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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第3章  救済の魔蟲
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第56話  予期せぬ襲撃者


 セプティロン王国とダーバイア公国が何度も激戦を繰り広げた大平原。その平原の王国側に木製の城壁に囲まれている砦には公国の国旗が立てられている。それは王国軍の砦が公国軍の物となった証だった。

 砦の周りには公国軍のテントが大量に張られており、その中でも西側には特に多く張られている。テントの周りでは公国兵たちが休息を取ったり、周囲の見張りなどをしていた。

 なぜ砦があるのにわざわざテントを張っているのか、それは公国軍の騎士や兵士全員を砦に入れることができないからだ。

 そもそも大平原にはセプティロン王国の砦もダーバイア公国の砦も建てられておらず、王国と公国の戦争が始まった直後、両国が自分たちの領地に相手国を警戒、迎撃するための砦を建てた。

 建設されたばかりの頃は両国の砦は小さく、百人程度が入れるくらいの大きさだったが、戦争が始まってから二年の間に少しずつ増築、改装をしていき、今ではどちらの砦も最大で五千人は入れるほどの大きさとなったのだ。

 だが、公国軍は王国軍の砦を制圧した後、約二万に戦力を配備し、王国侵攻のための拠点として利用している。五千程度しか入らない砦に四倍の兵士が入るはずもがないため、余った兵士は砦の外にテントを張らせてそこで生活させているのだ。

 公国軍は今回の戦いのために約四万の戦力を用意し、半分を王国軍の砦、もう半分は公国軍の砦に配備している。公国軍の砦も五千人ほどしか入れないため、現在も砦の周りにテントを張って砦に入れない者たちを待機させている。

 王国側の砦の西側に集中してテントが張られている理由は王国軍が砦に攻め込んできた際にすぐに迎撃できるようにするためだ。

 砦がセプティロン王国の東部にあることから、王国軍が砦を襲撃する際には必ず東から攻め込むことになる。

 西側にテントを張り、そこに公国兵たちを配置すればすぐに王国軍が攻めて来たこと知ることができ、短時間で迎撃態勢に入ることができるため、砦にいる公国軍の指揮官は西側に多くのテントを張らせたのだ。

 砦を囲む城壁の近くには周囲を見張るための木製の監視塔が幾つも立っており、公国兵たちが砦の周辺を見張っている。

 城壁の内側にある複数の建物の中や砦内にある広場では、休憩中の公国騎士や兵士たちが食事をしたり、昼寝をしたりしていた。中にはまだ明るい時間なのに酒を飲んで騒いでいる者もいる。

 公国軍は戦力で王国軍より勝っている自分たちが負けたり、自分たちがいる砦が攻め込まれるなどとは微塵も考えておらず、完全に油断し切っている。そのため、敵国内にいたとしても、最低限の警戒しかせずに騒いでいた。


「今日も随分と騒がしいな」


 砦中にある大きめの建物の一室で一人の騎士が呆れたような顔をしながら呟く。

 騎士は三十代後半ぐらいの男で身長は170cm強。濃い茶色の目をしており、長い金髪を後ろで束ね、同じ色の顎髭を生やしている。銀色の全身甲冑フルプレートアーマーを身に付け、腰には剣、ダーバイア公国の紋章が入った赤いマントを装備していた。

