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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第3章  救済の魔蟲
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第49話  意志と覚悟


 ドザリックスに案内されてゼブルたちは東門から北西に少し移動した所にある第三騎士団の詰所にやって来た。

 詰所は周りの民家と比べると大きく、隣には騎士たちが訓練するために使われる広場もある。やはり都市を守る騎士たちが集まる場所なだけあって、それなりに立派な造りになっているようだ。

 ゼブルはティリアたちと目の前に建てられている詰所を無言で見上げている。その前にはドザリックスとロズリング、そして三人の貴族が立っていた。

 詰所に来る途中、ゼブルたちはこれから行われる話し合いに参加する官僚の貴族たちと会い、ともに詰所にやって来た。

 ゼブルに会った時の貴族たちの反応は初めてゼブルを見た時のドザリックスたちと同じで、なぜ都市内にモンスターがいるのだと驚きながら疑問を抱いていた。

 アルシェスとドザリックスは驚く貴族たちに事情を説明して何とか落ち着かせ、話し合いに参加するよう命じて詰所まで連れてきたのだ。

 ドザリックスが詰所の玄関を開けるとロズリングや貴族たちと共に中に入り、ゼブルたちも後に続いて詰所に入る。

 詰所の中はとても静かで物音は殆ど聞こえない。静寂に包まれた屋内を移動するゼブルたちは二階へ続く階段を上がっていく。

 普段の詰所は多くの騎士が集まり、訓練や任務の話などをして騒がしいのだが、現在は公国軍との戦闘準備などを行うために騎士全員が出払っている。そのため、現在の詰所には事務などを行う者が数人残っているだけだった。

 ゼブルたちはドザリックスたちに案内されながら誰もいない静かな廊下を歩いて行く。もしも今詰所にいる騎士団関係者と遭遇すれば再び騒ぎになるだろう。

 ドザリックスは詰所にいる者たちがゼブルと遭遇して騒ぎになるのを避けるため、誰にも会わないよう注意しながら先へ進む。

 しばらく移動したゼブルたちは一つの部屋の前で立ち止まる。前を歩くドザリックスは振り返り、ついて来ていたゼブルたちの方を向いた。


「こちらです。どうぞお入りください」


 目的地の部屋に辿り着き、ドザリックスは扉を開けてゼブルたちを招き入れた。

 部屋の中央には木製の大きな机が置かれ、隅には本棚などが置かれている。雰囲気からしてそこは騎士たちが会議などを行うために部屋のようだ。

 全員が部屋に入るとドザリックスは静かに扉を閉め、中央にある机の前まで移動する。

 ロズリングと官僚の貴族たちはドザリックスの隣や後ろに移動して待機した。

 ゼブルもティリアと魔将軍、アルシェスと共にドザリックスの向かいに移動し、机を挟む形でドザリックスたちと向かい合う。

 話し合いができる状況になったのを確認したアルシェスは静かに深呼吸をし、気持ちを落ち着かせるとゆっくりと口を動かした。


「……すまないな、ベルージャス候。忙しい時にわざわざ時間を作ってもらって」

「お気になさらないでください。」


 王女であるアルシェスから重要な話があると言われれば、例え公国軍と戦っている最中でも話を聞くのは当然だとドザリックスは考えており、不満などは一切見せずに軽く首を横に振った。

 アルシェスは嫌な顔一つせずに自分の話を聞こうとするドザリックスを見て一瞬だが表情を歪める。

 これから話す内容を考えると、自分のために時間を作ってくれたドザリックスに対して申し訳ない気持ちになってしまう。


「それで殿下、これから話す内容はゼブル……殿に関することだと仰いましたが、いったいどうのような内容なのでしょうか?」


 ドザリックスはチラッとアルシェスの隣に立つゼブルを見ながら微量の汗を流す。

 出会ってしばらく経ってはいるが、ドザリックスは未だにゼブルの威圧感に慣れることができずに緊張している。

 目の前にいるのが魔王を名乗る存在ならば、すぐに慣れることができないのは当然だ。

 アルシェスは暗い顔をしながら小さく俯いて黙り込む。話すことに抵抗はあるが黙っていても何も変わらないため、公国軍からリントスジンを守るためにも覚悟を決めて話さなくてはならないと自分に言い聞かせた。


