第40話 幕引き
長い廊下を進むバアルとエファリアはようやく目的地の部屋に辿り着く。
二人は鉄扉を開けて中に入り、足を踏み入れた直後、エファリアは部屋の右側を見た。
部屋の右端にはキッドとハンナの遺体が仰向けで並べられており、エファリアは目を軽く見開きながら遺体に駆け寄る。
バアルもエファリアの後を追うようにゆっくりと遺体に近づいた。
遺体の額や胴体には刺傷があり、目と口は閉じられ、両手は腹部の上に重ねるように置かれている。
エファリアはバタフライピクシーとの戦闘を終えてバアルたちに救援を求めに行く前、キッドとハンナの遺体を部屋の隅へ移動させた。その後に体や額に刺さっている氷の短剣を抜き、開いたままの口や目を閉じて少しでも遺体を人に見せられるよう整えたのだ。
「傷だらけだな。相当厳しい戦いだったようだな?」
「ええ、手強い相手だったわ」
エファリアはハンナの遺体の前に座り、眠るように目を閉じているハンナの顔にそっと手を当てる。
二度と目を開けないハンナとキッドの遺体を見るエファリアは唇を噛み締めながら悔しそうな顔をした。
「……私に、もっと私に力があれば二人は死なずに済んだはずなのに。私が弱いせいで二人は……」
自責の念を抱きながらエファリアは震えた声で呟く。
初めて遭遇するモンスターとも互角に渡り合えるだけの力と知識を持っていればキッドとハンナは今も生きていたはず。エファリアはそう思いながら肩を小さく震わせる。
「私に強ければこんなことには……」
「自分を責めても何の意味もないぞ」
声をかけらえたエファリアが振り向くと真剣な表情を浮かべながら自分を見ているバアルの姿が視界に入った。
「バアル……」
「エファリア、キッドとハンナのことは残念だった。仲間を失ったんだし、すぐに立ち直れと言うつもりもない。だが自分を責めたり後悔したりするのはやめろ。そんなことをしても二人が生き返るわけじゃない」
「……」
「後悔するくらいなら同じ失敗をしないよう反省した方がいい。そうすれば今後同じような状況になっても失敗をすることは無くなる。過去を悔やむよりも未来のために強くなることが大切だ。少なくとも俺は思ってる」
バアルは表情を崩さず、エファリアを励ますように語った。
今のエファリアは仲間を失ったショックで自分に全ての責任があると考え、冒険者としての自信を失いかけている。放っておけばエファリアはキッドとハンナを死なせた償いをするため、などと考えて冒険者をやめるかもしれないとバアルは予想していた。
ここでエファリアが冒険者をやめてしまえば勇者になることは無くなってしまう。それはバアルにとってとても都合の悪い。
予定を狂わせないためにもエファリアには立ち直ってもらう必要があった。
「キッドとハンナに申し訳ないと思ってるのなら今以上に強くなれ。二人のような犠牲者を出ないようにすることが生き残ったアンタのやるべきこと、そして二人に出来るせめてもの償いなんじゃないか?」
生き残った自分は何をするべきか、バアルの話を聞いたエファリアは目を閉じ、軽く俯きながら考える。
バアルの言うとおり、自分を責めても死んだ二人は帰ってこない。辛いことを乗り越えず、過去を引きずり続けるよりは犠牲者を出さないくらい力を付け、多くの人を救うことこそが自分がやるべきことなのかもしれないとエファリアは感じていた。
エファリアは目を開けると顔を上げてバアルを見つめる。その顔には何かを決心したような強い意志が感じられた。
「……バアル、ありがとう。私は自分に力が無いことを言い訳にして前を向こうとしなかった。キッドとハンナが死んだのは自分のせいだと言い訳をして、本当にやらなくちゃいけないことに気付かなかったわ」
ゆっくり立ち上がったエファリアは少し寂しそうな顔でキッドとハンナの遺体を見る。
「私がここで強くなること、冒険者として生きるのを諦めたら二人の犠牲が無駄になってしまう。……私は二人が亡くなったことを忘れずに生き続ける。そして、もっと強くなって一人でも多くの人を守れる冒険者になってみせるわ」
「……そうか」
