表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第1章  異世界の甲虫魔王
6/23

第5話  傲慢な頭目


 ティリアたちと別れたゼブルはアドバース砦の奥に向かって移動している。

 目的は戦況を確認しながら盗賊の頭目を見つけることだ。盗賊たちを束ねる存在となればアドバース砦で最も守りが固い場所にいるとゼブルは予想し、砦の奥にある主塔を目指した。

 周囲からは相変わらず盗賊たちの叫び声が聞こえ、中庭の至る所には盗賊の死体が転がっている。

 生き残っている盗賊の中には必死になって暴食蟻と戦う者もいるが抵抗も虚しく殺されてしまう。

 暴食蟻たちも盗賊たちを容赦なく手にかけていく。しかしゼブルからの戦意の無い者は殺すなという命令には従っており、大人しくしている盗賊は殺さなかった。


「この調子なら三十分も経たずに制圧できるだろう。その前に盗賊のリーダーを見つけ出さねぇとな」


 ゼブルは遠くに見える主塔の方へ歩いていく。

 主塔がある方角にはまだ盗賊の死体は一つもなく、暴食蟻の姿も無い。つまり暴食蟻たちは主塔がある方にはまだ進攻していないといことなので、主塔かその近くに盗賊の頭目がいる可能性が更に高まった。

 ゼブルは主塔を見つめながら頭目がいることを祈り、もしいたらさっさと片づけて生き残っている盗賊たちを大人しくさせようと思っている。

 中庭で盗賊たちを襲っていた暴食蟻たちは周囲に盗賊がいないことを確認すると、まだ近づいていない主塔の方へ移動を開始する。

 暴食蟻たちによって中庭は盗賊たちの血で真っ赤に染まっており、襲われた盗賊は殆どが死んだか瀕死の状態だった。


「これが主塔か……近くで見ると結構とデカいな」


 主塔に近くまでやって来たゼブルはその高さに意外そうな声を出す。

 遠くからではよく分からなかったが、近くで見ると正門や騎士たちが捕らえられていた建物とは比べ物にならないくらい高いことが理解できる。流石はアドバース砦の中心だとゼブルは思った。

 主塔を見上げながら歩いていると数体の暴食蟻がゼブルの近くに集まってくる。

 暴食蟻たちを見たゼブルは自分と同じように主塔を目指しているのだと知り、主塔やその周りに盗賊が隠れていたらその対処を任せようと考えた。

 ゼブルは盗賊たちを暴食蟻たちに任せ、自分は頭目を探すことに集中しようと考える。

 そんな時、前方から無数の矢が飛んできてゼブルの近くを通過し、暴食蟻たちの周りの地面に刺さった。


「……主塔の方から矢が飛んできたってことは盗賊たちがいるってことになるな。しかも飛んできた矢は一本や二本じゃねぇから、かなりの数の盗賊がいるってことになる」


 目的地に盗賊たちが集まっていることを知ったゼブルは主塔を目指していたことに間違いは無かったと考えた。

 暴食蟻たちも盗賊たちが矢を放ってきたことから戦意を失っていないと判断し、一斉に移動速度を上げて主塔へ向かう。


「それにしても、かなりの数の盗賊が死んだのにまだ抵抗を続けるとはな……」


 ゼブルは仲間が殺されても抵抗を続ける盗賊たちの行動を内心愚かに思う。

 盗賊たちが仲間の仇を討ちたいという意思や盗賊としてのプライドから抵抗しているのか、投降すれば助かることを知らずに戦っているのかは分からない。

 だが大人しくする気が無いのなら叩きのめしてしまおうとゼブルは思っていた。


――――――


 主塔の前では剣や弓矢を持った数人の盗賊たちが遠くから近づいてくる暴食蟻たちを見て緊迫した表情を浮かべている。

 盗賊たちの中には頭目であるガバルドの姿もあり、腰に剣を吊るしながら不満そうな顔で盗賊たちと同じ方角を見ていた。

 暴食蟻の襲撃によって盗賊の大半が殺され、危機的状況に立たされていることを知った盗賊たちはアドバース砦の奥にあり、一番守りが固い場所に堅いとされる主塔に集まったのだ。

 現状から暴食蟻たちが自分たちがいる所まで攻め込んでくる可能性は高いと考えた盗賊たちは襲撃に備えて主塔の入口前に篝火を立て、木箱や柵などで半円状で大きめのバリケードを作った。