「……既に話していることだが、ゼブル殿は公国軍を撃退するために我々に協力してくださることになった。そして協力を得るために父上……陛下はある条件を呑まれたのだ」


 いったいどんな条件なのだろう、ドザリックスはロズリングたちと顔を見合わせながら考える。

 魔王であるゼブルが条件を出したこと、そしてアルシェスの表情が僅かに暗いことからセプティロン王国にとって都合の悪い条件を出されたのだとドザリックスたちは確信しており、緊迫した表情を浮かべながらアルシェスを見つめる。

 ドザリックスたちが見つめる中、アルシェスはトリュポスで行われた会談の内容を一から説明し始めた。


――――――


「属国ですって!?」


 アルシェスから話を聞かされたドザリックスは声を上げながら両手で目の前の机を強く叩く。

 黙って話を聞いていたロズリングや官僚の貴族たちも驚愕しながらアルシェスを見ている。

 ドザリックスたちの反応を見るアルシェスは申し訳なさそうな表情を浮かべている。アルシェスは会談でゼブルとフォルテドルが話したこと、決めたことを隠さずに全てドザリックスたちに説明した。

 ティリアや父親のフォリナス辺境伯が自らの意思でゼブルに従っていることを始め、ゼブルが新たな国を建国しようとしていること。そして、フォルテドルがリントスジンを守るためにセプティロン王国をゼブルの国の属国にすることを決意したことなどを全て話したのだ。


「ベルージャス候、貴方が感情的になるのは当然だと思っている。だが、父上はリントスジンとそこに住む民たちを守るためにゼブル殿の国の属国となる道を選んだのだ」


 アルシェスに宥められたドザリックスは表情を曇らせながらも冷静さを取り戻して俯く。

 ドザリックスもフォルテドルがリントスジンに住む自分たちのことを考えて属国になることを選んだのは理解している。

 だが、領主や重役の貴族たちに何の相談もせずに魔王の支配下に入ることを決めたことに対しては僅かに不満を抱いていた。


「……陛下がダーバイア公国から我々を守るために決断されたことは分かっております。ですが、お一人でお決めにならず、属国になるか我々に相談するべきではないでしょうか?」

「そんな余裕は無かったのだ。リントスジンが公国軍の襲撃を受けている時、父上とティグロンザス団長はトリュポスにいた。王都へ戻り、領主や貴族たちを集めて相談する時間は無かった」


 侵攻の知らせを受けた時の状況から、フォルテドル一人で決断するしかなかったと語るアルシェスを見て、ドザリックスは再び俯く。

 確かにリントスジンがいつ制圧されるか分からない状況で王都に戻り、領主たちを集めて相談していたらリントスジンが公国軍に奪われてしまう。

 アルシェスの筋の通った説明を聞いたドザリックスは言い返すことなく黙り込む。


「王都でも救援部隊の編成を行っているようだが、ティグロンザス団長が王都を離れているため、短時間で救援部隊を編成することができずにいる。リントスジンが持ち堪えられる期間を考えると、どうやっても制圧される前に救援を送ることはできない。だから父上は属国になることを決意し、ゼブル殿の助力を得たんだ」

