第9話:スパルタ×王城の謁見 〜王座の豚と処刑の蹴り〜
ドワーフの地下都市を後にし、数日の行軍を経て、レオニダス一行はついに人間の王都「グランド・ロイヤル」に到着した。
巨大な城壁に囲まれた、白亜の美しい都。
だが、その美しさは遠目だけのものでしかなかった。
城門の前には、周辺の村々から逃げてきた避難民が溢れかえり、スラム街を形成している。
衛兵たちは避難民を棒で殴りつけ、城内へ入ろうとする者を追い返していた。
一方で、豪華な馬車に乗った貴族や富豪たちは、優先的に門を通過し、荷物を満載してどこかへ逃げ出そうとしている。
「……臭うな」
レオニダスは、鼻をつまんだ。
スラムの悪臭ではない。都全体を覆う、退廃と腐敗の臭いだ。
「この国は死にかけている。魔王軍に殺される前にな」
セラフィナが、悔しげに唇を噛んだ。
「これが……私の守ろうとしていた国の姿か」
彼女の真紅のマントが、風に揺れる。その顔には、かつての騎士団長としての苦悩ではなく、戦士としての怒りが宿っていた。
「行くぞ」
レオニダスは歩き出した。
「門番が邪魔をするなら通るだけだ。俺たちは『帰還英雄』らしいからな」
彼らが近づくと、衛兵たちは槍を構えた。
「止まれ! 難民は入れん!」
だが、先頭に立つセラフィナの顔を見て、衛兵は凍りついた。
「せ、セラフィナ団長!? 生きておられたのですか!」
「道を開けろ。王女殿下の御帰還だ」
セラフィナの一喝と、背後に控える三百人の筋肉の城壁の威圧感に、衛兵たちは震え上がり、門を開放した。
王城の謁見の間は、異様な熱気に包まれていた。
戦意による熱気ではない。パニックと欲望の熱気だ。
「魔王軍の前衛が国境を越えただと!? なぜ防げなかった!」
「近衛騎士団は何をしている! 私の領地が焼かれてしまう!」
「とにかく、王家の財宝を運び出せ! 我々は隣国へ亡命する!」
玉座には、肥え太った国王が震えながら座り込んでいる。
その横で、狐のような顔をした宰相バルカスが、慇懃無礼な態度で指図していた。
「陛下、ご安心を。魔王軍にはすでに『手土産』の使者を送っております。この国を無血開城し、我々の地位と財産を保証してもらう手はずです」
「おお、さすがはバルカス! では、民はどうなる?」
「奴隷として差し出せばよろしいでしょう。魔族も労働力を欲しているはず」
腐っている。
国のトップたちが、自国民を売り渡す相談を堂々としているのだ。
そこへ、轟音が響いた。
ドガァァァン!!
重厚な樫の扉が、蝶番ごと吹き飛び、豪快にひしゃげた。
砂煙の中、入ってきたのは近衛兵ではない。
真紅のマントをなびかせた、半裸の巨人たちだった。
「な、何奴だ!?」
「衛兵! 衛兵はおらんのか!」
宰相バルカスが叫ぶが、誰も来ない。
廊下には、気絶した衛兵たちが転がっていた。
集団の中から、一人の女が進み出た。
筋肉と意志の鎧を纏った、かつての騎士団長。
「お久しぶりです、宰相閣下。そして、父上」
王女エレナが、セラフィナの横に立つ。
その毅然とした姿に、貴族たちがざわめいた。
「し、死んだはずの第三王女!?」
「セラフィナも一緒か! 反逆者め、生きていたとは!」
バルカス宰相は、すぐに表情を取り繕った。
「オオ、エレナ様! ご無事で何より! しかし、このような蛮族を引き連れて、王城に土足で上がるとは何事ですか!」
レオニダスは、バルカスの言葉を聞き流し、謁見の間をぐるりと見回した。
金銀財宝で飾られた柱。贅を尽くした絨毯。
そして、外の惨状を知りながら、自分たちの逃走準備に忙しい豚ども。
「……黄金で飾られた豚小屋だ」
レオニダスは吐き捨てた。
彼は、部下のアステリオスに目配せした。
アステリオスが、ドワーフ製の盾を床に叩きつける。
ガンッ!!
凄まじい音が響き、貴族たちが悲鳴を上げて縮み上がった。
「静かにしろ」
レオニダスが、バルカスの前に立った。
身長差は歴然。見下ろされる宰相は、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「貴様がここのリーダーか?」
「わ、私は宰相バルカスだ! 貴様こそ何者だ!」
「スパルタ王、レオニダスだ」
レオニダスは、バルカスの襟首を掴み上げ、その顔を間近で覗き込んだ。
「聞いたぞ。民を売って、自分たちだけ逃げるそうだな」
「そ、それは政治的判断だ! 無益な流血を避けるための……」
「流血?」
レオニダスは笑った。
「安心しろ。流血なら、これからたっぷりと見せてやる」
バルカスは真っ青になった。
「き、貴様、野蛮人め! ここは神聖な王城だぞ! 法がある! 秩序があるのだ!」
「法だと?」
レオニダスは、バルカスをゴミのように放り捨てた。
宰相は床を転がり、玉座の階段の下まで転落した。
レオニダスは、階段をゆっくりと登った。
玉座に座る国王の前に立つ。
国王は、あまりの恐怖に失禁していた。
「王よ。民を守れぬ者に、その椅子に座る資格はない」
レオニダスは、国王の王冠を指先で弾き飛ばした。
カラン、と乾いた音がして、王冠が転がる。
「拾いに行け。それがお前の新しい仕事だ」
国王は、這いつくばって逃げ出した。
残されたのは、階段の下で震える宰相バルカスと、取り巻きの貴族たちだけ。
バルカスは、半狂乱になって叫んだ。
「狂っている! 貴様らは狂っている! ここは文明国だ! 外交と交渉の場だ! 暴力で解決するなど、許されるはずがない!」
レオニダスは、階段の上からバルカスを見下ろした。
その瞳には、一切の慈悲がなかった。
彼は静かに言った。
「外交? 交渉? ……寝言はあの世で言え」
「ま、待て! 話し合えばわか……」
レオニダスは、右足を引いた。
筋肉が収縮し、鋼鉄のバネのように力が溜め込まれる。
「ここはスパルタだ(ディス・イズ・スパルタ)!!」
咆哮と共に、伝説の「前蹴り(フロンタル・キック)」が放たれた。
狙いは、這い上がろうとしていたバルカスの胸板。
ドゴォォォォッ!!
