第54話 新たな作戦
リントスジン防衛戦はゼブルたちの加勢によって王国軍の勝利となった。
住民たちは圧倒的戦力差がありながらも公国軍を倒したという報告を聞いて奇跡だと驚き、同時に生き延びられたことを心から喜んだ。
ただ、住民たちが喜ぶ中、防衛に参加した王国軍の騎士や兵士たちは複雑な気分になっていた。
公国軍からリントスジンを守れたことは勿論嬉しく思っている。しかしゼブルやその配下が強大な力で多くの公国兵が命を落とした光景を見たことで、ゼブルたちに対する驚きと恐怖を感じており、勝利を素直に喜べずにいた。
王国軍の中には北西門と南門の防衛に就いたことで東門の戦いを目撃しなかった者もいる。彼らは東門に配備された仲間たちにどんな戦いだったのか尋ねたが、ゼブルの力と公国兵たちが無惨に殺害されたことに恐怖していた騎士たちは話そうとしなかったため、結局詳しく聞くことはできなかった。
日が完全に沈み、暗闇に包まれる東門では騎士や兵士たちがリントスジンの周辺を見張っている。
ゼブルたちによって攻め込んで来た公国軍は壊滅させられたが、公国軍が新たな部隊を送り込んでこないとも言い切れない。夜襲を警戒し、王国軍は最低限の見張りを配備していた。
「異常は、無さそうだな……」
東門の右側の城壁では若い青年の騎士が篝火の明かりを頼りに周囲を見張っている。ただ、九百近くの公国軍を倒したことで再び攻め込まれる可能性は低いと考えているのか、そこまで警戒心は強くなかった。
周囲に異常が無いことを確認した青年騎士は静かに息を吐きながら気持ちを楽にする。だがすぐに俯き、何かを思い詰めるような表情を浮かべた。
「どう? 何か異常はあった?」
青年騎士が俯いていると一人の若い女騎士が階段から城壁の上に上がり、青年騎士に声をかける。状況から青年騎士と同じ東門の見張りに就いている騎士らしい。
話しかけられた青年騎士は振り返り、自分の方へ歩いてくる女騎士を見つめる。
「いや、大丈夫だ」
「そう、このまま無事に夜が明けてくれるといいわね」
「ああ……」
返事をした青年騎士は暗い声で返事をすると前を向いて見張りを続ける。
女騎士は青年騎士の隣にやって来ると不思議そうな顔で青年騎士を見つめた。
「……ねぇねぇ、アンタ公国軍が攻めて来た時に東門の防衛に就いてたんでしょう?」
「ん? ああ……」
「てことはさぁ、魔王ゼブルが戦うところも見てたんだよね?」
青年騎士は女騎士の言葉に反応し、驚いたよな表情を浮かべながら女騎士の方を向く。
女騎士は小さく笑いながら興味のありそうな顔で青年騎士を見つめている。その顔からは魔王ゼブルがどれほどの力を持ち、どんな戦い方をしたのか教えろという意思がハッキリと伝わってきた。
青年騎士の前にいる女騎士は公国軍が攻めてきた際、南門の防衛を任されていたため、ゼブルの戦う姿を見ていない。
どんな戦いだったのか、ゼブルがどのようにして公国軍を倒したのか、戦いが終わった後に東門の守りを担当した仲間に尋ねたが、誰一人詳しく話してくれなかったので女騎士は戦いの内容が分からずにいたのだ。
「どんなふうに公国軍を倒したのか教えてくれない? 他の奴に聞いても誰も話してくれなかったのよ」
これまで誰も教えてくれなかったからか、女騎士は真剣な眼差しを向けながら青年騎士に説明を求める。
青年騎士は女騎士の顔を見ると複雑そうな表情を浮かべながら黙り込む。
今まで仲間たちが女騎士に説明を求められても答えなかった理由を青年騎士は知っているため、仲間が説明しなかったことに納得しており、同時に自分が女騎士に説明してよいのかと悩んだ。
「ねぇ、教えてよ。どんな戦いだったの?」
