第52話 圧倒的な力
公国兵たちが動きを止める中、ゼブルは再び右手から大きな火球を公国軍に向けて放つ。
火球は爆発の影響を受けていない公国兵が固まっている方へ飛んでいき、公国兵に命中すると同時に爆発して周囲の公国兵を吞み込んだ。
二度目の攻撃に成功したゼブルはそのまま連続で火球を放ち、近づいてくる公国兵たちを次々と吹き飛ばしていく。
ゼブルが使用している炸裂する業火球は中級二等魔法の一つ。火球を敵に放ち、命中した瞬間に爆発するという火球に似た魔法だが、その攻撃力と爆発範囲は火球よりも遥かに上で火球の上位互換と言ってもいい魔法だ。
連続で爆発が起きることに公国軍も流石に何かおかしいと気付き、突撃してきた公国兵たちは一斉に急顔色を変える。
今までと明らかに違う王国軍の攻撃に公国兵たちは呆然とし、同時に理解できない現状に恐怖を感じていた。
公国軍の戦力をある程度削いだゼブルは攻撃をやめて公国軍の様子を窺う。
既にゼブルの魔法で百人近くの公国兵が命を落としており、東門と公国軍の間には爆発によって発生した炎と黒煙が広がっており、爆発に巻き込まれた公国兵たちの死体が転がっていた。
死体はほぼ全てが爆発によって原形を留めていない状態となっている。
「な、何だよ今の……もしかして、魔法か? 王国軍は魔導士を隠していたのか?」
理解できない状況と攻撃に怯える公国兵の一人が槍を両手で握りながら恐怖で肩を震わせる。
他の公国兵たちも敵側に魔導士がいるかもしれないと考えるようになり、恐怖心からリントスジンに近づくことを躊躇い始めていた。
「何をしている! 怯むな、このまま一気に突っ込むんだぁ!」
恐怖と不安でざわついている公国兵たちに馬に乗った公国騎士が怒鳴るように声を掛ける。
公国騎士も突然の爆発を目にして敵側に魔導士がいるかもしれないと予想しているが、公国兵たちのように恐怖したり、怯んだりすることは無かった。
なぜなら例え魔法を使ってきたとしても、魔導士の魔力には限界があり、何度も魔法を使うことはできないと分かっているからだ。
魔法ではなく、公国兵が走る先に爆発する罠のような物を仕掛けた可能性もあるが、これまでの戦闘で王国軍は同じ方法で迎撃したことは一度もない。よって公国騎士は罠の可能性は低く、爆発は魔導士による攻撃だと考えていた。
魔導士の仕業なら、どうして今までの戦闘で王国軍は魔導士を使ってこなかったのかいう疑問も生まれるが、公国騎士は前回の戦闘の後に魔導士の増援がリントスジンの王国軍と合流したのだろうと予想し、それほど不思議に思わなかった。
「今の爆発は間違いなく魔導士によるものだ。だが、恐れることは無い! 魔導士の魔法は強力だが、魔力には限界がる。あれだけ強力な魔法を連続で放ったのだから既に敵魔導士の魔力は空のはず。もう魔法を恐れることは無い!」
もう魔法攻撃を受ける心配はないと公国騎士から聞いた公国兵たちは安心したのか、表情に少しだけ余裕が戻った。
魔法の知識が殆ど無い一般人の公国兵たちは、騎士が魔法による攻撃は無いと言うのだから本当に魔法は使ってこないと信じ、再び東門に向かって走り出す。
公国兵たちの士気が戻ったのを見て、公国騎士も馬を走らせて東門へ向かう。
「ほぉ、あの爆発を見て突っ込んでくるとはな。魔法を止めたことでこっちのMPが尽きたと思い込んでいるのか、それとも何も考えずに特攻して来ているのか……まぁ、流石に後者はないか」
ゼブルは突撃を再開した公国兵たちを見ると、隣で同じように公国兵を見ているティリアに視線を向けた。
「よし、ティリア。次はお前の番だ」
「あ、ハイ。分かりました」
返事をしたティリアは近づいてくる公国兵たち向けて両手をゆっくりと前に出す。
