第46話 窮地の決断
ノック音を聞いてゼブルとフォルテドル、室内にいたティリアたちは一斉に扉の方を向く。
「魔王様、フォルテドル陛下、よろしいでしょうか?」
「お父様?」
扉の向こうからレテノールの声が聞こえたことでティリアは意外そうな顔をした。
会談中に外の者が訪問するのは無礼な行動と言える。レテノールもそれを分かっているはずなの、なぜ訪ねてきたかと部屋にいる全員が疑問を抱いていた。
「至急、フォルテドル陛下にお伝えしなくてはならないことがあります」
再び強く扉をノックする音が響き、同時にレテノールがどこか慌てているような声で語り掛けてくる。
レテノールの様子とフォルテドルに報告しなくてはならないことから、何かセプティロン王国にとって都合の悪い出来事が起きたのではとゼブルは予想する。
フォルテドルもレテノールの様子から只事ではないと感じ、ザルガートの方を向いて扉を開けるよう目で指示した。
ザルガートは頷くと扉へ近づいてゆっくりと扉を開ける。
扉の前には僅かに呼吸を乱しているレテノール、そしてアーメットを外した騎士の青年が立っており、彼も同じように呼吸を乱していることから、此処まで走ってきたことが一目で分かった。
レテノールと共にいる騎士を見たザルガートは不思議そうな顔をした。ザルガートは今回の会談でフォルテドルを警護する騎士の顔を全て覚えているので顔を見ればすぐに誰だか分かる。
だが、目の前にいるのは警護の騎士とは違う人物だったため、ザルガートは警護の騎士とは別の騎士だとすぐに気付いた。
「フォリナス伯、いったいどうされたのだ? 今は重要な会談中ですぞ」
騎士が誰なのか気になっていたザルガートだが、とりあえずレテノールに訪問した理由を聞こうと声を掛けた。
「申し訳ない。ですが、ミュリンクスからの早馬が到着され、どうしてもお伝えしなくてはならないことがあると……」
早馬という言葉にザルガートは目を見開き、良からぬことが起きていると確信する。そしてレテノールと共にいる騎士が早馬の使者であると気付いた。
詳しい話を聞かなくてはならないと判断したザルガートはレテノールを部屋に入れる。扉を開けると部屋に入ったレテノールは騎士と共にゼブルとフォルテドルの下へ向かう。
レテノールは二人の前まで来ると軽く頭を下げる。
騎士は緊迫した表情を浮かべながらフォルテドルを見るが、視界に入ったゼブルを見て驚愕の表情を浮かべた。目の前にモンスターがいるのだから驚くのは当然だ。
「君、早く陛下のご報告を……」
「え? えっと、その……」
騎士は声をかけてきたレテノールを見た後、座っているモンスターとレテノールを交互に見る。
使者の騎士はフォルテドルがトリュポスを訪れていると聞かされていたが、それ以外は何も聞かされていない。そのため、目の前にいる昆虫族モンスターに驚き、現状が理解できなくて困惑していた。
ゼブルは騎士を見て自分に驚いているとすぐに気付いて溜め息をつく。
人間でない自分を始めて見た者が驚くのは分かっているし、驚かれることにも既に慣れている。だが、それでも毎回驚く姿を見ると呆れてしまうのだ。
「落ち着くのだ。彼のことは気にしなくてよい」
ゼブルのことで騎士が混乱しているのだと気付いたフォルテドルは立ち上がって騎士に声をかける。
フォルテドルの声を聞いて騎士は少しずつ落ち着きを取り戻していく。だが完全に冷静さを取り戻していないため、目を見開いたままフォルテドルを見ている。
「し、失礼しました……お見苦しい姿を……」
「良い。それでいったいどうした、何かあったのか?」
騎士が落ち着くとフォルテドルは改めてトリュポスまで来た理由を尋ねる。ここまでの流れから悪い知らせであることは分かっているが、詳しい内容を知るためにも騎士から直接聞かなくてはならない。
騎士はフォルテドルやゼブルたちが見つめる中、深刻な表情を浮かべながら口を開く。