黙ったまま話そうとしない青年騎士に女騎士は少し力の入った声で話しかける。
今の流れだと、これまで質問した者たちと同じようにまともに説明もされずに話を終わらせられる可能性があったため、女騎士は絶対に説明させると決心しながら青年騎士を見ていた。
女騎士の口調と鋭い眼差しに青年騎士は思わず目を見開く。もしここで説明せずに誤魔化したりすれば後々面倒なことになるかもしれない。青年騎士は僅かに表情を曇らせながら考え込んだ。
「……分かった。話すよ」
「やった!」
ようやく知りたがっていた情報を得られると知って女騎士は子供のように喜ぶ。
気分を良くする女騎士を見つめる青年騎士は後で聞いたことを後悔しないでくれと心の中で女騎士に語り掛けるのだった。
それから青年騎士は東門での戦いの内容を一から順に女騎士に説明していった。
最初は女騎士も興味津々で話を聞いていたが次第に表情は変わっていき、全てを聞き終えた時には目を見開いて驚いていた。
「……それ、ホントなの?」
「ああ、九百の敵をたった数人で蹴散らして、逃亡した連中も全滅させた」
真剣な顔で頷く青年騎士を見て女騎士は僅かに眉間にしわを寄せる。
先程までは少し大袈裟に説明しているだけだと思っていた女騎士だったが、青年騎士の様子から全て事実だと悟った。
女騎士はどれだけ激しい戦いだったのか気になり、城壁の上からリントスジンの外を確認しようとする。話を聞くよりも戦場を直接見ることでより詳しく分かると感じているようだ。
「お、おい、よせ」
青年騎士は女騎士が何をしようとしているのか気付くと慌てて止めようとする。だが青年騎士が制止は間に合わず、女騎士は城壁の上からリントスジンの外側を覗き込んだ。
女騎士は東門や城壁の周囲を確かめるために城壁から顔を外に出す。その瞬間、強烈な異臭が鼻を刺し、女騎士は表情を歪めながら後ろに下がった。
「な、何!? 今の臭いは……」
鼻を押さえる女騎士は驚きながら青年騎士の方を向く。
青年騎士は女騎士と目が合うと何も言わずに「もう一度見てみろ」と顎で城壁の外を指す。異臭を嗅いでしまった以上、もう止めても無駄なため、臭いに耐えながら確認させた方が良いと考えていた。
女騎士は青年騎士の反応を見て、何を伝えたいのか察するとゆっくりともう一度城壁の外を確かめようとする。今度は異臭を嗅がないよう息を止めながら覗き込んだ。
覗いた瞬間、大量の公国兵の死体が東門と城壁の前に倒れているのが視界に入った。死体は焼かれているものや潰されているもの、矢で射抜かれているものなど状態の悪いものばかりで常人なら見た瞬間に気分を悪くするほどの光景だ。
女騎士は大量の死体を見て表情を歪ませ、同時に異臭が死体が腐敗した臭いだと気付いてゆっくりと後ろに下がる。
東門と城壁の前は篝火の明かりのおかげで確認できるが、少し離れた場所は真っ暗で見えない。だが東門と城壁の前が死体だらけであることから、明かりが届かない場所にも沢山の死体があるのだと確信する。
「これは……酷いわね」
「ああ、死体の殆どが滅茶苦茶で原形を留めていない。魔王ゼブルはこれはたった数人の仲間とやったんだ」
数時間前の戦いを思い出した青年騎士は俯きながら顔色を悪くする。
敵とは言え、公国軍の騎士や兵士たちが魔王の力で惨殺された光景は衝撃的なもので、過去にモンスターや盗賊などを手に掛けた経験のある存在でも簡単には忘れられず、思い出せば吐き気を感じるほどだ。
初めて東門の状況を知った女騎士は知らない方が幸せだったかもと聞いたことを少しだけ後悔する。
しかし死体の山を見てしまった以上、すぐに忘れることはできない。せめて目に焼き付かないよう、できるだけ東門の外を覗かないことにした。
