第50話 激戦前の確認
公国軍との戦いが終わってから二時間ほどが経過し、東門の張り詰めた空気も少しずつ穏やかになっていた。
緊張状態だった騎士や兵士たちも落ち着きを取り戻しており、城壁の上からリントスジンの外を見張ったり、広場の中で次の戦いの準備をしている。
広場や東門の外側に転がっている死体は敵味方関係なく全て片付けられている。死体を放置すれば衛生的に問題が出たり、味方の士気を低下させて精神的な負担を増やす可能性があるからだ。
敵兵の死体は放置し、敵側に恐怖心を与えるという方法もあるが、やはり敵の死体であろうと残しておくと色々と都合の悪い状況になるため、王国軍はリントスジンにある全ての死体を片付けていた。
何よりも王国軍は死体を戦争の道具とは考えていないため、死体を利用したり放置したりはしない。
「……敵の姿は見られないな」
東門の上にある見張り場では二人のアーメットを被った騎士が公国軍な近づいて来ていないかリントスジンの周囲を見張っている。
王国軍が圧倒的に不利な状態であることを理解している騎士たちは少しでも発見が遅れたり、敵を見過ごしたりすれば戦況が悪くなると確信しているため、一切気を抜かずに見張りをしていた。
「公国軍が撤退して二時間くらい経ってるが、次は何時頃襲撃してくると思う?」
「分からん。ただ、今までの流れから考えると日没の直前か暗くなった頃だろうな」
騎士はリントスジンの外を見張りながら公国軍が次に攻めてくるタイミングを予想する。
隣にいるもう一人の騎士も過去に公国軍が攻め込んできた時の状況や時間、自分たちが公国軍に与えた被害から暗くなり始めた頃に攻めてくるかもしれないと考えていた。
「なぁ、次に公国軍が襲撃して来た時にリントスジンを守り切れると思うか?」
「……さぁな。こっちの戦力は公国軍よりも圧倒的に少ない。ハッキリ言って難しいだろう。……だが、それでも俺たちは戦わなくちゃいけねぇんだ」
不安になる仲間の方を向きながら騎士は低い声を出す。
「このリントスジンを制圧されれば、公国軍は一気に王国領を侵攻する。敵は四万近くの大軍だ。侵攻されれば押し戻すのは難しくなるだろう」
「そうなったらこの国はお終いだな……」
「ああ、だからこそ俺たちが命懸けで公国軍を食い止めなくちゃならねぇんだ。この国だけでなく、街にいる家族のためにもな」
騎士としてセプティロン王国を守ることも大切だが、自分の家族を守ることはある意味で国を守る以上に大切なことだ。
見張り場にいる騎士たちはどちらも妻子持ちで、家族はリントスジンで暮らしている。リントスジンを制圧されれば国より先に家族が公国軍によって奪われる可能性が高い。最も大事な家族を守るため、騎士たちは必ず次の襲撃でもリントスジンを守り切ると誓うのだった。
騎士たちがリントスジンを守ることに重要性について話していると一人の騎士が城壁に上がり、見張り場にいる二人に駆け寄ってくる。
駆け寄って来た騎士はアーメットを被っておらず、鎧と肩当てを付けた二十代前半ぐらいの青年騎士で見張り場にいる騎士たちと比べて軽装だった。
セプティロン王国の騎士団に所属している騎士はアーメットを被る騎士と被っていない軽装の騎士の二種類に分けられている。
アーメットを被った騎士は戦争やモンスターとの戦いで前線に出たり、都市の防衛に就いたりする小隊などに所属しているため、一般の王国兵と比べて重装備となっている。
一方でアーメットを被っていない騎士は偵察や奇襲と言った特殊な任務を与えられる遊撃隊に所属しているため、王国兵と同じような軽装備となっているのだ。ただ、騎士であるからか肩当てなど一般の兵士には与えられない防具を身に付けている。
「もうすぐ交代の時間だ。次の戦いに備えてちゃんと休んでおけよ?」
