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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第3章  救済の魔蟲
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第47話  少数の救援者


 レテノールとアルシェスが退室すると、部屋にはゼブルとティリア、魔将軍たちの計六人だけが残った。

 会談が終わり、身内だけとなったことでティリアは気が楽になったのか軽く息を吐く。


「とりあえず、会談は無事に終了しましたね」

「ああ、最大の目的であるセプティロンの属国化も成し遂げられたわけだし、最良の結果と言えるだろうな」


 望んだ結果になったことにゼブルは腕を組み、ティリアや魔将軍たちに背を向けながら満足したような口調で呟く。

 魔将軍たちも都合のいいように事が運んだことで気分を良くしているのか小さく笑いながらゼブルを見ている。

 そんな中、ティリアだけは何処か複雑そうな表情を浮かべながら俯いていた。


「……ただ、公国が王国領内に侵攻してきたことには驚きました」

「確かにあれは俺らにとっても想定外の報告だったな」


 笑っていたシムスはティリアの言葉を聞いて面倒そうな表情を浮かべる。

 ゼブルたちはセプティロン王国の属国化と王国に新国家の建国を認めさせることが目的であるため、現段階ではダーバイア公国のことをどうこうするつもりはなかった。

 そのため、公国軍が王国領に侵攻したという知らせを聞いた時は意外に思いながら驚いていたのだ。


「それでボス、王国を属国にしたのはいいとして、これからどうするんだい?」


 セミラミスはゼブルの方を向くと今後のことについて尋ねる。

 声を掛けられたゼブルは振り返り、自分に注目しているティリアや魔将軍たちを見ながら下顎を動かす。


「勿論、リントスジンへ向かい、侵攻してきた公国軍と戦う。こう見えても俺は約束を守るタイプだからな」


 フォルテドルと約束したとおり、リントスジンを守るために救援へ向かうと聞いたティリアは微笑みを浮かべる。

 属国にする条件とは言え、故郷であるセプティロン王国のためにリントスジンを守ろうとしてくれることに心から感謝していた。


「俺は予定どおり、テオフォルスの転移魔法でリントスジンへ向かい、侵攻してきた公国軍を倒す」

「そして公国や他の国の奴らにボスの存在と新しい国が造られることを教え、二百年前のように魔王が現れたことを大陸中に広めるってわけだな?」


 いよいよゼブルが魔王として大陸に住む全ての人間や亜人に認識されると、セミラミスはニッと笑みを浮かべる。

 シムスやアリスもセミラミスと同じようにゼブルの存在が各国に知れ渡ることに気分を良くして笑っていた。


「しかし、流石は大将と言うべきだな。王国に一度手を貸すだけで自分と新国家の存在、大将自身の強さを大陸中に広めちまうんだからよぉ」

「これで魔王様の使命に一歩近づいたわね」


 ゼブルの行動力と計画性にシムスとアリスは感心する。新国家が建国されれば今以上に世界征服という最終目的が達成しやすくなるはずだと考えていた。


「魔王様、私はリントスジンに向かわれる際に公国軍と戦うモンスターの部隊を同行させるべきだと思っているのですが……」

「部隊?」


 テオフォルスの提案を聞いてゼブルは聞き返す。

 他の魔将軍たちも部隊を同行させるべきと聞いて一斉にテオフォルスに視線を向けた。


「おいおい、待てよ、テオフォルス。わざわざ部隊を送る必要なんかあるか? ボスならたった一人で公国の人間どもを捻りつぶせる。部隊なんていらねぇだろう」


 ゼブルが公国軍に苦戦するなんてあり得ないと確信するセミラミスは部隊の派遣は不要だと語る。

 セミラミスだけでなく、ティリアやシムス、アリスもセミラミスと同じようにゼブルが人間相手に負けることは無いと考えていた。

 確かにレベル100で二百年前の魔王よりも遥かに強いゼブルが異世界の人間に苦戦することなどない。それならセミラミスの言うとおり部隊を派遣は不要だと考えられるだろう。


