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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第3章  救済の魔蟲
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第48話  リントスジン


 セプティロン王国の北東に位置する商業都市リントスジン。その東門ではリントスジンを拠点とするセプティロン王国第三騎士団の騎士や兵士、そして都市を守る衛兵たちが集まってダーバイア公国の軍と交戦していた。

 一時間ほど前、公国軍がリントスジンを制圧しようと東門を襲撃してきた。その数は六百ほどで兵士たちは弓を放って城壁の奥にいる王国軍を攻撃したり、長梯子を掛けて城壁を越えようする。

 しかし王国軍も侵入を許すつもりなど無く、城壁の上から弓矢で投石で長梯子を上がる者や東門前に集まる大勢の敵を攻撃し、城壁を越えることを阻止する。

 敵の中には城壁を越える者もいるが、騎士や兵士たちは上がってきた敵を素早く倒し、何とか戦況を維持していた。

 だが、いくら戦況を維持しようとしても王国側にも被害は出てしまう。既に東門前の広場では負傷した兵士や衛兵が大勢おり、広場の片隅で休んでいる。

 負傷した者たちはリントスジンで活動する神官の回復魔法や回復用のポーションで傷を癒し、傷が治ればすぐに戦線に復帰するというのを繰り返していた。

 とは言え、神官たちの魔力やポーションにも限りがあるため、いつかは傷の手当てもできなってしまう。そうなれば王国軍は一気に不利となり、公国軍の侵入を許してしまう。そうなる前に公国軍を撃退しなくてはならなかった。


「矢を放てぇ! 敵に当たらなくても構わん。とにかく城壁を越えられないようにするんだ!」


 城壁の上にいる鎧を装備した一人の中年の男が東門前の広場にいる兵士たちに向かって叫ぶように命令する。

 叫んでいるのはセプティロン王国の北東と東の領主であり、リントスジンの都市長であるドザリックス・リム・ベルージャス。リントスジンが公国軍の襲撃を受けていることからドザリックス自身も前線に出て戦っていた。

 領主となる前は騎士団の一隊長を務めていたため、戦闘の経験があり、技術や知識も持っている。そのおかげか今でも生き残ることができていた。

 指示を受けた兵士たちは弓矢を構えると空に向かって一斉に矢を放つ。放物線を描くように離れた矢は城壁を越え、勢いを失うと雨のように城壁の外側に集まっている公国軍に向かって落下する。

 公国軍は数が多く、東門の前で密集していたため、狙っていなくても矢の殆どは公国兵たちに命中していた。

 矢を受けた公国兵たちは苦痛で顔を歪めたり、その場で座り込んだりしながら動かなくなる。

 周りにいる他の公国兵たちも近くで仲間が矢を受けた光景に驚いて目を見開いていた。

 現在リントスジンを襲撃している公国兵の大半はケトルハットとハーフアーマーを装備しているため、機動力はあるが防御力が低い。

 腕や足などは守られていないので攻撃されれば必ず怪我を負ってしまう。王国軍の矢を受けた公国兵たちも防具で守られてない箇所に矢が刺さって負傷していた。

 仲間が負傷したことに公国兵たちは恐怖を感じながらも長梯子を登って城壁を越えようとする。だが城壁の上にいる王国兵たちが石を投げて攻撃してくるため、上手く登れずに落下してしまう。

 密集する公国兵の中には馬に乗った公国軍の騎士が数人おり、戦況を見て苦虫を噛むような顔をした。


「チィッ、これ以上は無理だな。……全員撤退だぁ! 撤退しろぉ!」


 公国騎士は周りにいる公国兵たちに聞こえるよう大きな声で撤退を命じる。どうやらこれ以上戦っても公国側に被害が出るだけで、リントスジンに侵入するのは難しいと判断したようだ。

 城壁を越えようとしていた公国兵たちは指示を聞くと一斉に後退を始め、振り返ることなくリントスジンから離れていく。

 公国騎士たちは撤退に悔しさを感じているのか、リントスジンに背を向けながら奥歯を噛み締める。

 一方で公国兵たちは撤退を命じられたことでこれ以上戦わなくて済むと、安心したような表情を浮かべていた。


「……何とか凌いだか」


 城壁の上から公国軍を見つめながらドザリックスは呟く。リントスジンを守り切ったことで緊張が解けたのか、腹の中に溜まっていた疲れを出すかのように深く息を吐いた。

 ドザリックスは持っている剣を鞘に納めながら振り返り、東門前の広場を見下ろす。

 広場には戦いが終わったことで一気に疲れを感じ、その場に座り込む大勢の騎士や兵士、衛兵の姿がある。だがその中には戦死してしまった者たちも大勢おり、ドザリックスは兵士たちが生き残ったことを喜ぶと同時に戦死者が出たことを心の底から残念に思いながら表情を歪めた。

