第43話 談話
雲が殆ど無い青空の下に広がる草原、その中を三台の馬車が走っている。
全て二頭の馬で引かれているため、通常の馬車よりも速度は速い。三台の内、二台は全体は黒くて銀色の装飾が施され、残りの一台は全体が白くて金色の装飾が施されている。
全て平民や並の貴族では乗ることができないほど豪華で側面にセプティロン王国の紋章が描かれていた。
馬車の周りには二十人の馬に乗った騎士が三台の馬車を囲むように走っていた。
騎士たちはセプティロン王国第一騎士団に所属する精鋭騎士たちで馬車に乗車している者たちを警護するために同行している。
警護の騎士は全員、銀色のアーメットにハーフアーマー、剣、弓に矢筒とどんな状況でも対応できるような装備をしていた。彼らがそれだけの装備をする理由は馬車に乗っているのがそれだけ高貴な存在だからだ。
草原を走っている馬車はセプティロン王国の王族が所持している物で、白い馬車にはセプティロン王国の国王であるフォルテドルが乗っている。フォルテドルはどこか物思うような表情を浮かべながら窓の外を眺めていた。
現在、フォルテドルは魔王ゼブルとの会談が行われるトリュポスに向かって移動している。
ミュリンクスでレテノールからゼブルが会談を求めていると聞かされた日から、今日まで会談をどのように進めるかどのような結果になるのかなど様々なことを考えながら過ごしていた。
フォルテドルとしては平和的に会談を進め、ゼブルを敵に回さないような結果を出したいと思っているが、相手は魔王を自称する存在。自分が望む結果になる可能性は低いかもしれないと小さな不安を感じている。
白い馬車にはフォルテドル以外に三人が同乗している。一人はセプティロン王国の第一王女であるアルシェスだ。
普段は平民寄りの格好をしているアルシェスだが、今回は第一騎士団の団員としてフォルテドルに同行しているため、銀色のハーフアーマーに白い長ズボン、赤いマント、レイピアを装備した騎士の格好をしている。
二人目は濃い紫色の短髪で茶色の目をした三十代前半の男。身長160cm強で濃い茶色の貴族服を着ており、フォルテドルの向かいの席に座っている。
貴族の男はフォルテドルの秘書官を務めており、フォルテドルから強く信頼されている。今回の会談はセプティロン王国の未来に大きく関わるため、フォルテドルに同行しているのだ。
そして三人目は金の装飾が入った白い全身甲冑を着た騎士だ。身長は175cmほどで四十代半ば、茶色のオールバックヘアで顎髭を生やし、濃い黄色の目をしている。
顔には多くの戦場で生き残ったと思われる逞しさが感じられ、明らかに普通の騎士とは雰囲気が違っていた。
騎士の名はザルガート・ティグロンザス。セプティロン王国の全ての騎士団を束ねる総騎士団長であり、第一騎士団の団長を任されている男だ。
セプティロン王国の騎士たちの頂点に立つ存在と言うだけあって、その実力は一部の者しか到達できない英雄級に達しており、王国でも五本の指に入るほどだと言われている。
国王であるフォルテドルに対する忠誠心は厚く、フォルテドルや王族のためなら命を捨てる覚悟まであるため、フォルテドルや同じ騎士団に所属するアルシェスたちからも尊敬されている。
「陛下、まもなくトリュポスへ到着します」
「そうか。やはり王都から此処までの道のりは長いなぁ……」
秘書官を見ながらフォルテドルは疲れたような口調で呟く。
ゼブルと会談が行われると決まった日からフォルテドルはストレスを感じるようになったため、職務が捗らなかったり、睡眠が十分取れない日々が多くなった。今も少し疲れが溜まっており、馬車に揺られている間、その心地よさから何度も眠りに落ちそうになっていたのだ。
しかし疲れているからと言って愚痴をこぼすことはできない。今回の会談はセプティロン王国の今後に関わるため、フォルテドルは疲れを感じながらもどんな内容を話すか秘書官や貴族たちと相談し、会談の準備を進めてきた。
