第51話 公国軍襲来
太陽が傾き、空は徐々に橙色に変わっていく。
リントスジンの街や各市門も夕日に照らされており、騎士や兵士、都市の住民たちも、まもなく夜になると感じながら作業をしていた。
日が沈めば周囲は闇に包まれて視界が悪くなる。その視界の悪さに乗じて公国軍がリントスジンを攻めてくる可能性が高いと王国軍の者たちは考えており、日が完全に沈む前に戦いの用意をしなくてはと急いでいた。
ドザリックスたちは公国軍の状況と戦力の大半が体力の無い一般人であることから、潜伏している森から距離のある北西門と南門に回り込んで攻めてくることは無いと予想し、戦力の八割を東門に配備した。
だが、万が一自分たちの予想が外れ、他の門を襲撃してくる可能性もあるため、残り二割の戦力を二つに分け、北西門と南門の防衛をさせている。
防衛するのならもう少し戦力を回すべきだが、東門が襲撃される可能性の高さを考えるとできるだけ東門の守りを固めておきたいため、ドザリックスたちは他の二つの門には必要最低限の戦力だけ配備することにしたのだ。
最も襲撃を受ける可能性が高い東門では多くの騎士や兵士、リントスジンの衛兵たちが東門周辺の見張りや作戦と物資の確認などをしていた。
もしも公国軍が夜襲を仕掛けてきたら明るい時以上に戦い難くなる。しかも公国軍の方が遥かの戦力が多いため、王国軍の方が不利だ。
少しでも自分たちが生き残れる確率を上げるため、そして早く万全の状態で戦えるようにするために東門にいる者たちは休むのことなく準備を進めていく。
「……今のところ、敵影は無しか」
東門の上にある見張り場では第二遊撃隊長のノルチェが部下の若い青年騎士たちと見張りをしており、リントスジンの近くに公国軍がいないことに安心する。
現在、王国軍は戦いの準備を完全に終えていない状態なため、もしも今襲撃されたら全力で迎撃することはできない。
戦いの準備が整うまでは襲撃しないでほしいと祈りながらノルチェはリントスジンの東側、特に公国軍が隠れている遠くの森を念入りに見張る。
「迎撃準備はあとどれくらいで完了する?」
ノルチェは王国軍の現状を確認するために共に見張りをする騎士に声をかけた。
「一番新しい情報では七割ほど完了しているそうです。ただ、公国軍との戦力差の確認や使える武器や防具の数などを計算しながら準備をしているそうなので、あと一時間は掛かるとのことです」
「一時間か……戦争では一分でも判断や準備が遅れれば戦況が大きく変わってしまう。できるだけ早く準備を済ませてほしいものだ」
ただでさえ戦力で公国軍に負けているのに、まだ時間が掛かると聞かされたノルチェは若干不満そうな口調で呟く。
今度の戦いで公国軍を食い止めることができなければリントスジンは間違いなく制圧され、公国軍の手に落ちる。そうなればリントスジンに住む者たちだけでなく、セプティロン王国の国民全員に危険が及んでしまう。
何としても公国軍からリントスジンを守り切らなくてはならない。ノルチェはそう考えながら東門の見張りを続けた。
「次の戦いではあの魔王ゼブルとその部下が共に戦うようだが、どれほどの力を持っているのか分からない以上、あの化け物たちには期待できない。何よりも魔王を名乗るあの異形を信用することはできない……」
「確かにそのとおりかもしれないな」
見張り場に若い女の声が響き、ノルチェは反応して声が聞こえた方を向く。
視線の先には城壁から見張り場に上がってくるアルシェスの姿があった。
「あ、アルシェス殿下!?」
突然アルシェスが現れたことに驚いたノルチェは見張りを中断し、アルシェスの方を向いて頭を下げる。
部下の騎士たちも王女が目の前にいることで僅かに動揺しながらも姿勢を正して敬礼した。