「わ、我々にはまだ戦力も物資も残っております。救援部隊が到着するまで持ち堪えることは可能です」


 ドザリックスは耐え抜くことができると語るが、それはただの強がりだった。

 ゼブルたちがリントスジンに来る直前にロズリングたちと話し合い、これ以上公国軍を食い止めることはできないと確信していた。

 公国軍からリントスジンを守るには戦力を増強する以外に方法は無く、救援部隊と合流していない状態で戦えば間違いなく公国軍に敗北し、リントスジンは制圧されてしまう。

 ドザリックスも勝ち目がないことは分かっていたが、魔王の助力を得ることに抵抗を感じており、ゼブルの助けが無くても公国軍と戦えると言い張っているのだ。


「皆で協力し、必死に戦えば魔王の力を借りずとも救援が来るまで耐えることができると私は考えております」

「おいおい、本人の前でそんなこと言うか、普通?」


 腕を組みながら壁にもたれているシムスは呆れたような口調でドザリックスに声をかける。


「理由や流れがどうであれ、大将はアンタらを助けようとしてるんだぜ? それなのその善意をお節介みたいに言うのは、あまりにも失礼なんじゃねぇのか?」


 壁にもたれるのをやめたシムスはゼブルの隣まで移動し、僅かに目を鋭くしてドザリックスを睨む。

 シムスは魔将軍の中では気は長く、セミラミスのようにすぐに感情的になったりはしない。だが、ゼブルへの忠誠心は他の魔将軍と同じように高いため、主であり、生みの親であるゼブルの行動や考えを否定するような言動をされれば機嫌を悪くするのだ。

 ドザリックスはゼブルの仲間であるウェアウルフが自分の発言で機嫌を悪くしたと知ると目を見開きながら微量の汗を流す。

 確かにゼブルが自分たちを助けるために力を貸してくれたことは事実であるため、ゼブルの前で協力は不要というような発言はしたのは失礼だと言える。

 ドザリックスは表情を変えずに俯き、とんでもないことを言ってしまったと心の中で後悔するのだった。


「シムス、かまわねぇよ」


 発言を指摘するシムスをゼブルは落ち着いた様子で止める。どうやらシムスのようにドザリックスの言葉に気分を悪くしていないようだ。

 ゼブルの予想外の言葉を聞いたドザリックスやアルシェスは少し驚いたような反応を見せてゼブルを見つめた。


「大将、だけどよぉ……」

「知らない間に魔王の国の属国になったと聞かされ、その魔王の助力を受けなければならない、なんて言われれば不満の一つも言いたくなるってもんだ」


 状況からドザリックスが納得できないような発言をしてもおかしくないとゼブルは語る。

 普通なら自分の善意を否定するようなことを言われれば気分を悪くするものだが、ゼブルはドザリックスが不満を抱くことを予想していたため、機嫌を損ねたりすることはなかった。

 ゼブルの言葉を聞いたドザリックスは意外そうな表情を浮かべる。目の前にいる甲虫の異形は二百年前に現れた魔王と違い、他人の立場になって物事を考えることができる存在だと知り、同時に人間らしさがある魔王だと感じていた。


「まったく、大将はホントにあめぇなぁ」


 どこか困ったような表情を浮かべるシムスの言葉にゼブルは小さく笑う。

 ゼブルは自分が優しいと思われることを不快とは思わない。だが世界征服を成し遂げるため、そして異世界の住人たちから恐れられるために邪悪な魔王を演じ続けるつもりでいた。

 シムスを納得させたゼブルはドザリックスの方を向く。

 目を丸くしていたドザリックスはゼブルと目が合うとハッと我に返り、真剣な表情を浮かべた。


「ベルージャス候、だったな。俺たちの力を借りず、自分たちの力でリントスジンを守りたいというアンタたちの意思は理解できる。……だが、現状からアンタたちの力だけでリントスジンを守るのは絶対に不可能だ」


 現実をハッキリと突きつけるゼブルにドザリックスは思わず表情を歪ませる。

 ロズリングや官僚の貴族たちはゼブルの言うとおりだと思っているのか、言い返すことなく黙ってゼブルを見ていた。


「公国軍との戦力差、救援部隊が到着するまでの時間、これらの情報から考えて、今のままでは救援部隊が到着するまで持ち堪えることはできない。アンタもそれは分かってるはずだ」

「……」


 反論できないドザリックスは俯いたまま黙り込んだ。


「リントスジンを守り、公国軍を撃退するには俺たちと手を組むしかない。色々納得できていない点もあるだろうが、今は公国軍を蹴散らすことだけを考えるべきなんじゃねぇか?」


