第2話:スパルタ×冒険者ギルド 〜水晶の数値と筋肉の真価〜
ゴブリンの村を後にしたレオニダス一行は、荒野を三日ほど歩き、巨大な城塞都市「バルド」に到着した。
高さ十メートルほどの石造りの城壁。堀には水が引かれ、巨大な跳ね橋が架かっている。中世ヨーロッパ風の建築様式だが、空には飛竜が飛び交い、見張り台には眼光鋭い亜人たちが立っていた。
「……ふん。壁の高さは悪くない」
レオニダスは城壁を見上げて評価した。
「だが、銃眼の配置が甘い。死角が多いぞ。俺ならあそこの排水溝から兵を潜り込ませる」
「王よ。我々は侵略に来たのではありません。観光客です」
副官のアステリオスがたしなめる。
一行が城門に近づくと、門番が槍を交差させて立ち塞がった。蜥蜴の頭を持つ亜人、リザードマンだ。
「止まれ。見ない顔だな。身分証は?」
リザードマンは、スパルタ兵たちの異様な格好――真紅のマントと半裸の筋肉、そして巨大な円盾――を見て、怪訝な顔をした。
「……サーカス団か? 街での興行許可証はあるのか?」
レオニダスは、腰にぶら下げていた「通行手形」を取り出した。
ゴブリン・ロードから奪った、血錆びた巨大な戦斧だ。それを門番の目の前にドスンと突き立てた。
「なっ……!? それは賞金首『黒鉄の斧』の武器!」
門番が驚愕し、鱗に覆われた顔を引きつらせた。
「お前たちがやったのか? あのロードを?」
レオニダスは無言で頷く。
門番は姿勢を正し、敬礼した。この世界において、強さは最高の身分証だ。
「失礼した! 通ってよし! 報奨金を受け取りたいなら、中央広場の『冒険者ギルド』へ行くといい」
レオニダスはニヤリと笑い、部下たちに顎をしゃくった。
「行くぞ。どうやら、この斧は金になるらしい。今日は固いパンではなく、まともな肉が食えそうだぞ」
都市の中は活気に満ちていた。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人。多種多様な種族が行き交い、路地には屋台が並んでいる。
だが、スパルタ兵たちが通ると、喧騒は一瞬で静まり返り、道が割れた。
三百人の屈強な男たちが、一糸乱れぬ隊列を組んで行進しているのだ。その威圧感は、正規軍の凱旋パレード以上だった。
一行は、街の中心にある巨大な石造りの建物――冒険者ギルドに到着した。
扉を開けると、酒と煙草、そして脂っこい料理の匂いが漂ってきた。
広いホールには、荒くれ者たちがたむろしている。壁には依頼書が貼られ、カウンターでは受付嬢たちが忙しなく働いている。
「……テルモピュライの兵舎よりはマシな匂いだ」
レオニダスは呟き、カウンターへと歩み寄った。
受付にいたのは、長い耳を持つ金髪の女性――エルフだった。彼女は顔を上げ、目の前に現れた「筋肉の壁」に息を呑んだ。
「い、いらっしゃいませ……。本日はどのようなご用件で?」
レオニダスは、ゴブリンの斧をカウンターに置いた。
石の天板が軋む音がした。
エルフの受付嬢は、目を丸くした。
「これは……カルナ村近辺に出没していたネームドモンスターの武器! 討伐されたのですか?」
レオニダスは頷く。
「確認します……はい、間違いありません。報奨金は金貨五十枚になります。ですが……」
受付嬢は、困ったようにレオニダスと、その背後の三百人を見た。
「あなた方、ギルドの登録証はお持ちですか? 未登録ですと、手数料で二割引かれてしまいますし、今後の依頼も受けられません」
レオニダスは首を傾げた。
この世界のルールはよくわからんが、損をするのは御免だ。