エファリアの反応を見てバアルは小さく笑う。その笑みはエファリアが冒険者として生き続けること、自分の計画が狂わずに済んだことに対する安心から来たものだ。
立ち直ったことでこれ以上エファリアに言葉は必要ないと判断したバアルは二人の遺体に近づき、キッドの遺体の隣で姿勢を低くする。
「さて、喋るのはこれぐらいにして遺体を地上に運ぶぞ? 長居してまたモンスターが集まってきたら面倒だからな」
「ええ、そうね」
エファリアも早くダンジョンから出るべきだと思っており、ハンナの遺体を抱きかかえるように持ち上げる。
急いで運ぶなら背負うか肩に担ぐべきだが、遺体を荷物のように運ぶのは抵抗があるため、多少体力を使うことになっても抱きかかえるようの運ぶべきだとエファリアは考えていた。
バアルも杖を持ったままキッドの遺体を同じように抱きかかえるように持ち上げる。バアルの力なら杖を持ったままでも自分より体の大きなキッドを持ち上げるなんて簡単なことだった。
部屋を出たバアルとエファリアは周囲を警戒し、モンスターがいないことを確認してから来た道を戻っていく。
――――――
野営地がある広場ではリーテとランハーナがバアルとエファリアが帰還するのを待っていた。
リーテは若干不安そうな顔をしており、ランハーナは大鎌を肩に掛けながら無表情でダンジョンの出入口を見ている。
二人が出入口を見ているとキッドとハンナの遺体を抱きかかえるバアルとエファリアが姿を見せる。
来た道を戻る時に何度か昆虫族モンスターと遭遇したがバアルが瞬時に蹴散らしたため、二人は無傷で帰ってくることができた。
無事に広場に戻って来たバアルとエファリアを見てリーテは安心したような笑みを浮かべている。
リーテの後ろではランハーナも二人を見てニッと笑っている。それはまるでバアルが一緒なら無事に戻ってくるのは当然だと思って笑っているようだった。
バアルとエファリアは階段を上がり、待機していたリーテとランハーナの二人と合流し、ダンジョンから少し離れた所にキッドとハンナの遺体を下ろす。
「キッドさん、ハンナさん……」
分かっているとは言え、傷だらけの遺体を見るとやはり心が痛くなるリーテは表情を曇らせ、その場で両膝をついて目を閉じ、祈るかのように俯いた。
ランハーナは数日前に出会ったばかりの人間が死んでも何も感じないため、興味の無さそうな顔で遺体を見下ろしている。
「お二人とも、お疲れさまでした。どうか安らかにお休みください……」
エファリアは死んだ仲間に労いの言葉をかけるリーテを見て心の中で感謝する。同時にリーテは数日前に出会ったばかりの人間の死を悲しむ優しい心を持っているのだと感じるのだった。
「……そう言えば、セイクリッドと炎刀の姿が見えないけど、まだ戻っていないの?」
広場を見回しながらエファリアはリーテとランハーナに他のチームについて尋ねる。
一人でダンジョンを出ようとした時、待ち合わせ場所にセイクリッドと炎刀の姿が無かったため、最初は集合時間に遅れているだけだと思っていた。
しかし遺体を回収し終えた今でも姿が見えないため、エファリアは嫌な予感がして僅かに表情を曇らせる。
「アンタとバアル様がダンジョンに入ってから待ってたけど、他の冒険者は誰も出てきてないわ」
「それじゃあ、レナードさんたちは……」
「恐らく全滅してるでしょうね」
嫌な予感が的中したことでエファリアは大きく目を見開く。直接見たわけではないが、現状から考えるとセイクリッドと炎刀が全滅した可能性は非常に高かった。
エファリアは自分たちよりもランクが上のセイクリッドと炎刀が全滅したことで今回調査したダンジョンが予想以上に危険度の高い場所だと知って緊迫した表情を浮かべる。ダンジョンの調査を行う冒険者はエファリアを除いて死亡しているため、このまま調査を続行するのは不可能だ。
バアルたちがいるから彼らと共に調査をすればいいと思われるが、正式に依頼を受けていない冒険者が独断で調査に参加したりすると何かしらの処分を受ける可能性があるため、バアルたちに協力を要請することはできない。
今できるのはすぐにトリュポスへ帰還し、調査結果とダンジョンが危険であることを冒険者ギルドに報告することだった。