 万が一バリケードが突破された際には後ろにある主塔に逃げ込み、籠城しながら暴食蟻と戦うつもりでいる。

 盗賊たちはバリケードの陰に隠れながら暴食蟻たちの様子を窺い、弓矢を持つ盗賊は矢を放って応戦する。

 しかし狙いが甘いのか、放たれた矢は一本も暴食蟻に当たらない。


「クソォ、ふざけたことしやがって!」


 ガバルドは自分の隠れ家で仲間が大勢殺され、自分が追い詰められそうになっている現状が気に入らず、八つ当たりするかのように近くにある木箱を強く蹴った。

 近くにいる盗賊たちはすぐそこまで暴食蟻たちが迫ってきているのに何の指示も出さないガバルドを見て生き残れるのか不安を感じていた。


「か、頭、蟻どもはもうすぐ此処にやって来ます。どうしましょうか?」

「決まってるだろう、攻め込んできた蟻どもを皆殺しにすんだよ!」

「で、ですが、既に大勢の仲間が奴らに食い殺されています。このまま戦ったら俺らも……」

「馬鹿言ってんじゃねぇ!」


 暴食蟻の餌食になるかもしれないと考える盗賊にガバルドは怒鳴りつける。

 下級の昆虫族モンスターに隠れ家を襲撃されているだけでも許せないのに、そんな状況で部下が弱音を口にしたためガバルドはますます機嫌を悪くした。

 ガバルドは否定しているが仲間たちが殺されているため、盗賊たちは不安しか感じられなかった。


「人間の俺らが虫けら如きに負けるわけがねぇ。死んだ奴らはどうせ隙を突かれたか油断してたかで殺されたに決まってる」


 仲間たちは自分の失敗が原因で殺された、そう決めつけるガバルドに周りの盗賊たちは「そんなことはない」と否定したいと思っていた。

 だが今のガバルドには何を言っても無駄で下手に何かを言えば更に機嫌を悪くすると予想した盗賊たちは何も言わなかった。


「頭ぁ! 奴らが来ましたぁ!」


 バリケードの前で暴食蟻を見張っていた盗賊の一人がガバルドに声をかける。

 知らせを聞いたガバルドや近くにいた盗賊たちが暴食蟻がいる方角を向くと、大量の暴食蟻が自分たちの方へ走ってくるのが見えた。

 素早く移動する暴食蟻たちはあっという間にバリケードの数m前まで近づき、バリケードの後ろに隠れている盗賊たちは大きな目で見つめた。

 盗賊たちは仲間の血で顔を真っ赤にする暴食蟻と目が合うと恐怖で悪寒を走らせ、迎撃しようともせずに情けない声で叫びながら後退を始める。


「おい、テメェら! 逃げんじゃねぇ!」


 敵を前に逃げ出す仲間を睨みながらガバルドは戦わせようとする。

 盗賊たちはガバルドと違って暴食蟻の恐ろしさを知っている。そのため、戦うことを恐れて誰一人命令には従わなかった。

 役に立たない盗賊たちに腹を立てるガバルドは腰の剣を抜いて近づいてくる暴食蟻たちを睨む。

 腰抜けの仲間にはもう頼らず、自分の力だけで暴食蟻を倒すつもりらしい。

 暴食蟻の強さを知らないガバルドは自分なら暴食蟻に勝てると思っているようだが、それは仲間が暴食蟻に殺される光景を見ていた盗賊たちにとっては愚行でしかなかった。

 バリケードを乗り越えた暴食蟻たちは内側にいるガバルドや盗賊たちを威嚇する。

 ガバルドは血だらけの暴食蟻たちに一瞬驚くがすぐに敵意の籠った目で暴食蟻たちを睨んだ。

 その後ろでは盗賊たちが恐怖で表情を歪ませており、いつでも主塔の中に逃げ込めるようにしていた。


「待て、お前たち」


 突然の声に反応した暴食蟻たちはゆっくり後ろに下がってガバルドや盗賊たちから距離を取る。先程の声が自分たちに対する命令だと暴食蟻たちはすぐに理解したのだ。

 距離を取る暴食蟻たちにガバルドは目を細くしながら不思議に思う。だがすぐに笑みを浮かべて剣を大きく振る。


「何だ、虫けらども。俺に勝てないと知って距離を取ったかぁ?」

「んなわけねぇだろう」


 再び聞こえてくる声にガバルドは目を鋭くし、声が聞こえた方を向く。その直後、バリケードの一部が大きな音を立てながら破壊され、ガバルドは剣を構えて警戒する。

 ガバルドや盗賊たちがバリケードの壊れた箇所に注目していると、頭から前に向かって伸びる反りの入った角が二本、鼻の部分から一本の角が伸びる人型の昆虫のような生物がバリケードの内側に入ってきた。