「ああ、分かってる」
休むことも仕事だと分かっている騎士は交代時間を知らせに来た青年騎士を見ながら頷く。
小隊に所属している騎士と遊撃隊に所属している騎士は任務の方針が違うため、同じ任務に就くことは殆ど無い。しかし同じ騎士団の所属しているから顔を合わせることが多く、部隊が違っても仲間として良い関係を築いていた。
青年騎士は交代時間を知らせると小さく笑いながら階段を下りて広場へ戻っていく。
騎士たちは青年騎士を見送ると見張りを再開した。
「公国軍の奴ら、次は今まで以上に戦力を増やして攻めてくるかもしれないな……」
「おいおい、怖いこと言うなよ」
仲間の言葉に騎士は若干嫌そうな声を出した。
だが公国軍が戦力を増強して攻めてくる可能性は十分ある。何しろ公国軍の総戦力は四万前後なのだから。
「もし本当に連中が戦力を強化して攻めてきたら、こっちはかなり危なくなるだろうな」
「ああ、こっちも少は戦力が増えたそうだが、戦況に大きな変化は出ないだろうな」
騎士は仲間の発言に反応すると、ゆっくり隣に立つ仲間の方を向いた。
「……それって、例の魔王のことか?」
低い声で尋ねると仲間の騎士は無言で小さく頷く。
騎士たちは数十分前に騎士団長であるロズリングから召集を受け、ゼブルと言う魔王を名乗る存在とその配下が次の公国軍との戦いに加勢すると聞かされていた。
突然魔王を名乗る存在が共闘すると聞かされ、多くの騎士や兵士は驚きと動揺を見せた。
彼らも魔王がこの世界で恐ろしく、忌み嫌われる存在であることは知っているので魔王が協力してくれると言われても納得できず、信用することもできなかった。
そもそも、そのゼブルと言う存在が魔王を名乗るだけの力を持っているのかすらも疑わしいため、騎士や兵士たちはゼブルや配下たちの活躍に期待していない。
「お前はその魔王を名乗る奴が強いと思ってるか?」
「正直、微妙だな。……俺は奴の姿や広場に突然現れたところを見てるんだが、普通のモンスターとは明らかに雰囲気が違っていた。少なくともゴブリンやオークみたいな下級モンスターよりは上だと思ってる」
「下級モンスターなんかと比べても本当に強いのかどうか分からないだろう」
ゼブルの実力が全く分からない騎士は公国軍との戦いで役に立たないかもしれないと予想している。何よりも魔王を名乗る者と共闘すること自体に抵抗を感じていた。
「ゼブルとかいう奴は魔王を名乗ってるんだろう? だったら奴も二百年前の魔王と同じように人間を見下し、奴隷のように支配するつもりなのかもしれない」
「かもな。だが、アルシェス殿下が一緒だったし、団長も魔王ゼブルはこの国と対立する気は無いと言っていたぞ」
仲間の話を聞いた騎士は納得できないのか、小さく俯きながら低めの声を出して考え込む。
召集された騎士たちはロズリングから魔王ゼブルはある目的でセプティロン王国の南部に拠点を作って活動しており、公国軍が王国領に侵攻して来たことで目的の妨げになると判断し、王国に力を貸すことを提案してきたと聞いている。
目的が何なのか、ゼブルがどうして人間に力を貸そうと考えたのか、騎士たちはロズリングから詳しく聞かされなかったので最初は納得できなかった。
だが危機的状況に立たされているリントスジンを守るために力を貸してくれると聞き、少しでも戦力が必要だと考える騎士や兵士たちは渋々共に戦うことを受け入れた。
因みにロズリングが説明した内容の殆どは騎士や兵士たちを納得させるための嘘だ。
セプティロン王国が属国になったから手を貸してくれるなどとは言えないため、誰もが納得しそうな理由を考えて話しただけだ。
「何かの目的のために手を貸すらしいが、魔王を名乗ってるんだから二百年前の魔王みたいに世界征服をするんじゃないのか?」
