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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第3章  救済の魔蟲
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第53話  無慈悲な追撃


 公国兵たちは空から降り注ぐ矢を受けて次々と倒れていく。既に東門の外側にはゼブルとティリアの攻撃、そして矢の雨によって絶命した公国兵や公国騎士が大勢倒れている。

 運よく生き残っている者たちは目の前の地獄と言える光景に恐怖し、その場に座り込んで震えたり、武器を捨てて逃げ出そうとしたりする者もいる。その殆どは徴兵令で戦争に参加した一般人たちだ。

 生き残りの中には何とか平常心を保っている正規の公国騎士や兵士がおり、周りで取り乱している仲間たちに声をかけて落ち着かせようとする。しかし冷静さを失っている者たちにその声は届かず、公国軍はまともに戦える状態ではなくなっていた。


「おうおう、連中完全に混乱してるな」


 見張り場の上から公国軍の様子を窺っているゼブルは呑気に呟く。

 目の前で多くの公国兵、それも徴兵された者たちが命を落とす光景を見ているがゼブルは心を痛めたり、罪悪感などは一切感じていない。ゼブルは改めて自分はもう人間ではなく、心身ともに魔王になったのだと実感するのだった。

 ゼブルの隣ではティリアが同じように混乱する公国軍の様子を窺っている。ティリアはゼブルと違い、倒れたり逃げ回っている公国兵たちを見て僅かに表情を曇らせていた。

 例え戦争だとしても、自分やゼブルの行動が原因で多くの公国兵が命を落とすことに心を痛める。ただ、罪悪感に押しつぶされそうになるほど心は乱れていない。

 以前冒険者たちを利用してダンジョンの性能を確かめた日から、自分が原因で人が死ぬことに慣れる覚悟を決めたため、酷く取り乱すことは無かった。

 だが、何も感じなくなって悪魔のような存在になるわけにはいかない。ゼブルからも他人の死に慣れても、他人の死に心を痛めてるのは構わないと言われているため、ティリアは心の痛みを感じ続けられるよう、自分が原因で公国兵たちが死んだことを忘れてはならないと自分に言い聞かせる。


「俺たちとシムスの攻撃で既に公国軍の戦力は半分ほどに低下している。もう公国軍にリントスジンを制圧することはできねぇだろうな」

「ええ、彼らに戦意が残っているとしても、今の状態では無理だと思います」


 ティリアはゼブルを見ながらリントスジンが危機的状況から脱したことに同意する。彼女も現状では公国軍が東門を突破し、都市内に進軍することは不可能だと確信しているようだ。

 ゼブルとティリアが戦況を確認している間も二人の頭上をシムスが放った矢が通過し、公国軍の真上まで移動すると大量に増えて公国兵たちに降り注ぐ。

 矢の雨を受けた公国兵たちは痛みと恐怖で断末魔を上げ、次々と倒れていった。


「……こ、これは現実なのか?」


 ゼブルとティリアの後ろで待機していたアルシェスは顔色を悪くしながら呟く。

 ゼブルたちによって大勢の公国兵が倒され、攻め込んできた公国軍が圧倒されている。普通なら喜んだり士気が高まる状況なのだが、東門前が公国兵の死体で一杯になっている状況を目の当たりにしたことで喜びよりも恐怖を感じてしまっていた。

 何よりも大勢の公国兵をたった数人で蹴散らすゼブルたちに驚愕し、アルシェスはゼブルやティリアは間違いなく二百年前に現れた魔王と同等の力を持っていると確信する。

 アルシェスだけでなく、ドザリックスや東門の防衛に就いているロズリングやノルチェ、王国軍の騎士や兵士たちも大勢の死者を出している公国軍を見て固まっている。

 その場にいた全員が魔王ゼブルが味方でよかったと心の底から思い、同時にゼブルのとてつもない力に衝撃を受けていた。


「ぜ、ゼブル殿。貴方やティリアのおかげで公国軍の戦力を半分まで削ぐことができましたが、この後はどうされるおつもりですか?」


 ゼブルに近づいたアルシェスは愛想笑いを浮かべながら尋ねる。


「勿論、残りの連中を蹴散らして公国軍を全滅させる」


 容赦なく全ての敵を倒すと語るゼブルにアルシェスは思わず笑みを消す。

 既に公国軍は戦力の半数を失い、リントスジンを制圧することはできない状態だ。敵とは言え、これ以上公国軍の兵士たちを死なせるのは酷だとアルシェスは感じ、公国軍をこのまま撤退させてやりたいと考えていた。


