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第7話:スパルタ×エルフの森 〜森の射手と日陰の行軍〜

 王都への旅路は、荒野から深い森林地帯へと移っていた。


 樹齢数百年とおぼしき巨木が立ち並び、梢が空を覆い隠している。

 昼間でも薄暗く、静謐な空気が漂う場所。


 そこは「妖精のエルフウッド」。人間種を拒む、古き種族の領土である。


「……静かすぎるな」

 レオニダスは、落ち葉を踏みしめながら呟いた。 


 鳥の声もしない。獣の気配もない。あるのは、針のように鋭い「視線」だけだ。

 数百、いや千を超えるの目が、木々の隙間からこちらを監視している。


「王よ。囲まれています」

 副官のアステリオスが、槍を構えずに低く告げる。


「全方位です。姿は見えませんが、弦を引き絞る音が聞こえます」

 案内役のミナは、ガタガタと震えていた。


「れ、レオニダスさん、引き返しませんか? エルフは排他的なんです。警告なしで撃ってくるって噂で……」

 だが、レオニダスは足を止めなかった。


 彼の隣には、真紅のマントを纏い、巨大な円盾を背負った女戦士――セラフィナが歩いている。


 彼女の顔つきは、以前とは別人のように精悍だった。

 化粧気のない顔。日に焼けた肌。そして、周囲の殺気にも動じない胆力。


「セラフィナ。どう思う?」

 レオニダスが問う。


 セラフィナは、研ぎ澄まされた聴覚で風のわずかな乱れを捉え、短く答えた。


「風向きが悪いです。矢を射るには絶好の機会チャンス。……来ます」

 その直後だった。 


 ヒョオオオォォッ!

 風を切り裂く鋭い音が響いた。

 警告の矢ではない。殺すための矢が、木々の間から一斉に放たれたのだ。 


 空が暗くなった。

 枝葉の隙間から差し込んでいたわずかな木漏れ日が、無数の矢によって遮断されたのだ。


 エルフの矢は正確無比。そして、ただの矢ではない。

 やじりが緑色に発光している。風の魔法が付与された、貫通力強化の魔矢だ。



「テストゥド!」

 レオニダスの号令が、矢の飛来よりも速く響いた。


 ザッ! ジャラッ!

 スパルタ兵たちが密集し、盾を頭上に掲げる。


 隣り合う盾の縁を重ね、一枚の巨大な屋根へと変貌させる。

 一瞬にして、森の中に青銅の亀が出現した。 


 ガギィン、カカンッ、ドォォン!