 自分たちがやらなくてはいけないことは何なのか、ゼブルの言葉を聞いたドザリックスは改めて確認する。

 人々から恐れられている魔王の支配下に入り、助力を得ることはある意味で人間として恥ずべき行為かもしれない。しかし、最も重要なのは戦いに勝つことだ。

 魔王の力を借りるのが嫌だからと言って、数少ない戦力で戦えば確実に公国軍に敗北してしまう。そうなればリントスジンに住む多くの人々が傷つき、苦しい生活を送ることになる。

 リントスジンの都市長、そして領主として今やるべきことは何なのか、ドザリックスは目を閉じながら考えた。


「……確かに仰るとおりです。負けられない戦いに勝つため、守るべきものを守るためには手段を選んでいられない場合もある」


 目を開けながら顔を上げるドザリックスは何かを決意したような目でゼブルを見つめる。


「ゼブル殿、リントスジンを守るため、そして公国軍を倒すためにお力をお貸しいただきたい」


 ゼブルたちと共闘することを受け入れたドザリックスは深く頭を下げて協力を頼む。

 属国になったことについてはまだ受け入れられていない。だが、セプティロン王国の国民たちを守るためにフォルテドルも苦渋の決断をしたことは理解しているため、フォルテドルの判断が完全に間違っているとは考えていなかった。

 それによくよく考えれば、フォルテドルが属国になることを決断したのはリントスジンを守るためだ。

 つまり、セプティロン王国が魔王の国の支配下に入ったのはドザリックスたちが原因でもあるため、ドザリックスは自分には属国を決断したことを否定する資格はないと感じていた。

 周りにいたロズリングたちはドザリックスを見て表情を曇らせたり、納得できないような顔をしている。だがゼブルの言うとおり、今のままでは確実に負けるため、公国軍に勝つためには仕方がないと渋々受け入れるのだった。