「……そういうわけにはいかないんですよ。今回は魔王様ご自身だけでなく、新国家の力も知らしめる必要がありますからね」


 テオフォルスはセミラミスを見ながら若干呆れたような表情を浮かべる。

 セミラミスはテオフォルスが何を言いたのか理解できず、不思議そうに小首を傾げた。


「今回の救援では魔王様の力だけでなく、魔王様が支配する新国家の力も王国や公国に見せる必要があります。魔王様のお力だけを見せても、人間たちは魔王様だけを脅威と考え、支配する国そのものを脅威とは見ないでしょう。あくまでも魔王様だけが危険な存在で、それ以外は脅威ではないと考えるはずです」

「はあぁ? ボスだけっつうことは、あたしら魔将軍のことは脅威じゃねぇって考えるっつうことかぁ?」


 人間や亜人から脅威ではないと思われると聞かされたセミラミスは気分を悪くしたのか、鋭い目でテオフォルスを見つめながら尋ねる。


「セミラミスやシムスたちが戦うところを実際に見ていないのであれば、脅威でないと思うのは仕方がないことです」


 テオフォルスはセミラミスに睨まれても顔色一つ変えず、落ち着いた様子で答える。同じ魔将軍でステータスも同じなのだから睨まれても怯まないのは当然だ。


「魔王様が支配する国の強さと脅威を理解させるためには魔王様の配下の実力を人間たちに見せる必要があります。そのためにも魔王様と共に公国軍と戦う存在が必要なんです」

「成る程、そういうことなら部隊を同行させねぇといけねぇな」


 シムスはテオフォルスの説明を聞いて納得する。

 ゼブルが効率よく世界征服を果たすためには、ゼブルだけでなく彼が統治する新国家が大陸に存在するどの国よりも強大なことを認識させなくてはならない。

 新国家の戦力が強大であることを分からせるためにも、配下の者たちをゼブルと共にリントスジンに向かわせ、リントスジンの住民や攻め込んできたダーバイア公国の人間たちに配下たちが強者であることを見せつける必要がある。

 同時に力を見せつけて新国家を統治するゼブルを敵に回してはならないとダーバイア公国や周辺国家に思い込ませなくてはならない。

 シムス以外の魔将軍とティリアもテオフォルスの説明を聞いて配下の力を分からせるためにも部隊を同行させた方が良いと考える。

 特にセミラミスは自分が弱いと思われることが許せず、リントスジンに部隊を送るのなら自分を部隊に入れてほしいと願っていた。


「魔王様、魔王様の使命を果たすため、そして新国家が強大な力を持っていることを証明するためにもリントスジンへ部隊を送り、敵である公国軍や共闘する王国の人間たちに力を見せておくべきだと思っております。今回の救援に部隊を同行させてはいかがでしょう?」


 テオフォルスは改めて部隊を同行させてはどうかとゼブルに相談した。

 ティリアたちはゼブルがどんな答えを出すのか気にしながら、無言でゼブルを見つめる。


「……そうだな。そういうことなら同行させるべきだろう」


 ゼブルの返事を聞いたテオフォルスの軽く頭を下げ、自分の提案を採用してくれたことを心の中で感謝する。

 ただ、ここまでテオフォルスの話を聞いたゼブルは部下たちを同行させることが新国家の今後や自身の使命のためになると理解していたので、テオフォルスの提案を却下するつもりなど全く無かった。


「では、早速同行させる部隊を編成しようと思うのですが、どれほどの規模の部隊にいたしましょうか?」

「そのことなんだが、俺に考えがある」


 部隊の編成について提案があると聞かされたティリアたちは反応し、興味のありそうな目でゼブルを見つめる。


「まず、これから俺と共にリントスジンへ向かう者たちなんだが、ティリアとシムス、アリスの三人とする」

「えっ?」


 予想していなかった言葉にティリアは思わず声を出す。

 てっきり大部隊を同行させる、ドラゴンのような強力なモンスターを連れていく、などと言ってくると予想していたのに、同行させるのが自分と二人の魔将軍だけだと言ったのでティリアは目を見開いて驚く。