 激しい金属音が森にこだまする。 


 魔法の矢が盾に突き刺さり、あるいは弾け飛ぶ。

 風魔法の衝撃波が盾を揺らすが、スパルタ兵の腕は鉄杭のように固定されており、微動だにしない。


「……涼しいな」

 盾の下、暗がりの中でレオニダスが呟いた。 


 それは、スパルタ兵にとってのジョークであり、同時に歴史的な皮肉の再現だった。


「矢で日陰ができた。これで涼しい所で戦える」

 アステリオスが笑う。 


「違いない。エルフとやらは、我々が暑がりだと知って気を使ってくれたのでしょう」

 豪快な笑い声が、盾の中で反響する。

 一方、木の上で弓を構えていたエルフたちは戦慄していた。


「な、なんだ奴らは……?」

 エルフの守備隊長、ラースは冷や汗を流した。


 彼らの放った矢は、鋼鉄の鎧さえ貫く「ウィンド・アロー」だ。それが、あの裸の男たちの盾に傷一つつけられず、完全に防がれている。


 しかも、盾の下からは、恐怖の悲鳴ではなく、談笑する声が聞こえてくるのだ。


「次だ! 曲射カーブを使え! 盾の隙間を狙え!」

 ラースが命じる。


 エルフたちが再び弓を引く。今度は矢が生き物のように軌道を変え、盾の側面や背後へと回り込む。

 だが、それすらも無意味だった。


「右!」「後ろ!」

 スパルタ兵たちは、視界が遮断されているはずなのに、殺気だけで矢の軌道を読み、盾の角度を変えて弾き返していく。 


 研ぎ澄まされた野生の勘。

 魔法ということわりを、生物としての性能が凌駕している。 


 防戦一方ではない。

 亀の甲羅テストゥドは、矢の雨を弾きながら、じりじりと前進していた。

 目指すは、矢が放たれている巨木の方角。


「セラフィナ。行けるか?」

 レオニダスが、隣で盾を支える女戦士に問う。


 セラフィナは、ニヤリと笑った。その表情は、かつての生真面目な騎士団長のものではない。戦いを愉しむ修羅のものだ。


「いつでも。……体が軽くて仕方ありません」

 重いスパルタ装備を着けているはずなのに、羽が生えたように軽い。


 地獄の特訓の成果だ。魔力に頼らず鍛え上げた筋肉が、今は魔法以上の出力を発揮している。


「よし。盾を開くぞ。……狩れ!」

 レオニダスの合図と共に、亀の甲羅の一部が開いた。


 そこから飛び出したのは、一人の女戦士。

 セラフィナだ。


 彼女は投槍ジャベリンを構え、木の上に潜むエルフを睨みつけた。


「見つけた!」

 彼女は助走なしで槍を投擲した。


 ヒュンッ!

 剛速球。

 風魔法で加速された矢よりも速い。


「なっ!?」

 木の上にいたエルフが反応する間もなく、槍が足元の枝を粉砕した。


 バキィッ!

 足場を失ったエルフが、悲鳴を上げて落下してくる。


「確保!」

 落ちてきたエルフを、スパルタ兵が地面で待ち構え、盾で押さえ込む。


 セラフィナは止まらない。

 彼女は次の槍を受け取り、走り出した。

 木々を蹴り、猿のような身軽さで立体的に移動するエルフたちに対し、彼女は地上を疾走して食らいつく。


「速い……!」

 エルフの隊長ラースが弓を向ける。


「必中の、ホーミング・アロー!」

 魔法の光を帯びた矢が、セラフィナの背中を追う。


 かつての彼女なら、魔法障壁で防ごうとして足が止まっただろう。

 だが、今の彼女は違う。


 彼女は走る速度を緩めず、背中の盾を「感覚」だけで操作した。

 走りながら体を捻り、盾の縁で矢を叩き落とす。   


 カァン!

 受け流し(パリィ)。


 魔法を筋肉で無効化する神業。


「魔力が尽きれば終わり? いいえ、私のスタミナは尽きない!」

 セラフィナは吼え、手近な大木に、質量弾のごとき体当たりをぶちかました。


 ズゴォォォン!!

 巨木が悲鳴を上げ、激しく揺れる。上にいたエルフたちがバランスを崩し、ボロボロと落ちてくる。


 落ちた獲物を、後続のスパルタ兵が確保する。

 完璧な連携狩りだった。

 形勢は逆転した。


 遠距離からの一方的な攻撃を得意とするエルフにとって、懐に入り込まれることは死を意味する。


 スパルタ兵たちは、決して走らない。

 盾を構え、一歩一歩、死神のように距離を詰めてくる。

 その圧力が、エルフたちを精神的に追い詰めていった。


「ひ、ひぃ……矢が効かない……魔法も通じない……」


「森の守り神が怒っているのか……?」

 隊長のラースは、最後の手段に出た。


「精霊魔法・荊棘のソーン・ケージ!」

 地面から巨大ないばらが伸び、スパルタ兵の進路を塞ぐ。


 鋼鉄のように硬い茨の壁。これで足止めできるはずだ。

 だが。 


「邪魔だ」

 レオニダスは、腰のクシフォスを抜き、茨を一閃した。


 ザンッ!