エファリアは現状から今すぐにトリュポスに戻るべきだと考えている。しかしダンジョン内にレナードたちの遺体を残して戻るのには抵抗があるため、せめてセイクリッドと炎刀のメンバーたちの遺体だけでも回収しておきたかった。
エファリアはバアルたちを見てもう一度一緒にダンジョンに入るよう頼もうとする。だがその時、突然広場に轟音が響き、地面が揺れ始めた。
「な、何!?」
轟音と地面の揺れにエファリアは驚いて足下を見る。
リーテも何が起きたのか理解できずに目を見開いて周囲を見回す。幸い揺れはそれほど大きくないため、バアルたちは倒れたりすることは無かった。
「いったい何が起きているの!?」
「多分、あれだな」
一点を指差すバアルを見たエファリアは指されている方向を見る。
指の先には黄色い筒状の光に包まれたダンジョンの出入口があり、エファリアはダンジョンの異変を目して再び驚きの反応を見せた。
バアルたちが注目する中、ダンジョンの出入口を包む光は強くなり、出入口は微かにしか見えない状態になっていた。そんな中、光は遂に出入口が見えなくなるくらい強くなる。そして次の瞬間、筒状の光とダンジョンの出入口は広場から消滅した。
「い、入口が消えた? どうして……」
「恐らく何かしらの条件で消滅したんだろう。このダンジョンは何かの条件が満たされて出現したんだろう? 多分、その逆が起きたんだ」
「それじゃあ、もうダンジョンには入れないってこと?」
「そういうことになる。またダンジョンが出現する条件が満たされれば出入口は出てくるかもしれないがな」
遺体だけでも回収したかったが、それもできなくなったと知ったエファリアは心から残念に思いながらダンジョンの出入口があった場所を見つめる。
ダンジョンの出入口が消えたのはバアルが広場に戻る直前に出入口が消滅するよう設定していたからだ。消滅する条件はバアルがダンジョンに入り、その後にダンジョンを出ること。
元々ダンジョンは勇者の素質があるエファリアたちの能力を確かめるために用意したものなので目的を達成した以上、ダンジョンを残しておく必要は無い。
バアルはダンジョンを残しておいても意味は無いと判断し、誰も入れないよう出入口を消したのだ。
今回の計画でエファリアの能力を確認でき、ダンジョンが異世界の人間たちにも通用することが分かったため、バアルにとって様々な情報を得られた結果となった。
計画が完了し、情報も得られた以上、広場に居続ける必要は無い。バアルは暗い顔で俯いているエファリアの隣まで来ると彼女に肩にそっと手を乗せた。
「残念だが入口が消えた以上、セイクリッドと炎刀のメンバーを探すことはできないし、調査を続けることもできない。トリュポスに戻ってギルドに報告しよう」
「……ええ」
悔しさを胸にエファリアはトリュポスに戻る準備に入る。人数が減ったことで全ての荷物を持ち帰ることはできないため、貴重な物だけを持ち帰れることにした。
バアルたちもテントの方へ歩いて行くエファリアを見送ってから自分たちのテントへ向かった。
――――――
トリュポスの冒険者ギルドでは一部の職員や受付嬢たちが驚いたり、困惑したような顔をしながら早足でギルド内を移動している。
広間で依頼を探したり、休憩をしている冒険者たちは落ち着かない様子の職員や受付嬢たちを見ながら不思議そうにしていた。
「何だって、全滅!?」
冒険者ギルドの奥にあるギルドマスターの執務室では座っていたザルトバックが声を上げながら立ち上がる。驚くザルトバックの前では森から戻ったバアルたちが並んで立っていた。
バアルは無言でザルトバックを見つめ、その右側ではリーテとランハーナが同じようにザルトバックを見ている。
エファリアはバアルの左側に立ち、小さく俯きながら僅かに表情を曇らせていた。
「正確にはエファリアだけが生き残り、残りの冒険者が全員死亡したんです」
「あぁ、そうだったな。すまない」
間違いを指摘されたザルトバックは謝罪し、ダンジョン調査に参加したエファリアを申し訳なさそうな顔で見つめる。
