第10話:スパルタ×無限回廊 〜地下迷宮のテルモピュライ〜
王都での政変劇から数日。
エレナ女王と新生王国軍に見送られ、レオニダス一行は魔王城を目指し進軍していた。
だが、正規ルートである「魔の山脈」は、魔王軍の主力百万によって鉄壁の封鎖が敷かれている。
正面突破は、いかにスパルタ兵といえど骨が折れら。
そこで、案内役のミナが提案したのが「裏ルート」だった。
「ここが、『嘆きの地下迷宮』の入り口です」
荒野の真ん中にぽっかりと口を開けた、巨大な亀裂。
そこからは、冷たく乾いた風と共に、カサカサという微細な音が絶えず吹き出してくる。
「この迷宮は、魔王城の地下まで直結しています。ですが……」
ミナは怯えたように洞窟の闇を覗き込んだ。
「『無限回廊』と呼ばれていて、入った者は二度と戻りません。アンデッドが無限に湧き出し、侵入者を物理的に埋め尽くしてしまうからです。過去、どんな精鋭騎士団も、最後には体力と物資が尽きて全滅しました」
セラフィナが、真紅のマントの砂を払いながら聞いた。
「無限に? 発生源があるのか?」
「はい。古代の呪いによって、倒しても倒しても、壁や床から骨が染み出してくるそうです」
それを聞いたレオニダスは、顔をしかめるどころか、獰猛な喜悦で口元を歪めた。
「……素晴らしい」
レオニダスは、愛用の円盾の表面を愛おしげに撫でた。
「狭い通路。無限の敵。そして、逃げ場なし」
副官のアステリオスも、恍惚とした表情で同意する。
「王よ。これは天国ではありませんか? 敵を探して歩き回る必要がない。ただ待っていれば、向こうから勝手に死にに来てくれる」
スパルタの戦術「ファランクス」の最大の弱点は、側面と背後だ。
だが、このダンジョンにはそれがない。岩盤が側面を守ってくれる。
つまり、正面の防御と殺傷だけに集中すればいい。
「行くぞ。魔王への近道というよりは、我々のための別荘地だ」
レオニダスは松明を掲げ、死の顎の中へと足を踏み入れた。
洞窟の中は、死の静寂とは無縁だった。
カタカタ、カサカサ、ガシャン。
無数の骨が触れ合う音が反響し、増幅され、耳障りなノイズとなって鼓膜を叩く。
一行が進むと、暗闇の向こうから「白い波」が押し寄せてきた。
スケルトンだ。
錆びた剣や槍を持った骸骨の兵士たちが、通路の断面図を埋め尽くして殺到してくる。
目窩には赤い燐光が灯り、生者への憎悪をたぎらせている。
「ギギギ……生キタ肉……!」
「殺セ……仲間ニ……!」
その数は、千や二千ではない。視界の消失点まで、全てが白骨で埋まっている。
まさに津波のような質量と圧力。
「盾壁!」
レオニダスの号令一閃。
最前列のスパルタ兵十人が横一列に展開し、盾をガシャンと連結させた。
通路の幅にミクロン単位でフィットした、青銅の断絶壁。
ドガァァァン!!
骨の津波が激突する。
凄まじい衝撃音。だが、スパルタの壁は一ミリも揺らがない。
スケルトンの錆びた剣が盾に弾かれ、へし折れる。骨の指が盾を引っ掻くが、鍛え抜かれた青銅には傷一つつかない。
「脆いな」
レオニダスは、盾越しに伝わる感触だけで断じた。
「栄養不足だ。砕いて土に還してやれ」
「突き!」
盾の隙間から、十本の長槍が一斉に繰り出される。
ドスッ、バキッ、グシャッ!
