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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第3章  救済の魔蟲
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第44話  接触


 馬車から貴賓館まで続く石レンガでできた道の上を歩きながらフォルテドルは少しずつ貴賓館に近づいて行く。

 移動中も昆虫族モンスターたちは動かずにフォルテドルたちを見ていた。

 いつか突然動き出すのではとフォルテドルたちは緊張しながら昆虫族モンスターたちを見つめる。

 フォルテドルたちが馬車と貴賓館の真ん中辺りまでやって来ると、ランスを持っている昆虫族モンスターたちが動き出し、フォルテドルたちの方へ歩き出した。

 突然動き出した昆虫族モンスターたちに驚いたフォルテドルは立ち止まり、ザルガートやアルシェス、護衛の騎士たちは咄嗟に剣に手を掛けたり、フォルテドルを庇うように彼の前に移動する。

 やはり昆虫族モンスターたちは自分たちを襲うつもりだったのか、ザルガートとアルシェスは少しでも気を抜いた自分たちを情けなく思いながら近づいてくる昆虫族モンスターたちを睨む。

 昆虫族モンスターたちはフォルテドルたちの数m前までやってくると突然止まり、五体ずつ二列になってフォルテドルたちが通れるほどの間隔を空けて向かい合う。そしてランスを両手で握りながら掲げ、前にいる別の昆虫族モンスターが持つランスと交差させてランスのトンネルを作った。

 昆虫族モンスターたちの予想外の行動にフォルテドルたちは目を丸くする。どうやら昆虫族モンスターたちは襲おうとしたのではなく、フォルテドルたちを迎え入れるために動いたようだ。

 儀仗兵のようなモンスターたちに驚きながらもフォルテドルたちは再び歩き出す。

 ランスで作られたトンネルを潜るフォルテドルたちは左右にいる昆虫族モンスターたちを見ながら歩いて行き、ようやく貴賓館の前までやって来た。

 入口の前ではタンクビートルたちが近づいてきたフォルテドルたちに目もくれずに前だけを見つめており、動かないタンクビートルたちをフォルテドルたちは僅か不気味に感じる。

 入口の二枚扉を開けるために護衛の騎士の一人が前に出ようとする。すると扉がゆっくりとひとりでに開き、中から一人の少女が姿を見せた。

 十代半ばくらいの少女で、青い目に銀髪で横髪は肩の辺りまで伸びており、背中の辺りまである後ろ髪を三つ編みにしている。

 胸元が見える金の装飾が入った天色あまいろの鎧、布製の白いロンググローブ、天色のメイルサバトン、シミ一つ無い白いミニスカートを穿いている。どれも王族が持っているような美しく高級感が感じられる物ばかりだった。


「お待ちしておりました、フォルテドル陛下」


 少女は姿勢を正すとフォルテドルに向かって深く頭を下げながら挨拶をする。

 フォルテドルは少女を見て意外そうな反応をし、その後ろにいたアルシェスは軽く目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。


「其方は、フォリナス伯の……」

「ハイ、娘のティリア・モル・フォリナスです」


 出迎えたのがレテノールの娘のティリアであることを知ったフォルテドルはレテノールの方を向く。

 レテノールはフォルテドルと目が合うと小さく笑いながら頷く。


「娘は今回、会談の会場まで皆さんをご案内する役目を担っております」

「そうだったのか。まさか其方の娘まで貴賓館にいるとは思っていなかったぞ」


 内心驚いたことを素直に話すフォルテドルを見てレテノールは再び小さく笑うのだった。

 フォルテドルとレテノールが話している間、アルシェスは驚きながら一歩前に出てティリアを見つめる。


「ティリア、まさかこんな所で会うとはな」

「殿下、ご無沙汰しております」


 久しぶりに再会したアルシェスにティリアは軽く頭を下げた。

 姉のように自分と接し、可愛がってくれたアルシェスと会えたことをティリアは心から喜んでおり、微笑みながらアルシェスを見つめる。

 一方でアルシェスは心配するような顔でティリアを見ている。

 レテノールの領地に魔王を名乗るゼブルが居座っているため、レテノールの娘であり、自分に友人であるティリアがゼブルによってぞんざいに扱われているのではと不安を感じていたのだ。