今から十分ほど前にダンジョンの調査に向かったバアルたちが帰還し、彼らはその足で冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドに到着すると生き残りであるエファリアは受付嬢へ調査の結果を報告した。
受付嬢はダンジョンの調査に向かった冒険者が予定よりも早く戻ったことを意外に思いながらエファリアの報告を聞いた。
エファリアと拠点警護のために同行したゴスペルのメンバー以外が全員死亡したという最悪と言ってもいい内容を聞かされた受付嬢は愕然し、他の受付嬢や職員たちに報告しながらザルトバックに知らせに向かう。
バアルたちが帰還したという知らせを受けたザルトバックは受付嬢と同じように早く戻って来たことを不思議に思っていたが、受付嬢から話を聞いた途端に驚きの表情を浮かべ、バアルたちを執務室に呼び出し、詳しく話を聞いて現在に至る。
「トリュポスでも上位の実力を持ったセイクリッドと炎刀が全滅、リリーフもエファリア以外が死亡するなんて……とんでもないダンジョンだ」
椅子に座るザルトバックは右手を顔に当てながら俯く。
調査対象であるダンジョンが予想以上に危険な場所だということに驚き、そこで大勢の冒険者が死亡したことにショックを受けるザルトバックは深刻な表情を浮かべた。
「ダンジョン内には多くの昆虫族モンスターが棲みついており、様々な罠なども仕掛けられていました。他にも力のある昆虫族モンスターもいて、キッドとハンナはそのモンスターに殺されました……」
「そうか……死亡した冒険者たちの遺体は持ち帰ったのか? それともまだダンジョンのある森の中か?」
「それが……キッドとハンナの遺体は回収できたんですが、レナードさんたちの遺体は回収する前にダンジョンが消滅してしまい、回収できませんでした」
「ちょっと待て、今消滅したと言ったか?」
俯いていたザルトバックはエファリアの言葉を聞いて顔を上げ、目を見開きながら聞き返す。
「ハイ、突然黄色い光にダンジョンの出入口が包まれ、光が消えた時には出入口は最初から無かったかのように消えていたんです」
真剣な顔で話すエファリアを見たザルトバックはバアルの方を向き、目で「本当か?」と尋ねる。
バアルはザルトバックを見ながら無言で頷き、真実であることを伝えた。
本当にダンジョンの入口が消滅したと知ったザルトバックは椅子にもたれかかる。信じられない内容を連続で聞かされたことでザルトバックは混乱しそうになっていた。
「突然森の中に出現したダンジョンの入口が今度は消滅した? いったいどうなっているんだ」
「分かりません。ただ、出現した時のように何かしらの条件で消滅したのかもしれません」
「条件、か……出現した時の条件すらまだ分かっていないというのに、今度は消滅する条件まで出てくるとはな」
バアルの話を聞き、自分たちはダンジョンに振り回しているようだと感じるザルトバックは少し気分を悪くするのだった。
「ダンジョンそのものが消えてしまったということは調査することもできず、レナードたちの遺体も回収できないということになる。……できることなら、ダンジョンが出現する条件を明らかにし、もう一度ダンジョンの入口を開いて遺体と情報を持ち帰りたいものだ」
「……ギルドマスター、ダンジョンの情報についてなのですが、一つ気になる情報を手に入れました」
エファリアの言葉にザルトバックは反応して体をゆっくりと前に出す。
バアルたちも情報を手に入れたというエファリアの言葉を聞いて一斉に彼女に注目する。
周りが注目する中、エファリアは一度周囲を見てからザルトバックの方を向いて口を開く。
「私たちが交戦したバタフライピクシーというモンスターが自分は魔王の配下だと言っていました」
「何? 魔王だと?」
聞き捨てならない言葉にザルトバックは反応する。
エファリアの隣で話を聞いていたバアルとランハーナは僅かに目を鋭くし、リーテは軽く目を見開いた。
ダンジョンには魔王ゼブルに直接関係する情報やそれに関わるアイテムなどは一切ない。そのため、エファリアがゼブルの情報を持ち帰るなんてあり得ないことだ。