 暴食蟻とは明らかに雰囲気の違うその生物に盗賊たちは驚きの表情を浮かべる。

 一方でガバルドは突然現れた生物を警戒する様子も見せず、剣を構えたまま睨みつけていた。

 ガバルドたちが注目する中、昆虫のような生物はゆっくりと立ち止まって正面にいるガバルドを見つめる。


「一応挨拶はしておくぜ。……俺はゼブル、よろしくな」


 突然現れたかと思ったら冷静に自己紹介をするゼブルという存在をガバルドは睨み続けた。


「テメェ、いったい何モンだ?」

「さっき名乗っただろう? 俺はゼブル、お前たちを潰すために来た」


 普通ならいきなり潰すなどと言われても理解し難いだろう。だが暴食蟻が襲ってきた現状から考えるとガバルドはゼブルの言葉の意味が理解できた。


「……つまり暴食蟻を差し向けて俺らを襲わせたのはテメェってことか」

「ほぉ、暴食蟻のことを知ってるのか」


 異世界の住人が暴食蟻のことを知っていることにゼブルは意外そうな声を出した。

 暴食蟻はゴブリンやスライム、スケルトンのようなファンタジー世界の代表とも言えるモンスターと違ってEKTの世界にしか存在しないモンスター。そのため、転移した世界には暴食蟻は存在しないだろうとゼブルは思っていた。

 ところが現地人である盗賊は暴食蟻のことを知っていたため、ゼブルは異世界にも暴食蟻は存在していと知り、同時に今いる世界はEKTと繋がりのある世界なのではと推測する。

 しかし、よくよく考えればこの世界に来てから使用した魔法や技術スキルは効力や使い方もEKTと同じだったため、EKTにしか存在しないモンスターがいても不思議ではない。