「登録すればいいのか?」
「はい。では、この『鑑定の水晶』に手を触れてください」
受付嬢は、直径三十センチほどの透明な球体を取り出した。内部で青白い光が渦巻いている。
「あなたの『ステータス』と『スキル』を測定し、適正ランクを認定します」
ギルド内がざわめいた。新入り、それもこれだけの大人数が一度に登録するのだ。
酒を飲んでいた冒険者たちが、野次を飛ばす。
「おい見ろよ、あの格好。露出狂か?」
「だが、いい体つきだ。肉体労働系のスキル持ちか? 土木作業員かもな」
レオニダスは、言われるがままに水晶玉に手を乗せた。
(……ただの石だな。何がわかるというのだ)
水晶が激しく明滅する。
受付嬢が、手元の羊皮紙に自動的に浮かび上がる文字を読み上げようとして――固まった。
「え……?」
彼女は水晶を叩き、もう一度レオニダスの手を確認した。そして、信じられないものを見る目で告げた。
「……職業:王? いえ、該当するクラスがデータベースにありません」 「魔力(MP):ゼロ」 「スキル:……なし」 「レベル:……1?」
ホールが静まり返り、次の瞬間、爆笑の渦に包まれた。
「ギャハハハハ! マジかよ! 魔力ゼロだってよ!」
「スキルなしかよ! 村人Aでも『農業』くらい持ってるぞ!」
「レベル1の王様だと? 裸の王様ってか!」
その嘲笑の中心から、一人の男が歩み出てきた。
全身を煌びやかなミスリル鎧で固め、背中に巨大な魔剣を背負った金髪の美青年。
Aランク冒険者パーティ『黄金の牙』のリーダー、ガストンだ。
彼はジョッキを片手に、レオニダスを見下ろすように近づいてきた。
「おいおい、おっさん。ここは戦士の来る場所だぜ? 畑仕事でもしてな」
ガストンが、レオニダスの胸板を指で突く。
レオニダスは、眉一つ動かさなかった。ただ、静かにガストンを見返した。
その眼光の鋭さ。数多の戦場をくぐり抜けてきた者だけが持つ、絶対的な自信と殺気。
ガストンは一瞬気圧されたが、すぐに虚勢を張った。数値こそが絶対の世界だからだ。
「なんだその目は? 俺はレベル50の『剣聖』だぞ? 俺のスキル『音速剣』なら、お前なんて瞬きする間に細切れにできるんだぜ?」
レオニダスは、深く溜息をついた。
そして、受付嬢に向かって静かに言った。
「娘よ。この石ころ(水晶)は、俺の魂の重さまでは量れんようだ」
彼はガストンに向き直り、鼻を鳴らした。
「レベル? スキル? ……くだらん。戦士の価値は、戦場に立ってから決まるものだ」
ガストンのこめかみに青筋が浮かんだ。
「……言ってくれるじゃねぇか、レベル1の雑魚が。なら、ここで試してやるよ! 死んでも文句言うなよ!」
ガストンが魔剣を抜いた。刀身が赤く輝き、魔力が奔流となって吹き出す。
「表へ出ろ!」という展開にはならなかった。
ガストンは、ギルドの中でいきなり斬りかかってきたのだ。短気で、自分の力に溺れた者の典型だ。
「喰らえ! 必殺スキル『炎熱斬』!」
魔剣が炎を纏い、横薙ぎに振るわれる。
熱波が周囲のテーブルを焦がす。ギルドの冒険者たちが「危ねぇ!」と悲鳴を上げて逃げ惑う。
必殺のタイミング。誰もがレオニダスの死を予感した。
ガストンが剣を振りかぶる動作の初動を見切り、足元にあった木製の丸テーブルを片手で掴み上げ、盾のように構えていた。
ドガァァァン!
炎の剣がテーブルに直撃し、木っ端微塵に粉砕する。
爆炎と木片が舞い散る。
ガストンは勝利を確信してニヤついた。
「へッ、消し炭に……」
だが、煙の中から、無傷の拳が飛んできた。
ゴッ!!