 しかし、戦死者が出たからと言って落ち込んでいる暇はない。

 公国軍は再び攻めてくると確信しているドザリックスはリントスジンや住民たちを守るため、急いで次の戦いの準備をしなくてならないと考えていた。

 城壁の階段を下りたドザリックスは広場の中央に向かって歩いて行く。

 広場にいる者たちは疲れを露わにしながらも仲間や敵の死体を運んだり、武具などの物資確認を行っている。

 戦闘直後だと言うのに愚痴などを一切言わずに働く騎士や兵士たちを見たドザリックスは感心しながら移動するのだった。


「ベルージャス候、ご無事でしたか!」


 後ろから男の声が聞こえ、ドザリックスが振り返ると走ってくる一人の騎士の姿が視界に入った。

 男は三十代半ばくらいで身長は165cmほど。濃い橙色の短髪に青い目をしており、銀色の鎧と赤いマントを装備している。

 顔や鎧、マントの至るところが汚れていることから先程の公国軍との戦闘に参加していた騎士の一人のようだ。


「ロズリング団長、貴公も無事だったか」

「ええ、何とか生き延びました」


 ロズリングと呼ばれた騎士はドザリックスの目の前まで来ると疲れたような顔をする。

 表情と姿を見たドザリックスは必死で公国軍と戦ってくれたのだと、心の中で感謝した。

 ドザリックスの前にいる騎士はサントス・ロズリング。セプティロン王国第三騎士団の団長で優れた剣術の使い手だ。

 戦闘能力が高い以外にも戦術や戦略に関する知識が豊富なため、ドザリックスや部下たちからの信頼は厚く、三十代で騎士団長を任されている。


「今回も何とか守り切ることができましたね」

「ああ、だがそろそろ限界が近くなってきている」


 暗い顔をしながら俯くドザリックスを見てロズリングも眉間にしわを寄せる。ロズリングも状況からリントスジンが追い詰められていることを理解していた。


「我が軍の状況はどうなっている?」

「ハッ! そのことについてご説明いたしますのでご同行ください」


 真剣な表情を浮かべるロズリングを見たドザリックスは無言で頷く。リントスジンの今後のためにも、自分たちの現状をしっかり理解しておくべきだと考えていた。

 ロズリングはドザリックスを案内するために広場の奥に向かって歩き出した。

 自分たちが少しでも生き延びれる状況であることを祈りながらドザリックスはロズリングの後をついて行く。

 広場の奥、東門と正反対の方向には街へ続く街道の入口があり、その近くには幾つもの大きな木製の机が置かれている。

 その内の一つを数人の騎士が囲むようになっており、ドザリックスとロズリングは騎士たちが集まっている机に向かう。


「全員揃ったか?」


 ロズリングは歩きながら大きめの声で集まっている騎士たちに声をかける。

 騎士たちはロズリングの声に反応し、一斉にロズリングの方を向く。

 集まっている騎士は五人でその内の三人はアーメットを被っているため、顔は見えない。残りの二人は素顔を見せた若い男女の騎士だった。

 若い騎士の内、男の方は二十代後半ぐらいで身長は160cm強。濃い茶色の髪に黄色の目をしており、銀色のハーフアーマーと肩当てを装備し、濃い青の長ズボンを穿いた姿をしている。

 女の騎士は二十代半ばで身長は155cmほど。金色のポニーテールに赤い目、男の騎士と同じで銀色の肩当てとハーフアーマーを装備し、膝の辺りまである赤いスカートを穿いていた。