少なくとも会談が終わるまでは気を抜くことも、文句を言うことも許されないとフォルテドルは自分に言い聞かせ、今も必死に眠気に耐えている。
「トリュポスに到着した後はフォリナス伯が貴賓館まで案内してくださることになっています」
「確か会談は貴賓館で行われることになっているのだったな?」
「ハイ、会談の際は予定どおりアルシェス殿下に総騎士団長殿、そして私と護衛の騎士が陛下に同行します」
会談が行われるまでの流れを確認するように語る秘書官を見てフォルテドルは無言で頷く。
これから会うことになるゼブルがどんな存在なのか、フォルテドルは小さく俯きながら想像する。
「……父上、会談はどのように進めるおつもりですか? やはりゼブルと敵対せずに済む方向で進めるおつもりで?」
隣に座るアルシェスが真剣な表情を浮かべながら尋ねる。
フォルテドルは顔を上げるとアルシェスの方を向いて小さく頷いた。
「無論、そのつもりでいる。ゼブルを敵に回し、国や民の存亡にかかわるような結果にだけはしてはならない」
「しかし、ゼブルが我が国にとって危険な存在になるかどうかはまだ分かりません。もしかすると大した力も持っていないのに自身の力を過信し、魔王を自称するだけの傲慢な存在かもしれません」
「確かにな。……だが、本当に強大な力を持っており、我が国を窮地に立たせるだけの実力を持っている可能性もゼロではない。もしかすると二百年前の魔王と同等の力を持っているかもしれん」
嘗てこの世界を支配しようとしていた恐るべき存在と同等の存在である可能性がある。アルシェスはフォルテドルの言葉を聞いて思わず目を見開いた。
アルシェスは二百年前の魔王がどれほどの強い力を持っているのかは当然知らない。だが魔王が極めて危険な存在であると言うことは、ここまで受け継がれてきた言い伝えや歴史から理解している。
その辺にいるモンスターと同じだと思ってはいけないことは理解しているため、アルシェスはフォルテドルが魔王は恐るべき存在だと語った際も信じられないような素振りは見せなかった。
「……ティグロンザス団長、貴方はどう思われますか?」
アルシェスは自分の向かいに座っているザルガートの意見を聞くために声をかける。
普通は王女であるアルシェスが自国の騎士であるザルガートに対して敬語を使う必要は無い。だがアルシェスは騎士として第一騎士団に所属しているため、騎士団長であるザルガートに敬語を使い、上官として接している。
「私個人としては、そのゼブルと言う存在が二百年前の魔王と同等の力を持っている可能性は低いと思っております」
ザルガートの意見を聞いたアルシェスは少しだけ安心する。
実力だけでなく戦闘やモンスターに関する知識が豊富なザルガートが二百年前の魔王と同じではないと判断すれば、ゼブルが恐ろしい存在である可能性は低いだろうとアルシェスは感じていた。
「情報ではそのゼブルと言う存在は一ヶ月ほど前に王国の南部に現れ、会議でフォリナス伯が公表するまで自身の存在を隠していました。もし二百年前に現れた魔王と同等の力を持っているのなら、その強大な力を使って王国や周辺国家を制圧し、我が物にしていたはずです」
「強大な力を持っているのにすぐにその力を使わず、存在を隠していたのはおかしいと?」
「そのとおりです、殿下。恐らくゼブルにはこの国や周辺国家を制圧するだけの力が無かったのでしょう。この一ヶ月の間に何とか力をつけようとしていたか、あるいは力を使わなくても目的を達成する方法を考えていたのではないかと私は思っております」
二百年前の魔王は国一つを簡単に制圧できるだけの力を持っていたことは多くの人が知っている。その魔王と同等の力を持っているのだとしたら、セプティロン王国の南部に現れてすぐに王国を支配するために動いたはず。
それなのに一ヶ月もの間に身を隠していたことからザルガートはゼブルが二百年前の魔王ほどの力は持っていないと推測していた。