 騎士の名はマルドギード。ダーバイア公国軍の騎士でセプティロン王国に侵攻する部隊の最前線指揮官を任されている。

 王国側の砦を襲撃した際も公国軍の指揮を執っており、砦を制圧した後は砦の管理をしながら最前線で戦う部隊全てを動かしていた。

 指揮官として有能だが、騎士としても優れた能力を持っており、冒険者ならB級冒険者に匹敵する実力を持っている。

 マルドギードの周りには他にも公国騎士が五人おり、全員がマルドギードに注目している。

 周りの騎士たちは全員砦にいる公国軍の部隊長を務めており、今後の方針を確認するための会議を行うために集まっていた。


「いくら我が軍が優勢とは言え、この数日は騒ぎすぎだ。食料や酒の数も通常よりも早く減っている。あまり騒ぎすぎないよう伝えておけ」

「わ、分かりました」


 騎士や兵士たちの行動に問題があるとマルドギードに指摘され、軽く頭を下げながら返事をする。

 他の騎士たちもマルドギードの方を見ながら小さな苦笑いを浮かべた。


「では、改めて今後の方針についての話し合いを始める」


 軽く咳をして気持ちを切り替えたマルドギードは目の前にある大きな机に視線を向け、広げられているセプティロン王国の地図を見つめる。

 部隊長である騎士たちも作戦会議が始まったことで真剣な表情を浮かべ、マルドギードと同じように地図に視線を向けた。


「現在、我が軍は砦から最も近く、王国軍の防衛拠点でもある商業都市リントスジンを攻略中だ。この都市を攻略すれば我が軍は食料を始め、武器やポーションと言った物資を多く手に入れることができる」


 地図に描かれているリントスジンを指差すマルドギードは現状確認をしながら周りの騎士たちに説明する。公国軍が効率よく侵攻するにはリントスジンを制圧し、そこを侵攻の拠点とする必要があるため、必ず手に入れなくてはならなかった。


「リントスジンを制圧すれば王都に進軍するための行路を確保でき、他の都市へ攻め込むことも可能になる。本格的に侵攻するためにも絶対にリントスジンを落とすのだ」

「分かっております。先日も最前線の制圧部隊に三百の増援を送りましたので、今頃はリントスジンを制圧している頃でしょう」


 騎士の言葉を聞いて周りにいる別の騎士たちは小さく笑みを浮かべる。


「確か今回送った部隊が合流すれば、制圧部隊の戦力は九百前後になるんだったな?」

「ああ、そしてリントスジンにいる王国軍の戦力は二百足らず。もはや勝負にすらならない」


 苦戦することなくリントスジンを制圧できると確信する騎士たちは愉快そうに笑い出す。

 敵の戦力が制圧部隊の三分の一以下という、公国軍が圧倒的に有利な状態なのだから騎士たちが笑うのもおかしくなかった。


「もし昨日のうちにリントスジンを制圧していたら、今日中に報告の使者が来るはずだ。報告を受けた後、我々はリントスジンへ向かい、制圧部隊と合流すればいい」

「ようやく、この小さな砦から広い都市へ移動できるというわけだな」


 騎士たちは敵国が造った物でそれほど大きくない砦を窮屈に思っていたらしく、大都市のリントスジンへ移動できることに気分を良くしている。

 ただ、騎士たちが笑う中でマルドギードだけは真剣な表情を浮かべながら俯いていた。


「……果たしてそう上手くいくだろうか」

「?」


 マルドギードの発言を聞いた騎士の一人が不思議そうな顔をしながらマルドギードの方を向く。


「マルドギード殿、それはどういうことですか?」

「気分を良くしている皆の前でこんなことを言うのは悪いのだが……私はリントスジンの制圧に苦労するのではと思っている」

「なぜです? 制圧部隊は千近くの戦力でリントスジンに攻め込むのですよ?」

「戦力については問題無い。問題は指揮官にある」


 指揮官が原因でリントスジンの制圧が難しくなると聞かされ、騎士は意外そうな表情を浮かべる。

 笑っていた他の騎士たいもマルドギードの発言を聞いて笑うのをやめ、一斉にマルドギードに注目した。


「制圧部隊の指揮官はメーバックスだったな?」

「ハイ、出世欲が高く少々問題のある男ですが、力で敵をねじ伏せる戦い方を好むため、制圧部隊の指揮官に適任だと判断しました」

「……あの男は功績を上げるためなら手段を選ばない男だ。時には仲間をも平気で犠牲にする。そんな男が大量の戦力を手に入れたらどんな方法でリントスジンに攻め込むと思う?」


 マルドギードは低めの声を出しながら騎士たちに尋ねる。

 問いかけられた騎士たちは少し驚いたような反応を見せた後、一斉に考え込んだ。


「……大量の戦力が手元にあるのなら、大勢を突撃させて一気に制圧しようとするでしょうな」

「そうだ。いくら戦力で勝っていても、何も考えずに突撃させれば次々と仲間は倒され、少人数の敵が相手でも苦戦を強いられるかもしれない」

「し、しかし、王国軍の戦力は僅かです。例え何の考えも無しに突撃させても苦戦するようなことには……」

「敵の戦力がこちらの予想どうりだったらな」


 意味深な言葉を口にするマルドギードを騎士たちは無言で見つめる。

 マルドギードの言葉を聞いた騎士たちはどういう意味なのか考え、しばらくして騎士たちは何かに気付いたような反応をし、マルドギードの方を向きながら目を見開く。


「もしも王国側の戦力がこちらの予想よりも多ければ返り討ちに遭う可能性も十分ある。ましてや兵士の大半は訓練を受けていない徴兵された平民たちだ。大勢で突撃したのに仲間が次々と死んでいく光景を目にすれば士気も低下するだろう」