「死体は片づけなくていいの? このまま放置してたら腐敗臭が風に乗ってリントスジンに入ってくるかもしれないわよ? それに衛生的にも良くないし……」
「それについてはベルージャス候や団長も燃やしたりして何とするべきだと考えているらしい。だけど、公国軍が襲撃して来たのか日が沈む直前だったから、戦いが終わる頃には完全に夜になってしまったんだ」
「周りが暗いと死体が見え難いし、片づける人たちも上手く動けないだろうから明るくなってから死体の片づけをするってことね」
青年騎士が無言で頷くと女騎士は死体を放置する理由に納得する。
確かに夜だと周囲や足下が見え難くなるため、死体に片づけに手間取ってしまう。しかも夜中に外に出れば夜行性のモンスターや新たに送り込まれた公国軍に襲われる可能性もある。
安全に効率よく死体を片付けるためにも、明るくなってから作業に取り掛かるべきだとドザリックスたちは判断したのだ。
女騎士は東門と城壁の下を覗かないよう注意しながらリントスジンの周辺を見回す。そんな時、公国軍が身を隠していた森がある方角を向いて何かに気付いたような顔をする。
「……ねぇ、確か敗走した公国軍も追撃して全滅させたのよね? ソイツらの死体ももしかして……」
「ああ、放置してある。しかも東門の前にある死体よりも状態は酷いらしい」
東門の周囲にある死体もかなり酷い状態なのにそれ以上と聞いた女騎士は僅かに表情を歪ませる。
聞いた話では敗走した公国軍はゼブルの配下が召喚した獣族モンスターに襲われたらしく、そのことを思い出した女騎士は敗走した者たちの死体がどんな状態なのか察して顔色を悪くした。
「獣族モンスターに襲われたんだから、きっと食い千切られたり、引き裂かれたりしてるんでしょうね……」
「おい、口に出して言うなよ!」
聞くと無意識に想像してしまうと感じた青年騎士は女騎士を止める。
注意されたことで女騎士もうっかり口に出してしまったことに気付き、申し訳なさそうに青年騎士を見つめた。
「そう言えば、魔王ゼブルの配下が召喚したモンスターはどうなったの?」
「直接見てはいないが、リントスジンに戻った直後に消えてしまったらしい」
獣族モンスターたちがいないと聞いた女騎士は少し残念そうな顔をする。殺し方が酷いとは言え、公国軍を難なく倒したモンスターの姿を一度見てみたかったようだ。
魔法によって召喚されたモンスターはHPがゼロになるか、魔法が解除されるかのどちらか消滅するようになっている。今回召喚された獣族モンスターたちも公国軍を討伐してリントスジンに戻ったことで役目が終わったため、魔法が解除されて消滅した。
因みに魔法で召喚されたモンスターは消滅してしまうが、技術で召喚、生成されたモンスターは消滅せずに残り続ける。
「大勢の敵を蹴散らし、モンスターを召喚する配下までいるなんて……魔王を名乗るだけのことはある」
「そうね。……ところで、その魔王は今どうしてるの?」
「今後、公国軍とどう戦うかベルージャス候たちと話し合ってると思うぞ」
強大な力を持つ魔王ゼブルがこの後もセプティロン王国を守るために公国軍と戦ってくれるのなら、それは王国の人間として有り難いことだ。
だが万が一、大軍を簡単に壊滅させられるほどの力が王国軍に向けられたら、間違いなく公国軍のように酷い殺され方をされるだろう。
青年騎士は話し合いでゼブルを敵に回すよう結果にはしないで欲しいと心から願うのだった。
――――――
リントスジンの騎士団の詰所の一室にはゼブルたちが集まっている。そこはゼブルがリントスジンに来た直後にドザリックスたちと話し合いをするために訪れた部屋と同じ場所だった。