「……ティリア、ゼブルがフォリナス伯の領地に居座っているそうだが、大丈夫なのか? ゼブルから奴隷のような扱いをされてはいないか?」

「奴隷、ですか? いいえ、そのような扱いは受けておりません」


 不思議そうな顔をしながら首を横に振るティリアを見て、アルシェスは安心したのか軽く息を吐く。


「そうか……私はてっきりゼブルに捕まって人質にされたり、家畜のような扱いをされているのではと心配したのだぞ?」


 苦笑いを浮かべながらアルシェスは心配していたことを正直に語る。

 ティリアは王族でありながら身分が下の自分を心から心配してくれていたアルシェスを見て軽く目を見開くが、すぐに微笑みを浮かべた。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。……ですが大丈夫です。ゼブル様はお優しい方ですから」

「……ッ!?」


 ティリアの口から聞き捨てならない言葉が出たことに気付いたアルシェスは思わず目を見開く。


(ゼブル、様?)


 魔王はこの世界にとって恐怖の象徴と言える邪悪な存在。ティリアも魔王が人々にどう見られているのか理解しているはず。

 その魔王を名乗るゼブルをどうして様を付けて呼ぶのか、アルシェスは疑問に思いながらティリアを見つめる。


「ティリア、会談までまだ少し時間がある。私は会談を行う部屋の準備と確認をするから、お前は陛下たちを控室にご案内してくれ」

「ハイ」


 レテノールから指示されたティリアはフォルテドルを貴賓館に招き入れる。

 フォルテドルたちが貴賓館に入るとレテノールは会談の準備をするため、フォルテドルたちに一礼してから貴賓館の奥へと移動した。

 レテノールがいなくなるとティリアはフォルテドルたち控室に案内するために歩き出す。

 会談が始まるまで時間があるのなら、体を休ませながら会談で話すことを確認しておいた方が良いとフォルテドルは考え、秘書官と話しながらティリアの後をついて行く。

 フォルテドルが秘書官と喋りながら移動する間、アルシェスはティリアの後ろ姿を見つめ、なぜゼブルに様を付けているの考え続けながら歩いていた。


――――――


 フォルテドルたちはティリアに案内されて控室にやって来た。それなりに高級感はあるが王族を招くには若干貧相と言える。

 だがその部屋で一泊してもらうわけではなく、会談が始まるまで待機してもらうだけなので問題は無い。フォルテドルたちも不満などは一切見せずに部屋に入った。


「では、会談のお時間になるまでこちらでお待ちください」

「うむ、ご苦労だったな」


 労いの言葉を口にするフォルテドルにティリアは微笑みながら一礼し、静かに部屋から出ていく。

 ティリアが去るとフォルテドルは部屋の中央に置かれた木製のテーブルを挟むソファーの一つに腰掛け、その隣にアルシェスも静かに座る。

 秘書官とザルガートは向かいにあるもう一つのソファーに座り、真剣な表情を浮かべてフォルテドルの方を向いた。


「陛下、早速会談で話す内容の確認を行いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「うむ。我が国の今後のためにも万全の状態で会談を進めなくてはならない。今一度確認しておこう」