 魔法で強化された茨が、枯れ草のように両断される。


 剣の切れ味ではない。腕力と、踏み込みの速度で、無理やり「叩き切った」のだ。

 茨の壁が切り開かれ、レオニダスがラースの目の前に現れた。

 距離、ゼロ。鼻先数センチ。


「あ……」

 ラースは弓を取り落とした。


 目の前に立つ巨人の威圧感に、喉が凍りついた。

 殺される。


 だが、レオニダスは剣を振るわなかった。

 代わりに、ラースの細い肩をガシリと掴んだ。


「おい、耳長エルフ

 レオニダスは、至近距離でラースの目を覗き込む。


「随分と熱烈な歓迎だったな。だが、挨拶は顔を見てするものだ」

 ラースは震えながら答えた。


「な、何者だ……人間か? それともオークの変異種ミュータントか?」


「失敬な。スパルタ人だ」

 レオニダスは手を離し、周囲を見渡した。


 木から落ち、捕縛されたエルフたちが数十人。彼らは恐怖に震えているが、怪我は打撲程度で済んでいる。

 スパルタ兵は、一人も殺していなかったのだ。 


「……なぜ、殺さない?」

 ラースが問う。


「我々はあなた方を殺そうとした。侵入者は排除するのが森の掟だ」

 レオニダスは鼻を鳴らした。


「俺たちは通りすがりだ。森を奪うつもりも、木を燃やすつもりもない。ただ王都へ行きたいだけだ」

 彼は、ミナの方を振り返った。


「それに、案内人の娘が『エルフは話せばわかる』と言っていたからな。……まあ、話す前に少し物理的なしつけが必要だったようだが」

 ミナがペコペコと頭を下げている。

 セラフィナも、兜を脱いで汗を拭った。その顔は晴れやかだ。


「手加減するのは骨が折れましたよ、教官」

 誤解は解け、その場で交渉が行われた。


 エルフたちは、スパルタ兵の強さに畏怖し、同時に彼らが無益な殺生を好まないことに安堵した。 


「通行を許可する」

 ラースは、渋々ながら認めた。


「あなた方は強い。そして、誇り高い。森の敵ではないと認めよう」


「話が早くて助かる」

 レオニダスは頷き、腹をさすった。


「では、通行料代わりに食料を貰おうか。腹が減って動けん」

 エルフたちが持ってきたのは、森の果実や木の実、そして野菜だった。

 肉はない。彼らは菜食主義なのだ。


「……草か」

 アステリオスが、盛られたサラダを見て絶望的な顔をした。


「王よ。これは前菜ですよね? メインの肉はどこですか?」


「ないようだ」

 レオニダスも、リンゴをかじりながら溜息をついた。


「エルフというのは、かすみを食って生きているのか? これでは筋肉が萎んでしまう」

 だが、文句を言いながらも、彼らは果実を平らげた。


 スパルタ人は好き嫌いをしない。出されたものは何でも食う。それが「黒いスープ」で鍛えられた胃袋の強さだ。

 セラフィナも、果実を齧りながらレオニダスに尋ねた。


「教官。魔法を使わない戦い……少しわかった気がします」


「ほう?」


「魔法は便利ですが、それに頼ると心が弱くなる。恐怖に直面した時、最後に頼れるのは己の肉体と、この盾だけだと」

 レオニダスは、リンゴの芯を放り投げ、ニヤリと笑った。


「その通りだ。だが、魔法も使いようによっては悪くない」

 彼は、エルフたちが使う魔法の灯り(ランタン)を指差した。


「夜道が明るいのは便利だ。……俺たちは使えんがな」


 翌朝。


 一行は森を抜けた。 

 出口まで見送りに来たラースは、レオニダスに一本の若木を渡した。


「世界樹の枝だ。魔除けになる。……二度と来るなとは言わんが、次はもう少し静かに歩いてくれ」 


「善処しよう」

 レオニダスは枝を腰に差した。


 森を抜けると、遠くに王都の尖塔が見えてきた。

 旅の目的地は近い。

 だが、その王都では、腐敗した貴族と、迫りくる魔王軍の脅威が彼らを待っている。


「行くぞ。サラダばかりで腹が鳴る。王都に着いたら、牛を一頭食うぞ!」


「ウー! ハー!」

 スパルタの行軍は止まらない。


 その背中には、エルフたちから贈られた果実の籠と、新たな伝説が背負われていた。

 森の射手たちは、彼らが去った後もしばらくその場を動けなかった。


「矢で日陰を作る」と言い放った男たちの背中は、どんな巨木よりも大きく見えたからだ。



 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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