「ダーバイア公国軍が大平原を突破し、我が国内に侵攻してきました!」
「何っ!?」
フォルテドルは驚きのあまり思わず聞き返し、アルシェスたちセプティロン王国の者たちも騎士を見つめながら一斉に驚愕した。
ゼブルや魔将軍たちは予想していなかった報告に意外そうな表情を浮かべる。
ティリアだけは祖国に戦争相手が進軍してきたと聞き、アルシェスたちと同じように驚きの反応を見せていた。
「いったいどういうことなのだ。詳しく説明しろ」
「は、ハイ……」
驚きながら冷静さを保って尋ねてくるフォルテドルを見た騎士は説明を始める。
騎士の話によると、数日前にセプティロン王国とダーバイア公国が戦場としていた大平原で公国軍が王国側の砦を襲撃して来たそうだ。
砦に配備されていた王国軍は迎撃しながらリントスジンに報告しようと思っていたが、この時の公国軍は大軍勢で砦に攻め込んできていた。
公国軍のとてつもない戦力に砦の王国軍は驚愕しながらも応戦したが、戦力が違いすぎるため、砦はあっという間に制圧されてしまったそうだ。
一部の者はなんとか砦を脱出し、リントスジンに避難して領主であるドザリックスと第三騎士団に公国軍が大軍勢で侵攻してきたこと、大平原の砦が制圧されたことを報告した。
報告を受けたドザリックスは現状から公国軍が高確率でリントスジンに侵攻してくると考えていた。更にリントスジンの現戦力では公国軍を撤退させるのは難しいと判断し、王都ミュリンクスへ救援要請をすることを決意する。
第三騎士団の団長やリントスジンで働く貴族たちにも臨戦態勢に入り、住民たちを非難させるよう指示を出した。だがそんな中、公国軍がリントスジンを襲撃して来たのだ。
予想よりも早い襲撃と大軍勢にドザリックスたちは驚愕し、急いで公国軍を迎え撃つ。しかしまだ臨戦態勢にすら入っていなかったため、奇襲して来た公国軍に苦戦を強いられてしまう。
押されていたドザリックスたちは文字どおり死に物狂いで抵抗した。その結果、多くの戦死者を出しながらも公国軍の撃退に成功する。
撃退後、ドザリックスは救援を要請するため、すぐにミュリンクスへ早馬を出した。
ミュリンクスに到着したリントスジンの使者は大平原の砦が公国軍に制圧されたこと、リントスジンが襲撃を受けていることを伝える。
報告を受けたミュリンクスの貴族や騎士団の重役たちはすぐに救援部隊の編成に取り掛かろうとしたが、フォルテドルと総騎士団長のザルガートがトリュポスで行われる会談に参加するために不在だったので上手く救援部隊を編成できない状態だった。
貴族たちはフォルテドルとザルガートがいない中、急いで部隊の編制に取り掛かり、同時にミュリンクスを離れているフォルテドルにダーバイア公国の動きを伝えるためにトリュポスに早馬を出させた。
早馬は時間を掛けながらもトリュポスに到着し、使者である騎士はトリュポスにの都市長であるレテノールに公国軍の襲撃を報告、フォルテドルたちの下へ案内してもらったのだ。
「まさか、砦が落とされるとは……」
騎士の説明を聞いたフォルテドルは目を大きく見開く。
砦が制圧されたことには驚いたが、それ以上に前回の戦いで大きな損害を受けたはずのダーバイア公国が大軍勢で侵攻してきたことに衝撃を受けていた。
近くで話を聞いていたザルガートやアルシェスも戦力がほぼ互角のはずの公国軍がなぜ王国の砦を制圧し、リントスジンまで攻め込むことができたのか分からずに驚いている。
「公国軍は大軍勢で砦を制圧し、リントスジンを襲撃したと言ったが、どれほどの戦力で攻め込んできたのだ?」
「ハッ、詳しくはまだ分かっておりませんが……使者の報告ではリントスジンを襲撃した敵戦力は約八百。砦の制圧と侵攻状況から、公国軍の総戦力は四万前後ではないかとのことです……」
「よ、四万!?」
とんでもない数字を聞かされたフォルテドルは思わず力の入った声を出してしまう。だが、フォルテドルが驚くのも無理の無いことだった。
