第6話:スパルタ×亜細亜の守城王とローマの大盾と 〜鉄壁たちの罠と弁慶の仁王立ち〜
ガトリング砲の回転音が止み、アームストロング砲の轟音が遠ざかった。
弾薬が尽きたのだ。
新選組と新政府軍が作った「死の弾幕」は、ペルシア軍の前衛を消滅させたが、敵の数はあまりにも多すぎた。
硝煙が晴れた向こう側から、新たな軍勢が湧き出してくる。
黒い鎧、黒い仮面。
ペルシア帝国が誇る最強の精鋭部隊、「不死隊」。
「……おいおい、またかよ」
土方歳三が、心底うんざりした顔で吸い殻を捨てた。
「さっき蜂の巣にしたはずだろ? ゾンビか何かか?」
レオニダスが、折れた剣を捨てて新しい槍を拾いながら答える。
「名前通りさ。奴らは減らない。一万人が死ねば、即座に予備の一万人が仮面をつけて補充される。個体としての命などない、ただの『一万という数字』の塊だ」
不死隊は無言のまま、二刀流の曲刀を構え、死神のような行軍を開始した。
さらに、その足元には、召喚された異形の怪物たち――ミノタウロスやサイクロプスが、鼻息荒く随伴している。
「……弾切れに、無限湧きの敵か。分が悪いな」
土方が刀についた血糊をぬぐった。
近代兵器の暴力的な制圧力は失われた。ここからは、再び筋肉と鉄がぶつかり合う、原始的な消耗戦だ。
レオニダスは、最前線に立ち、崩れかけた陣形を見渡した。
スパルタ兵も、日本の武士たちも、疲労の色は隠せない。
このまま平原での総力戦を続ければ、数で押し切られる。
「下がるぞ!」
レオニダスが指示を出した。
「地形を使え! 『熱き門』の狭い回廊へ誘い込め!」
テルモピュライの地形は、海と崖に挟まれた狭い一本道だ。
ここなら、大軍の利を消せる。
だが、それには敵の猛攻を受け止め、罠にハメ、支え続ける「蓋」が必要だ。
その時。
空の亀裂から、冷ややかな風と、山の湿った匂いが吹き降りてきた。
そして、静かな、しかし力強い声が響いた。
「……お困りのようですな、レオニダス殿」
崖の上。
そこに立っていたのは、烏帽子を被り、扇を手にした知的な武将――楠木正成だった。
彼の背後には、千早城で共に戦った農民兵たちが控えている。
そして、彼らは手ぶらではなかった。大量の巨木、岩石、そして油の入った壺を抱えている。
「正成か! 遅かったな!」
レオニダスが叫ぶ。
正成は涼しい顔で扇を開いた。
「準備に手間取りましてな。……おや、あちらにも同業者がいるようですぞ」
正成の視線の先、反対側の崖上にも、一人の武将が立っていた。
高句麗の鎧を纏い、泥にまみれたマントを羽織った男。
安市城の城主、楊萬春である。
「久しいな、赤き王よ!」
楊萬春が手を振る。
「あの時の土山の借りを返しに来た! 守りならば任せておけ、我ら高句麗の兵は、大軍を足止めすることにかけては大陸一だ!」
日本最強の守城の名手と、朝鮮半島最強の守城の名手。
二人の知将が、崖の上からペルシア軍を見下ろしている。
「面白い! 上は任せたぞ!」
レオニダスが合図を送る。
不死隊が狭い道に殺到する。
「また貴様らか!」「何度来ても同じだ!」と叫びながら、密集した集団が押し寄せる。
正成と楊萬春が、同時に采配を振るった。
「「落とせッ!」」
ズドオオオオォォォッ!!
左右の崖から、同時に「山」が降ってきた。
正成の巨木と、楊萬春の土嚢が、雪崩のように峡谷を埋め尽くす。
「グギャァァッ!」
不死隊の先頭集団が、本日四度目の壊滅的な打撃を受け、弾き飛ばされ生き埋めになる。
「次は油だ!」「火を放て!」
正成が油壺を投げ、楊萬春が火矢を射かける。
ボッ!
炎の壁が出現し、不死隊の進路を遮断する。
千早城の奇策と、安市城の土木戦術が融合し、テルモピュライは「通過不可能な処刑場」へと変貌した。
「おのれ、小賢しい!」
ペルシアの指揮官が叫ぶ。
「炎など踏み越えろ! 怪物を前に出せ! サイクロプスだ!」
巨大な一つ目巨人が、炎をものともせずに突っ込んでくる。岩も巨体で弾き飛ばす。
罠だけでは、怪物の突進力は止められない。物理的な壁が必要だ。
その時、炎の向こうから整然とした足音が響いた。
ザッ、ザッ、ザッ。
現れたのは、長方形の大盾を構えた、ローマ軍団だった。
トイトブルクの森で共闘した、百人隊長マルクスが率いる精鋭たちだ。
「待たせたな、スパルタの友よ!」
マルクスがグラディウス(短剣)を掲げる。
「森の泥沼に比べれば、ここは舗装された道のようなものだ!」
レオニダスはニヤリとした。
「マルクスか。相変わらず装備が綺麗だな」
「貴公らが野蛮すぎるのだ。……見せてやろう、文明国の防衛戦術を!」
マルクスが号令をかける。
「テストゥド(亀甲陣)!」
ローマ兵が盾を頭上と周囲に密着させ、堅固な装甲箱を作る。
スパルタの円盾とは違う、四角い盾による隙のない連結。
ドゴォォォォン!!