「確かに、そうなれば例え千近くの戦力でも敗北するかもしれませんな……」


 必ず公国軍が勝つとは限らないと聞かされ、騎士の一人が緊迫した表情を浮かべる。

 他の騎士たちも急に不安になり、近くにいる仲間と顔を見合わせた。

 もし王国軍が制圧部隊に勝利し、大部隊で今自分たちがいる砦に攻め込んで来たら非常に厄介なことになる。

 砦にいる騎士や兵士の殆どは王国軍が砦に攻め込んでくることは無いと確信して浮かれているため、そんな状況で奇襲など受けたら全員が混乱するだろう。

 混乱していればまともに戦えず、上手く指揮を執ることもできない。最悪甚大な被害を受け、砦を奪い返される結果となる。

 折角王国側の砦を手に入れて順調に侵攻できているのに押し返され、拠点を失うような結果にはしてはならない。マルドギードは最悪の事態にしないため、戦力で勝っていても決して油断してはならないと考えるのだった。


「各自、会議が終わったら浮かれている者たちに油断しないよう渇を入れろ。あと念のために砦内、そして外にいる者たちに臨戦態勢に入るよう伝えておくんだ」

『ハッ!』


 騎士たちはマルドギードの話を聞いて最悪の状況になる可能性があると感じたのか、異議を上げることなく返事をした。


――――――


 砦内にある各監視塔では公国兵が二人一組になって周囲を見張っている。

 現状から王国軍が砦を襲撃する可能性は低いため、公国兵の中には見張りをする必要は無いのではと考える者もいた。

 だが、戦場にいる以上見張りは軍に所属している者の義務であるため、やらないわけにはいかない。公国兵たちは面倒に思いながらも砦の周りを見張った。


「なぁ、ずっと思ってたんだけどよぉ、俺らが見張りをする必要なんてねぇんじゃねぇのか?」


 砦の西側の監視塔に配置されている公国兵が不満そうな顔をしながら隣にいる中年の公国兵に声をかける。彼も今の状況で見張りをする必要は無いと考える者の一人だった。


「仕方が無いだろう? 例え襲撃される可能性が低くても、これは俺たちの仕事なんだからな」

「チッ、見張りを任されてない奴らはいいよなぁ。一日中食ったり飲んだりして過ごせるんだからよぉ」


 公国兵は後ろを向き、砦の中央にある広場を見つめる。

 広場には休憩中の騎士や兵士たちが笑いながら木製ジョッキを握りながら騒いだり、食事をしている姿がある。見張りをしている公国兵たちと違ってとても楽しそうにしていた。

 自分たちは無意味と言ってもいい見張りをしているのに馬鹿みたいに騒いでいる仲間を見て、公国兵は僅かに眉間にしわを寄せる。


「そんな顔するなよ。交代の時間が来れば俺たちも楽しめるんだ。もう少しの辛抱だ」

「だけどよぉ……」

「俺たちはまだ幸せな方と思うぞ? 外にいる連中は酒を飲んだり、上手い飯を食うこともできないんだからな」


 そう言って中年の公国兵は大量のテントが張られている砦の外に視線を向ける。

 外に張られているテントは砦に入れない公国兵たちが使用しており、その殆どが徴兵令で戦争に参加した一般人だった。

 徴兵された者たちは正規の公国兵よりも格下として扱われているため、居心地の良いには入れてもらえず、テントで過ごしながら砦の周囲を見張るよう命じられている。

 徴兵された者たちの中には当然、正規の騎士や兵士と扱いが違うことを不服に思う者もいた。

 しかし徴兵された自分たちが不満を口にしても聞き入れてもらえないと思っており、誰も文句を言わずに大人しくしているのだ。

 ただ、扱いが違うとはいえ、砦の外にいる公国兵たちも見張りをしながら休憩や食事など、やりたいことをやっても良いと言われているため、不服に思いながらも我慢している。


「外にいる連中と比べたら、今の俺たちはまだマシさ。だから我慢しろ、な?」

「……分かったよ。文句ばかり言って、砦の外に放り出されたらたまんないからな」