「で、ですが公国軍は既にリントスジンに手を出すことができないくらいのダメージを受けています。これ以上戦う理由は無いのでは?」

「アルシェス王女、アンタは肝心なことを忘れてる」

「え?」


 アルシェスはゼブルの言葉を聞いて思わず聞き返す。何か重要なことを忘れているのか、アルシェスは小さく俯いてゼブルが何を言いたいのか考える。


「確かに“目の前にいる”公国軍はリントスジンを制圧することはできないだろう。……だが、後方にはまだ四万弱の公国軍がいる。ソイツらが新たに戦力を送り込めば連中は再びリントスジンを襲撃することが可能になる」


 ゼブルに言われて公国軍の総戦力を思い出したアルシェスは目を見開く。

 確かに公国軍は四万の大軍でセプティロン王国に侵攻して来た。今目の前にいる公国軍を撃退しても後方の本隊に救援を要請し、部隊を建て直せば再びリントスジンに攻めてくるはずだ。


「目の前にいる公国軍と戦うのをやめ、連中を逃がしたらどうなる? 公国軍は後方の本隊にこちらの情報を流し、今以上の戦力で攻め込めるよう部隊を編成し直すはずだ」

「た、確かに……」

「ここで公国軍を逃がせば、敵本隊にこちらの情報を知られるだけじゃなく、反撃の機会をも与えることになる。それを防ぐためにも此処で公国軍を全滅させる必要があるんだ」


 王国軍が有利に立つために公国軍を逃がすわけにはいかないと語るゼブルを見てアルシェスは俯いたまま黙り込む。

 戦争に勝つためには敵の情報をできるだけ多く、そして細かく手に入れる必要がある。だがそれは王国軍だけではなく、公国軍も同じことだ。

 公国軍が戦争で勝つためには王国軍の有力な情報を手に入れる必要がある。もしここで目の前にいる公国軍を逃がし、王国軍やリントスジンの情報が敵本隊に渡れば王国軍は再び不利になってしまう。

 アルシェスは王国軍が勝つ確率を上げるため、そして公国軍が勝つ確率を下げるためにも目の前の敵を全滅させるというゼブルの意思を知って自分の考え方が甘いことを認識する。

 黙り込むアルシェスを見たゼブルは自分の考えに納得したと考え、視線を公国軍へ向ける。

 アルシェスと会話している間も後方のシムスが攻撃していたらしく、攻め込んできた公国軍の兵士は全体の七割近くが倒れており、生き残っているのは僅かとなっていた。


「さて、敵も残り少ないし、そろそろ仕上げに取り掛かるか」


 ゼブルは振り返ると街の方を向いて右手を上げ、後方にいるシムスに攻撃をやめるよう指示を出す。

 指示がシムスに伝わったのか、手を上げてからは矢は飛んでこなくなった。

 シムスの長距離攻撃が止むとゼブルは見張り場から東門に内側にある広場に飛び下り、そのまま広場の中央に向かって歩いて行く。

 ティリアやアルシェスたちは見張り場の上から一人で広場へ移動したゼブルは見下ろしていた。

 ゼブルがこれから何をするのか分からないアルシェスたちは不思議に思いながらゼブルを見つめている。

 広場にいる王国軍の騎士や兵士たちが見つめる中、ゼブルは広場の中央にやって来て立ち止まる。目の前にはゼブルを見上げるアリスとその傍らで同じようにゼブルを見ているダイナの姿があった。


「待たせたな、アリス。お前の番だ」

「ハーイ」


 戦闘に参加できることに楽しさを感じているのか、アリスは微笑みながら返事をする。

 広場にいる者たちは笑っているアリスを見て呆然とした。

 ゼブルとアリスの周りにいる騎士や兵士たちの中には、アリスを人間の幼女だと思っている者が多くおり、命懸けの戦いに参加するのにどうして楽しそうにしているのだと疑問を抱いている。