アルシェスは二百年前の魔王の情報とザルガートの推測からゼブルが常人では倒せないほど恐ろしい存在ではないと感じ、よりゼブルが思い上がっただけの存在である可能性が高いと考えた。
「ティグロンザス、其方の考えは分かった。だが魔王の情報や過去の出来事だけで、これから会う存在が恐れる存在ではないと決めつけるべきではない。やはり直接自身の目で確認してから判断するべきだ」
話を聞いていたフォルテドルはザルガートを見ながら実際に確かめるまで断言はできないと語る。
フォルテドルもザルガートの力や知識が優れていることは理解しているため、ザルガートの推測は当たっているかもしれないと感じていた。
しかし一国を統べる立場である自分は他人の意見だけで簡単に決めることはできない。自身で確かめる機会があるのなら、直接見てから判断するべきだろう。
「勿論、今の段階でゼブルが脅威ではないと断言する気はございません。陛下の仰るとおり、自身の目でゼブルを確認してから脅威でないかどうかを判断いたします」
アルシェスに話した内容はあくまでも可能性の一つで、ゼブルは危険ではないと確信したわけではないとザルガートはフォルテドルを見ながら伝える。
ザルガートもセプティロン王国の総騎士団長という王国を守る立場であることから、王国の敵や脅威になる可能性がある存在を自分の考えだけで決めたりはしない。自分の考えは可能性の一つとし、他の者の意見や入手した新しい情報などから推測して答えを出すつもりでいた。
「父上、もしもゼブルが私たちでも倒すことが可能な存在で無条件で支配下に入れ、自分の要求を全て呑めなどと横暴な要求をしてきた際はどうされますか?」
「勿論、その時はこちらもそれ相応の対処をする。場合によってはその場で宣戦布告をするつもりだ」
力強く言い放つフォルテドルを見たアルシェスは僅かに目を鋭くし、戦争になった際は自分も全力で戦おうと意思を強くする。
フォルテドルは無益な争いは好まない性格だが、邪悪な存在が自分の国や民を虐げようとしているのを見過ごすほど情けない男ではない。
国や民を心から大切に思っているからこそ、相手が横暴な言動をした際は全てを守るために宣戦布告をしてでも全力で守るつもりでいた。
「……陛下、逆にゼブルが我々では対処できないほどの力を持っていた場合は如何なさるおつもりでしょうか?」
最悪の状況になった際はどうするか、秘書官は若干不安そうな表情を浮かべながらフォルテドルに尋ねた。
秘書官の言葉を聞いたアルシェスとザルガートは反応し、無言でフォルテドルを見つめる。二人もゼブルが二百年前の魔王と同等の存在だった時にフォルテドルがどんな決断をするのか気になっていた。
フォルテドルはアルシェスたちが注目する中、疲れたように息を吐きながら目を閉じた。
「まず、我が国がゼブルに敵対する気が無いことを伝える。その後、フォリナス伯やその家族、そして南部に住む民たちの安全などについて交渉しようと思っている」
ゼブルが南部の領主であるレテノールと接触し、自分のことをセプティロン王国の王族や他の領主たちに伝えるよう指示したことから、ゼブルがレテノールや南部を手中に入れた可能性は高い。
国王であるフォルテドルにとって南部に住む民は勿論、レテノールも自分の国に住む民であるため、ゼブルに囚われて奴隷のような扱いをされていた場合は何としても助け出すつもりでいる。
だが、ゼブルが二百年前の魔王と同じ強さだった場合は力で解放するのは難しいだろう。
もしゼブルが強大な力を持っていた場合は戦うことなくレテノールたちを解放させる方向でゼブルと話し合うつもりでいた。
「フォリナス伯の話ではゼブルは会談でこちらに危害を加えるつもりはないらしい。上手く話し合えばフォリナス伯や南部を解放させることができるかもしれん」
「そうであってくれるといいのですが……」