「そういうことだ。徴兵された連中と比べたら、正規の軍人である俺たちはずっと幸せ……」


 笑いながら前を向いた中年の公国兵は突然黙り込み、笑みを消して一点を見つめる。


「どうしたんだ?」


 公国兵は喋らなくなった中年の公国兵を不思議そうに見つめながら声をかける。

 中年の公国兵は仲間の方を向かず、目を見開きながら見ている方角を指差した。


「お、おい、ありゃ何だ?」

「あぁ?」


 小首を傾げる公国兵は中年の公国兵が指差す方を見る。

 砦から西に2kmほど離れた場所にはゆっくりと砦に近づいてくる何かの集団がおり、公国兵は手元にある望遠鏡を覗いて近づいてくる集団の正体を確認した。その瞬間、公国兵は驚愕の表情を浮かべる。

 視界に飛び込んできたのは大量の昆虫族モンスターが隊列を組みながら近づいてくる光景だった。普通では考えられない事態に公国兵は只事ではないとすぐに理解して望遠鏡を下ろす。


「お、おい! モンスターの群れがこっちに向かってきてるぞ」

「何? モンスターだと?」


 中年の公国兵は信じられないような顔をしながら、仲間が持っている望遠鏡を手に取り、同じように望遠鏡を覗いて確かめる。

 覗いた直後、本当に昆虫族モンスターの群れが近づくる光景が視界に入り、中年の公国兵は愕然とする。


「ほ、ホントにモンスターだ。だけど、どうして……」

「んなこと知るか! とにかく、俺は部隊長たちに知らせる!」


 昆虫族モンスターたちのことを知らせるため、公国兵は急いで梯子を下りて上官たちの下へ向かう。

 残された中年の公国兵は緊迫した表情を浮かべたまま近づいてくる昆虫族モンスターの群れの様子を窺うのだった。

 公国兵によって昆虫族モンスターの情報は指揮官であるマルドギードや部隊長たちの耳に入り、マルドギードは急いで全ての騎士や兵士に戦闘態勢に入るよう部隊長たちに指示を出す。

 部隊長たちはすぐに砦内で浮かれていた部下たちにモンスターが接近してきていることを伝え、戦闘態勢に入らせる。同時に砦の中にある警鐘を鳴らし、砦の中だけでなく、外にいる公国兵たちにも緊急事態であることを伝えた。

 鐘の音を聞いて砦の外で待機していた公国兵たちは一斉に驚きの反応を見せる。警鐘が鳴ったことで公国兵たちも何か問題が起きたのだとすぐに理解した。

 現状で警鐘が成る程の問題と言えば、敵が攻めてきたこと以外にないため公国兵たちはこれから戦闘が始まるのだと悟る。だが、自分たちがいる砦は攻撃されることは無いと正規の騎士や兵士から聞かされていたため、徴兵された者たちは戦いが始まることが信じられず、驚きを隠せずにいた。


「おいおい、どういうことだよ? この砦が襲撃されることは無いんじゃないのかよ?」

「知らねぇよ。でも実際に鐘が鳴ってるんだ。これから戦闘が始まるのは間違いねぇだろうよ」

「何だよそれ、話が違うじゃねぇか。しかも近づいて来てるのはモンスターの群れだって聞いたぞ。……どうしてモンスターなんだ? 王国軍じゃねぇのかよ」

「知らねぇって言ってるだろう! 喋ってる暇があるならさっさと準備しろ!」


 警鐘が鳴り続ける中、公国兵たちは急いで戦いの用意をする。

 周りでは他の公国兵たちは慌てて自分の武器や鎧などを手に取って装備したり、自分たちはこれから何をすればよいのか、仲間同士で確認し合う姿があった。

 何の前触れもなく敵が近づいて来ていると知り、公国兵の中には戸惑ったり、落ち着きを失っている者も大勢いる。だがそれでも、部隊長である騎士たちの指示を聞き、戦闘態勢に入りながら少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 しばらくして砦の外にいた公国兵たちは装備を整え、いつでも戦える状態となった。モンスターたちは砦の西の方から近づいて来ているため、砦の外にいた公国兵たちは全員西側に集まる。