 新たに異世界の情報を得ることできたゼブルは表情こそ変わらないが気分が良くなって小さく笑った。


「テメェ、なぜ俺らを襲いやがった。何が目的だ?」


 ガバルドはゼブルを険しい顔で睨みながら声をかける。

 ゼブルが暴食蟻の仲間だということが分かり、初対面の自分たちをなぜ襲撃したのから理由が気になっていた。


「……ん? 何か言ったか?」


 異世界のことを考えて話を聞いていなかったゼブルは頭目の方を向いて聞き返す。

 質問に質問で返してくるゼブルを見てガバルドは馬鹿にされていると感じて奥歯を噛み締めた。


「ふざけやがってぇ……なぜ俺らを襲ったのかって聞いてんだよっ!」

「襲った理由? ああぁ、そう言えば話してなかったな。……まぁ、訳も分からずに襲われるって言うのは納得できないよな」


 自分も襲撃した者として理由を話す義務があると感じたゼブルはとりあえず簡単に説明することにした。


「俺は此処に捕らえられている騎士たちを助けるために来た。助ける際に盗賊どもが障害になると判断して始末したんだ」

「何だと……なぜ騎士でもねぇ、ましてや人間じゃねぇテメェが騎士どもを助ける!」

「そこまで話すつもりはねぇな」

「チッ、ふざけた化け物め……」


 襲撃して来ただけでなく、自分の質問に答えないゼブルに更に腹を立てるガバルドは剣を強く握る。


「さて、お喋りはこれぐらいにして話を戻そう。お前ら、大人しく投降しろ」


 いきなり投降を要求してくるゼブルにガバルドや盗賊たちは耳を疑う。

 既に多くの仲間を殺しておいて今更投降しろなどと言ってくるゼブルの考えが理解できなかった。


「テメェ、蟻どもに俺の仲間を殺させておいて投降しろとはどういう了見だ?」

「俺も最初はお前らを皆殺しにつもりだったんだが、知り合いから可能ならお前らを生け捕りにしてほしいと頼まれてな。投降するなら助けてやることにしたんだ」


 容赦なく殺しておきながら途中で考えを変えたゼブルにガバルドは自分たちの命が軽く見られていると感じ、手を震わせながらゼブルを睨みつける。

 既にガバルドの怒りは限界近くまできており、いつ爆発してもおかしくない状態だ。


「もし投降するなら命は保証する。だが拒否するならこちらも容赦しない。拒否した者、戦意を失っていない者を全て始末する」


 拒めば死が待っていることをゼブルは無慈悲に伝える。もともと盗賊たちを全滅させるつもりだったので、万が一盗賊たちが拒んだとしても全滅させることに何の抵抗もなかった。

 投降を要求してくるゼブルを見たガバルドはここでゼブルの言うとおりにすればプライドがズタズタにされると感じ、絶対に要求を呑んではならないと強く決意する。


「ふざけんじゃねぇぞ! さっきから聞いてりゃあ好き勝手なこと言いやがって。俺たちを皆殺しにするだと? 寝言は寝てる時に言え、化け物が!」

「俺はふざけてるつもりはない。俺がその気になればお前らなんぞ数十秒で皆殺しにできる」

「はっ、まだ寝言を言うのか。お前、自分が化け物だから人間の俺らを簡単に殺せると思ってんのか? 残念だがその考えは大間違いだ」


 ガバルドは右手で剣を握ったまま両腕を大きく広げる。それはまるで自分の強さや凄さを周囲に見せつけるかのようだった。


「このガバルド様は王国の騎士だって叩きのめせる大盗賊だ。本気を出せばモンスターだって簡単に殺せる。勿論テメェや暴食蟻もな!」


 まるで英雄の武勇伝を語るかのようにガバルドは自分がどれだけ優秀なのかを語る。

 実際にアドバース砦を襲撃した騎士たちを捕らえ、多くの盗賊を従わせているため、ガバルドは自分が誰よりも強いと思っていた。

 ゼブルは自信に満ちたガバルドを見てどれほどの強さなのか興味が湧き、能力看破ステータス・アサルテインを発動させた。

 目を青く光らせ、ガバルドを視界に入れるとステータスが映し出される。その情報を見たゼブルは自身の目を疑った。


(……レベル11? 暴食蟻とほぼ同じレベルじゃねぇか。しかもHPもMPもそれほど高くない。これでよくあんなデカい態度が取れるな)