前回、セプティロン王国とダーバイア公国が大平原でぶつかった際、公国軍の戦力は二万だったが今回の襲撃では倍の戦力になっていた。
ミュリンクスの会議でドザリックスから報告を受けた時には公国軍は五千ほどの戦力しかなかったと聞いていたため、短時間で四万もの戦力を集めた公国に驚きを隠せずにいた。
なぜ短い間にそれだけ多くの戦力を用意できたのか、新たな疑問にフォルテドルは表情を歪める。
「……ザルガート、其方はこの状況をどう見る? 公国はどのようにして戦力を集めたと考える?」
総騎士団長であるザルガートなら何か気付いたのではないかと感じたフォルテドルはザルガートに尋ねる。
ザルガートは難しい顔をしながら考え込み、しばらくすると顔を上げてフォルテドルの方を向く。
「まだ確信は持てませんが、公国は徴兵令を出して戦力を集めたのではないかと思っております」
「徴兵令? 民を兵士として軍に組み込んでるいうのことか?」
「ここまでの情報と前回の戦闘で公国側が受けた損害を考えると可能性は高いかと……」
戦力を増給するために国民を戦場に駆り出させているかもと聞いたフォルテドルは更に驚き、同時に徴兵令を出したダーバイア公国に怒りを感じる。
国民を大切に思うフォルテドルにとっては例え敵国の人間であろうと軍に関係無く、死ぬ覚悟も戦闘の心得も無い者をいつ死んでもおかしくない戦場に出させることは許し難い行為だった。
しかも徴兵令ということは国民には拒否権が無いということ、本人の意思を無視して戦場に出させるなど、フォルテドルにとっては考えられないことだ。
徴兵令はその国に住む者が国のために戦うということから国民の義務だとされているが、フォルテドルは自分の意思で戦いの世界に足を踏み入れることを決めた者以外は戦わせようとは考えていない。
だからフォルテドルは義務と言って戦う意思の無い者たちを戦場に駆り出させる徴兵令やそれに関する制度を嫌っていた。
「ティグロンザス団長、確かダーバイア公国は徴兵制度が無かったはずです。だとすると、公国側が徴兵令を出したというのは考え難いのではないでしょうか?」
アルシェスはダーバイア公国の情報から国民が軍に組み込まれた可能性は低いと考える。
ザルガートはアルシェスを見ると、どこか複雑そうな顔をしながら首を横に振った。
「いえ、殿下。徴兵制度の無い国でも特定の状況下であれば徴兵令を出すことが可能です。ですから、ダーバイア公国が徴兵令を出した可能性も十分あると思われます」
「そうなのか……」
知らなかったことを聞かされたアルシェスは納得する。
王女と言う立場である以上、もう少し各国の法律などを学ばなくてはならないとアルシェスは感じるのだった。
「……それで、リントスジンへ派遣する部隊の編成についてはどうなっている?」
一番重要と言ってもいい情報についてフォルテドルは報告に来た騎士に尋ねる。
騎士はフォルテドルを見ると複雑そうな表情を浮かべながら小さく俯いた。
「私がトリュポスへ向かう直前に聞いた話では、救援部隊の編成はまだ完了していないそうです。人員も二百程度しか集まっていないとのことで……」
「二百? そんなに編成に手間取っているのか?」
「は、ハイ、現在編成を行っている軍部の方々は第一騎士団やそれ以外の軍の戦力を把握し切れていないそうで、動かせる部隊や人員の確認に時間が掛かっているそうです」
「クッ! 警護としてザルガートを同行させたのが裏目に出たか……失敗した」
魔王であるゼブルと会談をするためだからと言って最強の騎士であり、総騎士団長のザルガートを同行させたことをフォルテドルは後悔する。
セプティロン王国の軍部には優秀な人材が多く所属しており、総騎士団長のザルガートはその中でも第一騎士団とミュリンクスに存在する軍の管理を任されていた。
ザルガートは騎士団や軍の情報を殆どを把握しており、部隊を編成する際はそれらを元にどの部隊が適しているか、どの部隊を派遣すれば良いかなどを判断する。