 ティリアだけでなく魔将軍たちも意外そうな表情を浮かべている。その中でもセミラミスは自分が同行者に選ばれなかったことに対して残念そうな顔をしていた。


「あ、あのぉ、同行するのは私たちだけですか?」

「そうだ。ただ、最初に言ったようにまずは俺たちだけで行く。その後に編成した大部隊をリントスジンに移動させる」

「どうしてわざわざそのようなことを? 最初に大部隊を同行させればすぐに配備でき、万全の状態で公国軍を迎撃できますよ?」


 なぜ同行させず、わざわざ分けてリントスジンへ向かわせるのか、ティリアは不思議に思いながらゼブルに尋ねる。

 ゼブルのことだから何か事情があるのだろうと予想しているが、どのような理由なのか全く想像がつかない。


「大部隊をリントスジンに転移させれば、リントスジンにいる人間たちを混乱させてしまうからだ」

「混乱?」


 ゼブルが同行させない理由を話し始め、ティリアは不思議そうな顔をしながら話を聞く。


「いきなり大量のモンスターが目の前に現れたら普通の人間は混乱する。もし混乱すれば大騒ぎになり、アルシェス王女や平常心を保った者たちが宥めても混乱を治めるのに時間が掛かってしまう。そうなれば公国軍とはまともに戦えない」

「確かにそうですね……」

「だからまずは少人数でリントスジンへ行き、住民たちが混乱していない状況で俺たちが敵ではないことを分からせる。住民や軍の連中が敵ではないと認識した後に部隊を転移させれば、連中が騒ぐ可能性も低くなるだろう」

「つまり、リントスジンの人たちを怖がらせないために最初に私たちだけでリントスジンへ向かうと……」

「そういうことだ。一応セプティロンは属国になったわけだし、できるだけいい印象を与えたいと俺は思ってる」


 属国と言えど支配する国の民たちの精神面を気遣って別行動させようとしていると知ったティリアはゼブルの優しさに思わず笑みを浮かべる。

 ゼブルは自分を見ながら笑うティリアを目にして不思議に思いながら小首を傾げる。

 ティリアはゼブルがリントスジンの住民たちのことを気遣って部隊を別行動させたのだと考えているが、ゼブル自身は気を遣っているつもりはまったく無い。ただ住民たちからの印象を悪くしないため、そして公国軍との戦闘に影響を出さないために別行動を選んだだけだ。


「部隊を同行させない理由は分かったがよぉ、その後はどうするんだ?」


 リントスジンに着いた後のことは詳しく聞いていないため、シムスは移動した後のことを尋ねた。


「向こうに着いたら都市長や騎士団から戦況を聞き、予定どおり公国軍の相手をする。……テオフォルス、お前は俺たちを送った後、セミラミスと共に魔王城へ戻り、リントスジンへ向かわせる部隊を編成しろ。数やレベルについては後で話す」

「分かりました」


 指示を受けたテオフォルスは軽く頷きながら返事をする。

 それからゼブルは編成が済んだら待機し、連絡を入れた後にセミラミスと共に部隊を率いてリントスジンへ転移することをテオフォルスに指示する。その後、ゼブルたちは公国軍とどのように戦うかなどを決めていった。

 実は今回の救援でゼブルは魔将軍全員を公国軍との戦いに参加させるつもりでいたため、テオフォルスとセミラミスを部隊と共にリントスジンへ来るよう指示したのだ。

 全員を参加させる理由は魔将軍の存在と実力をセプティロン王国やダーバイア公国の人間たちに見せしめるためだが、それ以外にも魔将軍が使う魔法や技術スキルが異世界で通用するのか、異世界の住人たちからどのように認識されるかを確かめるためでもあった。

 ティリアや魔将軍たちは真剣な表情を浮かべながらゼブルの話を聞く。今回の救援でゼブルの存在や実力、新国家の力が公になるため、今後の活動のためにも良い結果を出すと全員が心に誓った。