 二人もロズリングと同じように公国軍との戦闘に参加していたらしく顔や鎧が汚れており、どこか疲れたような表情を浮かべている。

 集まっている騎士たちは全員第三騎士団の部隊長を任されている者たちで状況確認と作戦会議を行うために集まっていた。

 戦闘の直後なので体力を回復させるために休むべきなのだが、次の公国軍との戦闘に備えて現状を把握しなくてはならないため、疲れに耐えながら集まっているのだ。

 ロズリングはドザリックスと共に騎士たちと合流すると集まっている騎士たちを見回す。


「戦闘が終わったばかりで疲れているだろうが、早急に状況確認をしなくてはならない。すまないがもう少しだけ付き合ってくれ」

「ありがとうございます。ですが、私たちは大丈夫ですので気になさらないでください」


 濃い茶髪の若い騎士は申し訳なさそうに語るロズリングを見ながら首を軽く横にする。騎士も休息より現状確認を優先するべきだと分かっているため、不満などは一切口にしなかった。

 若い騎士の名はハリス・シーナモ。第三騎士団第四小隊の隊長を任されており、騎士団でも槍の技術に長けている。

 戦闘では常に相手がどう動くか予想しながら行動するほど用心深く、その性格のおかげか小隊長を任されてからは任務に失敗したことは殆ど無い。

 ハリスは騎士として生きることに誇りを持っており、命を懸けてセプティロン王国や国民を守ろうという強い意思を持っている。


「では、早速現状確認を行う。……ベルージャス候、よろしいですか?」

「ああ、始めてくれ」


 許可を得たロズリングは視線をドザリックスから目の前の机に移す。

 机の上にはリントスジンとその周辺が描かれた大きな地図があり、その周りには周辺にある森や林などが大きく描かれた小さな地図が何枚もある。

 他にも王国軍を表す青い凸型の兵棋へいぎと公国軍を表す赤い兵棋が無数置かれ、リントスジンの東門が描かれてある所には青と赤と兵棋が向かい合って置かれてあった。

 リントスジンの地図に置かれた兵棋こそ、現在の王国軍と公国軍を表わしている物で集まっているロズリングたちは兵棋を見つめながら目を鋭くする。


「今回の戦闘で我が軍には新たに被害が出ました。まだ詳しくは分かっていませんが、少なくとも二十人の死傷者が出たと思われます」

「二十人……ただでさえ公国軍との戦力差が大きいというのに二十もの被害が出るとは……」


 更に自分たちが追い詰められていると知ったドザリックスは俯きながら悔しそうな顔をする。

 公国軍は今回の戦闘を含めて三度リントスジンに攻め込んできた。

 戦力では圧倒的に王国軍が劣っているが、リントスジンでは騎士や兵士の強化に力を入れているため、一人一人の戦闘能力は通常の騎士や兵士と比べると高い。

 更に公国軍からリントスジンを守る防衛戦であるため、戦力で劣っていても三度の襲撃全てに耐えることができたのだ。

 しかし、三度の襲撃で王国側には多くの戦死者や負傷者が出てしまっているため、王国軍の戦力は大きく低下している。

 現在の王国軍の戦力で今後の戦いが大きく左右することになるだろう。


「我が軍の残りの戦力はどのくらいだ?」

「ハッ、負傷者を除いて百二十人ほどかと……」

「百二十、そこまで低下しているのか……」


 最初は三百人ほどだった戦力が半分以下になっていることにドザリックスは衝撃を受ける。

 公国軍との戦力差を考えると次の襲撃でリントスジンを守り切るのは難しいと考えるドザリックスは握り拳を震わせる。

 これまでの戦闘で公国軍にも多くの死傷者が出ているが、多くの戦力を持つ公国軍にとっては戦闘に影響が出るほどの問題ではなかった。


「今の状態では襲撃されれば高確率でリントスジンは攻め落とされてしまう……王都からの救援はどうなっている?」

「それが、ミュリンクスへ向かわせた早馬も戻ってきておりませんので、どうなっているのか全く分からないのです」


 申し訳なさそうな顔をするロズリングを見たドザリックスは僅かに表情を歪める。

 最初に公国軍の襲撃を受けたい日にミュリンクスに救援部隊の要請を出したが、いまだに救援部隊は到着していない。

 予想以上に時間が掛かっていることにドザリックスは不安と小さな苛立ちを感じていた。


「ベルージャス候、都市の民たちに協力を頼んではいかがでしょう? あと、冒険者たちにも依頼として要請を求めてみては?」


 金髪の若い女騎士が戦況を打開するための提案を出す。

 ドザリックスやロズリングたちは女騎士の提案を聞くと一斉に彼女に視線を向ける。

 発言したのはノルチェ・ユドリーヌ。第三騎士団第二遊撃隊の隊長を務めるおり、騎士団では数えるほどしかいない女騎士の一人だ。

 気の強い性格で剣の腕も優れていることから男の騎士たちからも一目置かれている。更にリントスジンの官僚の一人であるユドリーヌ男爵の一人娘であることから、騎士団では高嶺の花と言われている存在だ。