 秘書官はフォルテドルを見ながら小さく頷く。

 今回の会談でセプティロン王国の未来は大きく変わるかもしれない。王国のためにも失敗は許されないとフォルテドルたちは考えていた。

 フォルテドルたちは会談相手であるゼブルの目的や自分たちに敵意があるのかなどを最初に確認し、そのあとにゼブルの目的や会談で話す内容の順番について話し合った。

 目的を知ることも大切だが、話す順番によって得られる情報が分かったり、得られるかどうかが変わってくるため、フォルテドルたちは細かく話題や順番を決めていく。

 フォルテドルたちが話題について話している間、アルシェスは俯きながら深刻な表情を浮かべている。アルシェスは今、会談ではなくティリアについて考えていた。

 玄関で再会した時、ティリアは魔王であるゼブルを様付けで呼んでいた。この世界にとって魔王が脅威と言える存在であることはティリアも分かっているはず。にもかかわらずティリアが魔王を様付け、忠誠を誓う存在のように呼んでいたため、アルシェスはずっと困惑していた。


(あれはいったいどういうことなんだ? なぜティリアはあんな呼び方をしていたのだ?)


 自分の知らないところでティリアに何かあったのでは、アルシェスは不安を感じながら疑問に思う。

 この時、アルシェスは一つの答えに辿り着いていたが、それはアルシェスにとって最悪と言える答えだった。


(ティリアはゼブルによって洗脳、もしくは魅了チャーム状態にされているのか? だとすればゼブルを様付けで呼ぶのも納得がいく……)


 最悪の答え、ティリアがゼブルによって強制的に支配下に置かれていることを想像したアルシェスは俯いたまま僅かに表情を歪める。

 もし本当にティリアが洗脳されているのだとしたら、レテノールは洗脳されたティリアを人質に取られて無理矢理従わされているのだとアルシェスは推測した。だが、もし洗脳されているのだとしたら筋が通らない点がある。

 玄関でレテノールがティリアと会った時、レテノールは表情を一切変えず、普通にティリアと接していた。もしティリアが洗脳されているのだとしたら、洗脳されているティリアと会った時にレテノールは何かしらの反応を見せるはずだ。

 普通の親なら実の娘が魔王に洗脳され、以前と違う娘になっているのを見れば動揺するもの。だがレテノールは普通に接していたため、アルシェスはティリアが洗脳されている可能性は低いかもしれないと感じていた。

 しかし、ティリアだけでなくレテノールも洗脳されているのなら、動揺を見せないことにも納得ができる。

 洗脳や魅了チャームで都合のいいように操れば例え洗脳した娘を前にしてもおかしな反応を見せることはない。

 アルシェスはティリアだけでなくレテノールも洗脳されているかもしれないと予想するが、それだと新たな矛盾が生まれる。


(フォリナス伯は城でゼブルのことを話していた際、ゼブルを呼び捨てにしていた。もしティリアが洗脳されてゼブルを様付けで呼んでいるのだとしたら、同じように洗脳されたフォリナス伯も様付けで呼ぶはず。だが、フォリナス伯は一度も様付けで呼んでいない。つまり、洗脳されていないということか?)


 レテノールの状態から洗脳されていない可能性は更に低くなったとアルシェスは感じる。だが、呼び方など洗脳、魅了チャーム状態にした際に様付けで呼ぶなと指示を出せば済むことなので、洗脳されていないとは断言できない。

 何が真実でティリアとレテノールはどんな状態なのか気になるが、それを知るには情報が少なすぎる。アルシェスは会談の際にゼブルから二人に関する情報を聞き出し、改めて推理するべきだと考えるのだった。


「……おい、アルシェス」


 秘書官と話していたフォルテドルはアルシェスが俯いていることに気付いて声をかける。

 アルシェスはフォルテドルの言葉を聞くとハッと顔を上げてフォルテドルの方を向いた。


「アルシェス、どうしたのだ? 控室に聞いてから様子が変だぞ」

「い、いえ、大丈夫です」


 首を横に振るアルシェスを見てフォルテドルは不思議そうに小首を傾げた。

 アルシェスはフォルテドルや同じように自分を見ているザルガート、秘書官を見るとティリアとレテノールのことを伝えるべきか考える。

 現時点でティリアがゼブルを様付けで呼んだことを知っているのはアルシェスだけなので、今ゼブルを様付けで呼んだこと、ティリアとレテノールが洗脳されている可能性があることをフォルテドルたちに話しておけばこれから行われる会談で何かしらの役に立つかもしれない。