――――――


 控室ではアルシェスがソファーに座りながらゼブルが準備を済ませるのを待っている。

 アルシェスの後ろには警護としてフォルテドルたちと同行していた騎士が四人、アルシェスの後ろで横に並んで待機していた。

 フォルテドルたちは会談が終わるとアルシェスにリントスジンのことを任せると馬車に乗り、ミュリンクスへ戻るためにトリュポスの正門へ向かった。

 ただ、この時のフォルテドルはアルシェスがリントスジンへ向かうことに大きな不安を抱いていた。

 戦場となっているリントスジンへ向かうことはアルシェス自身が選んだことだが、フォルテドルはアルシェスにもしものことがあったらと心配していた。そこで彼女の警護として騎士たちを残していったのだ。

 王女の警護としては人数が少ないが、国王であるフォルテドルが王都に戻るまでの道のりを考えると多くの騎士をアルシェスに付けることはできない。そのため、四人までしか騎士を残すことができなかった。

 アルシェスは警護の数が少ないことに不満は抱いていない。寧ろ自分のために騎士を残してくれた父に感謝していた。


「……まだなのか。早くしてくれ」


 なかなかゼブルが来ないことに焦りを感じるアルシェスはつま先で床をコツコツと何度も叩く。

 会談が終わってからまだそれほど時間は経過していないが、少しでも早くリントスジンへ向かいたいアルシェスにはその短い時間が長く感じられた。

 今こうしている間もリントスジンの住民たちが公国軍によって傷つけられているかもしれないと考えるアルシェスは胸が締め付けられるような気持ちになって表情を歪ませる。

 警護として待機している騎士たちはアルシェスの様子を見て、隣にいる仲間と顔を見合わせながらアルシェスを心配する素振りを見せる。

 アーメットを被っているので顔は見えないが、騎士たちもアルシェスと同じようにリントスジンを心配しており、住民たちが無事なことを祈りながらゼブルを待っていた。

 不安と焦りを感じるアルシェスは深く息を吐いたり、顔に手を当てたりと落ち着かない様子で待ち続ける。そんな時、控室の扉をノックする音が聞こえ、アルシェスは顔を上げて扉の方を向く。


「アルシェス殿下、お待たせしました。出発の準備が整いました」

「来たか!」


 扉の向こうから聞こえてくるティリアの声にアルシェスは思わず立ち上がる。

 ようやくリントスジンの住民たちを助けに行けることに嬉しさと安心を感じたのか、アルシェスは小さく笑いながら扉を見つめていた。

 待機していた騎士の一人が扉に近づいてゆっくりと開ける。そこには姿勢を正して立つティリアがおり、その後ろにはゼブルと会談で目撃したウェアウルフ、美少年、幼女の魔将軍三人がいた。

 一度見ているとはいえ、やはり魔王を名乗る存在を目の当たりにすると体が震えてしまい、騎士は恐怖と威圧感に必死に耐えながら扉の前から移動してゼブルたちを招き入れる。

 控室に入ったゼブルたちはアルシェスの近くまで移動した。

 ゼブルたちが入室したことで控室の空気は一気に変わり、アルシェスや騎士たちは驚きの反応を見せる。


「待たせたな、アルシェス王女。早速リントスジンへ向かうぞ」

「え? ……あ、ハイ!」


 声を掛けられたアルシェスは我に返り、深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 魔王であるとは言え、いつまでも外見と威圧感に驚いているとゼブルに不快感を与えると考えたアルシェスは、ゼブルが近くにいても取り乱さないようにしなくてはと自分に言い聞かせるのだった。

 