「まぁ、その可能性は高いかもな」
どれほどの実力を持っているかは知らないが、魔王なら目的は世界を支配する以外にあり得ないと騎士たちは考える。
「それにもしかすると、人間同士の争いを面白がって近くで見物するために手を貸すって言ってきたのかもしれないぞ」
「俺はそこまで悪趣味じゃない」
突然背後から男の声が聞こえ、驚いた騎士たちは同時に振り返る。そこには見張り場の胸壁の上に立つ人型の甲虫の異形の姿があった。
目の前の甲虫の異形に騎士たちは思わず後退りする。顔はアーメットで隠れて見えないが、その下では驚愕の表情を浮かべていた。
騎士たちは先程の声が甲虫の異形のものだとすぐに気付き、その姿から目の前にいるのが魔王ゼブルだと確信する。
ゼブルは騎士たちが見つめる中、胸壁から見張り場に下り立つ。その直後、おかしな格好をしたウェアウルフが見張り場の下から跳び上がってゼブルと同じように胸壁の上に着地する。
「俺は国同士の戦争を遊び感覚で楽しむつもりはない。手を貸すのは自身の利益のためであり、セプティロンがダーバイアに支配されるのが都合が悪いからだ。その辺は勘違いしないでもらいたいな」
決して面白半分で戦いに参加しているわけではないとゼブルは冷静な口調で否定する。
騎士たちは先程まで話していた魔王が目の前にいることに驚きを隠せずに固まる。しかも自分たちが魔王ゼブルを異常者と考えるような発言をしたことで怒りを買ってしまったのではと感じ、無神経発言をしたことを後悔していた。
ゼブルは騎士たちが固まる中、ゆっくりと騎士たちの間を通り、見張り場の端へ移動して東門の外側を見回す。
騎士たちは自分たちの発言を簡単に否定しただけでそれ以上何も言わないゼブルを見て呆然とする。
魔王を名乗るのだから自分を馬鹿にするような発言をした人間は容赦なく始末すると予想していたため、ゼブルの行動に内心驚いていた。
予想外の展開に驚く騎士たちがゼブルの後ろ姿を見つめていると胸壁の上にいたウェアウルフが見張り台に下り、両手を騎士たちの肩にポンと乗せる。
突然肩を叩かれたことに騎士たちは驚き、咄嗟に後ろに立つウェアウルフを見つめた。
「お前ら、大将が器のデカい男でよかったな? もし大将の気が短かったら今頃、頭を潰されて死んでたぜ」
ウェアウルフの言葉に騎士たちは一気に血の気が引く。運が悪ければ自分たちは公国軍と戦う前に命を落としていたと聞かされ、騎士たちは悪寒を走らせながらゆっくりゼブルの方を向いた。
最初はゼブルの実力が分からず、公国軍と戦うことになっても役に立つかどうか分からなかった。
だが、気付かない間に高い場所にある見張り台の上に現れたことから、並の騎士やモンスターよりも強いと騎士たちは確信する。そして、そんなゼブルなら本当に自分たちの頭部を簡単に潰せるかもしれないと感じるのだった。
ウェアウルフは騎士たちを見ながらニッと笑い、ゼブルの方へ歩いて行く。
騎士たちはウェアウルフが離れていくと緊張が解けたのか深く息を吐いた。
ゼブルが人間でない亜人のような存在を従えていることを知っているため、自分たちに忠告をしたウェアウルフがゼブルの配下だと騎士たちは確信する。同時に配下のウェアウルフもとても強いと直感するのだった。
「……東門の周りには身を隠す場所は無い。隠せる場所と言えば遠くにある森ぐらいだな」
東門の近くや周辺を確認したゼブルは数km離れた所にある森に注目する。
ゼブルは腕を組みながらリントスジンの東にある森を見つめる。そこへシムスがやって来てゼブルの右隣に立ち、同じように東門の周辺を見回す。
「どうだ、大将。気になる場所はあるか?」
「いや、今のところは無いな」
シムスの問いかけにゼブルは前を見ながら答える。