「……父上、実は一つお話しておきたいことがあるのですが……」

「話したいこと?」


 アルシェスは真剣な表情を浮かべながら無言で頷く。


「実はティリアのことなのですが、彼女は……」


 セプティロン王国の今後のため、そしてティリアたちのためにもアルシェスは自分が得た情報をフォルテドルたちに話そうとする。その時、控室に出入口である扉がノックする音が聞こえ、フォルテドルたちは一斉に扉に視線を向けた。


「失礼します、ティリア・モル・フォリナスです」


 扉の向こうからティリアの声が聞こえ、フォルテドルたちは一斉に反応する。この状況でティリアがやって来たということは、会談が始まる時間になったのだと全員が直感していた。

 フォルテドルが扉の近くで待機している護衛の騎士を見て扉を開けるよう目で指示する。

 騎士はフォルテドルを見て何を伝えようとしているのか気付くと扉に近づいてゆっくりと開けた。

 扉の向こう側にはティリアが姿勢を正しながら立っており、中央のソファーに座るフォルテドルたちを見つめる。


「お待たせいたしました。まもなく会談のお時間になりますので、皆様を会談が行われる部屋までご案内させていただきます」

「そうか、分かった」


 遂に会談が始まるのだとフォルテドルは表情を鋭くしながらゆっくりと立ち上がる。

 予想よりも早く会談の時間が来たことで会談で話す内容を全て確認できなかったが、もう少し時間をくれるよう頼むこともできないため、意を決して会談の会場へ向かうことにした。

 フォルテドルに続いてザルガート、秘書官、そしてアルシェスも立ち上がる。

 アルシェスはティリアが自分の予想どおり洗脳されているのなら、何とか洗脳を解いて助け出したいと考えながらティリアを見つめていた。

 ティリアはフォルテドルたちが立ち上がるのを見ると会場である部屋に案内するために歩き出す。

 フォルテドルたちは必ず良い結果を出す、ゼブルはどんな存在なのかなど色んなことを考えながらティリアの後をついて行く。

 控室を出た一行はティリアの後ろをついて行きながら廊下を移動する。静寂に包まれた廊下にはティリアたちの足音だけが響いていた。


「父上、よろしいでしょうか? 会談が始まる前に先程のことについてお話ししたいことが……」


 フォルテドルの後ろを歩くアルシェスは小声でフォルテドルに声をかける。内容がティリアが洗脳されているかもしれないと言うものなので、本人に聞こえるのは色んな意味でマズいと感じ、小声で伝えることにしたのだ。


「何だ、重要なことなのか?」


 小声で話しかけてきたことから何かあると感じたフォルテドルは同じように小声で返事をする。

 近くにいたザルガートと秘書官も二人の会話を聞くと前を向いたまま歩き、会話を聞くことに集中した。

 アルシェスはフォルテドルが自分の話に耳を傾けたのを見るとティリアに聞こえないよう注意しながら自分が得た情報を伝える。

 ティリアがゼブルを様付けで呼んだことや彼女が洗脳されている可能性があること、そしてレテノールが同じように洗脳されているかもしれないことなど、アルシェスは全てをフォルテドルに話した。