乾いた破砕音。頭蓋骨が粉砕され、肋骨が弾け飛ぶ。
魔石を正確に貫かれたアンデッドたちは、糸が切れた人形のように崩れ落ち、ただの骨屑へと戻っていく。
だが、敵は無限だ。
倒した端から、次の骨が乗り越えてくる。
死体を踏み台にして、骸骨の山が築かれていく。
「キリがありません!」
セラフィナが、長剣『岩断』でスケルトンを薙ぎ払いながら叫ぶ。
彼女も前線に立っているが、終わりのない波状攻撃に、精神が削られ始めていた。
「このままでは、いつか体力が尽きます!」
レオニダスは、槍で突きながら平然と答えた。
「尽きないように戦うのが、スパルタの流儀だ」
彼は振り返り、後方に控える兵たちに指示を出した。
「交代だ! 第二班、前へ! 第一班は後ろで休め!」
スパルタ式・無限耐久戦術。
それは、三百人を複数の部隊に分け、厳格なローテーションで戦うシステムだった。
【第一班:戦闘(労働)】
最前線で盾を構え、敵を粉砕する。
【第二班:支援・清掃】
第一班の背後から長槍で援護攻撃を行う。
また、足元に溜まった「骨の残骸」をシャベルや盾で掻き出し、後方へ運搬する。これを行わないと通路が埋没するため、重要な工程である。
【第三班:休息・補給】
隊列の最後尾で飯を食い、マントにくるまって爆睡する。
耳元で骨の砕ける音が響いていようが、彼らは気にせず眠る。戦士にとって、「いつでも寝られる」のは必須技能だ。
「交代!」
鋭い声が響く。
最前列の兵士がサッと盾を開き、一歩下がる。
その隙間に、休息十分な第二班が滑り込み、再び盾を閉じる。
一匹の蟻の侵入も許さない、神業のような連携。
「お疲れさん。今日の骨は少し硬いぞ」
「了解。骨粉にして王国の畑に撒いてやる」
交代した兵士たちは、軽口を叩きながら後方へ下がり、ドワーフ製の携帯コンロで湯を沸かし始めた。
メニューは勿論、オーク肉の保存食入り『黒いスープ』だ。
洞窟内に、血と酢の強烈な匂いが充満する。
ミナは、最後尾の「安全地帯」で呆然としていた。
前方では、地獄のような殺し合いが続いている。
だが、ここでは屈強な男たちが、まるでピクニックのように車座になり、スープを啜り、いびきをかいて寝ている。
「……狂ってる」
ミナは乾いた笑みを漏らした。
「ここ、ダンジョンですよ? 無限湧きですよ? なんで『職場』みたいな空気なんですか?」
食事を終えたアステリオスが、歯に挟まったオーク肉を小指で取りながら笑った。
「嬢ちゃん。ここは快適だぞ。雨も降らない、日差しもない。敵は向こうから来てくれる。寝床は岩だが、寒風吹きすさぶ荒野よりはマシだ」
「感覚が麻痺してる!」
セラフィナもまた、交代で戻ってきた。
全身が白い骨の粉まみれで、まるで亡霊のようだ。だが、その表情は疲弊ではなく、充実感に満ちている。
「ふぅ……いい運動だった。教官、スープを一杯」
「ああ。今日は塩加減がいいぞ」
レオニダスが鍋からどろりとした液体をよそって渡す。
セラフィナは不味いスープを一気に飲み干し、「生き返る!」と叫んだ。
彼女もまた、完全にスパルタ色に染まっていた。
戦いは、三日三晩続いた。
ダンジョンの床は、砕かれた骨の粉で白く舗装されていた。
スパルタ兵たちは一歩も退くことなく、むしろじりじりと前進していた。
彼らにとって、この戦いは「死闘」ではなく「整地作業」になっていた。
来るものを砕く。単純作業。飽きとの戦い。
一方、焦っていたのはダンジョンの主の方だった。
迷宮の最奥部。
水晶を通して戦況を見ていた「死霊の王」は、枯れ木のような指で玉座を叩き割った。
「なぜだ……! なぜ死なぬ! なぜ疲れない!」
リッチは絶叫した。
無限の軍勢。それは、相手の体力と精神力を削り殺すための絶望の装置だ。
だが、侵入者たちは、まるで精密機械のように動き続けている。
恐怖も、疲労も、絶望もない。
ただ淡々と、我が軍団を「資源」として処理し、前進してくる。
「ええい! 雑魚ではラチがあかん! 親衛隊を出せ! デュラハンとスケルトン・ジェネラルをぶつけろ!」
戦況が変わった。
白い骨の波の中に、黒い鎧を着た巨体たちが混じり始めた。
デュラハン。首のない騎士が、魔剣を振るって突撃してくる。
スケルトン・ジェネラル。四本の腕に剣を持った、殺戮マシーン。
「王よ! 硬いのが来ました!」
最前線の兵士が報告する。
デュラハンの魔剣が、スパルタの盾を強打する。
ガギィィィン!
