第4話:スパルタ×チート勇者 〜借り物の最強と鍛え上げた拳〜
オーク肉のスープで活力を取り戻したレオニダス一行は、その日の午後、王都へと続く主要街道に出た。
石畳が整然と並ぶ立派な道。だが、前方で不自然な渋滞が起きていた。
「……止まっているな。戦でも始まったか?」
レオニダスは足を止め、前方を睨み据えた。
数十台の馬車が立ち往生し、商人たちが困り顔でざわめいている。原因は、街道の中央に陣取った一台の豪華絢爛な馬車だった。白塗りの車体に金の装飾。馬車の周囲には、煌びやかな装備に身を包んだ美少女たちが侍っている。
「なんだあれは? 貴族のピクニックか?」
レオニダスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
スパルタ人は、無意味な虚飾と集団の統制を乱す行為を何より嫌う。
案内役のミナが、つま先立ちで様子を窺った。
「あ、あれは……! あの紋章は勇者様です! 異世界から召喚された、救世の勇者様御一行ですよ!」
「勇者?」
レオニダスは首を傾げた。
「アキレウスのような英雄か?」
「誰ですかそれ? 勇者様は神託によって選ばれ、魔王を倒す力を授かった最強の方です! ステータスはすべてS、固有スキル持ちの超越者なんです!」
ミナの興奮をよそに、レオニダスは冷ややかな眼差しを向けた。英雄かどうかは知らんが、公道を塞いで茶を飲んでいる神経が気に入らない。
「行くぞ。どかせてくる」
レオニダスは三百人の部下を引き連れ、地響きを立てて歩き出した。
馬車の前では、優雅なティータイムが繰り広げられていた。
中心に座るのは十七、八歳ほどの黒髪の少年。伝説級のミスリルアーマーを纏い、腰には聖剣を帯びている。彼の名はカイト。現代日本から転生した、この世界の「勇者」だ。
「あー、だりぃ。魔王討伐とかマジ面倒くせぇ」
カイトはクッキーを齧りながら、椅子にふんぞり返っていた。
「レベルもカンストしたし、もう俺TUEEEする相手もいねぇし。次の街まで馬車移動とか、ファストトラベルさせろっての」
商人たちの懇願も、彼は鼻で笑う。
「うるせぇなモブども。勇者様が休憩中だぞ? 俺が世界を救ってやるんだから、これくらいの特権は当然だろ」
その時、カイトの視界に燃えるような「赤」が飛び込んできた。
ドス、ドス、ドス。
腹に響く足音と共に、赤いマントを翻した半裸の軍団が近づいてくる。
「あ? なんだあの変態集団は。イベント発生か?」
カイトは紅茶を置き、面倒くさそうに立ち上がった。
「野盗にしては装備がショボいな。初期装備かよ」
レオニダスは、カイトの目の前で立ち止まった。
岩のような肉体を持つ王と、温室育ちの少年。対照的な二人が対峙する。
「おい、子供」
レオニダスは重々しく語りかけた。
「そこは道だ。飯を食うなら端へ行け。後ろがつかえている」
カイトは、数秒間ぽかんとした。この世界に来てから、説教など一度も受けたことがなかったからだ。
「……は? おっさん、誰に向かって口きいてんの? 俺、勇者だよ? 見えてないの?」
「俺が見ているのは、街道を塞ぐ邪魔な石ころだけだ」
カイトのこめかみに青筋が浮かんだ。
「石ころだァ……? いい度胸じゃん。レベル1の分際で」
カイトは挑発的に聖剣の柄に手をかけた。
「俺のスキル『絶対切断』なら、その盾ごと身体を両断できるんだぜ? 死にたくなきゃ、土下座して謝りな」
周囲の空気が凍りついた。カイトの取り巻きたちが嘲笑する。
「カイト様、やっちゃってください」
「あんな蛮族、一撃ですよ」
ミナが慌てて二人の間に飛び出した。
「ま、待ってください! この方々は事情がわかっていないだけで……!」
「うるせぇブス。引っ込んでろ」
カイトは聖剣を抜いた。刀身が青白く発光し、空間を歪めるほどの魔力が収束していく。
「スキル発動……『絶対切断』!!」
物理防御を完全に無視するチートスキル。
カイトは勝利を確信していた。
だが、レオニダスは動かなかった。いや、静かに「観察」していた。
少年の目の動き、肩の浮き、力任せの踏み込み。そして、剣が光り、振り下ろされるまでの絶望的な「タメ」。
(……遅い)
レオニダスは内心で舌打ちした。
光ったり叫んだり、ご丁寧に宣言してどうする。戦場の殺意とは、もっと静かで速いものだ。
ブンッ!!