ただ前回と違って部屋にいる王国側の人間は王女のアルシェスに領主であり都市長であるドザリックス、第三騎士団長のロズリングの三人だけ。そして部屋の中央にある机にはセプティロン王国の東部が描かれた地図が広げられている。
ゼブルはティリアとシムス、アリスを傍らに置き、机を挟んでアルシェスたちと向かい合っている。
落ち着いているゼブルたちに対し、アルシェスたちは緊張したような表情を浮かべながらゼブルたちを見ていた。
数時間前、ゼブルはティリアたちと共に九百近くの公国軍を圧倒し、短い時間で全ての公国兵と騎士を倒して敵部隊を壊滅させた。
アルシェスたちはゼブルの恐るべき力と敵に情けを掛けない冷徹さを目の当たりにしたことで、ゼブルは間違いなく魔王を名乗る資格があると認識し、今まで以上に緊張して向かい合っている。
「それでは……公国軍との戦いの方針についての会議を始めさせていただきます」
会議開始を告げるアルシェスにゼブルたちは視線を向ける。
ゼブルと目が合ったアルシェスは落ち着いて話せるよう、静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
リントスジンを襲撃していた部隊を倒した今、アルシェスたちの次の目標は王国軍の砦を制圧している公国軍を倒して砦を取り返すことだ。
砦にはリントスジンに攻め込んできた部隊よりも遥かに多く戦力が留まっているため、彼らと戦う以上今までよりも念入りに作戦を練る必要があった。
「早速始めたいのですが、その前にゼブル殿に感謝の言葉を申し上げます」
「感謝の言葉?」
ゼブルが聞き返すとアルシェスは真剣な表情を浮かべながら深く頭を下げる。
「この度はリントスジンの防衛に力を貸していただき、誠にありがとうございました。王族として心から感謝いたします」
「私からもリントスジンに住む者たちを代表としてお礼を申し上げます」
アルシェスがゼブルに礼を言うとドザリックスもそれに続いて頭を下げる。
騎士団長のロズリングも無言だがドザリックスと同じようにゼブルに向けて頭を下げた。
本来であれば王女であるアルシェスよりも先に領主であり、都市長であるドザリックスが礼を言うべきなのだが、ゼブルに対する緊張から礼を言うことをスッカリ忘れていた。
そんな時にアルシェスが先に礼を言ったため、渡りに船と感じたドザリックスはアルシェスに続いて礼を言ったのだ。
「別に礼を言う必要は無い。俺はオルジムス王との約束で戦ってるんだからな」
「だとしても、ゼブル殿がリントスジンを守ってくださったのは事実です。助けてもらった者として感謝をするのは当然のことです」
頭を下げたまま感謝の言葉を口にするアルシェスをゼブルは無言で見つめる。
ゼブルの隣に立つティリアは王女であるアルシェスが感謝する姿を見て、ゼブルのことを少しは信用してくれたのだろうと感じて小さく笑っていた。
(感謝ねぇ……俺にはそれ以外の理由で頭を下げているように見えるんだけどなぁ)
ゼブルは頭を下げるアルシェスを見て心の中で呟く。
アルシェスは頭を下げている間、両手を握りながら小さく震わせており、それを見たゼブルはアルシェスが感謝の気持ち以外に下心があると考えたのだ。
実際にゼブルの予想は的中していた。
アルシェスの行動にはリントスジンを救ってくれたことに対する感謝の気持ちも確かにある。だが、それ以上にゼブルに対する恐怖心と敵に回したくないという意思があった。
公国軍との戦いでアルシェスはゼブルと配下のティリアたちがとんでもない強さを持っていることを理解し、同時にゼブルたちを敵に回せば確実に自分たちは終わると悟った。
もしもゼブルと敵対することになれば、自分たちも今回襲撃して来た公国軍と同じ末路を辿ることになってしまう。
