最終話:スパルタ×冥界の同窓会 〜女神アテナの胃痛と終わらない宴〜
死後の世界、冥界。
その最奥にある、英雄の魂のみが入ることを許された楽園、エリシュオン。
そこは本来、穏やかな風が吹き、竪琴の音色が響く、静寂と安息の場所であるはずだった。
だが、今日の楽園は、市場のように――いや、それ以上に騒がしかった。
「ガハハハ! 張飛と言ったな! 貴様の蛇矛、なかなか重いではないか!」
広場の中央で、山のような巨漢同士が酒樽をぶつけ合っていた。
一人は、長坂橋で一喝した燕人・張飛。
もう一人は、新たに現れた楚の覇王・項羽である。
「当たり前だ! だが、あんたのその筋肉も悪くねぇ! どうだ、腕相撲で勝負だ!」
その横では、さらに異様な光景が広がっていた。
武蔵坊弁慶が、巨大な鉄の棍棒を持つギリシャ神話の英雄ヘラクレスと、飲み比べをしているのだ。
「ぬははは! ギリシャの神酒とやらも悪くないが、麦酒もいけるな!」
弁慶が樽ごと酒をあおると、その隣でスパルタの副官アステリオスが、丸焼きの肉をちぎって渡す。
「さあ、弁慶殿、もっと食ってください! こちらのヘラクレス殿は、ヒドラを素手で絞め殺したそうですよ!」
少し離れた丘の上では、身軽な若武者が、西洋の騎士と剣を交わしていた。
源義経と、リチャード獅子心王である。
剣先が触れるか触れないかのギリシャの距離で、二つの影が高速で交錯する。
「ほう! 八艘飛びとは見事な身のこなし! まるで風のようだ!」
「貴殿の一撃も重い! だが、スピードなら負けぬぞ!」
二人の模擬戦を、ヤン3世ソビエスキ率いるフサリア軍団と、真田幸村率いる赤備えが、酒を飲みながら観戦している。
「日本の武士もやるものだ。……どうだ、真田殿。我らの翼と、貴殿の六文銭、どちらが速いか競争するか?」
「望むところでござる! 三途の川まで競争と参りましょう!」
その奥では、巨大な地図を広げ、各国の覇者たちが熱い議論を交わしている。
ナポレオン、アレクサンダー大王、チンギス・ハン、カエサルといった世界史の怪物が並ぶ中、織田信長と李世民が扇子で地図を指し示している。
「鉄砲の三段撃ち……悪くない発想だ。だが、モンゴルの騎射には届くまい」
「是非もなし。なれば、その機動力を包囲する策を練るまでよ」
さらに、防御戦のエキスパートである楠木正成と楊萬春が、カール・マルテルと共に、新たな城壁の設計図を地面に描いて盛り上がっている。
「ここに丸太を落とせば、どのような軍勢も足止めできよう」
「いや、フランクの斧で壁を作る方が早いぞ」
宴会の片隅では、硝煙の匂いが漂っていた。
「チェスト! さあ飲め、南蛮の早撃ち小僧!」
島津義弘が、テンガロンハットを被ったビリー・ザ・キッドに芋焼酎を注いでいる。
その横で、土方歳三、斎藤一、永倉新八の新選組幹部たちが、雑賀孫市の持ってきた新型銃を分解している。
「なるほど、これかリボルバーか。……斎藤、これなら突きより速いかもしれんぞ」
「副長、私は刀で十分です。……ですが、悪くない機能美ですね」
そして、規律正しい集団もいた。
ローマの百人隊長マルクス率いるローマ軍団と、ナポレオンの老近衛隊長カンブロンヌ率いる擲弾兵たちだ。
彼らは整列して乾杯していた。
「ローマの盾に敬礼!」
「皇帝陛下と、スパルタの友に敬礼!」
緑の草原には、テルモピュライで共に戦った全ての戦友たちと、時空の壁が壊れた影響で雪崩れ込んできた歴代の英雄たちが入り乱れ、巨大な酒盛りを繰り広げていた。