「そのままでいい。見張りを続けてくれ」
見張り場に上がったアルシェスは簡単に東門の前や数km先を確認する。
次の公国軍との戦いにはアルシェスも参戦することになっており、公国軍が最も攻め込んでくる可能性が互い東門の防衛に就くことになっていた。
アルシェスが参戦する理由は勿論、数で劣っている王国軍の戦力を少しでも増やすためだ。
他にも王女である自分が参加することで、少しでも周りに者たちの士気が高まればいいという考えから前線で戦うことにしたのだ。
王女であるアルシェスが戦闘に参加することは既にノルチェたちにも伝わっている。
ノルチェたちは最初アルシェスが前線に出ると聞いて驚いていたが、戦力で少ない状況では一人でも協力してくれる者が必要なため、王女を危険な目に遭わせることに抵抗を感じながらも共に戦うことに納得した。
「公国軍はまだ現れていないようだな」
「あ、ハイ。……少しでも自分たちが有利に戦えるよう、周囲が暗くなるのを待っているのかもしれません」
「そうか。まぁ、その方がこちらとしては都合がいいのだがな」
王国軍の状況からすぐに襲撃してこないことを幸運に思っているのか、アルシェスは遠くを見つめながら安心するように呟いた。
「ユドリーヌ隊長、さっきの貴女の気持ちは分かる。どれほどの力を持っているか分からない存在、それも魔王を名乗っているのだから不安を感じるのも当然だ」
突然ゼブルの話題が出されたことでノルチェは思わず目を見開く。
アルシェスからは見張りを続けるよう言われたが、見張りをしながら真面目な話を頭に入れる自信の無いノルチェは見張りを続けず、アルシェスの方を見ながら話を聞いた。
「ゼブル殿の強さが分からない以上、戦力として完全に期待するのは難しいだろう。だが、彼は私たちの国を守るために手を貸してくれているのは事実だ。共に戦う“協力者”として少しは期待してもいいんじゃないか? 役に立つか、信用できるかどうかはその後に判断すればいい」
「は、ハイ……」
「あと、本人がいないからと言って化け物呼ばわりするのもやめた方がいい。本人が何処で聞いているか分からないからな」
「わ、分かりました」
小さく笑うアルシェスを見てノルチェは軽く頭を下げた。
ゼブルが何者だとしても、自分たちに力を貸してくれるのにそれを化け物呼ばわりするのは失礼なことだ。ましてや相手は魔王、機嫌を損ねるような発言を聞かれれば命に関わる事態になるかもしれない。
ノルチェが頭を下げるを見たアルシェスは再びリントスジンの周辺を見回す。すると、公国軍が隠れている森の方から何かが近づいてくるのを目にする。
「おい、あれを見ろ」
アルシェスは森の方を指差しながらノルチェたちに声をかけた。
ノルチェたちはアルシェスが何かを見つけたことを知ると確認するために指差す方角を向く。
目を凝らして見るとそれは大勢の公国兵で編成された公国軍だった。
公国兵の中には馬に乗った公国騎士の姿もあるが、兵士と比べたら数は遥かに少ない。視界に映る公国軍はほぼ全てが徴兵された兵士と言っても過言ではなかった。
「こ、公国軍!」
近づいて来ているのが公国軍だと知ったノルチェは目を大きく見開く。
現状からリントスジンを襲撃するのが目的だとすぐに分かった。ただ、日が沈む前に攻めて来たという予想外の事態に驚きを隠せずにいる。
「敵襲ーーっ!!」
ノルチェの部下である騎士は東門前の広場にいる仲間たちに公国軍が攻めて来たことを大声で知らせる。
城壁の上にいた王国兵は騎士の言葉を聞いて森の方を向き、公国軍を確認すると近くにある警鐘を鳴らして公国軍が現れたことを都市中に伝える。
広場で戦いの準備をしていた騎士や兵士たちは見張り場と城壁を見上げ、予想していたよりも早く公国軍が現れたことに驚く。