ゼブルのMPにはまだ余裕があるため、魔法や攻撃技術で迎撃することができる。だが、ティリアに大勢の敵と戦う経験をさせるため、そしてアルシェスたちにティリアの力を見せるため、戦える状態でありながらティリアを公国軍の迎撃に参加させたのだ。
ティリアが公国兵たちを見つめていると周りに赤い小さな光球が無数に作られ、形を変えて赤い光の蝶となった。
赤い蝶は全部で二十匹おり、周りで飛んでいる蝶を確認したティリアは近づいてくる公国兵たちを見ながら真剣な表情を浮かべる。
「爆炎蝶!」
ティリアは公国兵たちに向けて二十匹の赤い蝶を飛ばす。
赤い蝶たちは放射状に広がっていき、突撃してくる公国兵へと向かっていく。そして公国兵たち目の前まで移動した瞬間、全ての赤い蝶は爆発して近くにいた公国兵たちを吹き飛ばす。
爆発はゼブルの炸裂する業火球の爆発と比べると小さいが、それでも一度に数人の公国兵を吹き飛ばせるほどの大きさだった。ただ、爆炎蝶の爆発の大きさはティリアによって調整できるため、公国兵たちを襲った爆発が最大ではない。
再び爆発が起きたことで最前列の公国兵たちは驚愕して一斉に立ち止まる。
公国騎士から魔法による攻撃は無いと聞かされたのにまたしても爆発が起きたことで、公国兵の中には「話が違う」「また魔法で攻撃してくる」などと言いながら騒いだり、混乱する者が出てきていた。
公国騎士も爆発を目撃して魔導士の中にまだ魔力を残していた者がいたのかと、驚きながら東門を見つめていた。
「公国軍、驚くのはこれからだぜ」
遠くで混乱している公国兵たちを見つめるゼブルは目を薄っすらと黄色く光らせながら呟く。
――――――
公国軍は突然の爆発と多くの戦死者が出たことで混乱している。特に一般人である公国兵たちは冷静さを失い、恐怖の表情を浮かべながら後ずさりを始めていた。
各部隊長である公国騎士たちは後退する公国兵たちに前進するよう命じるが、恐怖に呑まれている公国兵は誰一人自らリントスジンに突撃しようとしない。
「おい、いったいどうなっている! 状況を報告しろ!」
後方で戦いを見物していたメーバックスは近くにいる公国騎士に声をかける。だが、公国騎士たちは自分の部隊の兵士たちに命令を出すことに意識が行っているため、誰もメーバックスに状況報告をしなかった。
公国騎士たちが自分の命令に従わないことにメーバックスは腹を立て、奥歯を噛み締めながら遠くに見えるリントスジンの東門を睨む。
メーバックスは指揮官である自分は面倒なことは何もしなくてよいと考えており、戦闘は徴兵された公国兵たちにやらせ、その公国兵たちへの指示も部隊長である公国騎士たちに任せていた。
つまり最前線のことは全て人任せにしていたため、メーバックスはリントスジン制圧の指揮を執る立場でありながら戦況を全く理解していなかったのだ。
「メーバックス殿!」
メーバックスが苛ついていると金髪の騎士が馬に乗りながらメーバックスに近づいてくる。
声を聞いたメーバックスは険しい表情を浮かべたまま金髪の騎士の方を向く。
「遅いぞ、何をやっていたのだ! 俺が呼んだ時はすぐに駆け付けろ!」
「申し訳ありません」
八つ当たりするかのように怒鳴り散らすメーバックスに金髪の騎士は落ち着いて謝罪する。
金髪の騎士も今まで自分の部隊に所属している公国兵たちを落ち着かせたり、指示を出したりしていたため、メーバックスへの報告が遅れてしまっていた。
普通なら状況を知らずに勝手なことを言うメーバックスに言い返すのだが、今は状況報告と混乱している公国兵たちを落ち着かせることが重要なため、金髪の騎士は関係ないことを言う気は無かった。
「現在、我が軍は王国側の魔法と思われる攻撃を受けており、最前列の兵士たちは甚大な被害を受けております」