 

「ノルチェ、それはならない。戦力が不足しているからと言って住民たちを前線に出させるなどあってはならないことだ。冒険者に至ってもそうだ。国同士の戦争に彼らを参加させてはならない」


 先程まで深刻そうな顔をしていたドザリックスは真剣な表情を浮かべながらノルチェの提案を却下する。

 戦争時に国民を軍に参加させる、つまり徴兵令を出すことはセプティロン王国では認められていない。理由は国王であるフォルテドルが戦う意思の無い国民を戦場に出させることを強く嫌っているからだ。

 徴兵令に関係なく、都市や村を管理する領主が一時的に協力を要請する場合であっても同じこと。国民を強制的に戦争に参加させたり、助力を頼むことは許されない。

 冒険者の場合はセプティロン王国に限らず、大陸に存在する全ての国では冒険者を国同士に争いに参加させることは禁じられているため、助力を求めることはできない。

 もし戦争に参加すれば、争い合う国の片方に手を貸して相手国と戦うことになる。そうなればその国で冒険者活動ができなくなり、冒険者の生活に支障が出るからだ。

 モンスターや盗賊などの犯罪者の討伐や要人の警護、ダンジョンの調査と言った国家間に直接関わらない仕事だけを任されるのが冒険者なのだ。


「国同士に争いは私たち貴族や軍の問題だ。国民たちを巻き込むことはできない」

「しかし、このままではリントスジンは公国軍に制圧されてしまいます。リントスジンの民を守るためにもここは民たちの協力を求めるべきではないでしょうか」


 ノルチェはリントスジンと住民を守るために今は住民たちに頼るべきだとドザリックスに勧める。

 他の騎士たちもノルチェの話を聞いてリントスジンを守るためには仕方がないかもしれないと感じ始めていた。

 ドザリックスはノルチェを見た後、目を閉じて小さく俯く。

 セプティロン王国の侯爵としてフォルテドルの意思に逆らうような行動はできない。だが領主として自分の領地に住む民たちを守る義務があるため、今までどおりのやり方で公国軍と戦うわけにもいかなかった。

 自分はどうすれば良いのか、ドザリックスはロズリングたちが見つめる中、必死に考える。そんな時、背後から男たちの驚く声が聞こえてきた。

 声を聞いたドザリックスは顔を上げて後ろを向く。

 ロズリングたちも何が起きたのか疑問に思いながら同じように声が聞こえた方を確認した。

 ドザリックスたちの視線の先には広場の中央に半円状で紫色の霧状の何かが出現し、それを見て驚く多くの騎士や兵士の姿があった。

 突然現れた謎の物体にドザリックスたちは目を見開く。

 現状から公国軍が何か仕掛けてきたのではと予想し、ドザリックスやロズリングたちは腰の剣に手をかけ、いつでも抜剣できる体勢を取る。

 広場にいる者全員が警戒する中、謎の物体から何かがゆっくると姿を現す。それは漆黒のプレートアーマーを身に付けた人型の甲虫のような生物で真紅のマントを靡かせながら広場に足をつける。

 甲虫の異形が現れた直後、続けて銀髪の美少女と妙な格好をしたウェアウルフ、金髪の幼女、茶色の猫が現れた。

 銀髪の美少女とウェアウルフ、幼女は意外そうな表情を浮かべながら広場を見回している。

 甲虫の異形は表情の変化が見られず、黙って周囲を確認していた。


「な、何だあれは……モンスターか?」

「分かりません。現れた四人の内、二人は人間の少女に見えますが……」


 突然の出来事にドザリックスとロズリングは困惑する。ただでさえ公国軍に追い詰められて全員が不安になっているのに、不安が増すような事態にならないでほしいと二人は心の中で願っていた。

