誰にも読まれなかった、最後の物語
その小説には、読者が一人もいなかった。
ブックマークはゼロ。
感想欄は、最後まで白いまま。
ランキングにも、注目作品にも、かすりもしない。
――それが、俺の最後の物語だった。
画面に表示された数字を見つめながら、俺はマウスから手を離す。
更新を止めて三日。
期待していなかったはずなのに、どこかで“もしかしたら”を待っていた。
何も、起きなかった。
「……やっぱり、才能なかったんだな」
呟いた瞬間、胸の奥がきしむ。
物語を書くことだけが、自分の価値だと思っていた。
それを否定されるのは、存在そのものを否定されるのと同じだった。
評価されない原稿。
反応のない画面。
沈黙という名の答え。
――前にも、同じことがあった。
俺は、逃げるようにマウスを握り直す。
アカウント削除。
確認画面には、これまで書いてきた作品一覧が並んでいた。
どれも似たような数字で、似たように読まれていない。
「……お疲れさま」
誰に言うでもなく呟き、エンターキーを押す。
画面が切り替わる。
俺の物語は、この世界から完全に消えた。
その夜、俺は死んだ。
理由は分からない。
過労か、事故か、あるいはただの不運か。
はっきりしているのは――誰にも気づかれなかった、ということだけだ。
次に目を開けた時、知らない天井があった。
「……ここ、どこだ?」
声が高い。
身体が軽い。
小さな手。細い腕。
どう見ても、大人の身体じゃない。
「目、覚ましたか……」
粗末な服を着た中年の男が、安堵したように息を吐く。
木造の天井、薄暗い部屋、薬草の匂い。
話を聞くうちに理解した。
俺は――
異世界に転生したらしい。
しかも、立場は孤児。
親も金もなく、名もない存在。
剣の才能は期待できない。
魔力も、測るまでもないらしい。
――またか。
胸の奥で、かつてと同じ感情が蠢く。
評価されない。
役に立たない。
場所が変わっただけで、俺は何も変われていないのか。
その夜。
藁の寝台で目を閉じた俺は、奇妙な夢を見る。
そこに浮かんでいたのは、
俺が書いた、誰にも読まれなかった物語だった。
未完のまま、終わったはずの小説。
なぜか、続きを知っている。
書ける。
はっきりと、言葉が浮かぶ。
胸の奥が、かすかに熱を帯びた。
その感覚が、
なぜか――とても嫌な予感を伴っていた。
まるで、この世界が。
俺に“続きを書け”と、強要しているような。