アルシェスはゼブルが平和的なやり方をするとは思えないのか、難しい表情を浮かべながら呟く。
ミュリンクスでの会議に際、フォルテドルから相手のことを知らないのに信用できないと決めつけるべきではないと注意されたが、二百年前の魔王のことを考えるとやはり信用することはできなかった。
「父上、もしもゼブルがフォリナス伯やティリアたちを解放せず、南部を自身の物とすると言ってきた場合はどうされますか?」
「……その際は出せるだけの金銭や物資を用意して解放するよう取引する。……だが、それでもダメだった場合は、心苦しいがフォリナス伯と王国南部をゼブルに差し出すつもりだ」
「そんなっ!」
民と領地を切り捨てると言うフォルテドルの言葉にアルシェスは思わず力の入った声を出す。
「落ち着け、アルシェス。あくまでも最悪な状況になった際の決断だ。私もこれまで自分に尽くしてくれた者や自国の民を見捨てる気は無い。できる限りのことはやるつもりだ」
「あっ……し、失礼しました」
アルシェスはフォルテドルの言葉で我に返り、取り乱したことを恥ずかしく思いながら謝罪する。
フォルテドルはアルシェスがレテノールやその家族に思い入りがあることを知っているため、興奮するのは仕方ないと考えて何も言わなかった。
「さて、もうそろそろトリュポスに着く頃か?」
フォルテドルが問いかけると、秘書官は懐から懐中時計を取り出して時間を確認し、小窓から外を確認する
「……ハイ、此処まで問題なく移動できています。予定ではあと十分ほどでトリュポスの北門に到着します」
「そうか。もうすぐだな……」
あと少しで魔王を名乗る者との会談が行われる。フォルテドルは都合の悪い結果にはしないと心に誓いながら馬車に揺られ、トリュポスへ向かうのだった。
――――――
草原を抜けたフォルテドルたちは目的であるトリュポスの北門に辿り着いた。
北門の100mほど手前でフォルテドルたちが乗る馬車は速度を落とし、北門の前でゆっくりと停車する。他の馬車もつられるように停まり、警護の騎士たちが乗る馬も一斉に止まった。
北門の前にはトリュポスに入ろうとする旅人や都市の住民の姿は無く、門番である兵士が五人いるだけで静かだった。
門番たちは停車した馬車を見ると最初は不思議そうにしていたが、すぐに驚きの表情を浮かべ、二人は早足で詰め所に入り、三人は警護である騎士の一人に近づいて身元確認を行う。
門番たちは騎士から話を聞き、やって来たのが国王フォルテドルだと知ると若干動揺しながら詰め所の方へ走っていく。
しばらくすると北門はゆっくりと開いてトリュポスには入れるようになった。
北門が完全に開くと三台の馬車は動き出し、警護の騎士たちに囲まれながらトリュポスに入る。門番たちは驚いたような顔をしながら馬車に向かって敬礼するのだった。
フォルテドルたちを乗せた馬車は北門前にある大きな広場に入る。
普段トリュポスの住民で賑わっている広場だが今は殆ど人がおらず、広場の隅で何人かが立ち話をしたり、長椅子に座って寛いだりしているだけだった。
馬車の小窓から広場を見たフォルテドルやアルシェスたちは意外にそうな表情を浮かべた。
レテノールの領地である南部には魔王ゼブルがいるはずなのに南部の中心都市であるトリュポスは穏やかな雰囲気を漂わせている。まるでゼブルが南部にいることを知らないかのようだった。
フォルテドルたちは広場を見回しながらトリュポスの現状がどうなってなっているのか考える。そんな時、馬車は北門から少し離れた位置でゆっくりと停車した。
馬車が停まるとフォルテドルは小窓から外を確認する。外には馬車の目の前で南部の領主であり、トリュポスの都市長であるレテノールが立っていた。
レテノールは姿勢を正して馬車から自分を見ているフォルテドルを見上げている。後ろではトリュポスを活動拠点とする第五騎士団の団長であるエルゲージ・ダルジェントとレテノールの職務を手助けする貴族、マクロシスが同じように姿勢を正して立っていた。