ミュリンクスに存在する軍や人員を把握しているザルガートなら、短時間でリントスジンに派遣する救援部隊を編成できるだろう。しかしザルガートがミュリンクスを離れている今、部隊の編成は他の人物が行わなくてはならない。
だが他の人物はザルガートほど軍の情報を把握していないため、救援部隊の編成に時間が掛かってしまっているのだ。
「陛下、いかがいたしますか?」
秘書官は不安そうな顔でこれからどうするかフォルテドルに尋ねる。
目を閉じるフォルテドルは小さく俯きながら何をするべきか考えた。
「……リントスジンはあとどのくらい持ち堪えられるか分かるか?」
フォルテドルは騎士にリントスジンの防衛状況について尋ねる。何をするか考えるにしても、まずはリントスジンの情報を確認する必要があった。
「は、ハイ。リントスジンからの使者によるとリントスジンの戦力は第三騎士団や衛兵の数を合わせて約三百。城壁や物資、食料の残り、そして敵との戦力差を考えると耐えられるのは二日ほどだと……」
「二日!?」
持ち堪えられる日数があまりにも短いことにフォルテドルは思わず声を上げる。
二日では仮に部隊の編成が完了したとしてもリントスジンの救援に間に合うかはギリギリの状況だ。
今この場にザルガートがおらず、ミュリンクスで素早く部隊を編成すれば何とかなるかもしれないが、現状ではそれは不可能。今からザルガートがミュリンクスに戻ってもミュリンクスに帰還する時にはリントスジンでの戦いは終わっているだろう。
リントスジンに救援部隊を派遣し、公国軍からリントスジンを守れるか分からない状況だった。
あまりにも危機的な状況にフォルテドルたち王国側の人間たちは愕然とする。
どうすれば危機的状況を打開できるか、どうすればリントスジンが制圧される前に救援部隊を派遣できるのか、フォルテドルは必死に考えた。
だがいくら考えてもいい案は浮かばず、八方塞がりと言ってもいい状況だった。
「お取込み中悪いんだが、こっちはどうするつもりだ?」
ダーバイア公国との戦いについて悩んでいるフォルテドルにゼブルが声をかける。今はまだ会談の最中であるため、まずは会談の方を片付けてほしいと考えているようだ。
フォルテドルたちの会話を聞いていたため、セプティロン王国がどんな状況なのかはゼブルも理解している。
本来なら相手国の侵攻を受けて追い込まれている者たちに会談をどうするか聞くなど無神経だと言えるだろう。
だが魔王であるゼブルにはセプティロン王国の現状やダーバイア公国の関係はどうでもよいことなので遠慮なく会談を続けるか尋ねたのだ。
勿論、ゼブルも自分が空気を読まずな発言したことは理解している。しかし魔王と言う立場上、人間たちから警戒されたり、不快に思われるべきだと考えているため、わざと嫌われるような言動を取っていた。
「ゼブル殿、今は我が国の未来を左右する重要な話し合いをしている最中なのです。無神経な発言はご遠慮いただきたい」
アルシェスは重大な話をしている時に会談の話を持ち出すゼブルを睨みつける。
ゼブルは不機嫌なアルシェスを見ると興味の無さそうな態度を取りながら椅子にもたれかかった。
「無神経なことを言っているのは自覚してる。だが、セプティロンの現状は魔王である俺には関係の無いことだ。それに会談が行われている最中にダーバイアが進軍してきたっていう知らせが来たんだ。だったら会談の方を先に片付けるのが筋ってものじゃないのか?」
「……ッ!」
人間の事情など興味の無いゼブルを見てアルシェスは目を鋭くする。
ゼブルにはどうでもいいことでも、セプティロン王国の人間である自分たちにとっては会談以上に大切なことであるため、それを軽く見られていることに気分を悪くした。