「魔法攻撃だと!? 王国軍には魔導士はいないんじゃなかったのか!」
「まだ詳しい情報は掴んでおりませんが、敵が魔導士を隠していた可能性もあります」
情報が少なく、確証を持てない現状にメーバックスは再び機嫌を悪くして舌打ちをする。
「最前線で正確な情報を手に入れ、それを指揮官に報告するのが部隊長の役目だろう! いい加減なことはしないでしっかり情報を集めろ!」
「……すみません」
最前線に出ず、状況や被害をまったく理解していないのに好き勝手なことを言うメーバックスに金髪の騎士は少し機嫌を悪くしながら謝罪した。
「それで? 戦況は巻き返せそうなのか?」
「今も敵の攻撃は続いていますが、いずれは魔力が切れ、魔法による攻撃も治まるはずです。それまでは距離を取り、弓矢などで対抗するべきかと」
敵が強力な魔法を放ち、公国兵たちに多くの戦死者が出てる以上、迂闊には近づくことはできない。
犠牲を少なくするためにも自分たちも遠距離から攻撃を仕掛け、王国軍の魔導士が魔法を使えなくなるまで待つのが最善の策だと金髪の騎士は考えていた。
「そんな手ぬるいやり方では時間だけが過ぎるだけだ」
金髪の騎士の作戦が気に入らないメーバックスは不満を露わにする。
少しでも早くリントスジンを制圧したいメーバックスにとっては安全面を考えて戦うこと自体が納得できないため、金髪の騎士の作戦を認める気は無かった。
敵の魔力切れを待つことに反対するメーバックスに金髪の騎士は僅かに目を鋭くした。
既に多くの犠牲が出ているにもかかわらず、安全よりも素早く制圧することを優先しているメーバックスに金髪の騎士は気分を悪くする。
「敵の魔力切れを待つより、全軍で突撃して一気に攻め込めばいいだけのことだ。そうすれば敵が魔法を放ってきても、奴らは大人数で進軍するこちらを止めることはできない」
どんなに強力な魔法で攻撃されても数百の大部隊で攻撃を仕掛ければ、王国軍の攻撃を受けても高確率で城壁を越えることができる。
メーバックスは数で押し切って東門を突破しようと考えていたのだ。
「ま、待ってください! 敵が魔法を放ってきている状況で進軍するなんて、確実に多くの兵士が命を落としてしまいます。……それでは突撃ではなく特攻です!」
まるで兵士を目的達成のために捨て駒のように考えているメーバックスに金髪の騎士は反論する。
いくら東門を突破するためとは言え、兵士たちが死ぬと分かっている手段を認めることなどできなかった。
「彼らは今回の戦争で徴兵された者たちです。我々のように自分の意思で命懸けの戦いに参加する者たちとは違います。そんな者たちに特攻させるような命令は出せません」
「前にも言っただろう! 奴らは徴兵されたとは言え公国の兵士だ。兵士である以上、奴らには命を懸けて戦う義務があるんだ」
「命を懸けて戦うのと、命を落とすために突っ込むのは全然違います。いくらリントスジンを制圧するためだとしても、そのようなやり方は認められません」
「お前が認める必要は無い! この部隊の指揮官は俺なのだ。お前たちはただ俺の指示どおりに兵士たちを動かせばいいんだ!」
従わない金髪の騎士に徐々に苛ついてきたのか、メーバックスは指揮官と言う自身の立場を利用して強引に納得させようとする。
指揮官であることを主張すれば、それは一人の人間としてではなく、一軍を預かる者として主張したことになる。そうなれば部下である騎士たちは指揮官の指示に従わなければならなくなるため、メーバックスにとっては納得しない部下を強制的に従わせる切り札と言えるだろう。
メーバックスの発言に金髪の騎士は悔しそうな顔で黙り込む。自分はメーバックスの指揮下にあり、今いる部隊もメーバックスが指揮している。