次の襲撃で王国軍と共に戦うため、ゼブルはシムスと共に戦場となった東門の様子を窺うためにやって来た。
広場に着くとゼブルとシムスは見通しのよう場所なら情報を集めやすいと考え、正門の下に移動して勢いよく跳び上がり、見張り場に跳び上がったのだ。
ジャンプした時に広場にいた騎士や兵士たちはゼブルとシムスの跳躍力に驚愕したが、二人は周囲の反応にまったく気づいていなかった。
「東門の近くには平原や畑しかなく、身を隠せる場所は無い」
「確かにそうだな。唯一隠れられる場所と言えば、あそこにある森か」
シムスはそう言ってゼブルが気にしていた遠くにある森を指差す。視界に入っている森は大きく、大勢の兵士を隠すには十分な広さだ。
ドザリックスたちと話し合った際、ゼブルはロズリングから公国軍は過去の襲撃で三度とも東門を襲撃し、撤退の際は森の方へ逃走したと聞かされていた。
「公国軍が撤退して次に襲撃を仕掛けるまでの時間は短く、王国軍も襲撃を受ける直前に森から公国軍が現れるのを確認しているそうだ。そして俺たちが来る直前に襲撃された時も公国軍はあの森の方へ逃走したらしい」
「つまり公国の連中は間違いなくあのデカい森に隠れてるってことか」
現状とロズリングから聞いた情報から、公国軍は今も視界に入っている森に隠れ、再びリントスジンを襲撃する機会を窺っているとゼブルとシムスは確信する。
「それにしても、公国軍もおかしな行動を取るよなぁ」
シムスは公国軍の戦い方に対して呆れたような表情を浮かべる。
「三度も同じ行動を取ってそれを見られれば、公国軍も王国軍に隠れている場所がバレてるって気付くはずだ。敵に隠れている場所を知られているのに潜伏場所を変えずに攻め続けるとか、戦術としては最悪だな」
「王国軍の戦力は公国軍と比べると遥かに少ない。戦力に大きな差があることから、王国軍に潜伏場所を知られたとしても襲撃されることは無いと考えてるんだろう」
例え敵が身を潜めている場所が分かっていても、敵より戦力が少ない状態で奇襲を仕掛けても返り討ちに遭う可能性が高い。ましてや公国軍が隠れている場所は森という見通しの悪い場所であるため、敵の居場所を把握せずに進軍すれば逆に奇襲を受けることになる。
実際に王国軍は公国軍が森に隠れていると確信して奇襲を仕掛けようと考えたが、戦力差がありすぎて勝てる可能性は低いと判断し、未だに奇襲を仕掛けられずにいる。
森に隠れている敵を襲撃するには敵よりも戦力が多く、森の地形や敵の位置を把握する必要があった。
「さて、ここまでの流れから考えると公国軍は次もこの東門を攻める可能性が高い。……が、もしかするとこっちの裏をかいて別の場所を襲撃する可能性もある」
ゼブルはそう言うと振り返って街の方を向いた。
リントスジンには今ゼブルたちがいる東門の他に南門と北西門の二つがあり、リントスジンに入るにはその三つの門を通過するしかない。
ドザリックスたちはリントスジンの東にある森に公国軍が隠れていることやこれまで東門だけ襲撃されていることから、公国軍は他の二つの門は狙わず、次も東門を襲撃すると予想していた。
だが、公国軍が王国軍の意表をついて他の二つの市門から襲撃する可能性もあるため、ゼブルは東門に戦力を集中させるべきなのかと疑問を抱いていた。
「……シムス、お前は公国軍が次にどう攻めてくると思う?」
魔将軍であるシムスの意見を聞こうとゼブルは隣で森を見つめているシムスに声を掛けた。
シムスは一度ゼブルを見ると再び森の方を向き、腕を組みながら考え込む。しばらくしてシムスはチラッとゼブルに視線を向けた。
「俺の予想では、公国軍はこの東門を攻めてくるんじゃねぇかって思ってるぜ」
「ほぉ? 理由は?」
「軍の大半が徴兵された奴らだからさ」
僅かに目を鋭くしながら答えたシムスは再び森へ視線を向ける。
