第3話 盗賊の砦
セプティロン王国の南東にある岩山の麓に一つの砦がある。城壁に囲まれ、入口の正門がある西側以外の三方向は岩山に囲まれており、西側以外からは砦に入ることができないようになっていた。
正門を通る以外砦に入る方法は無いため出入りし難いと思われるが、砦が襲撃を受けた際は正門がある西側以外から敵は侵入できないということになる。そのため砦の防御力はとても優れていると言えるだろう。
ただ、砦の城壁は至る所に傷があり、大量の蔦が絡んでいる。更に素材である石レンガも一部が劣化しているため、城壁はかなり古く、長い間修繕されていないのが一目で分かるほどだった。
砦の中は広く複数の建物がある。居館や納屋、厩舎などがあり、一番奥には主塔も建てられている。しかし建物の殆どは城壁と同じように劣化していた。
壁や屋根は傷だらけであちこちに穴が開いており、窓ガラスも割れている。とても砦として使えるような状態ではなかった。
そんな使い物にならない砦の中に大勢の人間がいる。全員が目つきが悪く薄汚れた服装で短剣や剣を装備した男たちだった。
砦の中庭では男たちが篝火や焚火の近くで酒を飲んでおり、建物の中でも食事をしながら騒いでいる。
城壁の上や入口の正門前でも数人の男が酒を飲んでいるが、屋内や中庭にいる男たちと違って騒いでいない。状況から正門前と城壁の上にいる男たちは見張りのようだ。
砦にいるのは三ヶ月ほど前からこの辺りで旅人などを襲っている盗賊たちで使われなくなった砦を隠れ家として利用している。
劣化しているとは言え砦は普通の建物と比べたら頑丈なため、隠れ家にするにはうってつけの場所と言えた。
「ったく、いいよなぁ。中にいる奴らは馬鹿みたいにはしゃげてよぉ」
「仕方ねぇだろう。今は俺らが見張りをする時間なんだ。交代したら好きなだけ騒げばいいさ」
正門前を見張る盗賊は隣で文句を口にする仲間を宥めながら持っている小さな木製コップの中の酒を飲む。宥められた盗賊も不服そうな顔をしながら自分のコップの酒を飲んだ。
見張りと言え仲間たちが砦の中で騒いでいるのに自分たちだけ仕事をしなくてはいけないというのは納得ができないため、せめて少しだけ酒を飲んで我慢しようと思ったのだろう。
「中の連中、今頃は酒を飲むだけじゃなく、飯を食ったり寝たりして寛いでるんだろうなぁ……もしかすると、近くでとっ捕まえた女とヤッてるかもしれねぇな」
「そうかもしれねぇな」
本気か冗談か分からない仲間の発言に盗賊は小さく鼻を鳴らしながら笑う。
「そう言やぁよう、今日捕まえた騎士隊の連中ってホントに夜が明けたら連れ出すのか?」
不満を口にしていた盗賊は仲間に尋ねた。
盗賊が言っている騎士隊というのは二時間ほど前に盗賊たちを討伐するため砦に夜襲を仕掛けてきた者たちのことだ。
最初は突然現れた騎士隊に驚いた盗賊たちだったが、騎士の数が自分たちより少なく、砦の周りに仕掛けた罠に騎士たちが掛ったことで騎士隊の態勢が崩れて盗賊たちが有利な戦況となった。
盗賊たちは自分たちが優勢だと気付くと士気を高めて反撃し、あっという間に騎士たちを捕らえることに成功した。
戦闘後、盗賊たちは捕らえた騎士たちが近くの大都市トリュポスから派遣されたことを知ると騎士たちをどうするか仲間同士で話し合った。
盗賊の中にはトリュポスの騎士団本部に金銭を要求するための人質にするべきだと考える者もいれば、騎士隊の中にいる女騎士だけを玩具として手元に置き、男の騎士は全て始末してしまおうと考える者もいた。
しかし盗賊の頭目は騎士たちを手元に残しておくと騎士の誰かが隙を突いて逃げ出し、トリュポスに戻って騎士団にこちらの情報を知らせる可能性があると考える。
万が一情報を知られ、大部隊を攻めてきたら面倒なことになるため、そうなる前に頭目は騎士たちを奴隷商に売り払い、情報を漏れないようにしようと判断したのだ。
「こっちの情報をトリュポスの騎士どもに知られると面倒だからな。頭も奴隷として売れば情報も洩れねぇし、金も入るからそっちの方がいいって思ったんだろう」