 現れたのは何者で何が目的なのか、広場にいる者たちが疑問に思っていると霧状の物体から更に五人の人物が現れた。

 五人の内、四人はセプティロン王国の騎士で驚いたような反応を見せながら辺りを見回している。

 ドザリックスは仲間である騎士たちが出てきたのを見て意外そうな反応を見せた。だが、騎士たちの中心にいる人物を見た瞬間、ドザリックスは再び驚きの表情を浮かべる。


「あ、アルシェス殿下!?」


 セプティロン王国の王女であるアルシェスが霧状の物体から現れたことにドザリックスは驚愕する。

 周りにいたロズリングたちもアルシェスが異形の存在たちと現れたことに驚いており、同時に状況が把握できずに混乱するのだった。


「ベルージャス候、無事だったか!」


 驚いたような顔で周囲を見回していたアルシェスはドザリックスに気付くと真っすぐ彼の方へ走り出す。

 近くにいた四人の騎士たちも走り出すアルシェスを見て慌てて後を追った。

 ドザリックスは剣に掛けていた手を下ろすと速足でアルシェスの方へ向かう。

 ロズリングたちも状況は理解できていないが、王女が目の前にいるのなら騎士として挨拶するべきだと感じたのかドザリックスの後をついて行く。


「殿下、どうしてこちらに? それにあの者たちは何なのです?」


 アルシェスと合流したドザリックスは異形の存在やその周りにいる者たちを見つめながら尋ねる。王女と共に現れたとは言え、人間でない存在が目の前にいるのだから正体を確かめる必要があった。

 ドザリックスの問いかけにアルシェスは一瞬目を見開くがすぐに目を逸らして複雑そうな表情を浮かべる。


「……それに関しては後で説明する。まずは現状を教えてくれ」

「えっ? ……あ、ハイ」


 アルシェスの反応を不思議に思いながらドザリックスはリントスジンの状況を説明する。勿論、先程まで公国軍の襲撃を受けていたことも全て話すつもりでいた。


「……此処がリントスジンか」


 ゼブルは初めて訪れたトリュポス以外のセプティロン王国の都市を見回しながら呟く。

 広場には大勢の騎士や兵士、負傷者の手当てをする者などがおり、全員が突然現れたゼブルたちに驚いて作業の手を止めていた。


「フォルテドルが予想したとおり、人間でない俺が来たことで全員が驚いているな」

「ハハハッ、それを言うなら俺だって同じだ」


 獣人のような姿の自分もゼブルのように警戒されているはずだと、シムスは笑いながらゼブルに語り掛けた。


「王女様が一緒にいたおかげでいきなり大騒ぎすることはなかったが、それでも俺たちを警戒してるみてぇだな」

「まぁ、状況を考えれば当然だな」


 見た目や何も無い所からいきなり現れたことを考えれば人間たちが驚くのは仕方の無いことだ。

 ましてや今はダーバイア公国との戦争中で常に緊迫した空気に包まれているため、予想外の事態が起きればリントスジンの住民たちが警戒するのは当たり前と言える。

 大勢の人間たちに見られる中、ゼブルたちは改めて広場を見回す。城壁の至る所が損傷しており、あちこちに死体が転がっている。

 更に僅かだが血と何かが焼けるような匂いがしており、状況から少し前に戦闘が行われていたとゼブルは直感した。


「どうやら俺たちが来る前に公国軍と一戦あったみたいだな」

「ああ、状況から公国軍を撃退できたようだが、王国側にもある程度の被害が出てるらしい。……こりゃあ、かなり追い詰められてるみてぇだぜ?」


 予想していたよりもリントスジンが危機的状況に立たされていることを知ったシムスは意外に思い、広場の片隅に並べられている王国軍の兵士たちの死体を見つめる。

 シムスの話を聞いていたティリアは驚きの反応を見せ、同時に制圧される前にリントスジンに来れてよかったと少し安心した。

 もしフォルテドルがゼブルに助力を求めず、セプティロン王国の力だけでダーバイア公国の侵攻を食い止めようとしていたら間違いなくリントスジンは制圧されていた。そうなればリントスジンの住民たちは公国軍に支配され、公国軍の更なる侵攻を許す状況になっていただろう。

 ティリアはリントスジンのために属国になることを決断したフォルテドルは本当に運が良いと感じるのだった。


「情報ではリントスジンの戦力は三百ほどだったそうだが、公国軍が侵攻してきてから既に数日が経っている。王国側にはかなりの被害が出てるはずだ」


 ゼブルの予想にシムズは「同感だ」と言いたそうに頷く。

 ティリアは僅かに不安そうな顔をしながらゼブルを見つめていた。

 リントスジンがまだ制圧されていない点から、公国軍はこの数日の間に何度もリントスジンに攻め込んできているはず。日数と戦力差を考えると王国軍の戦力は半分ほどになっているだろうとゼブルは考えていた。


