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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第3章  救済の魔蟲
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第58話  弱者に迫る悪魔の群れ


 砦の西側に配置されていた公国兵たちは息を切らせながら走り続ける。

 背後から昆虫族モンスターたちに襲われる仲間の断末魔が聞こえるが、もう振り向く余裕も意思も無い。全ての公国兵が自身の身を守るために目の前にある砦に逃げ込むことだけを考えていた。


「おい、開けろぉ! 開けてくれぇ!」


 死に物狂いで走り、砦の城壁まで辿り着いた公国兵の一人が恐怖で顔を歪めながら出入口である大きな二枚扉を叩く。

 周りにいる他の公国兵たちも必死に扉を叩いている。だが、どんなに必死に扉を叩いても扉が開かれることは無かった。当然だ、砦の外に王国軍と昆虫族モンスターの群れがいるのに扉を開けたりするはずがない。

 扉が開かれない状況に外にいる公国兵たちは砦の中にいる者たちが自分たちを見捨てようとしていると察し、城壁を見上げて近くにある監視塔の方を向く。

 監視塔には見張りの公国兵たちがおり、外にいる者と目が合うと驚いて目を見開いた。


「おいっ! 早く開けろよ! すぐそこまで化け物が来てるんだぞ!」

「ば、馬鹿を言うな! 開けられるわけねぇだろうが!」


 扉の前にいる者たちに聞こえるよう、監視塔にいる公国兵の一人が大きな声で開門を拒否する。

 監視塔にいる公国兵も昆虫族モンスターたちが一万以上の仲間を惨殺する光景を見ているため、昆虫族モンスターたちがどれほど恐ろしい存在なのか理解している。

 昆虫族モンスターたちに対する恐怖心から監視塔の公国兵たちは絶対に扉を開けてはならないと考えていた。


「そんな所にいたら化け物たちが集まってくるだろう! さっさと扉の前から移動しろ。それができないなら最後まで戦えぇ!」

「ふざけるなぁ! こんな状況で戦えるかぁ!」


 勝手なことを言う監視塔の仲間を睨みながら公国兵は声を上げる。周りにいる公国兵たちも自分たちを助けようとしない仲間に怒りを露わにしていた。

 戦闘中、しかも敵が近くにいるにもかかわらず仲間割れをする公国壁たちの姿はまさに滑稽と言えるだろう。

 公国兵たちが扉の前で騒いでいると昆虫族モンスターたちがすぐ後ろまでやって来る。

 背後からの気配に気づいた公国兵たちは恐怖の表情を浮かべながら後ろを向く。腕や足に仲間の血を付着させながら自分たちを見下ろす昆虫族モンスターたちを見て、公国兵たちは一斉に青ざめる。


「……は、早く開けてくれ……早く、助け……」


 先程とは一変し、震えた声を出しながら公国兵は砦内の仲間たちに助けを求める。だが、やはり扉は開かず、公国兵たちは昆虫族モンスターたちを見つめながら震えた。

 戦っても勝てず、砦に逃げ込むこともできない現状に外にいる公国兵たちは自分たちはこれから死ぬのだと知って絶望する。

 公国兵たちが死を悟った直後、公国兵たちを囲む昆虫族モンスターたちは一斉に太い腕を振って公国兵たちを叩き潰した。


「う、嘘だろう……一万以上の部隊が……」


 監視塔の公国兵は圧倒的に数で勝っていた仲間たちが短時間で全滅したことに驚愕し、扉の前に集まっている昆虫族モンスターたちを見ながら愕然とする。

 なぜ一万もの兵士を倒せるほどのモンスターが王国軍にいるのか、どうして王国の連中はそれだけ強力なモンスターを操ることができるのか、公国兵は様々な疑問を抱きながら昆虫族モンスターたちを見つめた。