 公国兵たちは部隊長である騎士たちに指示されながら隊列を組み、緊張した顔をしながら西側を確認する。

 砦から西に1kmほど離れた所にある平原の中では何かの集団が砦に向かって移動しており、公国兵たちは一斉に驚きの反応する。

 目を凝らして確認するとそれは見たことの無い昆虫族モンスターの群れで、公国兵たちは視界に映っているモンスターたちが敵だと確信した。

 昆虫族モンスターたちは平原の中で停止し、隊列を崩さずに砦の方を向く。昆虫族モンスターたちは砦の前に集まっている大勢の公国兵に気付くと、彼らを威圧するかのように睨みつけた。

 モンスターでありながら軍隊のように隊列を組み、統率されているように正確に動く姿を見て公国兵たちは驚く。

 勿論、公国兵たちの中にいる公国騎士たちも同じように驚いていた。


「どうなっている。どうして知能の低いモンスターたちが我々のように動くことができる? そもそも、なぜあれだけのモンスターが砦に近づいて……」


 馬に乗る公国騎士が昆虫族モンスターたちの出現を不思議に思っていると、昆虫族モンスターたちの中に数人の人影があることに気付き、公国騎士は腰のポーチから望遠鏡を取り出して覗き込む。

 望遠鏡で人影を確かめると、セプティロン王国の騎士たちが昆虫族モンスターたちの間を通って前に出てこようとしている姿が目に入り、公国騎士は目を見開いて望遠鏡を下ろす。


「ど、どういうことだ……なぜモンスターの中に王国軍の連中がいるんだ」


 昆虫族モンスターたちが近くにいるのに、慌てることなく移動する王国騎士たちに公国騎士は驚きを隠せずにいる。

 どうして王国軍が昆虫族モンスターと行動を共にしているのか、なぜ昆虫族モンスターたちは王国騎士たちを襲わないのか、公国騎士は驚きながら理由を考え、やがて一つの答えを導き出す。


「まさか、王国軍はモンスターを飼い慣らしているのか?」


 王国軍が何かしらの方法で昆虫族モンスターたちを配下に置いているかもしれない。公国騎士は遠くにいる昆虫族モンスターの群れを見つめながら僅かに表情を歪める。

 確証はないが、現状から考えてそれが最も可能性が高い。もしも本当に王国軍が昆虫族モンスターたちを従えているのだとしたら、非常に面倒な状況だと公国騎士は感じていた。

 自分たちは二万弱の戦力で数では圧倒的に視界に入っている昆虫族モンスターや王国軍よりも多い。

 だが公国兵の大半は戦いに慣れていない徴兵された者たちなので、モンスターを前にした途端に取り乱したり、戦意を失う可能性がある。そうなってしまうと例え戦力で勝っていても公国軍が負けてしまうかもしれないため、公国騎士は最悪の事態になるかもと少し焦っていた。


「もしも王国軍の連中があの昆虫族モンスターたちを飼い慣らしていたらマズい。マルドギード殿に報告し、どうするべきか考えた方がいいな」


 指揮官であるマルドギードに現状を知らせるため、騎士は遠くにいる昆虫族モンスターたちに背を向け、馬を砦の方へ走らせた。


――――――


「公国軍の連中、こっちに気付いたみたいだな」


 平原の真ん中で待機する昆虫族モンスターたちの前に立つシムスが、砦の前に集まる公国兵たちを見ながら呟く。

 周りではゼブルや他の魔将軍たちが同じように砦の前に集まる大勢の公国兵たちを黙ってみている。自分たちよりも明らかに人数が多いにも関わらずゼブルたちは落ち着いた態度で観察していた。

 ゼブルたちにとってはレベルの低い公国兵は何の脅威にもならないため、例え二万人近くいたとしても問題ではない。

 一方でティリアやアルシェスたち、王国軍の騎士たちは数え切れない公国兵たちの姿を見て目を見開いていた。

 ティリアは隷属になって大きな力を得たとは言え、リントスジンに攻め込んで来た公国軍の二十倍以上の敵を目の当たりにしたことで驚いてしまっていた。

 アルシェスたちはティリア以上に驚いており、今になって二万もの敵に本当に勝てるのかと再び不安を感じながら公国軍を見ている。


「シーナモ小隊長の話によると砦には最大で五千人まで入ることができるそうなので、もし砦の中に五千人いるとすれば、今砦の前にいる敵の数は一万五千ほどと言うことになりますね」