最悪の結果だけは絶対に避けたいアルシェスはゼブルに感謝の言葉を口にしながら、ゼブルと敵対する意思は無いこと、そして自分たちを傷つけないでほしいという願いを伝えようとしていたのだ。
拳が震えていたのもゼブルに対する恐怖が表面化したことによるものだ。
頭を下げるアルシェスは汗を掻きながら緊迫した表情を浮かべている。自分にはゼブルを敵に回す気は無い、それが伝わってほしいと思いながらアルシェスは自身の足元を見つめていた。
「アンタたちの意思は分かった。感謝するって言うならそれでも構わない」
「ハイ」
(まぁ、本心が何であれ、俺に敵対する意思が無ければそれでいいさ。……逆に敵対する意思があるってんなら、容赦はしねぇけどな)
敵になった時は容赦はしない、そう考えながらゼブルは頭を下げるアルシェスを見つめる。
ゼブルが見つめた瞬間、アルシェスは悪寒を走らせながら大きく目を見開く。
この時のアルシェスはゼブルから「決して裏切るな」と警告されていると感じており、よく見なければ分からないくらい小さく肩を震わせていた。
「殿下、どうかされましたか?」
「い、いや、何でもない……」
ティリアに声をかけらたアルシェスは顔を上げ、小さな笑みを浮かべながら答える。
普通の笑顔とは明らかに違うアルシェスの表情を見て、ティリアは不思議そうに小首を傾げた。
「それじゃあ、早速会議を始めるか」
「は、ハイ」
ゼブルの言葉を聞いたアルシェスはもう一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
ドザリックスたちも気持ちを切り替え、公国軍とこれからどう戦うべきなのか考えながら机の上の広げられている地図とその上に乗っている青と赤の兵棋を見つめた。
「まず現状ですが、ゼブル殿たちのご活躍で九百近くの公国軍を壊滅させることができました。ですが、後方にはまだ四万弱の戦力が残っており、公国軍に大きなダメージを与えられたとは言えません」
ロズリングはセプティロン王国東側が描かれた地図に置かれた赤い兵棋を指差し、公国軍にとって九百程度の被害は些細なものであると説明する。
アルシェスとドザリックスもロズリングと同感なのか、難しい表情を浮かべながら地図を見ていた。
「一方で我が軍には死傷者は出ておりません。ですが、公国軍が放った矢を受けて負傷した者が出ており、現在まともに戦える戦力は百人ほどとなっております」
「何と言うことだ、更に戦力が低下してしまうとは……」
ただでさえ大きな戦力差があるのに、更に負傷者が出てしまったことでドザリックスは顔に手を上げながら俯く。
現状の戦力では残っている公国軍を領内から追い出すことは愚か、まともに戦うこともできない。九百の敵部隊を倒しても王国軍が不利なことに変わりは無いと知り、ドザリックスは溜め息をつきながら肩を落とす。
「今の段階では公国軍の本隊に戦いを挑むのは不可能です。ここは王都からの救援部隊が到着するのを待ち、合流した後に進軍して制圧された我が軍の砦を取り戻すべきだと思います」
「確かに現状ではそれが一番かもしれないな……だが、合流したとして私たちに勝機はあるのか? 情報では奪われた砦には二万ほどの公国軍がいるのだろう?」
アルシェスは王国領内にいる公国軍の戦力から、救援部隊と共に戦っても勝てる可能性は低いのではと考え、小さな不安を感じながらロズリングに尋ねる。
ロズリングはアルシェスを見ると僅かに表情を曇らせ、目を閉じながら小さく首を横に振った。
「現時点では分かりません。合流する救援部隊が二万かそれ以上の戦力であれば十分勝機はありますが、もし少なければ難しいと思われます」