「お、おい! 何ボーっとしてるんだ。早くこのことを他の奴らに知らせに行くぞ!」

「あ、ああぁ……」


 隣の仲間に声を掛けられた公国兵は我に返ると急いで梯子を下り、何も知らない仲間たちに外にいた部隊が壊滅したことを知らせに向かう。

 一緒にいた仲間も監視塔にいると昆虫族モンスターに狙われるかもと感じたのか、知らせに向かった仲間の後をついて行く。

 監視塔の公国兵たちが砦の奥へ移動すると、扉の前に集まっていたタンクビートルたちは後退し、砦の前で横に並びながら周囲に生き残っている公国兵がいないか確認する。

 タンクビートルたちの周りや通って来た場所は大勢の公国兵の死体で埋め尽くされており、緑色の平原はあちこち血で赤く染まっていた。それはまさに地獄のような光景だ。


「どうやら片付いたようだな」


 待機しているタンクビートルたちの後ろから、ゼブルが周囲を見回しながら歩いてくる。

 ティリアや魔将軍たちも近くにおり、同じように周りを見ながらタンクビートルたちの活躍に感心していた。

 一方でアルシェスたち王国の人間たちは大量の死体を前に驚きの表情を浮かべながらゼブルたちの後をついて来ている。

 リントスジンで公国軍と戦った際も多くの公国兵が殺される光景や死体の山を目の当たりにしたが、今回はその時以上に残酷と言える光景だったため、アルシェスたちは歩きながら小さく震えていた。その中には目の前の光景と強烈な臭いに吐き気を感じ、俯きながら口を押される者もいる。

 ゼブルたちは並んでいるタンクビートルたちの間を通って前に出ると木製の城壁と扉を見つめる。扉の近くや監視塔には見張りの公国兵がいないため、前に出ても攻撃されることは無かった。


「これで残るは砦の中にいる連中だけだ。さっさと片づけて砦を取り戻すぞ」

「ハイ。……それにしても、どうして見張りの公国兵がいないのでしょうか? 敵である私たちが砦の近くまで来てるんですから、情報を得るために何人か監視塔や砦の近くに残しておくべきだと思うんですけど……」


 少しでも敵の情報が必要なはずなのに、情報を得る者が一人もいないことを不思議に思うティリアは視界に入る監視塔を見ながら小首を傾げた。


「大方、タンクビートルたちが公国兵を蹴散らす姿に恐怖し、砦の奥へ逃げ込んだんだろう。公国兵の大半は戦いや人の死に慣れていない平民だからな」

「成る程……」


 ゼブルの推測を聞いたティリアは納得する。

 後ろでゼブルとティリアの会話を聞いていたアルシェスは僅かに表情を歪め、例え正規の兵士たちでも大勢の仲間が殺される光景を見れば恐怖して逃げ出すのでは、と考えながら二人を見ていた。