 アリスは周りが驚きの視線を向けていることに気付いていないのか、笑ったままゼブルを見上げている。隣にいるダイナだけは周囲の反応に気付いたのか、周りを見回しながらまばたきをしていた。


「それで魔王様、どれくらいの数を出せばいい?」

「そうだなぁ……まぁ、三十体ぐらいだな」


 ゼブルから数を聞いたアリスは両手を横に伸ばして目を閉じる。その直後、アリスの両手の中に白い魔法陣が展開された。


――――――


 東門から300mほど離れた所では矢の雨と爆発から生き延びた公国兵たちの姿があった。

 公国兵は全員が剣や槍を握りながら怯えた様子で周囲を見回したり、その場に座り込んで震えたりしている。

 数分前に起きた王国軍の謎の攻撃で大勢の公国兵が命を落としたため、現在公国軍の士気は大きく低下していた。

 最初は九百前後だった公国軍の戦力は王国軍の攻撃で二百八十ほどまで減っている。生き残った者の中には正規の公国兵や騎士もいるが、徴兵令で参加した一般人の公国兵と比べると遥かに少ない。

 部隊長である公国騎士も数えるほどしか数人しか残っておらず、もはや制圧部隊としての機能を失っていると言ってもいい状態だ。


「いったい、どうなっているんだ。……何が起きたというのだ」


 生き残っている公国兵たちの後方では指揮官であるメーバックスが馬に乗ったまま愕然としている。

 少し前まで千人近くいた自分の部隊が三分の一以下まで減っていることが信じられず、最初は幻覚か何かではと自身の目を疑っていた。

 だが、いくら時間が経過しても目の前の光景は変わらないため、ようやく目の前の出来事が現実だと理解する。


「魔法に続いてあれだけの矢を放ってくるとは……王国軍の奴らめ、魔導士を隠していただけでなく、全ての兵で矢を放って攻撃してきたのか?」


 王国軍が自分の部隊よりも戦力が上だったと考えるメーバックスは悔しさを露わにする。

 リントスジンを圧倒的な戦力差で制圧して手柄を立てることを計画していたメーバックスにとって現状は屈辱以外の何でもなかった。

 メーバックスが遠くにある東門を睨んでいると、右の方から金髪の騎士が馬に乗って駆け寄って来る。金髪の騎士もリントスジンからの攻撃から何とか生き残ることができたようだ。


「メーバックス殿! 我が軍の戦力は大きく低下し、各隊を指揮する部隊長も殆どが戦死しています。ここは撤退して態勢を整えるべきかと」

「撤退だと? 馬鹿を言うな! こちらにはまだ三百近くの戦力が残っている。情報では王国軍の戦力は百から百二十ほど、今の戦力でも十分戦える!」

「なりません! 戦力で勝っていても、多くの兵士が戦死したことで生き残っている者たちの士気は低下しています。今の状態で挑んでも兵士たちはまともに戦えず、確実に返り討ちに遭ってしまいます」

「ぬうぅ~っ!」


 現状から戦闘を続けるのは危険すぎると聞かされたメーバックスは奥歯を噛み締めながら唸るような声を出す。

 確かに士気が低下している状態では数が上でも勝てるはずがない。しかも部隊長を務める公国騎士も殆どがやられているため、公国兵たちを上手く動かすこともできない状態だった。


「それにあれだけの矢を一度の放ってきたのです。もしかしたら王国軍は我々の知らない間に増援部隊と合流して戦力を強化している可能性もあります。もし、今の王国軍の戦力がこちらよりも上だったらどうされるのですか?」

「くうぅっ……」


 何も言い返せないメーバックスは金髪の騎士から目を逸らす。

 メーバックスは王国軍の戦力が増している可能性を考えていなかったため、金髪の騎士の話を聞いた時は内心驚いていた。士気が低下し、部隊長を失っている今の状態で戦力が上かもしれない王国軍と戦うのは自殺行為でしかない。


「我が軍はこのまま森まで撤退します。よろしいですね?」


 金髪の騎士は目を鋭くしながら黙り込むメーバックスに尋ねる。今までは部隊長と言う立場から指揮官であるメーバックスの指示に渋々従っていたが、今回は流石に戦況が悪すぎるため、メーバックスがどんな指示を出しても反対するつもりでいた。


