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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第1章  異世界の甲虫魔王
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第4話  血染めの砦


 主塔ではガバルドが騎士の情報を聞き出すために隊長を痛めつけている。拳で殴ったり、割れた酒瓶で切りつけたりしており、まさに拷問だった。

 隊長は長い時間拷問を受けているわけではないが既に体は傷だらけになっている。

 顔や体中には青あざや切傷が付いており、切傷からは血が流れ出ていた。

 普通の女ならとっくに音を上げているほどボロボロなのに隊長は毅然としており、鋭い目で目の前にいるガバルドを睨みつける。その姿は騎士隊の隊長に相応しいと言えるだろう。


「お前、いい加減に喋ったらどうだ? これ以上続けると本当に後悔することになるぞ」

「私はとうに覚悟できている。部下のことを話す気は無いし、例え殺されたとしても後悔しない」

「ちっ、カッコつけやがって」


 ガバルドは口を割らない隊長にイラついて拳を強く握る。

 毅然とした隊長と違ってガバルドは自分の思いどおりにならないことに不満を抱く子供のようだった。

 どんなに傷つけられても喋らない相手に拷問を続けても情報を得られる可能性は低い。そのことに気付かないほどガバルドは平常心を失っていた。


「いいだろう。だったらこっちも容赦はしねぇ。奴隷としての価値が無くなるほど甚振ってやる」


 意地でも情報を聞き出そうとするガバルドは酒瓶の鋭い先端を隊長の目に向けた。

 隊長な迫ってくる酒瓶の先端を見てガバルドが自分の目を抉るつもりだと直感する。

 戦士にとって目は大切な物。それを奪われそうになっている現状には覚悟を決めていた隊長も流石に小さな恐怖を感じていた。

 ガバルドは隊長を後悔させることだけを考えながら酒瓶を隊長の目に近づける。

 だが拷問を再開しようとした時、外から叫ぶような声が聞こえてきた。


「……ん? 何か外が騒がしいな」


 様子がおかしいことに気付いたガバルドは手を止めて周囲を見回す。

 隊長は目を抉られずに済んだことに少し安心するが、彼女も異変に気付いて同じように部屋の中を見回した。


「か、頭ぁ!」


 突然勢いよく扉が開いて一人の盗賊が飛び込むように入室して来た。


「うるせぇぞ! どうしたんだ?」


 隊長から情報を聞き出せないことにイラついていたガバルドは険しい顔で盗賊の方を向く。だが盗賊の顔を見た瞬間にガバルドの表情は変わった。

 盗賊は此処まで全速力で走って来たのか呼吸が乱れており、額からは大量の汗が流れていた。

 明らかに冷静でない部下を見てガバルドは何か問題が起きたのではと直感する。


「どうした、何かあったのか?」

「も、モンスターです!」

「はあ?」


 言ってる意味が分からず、ガバルドは目を細くしながら聞き返す。

 ガバルドの後ろで話を聞いていた隊長も状況が理解できずに不思議に思う。ただ、盗賊の様子から彼らにとって不都合なことが起きているのは間違いないと感じていた。


「突然、大量のモンスターが現れて襲ってきました!」

「どういう意味だ。もっと分かりやすく言え!」


 詳しい説明を求めようとガバルドは盗賊に近づこうとする。だがその時、主塔の外から悲鳴が聞こえ、それを聞いたガバルドは目を見開きながら一番近くにある窓へ向かい外を確認した。

 外を覗くとアドバース砦の中庭で部下の盗賊たちが何かに追われ、襲われている光景が目に入る。

 何に襲われているのか確認しようとするが、夜であることと襲っている存在の体が小さく、主塔からかなり離れている正体は分からなかった。

 ただ、部下たちが次々と襲われ、その場に倒れていくのはハッキリと見える。


「な、何だこりゃあ……」


 何が起きているのか分からず、ガバルドは僅かに声を震わせる。

 自分たちの隠れ家、それも守りが強固なはずのアドバース砦が襲撃を受け、敵が侵入した上に仲間を襲われていることが信じられないガバルドは無意識に酒瓶を握る手に力を入れた。