 ゼブルはもう一度城壁やその周りを確認すると近くで待機している魔将軍たちの方を向く。


「俺たちは続けて砦の中にいる公国軍に攻撃を仕掛ける。シムス、中の連中が逃げ出さないよう、タンクビートルたちに砦を囲ませて逃げられないようにしろ」

「了解だ」


 返事をしたシムスは近くにいるタンクビートルたちに近づき、砦を包囲するよう指示を出す。

 命令されたタンクビートルたちは鳴き声を上げたりせず、砦を取り囲むために静かに移動を開始する。

 タンクビートルが動くのを見たゼブルは後方で隊列を組んだまま待機している砂色のフード付きローブを着た昆虫族モンスター、蜂導師たちの前まで移動した。


「ここからはお前たちの出番だ。お前たちの能力で砦内にいる公国軍を片づけろ。ただし、皆殺しにはするな? 何人かは殺さずに生かしておくんだ」


 ゼブルに命令された蜂導師たちは返事をするかのように一斉に下顎を鳴らす。

 蜂導師たちの反応を見たゼブルは再び砦の方を向いて薄っすらと目を黄色く光らせた。


「さて、今度の襲撃でどれだけの公国兵が生き残れるかねぇ」


 ゼブルはこれから何が起きるか分かっているのか、面白そうに笑いながら呟く。


――――――


 砦の中では大勢の公国兵が武器を握りながら騒いでいる。

 突然王国軍が昆虫族モンスターを従えて現れたかと思ったら、外にいた大勢の仲間が短い時間で全滅したという知らせを受け、全員が取り乱していた。

 最初は殆どの者が報告の内容を信じず、見張りがいい加減に報告したのではと疑っていた。だが、実際に監視塔などから確認し、大勢の仲間が殺されている光景を見て真実だと知り、自分たちが窮地に立たされていると知って混乱しているのだ。

 公国兵たちの中には公国騎士たちの姿もあり、追い詰められている状況に驚きながらも平常心を保って混乱している公国兵たちを落ち着かせようとしている。

 声を掛けられて冷静さを取り戻す公国兵も何人かいたが、殆どの公国兵は公国騎士たちの言葉が耳に入らずに騒ぎ続けていた。

 砦内にある建物の一つから指揮官であるマルドギードが部隊長である公国騎士たちを連れて出てくる。完全に混乱している公国兵たちの姿を見て、マルドギードは思わず表情を歪ませた。


「何と言うことだ。これほど酷い状態とは……」

「やはり、一万五千の兵が死亡したことで士気が大きく低下しているようです」


 部隊長の言葉を聞いたマルドギードは「当然だ」と思いながら、発言した部隊長の方を向く。

 指揮官であるマルドギードも数百ほどの昆虫族モンスターに一万を超える公国兵たちが殺されたと報告を受けた時は、騒いでいる公国兵たちのように情報が錯綜さくそうして真実ではないのでは、と疑っていた。

 だが、実際に外の様子を見た者の話を聞いて、本当に外にいる兵士は全滅したと知り、自分たちが追い込まれていると認識する。

 圧倒的有利なはずの自分たちが追い詰められている現状にマルドギードは衝撃を受けるが、指揮官である自分が冷静さを失ったら仲間たちがますます混乱してしまうため、上手く指示を出せるよう平常心を保っていた。


「とにかく、混乱している者たちを何とか落ち着かせるんだ。今の状態ではまともに戦うことすらできない」

「は、ハイ!」


 指示を受けた部隊長の一人が騒いでいる者たちの下へ走っていくと、マルドギードは奥歯を噛み締めながら近くにいる別の部隊長の方を向いた。


「……我が軍の残っている戦力はどのくらいだ?」

「せ、正確に確認してはおりませんが、四千八百から五千の間かと……」

「クッ! 何ということだ……」


 少し前までは二万近くの大部隊だったのに、今は五千あるか無いかという現状にマルドギードは悔しさと情けなさを感じる。

 まだ五千近くの戦力が残っているのだから、全てを使って王国軍を迎え撃てばいいと普通なら考えるだろう。だが、一万五千の兵士が挑んでも勝てなかった相手に五千弱の戦力で勝てるとはマルドギードたちは考えておらず、今のままでは確実に王国軍に敗北すると確信していた。


「今の状態では現状を打開すことも無理だ。悔しいが、この戦いは我々の負けだ」

「いかがいたしますか?」

「……敵は西側から攻めて来ているのだろう? なら反対側から砦を脱出し、我が軍の砦まで退却する」


 勝ち目の無い敵に挑んで殺されるよりは一度後退し、公国側の砦にいる別部隊と合流するべきだというマルドギードの考えを聞き、部隊長たちもそれが良いと言いたそうな顔をする。

 砦には出入口となる扉が二つあり、西と東に一つずつある。マルドギードは王国軍が西側から攻めて来たことから、東側の扉からなら王国軍や昆虫族モンスターに襲われることなく逃げ出せると考えていたのだ。