その中心に、レオニダスと三百人のスパルタ兵がいた。
彼らの体からは傷が消え、全盛期の肉体を取り戻していた。
「……全員、揃ったようだな」
レオニダスは、黄金の杯を傾けながら満足げに笑った。
「俺は呼んでいないぞ。勝手に集まったんだ」
そこへ、光のゲートが開き、セラフィナ、ミナ、リリス、ドワーフのガンテツ、エルフのラースたちが現れる。
「教官!!」
セラフィナがレオニダスの胸に飛び込み、ガンテツがアステリオスの肩を叩く。
異世界の仲間たちもまた、英雄の座に招かれたのだ。
レオニダスは、胸元のセラフィナの頭を撫で、確かな温もりを感じていた。
その時、空から雷鳴のような絶叫が響いた。
「ちょぉぉぉっと待ちなさぁぁぁいッ!!!」
女神アテナが、憤怒の形相で降臨した。
彼女の手には、冥界の王ハデスからの、書庫一つ分はあろうかという大量の苦情状が握られている。
「あんたたちねぇ! 死んでまで迷惑かける気!? ハデスおじ様から『魂の管理システムが崩壊した』って苦情が来たのよ!」
アテナは、宴会場を見渡して、さらに顔を引きつらせた。
そこにいるのは、本来なら絶対に交わるはずのない魂たちだ。
「なんであんたたちいんのよ!!!」
アテナは指差して叫んだ。
「レオニダスと関わってない奴等までいるじゃない!!!」
アテナは頭を抱えてうずくまった。
「管轄外よ……完全なる管轄外……。これじゃあ全神話・全宗教の統合よ……。ゼウス様になんて説明すればいいの……」
レオニダスは、悪びれもせずにアテナに杯を差し出した。
「固いことを言うな、女神よ。宗教や世界が違えど、こいつらは共に戦った『戦友』であり、魂で結ばれた『兄弟』だ。この場にいる全員に、英雄の資格はあるだろう?」
「……うぅ」
アテナが顔を上げる。
そこには、レオニダスを中心に、数万、数十万の英霊たちが、満面の笑みで杯を掲げていた。
かつて敵だった者も、時代が違う者も、種族が違う者も、ここではただの「酒飲み仲間」だ。
「これだけの男たちが、貴女の粋な計らいに感謝しているのだ。……さあ、女神も飲め」
「アテナ様に乾杯!」「太っ腹な女神様万歳!」
英霊たちが口々に叫ぶ。
弁慶が法螺貝を吹き、信長が敦盛を舞い、リチャードが歌い出す。
アテナは、毒気を抜かれたように溜息をついた。
彼女の頬が、ほんのりと赤らむ。
「……もう、知らないわよ。全部『特例』で処理するから。ゼウス様には私が上手く言っておくわ」
彼女はレオニダスの手から杯を受け取り、ヤケクソ気味に一気に飲み干した。
「その代わり! 次はもっと静かにしなさいよ! ……あと、このお酒、美味しいわね」
ドッと笑いが起きる。
宴のボルテージは最高潮に達した。
レオニダスは、空を見上げた。
そこには、果てしない青空が広がっている。
戦いは終わった。歴史は紡がれた。
だが、彼らの絆は、宗教も、時代も、次元の壁さえも超えて永遠に続く。
「飲め! 食え! 語り合え!」
スパルタ王の号令が、楽園に響き渡る。
「今夜は帰さんぞ! ……もっとも、帰る場所などもう無いがな!」
「ウー! ハー!」
英雄たちの哄笑は、いつまでも、いつまでも続いていった。
歴史の教科書には載らない、真のグランドフィナーレ。
それは、最高に騒がしく、最高に幸せな、終わらない宴であった。
(完)
これにて完結となります。
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