魔王がダンジョンに関わっているという情報をエファリアが手に入れたことにリーテは内心驚いている。だがバアルは目を鋭くしているが驚いた様子は全く見せていなかった。
「魔王とはどういうことだ?」
「詳しくは分からないんですが、バタフライピクシーは確かに自分は魔法の配下と言いました。そしてあのダンジョンはかなり昔に造られたもので朽ちないように強い魔法が施されている可能性があります。……もしかするとあのダンジョンは二百年前に現れた魔王が造ったのではないでしょうか」
エファリアの口から出た言葉にリーテは思わず目を丸くする。
ダンジョンを造ったのがゼブルだと勘付かれたわけではなく、二百年前に現れた魔王が残したものだと勘違いしていると知ってリーテは少し安心した。
一方でバアルとランハーナはバタフライピクシーが魔王の配下を名乗ることを予め知っており、ゼブルと言う名を口にしないことも分かっていた。だからエファリアが魔王の情報を得たと聞いても“魔王ゼブル”の情報を手に入れたわけではないと理解していたため、焦ることなく冷静に話を聞いていたのだ。
実は今回の計画には勇者の素質がある者たちに魔王の存在を認識させるという目的もあった。
ゼブルは勇者となる者には“魔王と戦う”という意志を持たせる必要があると考えており、素質がある者たちを自分が理想とする勇者に近づけるため、ダンジョンに魔王が関わっていることを認識させることにした。そのために知能の高いバタフライピクシーをダンジョン内に配置したのだ。
因みにダンジョン内にはバタフライピクシー以外にも知能の高いモンスターを配置しており、リリーフ以外のチームも遭遇するようになっていた。
しかしセイクリッドと炎刀は知能の高いモンスターに遭遇することなく死亡したため、配置は無意味となった。
「魔王が関わっているダンジョンか……だとするとこのまま放っておくわけにはいかないな。一応フォリナス伯に報告しておこう」
既に消えてしまったとは言え、二百年前にこの世界を支配しようとしていた魔王が造ったと思われるダンジョンが発見された以上、無かったことにはできない。
ザルトバックは領主であり都市長であるフォリナス辺境伯に報告、相談してどう対処するべきか判断を仰ぐべきだと考えた。
「君たち、分かっていると思うがこのことは内密に頼む。二百年前に現れた魔王の遺物が都市の近くにあるなんて住民たちが知れば大騒ぎになるからな」
「分かりました」
バアルは頷きながら静かに返事をする。
エファリアも住民たちを不安にさせてはならないと考えており、真剣な表情を浮かべてザルトバックを見ていた。
「さて、これで話は終わりだが、何か気になることや聞きたいことはあるか?」
「……ギルドマスター、キッドとハンナはどうなるのでしょうか?」
死亡した戦友たちがどうなるのか気になるエファリアは僅かに表情を曇らせながら尋ねる。
冒険者になって仲間が死亡したのは初めてなため、二人がどうなるのか分からずに不安になっていた。
「二人なら大丈夫だ。冒険者が戦死した場合、遺体を回収することができればギルドが共同墓地に埋葬されることになっている」
「そうですか……」
丁重に葬られると知ったエファリアは安心した表情を浮かべた。
ザルトバックはエファリアの反応を見た後にバアルたちの方を向き、他に質問などが無いか目で確認する。
バアルたちは表情を変えずに無言でザルトバックを見ており、バアルたちを見たザルトバックは質問は無いと判断した。
「では、これで終了とする。報酬などの話は受付で詳しく聞いてくれ」
話が終わるとバアルたちはザルトバックに軽く頭を下げてから執務室を後にする。
長い廊下を歩き、広間にやって来たバアルたちは受付へ向かい、受付嬢から今回の調査依頼に関する話を聞いた。
ダンジョンの調査依頼はエファリア以外は戦死し、ダンジョンに関する情報も僅かしか手に入れることができなかったので約束の報酬は出されないと受付嬢から聞かされ、エファリアには僅かな報酬しか出されなかった。
ただ、キッドとハンナを失った今のエファリアには報酬などどうでもよいことだったため、少なくても文句は言わなかった。寧ろ失敗同然の結果なのに僅かでも報酬を出してくれたのだから感謝するべきだとエファリアは感じている。
