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私だけの勇者

作者: お腹痛い


 辺境の小さな集落に一人の少年が訪れた。

 世界に名を轟かせたわけでもなく、名剣や特別な加護も持たない、一介の冒険者。

 彼がこなしてきた仕事といえば、家畜の逃亡騒ぎの解決や壊れた柵の補修、村の井戸掃除。

 どれも地味な仕事で、誰かに称えられることなど一度もなかった。


 今回の依頼も、辺境の森に自生する薬草を採取するという地味なものだった。

 厄介なことに薬草は目立たず、似た葉を持つ草に紛れており、見つけるのは至難の業だ。

 

 この世界には魔法や使い魔という便利なものが存在する。

 もし彼がそれを行使できたなら、一瞬で見つけられたかもしれない。だが、彼にはなかった。


 それでも少年は何日も森を歩き、泥に足を取られ、蚊や虫に悩まされながらも諦めず探した。

 時には熊や大きな魔物に出くわして命からがら逃げることもあった。

 それでも足を止めなかったのは、この依頼の主が誰かを知っていたからだ。


 薬草を必要としているのは村はずれに暮らす病の少女。自分では歩いて採りに行くことができないらしい。

 そこで遠く離れた冒険者ギルドへ依頼を出したという。――そしてその依頼を受けたのが、他でもない彼だった。


 数日後、森での探索に疲れ果てた少年は、薬草の自生地を尋ねようと村はずれの小さな家を訪ねた。

 窓辺の白いカーテンが揺れ、その向こうには少年より少し年下くらいの少女が見えた。

 驚いた瞳がこちらを見つめる。


 「……あなたが、私の依頼を受けてくれた方ですか?」


 「うん。なんだけどごめんね。まだ見つけられていなくて。どのあたりに生えているか知っていたら教えて欲しいんだ」


 少女は少し驚いたように瞬きをし、ゆっくり口を開いた。

 「このあたりだと北の沢沿いに自生していることが多いと聞きます。あ、でも今日はもう夕方です。森は暗くなると危ないですから、明日にしませんか?」


 窓の外に目をやれば日は沈みかけ、木々の影が長く伸びていた。

 「……そうだね。ありがとう。じゃあ今日は一度休んで、明日の朝また探しに行くよ」


 そう言って彼が立ち去ろうとしたとき、少女が慌てたように声をかける。

 「あの……良かったらうちに上がって、少しお話をしていきませんか?その、私、外の世界のことをあまり知らなくて」


 誘いの言葉に、彼は一瞬ためらったが、少女の目が期待に輝いているのを見て、苦笑いを浮かべた。

 「……わかった。それならお言葉に甘えてお邪魔してもいいかな?」


 玄関の扉をノックすると母親らしい女性が奥から現れ、目を丸くしつつも温かく迎えてくれた。

 病室代わりの静かな部屋に案内され、素朴な木の椅子に腰を下ろす。窓の外では夕陽が森を赤く染めていた。


 湯気の立つ茶を差し出され、彼は礼を言って口にする。

 お世辞にもおいしいとは言えず少し苦いが、不思議と落ち着く味だった。


 衣服がところどころ破け、ボロボロになった少年を見て、少女がそっと問いかける。

 「冒険者のお仕事って……いつもこんなに大変なんですか?」


 彼は肩をすくめ、冗談めかして答える。

 「うん。僕にとってはどんな仕事も大変さ。きっと他の冒険者なら簡単にこなしてしまうんだろうけどね」


 そこで言葉を切り、少し遠くを見るように続けた。

 「……信じて貰えないかもしれないけど、実は僕、この世界の生まれじゃないんだ。だから僕も、まだこの世界の事をよく知らない」


 少女は目を瞬かせ、彼の言葉を繰り返すように小さな声で問う。

 「この世界の生まれじゃない……!?」


 彼は少し照れくさそうに笑った。

 「僕がいた世界には魔法もないし、剣を振るったこともなかった。

 魔物はいないし、戦争もない、平和な毎日が当たり前に続く場所だったんだ」


