無職投資家、世界の支配通貨と出会う
「また暴落かよ。終わってんな、マジで」
パジャマ姿のまま、俺──久我ハヤト(25)は、スマホ画面に映る真っ赤なチャートを眺めながらうめいた。
部屋の中はカーテンも閉じ切られ、PCモニターの青白い光と、空になったカップ麺の山だけが、この生活の“痕跡”を物語っている。
暗号資産の世界に足を突っ込んで3年。
学生時代の貯金も、親からの相続金も、すべて突っ込んだ。
それでも稼げるはずだった。
そう“あの事件”までは
「○○取引所ハッキング事件」──あれで資産の8割が消し飛んだ。
もうやめて働くべきだと、周囲の人間は言った。
でも俺は、こう思う。
(通貨の価値って、誰が決めてんだ?)
現実の紙幣も、仮想のトークンも、突き詰めればただの「信じる気持ち」の塊に過ぎない。
だったら、俺が「価値そのもの」になればいい。
そう決めてから、俺は寝る間も惜しんであらゆる暗号資産の勉強を重ね、マーケットを追い続けた。
だが、それでも。
「はあ。なんで、俺だけ」
そのとき。
スマホが突如、真っ黒な画面に変わり、赤い文字が浮かび上がった。
⸻
【新規トークンを検出:“BIT★OVER”】
【あなたにのみ、限定発行されました。】
【保有数:1.00BO】
【価値:∞】
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「なんだ、これ?」
初めて見る名前のトークン。
何より、“価値:無限”って何だよ。ふざけてんのか。
だが次の瞬間。
部屋の時計が止まった。
いや、正確に言えば──「時間そのものが凍った」ようだった。
湯気を立てていたカップ麺はピタリと静止し、PCのファンの音も、風の音も消え去っている。
「おい、これ、マジで何なんだよ」
恐る恐るスマホを操作すると、画面の表示が変わる。
⸻
【チュートリアル開始】
《BIT★OVER》とは、現実・仮想を問わず、あらゆる価値を「買収」できる究極の資産である。
所持者には以下の能力が付与されます:
●現実買収:現実世界の物理法則、存在、記憶を資産として購入・操作可能
●他者価値破壊:他者の持つ能力・通貨・ステータスを「0」に書き換え可能
●スマート契約魔法:任意の契約を現実改変として発動可能
さあ、世界をお買い上げください。
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「え?」
俺の体が勝手に動く。
右手が、天井に向けてゆっくりと上がる。
次の瞬間。目の前の空間に、デジタルなウォレット空間が現れた。
そこには、暗号資産の残高、リアル資産、そして世界の物価一覧が表示されている。
◆久我ハヤトのウォレット◆
保有資産:BIT★OVER 1.00BO(=無限価値)
操作可能リソース:時間、空間、因果、記憶、存在。すべて
「は?」
理解が追いつかない。
いや、追いついてしまったがゆえに震えた。
これ、やばい。マジでやばいやつだ。
「だったら、やるしかねえだろ。世界ごと買い取ってやるよ」
俺の投資生活は終わった。
今から始まるのは──神としての買収生活だ。