バアルたちも受付嬢から拠点警護の報酬を受け取ると冒険者ギルドの出入口へ歩いて行く。
エファリアも今日は依頼を受ける気分ではないため、バアルたちの後を追うように出入口へ向かった。
冒険者ギルドから出るとバアルたちはしばらく歩き、入口から少し離れた所で立ち止まる。冒険者ギルドがある広場には殆ど人はおらず、普段と比べると静かだった。
エファリアは空を見上げると目を閉じて深く深呼吸をする。キッドとハンナが死んでからしばらく経ったことで少しだけ気持ちが落ち着いたが、やはり二人のことを考えると胸が苦しくなるため、何とか平常心を保とうと深呼吸を繰り返した。
「エファリアさん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ……」
心配するリーテを見てエファリアは苦笑いを浮かべながら返事をする。口では大丈夫だと言っているが、顔を見れば無理をしているのが一目で分かった。
「あのねぇ、大丈夫って聞かれて『大丈夫じゃない』って言う奴がいると思うのぉ?」
ランハーナはエファリアの気持ちを理解していないような発言をするリーテを見ながら呆れたような顔をした。確かに仲間が死んで傷ついている者に大丈夫かと聞くのはある意味でデリカシーが無いと言える。
リーテはランハーナの言葉で自分がエファリアを傷つける言葉を口にしたと知ってハッとなり、エファリアの方を向いて深く頭を下げた。
「す、すみません。私、エファリアさんが辛いことを知っているのに無神経なことを……」
「いいのよ。リーテが私を心配してくれているのは分かってるから」
謝るリーテを見てエファリアは首を横に振る。
リーテは自分を責めることなく自分の気持ちを理解してくれているエファリアを見てとても寛大な心を持った少女だと感じるのだった。
「それでエファリア、アンタはこれからどうするんだ?」
勇者候補として今後何をするのか気になるバアルはエファリアに声をかける。
問いかけられたエファリアはバアルの顔を見るとしばらく黙り込み、若干疲れたような笑みを浮かべながら広場を見回す。
「とりあえず今日は宿屋で休むわ。いろんなことがあって疲れたから……明日になったら一人でもできる依頼を探しながら新しい仲間を探すつもり」
「そうか……」
声はまだ暗いが今後どうするかを考えているエファリアを見てバアルは心の強さに感心する。
それと同時に更に勇者の近づけるため、エファリアが今以上に強くなるよう道を示した方がいいと考えていた。
「エファリア、今回のダンジョンなんだが、お前は本当に魔王が造ったダンジョンだと思ってるか?」
「ええ、バタフライピクシーがそう言ったんだから間違いないと思ってるわ」
敵の言葉を疑うことなく信じるのは安直な考え方だと言えるだろう。しかしエファリアはバタフライピクシーの態度から嘘を言っているとは思っておらず、本当に魔王の配下だと確信していた。
「……あれが魔王の造ったダンジョンなら、他にも同じようなものが色んな場所にあるかもしれないな」
エファリアはバアルの言葉を聞いて反応し、驚いたような顔をしながらバアルを見る。
バアルはエファリアが自分を見ていることに気付くとゆっくりとエファリアの方を向いた。
「何の目的でダンジョンを造ったのかは分からないが、世界を支配しようなんて考える奴があんなおっかないダンジョンを一つしか造っていないとは思えない。同じくらい危険なダンジョンが他にあってもおかしくないんじゃないか?」
「言われてみれば……」
一理あると感じるエファリアは俯きながら考え込む。
「他のダンジョンが今回のダンジョンみたいに何らかの条件を満たして出現し、何も知らない冒険者やその国の人間が侵入したらレナードたちのような犠牲者が出ることになる」
バアルの言葉を聞いたエファリアは緊迫した表情を浮かべる。
ダンジョンが原因で誰かが命を落とせばキッドとハンナを失った自分のように悲しむ人も現れることになる。悲しむ人々を想像したエファリアはそれだけはあってはいけないと心の底からそう思っていた。