「それに話を聞く限り、現状ではリントスジンが制圧される前に救援部隊を派遣するのは難しいと見える。……アンタたちは救援部隊を派遣する前に公国軍にリントスジンを奪われる可能性が高いと考えてるんじゃないか?」
ゼブルの発言にフォルテドルは目を見開く。自分たちの会話を聞いただけで現状を把握し、考えていることまで読んだことにフォルテドルは衝撃を受け、ゼブルが勘の鋭い存在だと感じていた。
フォルテドルの表情や否定しないことから図星だとゼブルは悟る。
今フォルテドルたちは追い込まれていると知ったゼブルは目を黄色く光らせ、上半身をゆっくりと前に出した。
「手を貸してやろうか?」
「……は?」
ゼブルの口から出た言葉にフォルテドルは思わず声を出す。
アルシェスやザルガートたちも予想外の発言を見にし、全員がゼブルに注目している。
ティリアはゼブルの方を見ながら軽く目を見開いている。ダーバイア公国がセプティロン王国に侵攻したという報告があったこと自体が突然だったため、ゼブルがフォルテドルに助力を提案することもまったく予想していなかった。
「ゼブル殿、今何と言ったのだ?」
「公国軍を撃退するのに手を貸してやろうかと言ったんだ」
改めて確認したフォルテドルは目を見開く。魔王であるゼブルが敵である人間の自分に力を貸そうと言ってきたのだから当然の反応だ。
「先に言っておくが、手を貸すには条件がある。その条件を吞むのなら俺は全力でアンタたちに協力する」
「条件?」
手を貸すことを提案してきた時に、ゼブルが条件を突き付けてくるだろうと予想していたフォルテドルは僅かに眉間にしわを寄せる。
リントスジンが制圧されればセプティロン王国は不利になり、その後の公国軍の侵攻を食い止めるのは難しくなる。そんな状況で手を貸すことを提案してくるのだから、とんでもない条件を出すはずだとフォルテドルは確信し、無言でゼブルを見つめた。
「お前たちに手を貸す条件、それはセプティロンが俺が造る新国家の属国になることだ」
やはり、とフォルテドルは予想していた条件を出してきたゼブルを見ながら心の中で呟く。
「属国になるのなら俺はアンタたちに力を貸し、リントスジンを守ること、そして公国軍を撃退することを約束する。……だが断るのなら、俺たちは力を貸さない。自分たちで何とかするんだな」
「……」
「勘違いしないように言っておくが、俺は強制する気は無い。アンタたちの好きな方を選べばいい」
あくまでも決断するのはフォルテドルたちだと話すゼブルを見て、フォルテドルは難しい顔で考え込む。
今の時点ではフォルテドルは新国家の属国になるつもりは無いため、属国になることを要求されれば迷わずに断っていた。だが、それは少し前までの話だ。
現在セプティロン王国はダーバイア公国の侵攻を受け、リントスジンが制圧されそうになっている状況だ。今の状態では救援部隊をリントスジンが制圧される前に派遣することは難しく、救援部隊が到着する前に公国軍に占領されてしまう可能性が高い。
そんな状況下で未知の力を持つゼブルが手を貸すことを提案してきたため、属国になることを断るつもりでいたフォルテドルの心は少し揺らいでいた。
ゼブルの提案を受けるべきか、フォルテドルは表情を変えずに考える。
周りにいるアルシェスはフォルテドルが何と答えるのか気になり、黙ってフォルテドルを見つめた。
アルシェスたちは魔王であるゼブルの助力を受けるのと引き換えにセプティロン王国が属国になることに不満を感じている。しかし現状では自分たちの力だけでリントスジンを救うことができないため、ゼブルの提案を受けるべきかもしれないという考えもあった。
どうすればいいか分からないアルシェスたちは国王であるフォルテドルの決断に任せようと判断し、フォルテドルが答えるのを待っている。
「……一つ確認しておきたい。なぜ魔王である貴殿が我々人間の戦いに手を貸そうと考えたのだ?」
「理由か? 勿論、自分の利益のためだ」
ゼブルは自分の狙いを隠すことなく素直に語った。
