第13話:スパルタ×鋼鉄の巨人 〜武器無き闘争と古代のレスリング〜
サキュバスの誘惑を打ち破ったレオニダス一行は、ついに魔王城の城門前、「黒鉄の橋」へと到達した。
そこは、溶岩の谷に架かる巨大な跳ね橋であり、最後の関門である。
だが、橋の上には異様な集団が待ち構えていた。
全身を分厚い魔法金属の鎧で覆った、身長三メートルを超える「生きた鎧」の軍団だ。
その数、三百体。
スパルタ兵と同数だが、一体一体の質量と硬度は比較にならない。
その中央に、一際巨大な、黄金に輝く巨人が鎮座していた。
魔王軍四天王・最後の一人。
機工将軍タロス。
古代の技術で作られた、意思を持つ金属生命体である。
「……我ガ名はタロス。魔王様ノ盾ナリ」
タロスの声は、金属が擦れるような重低音だった。
「此処ヨリ先ハ、何人モ通サヌ。我ラガ鋼鉄ノ体、貴様ラノ錆びタ槍デ貫ケルカ?」
案内役のミナが絶望的な声を上げた。
「機工将軍タロス……! あ、あいつらは魔法障壁とミスリル装甲で守られています! 物理攻撃も魔法も弾き返す、動く要塞です!」
レオニダスは、巨人の名を耳にしてニヤリとした。
「タロスだと? クレタ島の番人と同じ名か。……だが、神話のタロスは青銅だったが、貴様は随分と良い金属を使っているようだな」
「フン。我ハ最新鋭ノ合金ナリ。」
「そうか。ならば試させてもらおう」
レオニダスが合図を送る。
副官アステリオスが、渾身の力で槍を突き出した。
ガギィィン!!
嫌な音が響き、アステリオスの槍の穂先が折れ飛んだ。
タロスの鎧には、傷一つついていない。
「……硬いですね、王よ。これは今までの者共とは訳が違う」
アステリオスは痺れた手を振った。
「剣も槍も通じません。刃がこぼれるだけです」
タロスが嘲笑う。
「無駄ダ。貴様ラノ貧弱ナ武器デハ、我ヲ傷ツケルコトハ叶ワヌ。潰レロ、虫ケラドモ!」
鎧の巨人たちが、巨大な鉄槌を振り上げ、進軍を開始した。
ズシン、ズシン。
圧倒的な質量が迫る。武器が通じない相手に、どう戦うか。
だが、レオニダスは槍を地面に捨てた。
カラン、と乾いた音が響く。
続いて、腰の剣も、腕の盾さえも外した。
彼は、身一つの軽装になった。
「……王よ?」
「アステリオス。武器が通じぬなら、武器を捨てろ」
レオニダスは、拳を握りしめ、ボキボキと指を鳴らした。
「我らスパルタの戦士は、槍が折れれば剣で、剣が折れれば歯で戦う。だが、その前に忘れてはいないか? 我らの肉体こそが、神々から授かった最強の武器であることを」
彼は構えた。
腰を落とし、両手を前に出す。
それは、武器術の構えではない。
古代オリンピアで最強と恐れられた総合格闘技――『パンクラチオン』の構えだ。
「総員、武器を捨てろ! これより、レスリングの稽古をつける!」
「ウー! ハー!」
三百人のスパルタ兵が、一斉に武装解除した。
筋肉と鋼鉄がぶつかり合う、原始的かつ最強の戦いが始まる。
巨人たちが鉄槌を振り下ろす。
人間ならペシャンコになる一撃。
だが、武装を解いて身軽になったスパルタ兵は、紙一重でそれを躱した。
「遅い!」
アステリオスが、巨人の懐に飛び込む。
殴っても手首を痛めるだけだ。ならばどうするか。
彼は巨人の太い脚を両腕で抱え込んだ。
「ぬんッ!!」
背筋と脚力が爆発する。
三メートル、数百キロの巨体が、宙に浮いた。
「なッ!?」
巨人がバランスを崩す。
アステリオスはそのまま地面に叩きつけた。
ズガァァァン!!
自重による衝撃。さしものミスリル装甲も、中身への衝撃までは殺せない。
「関節が無いわけではあるまい!」
セラフィナも吼える。
彼女は巨人の背後に回り込み、腕を極めた。
テコの原理。鎧の継ぎ目、関節部分に全体重をかけ、逆方向にねじり上げる。
ギギギ……バキンッ!!