救援部隊の戦力が少なければ勝ち目はない。説明を聞いたアルシェスは戦争では戦力が勝敗に大きく関わるのだと改めて理解した。
「それに奪われた砦だけでなく、公国軍側の砦にも二万近くの敵がおります。それを考えると、勝つにはこちらも同等の戦力を用意する必要があるかと……」
「こちらも四万の戦力が必要、ということか……だが、現状では早急に四万の戦力を集めるのは無理だろう」
俯きながら呟くアルシェスを見たロズリングは深刻そうな顔をする。
王国軍の総戦力は七万以上でそれを複数の騎士団や衛兵隊などに分けられて各都市に配備されている。
侵攻して来た公国軍に勝つためには四万以上の戦力が必要なため、王都ミュリンクスから派遣される救援部隊は四万前後でなくてはならない。だが、現在ミュリンクスにある戦力は約三万で全ての戦力を増援として派遣しても公国軍に勝てるかは微妙だった。
他の大都市や小都市にも救援を要請して戦力を更に増強すれば十分勝てるだろうが、勝つための戦力をリントスジンに集結させるにはかなり時間が掛かる。
それでは戦力が揃う前に公国軍が先に動き、再びリントスジンに制圧部隊を送り込まれてしまう。つまり、公国軍が動くより先に勝つための戦力を揃えるのは難しいということだ。
公国軍に勝つためには、ミュリンクスから派遣された救援部隊と合流した直後に砦に向かうのが一番だろう。
しかし、ミュリンクスから送られる戦力を考えると砦を奪還できる確率は低い。仮に砦を奪い返すことができてもその後の戦いが厳しくなる。
王国側の砦にいる公国軍と戦い、砦を取り戻したとしてもその戦いで王国軍も確実に被害を受けることになる。被害を受けた状態で公国側の砦にいる公国軍と戦ってもまともに戦えるはずがない。
砦を奪い返した後で新たに救援を要請して戦力が整うまで待機するという手もあるが、救援が来る前に公国軍が砦に攻め込んでくる可能性がある。
現状では王国軍が不利な戦いになるのは避けられないということだ。
「公国軍に勝つためには彼らよりも勝った戦力を用意し、こちらから早急に攻め込まむ必要がある。だが、現状ではそれは不可能。いったいどうすれば……」
何かいい方法はないか、ドザリックスは深刻な表情を浮かべながら考える。
効率よく公国軍に勝つ方法が思いつかないため、部屋には重苦しい空気が漂っていた。
「……ゼブル殿、何か良い案はございますか?」
自分たちではいくら考えてもいい案が思いつかないと判断したアルシェスはゼブルに声をかける。
ゼブルなら現状でも公国軍に勝つ方法を思いつくかもしれない。アルシェスはそんな期待を抱きながらゼブルを見つめた。
「別に難しく考えることは無いだろう。公国軍が動くよりも先にこっちが仕掛ければいいだけだ」
「しかし、現時点では全ての公国軍を押し返すどころか、奪われた我が軍の砦を取り戻すこともできません。王都からの救援部隊の戦力もどれほどのものか分かりませんし……」
「救援部隊を待つ必要なんてない」
「え?」
ゼブルの言葉にアルシェスは思わず聞き返す。
ドザリックスやロズリングも戦力の増強が不要と聞かされて不思議そうにゼブルを見ていた。
「アルシェス王女、トリュポスを発つ前にアンタに言ったよな? 俺たちがリントスジンに来てしばらくしたら俺が用意した部隊が合流すると」
「え、ええ……」
「その部隊を使って奪われた砦の奪還、そして残っている公国軍を一掃する」
ゼブルが用意した部隊で公国軍と戦うと聞いたアルシェスは思わず目を見開く。
「で、ですが、ゼブル殿が用意された部隊はリントスジンを防衛するためのものでは?」
「ああ。だが実際は防衛だけじゃなく、公国軍を倒して俺が建国する新国家の力を見せつけるための部隊でもある。だから防衛でなく、敵軍への強襲に使っても問題は無い」