「俺は近々新国家を建国したことを公表し、大陸中に俺の存在を知らしめるつもりだ。だが普通に公表しても、周辺国家は突然造られた国を国と認めないだろう。それどころか何処かの馬の骨がふざけて国を造ったなどと言ったと考え、脅威ではないと判断するはずだ」
「確かに……」
「だから俺は建国を公表する前にセプティロンに侵攻して来たダーバイアと戦い、ダーバイアの連中や他の国の奴らに俺の実力を見せつける。そして建国を公表した時にダーバイアを蹴散らしたのが俺であることも公表する」
「つまり、公国軍を撃退するだけの力を持ったゼブル殿が新国家の王であることを公表し、新国家は強大な力を持った本物の国であると周辺国家に分からせるというわけか」
「ああ。人間でなく、公国軍を蹴散らせるだけの力を持つ異形の存在が統治する国なら他の国の奴らも脅威だと考えるはずだからな」
大陸中に新国家の力と存在を広めるためにゼブルは力を貸そうとしていると知ったフォルテドルは微量の汗を流す。
セプティロン王国に力を貸すことで王国を属国とし、魔王である自分の存在を大陸中に知らしめ、更に新国家が強大な力を持っていることを周辺国家に思い知らせる。一つの行動で複数の目的を達成させようとする計画性と狡猾さにフォルテドルは内心驚いていた。
未知の力を持つだけでなく、頭も切れるゼブルを見て、フォルテドルは改めてゼブルを敵に回してはならないと理解した。同時にここでゼブルの提案を受ければ危機的状況を打開できるかもしれないと感じる。
「……貴殿の力なら、リントスジンやそこに住む国民たちを救えるのだな?」
フォルテドルの発言にアルシェスたち王国側の者たちは反応し、一斉にフォルテドルに注目する。
先程のフォルテドルの発言はゼブルの力を借りる、つまり属国になることを受け入れるつもりでいるように聞こえていた。
「勿論だ。さっきも言ったようにリントスジンを守り、攻め込んできた公国軍を蹴散らしてやる」
ゼブルが自信に満ちた発言をするとフォルテドルは目を閉じる。魔王の力を借りて自国の民を救うなど人間のプライドを捨て、悪魔に魂を売るような行動だと思われるかもしれない。
だが、フォルテドルにとって国と民は大切なもの。それらを守るのに他に方法が無いのであれば、フォルテドルはプライドなど捨てて助力を求めるようと考えていた。
「……分かった。その条件を呑もう」
属国になることを受け入れたフォルテドルにアルシェスたちは大きく目を見開く。
現状から、フォルテドルが国のためにゼブルの提案を受け入れる可能性は高いと全員が考えていた。しかし分かっていても実際にフォルテドルが魔王の支配下に入ることを決めた姿を見ると驚きが顔に出てしまう。
「ち、父上、よろしいのですか?」
アルシェスはフォルテドルを見つめながら尋ねる。
フォルテドルがセプティロン王国のために決断したことはアルシェスも分かっている。だがそれでも魔王の支配下に入れば色んな意味で大変なことになるため、念のために確認することにした。
「現状ではリントスジンが公国軍に制圧される前に救援部隊を派遣するのは難しい。リントスジンやそこに住む民たちを守るためにはゼブル殿に力を借りるしかない」
「しかし……」
「それに二日は持ち堪えられるとリントスジンの使者は言っていたようだが、それは公国軍がこれまでどおりのやり方や戦力で攻めてきた時の話だ。もし更に戦力を増やして攻めてきたら、二日どころか一日も耐えられずに制圧されるかもしれん」
「救援部隊がリントスジンに向かっている間にリントスジンが制圧される可能性もある、ということですか?」
「そのとおりだ」
戦争では何が起きるか分からない。他人から聞かされた内容どおりに事が運ぶと考え、他の可能性を考えずに行動すれば一気に立場が悪くなってしまうことだってある。自分たちが勝ち、生き残るためにもどんな状況でどんな選択をすれば良いか考える必要があった。