人体を殴打した音とは思えない、重機が衝突したような衝撃音が響いた。
スローモーションのように、バルカスの胸が陥没していく。
肋骨が粉砕され、肺が潰れる感触が足裏に伝わる。
宰相の体は、砲弾のように真後ろへ吹き飛んだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁッ!!」
窓を突き破った、バルカスの断末魔が遠ざかっていく。
彼は暗闇の底へと吸い込まれ、二度と戻ってこなかった。
静寂。
貴族たちは、口をパクパクさせて凍りついていた。
国の最高権力者が、たった一蹴りで物理的に排除されたのだ。
レオニダスは、足を戻し、貴族たちを睨め回した。
「他に、魔王軍へ『手土産』を持って行きたい奴はいるか?」
誰も動かない。息をするのも忘れている。
「いないようだな。結構」
レオニダスは、セラフィナとエレナ王女を手招きした。
「掃除は終わった。あとはお前たちの仕事だ」
セラフィナは、震える足で階段を登り、玉座の前に立った。
彼女はレオニダスに深く一礼し、そして貴族たちに向き直った。
その背中には、真紅のマントが翻っている。
「聞きなさい!」
セラフィナの声が、凛と響き渡った。
「国王と宰相は逃亡しました! これより、この国はエレナ女王陛下が統治します! 不服のある者は前に出なさい! 私の剣と、スパルタの盾が相手になります!」
不服などあるわけがない。
背景には、血に飢えた三百人の半裸の鬼神が控えているのだ。
貴族たちは一斉に平伏した。
「は、ははーッ! 女王陛下万歳!」
クーデターは、わずか数十分で完了した。
流れた血は、悪徳宰相一人のものだけ。極めてフィジカルでクリーンな政権交代だった。
城のバルコニーに、エレナ女王が立つ。
その横には、近衛隊長に復帰したセラフィナ。
そして、レオニダス率いるスパルタ兵団。
広場を埋め尽くした民衆と兵士たちは、不安げに城を見上げていた。
だが、レオニダスが前に出ると、空気が変わった。
彼は槍を掲げ、腹の底から声を張り上げた。
「聞け、王都の民よ!」
アテナの加護により、その声は広場の隅々まで届いた。
「お前たちの王は逃げた! 貴族も腐っていた! だが、絶望するにはまだ早い!」
レオニダスは、自身の傷だらけの盾を叩いた。
「国を守るのは、王冠ではない! 石垣でもない! ここにいる、お前たち一人一人の『退かぬ心』だ!」
「壁が崩れれば、盾で塞げ! 盾が砕ければ、体で止めろ! それが俺たちの戦いだ!」
「俺たちはスパルタ! 死ぬまで戦い、死んでも戦う戦闘民族だ! 俺たちがここにいる限り、魔王軍など一歩も通さん! 共に戦う気概のある者は、武器を取れ!」
一瞬の沈黙の後。
「ウオォォォォッ!」
地鳴りのような歓声が巻き起こった。
絶望に沈んでいた民衆の目に、火が灯った。
見捨てられたのではなかった。最強の援軍が来たのだ。
「セラフィナ。軍の指揮はお前が執れ」
レオニダスは、隣の弟子に言った。
「俺たちは遊撃隊だ。好きに暴れさせてもらう」
「はい、教官!」
セラフィナは敬礼した。その顔には、もう迷いはない。
その夜、王都は祝祭のような騒ぎになった。
逃げ出そうとしていた貴族たちの財産は没収され、軍資金と食料として分配された。
兵士たちは錆びた剣を研ぎ、民衆はバリケードを作り始めた。
レオニダスは、城壁の上で夜風に吹かれていた。
遠くの空が、赤く染まっている。
魔王軍の本隊が近づいているのだ。その数、百万とも言われる。
「……楽しみだ」
レオニダスは、ドワーフに強化してもらった槍を握りしめた。
政治の掃除は終わった。次はいよいよ、本職(戦争)の時間だ。
「王よ。魔王軍の中に、動く骨がいるとの情報です」
アステリオスが報告に来る。
「骨か。粉々にして土に還してやろう」
スパルタの王は笑った。
異世界での戦いは、これからが本番だ。
ダンジョン、ドラゴン、そして魔王。
全ての「未知」を、筋肉と鉄の掟で粉砕する旅は続く。
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