「ベルージャス候、属国になったことに関しては後日、改めて父上から説明がある。だから今は公国軍と戦うことだけを考えてくれ……」

「分かりました。……終戦後、できるだけ早く陛下からのご説明をいただけることを期待しております」


 アルシェスはドザリックスを見ながら無言で頷く。

 領主や貴族たちに相談もせず、フォルテドルが独断で属国になることを決めたのだから、説明の会議を早く行ってほしいという頼みぐらいは叶えるべきだ。

 アルシェスはミュリンクスに戻ったらすぐにフォルテドルにドザリックスの希望を伝えることにした。


「さて、共闘することが決まったことだし、早速戦況について聞かせてくれねぇか?」


 公国軍との戦いに備えるため、ゼブルはドザリックスに現状を尋ねる。


「承知しました。まず、我が軍と公国軍の状態について説明させていただきます」


 ドザリックスはゼブルを見ながら真剣な表情を浮かべて返事をする。

 力を借りることを受け入れたとは言え、まだゼブルを警戒しているドザリックスは機嫌を損ねるような言動はしないよう気を付けなくてはと自分に言い聞かせるのだった。


「まず、我が軍の戦力ですが、ゼブル殿たちがいらっしゃる直前にも公国軍と戦闘があり、かなりの被害が出ております。まともに戦えるのは百二十人ほどです」

「百二十……トリュポスで話を聞いた時は三百人はいるって聞いたが、かなり減っているな」

「最初に公国軍が襲撃してきてから今日までの間にリントスジンは三度襲撃を受けました。その時に被害が出てしまい、今は半分以下の戦力しかないのです」


 ゼブルは俯きながら語るドザリックスを見て「ほぉ」と意外そうな反応を見せる。

 数日の間に三度も襲撃され、僅かな戦力で三度とも耐え抜いた防衛力に少し感心していた。


「対する公国軍はこちらと同等の被害を出しているようですが、それでも六百ほど戦力が残っているようです」

「ろ、六百? こちらの五倍ではないですか……」


 圧倒的な戦力の違いにティリアは驚いて目を見開く。

 アルシェスも最初にドザリックスと会った時に状況を聞かされていたが、公国軍の戦力などの詳しい情報は聞いていなかったため、今初めて公国軍の戦力を聞いて驚愕していた。

 ティリアの近くではゼブルも公国軍の戦力を聞いていたが、ティリアやアルシェスのように驚いたような反応は見せていない。

 ゼブルだけでなく、シムスやアリスも驚くことなく黙って話を聞いていた。


「ただ、この六百と言うのは現在リントスジンを襲撃している敵部隊の戦力です。公国軍の総戦力は四万、まだ奪われた我が軍の砦と公国側の砦にも多くの兵士がおります」


 リントスジンに攻め込んできているのは公国軍の一部の戦力でしかないことをドザリックスは深刻な表情を浮かべながらゼブルたちに伝える。

 ドザリックスの周りにいるロズリングや官僚の貴族たちも後方にまだ多くの敵がいることに大して絶望したような顔で俯いていた。


「ベルージャス候、公国軍がどのようにして四万もの戦力を集めたのか分かっているのか?」 

「ハイ、密偵が手に入れた情報では公国で徴兵令が出され、村人や町の住民たちを参加させたようです」

「徴兵令……ティグロンザス団長が予想したとおりだったか」


 本当に国民たちを徴兵して戦争に参加させたと知ったアルシェスは拳を握る。

 以前は公国軍に所属している兵士や騎士たちだけで戦っていたのに、戦力を揃えるために村人のような軍に所属していない者たちまで戦場に駆り出させるダーバイア公国のやり方にアルシェスは小さな苛立ちを感じていた。


「後方に多くの戦力が待機している以上、今攻め込んできている敵部隊を撃退しても公国軍は新たな戦力をリントスジンに送り込むでしょう。正直、ゼブル殿たちが加勢しても厳しい戦いになるかと……」


 例え魔王を名乗る者が共闘したとしても四万の敵が相手では戦況は変えることはできない。ドザリックスは自分たちが勝つのは無理だと後ろ向きな考え方をするようになっていた。

 アルシェスもゼブルから公国軍を蹴散らしてリントスジンを守ると聞かされているが、流石に四万の敵が相手だと勝つのは難しいと感じていた。


「四万程度なら問題無く勝てる」


 暗くなるアルシェスたちにゼブルは自分たちが勝つと断言した。

 ゼブルの口から出て言葉にアルシェスたち王国側の人間たちは驚きの表情を浮かべながらゼブルに注目する。

 アルシェスたちは力を貸してくれるゼブルが魔王としてどれほどの実力を持っているのか分からない。ゼブルが王国軍に加わっても戦力に大きな変化は無いと考えており、大軍に勝てると言われても驚くだけで説得力があるとは思っていなかった。

 一方でティリアやシムスはゼブルの実力を理解しているため、例え四万の公国軍を一度に相手にすることになっても勝つと確信している。


「ぜ、ゼブル殿、僅かな戦力で四万の敵に勝つなど不可能です。ただでさえ我々は六百の部隊に苦戦を強いられているのです。魔王であるゼブル殿が加勢してくださったとしても勝つのは無理かと……」

「俺の力がどれほどのものか知らないのに、勝手に勝てないと決めつけるな」


 アルシェスから自分は弱者と思われていると知ったゼブルは少し気分を悪くして低い声を出す。

 ゼブルの声を聞いたアルシェスは自分の発言で機嫌を損ねてしまったと感じて小さく肩を震わせた。


「し、失礼しました、ゼブル殿……」


 公国軍と戦う前に問題を起こすわけにはいかないため、アルシェスはすぐにゼブルに謝罪する。


「トリュポスで言ったはずだ、セプティロンに侵攻してきた公国軍を蹴散らしてやると。俺は公国軍がどれほどの戦力で侵攻して来たとしても必ず勝つ。でなければ会談の時に手を貸してやるなんて言ったりしない」


 勝利を宣言するゼブルにアルシェスは思わず目を見開く。

 どうしてそれほど自信があるのか、何か四万もの公国軍を倒せるだけの切り札でもあるのか、アルシェスは何を根拠に勝利を確信しているのか疑問に思いながらゼブルを見つめた。


「ゼブル殿、貴方が公国軍に勝つ自信をお持ちなのは分かりました。ですが、先程貴方が仰ったように私たちはゼブル殿の実力がどれほどのものなのか分かっておりません。……ですから、ゼブル殿が加勢されたとしても勝てるかどうか不安なのです」