「……いいだろう」


 メーバックスは自分を睨むように見つめる金髪の騎士を見ると苦虫を嚙み潰したような顔をしながら撤退を許可する。

 このまま戦闘を続行すれば王国軍に敗北し、最悪自身も戦死するかもしれない。いくら出世欲が強いメーバックスでも自分が死ぬ確率が高い戦闘を続ける気は無かった。

 撤退の許可を得た金髪の騎士は早速生き残っている者たちに指示を出そうとする。そんな時、リントスジンの東門がゆっくりと開きだす光景が視界に入り、金髪の騎士は意外そうな顔で東門を見つめた。

 金髪の騎士だけでなく、メーバックスや生き残っている公国兵たちも開門に気付いて東門に注目する。なぜ突然リントスジンの門が開いたのか、生き残っている公国軍の騎士、兵士の全員が疑問を抱いていた。

 しばらくして東門が全開するとリントスジンから何者かが現れ、メーバックスたちは出てきた人影を確認する。

 現れたのは五歳くらいの金髪の幼女で戦場には似合わない綺麗な青いワンピースを着ている。そして幼女の隣には茶縞の仔猫の姿があった。

 突然現れた幼女と仔猫を見て、メーバックスや金髪の騎士は王国軍が話し合いをするための使者か何かかと予想する。

 だが、王国軍側が有利な状況で話し合いを行うなど考え難い。何よりも使者なら幼女ではなく、騎士や貴族などに任せるはずなので、話し合いの使者ではないとメーバックスと金髪の騎士は考えていた。

 メーバックスたちが警戒する中、幼女は東門の前に立ち、公国軍の状態を確認する。そして何かを理解したような反応を見せると東門の方を向いた。


「いいよーーっ!」


 幼女は両手を口元に持ってきてリントスジンの中にいる誰かに大きな声で呼びかける。

 メーバックスたちは幼女を見て新たに誰かがリントスジンから出てくると確信し、東門を見つめながら警戒した。

 幼女が呼びかけてしばらくすると、大きな影が次々と東門を通過して外に出てきた。現れたのは二種類の獣のモンスターたちで目の前の幼女を気にすることなく移動する。

 モンスターたちは幼女の左右で二種類交互に横一列に並び、その後は動くことなく遠くにいる公国軍を見つめた。

 数は三十体で二種類が十五匹ずつ分けられている。二種類のモンスターの内、一つは体長4mほどで濃い銀色の体毛を生やし、青い目をした大きな狼のようなモンスターだ。四本の脚からは鋭い爪が生え、上顎からは他の牙よりも少し長い牙が二本伸びていた。

 もう一つは体長4mほどの肉食獣のような姿をしていた。錆色の皮膚に黄色い目を持ち、頭からは二本の灰色の太い角と黒いのたてがみ、口からは鋭い牙が生えている。そして四本の太い脚からは爪、長い尻尾からは数本の棘が生えており、狼の姿をしたモンスターよりも凶暴さが感じられた。


「な、何だあれは? どうしてリントスジンからモンスターが出てくるんだ」


 メーバックスは目を丸くしながら並んでいる獣のモンスターたちを見つめる。戦闘が始まってから爆発や雨のように降る矢など、予想外のことが次々と起きて状況が理解できずにいた。


「おい、あのモンスターたちは何なんだ?」


 自分の知識だけでは何も分からないメーバックスは金髪の騎士に問いかけた。


「わ、分かりません。ただ、リントスジンから出てきたことから王国軍が手懐けた存在かもしれません」

「何だと!?」


 セプティロン王国がモンスターを手懐けている可能性があると聞かされたメーバックスは目を見開きながら驚いた。

 モンスターを手懐け、命令に従わせるにはモンスターに関する知識、そしてビーストテイマーのようなモンスターを手懐けることができる職業クラスや特殊なアイテムが必要になる。そして何よりもモンスターを手懐けたり、調教するのはとても難しく時間が掛かることだ。