「そ、そうなのですか……」
ゼブルの部隊が公国軍との戦いに協力してくれるのは、戦力の少ない王国側としては寧ろ好都合だ。
だが、いくらゼブルが用意した部隊でも四万弱の敵を相手にするのは厳しいのではないかとアルシェスたちは感じて僅かに表情を暗くする。
「それでどうする? 砦を奪還するつもりなら、すぐにこっちに呼び出すぞ」
「す、すぐにと言いますと、どのくらいの時間で?」
ドザリックスが驚きながら尋ねると、ゼブルは呆れたような反応を見せながら腕を組む。
「忘れたのか? 俺たちは転移してリントスジンに来たんだぞ? 同じように転移魔法を使えば数秒で呼び出せる」
「な、成る程……確かに転移魔法なら、一瞬で合流できますね……」
ゼブルの言葉を聞いたドザリックスは苦笑いを浮かべながら納得した反応を見せる。
異世界では転移魔法は優れた魔導士の中でも一握りの人材しか使えない高等の魔法だ。そんな魔法を使えることが当たり前のように語るゼブルを見て、ドザリックスは自分の中にある魔法に関する常識が間違っていたり、時代遅れなのではと感じていた。
ゼブルが用意した部隊とすぐに合流できるのなら、ミュリンクスからの増援部隊を待たずに砦の奪還に向かった方がいいのではとドザリックスは考える。
しかし、他の者の意見を聞かずに勝手に決めるなんてことは領主であっても許されない。アルシェスやロズリングと話し合ってどうするか決める必要があった。
「……殿下、私はすぐにでも砦の奪還に向かうべきだと思っております」
「すぐ、と言うと?」
「可能なら明日にでも」
翌日に砦へ向かうべきだという提案にアルシェスは真剣な眼差しを向ける。
アルシェスもゼブルの部隊が協力してくれるのだから戦力に関しては問題無いと思っているが、九百の敵部隊を倒した翌日に出撃するのは流石に早すぎるのではと感じていた。
「一応、明日である理由を聞いてもいいか?」
「リントスジンを制圧する敵部隊は数時間前に壊滅し、生き残った敵兵もおりません。今の段階では公国軍の本隊は制圧部隊が壊滅したことに気付いておらず、油断しています。敵が油断している状態で砦を襲撃すれば、少しはこちらが優勢になるはずです。そうなれば砦奪還の成功率も高くなると考え、明日にも出撃するべきだと判断しました」
ドザリックスの話を聞いたアルシェスは一理あると感じ、難しい顔をしながら考え込む。
「……ロズリング団長、貴方はどう思う?」
「ハイ、確かに公国軍が油断している間に進軍し、砦に奇襲を仕掛ければ奪還しやすくなるでしょう。ですが、砦には二万弱の戦力が駐留しています。奪還に動くかどうかは、ゼブル殿が用意してくださる部隊の戦力次第ですね」
攻撃を仕掛けるにしても、まずは戦力を確認する必要があるとロズリングから聞かされたアルシェスは納得した様子で頷く。
ドザリックスもロズリングの話を聞いて確かに戦力の確認は重要だと感じたのか、不満は一切見せなかった。
「ゼブル殿、砦の奪還に向かうか決断するため、用意してくださる部隊の戦力を教えていただけますか?」
「そうだなぁ、今回の戦いで公国軍の大体の戦力は把握した。公国の兵士や騎士の個々の実力、そして人数を考えると……」
アルシェスたちは考えるゼブルを見ながら、どれほどの戦力を用意してくれるのか予想する。
ゼブルはミュリンクスの救援部隊を待たなくても砦を奪還できると言っていたため、それなりの数を用意してくれているのではと考えていた。
「まぁ、三百ってところだな」
「……えぇ?」
予想外の数にアルシェスは思わず間抜けな声を漏らす。
ドザリックスもロズリングも部隊の数を聞いて目を丸くしていた。