「徴兵令で今回の戦いに参加した奴らは殆どがごく普通の一般人のはずだ。一般人となれば騎士団や軍に所属している職業軍人と比べて体力や技術と言った力量は劣っている。もし体力のある職業軍人でも疲れを感じるような行動を一般人が取ったらどうなると思う?」
「……職業軍人よりも体力が無いんだ。当然一般人は職業軍人以上に疲れを感じるだろうな」
行動の内容にもよるが、体力のある者が疲れるほどの行動を体力が無い者が取れば疲労困憊になるとゼブルは確信していた。
「そのとおりだ。公国軍が隠れている森からこの東門まではそれなりに距離がある。移動するだけでもそれなりに体力を消費するはずだ。もしも東門よりも距離のある南門や北西門まで移動したら、徴兵された連中の大半は体力を使い切って戦えなくなるはずだ」
「戦う前に体力を使い切るのを避けるため、公国軍は距離の短い東門を狙ってくるというわけか」
「そういうことだ」
ゼブルが自分の考えを理解してくれたことに嬉しさを感じているのか、シムスは視線だけを動かしてゼブルを見つめながらニッと笑う。
「なら、公国軍が戦力を分断し、三つの門を同時に攻める可能性はあると思うか?」
「ねぇな。別の門を攻める以上にあり得ねぇことだ」
首を横に振りながらシムスは即答する。しかも他の市門を攻める以上に可能性は低いと考えているようだ。
ゼブルはどうしてそう考えるのか答えが気になり、無言で見つめながらシムスが答えるのを待った。
「さっきも言ったように公国軍の大半は徴兵された一般人だ。職業軍人よりも体力が無く、戦闘の経験もない。となると精神力も職業軍人よりも低く、戦場では常に不安や緊張を感じているはずだ」
まるで軍の教官が訓練生たちに説明するかのようにシムスは語る。
説明を聞いたゼブルは可能性は高いと感じたのか「成る程」と小さく数回頷く。
ゼブルは戦闘能力ならシムスよりも上だが、戦闘や戦術に関する知識ではシムスよりも劣っており、ゼブル自身もそれは理解している。
今後起きるであろう他国との戦いで役立てるため、ゼブルはシムスの話を聞いて知識を自分のものにしようと話を聞いていたのだ。
「奴らはこれまで大勢の仲間と共に戦うことで不安や緊張に耐え、王国軍と戦うことができていたはずだ。三つの門を同時に攻めるために戦力を分断し、共に戦う仲間の数を減らせば、当然連中の不安は増し、士気が一気に低下する」
「士気が低下すれば公国の兵士たちはまともに戦うことができなくなり、例え三つの門を同時に攻めても効率よく突破することはできない。寧ろ公国軍の被害が増すってことだな?」
ゼブルが確認するように尋ねるとシムスは小さく頷いた。
「だから公国軍は次もこの東門を狙ってくると俺は考えている。大将だってそう思ってるんだろう?」
「……まあな」
ゼブルは森を見ながら静かに返事をする。
公国軍が東門を襲撃することはゼブルも予想していた。だが、シムスのように誰もが納得するような根拠は無かったため、殆ど感と自分が持っている僅かな知識だけで判断していたにすぎない。
ゼブルは自分も公国軍の動きを見抜いていると勘違いするシムスに対して少し複雑な気分になっていた。
「それで大将、公国軍が攻めて来たらどう動くつもりなんだ?」
公国軍がどのように攻めてくるかと言う話から、戦闘が始まった際にどう対処するかの話に変わると、ゼブルはシムスを見ながら黄色い目を薄っすらと光らせた。
「ベルージャス候たちと話し合った時に言ったように、まずは俺とティリアで公国軍に仕掛ける。ある程度数を減らしたらお前も長距離攻撃で数を減らせ。その後は例の奴らを使って公国軍を一気に壊滅させる」
「うへぇ~、やっぱりあの方法で仕上げるのかよ。……大将って器はデカいが、えげつねぇ戦法も平気で使う時があるよな?」