「モンスターが襲撃してきたって言ったな。いったいどんなモンスターなんだ?」

「み、見た奴の話では暴食蟻だそうです」

「何だと!? 暴食蟻は森に生息するモンスターだぞ。どうしてこんな所にいるんだ!」

「お、俺に聞かれても……」


 答えられない盗賊を見てガバルドは小さく舌打ちする。

 騎士たちの情報を聞き出せずにいる中で更に問題が起きたことでガバルドの機嫌は更に悪くなった。

 ガバルドは苛立ちのあまり持っている割れた酒瓶を壁に向かって投げつける。壁に当たった酒瓶は高い音を立てて粉々になり、その破片は部屋の中に散らばった。


「とにかく急いでモンスターどもを片付けろ。酒を飲んでる奴らは勿論、寝てる奴らも叩き起こして対処させるんだ!」

「は、ハイ!」


 指示を出したガバルドは自分自身も事態の収拾に努めるために部屋を出ていこうとする。

 本来なら部下たちに任せて隊長の拷問を続けるべきなのだが、少しでも早く問題を解決するために自分も動くべきだと思ったのだ。それ以外にも簡単にモンスターにやられる部下が信用できないから動こうという考えもあった。

 盗賊もガバルドの後を追って部屋を出ていこうとする。そんな時、傷だらけで椅子に縛られている隊長が目に入った。


「あの、頭。あの女は残しておいていいんですか?」

「構わねぇよ。徹底的に痛めつけたし、簡単には逃げられないように縛ってある。逃げられねぇし、そんな体力も残ってねぇ」


 一人にしても問題ないと語るガバルドは隊長の方を向くこともなく部屋から出ていく。

 盗賊ももう一度隊長を見てから慌ててガバルドの後を追った。

 残された隊長はガバルドたちが出ていくと手や足を動かして縄を解こうとする。見張りもおらず部屋には自分しかいないのだから逃げようとするのは当然だ。

 しかしガバルドの言うとおり縄は強く縛られていた。更に体を動かせば全身の傷が痛むため、上手く縄を解くことができない。


「……クソッ!」


 拘束が解けず、隊長は軽く俯きながら悔しがる。

 縄が強く縛られているのは仕方のないことだが、体中の傷は拷問で付けられたもの。行動の妨げになるほどの傷を負わせたガバルドを隊長は心の中で恨んだ。


「奴が戻ってくる前に拘束を解いて逃げ出さなくては……」


 負傷しているとは言え、自分が逃げられれば捕らえられている仲間たちを逃がし、アドバース砦から脱出することができるかもしれない。

 上手く脱出できればその後に救援部隊を連れてきたティリアと合流でき、今度こそ盗賊たちを討伐できるはずだと思っていた。

 隊長は脱出を計画すると同時にティリアが少しでも早く救援部隊を連れてきてくれることを祈った。


「それにしても、外ではいったい何が起きているんだ?」


 現在アドバース砦で何が起きているのか、隊長は遠くにある窓を見ながら疑問に思った。


――――――


 砦の中庭では暴食蟻たちが驚きの表情を浮かべる盗賊たちに次々と襲い掛かっていた。

 突然砦に侵入して襲い掛かってくる暴食蟻に盗賊の殆どが抵抗もできずに餌食となっていく。

 盗賊の中には驚きながらも武器を手にして応戦する者もいるが暴食蟻の素早い動きに翻弄されてしまい、隙を見せた瞬間にやられてしまった。

 しかも暗い中を焚火や篝火の明かりだけを頼りに戦っているため、盗賊たちは本来の実力を発揮できずにいる。


「どうなってやがる! どうしてこんなにモンスターが侵入してきやがったんだ!?」

「知るかよ! 気づいたらいつの間にか此処まで来てやがったんだ」

「クソォ、見張りの奴らは何やってたんだ!」


 奇襲と多くの犠牲者が出ていることで盗賊たちは冷静さを失い、正確に物事を判断することができくなっている。

 そんな状態では正門や城壁で見張りをしていた仲間が既に殺されているのでは、と予想できるはずもない。

 自分の身を守るため、盗賊たちは剣や短剣を構えながら目の前にいる暴食蟻たちを睨んで出方を窺う。

 遠くでも同じように剣を振ったり、弓矢を放って応戦する盗賊もいるがその攻撃が暴食蟻たちに当たることは無かった。

 既に中庭には暴食蟻の犠牲となった盗賊の死体があちこちに転がっている。死体は全て体中を食い千切られており、中庭は死んだ盗賊たちの血で真っ赤に染まっていた。


「おい、頭から何か指示はねぇのか!?」

「知らねぇって言ってるだろう! 人に聞いてばかりいねぇで自分で確かめたら……」


 隣で質問ばかりしてくる仲間に我慢の限界が来たのか盗賊に不満を言おうとする。すると目の前の暴食蟻を視界から外した直後、盗賊は近づいて来た暴食蟻に右足を嚙まれてしまう。