 メーバックスはダーバイア公国ができていないことをセプティロン王国が成功させた可能性があると知り、衝撃を受けながらモンスターたちを見つめる。


「しかし、もし本当に手懐けているのだとしたら、かなりマズい状況です……」

「どういうことだ?」

「現れた二種類のモンスターですが、狼のような姿をしている方がカイザーウルフ。もう一体がベヒーモスです。……どちらも英雄級の実力者が十人近くで挑まなければ勝てないと言われている強力なモンスターなのです」

「なっ!」


 モンスターを手懐けているだけでも驚くべきことなのに、強力なモンスターだと聞かされてメーバックスは驚愕する。

 英雄級の実力者でも苦戦するモンスターが三十体も現れた現状にメーバックスも流石に危険な状況に立たされていると悟り、汗を流しながらモンスターたちを見つめた。


――――――


「よかった、兵士の人たちは固まってるわ。これならすぐに倒すことができそう」


 遠くにいる公国軍の様子を窺うアリスは小さく笑みを浮かべる。今回リントスジンを襲撃した公国軍の兵士は誰も逃がしてはならないため、短時間で一掃できる状況にアリスは安心していた。


「皆ー! もう一度作戦を確認するわねぇ?」


 アリスが待機しているカイザーウルフとベヒーモスたちを見ながら大きな声を出すと、全ての獣族モンスターたちは一斉にアリスの方を向く。


「公国軍の人たちは全て倒すことが皆のお仕事よ。私たちの情報を公国軍の本隊に知られたら面倒なことになるから、一人も逃がしちゃダメって魔王様は言ってたわ。だから最初から全力であの人たちを倒してね」


 まるで母親が子供に言い聞かせるかのようにアリスは優しい口調でモンスターたちに語り掛ける。

 カイザーウルフとベヒーモスたちはアリスの指示を聞くと返事をするかのように鳴き声を上げた。

 魔将軍の中で妨害・防衛戦最強と言われているアリスはメイン職業クラスにビーストテイマーの上位職である“ビーストマスター”を修めており、EKTの世界ではゼブルの拠点を襲撃して来たNPCや他の魔王プレイヤーたちに配下の獣族モンスターたちをぶつけて拠点の防衛、もしくは進軍の妨害をしていた。

 ビーストテイマーはその名のとおり獣族モンスターを手懐け、自身の配下として戦闘などに利用できる。テイマー系にはビーストテイマー以外にも、ドラゴン族を対象とするドラゴンテイマーなどがあり、職業クラスによって配下に出来るモンスターの種族や数、得られる技術スキルも変わってくるのだ。

 技術スキルの中には配下のモンスターを強化するものもあれば、配下でないモンスターを弱体化させるものもあるため、使い方次第ではどの職業クラスよりも強力だと言えるだろう。

 アリスの職業クラスであるビーストマスターはビーストテイマー系の職業クラスの最高位であり、配下に出来るモンスターの種類や数も多い。対象となるモンスターの中にはフェンリルのような上級モンスターなども含まれている。

 因みにアリスの配下には上級の獣族モンスターも多くいるが、異世界では余程の事態にならない限り使うことは無い。


「それじゃあ、早速始めましょう。あまり時間を掛けると公国軍に逃げられちゃうから」


 軽く手を叩きながらアリスは獣族モンスターたちに戦いを始めることを伝える。公国軍が自分や獣族モンスターたちに気付いて撤退の準備を始めているとアリスは予想しており、一秒でも早く動いた方がいいと考えていた。

 指示を受けたカイザーウルフとベヒーモスたちは視線をアリスから公国軍に戻し、カイザーウルフたちは遠吠えを上げる。するとカイザーウルフたちの体は薄っすらと水色の光り、近くにいるベヒーモスたちの体も同じように薄っすらと光った。

 実はカイザーウルフたちはただ鳴いたのではなく、自分やベヒーモスたちを対象に技術スキルを発動したのだ。

 使用された技術スキルは“狼王ろうおうの賜与”というもので自分や近くにいる味方の獣族モンスターたちのステータスは一定時間上昇させる補助技術サポートスキルだ。制限時間はあるが、その分ステータスは大きく上昇するため、EKTでは使用するかしないかで戦況が大きく変化すると言われていた。

