第1話:スパルタ×日ノ本の赤備えと丸十字紋 〜真田の突撃と島津の銃声〜
紀元前四八〇年。ギリシャ、テルモピュライ。
異世界からの帰還を果たしたレオニダスは、懐かしい、そして血なまぐさい熱気の中にいた。
目の前には、海と陸を埋め尽くすペルシア帝国軍、百万。
背後には、故郷スパルタへと続く細い一本道。
状況は、旅立つ前と何一つ変わっていない。裏切り者エフィアルテスによって山越えの裏道が明かされ、スパルタ軍は完全包囲されつつある。
ここで死ぬ。それが史実であり、変えられぬ運命だ。
「……王よ。矢が来ます」
副官のアステリオスが、ボロボロになった青銅の盾を掲げた。
異世界のドワーフによるミスリル補強は消え、ドラゴンの肉で得た超常的な魔力も失われている。あるのは、傷だらけの生身の肉体と、鍛え上げられた筋肉だけ。
だが、その瞳は澄み切っていた。
「ああ。日陰の時間だ」
レオニダスは笑った。
空が黒く染まる。ペルシア軍の放った数万の矢が、太陽を覆い隠し、放物線を描いて降り注ぐ。
これで終わりだ。
素晴らしい旅だった。東の果ての侍、西の果ての騎士、そして異世界の魔法使い。
数多の「強き者」たちと魂を交わした記憶は、死後の冥界でのいい土産話になるだろう。
矢が頂点に達し、落下を始める。
レオニダスは目を閉じ、死を受け入れた。
その時。
空が、割れた。
バキィィィィン!!
雷鳴ではない。世界の殻そのものが砕け散るような、硬質な破砕音。
矢の雨が降り注ぐ空間に、巨大な亀裂が走った。
亀裂はまばゆい光を放ち、落下してくる矢を飲み込み、次々と焼き尽くしていく。
「な……!?」
ペルシア王クセルクセスが、黄金の輿の上で立ち上がった。
「なんだ!? 神の雷か!?」
レオニダスはカッと目を見開いた。
光の亀裂の向こうから、聞き覚えのある音が響いてきたからだ。
ブォォォォォォ!
法螺貝の音。
そして、腹の底に響くような、勇猛な鬨の声。
「……まさか」
レオニダスは、震える手で槍を握り直した。
「招待状も出していないのに、勝手に押しかけてくるとはな」
光の中から、真紅の塊が飛び出した。
それは、赤い彗星のようだった。
亀裂から飛び出した騎馬武者が、重力など存在しないかのように空を駆け、ペルシア軍の真っ只中に着地した。
ズドォォォン!!
衝撃波が広がり、周囲のペルシア兵が吹き飛ぶ。
土煙の中から現れたのは、全身を朱塗りの甲冑で固めた武者。
兜には、鹿の角と六文銭の前立て。手には十文字槍。
「真田左衛門佐信繁、推して参るッ!」
大坂夏の陣、天王寺の戦場で別れたはずの「日本一の兵」が、時空を超えてそこにいた。
幸村だけではない。彼の背後の空間から、数千騎の「赤備え」が怒涛の如く出現し、ペルシア軍の横っ腹に突撃を敢行した。
「な、なんだあいつらは!?」
「赤い悪魔だ! 東から悪魔が降ってきた!」
ペルシア兵がパニックに陥る。
幸村は十文字槍を振るい、敵陣を切り裂きながら、レオニダスの元へと馬を寄せた。
「よう、異国の王よ! 待たせたな!」
幸村は兜の緒を緩め、ニカっと笑った。
「大坂では世話になった。あの時の『盾』の借りを返しに来たぞ!」
時代も言葉も違う。だが、レオニダスは当然のように頷いた。
死地を共にした友の言葉が、わからぬはずがない。
(……律儀な男だ。死に場所を探していたはずが、わざわざ俺たちの死に場所に付き合いに来るとは)
「遅いぞ、若造」
レオニダスは、幸村の愛馬の首をポンと叩いた。
「だが、いいタイミングだ。ちょうど宴が始まるところだ」
幸村は戦場を見渡した。
敵は百万。
依然として絶望的な数字だ。だが、幸村の血は滾っていた。
「徳川より多いな。……上等だ! 真田の赤備え、南蛮の土になるのも一興!」
真田隊の突撃により、ペルシア軍の前衛は混乱した。
だが、敵は百万だ。すぐに態勢を立て直し、数の暴力で押し潰そうとする。
「射殺せ! 矢を放て!」
不死隊の指揮官が叫ぶ。
その時、戦場の反対側――海岸線に近い空間に、新たな亀裂が入った。
そこから漂ってきたのは、濃密な硝煙の匂い。
ズドン! ズドン! ズドン!