「会談で話したように俺たちはテオフォルスの転移魔法で移動する。魔法は場所や環境に関係なくすぐに発動できる。此処で魔法を発動し、一気にリントスジンへ向かう」

「此処で? ……他の者たちは別の方法で移動するのですか?」


 アルシェスの言葉にゼブルは小さく反応する。

 現状からゼブルはアルシェスがリントスジンを守るための救援部隊が自分たちと共に転移すると思っているのだと気付く。

 ティリアたちに話した時のようにアルシェスにも説明しなくてはならないのかとゼブルは内心面倒に思うのだった。


「アルシェス王女、リントスジンを守るための部隊は送るつもりでいる。だが、俺たちと共に転移はしない」

「えっ、それはどういうことです?」

「部隊は俺たちがリントスジンに転移してからしばらく経った頃に合流する。今回は俺とティリア、そこのいる二人の魔将軍だけがリントスジンへ向かう」


 ゼブルの言葉にアルシェスは驚き、ゼブルの近くにいるティリアたちに視線を向けた。

 アルシェスと目が合ったティリアは苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げる。

 ティリアの後ろではウェアウルフの姿をした魔将軍がニッと笑いながら軽く手を上げてアルシェスに挨拶し、幼女の魔将軍も微笑みながらアルシェスを見上げていた。

 最初の救援が目の前にいる四人だけだと知ったアルシェスを信じられないような顔をしながらゼブルたちを見ている。顔は驚いているが、内心では本気でリントスジンを助けるつもりがあるのかと僅かに疑っていた。

 ゼブルが未知の力を持っており、彼の側近である魔将軍も優れた戦闘能力を持っているのだろうとアルシェスは考えていた。

 だが敵である公国軍の総戦力は四万近くで、リントスジンを襲撃しているのは約八百の軍勢であるため、如何に高い戦闘能力を持っていても、僅かな人数で大勢の敵とまともに戦えるはずがない。

 ティリアに至っては普通の騎士であるため、リントスジンにいる王国軍と合流しても大して戦力は変わらないとアルシェスは考えていた。


「……ゼブル殿、助力を受ける立場でありながら、このようなことを言うのは大変失礼なのですが、数が少なすぎるのでは?」


 アルシェスの言葉に警護の騎士たちは一斉に反応する。魔王を名乗るゼブルの機嫌を損ねるような発言をしたことで全員が恐怖を感じていた。


「確かに人数だけで見れば少なすぎるな」


 人数の少なさを指摘されたゼブルは機嫌を悪くする様子は見せずに認める。

 ゼブル自身も手を貸すと言っておきながら僅か四人しか用意しなければ相手が不満を抱くはずだと予想していたため、アルシェスの態度を見ても不機嫌にならなかった。


「だがな、アルシェス王女。此処にいる全員はとてつもなく強い。一人でもリントスジンに攻め込んできた公国軍を倒せるだけの力を持っている」

「な、何ですって……」


 アルシェスはゼブルの言葉を聞いて信じられないような反応を見せる。

 二百年前の魔王も一人で数百の敵を一掃するだけの力を持っていたと伝承には書かれてあった。

 ゼブルも魔王を名乗るのだからそれぐらいはできても不思議ではないとアルシェスは考えていたが、配下にそれだけの力を持っているとはとても信じられなかった。


「俺たち一人一人が強大な力を持っている。だから四人だけでも問題ないと考え、俺らだけでリントスジンへ向かうことにしたんだ」

「ほ、本当に皆さん全員がそれだけのお力を持っているのですか?」


 ゼブルはアルシェスの問いに無言で頷く。


「安心しろ、期待を裏切るようなことはしない」

 

 自信に満ちたような口調で語るゼブルを見てアルシェスは難しそうな顔で俯く。

 ゼブルたちの強さについて本当のことが気になるが、リントスジンに向かうことの方が重要なため、とりあえず強さについては一旦置いておくことにした。


「……分かりました。まずは此処にいる私たちだけでリントスジンへ向かいましょう」


 今はリントスジンの住民たちを助けることだけ考えろ、アルシェスは自分にそう言い聞かせながら真剣な表情を浮かべる。


「しかし、ゼブル殿。なぜご用意された部隊を後からリントスジンに向かわせるのです? 部隊の編成などで何か問題が?」

「いや、そういう訳じゃない。……そのことは後で説明する」


 どこか面倒そうな様子をゼブルを見たアルシェスは「はあ」と不思議そうにしながら納得する。

 ティリアはゼブルが時間を掛けて自分たちに説明したことを、もう一度説明することになると知るとゼブルに同情しながら再び苦笑いを浮かべた。

 