ゼブルの作戦に恐ろしさを感じるシムスは僅かに表情を歪ませる。
「フッ、当然だろう? 俺は人間たちから恐れられる魔王なんだからな。……それに俺は器はデカくなんかない。デカかったらお前の言う、えげつない戦法なんて使ったりしねぇよ」
鼻で笑うゼブルは自分は冷酷非道な存在だと語る。
異世界で魔王の使命を果たすつもりでいるゼブルは周囲から恐れられることに抵抗を感じておらず、周囲に恐ろしい印象を与えるつもりでいた。だから仲間すら恐ろしいと感じる手段もこれからは躊躇せずに取るつもりでいる。
シムスは自分を無慈悲な存在だと話すゼブルを見て、周りに気付かれないくらい小さく笑う。
口では恐ろしいと言っているが、他人に慈悲を与える気持ちをゼブルが持っていることをシムスは理解している。そのため、ゼブルを恐れたり器の小さい存在だとは思わず、眷属として全力で尽くそうと考えていた。
ゼブルとシムスの後ろでは見張りをしていた騎士たちが無言で二人を見ている。最初は人間ではない二人を恐れて警戒していたが、会話を聞いている内に人間らしさを感じるようになっていた。
もしかすると魔王ゼブルとその配下は自分たちが思っているほど恐ろしい存在ではないのでは、騎士たちはそう感じながらゼブルとシムスを見ている。
ただ、この時の騎士たちはまだゼブルたちの恐ろしさを理解していなかった。
――――――
リントスジンの東にある大きな森。そこには十数種類の薬草が生えており、リントスジンで働く薬師や冒険者が良く訪れていた。
だが、現在はダーバイア公国との戦闘中でリントスジンの住民たちは都市の外へは出られず、薬草を採取することもできない。
仮にリントスジンから出られたとしても、住民たちは森に近づこうとは考えなかった。なぜなら現在、森はリントスジンを制圧するために侵攻して来た公国軍が身を潜めているからだ。
公国軍は森の中に野営地を作り、リントスジン制圧のための仮拠点として利用している。
森は広く、数百人の兵士を余裕で隠すことができるほどだ。しかも森にはモンスターや凶暴な猛獣などは棲みついていないため、大都市を制圧するための仮拠点を作るにしては打ってつけの場所だった。
森の中では徴兵令で集められた大勢の公国兵が二人から三人で班を作り、一定の間隔を空けながら巡回している。
自分たちが仮拠点として利用しているとは言え、今いるのはセプティロン王国領にある森。つまり敵国中にある森なので王国の人間や軍の兵士たちが入り込んでいる可能性は十分ある。
万が一王国の人間が森に入り、兵士たちや仮拠点である野営地を目撃されればリントスジンにいる王国軍に報告されるかもしれない。情報が王国軍に知られないようにするため、森の中でも兵士たちに見回りをさせる必要があるのだ。
「……こっちの方は問題ないな」
「ああ、次は向こうを調べよう」
二人の公国兵が槍を握りながら森の中を移動する。公国兵はどちらも三十代後半ぐらいの中年の男で今回のセプティロン王国との戦争で徴兵された小さな町の住民だ。
普段は町で店を出して働いている彼らは森に入ることなど無いため、慣れない森の中を歩くのに苦労している。
「なぁ、俺らは何時までこんなことをしなくちゃいけねぇんだ?」
「そんなの戦争が終わるまでに決まってるだろう」
「ハァ、早く国に帰りてぇよ」
「おい、そういうことは言わない方がいいぞ? 何処で軍の騎士が聞いてるか分からねぇんだ。もし聞かれたら長い説教を受けることになる」
仲間の忠告を聞いて公国兵は咄嗟に口に手を当てながら周囲を見回す。二人の近くには誰もおらず、軍の関係者に聞かれてないことに公国兵は安心した。
徴兵された兵士たちの中にはセプティロン王国との戦争に不安や恐怖を感じて弱音を吐く者も多くいる。