「一部の部隊は西側に回し、王国軍の注意を引かせるんだ。そうすれば脱出するまでの時間を稼げる」

「了解しました。すぐに部隊の準備をします」

「それから、徴兵された者たちを先に脱出させろ」


 マルドギードの指示に部隊長たちは反応する。指揮官である自分ではなく、徴兵令で戦場に駆り出された者たちを優先して脱出させようとするマルドギードの優しさに部隊長たちは感服した。


「分かりました。急いで兵士たちに指示を出して――」

「マルドギード殿ぉーっ!」


 部隊長が喋っていると、一人の公国騎士がマルドギードたちの下に全速力で走ってくる。

 声を聞いたマルドギードや部隊長たちは一斉に公国騎士の方を向いた。公国騎士の様子と現状からまた何か問題が起きたのかと、マルドギードたちは嫌な予感をさせながら走ってくる公国騎士を見つめる。

 公国騎士はマルドギードの前までやって来ると、両手を膝に付けながら息を切らせた。


「た、大変です! 王国軍が引き連れていたモンスターたちが砦を包囲しています」

「なっ、何だと!?」


 報告の内容にマルドギードは思わず声を上げる。


「それは確かなのか?」

「は、ハイ。連中はモンスターたちを四つに分け、砦の東西南北全ての配備しています」


 これ以上兵士たちを死なせないために敗北を受け入れ、退却する道を選んだのに逃げ道を塞がれたという最悪の状況にマルドギードは表情を曇らせながら俯く。


「……東側の敵戦力はどうなっている?」

「東側ですか? 直接見たわけではありませんが、目撃した兵士の話では昆虫族モンスターが七十体ほど回り込んでいるとのことです」

「その中には外にいた兵たちを倒した大型の昆虫族モンスターも含まれているのか?」

「は、ハイ……」


 公国騎士が頷きながら返事をすると、マルドギードは考え込んだ。

 戦力が分断されているのなら、全ての戦力で東側にいるモンスターたちに突撃し、強行突破するという手もある。

 だが数が少ないとは言え、相手は自分たちよりも遥かに数の多い公国兵を難なく倒したモンスターたちだ。何の策も無く突撃するのは危険すぎる。

 何よりもそのモンスターたちによって一万五千の兵士が殺されているため、モンスターたちと対峙した瞬間に仲間たちが恐怖し、戦うことは愚か、まともに動けなくなる可能性だってあった。

 そうなれば外にいた兵士たちのように一方的に殺されて全滅するかもしれない。何があっても全滅だけさ避けたいマルドギードは顔を上げ、何かを決断したような表情を浮かべた。


「……私はこれから王国軍の指揮官に会ってくる」

「マルドギード殿? それはどういうことですか?」


 マルドギードが何を考えているか分からない部隊長は目を見開きながら尋ねた。


「今の状況では私たちに王国軍に勝つ術は無い。かと言って、モンスターに包囲されている以上、強行突破して脱出するのも難しい。……投降する」

「投降、ですか……」


 部隊長が呟くとマルドギードは僅かに目を鋭くしながら頷く。

 他の部隊長たちも二人の会話を聞き、暗い顔をしながら俯いた。

 今の状態ではどう足掻いても王国軍に勝つことも、無事に砦を脱出することもできない。となれば自分たちが助かる道は投降以外は無いと部隊長たちも分かっていたため、誰一人投降することに反対しなかった。


「……王国軍はこちらの投降を受け入れるでしょうか?」


 既に王国軍は一万以上の公国兵を手に掛けている。そんな容赦ない行動を取る相手に投降した後、無事でいられるか部隊長は不安を抱いていた。


「分からない。だがこのまま何もしなければ、確実に多くの仲間が犠牲になる。少しでも仲間が生き延びる可能性があるのなら、それに賭けるしかない」

「そう、ですね……」


 例え可能性が低くても今のままでいるよりはずっといい。そう感じた部隊長は納得する。


「では、私は砦の外に出る。お前たちは皆に大人しく待機するよう伝えて……」


 マルドギードが部隊長たちに指示を出していると、離れた所で公国兵たちがざわつく声が聞こえ、マルドギードたちは声が聞こえた方を向く。

 視線の先には空を見上げながら驚いたような顔をする公国兵たちの姿があり、マルドギードたちは公国兵たちが何かを見つけたと察し、公国兵たちの視線の先を確認する。

 公国兵たちが見つめる先には濃い茶色の大きな煙のような物体が浮いている。ただ、煙のように上昇したり、風で掻き消されることはなく、生き物のようにゆっくりと横に動いていた。