 足の痛みに盗賊は声を上げ、持っている短剣で噛みつく暴食蟻に攻撃する。

 短剣は暴食蟻の硬い甲殻に弾かれてダメージを与えることはできなかった。

 盗賊は痛みに耐えながら抵抗するが、その間に右側から別の暴食蟻が迫って来た。

 暴食蟻は盗賊に覆いかぶさるように襲い掛かり、そのまま盗賊を押し倒して動きを封じると大きな顎で盗賊の首に噛みついた。


「があああああぁっ!!」


 首と足の激痛に声を上げる盗賊は必死に逃げようとするが、抵抗も虚しくそのまま暴食蟻に殺された。

 すぐ隣で仲間が殺される光景を見たもう一人の盗賊は戦意を失って逃走しようとする。

 だが逃げるために隙を作った瞬間、前にいた暴食蟻が足に噛みついて盗賊を俯せに倒す。そこへ別の暴食蟻が数体集まって盗賊を取り囲み、一斉に襲い掛かった。

 生きたまま食われる恐怖と苦痛、暴食蟻の数と容赦の無さは盗賊たちを肉体的にも精神的にも追い詰めていった。


「スゲェな。まさに地獄絵図だ」


 アドバース砦に入ったゼブルは盗賊たちの叫び声が響く中庭を見回しながら歩いている。

 暴食蟻が突入してからまだ三十分も経っていないのに既に中庭の至る所に盗賊の死体が転がっており、ゼブルは暴食蟻たちの働きの良さに感心した。

 ティリアはゼブルの後ろをついて行きながら中庭の光景に言葉を失っていた。短い時間で大勢の盗賊を殺めた暴食蟻の力に改めて驚かされ、敵を食い荒らす獰猛さに恐怖を感じる。