計算していたとおりの戦況にはならず、自分たちの都合の悪い状況となるかもしれないとフォルテドルから聞かされたアルシェスは黙り込んで俯く。
フォルテドルが属国になることを受け入れてまでゼブルの助力を得ることを選んだのも、リントスジンに一秒でも早く救援を送り、リントスジンが制圧される可能性の少しでも低くするためなのだとアルシェスは理解した。
「陛下、リントスジンのためにゼブル殿のお力を借りることは理解しました。ですが、陛下お一人で属国になることをお決めになられるのはマズいのではないでしょうか? 我が国の領主や重役の貴族たちと相談してご判断するべきでは……」
「そんな時間は無い。リントスジンを公国軍から守るためにも、すぐにゼブル殿の力を借りる必要がある」
「ですが、それでは陛下のお立場が……」
国王とは言え、一人で魔王の国の属国になることを決めれば領主、貴族たちから吊し上げを喰らうだろう。
事情を話せば納得してくれる者が現れるかもしれないが、中には不満を残し、フォルテドルに対する信頼を失う者も出てくるかもしれない。ゼブルの条件を呑むことは確実にフォルテドルの立場を悪くすることに繋がる。
フォルテドルは自分のことを心配してくれるザルガートを見ると真剣な表情を浮かべた。
「全て承知の上での決断だ。……ダーバイア公国との一件が片付いたら、全ての領主と貴族たちを集め、今回のことを私の口から説明する。場合によっては責任を取るという形でゾルテスに王位を譲るつもりだ」
ザルガートは国と国民のためなら王位を捨てる覚悟まであるフォルテドルを見て、迷いや選択に対する後悔が一切無いと知る。
自分の立場が悪くなるとしても、国や国民のために自分にできることをやる。そんなフォルテドルはセプティロン王国の国王に相応しいとザルガートは感じるのだった。
フォルテドルの覚悟を受け入れたザルガートはフォルテドルを説得するのをやめて口を閉じる。セプティロン王国の総騎士団長である自分がやるべきことはフォルテドルを信じ、彼と共に王国を守りながら国の行く末を見届けることだと考えていた。
ザルガートやアルシェスたちを見て納得してくれたの知ったフォルテドルは椅子に座りながら自分たちのやり取りを見ていたゼブルの方を向く。
「改めて、我がセプティロン王国は魔王ゼブル殿が建国される新国家の属国となることを誓う」
ゼブルはフォルテドルが属国になる道を選んだ姿を見て予想どおりだと感じたのか小さく鼻で笑った。
「属国になったからには俺も約束は守る。リントスジンを守り、攻めてきた公国軍を撃退するために手を貸してやる」
「感謝する。……だが、いったいどうされるつもりだ? リントスジンに救援に向かうとしても、此処からリントスジンまでは距離がある。今からリントスジンへ向かうとしても、ミュリンクスから向かう以上に時間が掛かってしまうぞ」
「心配ない。転移すればあっという間にリントスジンに着く」
「転移?」
ゼブルが一瞬で別の場所へ移動する手段を持っていると聞いてフォルテドルは反応する。ただ、魔王を名乗る以上、特殊な移動方法を身に付けているだろうと予想していたため、転移できると知っても驚かなかった。
「しかし、転移するには一度自分の足で転移する場所を訪れる必要がある。ゼブル殿はリントスジンを訪れたことがあるのか?」
「いや、無い。ただ、俺の部下が行ったことがある」
そう言うとゼブルは後ろを向き、待機している真紅の髪の美少年を見つめる。
ゼブルと目が合った美少年は無言でゼブルの隣まで移動してフォルテドルたちを見つめた。
「魔将軍の一人、テオフォルス・ゲオルグ。魔将軍の中でも最高の頭脳を持ち、強大な魔力を持つ魔導士だ。コイツには俺がこの世界に来てから今日までの間、セプティロンの情報を得るために各都市に行ってもらっていた。当然、リントスジンにも行ったことがある」
ゼブルの配下がセプティロン王国の都市を訪れていたと聞いたフォルテドルたちは軽い衝撃を受ける。