フォルテドルはレテノールたちを見ると挨拶をするために小窓を開ける。
小窓が開かれるとレテノールたちはフォルテドルに向かって頭を下げた。
「陛下、お待ちしておりました」
「フォリナス伯、出迎えご苦労だったな」
労いの言葉をかけられたレテノールは感謝しているのか、フォルテドルに向けて再び頭を下げる。
「本来であれば総出で陛下をお出迎えするべきなのですが、今回は事情が事情なので住民たちには陛下がいらっしゃることを伝えておりません。存じているのは会談のことを知っている一部の者と門番だけとなっております」
「それは仕方がないことだ。魔王を名乗る者と会談するためにトリュポスを訪れたなどと公表できんからな」
住民たちに知らせなかったのは賢明な判断だと感じながらフォルテドルはレテノールに語り掛ける。
自分の考えや事情を理解してくれたフォルテドルにレテノールは心から感謝した。
「ところで幾つか気になることがあるのだが、トリュポスの住民たちはゼブルの存在を知らないのか?」
フォルテドルが疑問に思っていたことを尋ねるとレテノールは軽く目を見開く。
待機していたダルジェントとマクロシスも反応し、さり気なくフォルテドルから目を逸らす。
「……陛下がご想像されているとおり、住民たちはゼブルのことを知りません。ゼブルを知っているのは先程お伝えした会談のことを知っている一部の者のみです」
予想していたとおりの答えが返ってきたことでフォルテドルは僅かに目を鋭くした。
自分たちが住んでいる土地に魔王が現れたと知れば住民たちは間違いなく混乱するだろう。
フォルテドルは住民たちを不安がらせないためにも、ゼブルがどんな存在か分かるまで内密にしているレテノールの判断は間違っていないと感じていた。
「それで、ゼブルは既にトリュポスに来ているのか?」
「……ハイ。会談の会場である貴賓館で待機しております」
自分たちよりも早く会場に来ていると聞いたフォルテドルはゼブルが時間を守る几帳面な性格なのかもしれないと感じる。
だが時間を守るからと言ってまともな思考を持っているとは断言できないため、直接会って話すまでは可能性の一つとして考えることにした。
「では、早速だが貴賓館までの案内を頼むぞ」
「承知しました。まず皆さんには第二の城壁を通過して住宅区に入っていただきます。陛下はそこで予めお決めになられた同行者と共に貴賓館へ移動していただきます。同行されない方々はこちらで用意した宿で待機していただくことになります」
道中の予定を聞いたフォルテドルは頷いてから静かに小窓を閉めた。
レテノールはダルジェント、マクロシスと共に近くに止めていた馬に乗り、広場の奥にある街道に向けて馬を走らせた。
フォルテドルたちが乗る馬車と護衛の騎士たちは案内するレテノールたちの後を追って貴賓館へ向かう。
レテノールに案内され、フォルテドルたちは住宅区の中にある大きな街道にやって来た。
街道に入る前に同行する者以外の者たちとは別れ、フォルテドルが乗る馬車と警護である八人の騎士がレテノールの後をついて行く。
街道にはトリュポスの住民たちが大勢おり、街道の真ん中を通る馬車や同行する騎士たちを意外そうな顔で見ていた。
馬車の豪華さと領主のレテノールが案内していることから馬車に乗っているのはレテノール以上の貴族が乗っているのだと住民たちを予想する。
王族が馬車に乗っているのではと予想する者がいてもおかしくないのだが、王族が訪れる際には必ず前もって報告があるため、報告が無いことから王族は乗っていないと住民たちは考えていた。
馬車の中ではフォルテドルたちが小窓から気付かれないように外にいる住民たちを見つめる。
住民たちは魔王を名乗る者が南部にいることを知らず、普段どおりの生活を送っている。トリュポスの住民たちはこれからも平和に暮らせるよう、フォルテドルはこれから行われる会談で必ず良い結果を出すと心に誓うのだった。