 物体を見たマルドギードはすぐにそれが煙ではないと気付き、目を凝らしてその物体の正体を確認する。その直後、何かに気付いたマルドギードは大きく目を見開いて驚愕した。


「全員、屋内に避難しろぉ!」


 大きな声で命令するマルドギードに周りにいた部隊長たちは驚く。

 マルドギードの様子から自分たちに都合の悪い状況だとすぐに気付き、部隊長たちは驚きながらも他の者たちに建物へ入るよう指示しようとする。しかし、既に手遅れだった。

 先程までゆっくりと動いていた煙のような物体は突然、砦内にいる公国軍に向かって勢いよく降下し、見上げている公国兵たちを包み込む。

 公国兵たちは下りてきた煙のような物体に驚きながら周りを見回す。その直後、自分たちを包み込んだものが大量の小さな蜂であることに気付いた。

 高い位置では煙のように見えたが、近くに来たことで正体が蜂の塊で、砦の中全体に広がるほどの数だと公国兵たちを知った。

 マルドギードは公国兵たちより先に蜂の塊であることに気付き、王国軍が何か仕掛けてくると予想して建物に逃げるよう命じたのだ。

 大量の蜂と羽音に包まれる中、公国兵たちは体を大きく動かしたり、持っている武器を振り回して蜂たちを追い払おうとする。

 現状から公国兵たちも蜂の群れが王国軍が自分たちを襲わせるために仕向けた存在だと気付き、身を守るために抵抗する。しかも蜂であることから針で攻撃してくると確信しており、刺されることに対する恐怖心から全員必死になっていた。

 しかし、人間が大量の蜂から身を守ることなどできるはずがなく、公国兵たちは蜂の群れに体中を刺されてしまう。刺された時の痛みに公国兵たちは表情を歪めながら逃れようとするが、それも虚しく何度も刺された公国兵は次々とその場に倒れた。

 服やズボンで隠れた箇所は見えないが、肌が露出している箇所は何度も刺されて腫れている。特に顔は原形が分からなくなるほど刺されていた。


「クソォ! 火だ、火の付いた棒や松明を振り回せ!」


 大量の蜂には火が効果的だと判断したマルドギードは大声で仲間たちに指示を出す。自分も蜂に囲まれ、既に腕などを刺されているのに保身よりも仲間のことを気遣うマルドギードは立派な指揮官と言えるだろう。

 マルドギードの声を聞いた公国兵たちは近くにある焚火に近づき、火の付いた薪を取ろうとする。だが薪を拾う直前、背後から蜂の大群に刺され、痛みで体勢を崩した公国兵は倒れ込んでしまう。

 倒れる仲間を目にしたマルドギードは奥歯を噛み締める。

 蜂たちが襲撃して来てからまだ十五分ほどしか経過していないのに、既に砦内の広場には数十人の公国兵や騎士たちが蜂の犠牲になって倒れていた。

 マルドギードが広場を見回していると、部隊長の一人である公国騎士が苦痛の声を漏らしながらマルドギードの近くに倒れる。部隊長も顔や体中を何度も刺されており、立ち上がることができないほどダメージを受けていた。