「俺はな、冒険者として実績を上げながらその魔王が残したダンジョンを探して攻略していこうと思ってる」
バアルの口から出た言葉にリーテとランハーナは驚いたように軽く目を見開いた。
エファリアもバアルの言葉に意外そうな表情を浮かべるが、自分と同じように人々を悲しませたくないと思っていると考え、親近感のようなものを感じていた。
キッドとハンナが死んだことで自分は大きな悲しみや辛さを感じた。同じ気持ちを他の人に体験させてはいけない。ダンジョンを生き延び、知識と経験を得た自分が何をするべきかエファリアは考え、やがて一つの答えを導き出す。
「私も、冒険者の活動をしながら魔王が造ったダンジョンを攻略していくわ。仲間や大切な人を失った辛さを他の人に味わわせてはいけない。私は私のように辛い思いをする人を増やさないためにもっと強くなる。そして、危険なダンジョンを攻略し、少しでも人々が悲しまないよう尽力する」
エファリアの答えを聞いたバアルは小さく笑う。ダンジョンを攻略するという新しい目標ができたことで時間を掛けずに仲間の死を乗り越え、今よりも心身ともに強くなるとバアルは考えていた。
「エファリア、聖王国に行ってみたらどうだ?」
「聖王国って、イルテ聖王国?」
「ああ。あの国は二百年前に現れた魔王を倒すために異世界から勇者を召喚した国だ。あそこなら魔王が造ったダンジョンの情報を得られるかもしれないし、今より強くなれる方法が見つかるかもしれない」
大陸に存在する国家の中で最も魔王への敵対心と対策が強いイルテ聖王国へ向かうよう提案するバアルを見てエファリアは難しい顔をする。
確かにイルテ聖王国なら他の国よりも魔王に関する情報が手に入りやすく、魔王と同じように邪悪な力を持つ者と戦うための術を得られるかもしれない。
魔王が造ったダンジョンを攻略すると決めたエファリアが強くなるには打ってつけの国と言えるだろう。
「……そうね。今すぐは無理だけど、しばらくしたら行ってみるわ」
「ああ、それがいい。アンタならきっと勇者みたいに強くなれるはずだ」
エファリアは冗談を語るバアルを見て小さく笑う。今までキッドとハンナが死んだことで笑うことができなかったが、バアルと会話することで少しだけ心に余裕が戻り、微笑むことができようになった。
自分が立ち直るきっかけを作ってくれたバアルにエファリアは心から感謝した。
バアルはエファリアに勇者になれると言ったが決して励ましの言葉でも冗談でもない。バアルはエファリアの実力と精神、魔王の遺物に立ち向かおうとするう意志から勇者になると確信して言ったのだ。
「とりあえず、今日は戻るわ。……色々ありがとう」
「ああ、無理はするなよ」
エファリアは軽く手を振るとバアルたちに背を向けて自分が使っている宿へ帰っていく。
寂しさが感じられる背中をバアルたちは無言で見つめ、エファリアが見えなくなるとバアルは腕を組みながら静かに息を吐く。
「やれやれ、世話の焼ける嬢ちゃんだ」
「あの子、大丈夫ですかね? 一度に仲間が二人も死んじゃったわけですし、立ち直るには時間が掛かるかもしれませんよ?」
「なぁに、あの調子ならキッドとハンナの死もすぐに乗り越えられるさ。というか、乗り越えてもらわなくちゃ困る」
エファリアに語り掛けた時と違って軽い態度を取るバアルを見てランハーナは小さく笑った。
因みにバアルはEKTの世界で入手した死者を蘇らせるマジックアイテムを数種類所持しており、それを使えばキッドとハンナを蘇生せることもできる。だがバアルは二人を蘇生させる気は微塵も無かった。
蘇生させない理由は二つあり、一つはキッドとハンナが蘇生させるほど重要な存在ではないからだ。
今後魔王の使命を果たすために役に立つ存在であればバアルも蘇生させようと考えたかもしれないが、二人の立場や実力を考えると蘇生させるメリットが一切ない。そのため、バアルは蘇らせようと考えなかった。
二つ目の理由はエファリアの成長に影響が出ると予想したからだ。