金属疲労の限界を超え、巨人の肘関節が砕けた。
「ぐオオオォッ!?」
「硬いのは装甲だけだ! 構造上の弱点は必ずある!」
パンクラチオン。
それは打撃だけでなく、投げ、極め、締め、あらゆる手段で敵を制圧する技術。
武器が通じないなら、投げればいい。
切れないなら、折ればいい。
スパルタ兵たちは、重厚な鎧の戦士たちを次々と「転ばせ」「へし折り」「投げ飛ばし」ていく。
「馬鹿ナ……人間ガ、ゴーレムヲ投ゲ飛バスダト!?」
タロスは驚愕した。
質量差を、技術と瞬発力が凌駕している。
溶岩の谷へ、次々と投げ落とされていく部下たち。
ジュッ……という音と共に、最強の鎧軍団が溶けていく。
「おのれェェッ! 小賢シイ真似ヲ!」
タロスが激昂し、自ら動き出した。
彼の拳は、一撃で城壁を砕く威力がある。
「貴様ダケハ、コノ手デ握り潰シテクレル!」
タロスの巨拳が迫る。
レオニダスは、それを正面から受け止めた。
ドゴォォッ!!
地面が陥没する。
だが、レオニダスは一歩も退かない。
両手でタロスの巨大な手首をガッチリと掴み、筋肉を鋼のように硬直させて耐えたのだ。
「いいパンチだ。だが、腰が入っていない」
レオニダスは、ニヤリと笑った。
「神話のタロスには、踵に弱点があったな。栓を抜けば血が抜けて死ぬという……。だが、貴様にはそんな弱点はなさそうだ」
「当タリ前ダ! 我ニ死角ナシ!」
「なら、全身を砕くまでだ!」
レオニダスは、タロスの腕を引いて体勢を崩させると、一瞬で懐に潜り込んだ。
バックをとる。
タロスの太い胴体に、両腕を回す。
ジャーマン・スープレックスの体勢。
だが、サイズ差がありすぎる。タロスの体重は一トン近い。
「無駄ダ! 人間ニ持ち上ゲラレル重サデハ……!」
「重さ? 関係ない。俺の背中には、スパルタの誇りが乗っている。それに比べれば、貴様など羽毛のように軽い!」
レオニダスの全身の筋肉が、赤黒く変色し、蒸気を噴き出した。
火事場の馬鹿力。
血管が切れそうなほどの負荷。
「ぬんんんんんんッ!!!」
大地が割れた。
タロスの巨大な足が、地面から離れる。
視界が反転する。
タロスは信じられない光景を見た。空が見える。自分の体が、弧を描いて宙を舞っている。
「これがスパルタの……投ッッげだァァァッ!!」
ズドガァァァァァァン!!!
脳天から垂直落下。
ブリッジを描くレオニダス。
タロスの首と背骨に、全衝撃が集中する。
ミスリル合金の装甲が、衝撃に耐えきれず内側からひしゃげ、砕け散った。
「ガ、ガガ……システム……損壊……機能……停……止……」
タロスの瞳の光が消えた。
一トンを超える巨体が、動かぬ鉄屑へと変わった瞬間だった。
レオニダスは、ブリッジを解き、ゆっくりと立ち上がった。
全身から湯気を上げている。
「ふぅ……。久々に腰に来たな」
レオニダスは、ポキポキと首を鳴らした。
スパルタ兵たちが、歓声を上げて駆け寄る。
「王よ! 見事な投げ技でした!」
「やはり武器など飾りです! 筋肉こそが最強!」
アステリオスが、タロスの頭部を踏みつけた。
「硬いだけの敵など、我らにとっては『重いトレーニング器具』に過ぎません」
ミナは、開いた口が塞がらなかった。
「機工将軍を……素手で……投げ殺した……?」
常識が崩壊する音が聞こえた。
魔法も、武器も、装甲も、彼らの理不尽なフィジカルの前では意味を成さない。
レオニダスは、タロスの残骸から外れた「黄金の兜」を拾い上げた。
サイズは大きいが、魔王城への手土産にはなるだろう。
レオニダスは、橋の向こう、黒々とそびえ立つ魔王城を見据えた。
「待たせたな、魔王。ようやく本丸だ」
彼はマントを翻し、橋を渡り始めた。
その背中は、どんな武装した騎士よりも大きく、頼もしく見えた。
スパルタ軍一行は、ついに魔王城の門をくぐる。
最終決戦の幕が上がる。
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