兵士を動かす立場にある騎士たちにとって、侵攻中に弱音を吐かれると他の兵士たちの士気が低下することに繋がるため、弱音を口にする者を見つければ叱責することになっているのだ。
例え徴兵された一般人だったとしても例外ではない。公国軍の一員として戦場に出ている以上、公国軍の騎士たちは兵士が弱気になることを許さなかった。
森の奥には公国軍の野営地があり、大量のテントが張られている。その数は多く、森がテントで埋め尽くされていると言っても過言ではなかった。
テントの周りには大勢の公国兵や騎士たちが休んだり仲間と会話をしている姿があり、彼らの近くには食料や物資などが入った木箱が置かれている。
徴兵令で集められ、強制的に戦場に駆り出された者たちにとっては安心して休める今の時間が一番の幸せだった。
公国兵たちが使っている無数のテントの中に他よりも大きなテントが張られている。その中では五人の騎士が地図が広げられた大きな机を囲んで立っており、全員が真剣な表情を浮かべていた。
「次の襲撃もやはり東門から襲撃するべきでしょうな」
「ええ、現在の戦力と兵士たちの精神状態では分断して攻めるのは厳しいですからね……」
地図を見つめながら語る金髪の騎士の隣で茶髪の騎士は同意する。机の上にある地図にはリントスジンとその周辺が描かれており、他の騎士たちは無言で地図を見つめていた。
テントの中にいる騎士たちはリントスジンを襲撃する公国軍の指揮官と各部隊長たちで次の戦いの作戦会議を行っている最中だった。
「ただ、もう間もなく後方から増援部隊が到着しますので、その部隊と合流すれば戦力を分担しても何とかなると思われますが……」
「増援か……それでも分断するのは得策ではないだろうなぁ。因みにどのくらいの戦力が合流するのでしょうか?」
茶髪の騎士が尋ねると金髪の騎士は机の上にある兵棋の一つを手に取って地図に描かれているリントスジンの東にある森、つまり今自分たちがいる森の上に置く。
「約三百の部隊です。その殆どが徴兵された平民たちですが、戦力としては問題ありません」
「ちょっと待て、たった三百なのか?」
戦力数を聞いて一人の騎士が不満そうな口調で確認する。
騎士は二十代後半ぐらいで身長は170cm弱。肩に届くほどの紺色の髪に黄色い目をしており、銀色のプレートアーマーと青いマントを装備していた。若干装備に高級感があることから、その騎士は周りの騎士たちよりも立場が上のようだ。
「後方にはまだ大量の戦力があるはずだ。それを考えれば倍の六百は増援として送れるはずだろう」
「メーバックス殿、今後の侵攻を考えると三百以上の増援は無理だと思われます」
金髪の騎士が説明するとメーバックスと呼ばれた騎士は不満の表情を浮かべながら軽く舌打ちをする。
メーバックスはダーバイア公国軍に所属する騎士で、セプティロン王国侵攻軍の先発隊指揮官を任されている。騎士でありながら出世欲が強く、功績を上げるためならどんな手段でも取るため、仲間の騎士たちからはあまり良く思われていない。
騎士たちはメーバックスが静かになると疲れたような息を吐く。そして作戦会議を続けるために机の上の地図に視線を向ける。
「増援部隊と合流すればこちらの戦力も強化されます。次の襲撃で確実にリントスジンを制圧できるかと……」
「そうですね。王国軍にも数時間前の襲撃でそれなりに被害が出ているはずですし、多少時間はかかると思いますが、制圧は間違いなく上手くいくでしょう」
今度こそリントスジンを制圧し、公国軍が王国領に侵攻するための拠点を手に入れることができる。騎士たちは仲間と顔を見合わせながら小さく笑みを浮かべた。
「時間が掛かると言っているが、やり方によっては短時間で制圧することは可能なんじゃないか?」
黙って会話を聞いていたメーバックスが発言すると、騎士たちは一斉にメーバックスに注目した。