 自分がどれほどの強さなのか気付いていない様子のガバルドにゼブルは憐れみを感じる。

 ガバルドはゼブルが岩山で戦ったゴブリンよりもレベルは高いが確認できるステータスに大きな差は無い。そのためガバルドはゴブリンとほぼ同じ強さ言えるだろう。


「誰もこの俺を倒すことはできねぇ。俺は最強なんだよぉ!」

「……フッ」


 笑いながら大きな声を出すガバルドがあまりにも滑稽に見えたゼブルは軽く鼻で笑う。

 ガバルドはゼブルが自分を馬鹿にしているとすぐに気づき、笑みを消すと鋭い目で睨みつけた。


「何笑ってやがるんだ」

「いや、どうしてそこまでおめでたい考え方ができるのかと思ってな」

「おめでたいだぁ? テメェは俺が弱いって思ってんのか?」

「思ってるんじゃなくて、確信してる。お前は俺よりも遥かに弱い。そして周りにいる暴食蟻にも勝てるかどうか分からない実力だ」


 簡単に倒せると思っている暴食蟻に苦戦すると言われたことでガバルドは奥歯を強く噛み締め、ゼブルへに対する苛立ちを大きくした。

 正体も分からない化け物に投降を要求されただけでも腹が立つのにその上、自分が弱いと確信しているとまで言われたことでガバルドのプライドは傷つけられていた。


「……どうやらテメェは直接俺の力を目にしねぇと理解できねぇようだな。どうしようもない身の程知らずだぜ」

「身の程知らずはお前だろう。自分を強いと思い込んで傲慢な態度を取るなんて、お前みたいなのを可哀そうな奴って言うんだよ」


 どこまでも自分を馬鹿にするゼブルにガバルドの怒りは遂に限界に達した。

 もう目の前の化け物には言葉は必要ない。力で叩きのめして愚かな発言をしたことを後悔させてやるとガバルドは思っている。


「なら、その体で味わいな。最強の盗賊の俺の力をなぁ!」


 ガバルドは剣を両手で握りながらゼブルに向かって走り出す。

 頭に血が昇っていたガバルドはゼブルがどんな戦い方をするのか警戒しようせず、今すぐに切り殺してやりたいと考えだけで動いていた。

 感情に流されて真正面から突っ込んでくるガバルドを見てゼブルは愚かに思う。

 投降を拒否し、後先考えずに突撃してくる男などさっさと始末するべきだろう。だがゼブルは思い上がっているガバルドに自身の弱さを思い知らせるため、すぐには殺さず少し遊んでやることにした。

 ついでに異世界の戦士がどんな戦い方をするのかも直接見て確かめることにした。

 ゼブルの目の前まで来たガバルドは剣を右から斜めに勢いよく振ってゼブルの体に命中させる。

 だが剣はゼブルに触れた瞬間に勢いよく弾き返されてしまい、ガバルドは予想外の出来事に思わず目を見開く。


「な、何だ今のは……」


 まるで鉄棒で大きな岩を叩いた時のような感覚にガバルドは戸惑いを見せる。

 いくらモンスターでも剣をその身に受けて無傷でいるなんてあり得ない、そう考えているガバルドは目の前の出来事が信じられなかった。


「どうした、もうお終いか?」


 驚いていたガバルドは声をかけられて我に返り、目の前で余裕を見せるゼブルを睨みながら素早く後ろに一歩下がった。

 下がった直後、ガバルドは再び剣を振る。今度は左から横に振って攻撃するが先程と同じように剣はゼブルの腕に当たると弾き返されてしまう。

 だがガバルドは攻撃の手を緩めず、真上からの振り下ろし、右からの横切りと連続でゼブルを攻撃するが結果は変わらなかった。

 全力で何度も剣を振るガバルドは疲れが出てきたのか、呼吸を乱しながら攻撃を中断する。

 ガバルドの表情にはゼブルに対する敵意が見られるが、同時に攻撃が通用しないことへの焦りも感じられた。


「て、テメェ、何をしやがった。何で俺の攻撃が通じねぇんだ!?」

「敵に手の内を教えるほど俺は馬鹿じゃない。知りたければ自分の解き明かしな」

「こ、この野郎ぉ!」


 ゼブルが調子に乗っていると感じたガバルドは構え直し、剣を一瞬だけ薄っすらと赤く光らせた。

 光った剣を見たゼブルは小さく反応した。先程のガバルドの攻撃とは明らかに様子が違い、強力な一撃を打ち込んでくるのではと予想する。

 ただ、この時のゼブルは光った剣に見覚えがあるような気がしていた。


重斬撃ヘビースラッシュ!」


 剣を光らせた直後、ガバルドは前に踏むこみながら剣を勢いよく振り下ろす。その一撃には今までの攻撃とは違って重さのようなものが感じられる。


重斬撃ヘビースラッシュ? ありゃあEKTの攻撃技術アタックスキルじゃねぇか。何で異世界の人間がEKTの技術スキルを使えるんだよ)


 現地人が暴食蟻のことを知っているだけでなく、自分が知っている技術スキルを使っていることにゼブルは驚く。

 ガバルドの一撃はゼブルに直撃し、剣が当たったことで周囲に軽い衝撃が広がる。

 今回は今までの攻撃とは違うため、今度こそゼブルに傷を負わせられたとガバルドは確信していた。

 ところがゼブルは先程と同じように普通に立っており、剣が当たった箇所も無傷だった。

 とっておきの攻撃までもが通用しないことにガバルドは流石に驚きを隠せず、驚愕しながら後ずさりする。

 周りでずっと戦いを見ていた盗賊たちもガバルドが手も足も出せない状況に言葉を失っていた。


(……どういうことだ。何でアイツが重斬撃ヘビースラッシュを使えるんだ?)


