第8話:スパルタ×ドワーフの地下都市 〜鋼鉄の頑固者と青銅の偏屈者〜
エルフの森を抜けたレオニダス一行は、険しい岩山の中腹にある巨大な洞窟の前に立っていた。
洞窟の入り口は、幾何学的な彫刻が施された石柱で支えられており、奥からは熱風と共に、リズミカルな金属音が響いてくる。
カーン、カーン、カーン……。
槌が鉄を叩く音。
それは、戦士にとっての子守唄にも似た、心地よい響きだった。
「……いい音だ」
レオニダスは、洞窟の奥から吹き付ける熱風を浴びて、満足げに頷いた。
「テルモピュライの夏を思い出す熱気だ。それに、硫黄と鉄の匂い。森の澄んだ空気より、よほど落ち着く」
副官のアステリオスも、ボロボロになった盾を撫でながら同意した。
「はい。ですが王よ、私の盾はもう限界です。エルフの森で酷使しすぎました。へこみすぎて、鍋の蓋にもなりません」
「俺の槍もだ。穂先が丸くなって、もはや打撃武器だ」
連戦に次ぐ連戦。
アテナの加護があるとはいえ、青銅の装備は物理的な限界を迎えていた。
ここらで修復が必要だ。
案内役のミナが、煤で黒くなった顔を拭いながら言った。
「ここはドワーフ族の地下都市『マグニ・カグラ』です。世界最高の鍛冶師が集まる場所ですが……人間嫌いで有名なんですよ。特に、武器の扱いにうるさい職人ばかりで」
「武器にうるさい? 結構なことだ」
レオニダスは笑った。
「道具を大事にしない奴に、いい仕事はできん。行くぞ。頑固者同士、話が合うだろう」
一行は、地底へと続く暗闇の回廊へと足を踏み入れた。
そこは、巨大な溶鉱炉が轟音を立てる、鉄と炎の都だった。
地下都市の中央広場。
無数の工房が軒を連ねる「鍛冶屋街」。
筋肉隆々のドワーフたちが、汗を流しながら鉄を打っている。
身長は人間の半分ほどだが、横幅は倍ほどある。樽のような体躯に、立派な髭を蓄えた種族。
レオニダスたちは、一番大きな工房の暖簾をくぐった。
工房の主、親方のガンテツは、巨大なミスリルの塊をハンマーで叩いていたが、客の気配に手を止めた。
「らっしゃ……なんじゃお前らは?」
ガンテツは、赤マントの半裸集団を見て眉をひそめた。
「サーカス団か? うちは武器屋だぞ。大道芸の道具は売っとらん」
レオニダスは、ひしゃげた円盾をカウンターにドスンと置いた。
「修理を頼みたい。最高の腕を持つと聞いて来た」
ガンテツは盾を一瞥し、鼻で笑った。
「……なんだこのゴミは?」
彼は盾を指先で弾いた。ペイン、と安っぽい音がする。
「青銅? 今どきゴブリンでも使わんぞ、こんな柔らかい金属。しかも傷だらけで歪んでいる。直す価値もない。溶かして銅貨にするのが関の山だ」
その言葉に、スパルタ兵たちの目の色が変わった。
彼らにとって盾は魂だ。それをゴミ扱いされたのだ。
アステリオスが前に出ようとするのを、レオニダスが手で制した。
「……ゴミ、と言ったか?」
レオニダスの声は低かったが、溶鉱炉の熱気よりも熱かった。
彼は盾の傷跡を指差した。
「この傷はオークの斧。このへこみはサイクロプスの棍棒だ。全て受け止め、生き残った証だ。それをゴミと呼ぶなら、貴様の目は節穴だ」
「知るか!」
ガンテツは作業台を叩いた。
「俺は職人だ! いい素材、いい技術、それが全てだ! こんなナマクラ、俺のプライドが許さん! 欲しけりゃそこのミスリル盾を買え! 軽くて硬いぞ!」
「いらん」
レオニダスは即答した。
「俺たちが欲しいのは『重み』だ。衝撃を受け止め、敵を殴り倒す質量だ。ミスリルなどという軽薄な金属、重みが足りん。敵を殴った時の手応えが軽すぎて、殺した気がせんのだ」