重い衝撃。だが、ドワーフとアテナによって強化された盾は砕けない。
「硬いなら、叩き割るまでだ」
レオニダスは、休憩中の班を蹴り起こした。
「総員、起きろ! デザートの時間だ!」
レオニダス自ら、最前線に出る。
デュラハンが魔剣を振り下ろす。
レオニダスは盾で受け止めず、一歩踏み込んで、盾の縁を敵の腕関節に叩きつけた。
バキッ!
鎧ごと腕の骨を粉砕する。
「首がないなら、胴体を潰せばいい!」
レオニダスは槍を捨て、デュラハンの胴体にタックルした。
そのまま壁に押し付け、盾でタコ殴りにする。
ガン! ガン! ガン!
魔力で動く鎧が、物理的な衝撃でひしゃげ、中の霊核が砕け散る。
「次だ! 四本腕!」
セラフィナも飛び出す。
彼女はスケルトン・ジェネラルの四連撃を、盾と剣でリズミカルにいなす。
そして、敵の剣が絡まった一瞬の隙を突き、懐に飛び込んだ。
「シールド・バッシュ!」
肋骨の隙間に盾をねじ込み、内側から魔石を破壊する。
エリートモンスターたちも、スパルタの「暴力の回転」の前では無力だった。
彼らは個々の強さだけでなく、後ろから伸びる無数の援護の槍によって、常に「百対一」の状況で戦わされていたからだ。
四日目。
ついに、スパルタ軍は「無限回廊」を踏破した。
通路の先が開け、巨大な地下空間――リッチの玉座の間へと到達したのだ。
「よ、よくぞ来た……人間どもよ……」
リッチロードが、玉座からよろりと立ち上がる。
彼は最強の死霊魔法を詠唱しようと、杖を掲げた。
「我が呪いを受けよ! 死の雲よ、彼らの肺を腐らせ……」
ヒュンッ!
詠唱は、一本の投槍によって物理的に中断された。
レオニダスが投げた槍が、リッチの頭蓋骨を粉砕し、背後の玉座ごと縫い付けたのだ。
「……話が長い」
レオニダスは肩を回しながら近づいた。
「死人が喋るな。二度死んでろ」
リッチの体が崩れ落ち、塵となって消える。
主を失ったスケルトンたちは、糸が切れたようにガラガラと崩れ去った。
ダンジョンに、真の静寂が訪れる。
「終わったか」
アステリオスが、床に散らばる骨の山を見て息をつく。
「いい運動でした。ですが、四日間景色が変わらないのは退屈ですね」
レオニダスは、主を失った玉座にドカと座り込んだ。
そして、部下たちに高らかに宣言した。
「よし! このダンジョンを制圧した! 今日からここはスパルタの植民市とする!」
「ウー! ハー!」
野太い歓声が洞窟を震わせる。
ミナは、呆れて口をパクパクさせていた。
「……こんなジメジメした骨だらけの場所、どうするんですか?」
「夏は涼しいし、訓練場には最適だ。骨は肥料になるし、魔石は軍資金になる。素晴らしい物件じゃないか」
「まあ、言われてみればそうですけど……」
レオニダスは、玉座の裏にある「出口」への扉を見た。
その先には、魔王城の地下牢が広がっているはずだ。
いよいよ、敵の本丸である。
「休憩は終わりだ。行くぞ」
レオニダスは立ち上がった。
だがその前に、彼はリッチの宝物庫から年代物のワインボトルを一本掴んだ。
「ほう、死人のくせにいい酒を持っている。……勝利の美酒として頂いていくか」
無限回廊の戦い。
それは、スパルタ兵にとって「少し長い夜勤」程度の出来事だった。
だが、魔王軍にとっては悪夢の始まりだった。
絶対の防衛ラインであったはずの迷宮が、わずか三百人の筋肉によって、正面から食い破られたのだから。
地下の闇に、赤きマントが翻る。
彼らの足音は、魔王の喉元へと確実に近づいていた。
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