雷鳴のような轟音が連続して響き渡った。
ペルシア軍の弓隊が、次々と血飛沫を上げて倒れる。
矢ではない。目に見えぬ速さで飛来する「鉛の玉」だ。
「な、なんだ!? 雷か!?」
混乱するペルシア軍の側面に、鉄砲隊が整然と展開していた。
その中央に立つのは、白髪の老将。
島津義弘である。
「チェストォォォッ!!」
裂帛の気合いと共に、島津軍が抜刀突撃を開始した。
先制の銃撃で敵をひるませ、その隙に距離を詰め、一撃必殺の太刀を浴びせる。
薩摩示現流。防御を捨てた狂気の剣術が、ペルシア兵の盾ごと肉体を両断していく。
「おいおい、嘘だろ……」
アステリオスが目を丸くした。
「あの爺さん、東の果ての死地で助けたはずだが……なんで俺たちより元気なんだ?」
義弘は、返り血で顔を赤く染めながら、レオニダスの元へ歩み寄った。
その背中には、丸に十字の紋章。
かつてスパルタ兵が「夢」と「異世界」で守り抜いた、あの背中だ。
「久しかのう、赤鬼殿!」
義弘は豪快に笑った。
「泗川じゃ世話になった。関ヶ原でもな。……おはんらが窮地と聞いちゃ、居ても立ってもいられんでな。薩摩隼人、引き連れて参った!」
レオニダスは、義弘と幸村を交互に見た。
東洋の若き龍と、老いた虎。
どちらも、自分たちと同じ「赤」を纏っている。
「……派手好きめ」
レオニダスは口元を緩めた。
「いいだろう。今日のテルモピュライは、赤一色に染まりそうだ」
戦場に、奇妙な陣形が完成した。
中央に、スパルタの重装歩兵。
右翼に、真田の騎馬軍団(赤備え)。
左翼に、島津の鉄砲・抜刀隊。
燃え盛る炎のような赤色が、ペルシアの砂色の軍勢を侵食していく。
「おのれ……! なんなのだ、あの蛮族どもは!」
クセルクセス王は、黄金の玉座で震えていた。
見たこともない戦術。聞いたこともない言葉。
未知の敵が、次々と空間を裂いて現れる悪夢。
「不滅隊を出せ! 象部隊もだ! 数ですり潰せ!」
ペルシア最強の精鋭部隊、一万の不死隊が前進を開始した。
黒い仮面をつけ、二刀流を操る暗殺者集団。
レオニダスは、槍を構えた。
「来るぞ! ペルシアの自慢の玩具だ!」
幸村が馬を嘶かせる。
「数は多いが、動きが鈍い! 真田の槍で風穴を開ける!」
真田隊が側面から突っ込む。無数の十文字槍が不死隊の仮面を砕き、陣形を撹乱する。
義弘が采配を振る。
「狙え! あの黒か奴らに鉛をぶち込め!」
島津鉄砲が一斉に火を噴く。
盾を持たない不死隊は、豪雨のような銃弾の前に無力だった。バタバタとなぎ倒されていく。
そして、混乱した敵の中央に、スパルタの「壁」が押し寄せる。
「押し出せ(オティスモス)!」
三百の盾が、一万の軍勢を物理的に押し返す。
真田がかき回し、島津が撃ち抜き、スパルタがすり潰す。
完璧な連携。
言葉など必要なかった。彼らは全員、「寡兵で大軍を破る」ことに関しては人類最高峰の専門家たちなのだから。
「強い……強すぎる!」
ペルシアの将軍が悲鳴を上げる。
「奴ら、息をするように連携してやがる! まるで何十年も一緒に戦ってきたかのように!」
レオニダスは、隣で戦う幸村と義弘を見た。
幸村が槍で敵を突き上げ、義弘がその敵を空中で両断する。
その返り血を浴びて、レオニダスが笑う。
(……ああ。知っている。この感覚)
魂が震える。
時代も場所も違う。だが、血の匂いと、死への向き合い方が同じだ。
こいつらは、俺の兄弟だ。
赤の連合軍の猛攻により、ペルシア軍の第一波は壊滅した。
だが、敵はまだ九十九万残っている。
戦車隊、象部隊、そして各国の属州兵たちが、地平線を埋め尽くして控えている。
一息ついた戦場で、三人の指揮官が顔を合わせた。
幸村が、兜を脱いで汗を拭う。
「ふぅ……いい運動だ。大坂城の堀より広いな、ここは」
義弘が、火縄銃に弾を込めながら笑う。
「関ヶ原より敵が多か。こいなら弾が外れる心配はなか」
レオニダスは、二人の肩を叩いた。
「よく来た、東洋の友よ。だが、ここは地獄の一丁目だぞ」
幸村はニカっと笑った。
「地獄? 上等だ。真田の六文銭は、三途の川の渡し賃だからな」
義弘も頷く。
「薩摩隼人は、死に場所を見つけるために生きちょる。こけが最高の死に場所なら、文句はなか」
彼らは知っていた。
この戦いに勝ち目がないことを。
だが、だからこそ来たのだ。
友が死ぬのを黙って見ているくらいなら、共に笑って死ぬ方を選ぶ。それが彼らの流儀だ。
その時。
空の亀裂が、さらに大きく広がった。
一つではない。二つ、三つ、四つ……。
空全体がガラス細工のようにひび割れていく。
「……まだ来るか」
レオニダスは空を見上げた。
新たな音が聞こえる。
虎の咆哮。鋼鉄の蹄音。そして、祈りの歌。
アテナの悲鳴が聞こえるようだ。
『ちょっと! 定員オーバーよ! 会場がパンクするわよ!』
レオニダスは槍を突き上げた。
「席を詰めろ! どうやら、世界中の馬鹿どもが集まってくるらしい!」
グランドフィナーレはまだ始まったばかり。
赤き血の絆が呼び寄せたのは、歴史に名を刻む最強の「殿」たち。
次は、中国の豪傑と、中世の騎士たちが、この宴に加わろうとしていた。
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