まだ万全の状態でないのに戦いが始まろうとしている現状に全員が衝撃を受けているが、いつまでも驚いてはいられない。騎士や兵士たちは今やっている作業を中断し、急いで公国軍を迎え撃つ準備に取り掛かる。
アルシェスとノルチェはまだ準備が整っていない状態で公国軍が攻めて来たことに表情を歪ませる。
公国軍が一定の距離まで近づき、こちらの様子を窺ってくれれば都合がいいのだが、日が沈む前に攻めてきた点から様子を窺うことなくリントスジンを襲撃してくると二人は確信していた。
「まさか日が沈む直前に仕掛けてくるとは……急いでベルージャス候たちに伝えるんだ!」
「は、ハイ!」
アルシェスに命じられた騎士は返事をすると急いでドザリックスや騎士団長のロズリングに知らせに向かう。
残ったアルシェスとノルチェは東門の防衛をする騎士や兵士たちと共に公国軍の警戒を続けた。
――――――
リントスジンの東にある平原の中を公国軍が隊列を組みながらリントスジンの東門に向かって進軍していた。
これから王国軍と戦闘が行われることから公国兵たちは緊張と不安を感じながら歩いている。
公国兵の中には数時間前のリントスジン襲撃に参加した者もおり、生き残れたのに再び命懸けの戦いをしなくてはならないことに恐怖を感じていた。
「リントスジンに近づいたらそのまま攻め込む。隊列を崩すんじゃないぞ!」
公国兵たちの中で馬に乗りながら移動する公国騎士は周りの公国兵たちに怒鳴るのと同じくらい大きな声で語り掛ける。
近くにいた公国兵は公国騎士の言葉で更に不安を感じたのか、歩きながら表情を曇らせた。
現在の公国軍は後方の砦から送られた増援部隊と合流したことで戦力が九百弱まで増えている。リントスジンを今度の戦いで確実に攻め落とすため、公国軍は動ける人員全てを部隊に組み込んで出撃したのだ。
組み込まれた兵士の中には過去の戦いで負傷し、手足などが思うように動かせない者も大勢いる。
普通なら負傷している者は最前線に出さないのだが、勝利を確実なものにするために公国騎士たちは負傷兵を強制的に参加させた。
公国兵の中には負傷兵を当然、無理矢理参加させる正規の兵士や騎士たちに不満を抱く者もいる。
だが徴兵令で一時的に公国軍の参加しただけの自分たちに拒否権は無く、異議を上げることもできないと考え、不満を抱きながら参加しているのだ。
反論できないこと以外にも逆らったり、脱走したりすれば処刑されるかもしれないため、その恐怖から参加するしかないと判断する者もいた。
「これだけの数なら勝てる。今度こそリントスジンを制圧し、公国軍が王国領へ侵攻するために拠点を手に入れてやる!」
進軍する公国軍の指揮官メーバックスは馬に乗りながら周りにいる公国兵たちを見回し、自信に満ちた口調で語る。
前回よりも戦力が増し、王国軍の戦力も低下している現状なら絶対に王国軍に勝てると確信しているようだ。
笑みを浮かべるメーバックスの左側には同じように馬に乗った金髪の騎士がおり、どこか不安そうな表情を浮かべながらメーバックスを見ている。
軽傷とは言え、負傷兵まで襲撃に参加させたことで徴兵された者たちの不満を買い、軍全体の士気に影響が出てしまうと金髪の騎士は小さな不安を感じていた。
実際に徴兵された公国兵たちの中には指揮官であるメーバックスを始め、正式に軍に所属している騎士や兵士たちに不満を抱き、信用できなくなっている者が出てきている。
今の状態では例えリントスジンを制圧できたとしても、その後の進軍や戦闘で徴兵された者たちが正規の騎士や兵士に従うことを拒むかもしれない。
徴兵された者たちの士気を高めるため、そして信用を取り戻すためにも金髪の騎士は効率よく、できるだけ被害を少なくしてリントスジンを攻略するべきだと考えていた。