レテノールからはゼブルがこの世界に来てからは王国南部に居座っていると聞かされたため、てっきり何もせずに大人しくしていると予想していた。
だが実際は配下を使ってしっかりと情報取集をしていたため、抜け目の無い男だとフォルテドルは感じていた。
「リントスジンに向かう際はテオフォルスの転移魔法でリントスジンへ移動し、リントスジンの住民たちと共闘する。ただ、俺が突然現れたら住民や騎士団の連中は驚いて警戒するはずだ」
フォルテドルはゼブルの話を聞き、間違いなく驚くと確信していた。
人間でない異形の存在がいきなり都市内に転移すれば、何も知れないリントスジンの住民たちは当然驚き、自分たちに襲い掛かってくると考えるはず。それでは公国軍を撃退する以前に共に活動することすらできない。
リントスジンにいる者たちが誤解しないためにも、フォルテドルはゼブルが救援のために訪れたと説明する者を同行させるべきだと考えた。
「では、この場にいる我が国の者の中から誰か一人をゼブル殿に同行させよう。その者が説明すればリントスジンにいる者たちも安心して共闘するはずだ」
「だといいんだがな……」
自分が不気味な姿をしていることを自覚しているゼブルは肩を竦めながら呟いた。
フォルテドルは誰をゼブルに同行させるか、周りにいるザルガートたちを見ながら考える。
ザルガートと秘書官は会談が終わり次第、共にミュリンクスへ帰還してダーバイア公国を迎え撃つための会議に参加させるつもりなのでゼブルに同行させることはできない。
だとすれば警護として同行させた騎士の誰かを選ぶしかないとフォルテドルは考えていた。
「父上、私をゼブル殿と共に行かせてください」
「アルシェス?」
同行を志願するアルシェスにフォルテドルは意外そうな表情を浮かべた。
「王女である私が説明すれば、リントスジンの都市長であるベルージャス候や騎士団の者たちもゼブル殿が味方だと信じるはずです。そうすれば問題無く公国軍を迎え撃つことができるかと……」
「成る程、確かにそうだな。……分かった、お前に任せよう。だが、決して無茶だけはするな?」
「ハイ」
自分の身を案じてくれるフォルテドルを見ながらアルシェスは返事をした。
アルシェスも第一騎士団の小隊長を務めているため、リントスジンに行けば第三騎士団や衛兵たちと共に公国軍と戦うことになるだろう。だが戦うことを覚悟しているアルシェスの顔には動揺は緊張は見られず、持てる力全てを使ってリントスジンを守るつもりでいた。
「ゼブル殿、聞いてのとおり、リントスジンにはアルシェスが同行する。彼女が一緒なら問題無く事が運ぶはずだ」
「そうか」
「私たちは会談が終わり次第、トリュポスを発つ。本来なら今後のことを話し合うべきなのだが、ミュリンクスの軍部と公国軍の対策を練るため、急いで戻らなくてはならないのでな」
「ああ、分かってる。続きは後日、時間がある時にやることにしよう」
できることなら、今回のような緊張し続けなければならない会談は二度と行いたくない。フォルテドルはゼブルを見ながら心の中でそう思うのだった。
「では、急いでリントスジンへ向かわないといけないので、会談はこれで終了ということにしよう」
ゼブルが会談の終了を告げるとフォルテドルは軽く頭を下げてから振り返り、警護のザルガートたちと共に入室して来た時に通った扉から部屋の外へ出た。
同行するアルシェスはその場を動かず、退室するフォルテドルたちを黙って見送る。
「さて、アルシェス王女。俺はこれからリントスジンへ向かうための準備をする。アンタはそれまで控室で待っていてくれ」
「分かりました」
アルシェスが返事をするとゼブルは近くで待機していたレテノールの方を向いた。
「フォリナス伯、彼女を部屋まで案内しろ」
「は、ハイ」
少し緊張した様子で返事をするレテノールはアルシェスと共に部屋を後にした。