 技術スキルの影響を受けた獣族モンスターたちのステーテスは上昇し、下級モンスターと同等かそれ以下の強さである公国兵では決して倒せない力を得ていた。

 強くなったモンスターたちを見上げるアリスは嬉しそうに小さく笑った。

 アリスの周りにいる獣族モンスターたちは全てアリスがリントスジンから出る直前に魔法で召喚した存在なのだ。アリスはビーストマスターをメイン職業クラスとして修めているが、サブ職業クラスに獣族モンスターを召喚できる“ビーストサモナー”を修めている。

 ビーストサモナーを修めたことでアリスは共に戦う獣族モンスターを自由に召喚することが可能となっている。どんな敵と遭遇しても状況にあったモンスターを召喚できるため、問題無く対処することができるのだ。

 カイザーウルフたちが技術スキルで強化されたのを確認したアリスは公国軍の方を向いて右手を上げる。


「じゃあ、いくよ? 何度も言うけど、一人も逃がしちゃダメだからね。……よーい、スタート!」


 合図を出しながらアリスは右手を振り下ろす。その直後、待機していたカイザーウルフとベヒーモスたちは一斉に公国軍に向かって走り出した。

 カイザーウルフたちはベヒーモスたちよりも移動速度が速く、転がっている公国兵たちの死体を避けながら走り、少しずつベヒーモスたちを引き離していく。

 一方でベヒーモスたちは低い足音を立て、公国兵たちの死体を踏みつぶしながらカイザーウルフたちの後を追った。

 カイザーウルフとベヒーモスたちが走り出した直後、驚いていた公国兵たちは声を上げながら一斉に背を向けて逃げ出す。公国兵たちも現状から流石に獣族モンスターたちが自分たちを襲おうとしていると気付いたようだ。

 公国兵だけでなく、公国騎士たちも迫ってくる獣族モンスターたちを見て危険だと気付き、馬を走らせて逃走を始める。

 馬に乗っているのなら、近くにいる者を乗せて一緒に逃げればいいのではと思われるが、獣族モンスターや死に対する恐怖で公国騎士たちは完全に冷静さを失っている。

 近くで馬に乗りたそうな顔をする公国兵たちを見ても公国騎士たちは無視し、自分たちだけ馬に乗って逃げようとしていた。

 公国兵たちは全速力で走り、何とか野営地がある森まで逃げようとしていた。だが、東門の前にいたはずのカイザーウルフたちは既に公国兵たちの後方50mの辺りまで近づいており、少しずつ最後尾にいる公国兵との距離を縮めていく。


「そ、そんな、どうしてもう後ろに……」


 走りながら後ろを向く公国兵は近づいてくるカイザーウルフを見ながら青ざめる。数百m離れた所にいたモンスターがどうして一分も経たない内に追いついたのか、公国兵は理由が分からず混乱していた。

 カイザーウルフはEKTではレベル45の中級モンスターで移動速度は獣族モンスターの中でも速く、あっという間に敵との距離を縮めることができる。

 しかもこの時のカイザーウルフたちは狼王の賜与の影響で移動速度が通常より速くなっていた。そのため、数百m先にいた公国兵にも一分以内で近づくことができたのだ。

 近づいてくるカイザーウルフたちを見て、公国兵たちは死に物狂いで走る。だが、徴兵された一般人で正規の公国兵よりも体力の少ない彼らが逃げ切れるはずがなく、呆気なく追いつかれてしまう。

 カイザーウルフたちは公国兵たちに近づくと一斉に走りながら公国兵の肩に噛みついたり、前足の爪で切り裂いたりして襲い掛かった。


「ぎゃあああああぁ!!」


 爪で背中を切り裂かれた公国兵は断末魔を上げながらその場に倒れる。背中には大きなひっかき傷が付いており、公国兵の背中を血で染めていく。誰が見ても致命傷だった。

 他にも頭部や肩、腕などを嚙み千切られた公国兵もおり、苦痛の表情を浮かべながら倒れ、そのまま息絶える。中には苦痛や恐怖を殆ど感じることなく即死した者もいた。

 カイザーウルフたちは目の前の公国兵を始末するとすぐに別の公国兵に狙いを定め、次々と追いついた公国兵たちを襲っていた。


「な……なん、だ……あの……化けも……の……」


 襲われた公国兵の中には大きな傷を負いながらも生き延びた者が何人かおり、薄れゆく意識の中、離れていく仲間やカイザーウルフたちを見ていた。

 だが、そんな運よく生き残った者たちも遅れてやって来たベヒーモスたちに踏みつぶされて命の灯火を消す。

 ベヒーモスはレベル48でカイザーウルフよりも僅かにレベルが高い。移動速度は遅い方だがHPと攻撃力が高く、複数の攻撃技術アタックスキルを使用することができるのでEKTでは中級モンスターの中でも手強い存在として見られている。