「メーバックス殿、まもなくリントスジンへの攻撃が開始されます。念のために作戦の確認をさせていただいてよろしいですか?」
「ん? ああ、構わない」
金髪の騎士が小声で問いかけるとメーバックスはどこか面倒くさそうな口調で許可する。
「まず、開戦と同時に弓部隊が東門を守る王国軍に矢を放ち牽制します。その間に歩兵部隊が城壁に接近、長梯子を掛けて城壁を越える。この作戦でよろしいですか?」
「ああ、問題無い。……ただ、突撃は徴兵された連中にやらせろ」
「徴兵された者たち、ですか?」
「そうだ。その中でも負傷している連中を先に突撃させるんだ」
メーバックスの指示に金髪の騎士は耳を疑う。
徴兵された者たちを行かせることはともかく、その中で負傷している兵士を突撃させるという指示だけは一瞬理解できなかった。
「メーバックス殿、今何と?」
「負傷している連中を先に行かせろと言ったんだ。ソイツらが少なくなったら無傷の連中を加勢させて東門を突破する」
「しかし、それでは負傷兵たちは高確率で戦死してしまいます。ただでさえ負傷して全力で戦えない状態なのに突撃させるなんて、これでは敵の注意を引く囮と同じです」
「仕方が無いだろう。これもリントスジンを短時間で制圧するためだ。それに体力が少なく、十分に戦えない奴らに敵の注意が向けば無傷の奴らは敵兵を倒しやすくなるというものだ」
十分に戦えない負傷者たちに王国軍の相手をさせ、隙ができたら無傷の兵士たちに攻撃させる。負傷している兵士たちを捨て駒のように扱うメーバックスのやり方に金髪の騎士は戸惑いと驚きを隠せずにいた。
「それに負傷している連中を最前線に出さず、後方で待機させても殆ど役に立たん。寧ろ荷物になるだけだ。だったら負傷している連中を突撃させ、仲間がリントスジンを制圧するための活路を開く役目を与えてやればいい。もし死んだとしても仲間の役に立って死ねるのだ。誇りある死と言うやつだ」
この人は何を言っているのだ、金髪の騎士はそう思いながら笑みを浮かべるメーバックスを見つめた。
目の前にいる指揮官は負傷している兵士を仲間ではなく、戦いに勝つため道具としか見ていない。金髪の騎士は今までメーバックスの本性を知らずに従っていたため、今になってようやくメーバックスが騎士に風上にも置けない存在だと悟り、どうしてこんな男が指揮官を任されているのだと疑問を抱く。
現在、メーバックスと金髪の騎士は小声で作戦の確認をしているため、周りにいる徴兵令で戦争に参加した公国兵たちには聞こえていない。
もしも今の会話が兵士たち、特に負傷兵たちに聞かれれば間違いなく士気は低下、徴兵された者たちからの信用も一気に失ってしまう。そうなればリントスジンの制圧は勿論、まともに戦うこともできなくなる。
金髪の騎士は周りを見回し、絶対に会話の内容を徴兵された者たちには聞かれてはいけないと考えるのだった。
「メーバックス殿、流石に死ぬ確率が高いと分かっていて負傷兵を突撃させるのはマズいです。もし兵士たちがこのことに気付けば士気は一気に低下し、我々も徴兵された者たちからの信用を失うことになります」
「それは気付かれた場合の話だろう? 気付かれなければ何の問題も無い。それに同じ騎士団に所属する者ならともかく、徴兵されて一時的に軍に入った者たちから信頼を失っても何に問題も無い」
「ですが……」
「これは決定事項だ。変更はない」
メーバックスは金髪の騎士の話を聞かず、一方的に話を終わらせる。
自分の考えが全て正しいと思い、仲間の意見を聞かないメーバックスの独裁的な考え方に金髪の騎士は呆れ果てていた。