「な、なんだとぉ……!?」
ガンテツのこめかみに青筋が浮かんだ。
ドワーフの至宝ミスリルを「軽薄」呼ばわりされたのだ。
工房内の弟子たちも、ハンマーを握りしめて立ち上がった。一触即発の空気。
「そこまで言うなら試してみるか?」
ガンテツは、真っ赤に焼けた鉄箸を振り上げた。
「お前のその自慢の『ゴミ盾』と、俺が打った『鋼鉄のハンマー』。どっちが硬いか勝負だ! 俺が勝ったら、その盾をスクラップにして、全員ミスリル装備に着替えさせてやる!」
「面白い」
レオニダスは盾を構えた。
「俺が勝ったら、文句を言わずにこいつを直せ。そして、最高級の酒を奢れ」
工房の前の広場に、人だかりができた。
ドワーフたちと、スパルタ兵たちが見守る中、レオニダスとガンテツが対峙する。
ガンテツが手にしたのは、攻城兵器のような巨大なウォーハンマー。
対するレオニダスは、ボロボロの青銅盾一枚。
「行くぞ、人間! トマトみたいにペチャンコになっても知らんぞ!」
ガンテツが吼える。
ドワーフの腕力は、見た目からは想像もつかないほど強い。
ブンッ!
空気を引き裂く音と共に、ハンマーが振り下ろされる。
単純な力任せの一撃ではない。金属の「目」を見極め、最も脆い一点に衝撃を集中させる、職人の打撃だ。
レオニダスは動かなかった。
避けない。
彼は盾を斜めに構え、地面に深く腰を落とした。
ゴォォォォン……ッ!!
寺院の鐘を突いたような重低音が、地下都市全体に響き渡る。
衝撃波が砂埃を巻き上げる。
観衆が息を呑む。青銅など、紙のように砕けるはずだ。
だが。
砂煙が晴れた時、レオニダスは立っていた。
盾は砕けていない。
「な、なぜだ!?」
ガンテツは驚愕した。
「俺のハンマーは、ドラゴンの鱗だって砕くんだぞ!?」
「……いい打撃だ」
レオニダスは、痺れた腕を振った。
「だが、お前は『盾』を叩いたつもりだろうが、俺は『全身』で受けた」
レオニダスは、盾の角度を髪の毛一本分ずらし、ハンマーの衝撃を球体の上を転がすように滑らせ、さらにその力を脊椎から脚、そして大地へと逃がしていたのだ。
素材の強度ではない。使い手の技術が、物理的限界を超えた防御力を生み出していた。
「道具は、使う者次第だ」
レオニダスは、へこんだ盾を愛おしそうに撫でた。
「この盾は、俺の体の一部だ。俺が倒れない限り、この盾も砕けん」
ガンテツは、ハンマーを下ろした。
そして、呆れたように、しかし感心したように溜息をついた。
「……参った。青銅ごときで俺の一撃を止めるとはな。素材がどうこう以前に、使い手が化け物だったわ」
職人気質のドワーフは、実力を認めた相手には敬意を払う。
ガンテツはニカっと笑い、レオニダスの背中を叩いた。
「合格だ! 気に入ったぞ、赤マント! 約束通り、その盾は俺が意地でも直してやる! ついでに他の連中の武器もだ!」
「恩に着る」
レオニダスも笑った。
「では、もう一つの約束……『酒』の方を頼もうか」
夜。
ドワーフの酒場は、戦場と化していた。
テーブルには山のような肉料理と、樽ごとのエールが運ばれてくる。
ドワーフの酒『火酒』。
アルコール度数90%。人間なら一口で内臓が焼け爛れ、あの世へ直行する劇薬である。
「ガハハ! 飲め飲め! ドワーフの酒についてこれるかな!」
ガンテツが樽を持ち上げて呷る。
ドワーフたちは酒豪揃いだ。人間との飲み比べで負けたことなどない。
だが、彼らは知らなかった。
相手が、スパルタ人であることを。
そして、アテナの加護がフル稼働していることを。
「ぬるいな」
レオニダスは、火酒を水のように飲み干した。