「あ、あの、ゼブル様。盗賊は……全て殺すおつもりなのですか?」


 ティリアは表情を曇らせながら前を歩くゼブルに尋ねた。

 声をかけらえたゼブルは立ち止まり、振り返ってティリアの方を向く。


「そのつもりだが、何か問題があるのか?」

「い、いえ……私たちは盗賊たちの討伐を命じられたのですが、もしも盗賊たちが投降した場合は倒さずに捕らえてトリュポスに連行するようにとも言われていますので……」

「できるのなら生け捕りにしてほしいと?」

「は、ハイ……助力を求めておいてこんなことを言うのはおかしなことなのですが……」


 立場上、戦い方を選ぶことはできないだろうと考えるティリアはゼブルから目を逸らしながら呟く。

 ティリアの言うとおり第八遊撃隊は盗賊の討伐を命じられた際、可能であれば捕らえるよう言われていた。

 そのためティリアは盗賊たちが戦意を失ったら生かして捕らえたいと思っている。ただ、捕らえたいという気持ち以外にもティリアには別の思いがあった。

 敵とは言え、生きたまま食われるというむごい殺され方をした盗賊たちを見たティリアは同情し、ば盗賊たちを助けるためにも生け捕りにしたいと考えてゼブルに頼んだのだ。

 ゼブルはティリアを見ながら黙り込み、しばらくすると中庭を見回しながら腕を組んだ。


「まあ、連中が戦意を失ったり、投降するっていうなら助けてやってもいいけどな」

「……ありがとうございます」


 ティリアは微笑みを浮かべながら願いを聞いてくれたゼブルに礼を言った。


「ただ、向こうが投降せずに挑んできた時や投降を拒否した場合は殺す。いいな?」

「は、ハイ」


 自分の希望を聞いてくれたのだからこれ以上頼みごとをするのは虫が良すぎる、そう思ったティリアは投降しなかった時の対処法については何も言わなかった。

 ティリアが納得したのを見たゼブルは中庭を見回しながら騎士たちが捕らえられている場所を探す。すると何かがゼブルの足を掴み、それに気づいたゼブルは下を見た。

 ゼブルの足元には血だらけの盗賊が倒れており、震える右手でゼブルの足を必死に掴んでいる。恐らく暴食蟻に襲われた後も死なず、瀕死の状態で生き延びたのだろう。

 顔や体の肉は暴食蟻によって食い千切られており、誰が見ても致命傷だと分かる状態だった。

 ティリアは盗賊の姿に驚いて思わず後ろに下がる。

 全身を食い千切られた状態で生きている盗賊はとても苦しんでいるとティリアは感じていた。


「た……すけ……くれ……」


 掠れた声で助けを求める盗賊をゼブルは腕を組んだまま見下ろす。

 助けを求めている者がいれば回復系のポーションを与えたり、回復魔法を使って傷を癒すべきだろう。だがゼブルは盗賊の傷を癒すつもりは無かった。

 理由は二つあり、一つは盗賊の傷があまりにも深く、ポーションを使っても助けられないと確信しているから。もう一つは目の前の盗賊を助けてもゼブル自身には何のメリットもないからだ。


「頼む……たす……けて……」


 命乞いをする盗賊を見てティリアは心を痛める。ティリアも盗賊の体を見て助けることはできないと分かっていた。

 ゼブルは自分の足を掴んでいる盗賊の足を払い、片膝をついて姿勢を低くする。


「おい、お前たちが捕らえた騎士は今何処にいる?」

「ぜ、ゼブル様……」


 敵とは言え、致命傷を負った相手に質問をするゼブルにティリアは思わず表情を曇らせる。

 ゼブルとティリアの目的は捕まった騎士たちを助けることだが、わざわざ苦しんでいる者に監禁場所を聞かなくても自分たちで探せばいいのではとティリアは思っていた。


「答えろ。もし答えるのならその苦痛から解放してやる」


 盗賊はゼブルの言葉を聞くと震えながらゼブルの顔を見つめた。

 目の前にいるのが人間でないことは分かっている。だが死にかけている今の盗賊は助けを求めた相手が何者なのか気にする余裕は無く、どんな存在だろうと助けてもらいたいと思っていた。

 盗賊は震える右手を動かしながらゼブルの後ろを指差した。

 ゼブルとティリアが盗賊が指差しが方を見ると100mほど先に横長の建物があった。近くにある他の建物と比べると少し大きく、大勢の人間が入れそうな場所だ。


「あそこに騎士たちがいるのか?」


 ゼブルに聞かれた盗賊は小さく震えながら頷く。既に盗賊には喋る気力もないようだ。


「そうか、礼を言うぜ。……約束どおり解放してやる」


 盗賊を見ながらゼブルは右手で倒れる盗賊の背中に貫手を打ち込む。右手は盗賊の背中を貫き、瀕死の盗賊にとどめを刺す。

 ゼブルの行動を見ていたティリアは表情を歪める。迷わずに盗賊に一撃を入れたゼブルにティリアは冷徹さを感じていた。

 何をされたのか理解する間もなかったのか盗賊は表情を変えることなくそのまま動かなくなった。

 盗賊が死んだのを確認するとゼブルは右手を抜いて立ち上がり、強く振って付着している血を払い落とす。


「ぜ、ゼブル様……」


 何か言いたげなティリアを見ることなく、ゼブルはアイテムボックスを開いて左手を魔法陣に入れる。

 左手を抜くとその手には白いハンカチがあり、ゼブルは右手に付いている僅かな血をハンカチで拭き取った。


「アイツは既に致命傷だった。どんな手を使っても命を救うことはできなかった。お前も分かってただろう?」

「は、ハイ……」

「命を救えないのなら、せめて苦しみが長引かないように楽にしてやった方がいい。俺はそう判断した」


 ゼブルの言うとおり、救う方法が無いのならせめて苦しみから解放するのが唯一の救いだとティリアは感じている。


「私も貴方様と同じ気持ちです。ですが、やはり苦しんでいる人を救えないというのは心が痛みます……」

「その気持ちを忘れるな」


 ティリアはゼブルの言葉に反応し、少し驚いたような顔をする。


「ティリア、この一件が片付いたらお前は俺の所有物になる。だが、その後も今の気持ちを忘れないようにしろ。お前がこれからもティリア・モル・フォリナスとして生きていきたいんだったらな」