 深刻な表情を浮かべるアルシェスは誤魔化しなどせずに本心を伝える。

 ゼブルからは実力を知らないのに公国軍に勝てないと決めつけるなと言われたが、実力を知らないからこそアルシェスたちはゼブルが加勢しても公国軍に負けるかもしれないと感じてしまう。

 つまり、ゼブルの強さを確認しないことには安心できないということだ。

 ゼブルはアルシェスが何を言いたいのか気付き、自分が強者であることを知ってもらうためにも一度戦うところを見せるべきだと考えた。


「なら、次に公国軍が攻めてきた時に俺が前線に出て戦おう。その時にどれほどの力を持っているか確かめればいい」

「ゼブル殿が自ら前線に?」

「そうだ。俺が公国軍を問題無く倒せる力を持っていることを分かれば、アンタたちも公国軍に勝てると分かるはずだ」


 アルシェスはゼブルの提案を聞くと小さく俯いて考え込んだ。

 ゼブルに四万の公国軍を倒せるだけの力があるか確認できれば、戦争の流れが明らかになる。

 自分たちの勝敗を予想するため、リントスジンを守れるかどうか確かめるためにも協力者であるゼブルの実力を確認する必要があった。


「……分かりました。では、次に公国軍がリントスジンに攻め込んできた際にはゼブル殿に前線に出て公国軍と戦っていただきます」


 公国軍の相手を頼まれたゼブルは小さく鼻で笑う。それはまるで自分の狙いどおりの展開になったことを面白く思っているようだった。

 ゼブルの傍で待機していたティリアやシムス、離れた所でダイナの相手をしていたアリスもアルシェスの言葉を聞いて一斉にアルシェスに視線を向ける。


「ベルージャス候、聞いたとおり次に戦闘が行われる時にはゼブル殿に前線に出てもらうことになった。騎士や兵士たちに魔王であるゼブル殿が共に戦うことを伝えておいてくれ」

「は、ハイ、承知しました」


 戸惑うような反応を見せたドザリックスは騎士団長であるロズリングの方を向き、騎士団や衛兵たちに伝達するよう指示を出す。

 ロズリングも魔王であるゼブルと共闘することに複雑さを感じながらも、リントスジンを守るために共闘することを受け入れた。

 魔王とは言え、協力者であるゼブルを危険な前線に出させるなど恐れ多い行為だと思われるが、ゼブル自身が前線に出て戦わせてほしいと言ってきたため、アルシェスはそこまで抵抗は感じていなかった。


「あぁ、それからセプティロンが俺の国の属国になったことは騎士団や住民たちには話すな? 俺が公国軍との戦いに協力することだけ伝えるんだ」

「わ、分かりました」


 ゼブルの指示を聞いたドザリックスは小さく頷きながら返事をする。

 知らぬ間に魔王の国の属国になったと聞かされればリントスジンを守る騎士や兵士たちは混乱し、間違いなく公国軍との戦いに影響が出てしまう。

 ドザリックスは騎士たちを混乱させないために絶対に属国の件は知られないようにしようと考える。少なくとも公国軍との戦争に決着がつくまでは隠しておくつもりでいた。


「因みに次の戦いでは俺だけじゃなく、ティリアや魔将軍たちも前線で戦わせる」


 前線に出るのはゼブルだけではないと聞かされたアルシェスは反応し、視線を動かしてティリアやシムス、アリスを見つめる。

 側近である魔将軍もかなりの実力者だとゼブルから聞かされていたため、アルシェスはゼブルの実力を確かめるついでに魔将軍たちの力も確認した方が良いと考えた。

 しかし、ティリアはゼブルや魔将軍と違ってごく普通の騎士であるため、アルシェスはティリアを前線に出すことに抵抗を感じていた。


「ゼブル殿、貴方と魔将軍の皆さんはともかく、ティリアを前線に出すのはどうかと思います。彼女は騎士ではありますが、前線で大勢の敵を相手に戦う技術も経験もありません。次の公国軍との戦闘には参加させず、後方で待機させてはいかがでしょう?」