現状で指揮官のメーバックスに逆らえば抗命罪を受け、騎士としての自分の立場は悪くなるかもしれない。もしそうなれば自分だけでなく、祖国にいる家族など親しい存在も周囲から冷たい目で見られてしまう。
徴兵された公国兵たちを守りたいという気持ちはあるが、自分の言動で親しい存在に迷惑をかけることを避けたい金髪の騎士はメーバックスに言い返すことができなかった。
金髪の騎士が黙るのを見てメーバックスは小さく鼻を鳴らす。散々偉そうなことを言っておいて、最後には言い負かされた騎士を愚かな男だと感じていた。
「言いたいことが無いならさっさと兵士たちに突撃するよう指示を出せ。そうすればさっきの無礼な発言は聞かなかったことにしてやろう」
「ッ! ……承知、しました」
手綱を握る手に力を入れる金髪の騎士は悔しさを抑え込みながら馬を走らせ、同じ部隊長の公国騎士や自分が指揮する部隊の公国兵たちにメーバックスの命令を伝えに向かう。
金髪の騎士が走り去ったのを見届けたメーバックスはリントスジンの東門を無言で見つめる。
「待っていろ、セプティロンの豚ども。門を突破したら徹底的にお前たちを叩きのめしてやるからな」
短時間で制圧するつもりだった自分の計画を狂わせた王国軍に対する怒りを口にしながら、メーバックスはすぐに東門を突破してやると決意するのだった。
――――――
東門の見張り場ではゼブルとティリアが火球と赤い蝶を放って公国軍への攻撃を続けている。
火球と赤い蝶の爆発で東門の前では炎が広がり、攻め込んできた公国兵たちは炎で焼かれたり、爆発で吹き飛ばされたりしていた。
爆発によって吹き飛ばされる仲間たちを見て最前列の公国兵たちは東門に近づくことを恐れ、一斉に後退を始める。
後ろにいた他の公国兵たちも爆発と殺される仲間を目撃して状況を理解し、その場で立ち止まりながら怯えた表情を浮かべていた。
「公国軍の兵士たちが進軍をやめて再び停止しました」
「連続で起きる爆発とそれに巻き込まれて死ぬ仲間を見て流石に恐怖を感じたようだな」
ゼブルは東門から200mほど離れた所まで後退した公国軍を見ると、応戦する必要は無いと判断して右腕を下ろす。
ティリアも公国軍の様子と射程範囲外まで下がったことから攻撃は無意味と感じ、周りで飛んでいる赤い光の蝶たちを消した。
公国軍がすぐに攻撃を再開することは無いと考えるゼブルは見張り場から東門の外側を覗き込むように確認する。
東門の前は損傷の激しい公国兵の死体で埋め尽くされており、まさに地獄絵図と言える光景だった。
死体の山を見下ろすゼブルは予想以上に多くの敵を倒せたことで意外そうな反応を見せる。
ティリアも同じように死体の山を見下ろしており、死体の数に少しだけ驚いた表情を浮かべていた。
以前のティリアであれば損傷の激しい死体の山を見れば不快になり、吐き気を感じていたかもしれない。だがゼブルと共に行動し、隷属となったことでティリアは死体の山を目にしても動じない精神力を得ていた。
「こ、これが……魔王ゼブルとティリアの力……」
戦闘が始まってからゼブルとティリアの戦いを見届けていたアルシェスは驚愕の表情を浮かべている。
予想していた以上の強さを持っていたことにアルシェスは衝撃を受けて言葉を失う。特に友人であり、妹同然の存在であるティリアが公国兵たちを吹き飛ばす姿を見た時は夢を見ているのではと感じるほど驚いていた。
今までゼブルとティリアがどれほどの強さなのか理解できずにいたが、強力な魔法を連続で発動し、多くの公国兵を蹴散らした点から少なくとも英雄級の実力は持っているとアルシェスは確信する。
しかし、強力な攻撃を連続で使えるところを見ただけでは本当の力は理解できない。アルシェスはもう少し様子を見てゼブルとティリアがどれほどの実力を持っているのか判断することにした。