「それは分かるけどよぉ……でもちょっと勿体ねぇなぁ。騎士の中にはいい女も結構いたんだぜ? ソイツらだけでも残しとけば毎晩楽しい思いができるのによぉ」
女騎士を性的な目的で手元に置いておきたい考える仲間を見た盗賊は呆れたようにため息をついた。
騎士たちは戦闘で数人死んだが残りは全て生け捕りに成功し、現在は砦内のの牢屋に監禁している。捕らえてから一度も騒ぎを起こしたりはしていないため、盗賊たちは騎士たちが諦めて大人しくなったんだろうと思っていた。
「なぁ、騎士どもを売るのは分かったがよぉ。売る前に女騎士どもの身体を堪能するってことは出来ねぇか?」
「さあな。女は処女の方が奴隷商に高く売れるから頭は許しちゃくれねぇかもな」
どの道、女騎士の体を楽しむことはできないと知った盗賊はムスッとしながら足元の小石を蹴り飛ばした。
――――――
砦の主塔の最上階にある部屋は外観とは違って若干高級感が感じられた。
部屋の隅には高級そうな壺や全身甲冑が飾られ、大量の金貨や宝石などが詰まった箱が山積みにされている。他にも元々その部屋にあったと思われる暖炉があり、天井からは質素な鉄製シャンデリアが吊るされていた。
床には赤い絨毯が敷いてあり、その上には少し大きめの机が置かれてある。机の上には羊皮紙で出来た地図、食べかけの干し肉やチーズなどの食べ物が置かれてあった。
机の近くにはソファのような長椅子があり、そこには一人の男が手に酒瓶を持ちながら両足を組んで机の上に乗せて座っていた。
男は三十代後半で目つきは悪く、短い茶髪で身長は170cmほどだ。長袖長ズボン姿でクロースアーマーを身に着けて首には金のネックレスをかけており、両手の指には宝石の付いた指輪を二つずつはめている。外にいる質素な格好をした盗賊たちは明らかに違っていた。
「おい、そろそろ話してくんねぇか? ずっとこうしてんのは意外と疲れるんだぜ?」
酒瓶を口に付けてラッパ飲みをする男は視線の先にいる誰かに語り掛ける。
男の正面には一人の若い女がおり、机を挟みながら男と向かい合う形で椅子に座っていた。
ただし女は両手を後ろに回され、縄で手首を縛られている。更に体も椅子に縛り付けられて身動きが取れない状態で座らされていた。
女は二十代前半くらいで身長は165cmほど。背中の辺りまである赤い髪と茶色い目を持った美女で薄手の黒い鎧下、赤いミニスカートという格好をしており、目を鋭くして男を睨んでいる。その目からは男に対する敵意が感じられた。
「何度も言わせるな。お前のような下賎な盗賊に話すことは何もない」
「はっ、セプティロンで暴れ回るこの大盗賊ガバルド様を下賎とは失礼な隊長さんだな」
鼻を鳴らした男は女を見ながら小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
長椅子に座って笑う男、ガバルドこそが三ヶ月ほど前からトリュポスの近くに出没している盗賊たちの頭目だったのだ。
椅子に固定されている女は盗賊たちを討伐に来たトリュポスの第五騎士団第八遊撃隊の隊長で、ガバルドに呼び出されて主塔にあるガバルドの部屋に来ている。
ガバルドが隊長を呼び出した理由は捕らえている騎士たちの身分や年齢などを聞き出すためである。もし騎士の身分が高かったり、見た目と違って若かったりすれば高い額で奴隷商に売ることができるからだ。
「どうせお前らはこのまま奴隷として売られる運命なんだ。だったら大人しく身分とかを教えた方がいいぜ?」
「勝手に決めつけるな。私たちは必ず仲間が助けに戻ってくると信じている。……だから最後まで諦めない」
「仲間っつうのはお前が逃がした女のことか? だったら期待しないほうがいいぜ」
「何?」
隊長はガバルドの言葉を聞いて眉間にしわを寄せる。
ガバルドは自分を睨む隊長を見るとゆっくりと立ち上がり、隊長の前までやって来て酒瓶に入っている残りの酒を飲み干す。
酒を全て飲むとガバルドは姿勢を低くして目線を隊長に合わせた。
「後を追った部下たちは乗馬が上手く、乗っていった馬はかなり速い。逃げ切るなんて絶対に不可能だ」
「……馬鹿馬鹿しい、それだけの理由であの子が捕まると決めつけるのか?」
隊長はくだらなく思いながら軽くそっぽを向いてガバルドから目を逸らす。