「酸味も足りんし、血のような鉄の味もしない。まるで果実水だ。だが、酔うには十分だ」
プハァ、と息を吐くが、顔色一つ変わらない。
「な、なんだと……?」
ドワーフたちがざわつく。
「あいつ、火酒をジョッキで一気したぞ?」
「顔が赤くならない……どうなってるんだ?」
スパルタ兵たちも同様だった。
「おかわり!」「樽で持ってこい!」
ブラック・ブロス(激マズスープ)で鍛えられた彼らの胃袋にとって、ドワーフの酒など清涼飲料水に等しい。
次々と空になる樽。
積み上がる空き瓶の山。
セラフィナも、マントを羽織って参加していた。
彼女は以前はお淑やかにワインを嗜む程度だったが、スパルタ教育の影響で、ジョッキを片手に肉にかぶりつく豪傑に変貌していた。
「カーッ! 効く! これよこれ! 筋肉に染み渡るわ!」
「嬢ちゃん、いい飲みっぷりだ! 惚れたぜ!」
ドワーフたちが喝采を送る。
宴は深夜まで続いた。
次々とドワーフたちが潰れていく中、スパルタ兵たちはまだ飲んでいた。
ついに、親方のガンテツもテーブルに突っ伏した。
「うぅ……ば、化け物め……酒でも勝てんとは……」
レオニダスは、酔い潰れたガンテツの肩に自分のマントをかけてやった。
「いい勝負だった。ドワーフ族、肝臓も頑丈なようだな」
翌朝。
二日酔いで頭を抱えるドワーフたちを尻目に、スパルタ兵たちは早朝トレーニングを済ませていた。
工房では、修理が完了した装備が並べられていた。
ガンテツは、目の下にクマを作りながらも、誇らしげに胸を張った。
「見ろ。これが俺の最高傑作だ」
レオニダスが盾を手に取る。
見た目は以前と同じ、使い古された青銅の盾だ。
だが、重さが違う。そして、重心のバランスが完璧に調整されている。
「表面は青銅のままだ。お前らのこだわりがあるんだろうからな」
ガンテツが説明する。
「だが、芯材にはミスリルとアダマンタイトの合金を仕込んでおいた。これなら、ドラゴンの爪でも弾けるぞ。重さも、お前らの筋力に合わせて調整済みだ」
見かけはボロだが、中身は最強。
スパルタの美学と、ドワーフの技術が融合したハイブリッド装備だ。
「……素晴らしい」
レオニダスは盾を構え、風を切った。
手に吸い付くような感覚。
「ガンテツ。お前は最高の職人だ」
「ふん。礼には及ばん。」
ガンテツは照れくさそうに鼻をこすった。
セラフィナには、新しい剣が贈られた。
魔剣ではない。魔力を通さない、純粋な物理攻撃特化の直剣。
だが、その切れ味と強度は、伝説の聖剣にも劣らない。
「『剛剣・岩断ち(ロック・ブレイカー)』と名付けた。魔法に頼らずとも、岩をも断つ剣だ」
「ありがとうございます! 一生の宝にします!」
セラフィナは剣を抱きしめて喜んだ。
出発の時。
ドワーフたちは総出で見送りに来た。
彼らはもう、スパルタ兵を「変態」とは呼ばなかった。「兄弟」と呼んだ。
「また来いよ! 次は負けんぞ!」
「いい酒だった! 達者でな!」
レオニダスは、新しくなった盾を掲げて応えた。
「ああ。魔王の首を取ったら、また飲みに来る。その時まで、肝臓を鍛えておけ!」
一行は、地底都市を後にした。
装備は一新され、士気は最高潮。
次なる目的地は王都。腐敗した貴族たちが巣食う、人間の都だ。
「行くぞ! 新しい盾の試し打ちだ!」
「ウー! ハー!」
地底の熱気を背に、赤き軍団が進撃する。
その足音は、ドワーフのハンマーのように力強く、大地を揺るがしていった。
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