 ゼブルは血を拭いたハンカチを捨てると盗賊が指差した建物に向かって歩き出す。

 ティリアは意味深な言葉を口にしたゼブルを無言で見つめる。昆虫のような姿をし、暴食蟻たちに容赦なく盗賊たちを惨殺させていたゼブルがこの時はどういうわけか人間らしく見えた。

 不思議に思っている間にゼブルはティリアから離れた所まで移動しており、ティリアは置いて行かれないようゼブルの後を追う。

 ティリアがゼブルに追いついて左隣にやってくると近くにいた三体の暴食蟻がゼブルの周りに集まり、付き従うように付いてくる。

 主人であるゼブルが近くにいたため、本能でゼブルに同行しろと感じたのかもしれない。

 暴食蟻たちの顎や顔は盗賊たちの血で真っ赤に染まっており、盗賊たちを無慈悲に殺したことを物語っていた。


「お前、他の奴らに盗賊たちが抵抗したら殺しても構わないが、戦意を失ったら殺すなと伝えろ。あと、砦から逃げ出さないように見張れとも伝えておけ」


 ゼブルは三体の暴食蟻の内、一番近くにいる暴食蟻に指示を出す。ティリアと可能な限り盗賊を生け捕りにすると約束したため、他の暴食蟻たちが盗賊たちを勝手に殺さないよう命令を伝える必要があったのだ。

 命令を聞いた暴食蟻は方向を変え、遠くで盗賊たちを襲っている仲間の元へ移動する。

 暴食蟻が去るとゼブルはティリア、二体の暴食蟻を連れて騎士が捕らわれていると思われる建物へ向かった。


――――――


 建物の中には広めの牢屋が複数あり、その中には若い男女が数人に分けられて閉じ込められていた。

 全員が十代後半から二十代前半ぐらいの若さで顔や体には小さな傷や汚れがついている。

 捕らえられている者たちは盗賊たちを討伐に来た第八遊撃隊の騎士たちで全員が武器や防具を取り上げられ、黒い鎧下を着ている。男の騎士は茶色の長ズボン、女騎士は赤いミニスカート姿で座り込んでいた。

 敗北して捕まった後、自分たちが奴隷商に売られると盗賊たちから聞かされた騎士たちは脱出する機会を窺いながら救援を呼びに向かったティリアが戻ってくるのを待っていたのだ。

 騎士の中には奴隷商に売られることに不安や恐怖を感じる者もおり、特に若い女騎士たちは奴隷になった自分たちがどんな目に遭うのか想像して希望を失っていた。だが、それは少し前の話だ。

 建物の外から盗賊たちの騒ぐ声が聞こえ、異変に気付いた騎士たちは現状が理解できずに戸惑いを見せていた。

 状況からティリアが救援部隊と共に奇襲を仕掛けたのかと予想したが、ティリアが逃げてからそれほど時間が経っていないため、救援部隊である可能性は低いと騎士たちは考えている。


「いったいどうなってんだ。外で何が起きてるんだよ」


 牢屋の見張りを任されていた盗賊は窓から外の様子を確認する。

 仲間の叫ぶ声が聞こえたことから良くないことが起きているのは理解できたが外は暗く、篝火や焚火の明かりが小さくてよく見えない。

 状況が理解できない盗賊は不安を感じ、確認するために外に出ようかとも思っていた。しかし自分は捕らえた騎士たちの見張りを任されているため、その場を離れていいのか悩んでいる。