このままメーバックスが指揮官を続ければ間違いなく軍の崩壊に繋がる。今回の作戦が終わったら全ての部隊長である騎士を集め、メーバックスについて話し合うべきだと金髪の騎士は考えた。
「よし、もうすぐ戦いが始まる。他の部隊長にも今話したことをちゃんと報告しておけ?」
「承知しました……」
不満そうな声で返事をする金髪の騎士は馬を走らせて公国兵たちの間を通り、別の場所にいる部隊長たちの下へ向かう。
メーバックスは遠くにあるリントスジンを見つめ、必ず制圧して手柄を立ててやると不敵な笑みを浮かべる。
――――――
リントスジンの東門には大勢の王国騎士や兵士が集まっている。突然襲撃に全員が動揺を見せていたが、何とか混乱することなく迎撃態勢を整えることができた。
東門の見張り場にはアルシェスとノルチェ、騎士たちの姿があり、城壁の上では剣や槍を持つ大勢の騎士、兵士が近づいてくる公国軍を警戒している。
広場の中央には弓矢を持つ兵士たちが隊列を組んで待機し、その周りには騎士たちが侵入してきた公国軍を迎え撃つために武器を手に取って身構えていた。
もうすぐ公国軍との戦闘が始まると全員が緊張しながら目の前の東門や城壁を見上げている。ただ、その大半は公国軍との戦力差から勝つ可能性は低い現状に不安を感じていた。
「……敵の数が増えている。前回戦った時よりも明らかに多い」
遠くにいる公国軍を見つめるノルチェは緊迫した表情を浮かべながら呟く。
前回の公国軍との戦闘に参加していたノルチェは撤退する際の公国軍を確認していたため、現在の公国軍と数が違うことにすぐに気付いた。
公国軍が後方にいる本隊に増援を要請することは予想していたが、想像以上に戦力が増していたため、更に戦力差が出てしまったことに内心焦っている。
ノルチェだけでなく、他の騎士や兵士たちも公国軍の大部隊を目にして驚きと戸惑いを露わにしている。そして前回の戦いに参加していなかったアルシェスも圧倒的な戦力差に衝撃を受けていた。
アルシェスたちが公国軍を見て驚愕していると、ドザリックスがロズリング、数人の兵士を連れて城壁の階段を上がり、見張り場にいるアルシェスたちの下へ移動する。
ドザリックスの後ろにはゼブルとティリアの姿もあり、同じように階段を上がってアルシェスたちに近づいた。
「殿下!」
「ベルージャス候……かなり厄介なことになってしまったぞ」
アルシェスの言葉を聞いたドザリックスはリントスジンの外側を確認し、距離を詰めてくる公国軍を目の当たりにした。
「こ、これは……前回よりも兵の数が増している?」
「ああ、ユドリーヌ隊長の予想では公国軍の戦力は推定で九百とのことだ」
「きゅ、九百? 前回の戦いでは六百ほどだったはずなのに……」
「恐らく、大平原にある公国軍の砦、もしくは制圧した我が国の砦に待機させていた部隊に救援要請を出し、そこから来た部隊を加えたのだろう」
総戦力が四万なのだから三百ほどの戦力など簡単に送れるはず。アルシェスは改めて膨大な戦力を持つ公国軍を恐ろしく思った。
リントスジンの戦力は僅か百二十ほど。六百でも勝てる可能性は低いのに更に三百も公国軍の戦力が増えたことでドザリックスはとても敵わないと感じ、公国軍を見ながら表情を曇らせる。
ロズリングや周りの騎士、兵士たちも自分たちは勝てないのだと悟ったのか、固まりながら公国軍を見つめていた。
ドザリックスたちが絶望する中、ゼブルは腕を組みながら無言で公国軍を見ている。
隣ではティリアが同じように近づいてくる公国軍を見ており、目を見開きながら驚きの反応を見せていた。
「推定九百か……多少は数が増えているようだが、何の問題もない」
驚いている様子を見せることなく語るゼブルにドザリックスたちは一斉に反応してゼブルに視線を向ける。