街道を抜けた一行はレテノールやトリュポスで働く内政官などの自宅がある都市の中央部へ到着した。
中央部に入ってからは住民の姿は殆ど見られなくなり、静かな街道をフォルテドルたちは進んでいく。
馬車の中では外が静かになったことから中央部へ入ったのだとフォルテドルたちは察し、もうすぐ貴賓館へ到着するのだと真剣な表情を浮かべた。
やがて馬車は速度を落として静かに停まり、フォルテドルたちは貴賓館に到着したと悟る。
到着したのだからすぐに降りるべきなのだが、王族が降車する時には色々と準備をする必要があるため、馬車の扉が開くまでは待ってなくてはいけない。
「いよいよゼブルと会談だ。相手は仮にも魔王を名乗る存在、刺激するような言動は控えるようにしろ?」
「勿論です。ただ、向こうが先に陛下に危害を加えるような行動を取った際には、身を挺して陛下をお守りいたしま……」
ザルガートが命を懸けてフォルテドルを守ることを話していると、馬車の外から男たちの驚く声が聞こえてくる。
声を聞いたフォルテドルたちは一斉に反応して声が聞こえた方を向く。
現状から声の主は警護の騎士たちだとすぐに分かった。だが、都市内で護衛の騎士たちが驚く理由が分からず、フォルテドルは何か予想外の事態が起きたのではと緊張を走らせる。
外の様子を確かめるため、ザルガートが小窓から外を確認する。馬車の前では数人の騎士たちが馬車の向かいを見ながら立っている姿があるが、窓が大きさと角度の悪さから騎士以外はよく見えなかった。
ザルガートは現状を詳しく知るため、馬車の扉を開けて外に出る。その直後、騎士たちが見ている方角を見たザルガートは大きく目を見開いた。
騎士たちが見ている方角、馬車から十数m離れた所には会談場所である貴賓館がある。そしてその入口前には大勢の昆虫族モンスターの姿があった。
昆虫族モンスターは全部で十四体おり、そのうちの四体は身長が3m弱で深緑の甲殻で体が覆われ、太い腕と短い足、黄色の鋭い目と下顎を持ち、額部分から短い一本角を生やした体の大きな人型の甲虫のよなモンスターで微動だにせずに立っている。
残りの十体は身長が170cmほどで全身は鎧のような青銅色の甲殻で覆われ、鋭い赤い目と下顎、触角を持つ人型の昆虫族モンスター。両手は先端が鋭い四本指になっており、右手には柄が長いランスが握られ、赤いマントを羽織っていた。
昆虫族モンスターは全てザルガートや騎士たちの方を見ており、昆虫族モンスターと目が合ったザルガートは思わず腰の剣に手を掛けた。
「な、なぜ都市内にモンスターがいるのだ!?」
「わ、分かりません。陛下が馬車から降りられるための準備をしていた時、当然貴賓館の周りに無数の魔法陣が現れ、そこからせり上がるように現れたのです」
「せり上がる、だと?」
騎士の言っていることがいまいち理解できないザルガートは驚きの表情を浮かべる。
ザルガートだけでなく、実際に目撃した騎士たちも何が起きたのか上手く理解できていないため、分かりやすい言葉を使って説明しようとしていたのだ。
馬車の中にいたフォルテドルやアルシェスはザルガートの声を聞いて何が起きているのか気になり、開いている扉から外を確認し、貴賓館の周りにいる昆虫族モンスターたちを目にする。
「なっ!? 昆虫族モンスターがトリュポスの中に?」
「ど、どうなっているんだ!?」
フォルテドルとアルシェスもザルガートと同じように安全なはずの都市内にモンスターがいることに驚きを隠せずに愕然とする。
ザルガートはフォルテドルとアルシェスを見ると馬車の扉の前まで下がり、馬車にいる二人を守るように身構えた。
「お二人とも、馬車から出てはなりません。あのモンスターの内、体が大きい方はタンクビートルと言うモンスターです。英雄級の実力者でも一人で戦って勝てるかどうか分からないと言われるほどの力を持っています」
「何っ? では、其方でも勝てるかどうか分からないということか?