 実は今回、公国軍を一掃するためにカイザーウルフとベヒーモスの二種類が使われたのには理由がある。移動速度の速いカイザーウルフが逃走する公国兵たちを仕留め損ねた時、移動速度の遅いベヒーモスがその仕留め損ねた者を確実に始末するためだ。

 実際にカイザーウルフたちの攻撃で生き延びた公国兵は数人おり、ベヒーモスたちが踏みつぶしたことで生き延びた者たちを全て殺害することができた。

 カイザーウルフとベヒーモス、移動速度が違う二種類のモンスターたちによって逃走する公国兵は全て倒され、生き延びた者を一人も出さずに追い詰められていく。


「クソォ、クソォーっ!」


 恐怖の表情を浮かべるメーバックスは馬に乗りながら全速力で逃げていた。

 周りにいる公国兵や騎士たちに目もくれずに逃げていたからか、メーバックスが乗る馬は逃走する公国軍の前の方を走っている。

 他にも馬に乗った公国騎士は何人かいるが、メーバックスよりも後ろで馬を走らせていた。

 逃げてる途中で自分の足で走る公国兵たちと何度か目が合ったが、メーバックスは公国兵を乗せたり、馬を停めたりすることは一度も無かった。

 後ろから凶暴なモンスターたちが迫ってきているのに、自身を危険に晒してまで他人を助ける気はメーバックスには無かった。寧ろ遅い者たちがモンスターたちの注意を引いてくれれば生き残るチャンスが増えるため、囮になればいいと考えている。


「何で俺が無様に逃げなければならないんだ! 本当なら今頃リントスジンを制圧して公国の英雄と呼ばれてもおかしくなかったのにぃ!」

「ぐわあああああっ!」


 突然後ろから断末魔が聞こえ、驚いたメーバックスが後ろを確認すると100mほど後ろで公国兵たちは次々と殺めていく大勢のカイザーウルフの姿があり、少しずつメーバックスに近づいて来ていた。

 いつの間にかすぐ後ろまで迫ってきているカイザーウルフの群れにメーバックスは驚愕し、前を向くと手綱を握る手に力を入れて馬をより速く走らせようとする。

 既に生き残っていた公国兵の半分以上が獣族モンスターたちに襲われて命を落としており、僅かな人数しか生き残っていない。

 犠牲になった者の中にはメーバックスと言い合いをしていた金髪の騎士も含まれており、数分前に追いついてきたカイザーウルフに乗っていた馬ごと噛み殺された。


「助けて、助けてくれーっ!」

「来るな、来るなぁーっ!」

「うわああああぁっ!」


 すぐ後ろまで来ている獣族モンスターを見て、公国兵たちは声を上げながら必死に走る。

 だがカイザーウルフたちは公国兵たちの言葉を無視するかのように容赦なく嚙み殺していく。仲間が殺される光景を見ていた他の公国兵たちは恐怖で涙目になったり、鼻水を垂らしたりしながら走り続けた。


「ま、まだだ。森へ逃げ込めば、まだ生き残るチャンスはある。追いつかれる前に森まで辿り着ければ……」


 リントスジンを制圧するために身を隠していた森に入れば助かる、そう確信するメーバックスは前を見ながら呟く。

 目的地の森から400mほど先にあり、このまま追いつかれなければ逃げ込むことができるとメーバックスは考えていた。

 必ず生き残ってやる、メーバックスは必死な様子で馬を走らせる。

 この時のメーバックスは自分が生き残れるよう、自分の後ろを走っている公国兵たちが囮になればいいと考えていた。今のメーバックスはダーバイア公国の騎士としての誇りを完全に失っている。