百二十と九百という誰が考えても圧倒的不利な状況にもかかわらず、今までと態度を変えていないゼブルにドザリックスたちは驚いていた。
「ぜ、ゼブル殿、今何の問題も無いと仰いましたか?」
「ん? ああ、言ったぞ」
「公国軍の戦力は九百ですよ? 我が軍の七倍近くです。それでもゼブル殿は勝てるとお考えなのですか?」
「当然だろう」
ドザリックスを見ながらゼブルは「何を言っているんだ」と言いたそうに返事をする。
圧倒的な差があるのに余裕を崩さないゼブルにドザリックスやアルシェスたちは呆然とした。
ゼブルからは六百の公国軍は問題無く倒せると聞かされていたドザリックスたちは六百がゼブルが倒すことができる限界の数値で、それ以上の数になればゼブルも苦戦を強いられるかもしれないと考えていた。
しかしゼブルは九百の敵を前にして余裕を崩さず、焦りも見せていない。
ゼブルの反応からドザリックスたちは九百の敵を相手にすることになっても余裕で勝てる力をゼブルは持っているのかと疑問を抱く。
二百年前に現れた魔王は強く、多くの敵を相手にしても勝利した。だが、体力や魔力には限界がるため、決して無敵と言うわけではない。
ある国が魔王を討伐するために派遣した七百ほどの部隊に魔王が一人で対峙した時、その圧倒的な数に押され、苦戦を強いられながらも魔王は勝利した。つまり、自分より弱くても一度に圧倒的な数をぶつけられれば魔王でも手こずるいうことだ。
ドザリックスたちも二百年前の魔王が七百の敵を相手に苦戦していたことは言い伝えで知っており、ゼブルも苦戦を強いられることになるだろうと考えている。
いや、今回は九百と二百年前の魔王が苦戦した数よりも多いため、ゼブルは敗北するかもしれないと王国側の人間たちは予想していた。
魔王であるゼブルが加勢してもリントスジンを守ることはできない、そう考えるドザリックスたちは信じられないような顔でゼブルを見つめる。
ゼブルはドザリックスたちの反応を見ると軽く肩を竦めた。
「信じられないのなら、予定どおり俺が戦うところを見ていろ」
そう言ってゼブルはドザリックスたちの前に移動して公国軍を見つめる。
ティリアもゼブルにつられるように歩き出し、ゼブルの隣で公国軍に視線を向けた。
どうして現状で勝てると考えられるのか、ドザリックスたちはゼブルの考えが全く理解できずにいた。
ドザリックスたちは魔王でも大勢の敵には手こずると思っているようだが、それは二百年前の魔王の強さとこの世界の常識から導き出された答えだ。
彼らはゼブルが二百年前の魔王より強いこと、そしてこの世界の常識が通用しない存在であることを理解していなかった。
「そ、それにしても凄い数ですねぇ……」
公国軍を見ながらティリアは改めて兵士の数に驚く。
戦力では圧倒的に勝っているはずなのに、わざわざ九百もの戦力をぶつけてリントスジンを制圧しようとしていることから、ティリアは公国軍が今回の戦闘で決着をつけるつもりでいると理解する。
「例え数が多くても俺たちにとっては脅威どころか問題ですらない。簡単に蹴散らせる」
負けるとは微塵も考えていないゼブルを見てティリアは思わず苦笑いを浮かべた。
ゼブルの実力を理解しているティリアは例え九百の敵を相手にするとしてもゼブルなら勝てると確信している。
ただ、ゼブルと出会ってから今日までティリアはゼブルの実力の一欠片しか見ていない。そのため、公国軍の大部隊を相手にゼブルがどんな戦い方をするかは分からなかった。
「んじゃ、手筈どおりに行くぞ?」
「あ、ハイ」
声を掛けられたティリアは近づいてくる公国軍の方を向き、真剣な表情を浮かべる。
今回の戦いでティリアは大勢の敵との戦闘経験を積むためにゼブルと共に戦う。ゼブルの補佐官として見っともない姿を見せないよう、引き締めて戦うことに集中する。