「へぇ、いきなり戦力の大半をぶつけてくるとは、公国の連中も大胆だなぁ」


 右隣で公国軍の戦力を分析するテオフォルスを見ながらシムスは面白そうに笑う。

 公国軍がどういうつもりで戦力の半分以上をぶつけようとしているかは分からないが、シムスは公国軍に負けるとは微塵も思っていないため、一切警戒はしなかった。


「弱い人間どもが何人集まろうが、あたしらの敵じゃねぇ。さっさと奴らを片付けて砦を取り返しちまおう」


 後方で砦を見ていたセミラミスがテオフォルスの左にやって来て自身の拳をポキポキと鳴らす。

 異世界に来て初めて現地の人間と戦うことができるため、セミラミスは早く戦いたくてウズウズしているようだ。


「残念ですが、今回私たち魔将軍の出番はありませんよ」

「はあぁ? 何でだよ!」

「魔王様が仰ったんです。今回の戦闘に私たちは参加せず、モンスターたちにやらせると」


 若干興奮しているセミラミスを見ながらテオフォルスの冷静に答える。

 セミラミスはゼブルが決めたことだと言われ、不満そうな顔をしながらゼブルの方を向いた。


「ボス、どうしてあたしらは動いちゃダメなんだよ?」

「今回の戦闘は公国軍に新国家の戦力、つまり配下のモンスターたちの力を思い知らせることが目的だ。魔将軍のお前たちが動けば、短時間で砦を奪い返すことはできるが、モンスターたちの力を公国の奴らに見せることなく終わっちまう。だから今回はモンスターたちだけであの砦を奪い返すんだ」


 冷静に説明するゼブルを見て、セミラミスは僅かに表情を歪める。

 確かに新国家の軍事力がどれほどのものか分からせるためにモンスターたちの力を公国軍に見せつけるのは重要だ。しかし、公国軍と戦うためにわざわざセプティロン王国東部までやって来たのに戦えないことには納得できなかった。

 セミラミスの顔を見たゼブルは彼女が何を考えているのか察して静かに息を吐いた。


「そんな顔するな。砦の公国軍を倒してもまだ後方には二万の敵がいる。ソイツらと戦う時はお前たち魔将軍に動いてもらう」

「本当かい?」


 次の戦闘では戦ってもいいと言われたセミラミスは笑みを浮かべながら確認する。

 ゼブルはセミラミスを見ながら無言で頷き、嘘ではないことを伝えた。

 今回の戦争でゼブルはモンスターだけでなく、魔将軍の力もアルシェスたちや公国軍に見せるつもりで呼んだため、セミラミスたちに何もさせずに戦いを終わらせる気は無い。

 公国軍との戦いで一度は必ず魔将軍たちを前線に立たせ、公国軍の相手をさせるつもりでいた。


「戦わせてくれるんなら、今回は大人しくしてるよ」


 納得したセミラミスを見たゼブルは「やれやれ」と言いたそうに軽く笑う。その様子は機嫌を良くした子供を見守る父親のようだった。

 実際、ゼブルは全ての魔将軍の生みの親であるため、ある意味で父親と言えるだろう。

 セミラミスとの話が済むとゼブルは振り返り、公国軍を見ながら目を見開くアルシェスの方へ歩いて行く。


「アルシェス王女、予定どおり砦にいる公国軍の相手は俺が用意した部隊にやらせる。アンタたち王国軍は此処でのんびりと見物していろ」

「えっ? あ、ハイ……」


 ゼブルが用意してくれた部隊だけで砦を攻略すると言われ、アルシェスは驚きの表情を浮かべながら頷く。

 アルシェスとして、ゼブルの部隊だけが公国軍の相手をしてくれるのはとても都合のいいことだった。

 今回同行した王国軍の戦力は僅か二十二人なので、二万弱の公国軍を相手に動いても殆ど役には立たず、成果を上げることもできずに戦死してしまう可能性が高い。そのため、部下たちを危険な最前線に出さずに済む状況にアルシェスは安心していた。