 部隊長に気付いたマルドギードは駆け寄り、肩を貸して部隊長を立たせようとする。その間も周囲では公国兵たちが蜂に襲われ続けていた。


「逃げろぉ! 皆逃げるんだぁ!」


 マルドギードは叫ぶように大きな声で仲間たちに指示を出すが、蜂の羽音と刺された時の痛み、そして混乱しているせいで誰もマルドギードの命令を聞いていなかった。

 最悪の状況にマルドギードは悔しそうな顔をする。そんなマルドギードに蜂たちは近づき、彼や倒れている部隊長を針で刺し続けた。

 刺された痛みでマルドギードは肩を貸していた部隊長と共にその場で俯せに倒れる。


「クゥゥッ……王国軍は、投降することすら許さないのか……」


 容赦の無い王国軍の襲撃にマルドギードは小さな怒りを感じながら呟く。同時に大勢の仲間を犠牲にしてしまった自身の無力さを情けなく思いながら意識を失った。


――――――


 砦の西側では十五体の蜂導師が城壁の近くで一列に並んでおり、背負っている黒い厨子を前に置いて城壁を見上げている。

 厨子の蓋は開いており、中からは濃い茶色の蜂が大量に出てきて砦の中へ飛んでいく。

 蜂導師の後ろではゼブルたちが立っており、厨子から出てくる蜂たちが砦に侵入する光景を見ていた。

 見物している間、砦の中からは公国兵たちの断末魔が聞こえてくるがゼブルや魔将軍たちは気にする様子を見せずに蜂たちを見ている。

 ティリアは公国兵たちの声を聞いて砦の中がどうなっているのか想像し、僅かに表情を曇らせている。それと同時に戦闘が始まる前にセミラミスが同情するような反応を見せていた訳を理解した。

 アルシェスたちは大量の蜂が羽音を立てながら飛んでいく光景を不気味に思っているのか、少し顔色を悪くしながらゼブルの後ろに立っている。


「やはり立て籠もってる敵を倒すなら蜂の大群に襲わせるのが一番だな。この調子ならあと少しで砦の中にいる連中は片づけられるだろう」


 順調に公国兵たちを倒せている状況にゼブルは満足したような口調で語った。


「ぜ、ゼブル殿……これはいったい、何をしているのですか……」


 ゼブルの後ろにいたアルシェスが僅かに声を震わせながら声をかける。この時のアルシェスは大量の蜂が飛んでいく光景と砦内から聞こえる敵の叫ぶ声に恐怖を感じていた。


「蜂導師が技術スキルを使って中にいる敵を攻撃してるんだ。厨子から出てきている蜂たちは技術スキルで作り出された存在だ」


 話しかけられたゼブルは落ち着いた様子でアルシェスに説明する。

 アルシェスたちが蜂導師のことを何も理解していないため、ゼブルはできるだけ詳しく説明しようと思っていた。


「あ、あの蜂たちが技術スキルで生み出された生物、ということですか?」

「そうだ。蜂嵐撃ほうらんげきと言う攻撃技術アタックスキルで大量の蜂に攻撃させることができる。蜂は小さく数が多いため、大勢の敵を相手にする際は役に立つ。しかも蜂たちは毒針を持っている。一撃のダメージは小さくても連続で刺されればひとたまりもないし、毒状態にもなりやすくなる」


 見た目だけでなく、効果も恐ろしいと知ったアルシェスは微量の汗を掻きながら蜂を放ち続ける蜂導師たちを見つめた。

 蜂導師はレベル35から38で同じ中級モンスターであるタンクビートルや砲塔蜘蛛と比べるとレベルとステータスは低い。だが、蜂嵐撃のような大量の蜂を使った効果範囲の広い技術スキルを幾つも使えるため、大勢の敵と戦う際には役に立つ。

 今回の戦いでも総勢四万の公国軍と戦うため、ゼブルは広範囲攻撃が可能は蜂導師は役に立つと考えて用意した。

 現在、五十体いる蜂導師は四つに分けられ、東西南北から全員で蜂嵐撃を発動し、五千近くの公国兵たちをいっぺんに襲えるほどの蜂を生み出して攻撃している。その結果、砦の中にいる公国軍はまともな抵抗もできずに蜂たちに襲われているのだ。