「まずは俺たちで公国軍の相手をする。アンタたちは俺が指示するまで何もせず、自分の身を守ることだけ考えろ」
「は、ハイ……」
返事をしたアルシェスはゼブルとティリアの後ろ姿を見つめ、どのようにして九百の公国軍を相手にするのか考える。
新たな魔王であるゼブルと人間をやめたティリアの実力を確かめるため、アルシェスは戦況が悪化したとしても、前線に残って二人の戦う姿を見届けるつもりでいた。
ゼブルたちが公国軍を見つめていると進軍していた公国軍は東門から400mほど離れた所で停止し、弓矢を持つ大勢の公国兵たちが前に出て矢を空に向かって構える。
構えた直後、公国兵たちは一斉に矢を放ち、矢は放物線を描くように東門と城壁まで飛んでいく。
だが、矢を放ったのが徴兵された公国兵、つまりまともな訓練を受けていない一般人だ。そのため、矢の命中率は低く、放たれた矢の殆どは王国騎士や兵士には届かず、東門の手前に落下したり城壁に当たったりなどしていた。
中には王国騎士や兵士に命中した矢もあるが、殆どが急所を外れており、矢を受けた者たちは戦いを続けられる状態だ。
因みにゼブルとティリアには命中しておらず、二人の近くにいたアルシェスたちも無傷で済んだ。
矢を放った公国兵たちは後退して最初の配置へ戻る。そして最前列にいた公国兵たちは剣や槍を構えながら一斉に東門に向かって走り出す。
最前列にいた公国兵たちの殆どは腕や足に包帯を巻いた負傷兵で傷の痛みに耐えながら走っている。
最初に走り出した公国兵の後には傷を負っていない無傷の公国兵たちがおり、しばらくしてから負傷している公国兵たちに続く。
その後、残りの公国兵たちも一斉に走り出し、九百もの公国軍は再びリントスジンに向かって進軍を開始する。
「突っ込んできたか。ベルージャス候から聞いたとおりの攻め方だな」
ゼブルはドザリックスやロズリングから公国軍の戦術や戦略をある程度聞かされていたため、公国軍の動きを見ても驚いたり、不思議に思ったりしなかった。
公国軍はこれまで真正面から突撃するように東門に攻め込んできたため、次も同じように突撃してくる可能性が高いとゼブルたちは予想しており、実際に公国軍は予想したとおりの行動を取っていた。
「全戦力を突撃させてくれるとは、こっちにとっては都合のいいことだ」
公国軍が単純な攻め方をしてくれたことにゼブルは心の中で感謝し、同時に突っ込むことしかできない哀れな連中だと感じていた。
「それじゃ、まずは挨拶から行くか」
ゼブルはゆっくりと右腕を前に伸ばして近づいてくる公国軍に向け、そのまま動かずに近づいてくる公国軍を見つめる。
アルシェスたちは公国軍が距離を詰めてきているのに何もしないゼブルを見て驚き、このままでは東門に到達されて城壁を越えられてしまうと焦っていた。
今すぐにでも公国軍を迎撃したい気持ちだが、ゼブルから何もするなと言われているため、迎撃したくてもできない。アルシェスたちは緊迫した表情を浮かべながら迫ってくる大勢の公国兵を見つめていた。
やがて公国軍が東門の100m手前まで近づき、アルシェスたちや城壁を守る王国騎士、兵士たちは剣や槍を手に取って戦闘態勢に入ろうとする。
「炸裂する業火球!」
アルシェスたちが構えた瞬間、ゼブルは右手から火球を向かってくる公国軍に向けて放つ。それは下級魔法の火球よりも二回りほど大きく、飛んでいく勢いも速さも比べ物にならない。
火球は真っすぐ飛んでいき、先頭を走る公国兵の一人に命中すると同時に大爆発を起こした。
爆発によって火球を受けた公国兵だけでなく、周りにいた大勢の公国兵も爆発に呑まれて消し飛ばされる。
突然の爆発に公国兵たちは驚愕し、最前列にいた公国兵たちは一斉に急停止した。