「まさか、そんなことが……」


 フォルテドルはアルシェスの話を聞いて歩きながら目を見開く。近くで二人の会話を聞いていたザルガートと秘書官も少し驚いた顔をしていた。


「勿論、これは私の憶測ですので断言できません。ですが、現状とティリアの発言、フォリナス伯の様子から考えると可能性はあるかと……」

「……」


 もし本当に洗脳されているのだとしたら面倒なことになる、そう感じるフォルテドルは前を歩くティリアを見ながら難しい顔をする。

 ティリアとレテノールが洗脳されているのだとしたら、無事に会談が終わったとしてもゼブルはセプティロン王国で好き放題に行動するかもしれない。

 最悪、レテノールの領地を拠点として王国の侵略に動く可能性もある。それはフォルテドルたちにとって非常に厄介なことだと言えた。

 しかし、まだ洗脳されたと決まったわけでないため、まずは会談でゼブルと会い、ティリアを洗脳しているのか確かめてその後にどうするか判断すればいい。

 ただ、もし洗脳されていないのだとしたら、ティリアは自分の意思でゼブルに従っているということになる。

 洗脳されていないのだとしたら、ティリアはセプティロン王国を裏切り、魔王の味方をしているとも考えられる。それは洗脳される以上に驚くべきことだ。とは言えこれも可能性の一つでしかない。

 もしかするとティリアは洗脳されておらず、ゼブルに忠誠も誓っていない。ただゼブルの機嫌を損ねないようにするために様付けで呼んでいる可能性もあった。

 ティリアの意思を確かめるためにも、会談が始まる前に本人に聞くべきだが、洗脳されているのなら答えるはずがない。洗脳されてなかったとしても魔王を名乗るゼブルが近くにいる現状で下手に喋ることはできないだろう。

 フォルテドルたちはティリアが洗脳されておらず、仕方なく様付けで呼んでいるという最も自分たちにとって都合のいい状況であることを祈りながら会談の会場である部屋へ向かうのだった。

 しばらく歩き、フォルテドルたちは二枚扉の前で立ち止まる。フォルテドルたちの前にある扉に向こうこそ、会談の会場となる部屋があるのだ。


「此処が会談の会場です。会談のお時間になりましたらこちらから入室します。同時にゼブル様も別の扉かこの部屋に入られることになっています」


 ティリアはフォルテドルたちを見ながら部屋に入った後の流れを簡単に説明する。

 いよいよ魔王を名乗る存在、ゼブルと対面するのだとフォルテドルたちは緊張しながら扉を見つめた。

 フォルテドルたちが扉を見つめる中、ティリアは懐中時計を取り出して時間を確認する。時計は会談開始時間の一分前を刻んでおり、徐々に会談の時間が近づいて来ていた。

 ティリアが懐中時計を見つめる中、時計の針が動き、遂に会談の時間となる。素早く懐中時計をしまったティリアはドアノブを回して二枚扉を押し開けた。

 扉の向こうには少し広めの部屋があり、中央には小さな円卓とそれを挟むように二つの高級感のある椅子が置かれてあった。

 部屋の奥にはティリアが開けた物と同じ作りの二枚扉があり、ティリアたちが入室した直後にゆっくりと押し開かれる。

 扉の向こうからは押し開けた張本人であるレテノールが姿を見せ、扉が開くと同時に素早く右側へ移動する。まるで後から入る者たちに道を開けるかのようだった。

 フォルテドルたちがレテノールを見ていると一体の異形の存在が入室する。濃緑色の甲殻に覆われ、鋭い黄色の目と下顎を持ち、胸部に真紅の宝玉が付いて金色の装飾が入った漆黒のプレートアーマーと真紅のマントを装備した人型の甲虫のような生物だ。

 頭部からは前に向かって伸びる反りの入った二本の角、鼻の部分からは頭部の角よりも若干短めの上に向かって反れる角が一本生えている。

 モンスターとは違う威圧感と禍々しさが感じられるその異形の存在にフォルテドルたちは目を見開く。

 入室した甲虫のような生物を見たフォルテドルたちは目の前にいるのが魔王を名乗る存在、ゼブルだと確信する。同時にただ自分の力を過信して魔王を名乗っているだけの傲慢な存在ではなく、魔王を名乗れるだけの力を持っていると直感していた。