 メーバックスは目を見開きながら少しずつ近づいてくる森を見つめる。もうすぐ森に辿り着く、そうすれば自分は助かる。そう考えながら馬を走らせた。

 だがその時、突然辺りが暗くなり、異変に気付いたメーバックスは上を確認する。その直後、メーバックスは目の前の光景に驚いて口を半開きにした。

 頭上では一体のカイザーウルフがメーバックスの真上を通過し、彼が進む先へ跳んでいる姿があった。

 数十m先に着地したカイザーウルフは素早く振り返ってメーバックスの方を向く。他のカイザーウルフたちも同じように跳び上がり、逃走するメーバックスたちの前に回り込んだ。

 カイザーウルフたちを見てメーバックスは慌てて馬を急停止させる。もう少しで森に辿り着けたのに行く手を塞がれてしまったことにメーバックスは言葉を失った。

 メーバックスの後ろを走っていた公国兵たちもカイザーウルフたちを見て一斉に立ち止まり、驚愕の表情を浮かべている。


「クソォ、もう少しで森に逃げ込めたのに! こうなったら引き返して……」


 森に逃げ込むのは不可能と判断したメーバックスは来た道を戻って別の場所へ逃げようとする。だが、振り返った瞬間、遠くからベヒーモスの群れが走ってくる姿が目に入り、メーバックスは大きく目を見開いた。

 前にはカイザーウルフの群れが立ち塞がり、後ろからはベヒーモスたちが迫ってきている。メーバックスと生き残った僅かな公国兵たちは自分たちが挟まれ、逃げ道を失ったことに気付く。

 窮地に立たされたことに公国兵たちは絶望の表情を浮かべる。

 少し前までは普通に町や村で家族と一緒に楽しく暮らしていたのに、なぜ自分たちは戦争国の領内でモンスターに襲われているのか、公国兵たちは自分が殺されそうになっている理由やダーバイア公国にいる家族のことを考えながらその場に座り込んだり、呆然と立ちすくんだりしていた。


「……どうして、どうしてこうなった。俺たちが圧倒的に有利なはずだったのに、どうして逆に追い込まれ、殺されそうになってるんだ?」


 馬に乗るメーバックスは近づいてくるベヒーモスたちを見つめながら呟く。

 公国軍が負ける可能性など微塵も無かったはずなのに、気付いたら部隊は壊滅状態となり、自分もモンスターに殺されそうになっている。

 現実が受け入れらないメーバックスは握っていた手綱を放し、力の抜けた両手を下ろす。


「は、ハハハハ……そうか、これは夢なんだ。でなければ千近くの部隊を率いた俺が王国軍などに負けるはずがない。……これは夢だ、悪夢なんだ。間違いない!」


 現実逃避するメーバックスは空を見上げる。夢なら早く覚めろ、そう思いながら笑い続けた。

 メーバックスが笑う中、カイザーウルフたちはゆっくりと立ち止まっている公国軍に近づき、ベヒーモスたちも距離を縮めてくる。

 公国兵たちはもう助かる道は無いと悟ったのか誰一人逃げ出そうとせず、恐怖の表情を浮かべたり、抜け殻のようになったりしながら近づいてくる獣族モンスターを見ていた。

 カイザーウルフとベヒーモスたちは現実から目を逸らすメーバックス、そして絶望する公国兵たちに一斉に襲い掛かり、生き残っている者たちを皆殺しにした。


「……終わったみたいね」


 遠くで暴れているカイザーウルフとベヒーモスたちの様子を窺っていたアリスは静かに語る。

 隣ではダイナが座りながら呑気に後ろ足で頭部を掻いていた。

 合図を出してから獣族モンスターたちを見守っていたアリスは状況から生き残った公国兵や騎士はおらず、公国軍を確実に全滅させることができたと確信していた。


「よし、公国軍もやっつけたし、魔王様たちに知らせに行こう?」


 アリスが微笑みながらダイナに声をかけると、ダイナはアリスを見上げながら返事をするかのように小さな声で鳴いた。

 アリスは公国軍を追撃した獣族モンスターたちの方を向き、自分の方へ走ってくる姿を確認するとダイナと共に東門の方へ歩き出す。

 微笑むアリスとダイナの後ろには血で赤く染まり、公国兵たちの死体と肉片で埋め尽くされた平原が広がっていた。


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