鈍く、重い音が響く。
レオニダスの右ストレートが、ガストンの顔面に深々とめり込んだのだ。
「ぶべらっ!」
ガストンが吹き飛び、カウンターに激突して酒瓶をなぎ倒した。
「な……!?」
周囲が凍りついた。
レベル1の素手が、レベル50の剣聖を吹き飛ばした。
レオニダスは、砕けたテーブルの脚を捨て、拳を振った。
「遅い。振りかぶる時に隙だらけだ。それに、剣が光ってから振るうまでに間がある。親切に『これから斬ります』と教えてくれているのか?」
ガストンは鼻血を流しながら起き上がった。プライドを砕かれた怒りで顔が歪んでいる。
「き、貴様……! 卑怯だぞ! スキルの詠唱硬直を狙うなんて!」
「戦場で待ってくれる敵がいるか、馬鹿者」
「野郎ども! やっちまえ!」
ガストンの取り巻きたち――魔法使いや盗賊たちが、一斉に武器を構えた。
魔法使いが杖を掲げる。
「ファイアボール!」
盗賊が姿を消す(隠密スキル)。
レオニダスは、背後の部下たちに指を鳴らした。 「教育の時間だ。殺すなよ。半殺しで止めろ」
その瞬間、酒場は戦場に変わった。
魔法使いが火の玉を放つ。だが、スパルタ兵の一人が、近くにあった鉄の盆を投げつけ、空中で火の玉を迎撃・爆発させた。
「なっ!?」
魔法使いが詠唱をやり直そうとする前に、スパルタ兵が距離を詰め、杖を取り上げてへし折る。そして、鳩尾に膝蹴り。
姿を消した盗賊が、レオニダスの背後に忍び寄る。 だが、レオニダスは振り返りもせず、裏拳で盗賊を殴り飛ばした。
「殺気がプンプンするぞ。風呂に入れ」
盗賊は壁にめり込み、気絶した。
ガストンが再び剣を構える。
「おのれ……! これならどうだ! 奥義『多重幻影剣』!」
ガストンの姿が五つに分身する。どれが本物かわからない。
冒険者たちが息を呑む。
「出た! ガストンの必殺技だ!」
だが、レオニダスはあくびをした。
「……本体は一つだけだ。足音を聞けばわかる」
彼は自身の円盾を構え、突進した。
五つの幻影など無視し、本物のガストンに向かって一直線にぶつかる。
ドゴォッ!
「ぐぇぇぇ!」
ガストンは盾に跳ね飛ばされ、ギルドの扉を突き破って外の通りまで転がっていった。
完全なるKO。
静寂が戻ったギルド。 Aランクパーティ『黄金の牙』は、わずか数分で壊滅していた。
スパルタ兵たちは、服の汚れを払い、何事もなかったかのように整列し直した。
受付嬢のエルフは、腰を抜かして震えていた。 「あ、ありえない……。ステータスは最低なのに、どうして……?」
レオニダスはカウンターに戻り、割れたテーブルの弁償代として、金貨を数枚置いた。
「迷惑をかけたな。これで修理してくれ」
その時、二階から拍手の音が聞こえた。
階段を降りてきたのは、眼帯をした白髪の老人だった。全身に古傷があり、ただならぬ覇気をまとっている。ギルドマスターだ。
「見事だ。数値に頼りきった今の冒険者たちに、いい薬になったわい」
ギルドマスターは、レオニダスの前に立った。
「ステータスとは、あくまで『魔力的な潜在能力』を測るもの。鍛え上げた肉体、培った技術、そして死線をくぐり抜けた胆力……それらは水晶には映らん」
老人は、レオニダスの傷だらけの盾を指でなぞった。
「いい盾だ。相当な修羅場をくぐってきたな」
「ああ。冥界の入り口までな」
レオニダスは笑った。
「登録を認めよう。ランクは……とりあえず『F』からだ。ルールだからな」
ギルドマスターは悪戯っぽくウィンクした。
「だが、実力は『S』以上と俺が保証する。好きな依頼を持っていくがいい」
レオニダスは頷き、掲示板を見た。
薬草採取やスライム退治の依頼が並ぶ中、一枚の禍々しい羊皮紙が目に留まった。
『緊急依頼:北の火山にエンシェント・ドラゴン出現。討伐隊求む』
「……ドラゴンか」
レオニダスの目が輝いた。
「ペルシアにはいなかった猛獣だ。晩飯は竜のステーキにするか」
スパルタ兵たちが、野太い歓声を上げる。
「ウー! ハー!」
彼らは依頼書を引っ剥がし、ギルドを出て行った。
その背中を見送りながら、冒険者たちは噂し合った。
「あいつら、何者だ?」
「レベル1の最強集団……『赤き裸の軍団』だ」
こうして、異世界バルドに新たな伝説が生まれた。 魔法を使わず、スキルも持たず、ただ筋肉と盾だけで魔物を蹂躙する、規格外のFランク冒険者たちの物語が。
本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
皆様の応援が、何よりの執筆の糧です。よろしければブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです。




