近づく。
「……しばらく、ここを離れた方がいい」
その声に、感情はなかった。
判断だ。
「お前が悪いわけじゃない」
「だが、この村は……小さい」
俺は、頷く。
分かっている。
ここは、もう俺の居場所じゃない。
夜。
荷物をまとめる。
大したものはない。
服と、水と、少しの干し肉。
扉を開けた瞬間、胸がざわついた。
――まただ。
あの感覚。
物語が、俺を呼んでいる。
逃げたい。
書きたくない。
それでも、分かる。
どこへ行っても、
書かれなかった結末は、俺を追ってくる。
俺は、村を振り返らずに歩き出した。
――居場所を失った瞬間、物語だけが、俺を離さなかった。