 少女は息を呑み、目を輝かせて言った。

 「なんて素敵なところなんでしょう。そんな世界夢みたい」


 彼は苦笑しながらも、少し遠くを見る。

 「……でも、その時はそれが当たり前で退屈だった。今なら幸せで素敵なことなんだってわかるけど、その頃はわからなかった。

 こっちの世界に来たときは正直、新しい景色や刺激に胸が躍ったんだ。物語の主人公みたいに、この世界で勇者になるんだって息巻いてた」


 少女が目を丸くすると、彼は照れたように肩をすくめた。

 「でも、現実は厳しかったよ。大した魔法は使えないし、大きい魔物からは逃げるしかない。

 こうして依頼を受けて惰性で生きて……勇者なんて到底なれなくて、そんなの内心ではわかってる」


 その言葉の奥にある悲しみを感じ取って、少女はそっと尋ねた。

 「……よろしければ、もっと聞かせてもらえませんか? あなたの世界のことを。」


 ――彼は少し考え込んだあと、私に色々と話してくれた。

 

 "日本"という島国から来た事。

 四季があって、春には"桜"というキレイな花が咲くこと。

 街には高い建物が並んでいること。

 時には"ゲェム"や"ケータイ"など知らない単語が飛び出してくることもあったが、不思議とわくわくした。


 「知らないものがたくさん……とても素敵な場所なんですね」


 まるでおとぎ話のような話に、少女の瞳は輝きを帯びた。心が躍るのを自覚しながら、思わず声が漏れる。

 「いつか……私も行ってみたい」


 彼は目を細めて、その願いを聞いていたが、すぐに少しだけ寂しげに笑った。

 「あはは……連れていけたらいきたいのは山々なんだけどね。多分、僕はもう帰れないんだろうな」


 その笑みは、どこか痛々しかった。

 少女の胸がじんと熱くなる。

 彼もまた孤独なのだ。遠い世界から来て帰る場所を失った彼と、病で外に出られない自分を重ねる。


 「よろしければ……明日、お仕事が終わった後、またお話ししませんか?」


 故郷の話ができたことが嬉しかったのか、彼は「もちろん」と快諾した。

  

 ◇


 それから数日、彼は森で薬草を探しながら、少女の家を訪ねては話をした。

 日本の"らぁめん"と呼ばれる食べ物の話、歳の近い子供が集まる学び舎の事、伝統的なお祭りの事……。

 そうやって話す時間は、二人にとって何よりも楽しみになった。


 そしてある朝、目当ての薬草をついに見つけ、依頼は果たされた。

 旅立ちの朝、まだ朝霧が残る中、少年はあの窓辺に立っていた。


 「ありがとう。元気でね、私の勇者さん」


 少女の声は少し震えていた。彼は一瞬迷い、そして言った。


 「また戻ってくるよ。今度はこっちの世界の、もっと面白い話を持って。……君の病が治っていたのなら、一緒に森を歩こう」


 「……本当?」


 「本当だ」

 

 白いカーテンが揺れ、細い腕が小さく振られる。

 少年も手を振り返し、背を向けて歩き出した。

 その背は小さく、頼りないものだったが、少女には少しだけ大きく見えた。


 ――彼の名が辺境の小さな集落まで伝わってくることはなかった。


 世界を救う勇者にはなれなかったのかもしれない。


 けれど病に伏し、外の世界を知らぬ彼女にとって、彼は誰よりも勇敢で、誰よりも優しい勇者だった。


 そしてあの日の約束は、今も少女の胸の中で、小さな灯火のように温かく燃え続けている。

初めまして。


小説を書くのは初めてだったので大変でした。

Nolaという執筆ツールで書いたものをコピペしているので、不自然な字下げがあるかもしれません。


短編でもいいので、とりあえず一つ形にしてみようと思い、投稿してみました。

ありがちな話かもしれませんが、自分はこういう物語好きですね。

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