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幕間1:スパルタ×女神アテナ 〜神域の説教と物理無効の真実〜


 レオニダスは、柔らかな光の中で目を覚ました。

 寒くない。暑くもない。


 硝煙の匂いも、血の腐臭もしない。漂ってくるのは、芳醇な花の香りと、極上のワインのような甘い微風だけ。


 目を開けると、そこは白亜の神殿が立ち並ぶ、雲上の楽園だった。

 足元には、宝石のように輝く草花が咲き乱れている。


「……王よ」

 副官のアステリオスが、槍を構えながら近寄ってくる。


「異常事態です。敵の気配がありません。あまりに静かすぎます」

 レオニダスは、油断なく周囲を警戒した。


 平和すぎる。何かの罠か。


「総員、円陣サークルを組め!」

 王の怒号が楽園に響く。


「花に見とれるな! 花粉に毒があるかもしれん!」


 ザッ!

 三百人のむさ苦しい男たちが、美しい花畑の中心で、殺気満々の密集陣形を組んだ。


 彼らは風に揺れるチューリップに対して、必殺の槍を突き出し、威嚇していた。


「……あんたたちねぇ」

 頭上から、呆れ果てた声が降ってきた。


 光が収束し、一人の女性が姿を現す。

 黄金の兜、純白の衣、そしてその手には神盾アイギス。美しくも威厳あるその姿は、スパルタが崇拝する守護神そのものだった。


 レオニダスは目を見開いた。 


「おお! アテナ様! 戦の女神よ!」

 スパルタ兵たちが一斉に跪く……かと思いきや、レオニダスはすぐに立ち上がり、再敬礼した。


「援軍感謝します! して、敵はどこです? ゼウス神が乱心でもされましたか?」

 アテナの額に、青筋が浮かんだ。


 彼女は美しい顔を般若のように歪め、手に持っていたニケで、レオニダスの脳天を引っぱたいた。


 ゴチンッ!


「痛っ!? な、何を……」


「敵なんていないわよ! ここは私の庭! 神域オリュンポスよ!」

 アテナは肩で息をしながら、髪をかき乱した。


 その目の下には、神にあるまじき濃いクマができている。


「あんたたち、いつになったら満足して、エーリュシオン(英雄の魂が行く楽園)に行くのよ! もう日本の戦で満足したでしょ!?」


「日本……?」

 レオニダスは首を傾げた。


「ああ、あの果ての戦場のことか。なかなか骨のある連中が多かった。だが、我々はまだ戦い足りん。死に場所を探して彷徨っていたはずだが」


「死んでるのよ! とっくの昔に!」

 アテナは絶叫した。


「あんたたちの魂が『まだ戦いたい』『まだ足りない』って地縛霊みたいに粘るから、私が仕方なく時空の歪みに干渉して、戦場ツアーを組んであげてたのよ! これ、全部私のサービス残業なんだからね!」

 レオニダスは、腕を組んで不満げに鼻を鳴らした。


「女神よ、感謝はする。だが、我々の戦果は我々の鍛錬の賜物だ。貴女の手を煩わせた覚えはない」

 その言葉が、アテナの逆鱗に触れた。


 彼女は空中にホログラムを投影した。

 映し出されたのは、先ほどの箱館戦争の映像。ガトリング砲の弾幕を、スパルタの盾で防いでいるシーンだ。 


「これ! これを見て!」

 アテナが映像を指差す。


「これ、おかしいと思わなかったの!? 毎分数百発の鉛玉よ? 音速を超えて飛んでくる金属の塊よ?」 


「うむ。ペルシアの矢より少し速かったな」 


「少しじゃないわよ!」

 アテナはレオニダスの胸倉マントを掴んで揺さぶった。


「常識的に考えて、ガトリング砲の弾を青銅のホプロンで弾けると思ってたの!? 物理学をナメないで! 青銅なんて、ライフルの弾一発で貫通するのよ!」


「な、なんだと……?」

 レオニダスは驚愕した。


「では、なぜ弾けたのだ?」


「私が裏で結界バフを張りまくってたからに決まってるでしょーが!!!」

 アテナは崩れ落ちた。


「『アイギスの加護・物理無効』『ヘルメスの加速』『ヘラクレスの剛力』……ありったけの神力を注ぎ込んで、あんたたちの脆い青銅装備をアダマンタイト並みに強化してたのよ! おかげで私の神力(MP)はスッカラカンよ! 胃に穴が開きそうだわ!」

 スパルタ兵たちは顔を見合わせた。


 アステリオスがおずおずと挙手する。


「つまり……あの山城での大石直撃も、我の首が鍛えられていたからではなく?」 


「即死よ! 普通ならミンチよ!」

 レオニダスは、しばし沈黙した。

 そして、深く頷いた。


「なるほど。女神の加護とはありがたいものだ。……だが、まあ、俺たちの日々の訓練も三割くらいは貢献していたはずだ」 


「ゼロよ! 純度100%の神の奇跡よ!」

 アテナは懐から神酒ネクタルを取り出し、胃薬代わりに一気飲みした。


 アテナは深いため息をつき、投げやりな目でレオニダスを見た。


「はぁ……もういいわ。で? これだけ暴れたんだから、そろそろ満足して成仏する気になった?」

 レオニダスは、仲間たちを振り返った。


 三百人の男たちは、全員が首を横に振った。

 彼らの目は、まだ燃えていた。


 日本のサムライたちとの戦いは楽しかった。だが、世界は広い。まだ見ぬ強敵、まだ見ぬ戦術が、彼らを待っている気がする。


「女神よ。ここは美しい場所だが、退屈すぎる」

 レオニダスはニヤリと笑った。


「我々を、次の戦場へ送ってくれ。まだ行っていない場所があるはずだ」

 アテナは、引きつった笑みを浮かべた。


 こいつらは、救いようのない戦闘狂バーサーカーだ。


 平和な天国よりも、血なまぐさい地獄を愛する、愛すべき馬鹿息子たち。


「……わかったわよ」

 アテナは指を鳴らした。


 神殿の床が輝き出し、転送魔法陣が展開される。


「望み通り、地獄へ送ってあげる。次は日本じゃないわよ。世界中の歴史的大戦争、全部乗せコースよ!」


「ほう、世界か」

 レオニダスは槍を構えた。 


「まだ見ぬ強者どもが楽しみだ!」


「ただし!」

 アテナは釘を刺した。


「私の加護も無限じゃないからね! 次はもう少し、物理法則を尊重しなさい! 戦車タンクに生身で突っ込んだりしないでよ!」


「善処しよう」

 レオニダスは適当に答えた。

 光が彼らを包み込む。

 

「行くぞ、野郎ども! 次の遠征先が決まった! アテナ様に感謝を!」


「ウー! ハー!」

 スパルタ兵たちが光の中に消えていく。


 後に残されたのは、静寂と、踏み荒らされた花畑。

 そして、頭を抱えてうずくまる女神一人。


「……あいつら、絶対また無茶するわよ……」

 アテナは虚空を見つめ、呟いた。


「まあ、いいわ。……もう少しだけ、付き合ってあげる」

 女神は立ち上がり、ボロボロになった花を修復し始めた。

 その顔には、呆れと共に、ほんの少しだけ、誇らしげな笑みが浮かんでいた。




 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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