 ティリアと姉妹のような関係であるアルシェスは過去に何度かティリアと手紙のやり取りをしており、その時の手紙でトリュポスで騎士団に入団したことを知った。

 そのため、ティリアが騎士であることや、騎士の経験が浅いことも知っており、前線に出すべきではないと考えているのだ。

 アルシェスの言葉を聞いてゼブルは意外に思っているような反応を見せる。だがティリアを心配するような発言をしたことから、ティリアが隷属になっていることを知らず、人間の騎士として見ているのだとすぐに気付く。

 ゼブルだけでなく、ティリアもアルシェスが自分を後方で待機させようとしている理由に気付いていた。

 魔王補佐官となってからティリアはアルシェスに一度も手紙を送っていない。だから人間をやめて強大な力を得たことも伝えていないため、アルシェスは今でも自分を新米の騎士として見ているとティリアは知り、複雑そうな表情を浮かべるのだった。


「ティリアは前線で俺と共に戦わせる。これは絶対だ」

「しかし、彼女はまだ騎士になって日が浅いです。……本人の前でこんなことを言うのは失礼ですが、ティリアが前線に出ても殆ど役に立たないかと……」


 事情を知らないアルシェスが心配して前線に出させないでほしいと頼んでいることはティリアも分かっている。だがそれでも役に立たないと言われたことで少し傷つくのか、アルシェスを見ながら思わず苦笑いを浮かべた。


「アルシェス王女、実はアンタに話してないことがある」


 突然話題を変えられたアルシェスは目を細くしながら小首を傾げる。


「ティリアは魔王である俺の隷属となり、モンスターの力を得た。今の彼女はアンタの知ってる新人の騎士だった頃のティリアじゃない」

「はぁ? モンスター?」


 予想外の言葉を聞かされたアルシェスは理解できず、目を見開きながらティリアに視線を向ける。

 ドザリックスやロズリングたちも突然驚きの声を出すアルシェスに反応し、一斉にアルシェスや彼女と向かい合っているゼブルとティリアの方を見た。


「ティリアはモンスターの力を得たことで人間をやめ、以前とは比べ物にならないほどの強者となった。その実力は二百年前の魔王を優に超える」

「ば、馬鹿な! 二百年前に現れた魔王よりも強いなんて、そんなこと……」


 途切れることなく驚くべき情報を聞かされるアルシェスは愕然とする。

 ゼブルがどれほどの実力を持っているか分からない状況で、妹として接して来たティリアが嘗て勇者と死闘を繰り広げた魔王以上の強さを得ていると聞かされたことでアルシェスは混乱しかかっていた。

 ただ、現状ではゼブルの言葉に信憑性が無く、ティリアが二百年前の魔王よりも強いと言われても信じられなかった。


「……ゼブル殿、流石に今の言葉は信じられません。二百年前の魔王はこの世界を混乱に陥れようとした強大な存在です。その魔王以上の力を人間であるティリアが手に入れたなんて……」

「まぁ、いきなり言われても信じられねぇよな。だから、次の公国軍との戦闘で俺だけじゃなく、ティリアの実力も確かめればいい」


 信じられないのなら自分の目で確かめろ、そう伝えるゼブルを見てアルシェスは僅かに目を鋭くする。

 ティリアが二百年前の魔王以上の力を手に入れたなど信じられない。だが、もしも本当にティリアが二百年前の魔王よりも強い力を得ているのなら、そのティリアを支配するゼブルはティリア以上の実力を持っているということになる。