聖剣が空を切り裂いた。
だが、その軌道上にレオニダスはいない。最小限の動きで回避した彼は、カイトが振り切った瞬間、動いた。
円盾の縁を、カイトの顎に向けてカチ上げた。
ゴッ!!
シールド・アッパー。青銅の塊が、少年の顎を叩きつけた。
「が、はっ……!?」
カイトの身体が宙に浮く。
脳が揺れ、視界が白濁する。最強の鎧も顔面への打撃は防げない。カイトは無様に地面に転がり、聖剣を取り落とした。
「カイト様!?」
取り巻きたちが悲鳴を上げる。
「な、なんだ今の……? 判定がおかしいだろ……俺の回避補正率は99%だぞ……!?」
鼻血を垂らすカイト。
レオニダスは地面に突き刺さった聖剣を引き抜くと、無造作に放り投げた。
「意味不明な能力に頼るな、子供」
王は冷酷に見下ろした。
「回避率? そんなものは知らん。俺が当てようと思って殴った。だから、当たった。それだけだ」
カイトのプライドが崩壊する。
「ふざけるな……ふざけるなよォォッ!!」
逆上した彼は、両手を天に掲げた。
「だったらこれだ! 広範囲殲滅魔法『メテオ・ストーム』! この辺一帯、灰にしてやる!」
空が暗転し、巨大な魔法陣が現れる。商人たちが悲鳴を上げて逃げ出した。
「……長い」
レオニダスは足元の小石を拾い上げ、完璧なフォームで投げ放った。
ビュンッ!!
剛速球の小石が、カイトの額を直撃した。
「痛っ!?」
集中が途切れ、魔法陣が霧散する。詠唱中断。
「な……石……? ただの、石……?」
あまりに原始的な攻撃ゆえ、彼の「魔法無効化」スキルさえ発動しなかった。
レオニダスはゆっくりと歩み寄り、カイトの胸倉を掴み上げた。その瞳には、数値では計測できない「死線の記憶」が宿っていた。
「坊主。お前が持っているのは『力』ではない。『道具』だ」
レオニダスの声が鼓膜を震わせる。
「道具に使われるな。借り物の力で威張るな。……自分の足で立ち、自分の筋肉で剣を振れ。それができんうちは、お前はただの『力持ちの赤ん坊』だ」
カイトは震えが止まらなかった。
死を本能で理解したのだ。だが、レオニダスは彼を降ろし、肩を強く叩いた。
「道を開けろ。それだけだ」
スパルタ兵たちが、呆然とする勇者一行の横を通り過ぎていく。一瞥もくれない彼らの背中は、どんな魔法よりも力強かった。
副官のアステリオスが、すれ違いざまに鼻で笑う。
「いい剣だったな、坊主。だが、振るうには腕が細すぎる。まずは盾を持って走り込みでもするんだな」
「……クソッ」
カイトは地面を叩いた。だが、その目から傲慢さは消えていた。
「……走り込み、かよ。地味すぎて笑えねぇ……」
彼は土にまみれた聖剣を拾い上げた。今度はスキルではなく、その重みを確かめるように、しっかりと握りしめた。
街道は再び流れを取り戻した。ミナは誇らしげに胸を張る。
「ふふん、すごいでしょう! あれが私の雇い主、スパルタ様です!」
旅は続く。次なる目的地は王都。レオニダスの進撃は止まらない。
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