 ガバルドたちが驚く中、ゼブルだけはたった今目にした技術スキルについて考えていた。

 重斬撃ヘビースラッシュはEKTでは戦士職が序盤で修得する攻撃技術アタックスキルの一つで剣を装備している時に使用できる。

 通常攻撃よりも敵に与えるダメージは大きいが、攻撃直後の隙が大きく、使うタイミングを誤ると敵の反撃を受けてしまう。

 ゼブルもEKTを始めたばかりの時は重斬撃ヘビースラッシュをよく使っていたが、レベルが上がるとより強力な攻撃技術アタックスキルを修得するため、レベル30になった頃からは使わなくなった。

 EKTで使ったことがあるのだから、剣が光った時に見覚えがあるような感じがしたのも当然だとゼブルは納得する。

 異世界でEKTの世界にしか存在しないモンスターが知られており、EKTの技術スキルまで存在していることを知ったゼブルはますます今いる世界がEKTの世界と繋がりがあるのではと思うようになった。


「お、お前、本当に何者だ。最強の俺の重斬撃ヘビースラッシュを受けても傷一つ付かねぇなんて……」

「……まだそんなこと言ってんのかよ」


 未だに自分を強者だと思い込むガバルドにゼブルは呆れ果てる。

 普通なら自分の攻撃が全く通じないのを見れば自分が未熟だと悟るのだが、ガバルドはまったく認めようとしなかった。自分は誰よりも優れていると思い込み、力が無いことを認識しない。あまりにも幼稚な思考だった。

 ゼブルは一歩前に踏み出してガバルドに近づき、鋭い目で顔色を悪くしているガバルドを見つめた。


「これで分かっただろう。お前は弱い。俺を倒すことは愚か傷をつけることすらできないほどな」

「ち、違う! 俺は最強の盗賊だ。攻撃が通用しないのもお前が何か卑怯な手を使ってるからに決まってるんだ!」

「最強なら相手が卑怯な手を使っても勝てるはずだろう。だけどお前は俺には勝てない、その時点でお前には最強を語る資格も無いってことだ」


 何も言い返せないガバルドはゼブルを見つめながら表情を歪める。

 どうして最強のはずの自分が勝てず、追い込まれているのか分からない。ガバルドはただ心の中で今起きていることの全てが間違いだと思っていた。


「さてと、思い込みの激しい盗賊の相手もいい加減飽きてきたし、そろそろ終わらせるか」


 ゼブルはアイテムボックスを開き、右手を魔法陣に入れると一本の短剣を取り出す。その短剣は装飾などは無く、形や長さも平凡な物だった。

 何も無いところ突然短剣を出したゼブルにガバルドは目を見開く。

 この時、ガバルドはようやく目の前にいるのがただの化け物ではないと理解した。


「自称最強の盗賊さんよ。お前のおかげで面白い情報を手に入れることができた。その礼としていいものを見せてやるよ」


 取り出した短剣を振り上げるゼブルは短剣の刀身を一瞬だけ赤く光らせる。

 光る短剣を見たガバルドは先程自分が技術スキルを使った時と同じことが起きていると気付く。そして、これから何が起きるのかにも気付いて強い危機感を感じ取った。


重斬撃ヘビースラッシュ


 ゼブルが同じ技術スキルを使った瞬間、ガバルドはその場から急いで逃げ出そうとする。しかし逃げようとした時には既に手遅れだった。

 ガバルドは動くよりも速くゼブルは短剣を振り下ろす。小さな刀身はガバルドの体を装備しているクロースアーマーごと切り裂き、切られた瞬間に周囲に衝撃が広がって血が飛び散った。

 ゼブルの重斬撃ヘビースラッシュは明らかにガバルドのが使った重斬撃ヘビースラッシュとは威力も速さも違っていた。

 斬られたガバルドは恐怖の表情を浮かべており、目からは光が消えている。しばらくするとガバルドはその場で崩れるように倒れた。

 戦いを見守っていた盗賊たちはガバルドが死んだのを見て一斉に青ざめる。

 自分たちよりも強い存在が簡単に殺される光景を見て盗賊たちは自分たちには勝ち目は無いと悟るのだった。

 ゼブルはガバルドの死体を見下ろしながら持っている短剣をアイテムボックスに仕舞い、主塔の入口前に集まっている盗賊たちに視線を向けた。


「お前らのリーダーは死んだ。これでお前たちを統率し、指揮を執る奴はいない。それでもまだ戦うか?」


 遠回しにもう勝てないから投降しろと伝えるゼブルを見て、盗賊たちはゆっくりと持っている武器を捨てる。流石にこの状況で投降を拒否したり、戦い続けようと思う者はいなかった。