「ゼブル様、リントスジンの方々と話が付いた後はどうされますか? 公国軍の方から攻めてくるまで都市で待機を?」

「そうだな。公国軍の正確な数、どんな風に編成されているのかを確かめる必要もあるし、こっちからは動かずに連中が攻めて来るのを待つ」


 ただ公国軍を倒すだけなら簡単だが、ゼブルは普通に公国軍と戦い、短時間で戦争に勝とうとは考えていなかった。

 ゼブルは今回の一件で自分と配下であるティリアたちの力をセプティロン王国とダーバイア公国の人間に見せつけることが目的であるため、できるだけ多くに人間に自分たちの戦う姿を目撃させようと考えている。

 リントスジンで戦えば都市にいる大勢の人間に目撃させることができる。つまりゼブルは公国軍の情報を得る以外に目撃者の数を増やすために公国軍がリントスジンを襲撃するのを待つことにしたのだ。

 更にゼブルには力を見せつける以外にも、一国の軍隊を相手にする際にはどのように戦えばいいのかを学ぶと言う目的もあった。

 新国家を建国した後、他の国と戦争をする可能性は十分ある。そうなった時に問題無く戦えるよう、今回の戦いで他国の軍との戦闘を経験と知識を得るつもりでいた。

 EKTの世界にいた時も敵NPCや別の魔王プレイヤーと戦争したことはあるが、所詮はゲーム内での戦い。この先は命を懸けた本当の戦争を行うため、どうしても経験をする必要があるのだ。


「因みに次に公国軍が襲撃して来た時にはお前たちにも働いてもらうからな」

「えっ、私もですか?」


 ティリアは自分が次の戦闘に参加すると言われて思わず聞き返す。


「当たり前だろう。今回の公国軍との戦いでは俺自身だけじゃなく、シムスたち魔将軍の実力も見せるつもりでいる。当然、魔王補佐官であるお前もな」

「えぇ~……」


 予想外の事態になったことに、ティリアは思わず情けない声を出してしまう。


「もしかして、ビビってるのか?」

「い、いえ、そういうわけでは……ただ、これまで一度も大勢の敵を相手に戦ったことが無かったので……」


 ゼブルから目を逸らしたティリアは頬を指で掻きながら思っていることを語る。

 ティリアは決して公国軍と戦うことを恐れているわけではない。彼女自身が二百年前の魔王よりも強いということはゼブルの隷属になった時に理解し、敵に対する恐怖も克服している。

 だが、今まで大勢の敵を相手にするような戦闘に参加したことが無かったので戦った際に上手く成果を出せるのか不安になっていた。

 ゼブルはティリアが不安を抱いていることに気付くと軽く息を吐いてから彼女の額に人差し指で軽くデコピンを入れた。

 ティリアは突然のゼブルの行動に驚き、指が当たった箇所を擦りながらまばたきをする。


「心配するようなことは無い。俺たちはただ力を知らしめながら公国軍と戦う。それだけだ」

「は、はあ……」


 ゼブルの言葉にティリアは小さく頷きながら返事をする。

 表情は変わらないが、現状とゼブルの態度から不安を和らげようとしてくれているのだとティリアは知り、心遣いに感謝するのだった。

 公国軍との戦いについて話しているとアルシェスが警護の騎士たちを連れてゼブルたちの下に駆け寄ってくる。

 アルシェスたちに気付いたゼブルたちは会話をやめ、先頭を走るアルシェスに注目した。


「ゼブル殿、リントスジンの都市長たちがゼブル殿とお話ししたとのことです。お手数ですが、ご同行いただけますでしょうか?」

「いいだろう」


 ゼブルが返事をするとアルシェスに少し緊張したような顔で背を向け、先程まで話していた騎士たちの下へ歩き出す。

 状況からゼブルは遠くにいる騎士たちの中にリントスジンと都市長がいると確信し、素直に自分たちを受け入れるだろうかと考えながらティリアたちを連れてアルシェスの後をついて行く。

