書かれなかった結末
村の外れから、悲鳴が聞こえた。
「魔獣だ! 魔獣が出たぞ!」
ざわめきが一気に広がる。
大人たちが武器を手に走り出し、子供たちは家の中へ追い立てられていく。
俺は、動けずにいた。
身体が震えている。
恐怖――だけじゃない。
胸の奥に残る、あの熱。
夢の中で感じた、嫌な予感。
「……まさか、な」
そんな都合のいい話があるわけがない。
評価されなかった作家が、異世界で力を持つ?
そんなの、物語の中だけだ。
――でも。
視界の端で、煙が上がるのが見えた。
森の方角だ。
「逃げ遅れた子がいるぞ!」
誰かの叫びに、心臓が跳ねる。
考えるより先に、足が動いていた。
森の入口。
そこにいたのは、村の子供だった。
足をくじいたのか、地面に座り込み、泣きじゃくっている。
その背後――低い唸り声。
魔獣だ。
黒い毛並み。
鋭い牙。
こちらを獲物と見定めた目。
俺は、立ち尽くす。
剣はない。
魔法も使えない。
最低ランクの孤児に、できることなんて何も――
その瞬間、頭の中に言葉が浮かんだ。
「――彼は、ここで死ぬはずだった。」
ぞくり、と背筋が冷える。
それは、文章だった。
俺がかつて書いた物語の一節。
誰にも読まれなかった、未完の英雄譚。
序盤で命を落とす、脇役の少年。
――違う。
この子じゃない。
でも、重なる。
物語の“型”が、現実と噛み合っている。
気づいた時には、俺は目を閉じていた。
言葉を、並べる。
頭の中で、続きを書く。
「だが、その結末は――書かれなかった。」
胸の奥が、熱くなる。
今度は、はっきりと。
次の瞬間。
魔獣が、よろめいた。
見えない何かに弾かれたように、動きが止まる。
牙が、空を切る。
「……え?」
子供の声と同時に、
後方から槍が飛んできた。
魔獣は悲鳴を上げ、地面に倒れ伏す。
遅れてきた大人たちが、とどめを刺した。
「助かった……」
誰かがそう呟いた。
俺は、その場にへたり込む。
今のは、偶然か?
たまたま、だろうか?
だが、胸の奥に残る感覚が、それを否定していた。
――書いた。
確かに、俺は“結末を書き換えた”。
誰にも読まれなかった物語。
書かれなかった結末。
それが、今。
この世界に、触れた。
子供が、俺を見上げる。
「……ありがとう」
その一言が、胸に刺さった。
評価でも、称賛でもない。
ただ、物語の外側から向けられた言葉。
俺は、初めて理解する。
この力は、祝福なんかじゃない。
便利な魔法でもない。
――書いてしまった者だけが背負う、責任だ。
そして。
この世界には、
まだ“書かれなかった結末”が、無数に眠っている。
――俺は、触れてはいけない物語に、手を伸ばしてしまった。