「とりあえず、今回同行する魔将軍を紹介しておこう。……まず、ウェアウルフのような姿をしているのが、シムス・エリュズニルだ」

「よぉ、よろしくな。セプティロンのお姫様よ」


 笑いながら軽い口調で挨拶をしてくるシムスにアルシェスは若干戸惑いを見せながらも頭を下げた。

 普通、王女であるアルシェスに友人でもない者が軽い口調で話しかけたり、砕けた態度を取ったりすれば何かしらの罰が下るだろう。

 しかしシムスはゼブルの配下である魔将軍でリントスジンの救援に力を貸してくれるため、例え失礼は態度を取られても罰することはできない。

 元よりアルシェスは無礼な態度を取られても罰する気など無かった。


「もう一人はアリス・ソデール。一見幼女に見えるが、魔将軍の中ではある意味で一番強力と言っていい」

「よろしくお願いします」


 一歩前に出たアリスは丁寧に頭を下げて挨拶をする。

 シムスと違って貴族令嬢のような見た目と態度のアリスにアルシェスは意外そうな表情を浮かべる。

 こんな大人しそうな幼女が魔王に仕える魔将軍の一人、しかも強大な力を持っているなんて信じられなかった。

 アルシェスがアリスを見つめていると、アリスの後ろから何かが姿を見せる。それは体長が約35cm、尻尾が30cmほどで茶縞ちゃじまの毛並みで目が黄色い猫だった。

 猫はアリスの隣で床に座ると丸い目でアルシェスを見上げる。

 どうしてこんな所に猫がいるのか、アルシェスは猫を見つめながら不思議そうに瞬きをした。


「あっ、ダイナ、来たのね」


 アリスは猫をダイナと呼びながら小さなで頭を撫でる。

 ダイナは頭を撫でられると気持ちよさそうな表情を浮かべながら小さな鳴き声を出した。


「あ、あの、ゼブル殿。この猫は……」

「ああ、ソイツはダイナ。アリスの友達だ。見た目は普通の猫だが、強力な力を持つモンスターだ」

「えっ、この猫が……」


 どう見てもただの猫にしか見えない存在がモンスターだと聞かされたアルシェスは驚きながらダイナを見つめる。

 普通なら冗談だと受け止めるが、ゼブルが魔王であることを考えると本当にモンスターである可能性が高いため、アルシェスはダイナがモンスターであることを信じることにした。


「因みにダイナも俺たちと一緒にリントスジンへ向かう。魔将軍ほどではないがコイツもかなり強い。戦闘になればそれなりの活躍をしてくれる」

「分かりました。……ところでゼブル殿、ご相談したいことがあるのですが……」

「何だ?」

「会談では私がリントスジンへ同行することになっておりましたが、此処にいる騎士たちを私の警護として同行させてもよろしいでしょうか?」


 念のために許可を得た方が良いと考えたアルシェスは待機している騎士たちを見てリントスジンへ連れて行っていいかゼブルに尋ねる。

 自分たちに力を貸してくれるとは言え、相手は魔王。些細な行動で機嫌を悪くした、なんてことがあってもおかしくない。ゼブルの機嫌を損ねないため、アルシェスは小さいことでもゼブルの許可を当てから実行することにしていた。