エファリアはキッドとハンナが死んだことで精神が強くなり、勇者に一歩近づいた。もしもキッドとハンナを蘇生すればエファリアの精神が二人が死ぬ前の状態に戻ってしまう可能性がある。
そうなったらバアルが求める心身ともに強い勇者に成長しなくなるかもしれない。バアルが求める勇者になってもらうためにも仲間の死を乗り越えて強い心を手に入れてもらわなくてはならないのだ。
これらの理由から、キッドとハンナを蘇生させない方が目的を達成しやすいとバアルは考え、蘇生させずに放置することにしたのだ。
何よりも死者を蘇らせるマジックアイテムを所持していることが周囲に知られれば面倒なことになりかねない。目立たないためにも蘇生できるマジックアイテムの存在は隠しておくべきだ。
「あ、あのぉ、ちょっといいですか?」
リーテは何処か複雑そうな表情を浮かべながらバアルに声をかける。
ランハーナと話していたバアルはリーテの方を向くと不思議そうな表情を浮かべた。
「どうした?」
「先程、魔王のダンジョンを攻略すると仰いましたが、バアルさんは本当にダンジョンを攻略するつもりなのですか?」
「まさか。あんなのエファリアを勇者にするための嘘だよ」
バアルが鼻で笑いながらダンジョンを攻略する気など無いことを話すとリーテは目を丸くする。
「他人が攻略するって言えば正義感と責任感の強いエファリアも攻略しようとするはずだと思ってああ言ったんだ。何よりも自分の仲間を死なせたダンジョンと同じものがあるかもしれないと聞けば放っておくはずがないと俺は思ってたからな」
全てはエファリアを戦士として強くするための言動だと知ったリーテは「ええぇ」と驚きの表情を浮かべた。
「そもそも二百年前の魔王が本当にダンジョンを造ったとは断言できない。あるかどうか分からないダンジョンを攻略する気なんて俺には無い」
「た、確かに今回のダンジョンはバアルさんが造ったものですし、二百年前の魔王がダンジョンを造ったかどうかは分かりませんしね」
「まぁ、エファリアを強くするため、そしてダンジョンを攻略するという意志を失わせないために一定の間隔で俺が造ったダンジョンを大陸中に設置するつもりではいるがな」
一人の少女のために遊び感覚でダンジョンを造ろうとするバアルに軽い衝撃を受けたリーテは瞬きをしながら笑っているバアルを見つめる。
「因みに聖王国へ行くよう勧めたのもエファリアを勇者にするためだ。勇者を召喚した聖王国なら彼女を二百年前の勇者と同じくらいに成長させる方法があるかもしれないからな」
ダンジョンの攻略すると言ったのも、イルテ聖王国へ向かうよう勧めたのも全てはエファリアを勇者にするため、つまり魔王の使命を果たすための計画だとバアルは語った。
リーテはエファリアを勇者にするために上手く誘導し、達成させようとするバアルの狡猾さを目にして驚嘆する。同時に目的のためならどんなことでもする点から彼はまさに魔王だと感じるのだった。
「さて、今回の計画で勇者候補が一人見つかった。勇者候補の捜索はここで一旦中止とする」
「えっ、中止ですか?」
「ああ、魔王の使命を果たすため、そしてこの世界を征服するための新たな計画を始動する」
勇者候補の捜索とは別の計画が始まると聞いたリーテとランハーナは一瞬驚きの反応を見せる。
どんな計画なのか全く聞かされていないため、二人は何をするのは想像できずにいた。
「計画を始動するため、今からフォリナス伯のところへ行く」
「お父様のところへ? 何のためにですか?」
計画の内容が分からない状況でいきなり父親に会いに行くと言われたリーテは目を丸くしながら尋ねた。
バアルは問いかけてきたリーテを見るとニッと不敵な笑みを浮かべる。
「セプティロンの王様に会うためだよ」
今回で第2章は終了です。しばらくしてから第3章の投稿を開始します。
第3章ではゼブルが魔王と呼べる行動を取り、多くの人間に自身の恐ろしさを思い知らせる内容にする予定です。
もっと早く魔王らしい行動を取る内容を書くつもりでしたが、思った以上に遅くなってしまいました。
ここまで飽きることなく読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。