 ゼブルが部屋に入るとその後ろから更に四人が入室した。

 一人は長い金髪を後ろでまとめ、僅かに鋭い青い目をした美少女。裸の上半身に包帯を巻き、前を開いた黄色い上着、同じ色の長ズボン姿で腰に黒い木剣を差している。

 二人目は濃い灰色の体毛を生やし、黄色い目を持つウェアウルフのような亜人だ。変わった形状のモスグリーンの服装をし、同じ色の帽子を被って両手に白い手袋をはめていた。

 三人目は肩の辺りまである真紅の髪に緑色の目を持つ美少年。赤銅しゃくどう色のフロックコートを着て灰色の長ズボンを穿き、赤い宝石が付いた金色のペンダントをしている。

 そして四人目は肩に届く長さの金髪に赤い大きな目を持つ五歳ぐらいの幼女だった。黒い大きなリボンを付け、袖の長い青のワンピースを着て灰色と黒の横じま模様の膝まである靴下を穿いている。

 ゼブルと共に入室した四人を見たフォルテドルは現状からゼブルの仲間であるか可能性は高いと感じている。

 後ろにいるアルシェスたちも四人が只者ではないと悟り、妙な動きを取った時はすぐに動けるよう警戒しながら見ていた。

 ティリアはゼブルたちを見るとゆっくりと歩き出し、フォルテドルたちもティアに続いて部屋の奥へ移動する。

 双方は中央にある円卓と椅子の所までやって来ると立ち止まり、会談相手と向かい合った。


「ゼブル様、セプティロン王国国王フォルテドル・レイ・オルジムス陛下、そして同行された方々をお連れしました」

「ご苦労だった。お前はこのまま部屋に残って会談に参加しろ」

「ハイ」


 返事をしたティリアはフォルテドルたちの方を向くと軽く一礼してからゼブルの方へ歩いて行き、共に部屋に入った四人の近くで待機する。

 丁寧な態度でゼブルに接し、自分たちから離れていくティリアを見たフォルテドルたちは本当に洗脳されているのではと小さな不安を抱いていた。


「さて、とりあえずは初めましてと言っておこうか」


 ゼブルは一歩前に出てフォルテドルたちに挨拶をする。

 声を掛けられたフォルテドルたちにハッとし、一斉にゼブルに視線を向けた。


「既に知っていると思うが名乗っておく。俺の名はゼブル、一応魔王をやらせてもらっている」

「フォルテドル・レイ・オルジムスと申す。ティリアが言っていたとおり、この国の現国王を務めている」


 目の前に立つ人型の甲虫を見つめながらフォルテドルも名乗る。

 まだゼブルがどんな性格で何を考えているか分からないため、機嫌を損ねて状況を悪くするような言動は避けなくてはならないとフォルテドルは自身に言い聞かせた。


「今回は忙しい中、こっちの申し出を受けてくれて感謝する」

「いや、魔王を名乗る者が会談を求めてくれば、何よりも優先するのは当然のことだ」

「フッ、そうか。正直に言うと断られるんじゃないかと思っていたんだ」


 拒否すればそれ相応の対処をする、などと半分脅すような方法で呼び出しておいてよく言う。フォルテドルたちは軽く笑いながら語るゼブルを見てそう思っていた。


「……後ろに控えているのはゼブル殿の護衛か?」


 入室してから無言で待機している四人が気になり、フォルテドルはゼブルに尋ねる。できるだけ多くゼブルの情報を手に入れたいフォルテドルは気になることは全て聞くことにしていた。


「そのとおりだ。……彼らは魔将軍。俺の側近で今回の会談で護衛を任せている」


 魔王の側近が護衛を務めていると知り、フォルテドルは軽く目を見開く。

 一見普通の人間、亜人に見える四人が魔王の側近だと知ったフォルテドルたちはゼブルだけでなく、魔将軍たちのことも警戒しながら情報を集めなくてはいけないと感じていた。

 魔将軍を紹介したゼブルはフォルテドルの方を向き、彼の後ろに立っているアルシェスを見つめる。


「そっちの姉さんも他の騎士たちと同じアンタの護衛なのか?」

「うむ。彼女は娘のアルシェス、第一騎士団の小隊長を務めている」

「ほぉ、娘ってことは王女様ってことか」


 王女であるアルシェスが護衛として会談に同行していることにゼブルは意外そうな反応を見せる。ただ、アルシェスが騎士であることには驚かなかった。

 EKTの世界では王女でありながら騎士や魔導士として戦場に出る敵NPCが大勢いた。そのため、ゼブルはセプティロン王国の王女であるアルシェスが騎士であってもおかしくないと考えている。