 アルシェスはゼブルの言葉が嘘であってほしいと心の底から祈っていた。


「……殿下、隠していて申し訳ありませんでした」


 自分の秘密を知ったアルシェスにティリアは頭を下げる。

 事情があったとはいえ、王女であり自分にとって姉のような存在であるアルシェスに人間をやめたことを隠していたことにティリアは罪悪感を感じていた。

 顔を上げたティリアは申し訳なさそうな表情を浮かべながらアルシェスを見つめる。


「ゼブル様の協力者となった私は魔王補佐官と言う役職を与えられ、役職に見合った実力を得るようにとモンスターの力を与えられました。……私は既に人間ではありません」


 静かに事情を説明するティリアにアルシェスは一瞬目を見開くが、すぐに寂しそうな顔になってティリアを見つめる。


「ティリア、お前が人間をやめたことはフォリナス伯やアナクシア殿は知っているのか?」

「ハイ、両親の下へ戻った時に説明しました」


 ティリアの表情や態度から、いい加減なことを言っているわけではないとアルシェスは気付く。

 ただ二百年前の魔王以上の強者になったことは嘘であってほしいと願っていたため、その点だけは信じようとしなかった。


「……もう一つ確認しておきたいことがある」


 真剣な表情を浮かべるアルシェスを見て、ティリアは緊張したのか軽く目を見開く。

 他にどんなことを聞きたいのか、ティリアは黙ってアルシェスが喋るのを待った。


「今のお前は私が知っているティリア、第五騎士団に所属していた時のティリアと同じなのか?」

「それは、心が以前の私と同じか、と言う意味ですか?」

「そうだ」


 質問の意味を知ったティリアも真面目な表情を浮かべてアルシェスを見つめる。

 アルシェスはティリアが人間をやめたことで心までも人間ではなくなったのではないかと不安になっていた。

 良き友人であり、妹のような存在であるティリアが人間でなくなっても以前のように優しい心を持っているのか、それを確かめたかったのだ。


「私は私です。ゼブル様の協力者になる前と、何も変わっていません」

「……そうか。ならいい」


 ティリアが以前と同じだと知ったアルシェスは少し安心したような表情を浮かべる。

 もしも心までもが変わっていたのなら流石にショックだったため、返事を聞いたアルシェスは心の底からよかったと思っていた。


「ティリア、私はお前が自分の意思でゼブル殿の協力者になったことを否定しないし、人間をやめて隷属という存在になったことを責めるつもりもない。お前はお前の信じた道を進めばいい。それが友であり、一国の王女として私がお前に言えることだ」

「殿下……」


 自分の選んだ道を否定せず、背中を押すように語り掛けるアルシェスにティリアは心を打たれる。

 一度は魔王であるゼブルの協力者となってセプティロン王国を捨てた自分と、以前と同じように接してくれるアルシェスの寛大さにティリアを嬉しさを感じていた。


「ただ、これからはできるだけ今回のようなことは隠さずに教えてくれ? 自分の知らない所で人間をやめたと聞かされた時は少し傷ついたぞ」

「……ハイ」


 ティリアは微笑みながら小さく頷く。

 魔王補佐官と言う立場からゼブルや世界征服に関する情報は教えられないが、ティリア自身のことなど、話してもゼブルの使命に影響が出ない情報はできるだけアルシェスに教えることにした。

 微笑むティリアを見たアルシェスもまるで出来の悪い妹を見るかのような小さな笑みを浮かべていた。以前と立場は少し違うが、今後も友人として接することができることを素直に喜んでいるようだ。

 ティリアとアルシェスの隣ではゼブルが二人のやり取りを無言で見ている。

 隷属になったことでアルシェスとの友情に亀裂が入ればティリアは傷つき、魔王補佐官としての職務にも支障が出る可能性があったため、二人の関係が以前と変わらない結果をゼブルも良しとしていた。


「えー、では公国軍への対策について話を進めたいのですが、よろしいでしょうか?」


 話が終わったのを見たドザリックスは本題に戻るためにティリアとアルシェスに声をかける。

 まだ話が終わっていないことを思い出したティリアとアルシェスは気持ちを切り替え、どのように公国軍を迎え撃つか話し合いを再開した。

 その後、ゼブルたちは部隊の編成や防衛の流れなどの確認をするが、ゼブルたちが前線に加えること以外に大きな変化は無かった。


今回が2025年最後の投稿となります。年末は色々忙しくなるため、いつもより早めに投稿しました。

年が明けてからしばらく経った頃に投稿を再開する予定です。

今年も私の考えた作品を読んでくださり、誠にありがとうございます。来年も面白い作品が作れるよう努力いたしますので、よろしくお願いいたします。


それでは皆様、今年も本当にありがとうござました。

良いお年をお過ごしください。

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