 ゼブルは盗賊たちが武装解除するのを見ると近くで待機していた暴食蟻たちの方を向いた。


「お前ら、念のために盗賊たちが逃げ出さないよう見張っておけ。もし逃げ出そうとしたら始末しろ」


 命令された暴食蟻たちは盗賊たちの方へ移動し、全員で盗賊たちを取り囲んだ。

 盗賊の中には投降したのに約束を反故にされて食い殺されるのではと不安に思っている者もおり、そのような者たちは怯えた目で取り囲む暴食蟻たちを見ていた。


「ゼブル様ぁ!」


 後方から声が聞こえ、ゼブルはゆっくりと振り返る。

 数十m先には別行動を取っていたティリアと仲間の騎士たちが走ってくる姿があり、全員が奪われた武器や防具を取り戻して装備を整えていた。

 先頭を走るティリアはゼブルの前にやってくると立ち止まり、後をついて来ていた騎士たちも一斉に止まった。


「お前たち、隊長は見つかったのか?」

「いえ、私たちが調べた所にはいませんでした」


 残念そうな顔をしながらティリアは顔を小さく横に振った。

 ティリアの話によるとゼブルと離れた後、彼女たちは盗賊たちに見つからないように砦の中を移動し、武器と防具が保管されている倉庫を見つけたそうだ。

 装備品を取り返すと隊長を探すために倉庫の近くの小屋などを調べたのだが、何処には隊長はいなかった。

 何処を探せばいいか分からずにティリアたちは途方に暮れる。そんな時、騎士の一人が隊長は盗賊の頭目に連れていかれたから頭目の部屋にいるかもしれないと語った。

 話を聞いたティリアたちは隊長がいることを祈りながら頭目の所へ向かうことを決める。すると別の騎士が頭目の部屋は主塔にあると話した。

 ティリアたちは主塔を目指すために来た道を戻り、主塔の近くまで来た時にゼブルを見つけて合流したのだ。


「ゼブル様は主塔に前で何をされてたのですか?」

「さっきまで盗賊のリーダーと戦っていた。投降を拒否したんで殺したがな」


 ゼブルはチラッと近くに倒れているガバルドの死体に目をやる。

 ティリアは盗賊の頭目をいとも簡単に倒したことを知ると改めてゼブルは強大な力を持っているのだと理解した。


「あの、盗賊のリーダーは隊長のことについて何は話してましたか?」

「いいや。何も言ってなかったし、俺も聞かなかった」

「そう、ですか……」


 頭目が死んでいることを聞かされたティリアは残念そうな顔をする。

 隊長は頭目に連れていかれたため、頭目なら隊長の居場所を知っているはずだとティリアは考え、頭目を見つけたら居場所を聞き出そうと思っていたのだ。

 だが隊長の居場所を聞き出す前にゼブルが頭目を倒してしまったため、聞き出すことはできなくなってしまった。

 頭目と戦うのならせめて生かしておいてほしかったとティリアは思っていたが、自分たちが頭目から隊長の居場所を聞き出そうとしていたことをゼブルは知らなかったため、不満を口にすることはできない。

 そもそも魔王であるゼブルに不満を言う勇気などティリアには無かった。


「そんな顔をするなよ。リーダーは死んだがまだ生き残ってる盗賊どもがいる。ソイツらから隊長の居場所を聞き出せばいい」

「あ、ハイ。そうですね」


 隊長の居場所を知っているのは頭目だけとは限らないため、ティリアは盗賊から話を聞いてみることにした。

 幸い頭目の部屋がある主塔も目の前なので、盗賊が素直に話さなかった場合は直接主塔を調べようと思っている。

 その後、ティリアたちは生き残っている盗賊を捕らえる者たち、隊長の捜索をする者たちに分かれて行動を開始する。

 盗賊を捕らえる騎士たちは暴食蟻と共に砦内に隠れたり、戦意を失っている者たちを探して捕らえていく。その間、騎士たちは暴食蟻に襲われるのではと警戒しながら動いていた。

 一方で隊長の捜索をするティリアたちはゼブルが捕らえた盗賊たちから話を聞き、隊長が頭目の部屋にいることを聞かされて主塔に突入する。

 そして、最上階にある頭目の部屋で椅子に縛られている隊長を見つけ、無事に助け出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