アルシェスの周りではドザリックスたちも同じように驚いている。戦いが始まってからまだ三十分も経っていないのに、僅か二人で百人以上の公国兵を倒したのだから当然だ。
驚いていたアルシェスは東門の外側がどうなっているか気になり、恐る恐る見張り場の下を覗き込む。
覗いた瞬間に強烈な悪臭が鼻を突き、アルシェスは表情を歪ませる。だがそれでは終わらず、大量の公国兵の死体を目にしたことで一気に不快感に呑まれた。
「……うううぅっ!?」
突然の吐き気にアルシェスは思わずその場で片膝をついて口を押える。
アルシェスだけでなく、城壁の上にいた騎士や兵士の中にも東門前の光景を見て気分を悪くする者がいた。
リントスジンの騎士や兵士たちは過去に多くのモンスターや盗賊などと戦い、その死体を目の当たりにしてきた。だがそんな死体を見慣れている騎士たちにとっても、東門前の光景は悍ましいものだったようだ。
「殿下、大丈夫ですか?」
ティリアは大量の死体を見て気分を悪くするアルシェスに駆け寄って声を掛けた。
「ああ、何とかな……ティリア、お前は大丈夫なのか?」
「あ、ハイ、平気です。以前にも似たような光景を見たので、それで慣れてしまったのだと思います」
苦笑いを浮かべるティリアを見てアルシェスは目を丸くする。
前にも大量の死体を目撃したことがあると聞かされ、どうすればそんな機会に遭遇するのだろうと驚きながら疑問を抱いていた。
ティリアの後ろではゼブルが僅かに顔色を悪くするアルシェスを無言で見つめる。
アルシェスの反応から騎士団員として死体を見たことはあるが、一度に大量の死体を目撃するのは今回が初めてだとゼブルは気付いた。
「アルシェス王女、アンタも騎士団に所属する人間ならこういう状況には慣れておいた方がいい」
声を掛けられたアルシェスは気分の悪そうな顔をしながらゼブルの方を向く。
「騎士である以上、いつかは多くの死体が転がる戦場に立つことになるだろう。そんな時に死体の山を目にして気分を悪くしたら隙を作ることになる。戦場で生き延びるためにも、死体の山は見慣れておけ」
「……お心遣い感謝します」
多くの公国兵を手に掛け、それに対して罪悪感を抱く様子を見せず、更に大量の死体に慣れろなどと口にするゼブルを見て、アルシェスはゼブルが恐ろしい存在だと再認識するのだった。
少し休んだことで気分が良くなったアルシェスはゆっくりと立ち上がる。
だがそれでもまだ気分は悪く、再び死体を見ればまた吐き気が込み上がってくると確信していたアルシェスは見張り場の下は見ないよう気を付けながら後ろに下がった。
「ゼブル殿とティリアの攻撃で公国軍の戦力を大きく削ぎ、後退させることができました。これで公国軍がこちらを警戒して撤退すればよいのですが……」
「そうだな。リントスジンを守る側としてはそれが一番だ。……だが、敵にはまだ大量の兵士がいる。百人程度殺されたぐらいで撤退するとは思えない」
戦況を分析するゼブルを見てアルシェスは少し驚いたような反応をする。その直後、公国軍の方から大勢の叫ぶような声が聞こえ、アルシェスは声が聞こえた方を確認した。
視線の先には武器を握りながら東門に向かって走ってくる公国兵たちとその中を馬に乗りながら移動する公国騎士の姿があり、アルシェスは目の前で大勢の仲間が死んだにもかかわらず突撃してくる公国軍に目を見開く。
「強力な爆発やそれに巻き込まれた仲間を目にしながら突っ込んでくるなんて、彼らは恐怖を感じていないのか?」
「いや、それは無いな」
驚くアルシェスの言葉をゼブルは真っ向から否定する。
「兵士の大半は徴兵された一般人だ。そんな奴らが仲間の死や連続で起きた爆発を見て恐怖を感じないなどあり得ない。連中は間違いなくこちらを恐れている」