「は、蜂導師と言うモンスターの力は分かりました。……ですが、あれほど大量の蜂に襲わせては砦にいる公国軍は全滅してしまうのでは?」

「それについては心配ない。蜂導師たちには指揮官と思われる人間を含めて数人は殺さないよう指示してある。だから敵が全員蜂たちに殺されることは無い」


 ゼブルが全ての敵を殺さないという約束を覚えていることにアルシェスは少し安心する。

 ただ、アルシェスとしては僅かな人数ではなく、生かすことができる存在はできるだけ多く生かしておいてほしいと思っていた。


「大将、中から公国軍の奴らの声が聞こえなくなった。蜂どもが砦内を制圧したんじゃねぇか?」


 シムスに声を掛けられたゼブルは砦の方を向き、存在しない耳を傾ける。

 確かに城壁の向こう側からは蜂たちの羽音が聞こえるが、公国軍の騎士や兵士たちの声は聞こえない。シムスの言うとおり砦を制圧したようだ。


「声が聞こえねぇってことは、抵抗する奴らはもういねぇってことになる。これなら砦に突入してもいいんじゃんねぇか?」

「そうだな。砦の状態確認や敵指揮官や生き残りを見つける必要もあるし、そろそろ入るか」


 ゼブルは出入口である扉の方へ歩いて行き、目の前まで来ると右手でゆっくりと扉を押す。だが、扉はかんぬきか何かで鍵が掛けられているのか、いくら押しても開かなかった。

 扉を見てゼブルは鬱陶しそうに声を漏らす。ゼブルが本気を出せば目の前の扉など簡単に破壊して中に入れるのだが、アルシェスから砦をできるだけ傷つけずに奪い返してくれと言われているため、扉を破壊して入ることはできない。

 ゼブルは後ろの下がると飛翔の技術スキルを発動してマントを翅に変え、勢いよく真上に飛び上がる。

 砦を見下ろせる高さまで上昇すると、ゼブルは空中で停止して砦の中を確認した。


「……おおぉ、スゲェな」


 砦内の様子を目にしたゼブルは少し驚いたような反応を見せる。

 城壁の内側では大勢の公国騎士や兵士たちが倒れており、その全てが蜂に刺されて顔が腫れていた。

 殆どの者は大量の蜂に刺されたダメージ、もしくは毒によって命を落としたのか全く動かない。中には運よく生き延びた者もいるが、全員が息も絶え絶えの状態でいつ死んでもおかしくなかった。

 倒れている公国騎士、兵士たちの周りでは蜂たちが飛び回っているが、公国兵たちが倒れたことで攻撃対象がいないと判断したのか襲おうとはしていない。

 ゼブルは予想していた以上に凄い状態になっているのを目にし、蜂導師の能力と制圧力に感心する。新国家を建国した後に他国と戦争することになれば、蜂導師を敵拠点の制圧に使うのもいいかもしれないと感じていた。


「砦内には抵抗する敵はいないようだな」


 砦に入っても問題無いと判断したゼブルは降下し、西側と出入口である扉の前に着地する。

 ゼブルは扉の方を向き、内側にかんぬきが掛けられているのを見るとかんぬきを外し、両手で扉を押し開けた。

 扉が開くとティリアと魔将軍たちは砦に入り、アルシェスたちもそれに続く。その後に西側に配備されていた昆虫族モンスターもタンクビートルと砲塔蜘蛛を残して砦に入った。

 砦に入った直後、アルシェスたち王国軍の人間は蜂の犠牲になった大勢の公国兵たちを見て驚愕する。

 倒れている公国兵たちの苦痛の表情を見たアルシェスたちは、自分たちが想像もできないような地獄を味わったのだと想像しながら蜂に襲われた者たちを気の毒に思う。

 ゼブルと昆虫族モンスターたちの活躍により、公国軍に奪われていた砦は予定どおり、ほぼ無傷の状態で奪還することができた。


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