 ゼブルは四人の騎士たちを見ると、不思議に思うような反応を見せながらアルシェスの方を向く。


「別に警護を連れて行くのに俺の許しなんか必要ないだろう。連れて行きたければ連れて行けばいい」


 機嫌を悪くするどころか、自分たちで自由に決めてよいと語るゼブルにアルシェスは軽く目を見開く。会談を行っていた時は雰囲気が違うゼブルに軽い衝撃を受けていた。


「連れていく騎士はそこにいる四人だけか?」

「え、ええ、そのとおりです」


 ゼブルは周りにいるティリアたちを見回し、リントスジンに向かう者の数を確認するとテオフォルスの方を向いた。


「よし、テオフォルス。やってくれ」

「かしこまりました」


 指示を受けたテオフォルスは家具などが置かれていない広い場所へ歩いて行き、真剣な表情を浮かべながら右手を前に伸ばした。


転移門ゲート


 テオフォルスが魔法を発動させると部屋の中に紫色で半円状の霧状の扉が出現する。縦3m、横2mほどで少し小さめだが少人数が通るには丁度いい大きさだ。

 突然室内に現れた紫色の扉に警護の騎士たちはざわつく。

 騎士たちは魔法に関する知識が乏しく下級魔法ぐらいしか知らないため、見たことの無い魔法を目にして驚いてしまったのだ。


「皆、落ち着け!」


 取り乱す騎士たちをアルシェスは落ち着かせる。

 アルシェスも見たことの無い魔法に驚いているが、王女であり騎士団の小隊長を任されている自分まで取り乱すわけにはいかないと、何とか冷静さを保とうとしていた。

 騎士たちはアルシェスの声を聞いて落ち着きを取り戻す。未知の魔法を目にしたとは言え、警護の自分たちが王女であるアルシェスの前で取り乱したことを恥ずかしく思った。


「こ、この扉を潜ればリントスジンへ行けるのですか?」

「ええ。転移先はリントスジンの東にある広場になっています」


 テオフォルスが転移する場所を説明すると、アルシェスは都市内に繋がっていると聞いたアルシェスは目を丸くしながら扉を見つめる。

 いきなり都市の中に転移すれば住民たちが驚いて大騒ぎになるだろう。だがそれは普通の状態の時の話だ。

 現在リントスジンは公国軍と戦闘中で都市内は既に緊張状態となっている。住民や騎士、兵士たちが緊迫した状態なら例え都市内に転移門を開いてもそれほど大きな問題にはならない。

 何よりもリントスジンの外に転移するといちいち正門を通って都市内に入る必要がある。

 公国軍と争っている状態で外からリントスジンに入ろうとすれば、公国軍の密偵や刺客と疑われてしまうだろう。そうなれば身元確認などをされて中に入るのに時間が掛かる。

 王女であるアルシェスが一緒だとしても、公国軍と争っている状況では身元確認はされるはずだ。

 そもそも公国軍と戦闘中なのだからリントスジンの外から来た者を中に入れる可能性は低い。


「まずは俺たちが入る。アンタたちは俺たちが入った後に転移門を潜れ」


 アルシェスに指示したゼブルは扉の方へ歩いて行き、ティリアやシムス、アリスもその後に続く。

 ゼブルは扉の前に立つテオフォルスの前まで来ると足を止め、正面を向いたまま視線だけをテオフォルスに向けた。


「俺たちが向こうリントスジンへ行ったら、お前は予定どおり部隊の編成をしろ。公国軍の様子を窺い、部隊を呼び出すタイミングが来たら連絡コンタクトで連絡を入れる。そしたらセミラミスと部隊を連れてリントスジンへ来い」

「承知しました」


 目を鋭くして返事をするテオフォルスを見たゼブルは歩き出し、吸い込まれるように霧状の扉を潜る。

 シムスとアリスもゼブルの後を追うように扉を潜り、ダイナもアリスの後をついて行った。

 ティリアはアルシェスたちの方を向き、小さく頷きながらついてくるよう目で伝えてからゼブルたちの後を追う。

 残されたアルシェスと騎士たちはティリアが姿を消すと霧状の扉を見上げ、警戒しながらゆっくりと扉を潜った。

 全員が転移すると霧状の扉は収縮し、音を立てることなく消滅する。

 ゼブルたちを見送ったテオフォルスは小さく笑い、与えられた役目を全うするために転移した。


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