「しかし、実際に彼らはこちらに突撃してきていますよ?」
「大方、指揮官や部隊長から突撃を強要されたんだろう。徴兵されたとは言え、連中も公国軍の兵士だ。上に逆らえば自分が罰せられると考え、渋々突撃することを決意したんじゃないか? あるいは全員で突っ込めば勝てると言われてそれを信用したか……」
ゼブルの予想を聞いたアルシェスは公国兵たちが無理矢理突撃させられている可能性があると知って僅かに表情を歪ませる。
敵とは言え、上官から命令されて危険な場所に行かされる公国兵たちにアルシェスは少しだけ同情していた。
「何であれ、敵が向かってくるのなら迎え撃つだけだ。そうしなければこっちが負けちまうからな」
容赦なく敵を撃退する気でいるゼブルにアルシェスは冷徹さを感じる。だが、突撃を強要されている可能性があるからと言って何もしないわけにはいかない。
リントスジンを守ることが自分たちにとって最も重要なことなため、アルシェスは公国兵たちを同情する気持ちを押し殺し、迎撃することに集中する。
突撃してくる数百の公国軍を前にアルシェスやドザリックスたちは緊迫した表情を浮かべる。
再びゼブルとティリアが応戦してくれれば何とかなるかもしれないが、先程と違って今度は全ての戦力で向かってきているため、ゼブルとティリアでも食い止めることはできないかもしれないと予想していた。
「さて、敵が大勢突っ込んで来たわけだし、そろそろシムスに合図を送るか」
ゼブルは振り返ると街の方を向きながら右手を上げる。
アルシェスたちはゼブルの突然の行動を目にして不思議そうな反応を見せていた。
魔将軍のシムスがゼブルと共に公国軍と戦うことは知っているが、どのように戦い、どう動くかは聞かされていないため、これから何が起きるのかアルシェスたちには分からなかった。
東門から西に500mほど離れた所に一つの塔が建っている。周りの民家よりも高く、リントスジンの街を一望できるほどだ。
塔は主に衛兵が街の中を確認したり、人探しや見張りをするために使われている。当然、リントスジンに入るための市門も塔から見ることが可能だった。
「おっ、合図が来たな」
塔の最上階にある見張り場ではシムスが笑みを浮かべながら東門を見ている。
シムスは技術で遠くにあるものを正確に見ることができるため、東門の見張り場に立っているゼブルの姿もハッキリと見ることができた。
ゼブルを見た後、シムスは東門の外側に視線を向け、突撃してくる公国軍を確認する。
「ほぉ、数で圧倒する作戦で来たか。普通の敵ならそれで押し切ることができるだろうが、俺らの前じゃ何の意味もねぇよ」
公国軍を哀れに思うような口調で呟くシムスは右手の前に紫色の魔法陣を展開し、右手を魔法陣に入れた。
EKTでは眷属は魔王と同じように職業を修得し、アイテムを装備、所持することができるため、アイテムボックスを使用することが可能となっている。眷属であるシムスはゼブルから無数のアイテムを与えられており、所持しているアイテムを使用する際にはアイテムボックスから取り出して使うことができるのだ。
シムスはアイテムボックスの中から右手を引き抜いて何かを取り出す。それは紫色の装飾が入った1m前後はある大きな漆黒のクロスボウだった。
クロスボウには銃器のようにグリップが付いており、他にもストックやマウントレール、そして本体には素早く再装填するためのリング状のコッキングレバーが付いている。見た目はゼブルが以前住んでいた現実の世界に存在するクロスボウのようだった。
「さぁて、よろしく頼むぜ。ダークウィリアム」
取り出した漆黒のクロスボウを見つめながらシムスは楽しそうに笑みを浮かべた。
シムスが取り出したクロスボウは“魔弓銃ダークウィリアム”。ゼブルがEKTの世界にいた頃に入手した物でボウガン系の武器の中では上位に位置する強力な武器だ。