「おい、この騒ぎは何なんだ。お前たち、何かやらかしたのか?」

「うるせぇ! テメェらには関係ねぇ、黙ってろ」


 状況が理解できずに不機嫌になっている盗賊は問いかけてきた騎士に八つ当たりするかのように言い返す。

 情報を聞き出せないことに騎士たちは残念に思う。だが彼らにとっては好機なため、隙があれば脱出するために動こうと思っている。

 盗賊は窓から暗い外を見ながら自分は何をするべきか考え続ける。その結果、状況を確認するために牢屋から離れることにした。

 牢屋の鍵は自分が持っているため、騎士たちが扉を開けることは絶対にない。それなら少しの間離れていても逃げられる心配は無いだろうと盗賊は思っていた。

 外にいる仲間から話を聞こうと盗賊は出入口へ向かおうとする。その時、出入口の扉が外からドンドンと強く叩かれた。


「何だ、誰か来たのか。なら丁度いい、何が起きたのか聞いてみるか」


 仲間が来たと予想し、聞きに行く手間が省けたと思いながら盗賊は速足で扉へ近づいてドアノブを回して扉を開ける。

 次の瞬間、顔を血で赤く染めた蟻のモンスターが二体、飛び込むように侵入してきた。


「うわあああっ!? な、何だコイツはぁ!」


 仲間ではなくモンスターが入ってきたことに盗賊は驚き、その場に尻もちをついてしまう。

 牢屋の中にいる騎士たちも突然現れたモンスターに一斉に驚き、モンスターから離れるために牢屋の奥へ移動する。

 蟻のモンスターたちは驚く盗賊に同時に襲い掛かる。一体は盗賊を押し倒し、上に乗ると顔に噛みついた。

 もう一体は足に噛みつき、引き千切ろうとするかのように強く引っ張る。


「ぎゃああああぁ! やめろぉ、放せ、放せぇーーっ!」


 激痛で声を上げる盗賊は逃れようとするが、体の大きな蟻のモンスターから逃れることはできず、顔や体、足を容赦なく食い千切られていく。

 やがて盗賊は動かなくなり、苦痛の表情を浮かべたまま息絶えた。

 騎士たちは目の前で起きている惨状に言葉を失っている。殆どの騎士は人が目の前で食い殺されるという光景に青ざめているが、その中には恐怖のあまり失禁する女騎士も何人かいた。

 盗賊の体を貪り食っていた蟻のモンスターは顔を上げ、牢屋の中にいる騎士たちの方を向く。

 モンスターと視線が合った騎士たちは今度は自分たちに襲い掛かるのではと背筋を凍らせる。

 万が一襲われれば武器も防具もない丸腰の自分たちには抗う術がないため、絶体絶命と言える状況だった。


「皆さん!」


 騎士たちが怯えていると聞き覚えのある声が響き、同時に一人の女騎士が出入口から入ってきた。


「えっ、ティリアさん!?」

「ティリア!?」


 救援部隊を呼びに行ったはずの仲間が目の前にいることに騎士たちは驚きを隠せずにいる。

 どうしてティリアが今目の前にいるのか、騎士たちは理解できずにいた。

 アドバース砦からトリュポスまでの距離を考えると、トリュポスに向かって救援部隊を連れて戻るまではそれなりに時間が掛かる。少なくともティリアがアドバース砦から逃げた時間を考えると今の時間に救援部隊を連れて戻るなど不可能だ。

 それなのに救援に向かったティリアが目の前にいるため、騎士たちが状況を理解できずにいた。


「今鍵を開けますから待っていてください」


 仲間たちを解放するため、ティリアは周囲を見回して牢屋の鍵を探す。すると暴食蟻の犠牲となった盗賊の近くに鍵が落ちているのを見つける。

 ティリアは血だまりの中にある盗賊の死体を見ると一瞬表情を歪ませ、できるだけ視界に入れないようにしながら鍵を拾う。そして血だらけの暴食蟻を見た後に牢屋の鍵を開けた。


「さぁ、皆さん。急いで出てください」


 騎士たちは現状を全く理解できずにいるがまずは外に出ることが重要だと考え、一人ずつ牢屋から出ていく。その間、外にいる蟻のモンスターを警戒し続けていた。

 全員が牢屋から出るとティリアは騎士たちを見て全員揃っているか一人ずつ確認していく。するとティリアは一人の騎士がいないことに気付いた。


「隊長は……ソフィア隊長は何処ですか?」


 ティリアが一番近くにいる騎士に尋ねると騎士が僅かに表情を歪ませた。


「隊長は盗賊のリーダーに連れていかれた。この砦の中にいるはずだが、正確な居場所は分からない」


 自分がいない間に盗賊の頭目に連れていかれたと聞かされたティリアは緊迫した表情を浮かべる。

 もしかすると今こうしている間に酷い目に遭わされているのではと想像しながらティリアは俯いた。


「それよりもティリア、トリュポスに救援を求めに行ったはずなのにどうして此処にいるんだ? それにそのモンスター、さっきから何もせずにジッとしてるが、どういうことなんだ?」