「いえ、我が部隊の戦力を考えると増援部隊と合流しても制圧には時間が掛かってしまいます」
「それは無傷の兵士たちだけで計算した戦力だろう? 負傷している者たちも加えればいいではないか」
「は?」
メーバックスの言っていることの意味が理解できず、金髪の騎士は目を細くしながら聞き返す。
「此処までの戦闘で負傷し、後方で待機している者たちを次の戦闘に参加させて攻めるんだ。そうすればより早くリントスジンを制圧できるはずだろう」
「お、お待ちください。負傷者の中には重傷を負っている者が大勢おります。その者たちを前線に出させるのは流石に酷かと……」
「勿論、寝たきりや武器を握ったり、歩けないような奴は加える必要は無い。加えたところで邪魔になるだけだからな。加えるのは軽傷の奴らだけだ。ソイツらなら前線に出ても問題無く戦えるだろう」
「ですが、傷を負っていては本来の力を発揮することはできません。それに兵士たちは徴兵令で集められた者たち、我々のように正式に軍に所属している者たちと違って精神的に打たれ弱いです。もし負傷者を戦わせていることを他の兵士が知れば、士気にも影響が出るかもしれません」
金髪の騎士はリントスジンを早く制圧するためだけに負傷兵まで前線に出させれば、負傷兵だけでなく、無傷の公国兵にも影響が出ると考え、メーバックスの提案に反対する。
他の騎士たちも愚策だと感じ、納得できないような顔でメーバックスを見ていた。
「例え徴兵された者たちだとしても、今の連中は公国軍の兵士だ。兵士である以上、公国のために命懸けで戦うのは当然のこと。寧ろ国のために命を懸けられることを誇りに思うべきではないか」
本気で言っているのか、騎士たちはそう思いながら笑みを浮かべるメーバックスを見つめた。
メーバックスが出世のために手段を選ばない男であることはその場にいる騎士全員が知っている。
だが、それでも徴兵令で強制的に戦争に参加することになった一般人たちに危険な行動を取らせるようなことはしないだろうと騎士たちは考えていた。
しかしメーバックスは短時間でリントスジンを制圧するため、つまり指揮官である自分の功績を上げるために負傷兵たちを前線に出させようとしている。
部隊の指揮を執る者として恐ろしい考え方を持つメーバックスに騎士たちは愕然としていた。
「負傷して全力を出せないとしても武器を持って戦うことはできる。半端な戦力でもいないよりはずっといい」
「しかし……」
「もう一度言うぞ。動くことが可能な負傷者を戦力に加え、増援部隊と合流した直後にリントスジンに攻め込む。これは指揮官としての判断だ……いいな?」
僅かに声を低くしながら確認するメーバックスに騎士たちは若干不服そうな顔で黙り込む。
負傷兵を参加させなくても十分勝てる状況なのに、わざわざまともに戦えない者たちを前線に出して勝つ確率を上げようとするなど納得できなかった。
しかし、自分たちの指揮官はメーバックスであるため、彼が指揮官の権限で決定した以上は従うしかない。逆らえば最悪軍法会議に掛けられ、自分たちの立場が危うくなってしまう。
騎士たちが黙り込むとメーバックスは全員が納得したのだと考え、勝ち誇ったように笑った。
「増援部隊が到着したらすぐに出撃できるよう準備をさせておけ。あと、森の中を見回っている連中も呼び戻しておくんだ」
「……承知しました」
金髪の騎士は俯きながら低めの声で返事をする。その後は最悪の空気の中、作戦会議は進められることとなった。
新年あけましておめでとうございます。今年最初の投稿になります。
今年も面白い物語を書けるよう頑張りますので、最後までお付き合いください。
今後は今までと同じように一定の間隔で投稿していきます。