攻撃力が高いのは勿論、射程距離や貫通力も並のボウガン系の武器とは比べ物にならない。更にコッキングレバーが付いているため、短時間で再装填も可能となっている。
EKTでボウガンを使う魔王の大半がダークウィリアムを所持していると言われるほどだ。
シムスはダークウィリアムに矢を装填すると右手でグリップ、左手で本体を握りながら構える。ダークウィリアム自体が1m近くあるため、当然使われる矢も通常の矢よりも長くて太かった。
まもなく攻撃を開始するためか、シムスは笑みを消して遠くに見える公国軍に狙いを定める。
「此処から公国の連中までの距離は600から700m。攻撃は問題無く届くが 、普通の攻撃じゃあ大軍を止めることはできねぇ……やっぱ、技術を使った方がいいな」
まるで自分に言い聞かせるように独り言を口にするシムスはダークウィリアムのグリップを持つ手に軽く力を入れる。
魔将軍の中で長距離戦最強であるシムスが修めている職業は全てアーチャー系やそれに関係する職業となっている。
その中でもメイン職業である“マスターアーチャー”という上級職は強力で、様々な長距離攻撃の攻撃技術を使用することが可能だ。それ以外にも有能な補助技術や常時発動技術も修得可能なため、EKTでは長距離攻撃を好む魔王の多くがマスターアーチャーやそれに近い上位職を修めていた。
攻撃の準備が整ったシムスは東門の方を向きながらダークウィリアムの角度を四十五度ほど上げた。
「豪雨の矢!」
シムスが技術を発動すると装填されている矢が薄っすらと水色に光り、同時に勢いよく空に向かって放たれた。
光る矢は勢いよく飛んでいき、東門の真上を通過して攻め込んでくる公国軍の上空に到達する。その直後、矢は一瞬強烈な水色の光は放ち、矢自体が見えなくなった。
だが光が消えた瞬間、一本だった矢は大量に増え、薄っすらと水色に光りながら広がって真下にいる公国軍に雨のように降り注ぐ。
大量の光る矢は進軍して来た公国兵たちに命中する。矢を受けた公国兵たちは苦痛の声を上げながらその場に倒れ、そのまま動かなくなった。
爆発に続いて大量の矢が仲間の命を奪ったことで矢を受けた公国兵の周りにいた者たちは再び急停止する。
現状から矢を放ったのが王国軍だということは分かっていたが、普通では考えられないくらいの矢が一度の放たれたため、公国兵たちは驚愕していた。
「よぉし、命中だ」
技術を使って遠くにいる公国軍の様子を確認したシムスは笑みを浮かべる。最初の攻撃が成功し、しかも大勢の公国兵を仕留められた結果にシムスは満足していた。
シムスが使用した豪雨の矢は弓やボウガンを扱う職業の中級職で修得できる攻撃技術の一つ。敵の頭上に矢を放ち、大量に増やした矢を広げて雨のように振らして広範囲の敵を攻撃することができる。
増える矢の数は使用する者のレベルによって変化し、レベル70で使用すれば矢の最大数を百まで増やすことが可能だ。
シムスはレベル90であるため、豪雨の矢を使用すると百本から二百本まで矢を増やすことができる。先程公国軍を攻撃した際に豪雨の矢を発動した時は矢は二百本に増え、その殆どが命中していた。
公国軍の兵士を大勢倒したのを確認したシムスは新たに矢を取り出してダークウィリアムにセットし、素早くリングコッキングレバーを引いて再装填を済ませる。そして先程と同じように東門の方を向いて構え直し、ダークウィリアムを四十五度ほど上に傾ける。
「さぁて、もう一発行くかねぇ」
再び公国兵たちに矢の雨を喰らわせようとシムスはニッと不敵な笑みを浮かべ、人差し指を引き金に掛ける。
「豪雨の矢!」
引き金を引いた瞬間、薄っすらと水色に光る矢は空に向かって勢いよく放たれた。