 他にもゼブルが用意したモンスターたちの実力を確かめたいという考えもあったため、余計なことは言わず、ゼブルの言うとおり戦いを見物することにしたのだ。


「では、早速始めるが……何か希望はあるか?」

「希望、と仰いますと?」

「公国軍を全て倒してほしいとか、砦をできるだけ無傷で奪い返してほしいとか色々あるだろう。そう言った希望は無いのかって聞いてるんだ」

「あ、ああぁ、そういうことですか……」

 

 説明を聞いたアルシェスは納得する。

 砦の奪還はゼブルの部隊だけで行うのに、戦いに参加しない自分たちの希望を聞き入れようとする姿を見て、アルシェスはゼブルに他人を気遣う気持ちもあるのだと知り、改めて人間らしい魔王だと感じた。


「で、では、砦はできるだけ破壊しないよう取り戻してください。あと、砦内には捕虜となっている我が軍の騎士や兵士がいると思いますので、彼らの保護もお願いします」

「了解だ」

「あっ、それから公国軍の者たちは全て殺さず、少しだけ生かしておいてほしいのですが……」

「随分、希望が多いな」


 遠慮なく希望を言ってくるアルシェスを見ながらゼブルは呟く。

 いくら希望を聞くとはいえ、何もしない側の者が働く側の者に複数の願いをするのは図々しいことだ。そう考える魔将軍たちは何処か不機嫌そうな顔をしながらアルシェスを見ている。


「す、すみません。少し調子に乗ってしまいました……」


 ゼブルの言葉と魔将軍たちの視線で自分が厚かましい発言をしていたことに気付いたアルシェスは慌てて謝罪する。

 アルシェスの砦をできるだけ無傷で取り返すことや、捕虜を助けてほしいというのは別におかしな希望ではない。ただ公国の騎士や兵士を生かしておいてほしいというの少々変わった希望と言える。

 実はアルシェスが公国兵たちを生かしておいてほしいと言うのには理由があった。

 リントスジンを守る戦いでアルシェスはゼブルたちが攻めて来た公国兵たちを惨殺する光景を目の当たりにした。その時のアルシェスは敵とは言え、徴兵された公国兵たちが容赦なく殺されることに同情し、この先ゼブルが共に戦うことがあれば、公国兵を生かすようゼブルに頼むつもりでいたのだ。


「別にいいぞ。俺も今回は公国兵たちを皆殺しにするつもりはねぇしな」


 頭を下げるアルシェスを見て、ゼブルは公国軍の騎士や兵士たちを生かすことに承諾する。

 アルシェスはゼブルが機嫌を悪くせず、公国軍を皆殺しにしないと言ったことを意外に思って顔を上げる。だがそれ以上にゼブルは最初から皆殺しにする気は無いと知って驚いていた。


「さっきも言ったように今回の戦いで俺は公国軍に配下のモンスターたちの実力を見せつける。だが、見せつけても見た奴らを全て殺してしまったら公国にいる奴らに情報を広めることはできない。新国家の軍事力を公国やそれ以外の国に広めるためにも、モンスターの強さを目撃した奴らを生かし、逃がす必要がある」

「つまり、新国家の軍の情報を公国や大陸中に広めるため、砦にいる公国軍の者を生かしておくというわけですか」

「まぁ、そういうことだ」


 あくまでも自分の利益のために公国兵たちを生かしておく。そう聞かされたアルシェスはゼブルの頭の回転の速さ、目的のために敵すらも利用する狡猾さに驚きながらゼブルを見つめるのだった。

 ゼブルは黙っているアルシェスを見て他に希望は無いと感じ、待機している昆虫族モンスターたちの方を向く。


「さあ、そろそろ始めるぞ。目的は公国軍を倒し、砦を奪い返すことだ。砦の前に集まってる奴らは容赦なく蹴散らせ」


 昆虫族モンスターたちは返事をするように一斉に声を上げる。

 アルシェスたちは昆虫族モンスターたちの闘志を燃やすような姿を見ながら彼がどのように戦うのか想像する。

 昆虫族モンスターたちの反応を見たゼブルは砦の方を向くと右手を砦に向けて伸ばした。


「お前たちの力を見せつけろ。……出撃!」


 ゼブルの言葉を合図に昆虫族モンスターたちは一斉に動き出す。


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