 騎士は疑問に思っていることをティリアに尋ねる。彼の周りにいる騎士たちも同じ疑問を抱いており、全員がティリアを見つめていた。


「え、え~っと、それは……」

「救出は終わったか?」


 後ろにある扉から声が聞こえ、ティリアが振り返るとゼブルがゆっくりと入ってくる。

 ゼブルはティリアと暴食蟻に騎士たちの救出を任せ、外で盗賊たちが近づかないよう見張っていたのだ。


「な、何だ、コイツは!?」

「ま、また別のモンスター!?」


 突然現れた二足歩行の昆虫のような生物に騎士たちは再び驚いてざわつきだす。

 盗賊を惨殺した蟻のモンスターに衝撃を受けている時に新たに未知の生物を目にすれば熟練の騎士でも驚いて警戒する。騎士たちの反応は当然と言えた。

 ゼブルは騎士たちを見ながら疲れたように小さく溜め息をつく。外にいたのは見張りをするだけではなく、いきなり中に入って騎士たちが驚かないようにするためでもあったのだ。

 しかし結局騎士たちに驚かれてしまったため、外に出てる意味は無かったとゼブルは思った。


「み、皆さん、落ち着いてください。この方は敵ではありません」


 ゼブルのことを説明するため、ティリアは驚く騎士たちを落ち着かせる。

 ティリアの言葉を聞いた騎士たちは少しずつ落ち着きを取り戻して静かになる。だがそれでもゼブルに対する警戒心は消えていない。


「……敵ではないって、本当なのか?」

「ハイ、大丈夫です」


 ティリアが頷くと騎士たちはとりあえず危険は無いと感じ、隣にいる仲間と顔を向き合う。


(確かに敵じゃない。……“今”はな)


 騎士たちを見ながらゼブルは心の中で呟く。

 今はティリアとの契約上、救出対象と見ているが救出した後は敵にはならないという保証はなかった。


「こちらにいらっしゃるゼブル様は私を――」

「ティリア、説明は後にしろ」


 ゼブルは仲間たちにここまでの経緯を話そうとするティリアを止めた。


「まだ砦を制圧してねぇし、お前たちの隊長も見つかってない。優先するべきなのは盗賊を倒して安全を確保することだ。説明は砦を制圧してからでもいいだろう」

「す、すみません」


 優先するべきことを忘れていてティリアは申し訳なさそうに謝罪する。

 協力してくれた存在、それも魔王でゼブルの機嫌を損ねると大変なことになるかもしれないとティリアは考え、ゼブルの言うとおりアドバース砦の制圧を優先することにした。


「とりあえず、奪われた武器や鎧を取り戻して盗賊たちを倒しましょう。説明は砦を制圧し、ソフィア隊長と合流した後にしますから……」

「あ、ああ……確かに今は盗賊を討伐するのが先だな」


 自分たちのやるべきことを思い出した騎士は今度こそ盗賊を倒すと決意する。

 他の騎士たちも砦を制圧して捕まった時の雪辱を晴らしてやろうと思いながら士気を高めた。


「俺は暴食蟻たちと残ってる盗賊を倒しながら奴らのリーダーを探す。ティリア、お前は仲間の装備を見つけた後、お前たちの隊長を探せ」

「分かりました」


 ティリアが返事をするとゼブルは暴食蟻たちを従えて建物から出ていく。

 騎士たちは人型の異形が蟻のモンスターたちを支配していると知り、無残に人を食い殺す蟻のモンスターを支配する異形も恐ろしい存在なのではと推測する。


「皆さん、行きましょう」

「あ、ああ、分かった」


 自分たちの装備を取り戻すために騎士たちは一斉に建物から出ていく。

 盗賊たちの隠れ家の中で丸腰状態で移動するのは危険だ。万が一盗賊と戦闘になれば勝てる可能性は低い。

 ティリアたちは盗賊に見つからないよう気を付けながら慎重に移動することにした。


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