 アルシェスと共に騎士たちの前までやって来たゼブルは一番前にいる四十代後半ぐらいの濃い茶髪の中年の男を見つめた。

 茶髪の男はゼブルを見ながら緊迫した表情を浮かべている。後ろでは騎士たちが無言でゼブルや近くにいるティリアたちを見ていた。

 男たちの様子からして、ゼブルたちが何者なのかアルシェスから聞かされて警戒しているようだ。


「お初にお目にかかります、ゼブル殿。……私はこのリントスジンの都市長であり、王国の東部、北東部に領地を持つドザリックス・ベルージャス侯爵と申します」


 ドザリックスは自己紹介をするとゆっくりと頭を下げる。目の前にいるのがレテノールから聞かされた噂の魔王であるため、機嫌を損ねないよう注意しながら挨拶をした。


「ゼブルだ。アルシェス王女から既に聞いていると思うが、俺が新たにこの世界に来た魔王だ」

「ハイ、この度はダーバイア公国の侵攻を受けている王国とこのリントスジンのためにご助力をいただけるとのことで、心から感謝しております」


 頭を下げながら感謝の言葉を口にするドザリックスは両手を強く握る。緊張のせいか拳の内側は手汗で濡れており、額からは微量の汗が流れていた。


「しかし、なぜ魔王であるゼブル殿が我々人間のためにお力をお貸しくださるのでしょうか?」

「……何だ、そこはまだアルシェス王女から聞いてないのか?」

「は?」


 ゼブルはドザリックスの反応を見てセプティロン王国が自分が造る新国家の属国になっていることを聞かされていないと知り、隣にいるアルシェスの方を向く。

 アルシェスはゼブルに見られていることに気付くとさり気なく目を逸らす。

 目を合わせようとしないアルシェスを見たゼブルは予想どおり、属国になったことをまだ話していないと知って呆れたような息を吐く。

 ティリアはアルシェスに気持ちを察し、僅かに表情を暗くしながら心の中でアルシェスに同情する。


「アルシェス王女、今後の戦いのためにも侯爵たちには全て話しておくべきなんじゃないか? それにアンタもオルジムス王に自分から説明すると言ったじゃないか」

「分かって、おります」


 急かすように声をかけてくるゼブルにアルシェスは俯きながら返事をする。

 セプティロン王国の王女であり、フォルテドルが属国になることを受け入れた時、その場にいた者として自分にはドザリックスたちに説明する義務がある。

 アルシェスは自分に言い聞かせるように心の中で呟き、不思議そうにしているドザリックスに方を向く。


「ベルージャス候、実はゼブル殿のことでまだ話していないことがある」

「話していないこと、ですか?」

「そうだ。とても重要な内容で民や兵士たちには聞かせられないことだ。すまないが場所を変えさせてくれないか?」


 真剣な表情を浮かべるアルシェスを見たドザリックスは軽く目を見開く。

 どんな内容かは想像できないが、ゼブルが関り、他の者に聞かれたくないことからセプティロン王国にとって都合の悪い内容であることは理解できた。


「……分かりました。近くに騎士団の詰所がありますので、そちらでお話をお伺いします」

「すまない。あとロズリング騎士団長も一緒に来てほしい。それから官僚の貴族も何人か集めてくれ」


 ロズリングだけでなく、リントスジンで重要な立場にある貴族まで集めることから、ドザリックスは予想している以上に重要なことなのかもしれないと感じていた。


「分かりました、すぐに招集させます」

「感謝する」


 アルシェスは若干低めの声を出してドザリックスに礼を言う。この後に驚くべき事実を話さなくてはならないと思うと気が重くなり、アルシェスは胃に軽い痛みを感じるのだった。


「では、早速詰所へご案内します」


 ドザリックスはゼブルたちに背を向けると待機していたハリスやノルチェたちに部隊の編成や物資の確認、破損した柵などの補強をするよう指示する。

 指示を済ませるとゼブルたちを案内するためにロズリングと共に街の方へ歩き出した。

 ゼブルはティリアたちを連れてドザリックスたちの後をついて行き、待機しているハリスたちの真横を通過する際にチラッとハリスたちに視線を向ける。

 ハリスたちはゼブルに見られた瞬間に寒気を感じ取り、大きく目を見開きながら離れているゼブルの後ろ姿を見つめた。


「な、何なんだあれは……」

「分からない……ただ、一つだけハッキリしているのは……アイツが化け物だってことだ」


 今まで遭遇したモンスターや公国軍の兵士とは雰囲気が全く違うゼブルにハリスとノルチェは思わず息を呑んだ。


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