「ハイ……そして、現状からあのモンスターたちはゼブルの配下と考えて間違いないでしょう」
ゼブルが総騎士団長のザルガートでも苦戦を強いられるほどのモンスターを支配していると知ってフォルテドルは衝撃を受ける。
英雄級の実力者でも勝つのが難しいタンクビートを配下にしているということは、少なくともゼブルはタンクビートルよりも強いということ。そんな存在とこれから会談をするため、フォルテドルは微量の汗を流しながら緊迫した表情を浮かべる。
ザルガートや護衛の騎士たちは昆虫族モンスターたちを警戒しながらフォルテドルたちを守ろうと腰の剣を握る。すると貴賓館のまで道案内をしたレテノールが馬から降り、身構えるザルガートたちに早足で近づく。
「皆さん、ご安心ください。あのモンスターたちは皆さんに危害を加えたりはしません」
レテノールからモンスターたちに敵意が無いことを聞いたザルガートや騎士たちは驚きながらレテノールの方を向く。
勿論、馬車の中にいたフォルテドルやアルシェス、秘書官もレテノールの言葉を聞いて目を見開いている。
「フォリナス伯、それはどういうことですか? あのモンスターたちはゼブルの配下のモンスターなのでしょう?」
「そのとおりです、ティグロンザス団長。ですが彼らは会談を行っている間、貴賓館を守るための配置された存在ですので皆さんが攻撃しない限りは何もしてきません」
「それは、確かなのですか?」
「ええ、彼らの主人から直接聞きましたので間違いありません」
ゼブルから聞いたという言葉にザルガートは反応して僅かに眉間にしわを寄せる。
魔王を名乗る者の言葉を信用してよいのか、小さな不安を抱きながらザルガートは遠くからこちらを見る昆虫族モンスターたちを見つめた。
だが、もしも自分たちに危害を加える気があるのなら姿を見せた瞬間に襲ってくるはず。にもかかわらず今も動かずに自分たちを見ているため、本当に貴賓館の警護のためにいるのかもしれないとザルガートは感じていた。
「……お前たち、陛下たちが降車する準備を続けろ。とりあえずあのモンスターたちが襲ってくることは無いそうだ」
ザルガートは剣に掛けている手を下ろして護衛の騎士たちに指示を出す。
もうすぐ会談の時間になるため、いつまでもモンスターたちと睨み合ってはいられない。今はレテノールの言葉を信じて自分たちのやるべきことをやるのが重要だった。
騎士たちは僅かに戸惑いながらもザルガートの指示に従い、フォルテドルたちが馬車から降りる準備を続ける。フォルテドルが降りても問題ない状態になると騎士たちは扉の前で整列し、フォルテドルが降りるのを待った。
ザルガートも馬車の近くに立ち、開いている馬車の扉を見つめる。
馬車から降りられる状況になると最初にフォルテドルが静かに降り、それに続いてアルシェスと秘書官が馬車から降りた。
フォルテドルたちが降りるとザルガートはフォルテドルと向かい合いながら軽く頭を下げ、素早くフォルテドルの左側へ移動した。
ザルガートが前から移動するとフォルテドルは遠くにある貴賓館を見つめる。
「では、行くぞ」
「ハイ……」
アルシェスはフォルテドルの後ろに立ちながら返事をする。
ザルガートも僅かに目を鋭くしながらフォルテドルを見つめ、秘書官も少し緊張した様子でフォルテドルの後ろ姿を見ていた。
フォルテドルはゆっくりと貴賓館に向かって歩き出し、アルシェスたちや護衛の騎士たち国王であるフォルテドルの後に続く。
都市長であり、案内役であるレテノールもフォルテドルたちと共に貴賓館へと向かった。