「アルシェス・ロクト・オルジムスと申します。以後お見知りおきを……」


 アルシェスはゼブルを見つめながら軽く頭を下げて挨拶をする。その目は少し鋭く、僅かながらゼブルに対する敵意が宿っていた。

 ゼブルはアルシェスの顔を見て自分のことをどう思っているのか察し、周囲に聞こえないくらい小さく鼻を鳴らす。

 目の前にいるのが魔王であっても怯えたりせず、敵意を向けてくるアルシェスを見てゼブルは興味を抱く。

 アルシェスのような存在こそが魔王と戦う勇者、もしくはその仲間になる素質があるとゼブルは感じていた。


「さて、挨拶はこれぐらいにして、そろそろ始めるとするか」


 アルシェスに興味があるが、これ以上時間を無駄にするわけにはいかないと判断したゼブルは会談を始めるために隣にある椅子に腰かける。

 フォルテドルも遂に魔王との会談が始まると少し緊張しながら椅子に座ってゼブルと向かい合う。

 ティリアと魔将軍たちはゼブルの後ろで待機し、フォルテドルや護衛であるアルシェスたちを見つめる。

 アルシェスたちもフォルテドルの後ろで待機しながらゼブルとその護衛である魔将軍たちを見つめた。

 レテノールは自分は会談に参加する必要は無いと判断したのか、ゼブルたちに一礼してから静かに移動し、フォルテドルたちが入ってきた扉から退室した。

 会談を始められる状況となり、部屋の中は静寂に包まれた。静まり返った部屋の中でゼブルとフォルテドルは目の前にいる会談相手を見つめる。


「それじゃあ、まずは俺のことについて話すか。……俺はこの世界とは別の世界から来た」


 静寂に包まれる中、それを破るようにゼブルが第一声を発した。

 フォルテドルたちはゼブルの話を聞いて、別の世界からやって来た点は二百年前の魔王と同じだと感じる。

 だが、別世界から来たことは大して重要ではない。

 フォルテドルたちはゼブルが二百年前の魔王と同じで大陸の支配が目的なのか、二百年前の魔王よりも強くて恐ろしいのかが知りたいため、別の世界から来たことは気にもせずにゼブルの話を聞いている。


「この世界に来た俺は一ヶ月ほど前にフォリナス伯の領地に拠点を造り、そこである計画の準備を進めた」

「そのことは王都でフォリナス伯から聞いた。……それで、貴殿の目的は何だ? そして先程口にした計画とは?」


 ゼブルが何を考え、何をやろうとしているのかフォルテドルは僅かに声を低くしながら尋ねる。

 質問してゼブルが素直に答えてくれるとはフォルテドルも思っていない。だが尋ねなければ何も情報を得られないため、無駄だと分かっていても聞くしかなかった。


「一度に二つも質問するなよ。……まぁいっか。順番に答えよう」


 予想外の返事にフォルテドルや会話を聞いていたアルシェスたちは意外そうな顔をする。

 てっきり答えずに適当な理由で流されると思っていたため、答えてくれるとして内心驚いていた。

 しかし答えると言ってもそれが真実とは限らない。もしかすると嘘をついて本当の目的を隠すかもしれないため、内容を聞いて真実か嘘かを判断するべきだとフォルテドルは考えた。


「まず目的だが、この世界の征服だ」


 遠回しに話すことなくゼブルは自分が世界征服を目的としていることを伝えた。


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