サイクロプスの棍棒が、ローマの亀に振り下ろされる。
だが、亀は潰れない。
ローマ兵たちは衝撃を分散させ、耐え抜いた。
「今だ! ピルム(投槍)!」
盾の隙間から、重い投槍が至近距離で放たれる。
サイクロプスの目に突き刺さる。
「グオオオッ!」
巨獣がのけぞる。
「押し出せ!」
ローマ軍団が前進する。
スパルタ兵もそれに合わせてラインを上げる。
ローマの長方形盾と、スパルタの円形盾。
形状の違う二つの盾が、パズルのように組み合わさり、怪物を押し返していく。
だが、敵の数は圧倒的だ。
死体の山を乗り越え、新たな怪物が、そして懲りもせずに新たな不死隊が湧いてくる。
防衛ラインはじりじりと後退し、ついに「最終防衛ライン」――道幅がわずか数メートルになる隘路まで追い詰められた。
ここを抜かれれば、全軍が崩壊する。
誰もが「限界か」と思った時。
その狭い通路の真ん中に、一人の巨漢が立ちはだかった。
黒い法衣。白い頭巾。
背中には七つ道具を背負い、手には身の丈よりも長い薙刀。
武蔵坊弁慶。
衣川の館で、主君・義経を守って立ち往生を遂げたはずの荒法師が、再び仁王のごとく現世に降り立った。
「……ここか」
弁慶は、迫りくるペルシア軍の津波を見ても、眉一つ動かさなかった。
「衣川よりは賑やかだが、やることは変わらんな」
彼は薙刀を旋回させ、石突を地面に叩きつけた。
ダンッ!!
その音だけで、空気が震えた。
「近寄るなァァッ! ここより先は、冥府魔道と心得よッ!」
弁慶の気迫は、物理的な壁となって通路を塞いだ。
先頭の不死隊が怯む。
だが、後ろから押されて止まれない。
「死ね、坊主!」
不死隊が斬りかかる。
弁慶の薙刀が閃いた。
一閃。
三人の兵士が、鎧ごと両断されて吹き飛ぶ。
「遅い! 軽い! 脆い!」
弁慶は一歩も動かず、ただ腕を振るうだけで、近づく敵を肉片に変えていく。
全身に矢が刺さろうと、槍で突かれようと、彼は痛みを感じていないかのように笑っていた。
「痛快! これぞ修羅の巷よ! 我が君が戻られるまで、この道は落とさせん!」
その背中に、レオニダスが並んだ。
「よう、法師。また会ったな」
レオニダスは盾を構え、弁慶の死角をカバーした。
「あの時は死体のお前しか見れなかったが……生きてるお前はもっと頼もしいな」
弁慶はニヤリと笑った。
「南蛮の王よ。貴殿の盾があれば、背中の痒みも気にならんわ!」
弁慶の薙刀と、レオニダスの盾。
二人の巨人が並び立つだけで、そこは絶対不可侵の聖域となった。
不死隊が波のように押し寄せるが、岩に砕ける波のように弾け飛ぶ。
最強のタンク(レオニダス)と、最強のアタッカー(弁慶)。
二人の呼吸は、数千年の時を超えて完全に同調していた。
日が傾き始めた。
ペルシア軍の死体は、もはや丘のように積み上がり、物理的なバリケードとなっていた。
崖上からの正成と楊萬春の投石。
地上でのローマ軍団の鉄壁。
そして、最狭部を塞ぐ弁慶とスパルタの仁王立ち。
これらが組み合わさった防衛線は、文字通り「抜けない壁」として完成していた。
クセルクセスは、遠くからその光景を見て、扇を握りつぶした。
「なぜだ……なぜ通れぬ! 我が軍は海を飲み干し、山を平らにする軍隊だぞ!」
側近が震えながら答える。
「陛下……あそこには『理』が通じません。過去、現在、未来の全ての『守る者』たちの意志が、見えない壁を作っております……」
攻める側は、ただ命令されて動く奴隷。
守る側は、自らの意志で「ここを墓場にする」と決めた自由人。
その魂の密度の違いが、勝敗を分けていた。
レオニダスは、弁慶の背中を叩いた。
「少し休め。後ろがつかえている」
弁慶は肩で息をしながらも、豪快に笑った。
「まだまだ! だが……そろそろ反撃の時間か?」
その時、後方から蹄の音が響いた。
源九郎判官義経だ。
彼は真田やリチャードと共に、敵の側面を食い破って戻ってきたのだ。
「弁慶! 生きておったか!」
「九郎判官殿! お帰りをお待ちしておりました!」
役者が揃った。
防衛戦は終わりだ。ここからは、反転攻勢の時間である。
レオニダスは、血濡れの槍を天に突き上げた。
「聞いたか、野郎ども! 守りの時間は終わりだ!」
彼は、恐怖に足を止めたペルシア軍を睨みつけた。
「ここを通るにはパスポート(命)が必要だと言ったな? ……どうやら、全員分の支払いが終わったようだ」
アステリオスが、城壁の上から叫ぶ。
「王よ! 敵の本陣が見えます! 金ピカの輿が動揺しています!」
「よし。全軍、陣形変更!」
レオニダスの号令が、戦場全体に響き渡る。
盾の壁が開く。
その奥から、休息を終えた攻撃部隊――真田、島津、フサリア、そして異世界の魔法使いたちが、牙を剥いて飛び出そうとしていた。
守りから攻めへ。
静から動へ。
歴史最強の「矛」たちが、今まさに解き放たれようとしていた。
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