「あの子はまだ若いが頭は切れる。お前の部下などに捕まったりせず、必ず逃げ切って救援を呼んでくる」
「現実を受け止めたくねぇのは分かるけどよぉ、どう考えてもお前らは助からねぇんだ。ちっぽけな希望なんて捨てて俺に従えよ。そうすれば楽になるぜ?」
「どんなに小さな希望でも私たちは絶対に捨てない。お前たちのように夢や希望を捨てて盗賊なんてやってる奴らには分からないことだろうがな」
目の前にあるガバルドの顔を隊長は憐れむような目で見つめながら言う。
ガバルドは隊長の表情と言葉が気に入らないのか、先程まで見せていた笑みを消して隊長を睨みつけ、空になった酒瓶を隊長の頭部を殴った。
酒瓶を受けた隊長は痛みで僅かに表情を歪ませ、殴られた個所からは血が流れ落ちる。だが隊長は殴られても恐怖や不安などを顔には出せずにガバルドを睨み続けた。
ガバルドは左手で隊長の顔を掴んで自分の方に向かせ、酒瓶の割れて鋭利になった部分を隊長の顔に向ける。
「お前、人が優しくしてるからって調子に乗るんじゃねぇぞ。お前たちの運命は俺の手の中にあるってことを忘れてんじゃねぇのか?」
割れた酒瓶を隊長の頬に近づけ、鋭い先端を頬に押し付けながらガバルドは低い声で語り掛ける。
先端を隊長の頬に押し付けたことでそこから微量の血が流れ落ちた。
「俺はお前ら騎士を全員奴隷商に売り飛ばして金にするつもりだが、あまりナメると奴隷商に売られた方がマシと思うほど悲惨な目に遭うことになるぞ。それでもいいのか?」
隊長は目の前のガバルドを無言で睨みつける。
普通の女なら頭を酒瓶で殴られたりれば恐怖するものだが、隊長は怯むことなく毅然とした態度をとっていた。
「もう一度言う。大人しく騎士どもの情報を話せ」
ガバルドは再び騎士たちの身分や年齢を話すよう要求する。機嫌を悪くしても冷静さや多くの金を手に入れたいという欲は失っていないようだ。
隊長は視線だけを動かしてガバルドから目を逸らした。例え暴力を受けようが仲間の情報は喋らないその精神力は立派なものだと言える。
黙り込む隊長を見てガバルドは舌打ちをし、乱暴に掴んでいる隊長の顔を放した。
「どうしても騎士たちの情報を話さねぇっていうなら仕方がねぇ。奴隷としての値は下がるが痛めつけて情報を吐かせるしかねぇな」
これから何が起きるのか察した隊長は軽く奥歯をかみしめながらガバルドを睨みつけた。
――――――
砦の正門から少し離れたところの上空、数十mの高さから砦を見下ろす影がある。ゼブルと彼に抱き上げられているティリスだった。
ゼブルは森から今いる場所に来るまでとてつもない速さで移動したため、到着するのに五分と掛からなかった。
ティリスも最初はゼブルの異常な飛行速度に驚いて言葉を失っていたが、今では感覚が馴染んで驚くことは無かった。
「あれか……」
「ハイ、盗賊たちが隠れ家として使っているアドバース砦です」
ゼブルは砦を見下ろしながら内心意外に思っている。
盗賊の隠れ家だからもっと古くて廃墟同然の場所かと思っていたが砦内の建物は形を残し、周りの城壁も少し劣化しているが城壁としての機能を発揮できる状態だった。
砦の状態が思ったより良かったことからゼブルは最初、セプティロン王国の軍が使っているのではと感じたほどだ。
「随分砦の状態が良いな? それに予想していたよりもデカい」
「元々アドバース砦は南から攻め込んできた敵軍から王国を防衛するための拠点として使われていました。どのようは事態でも早急に対応できるよう必要なものが殆ど揃っており、兵士も多く入れられるよう設計されているそうです」
ティリアの話を聞いたゼブルはアドバース砦が拠点としてとても優れていることを知り、盗賊たちもそれを知っていたため、アドバース砦を隠れ家に選んだのかもしれないと推測する。
「ですがアドバース砦の構造が最近作られた砦と比べて古く、劣化した箇所を修繕するのが難しくなったため、軍は五年前にアドバース砦を放棄しました。それを見つけた盗賊たちが隠れ家として利用しているんです」
「まぁ、いくら造りが古くても以前は軍が使っていた砦だからな。拠点を探している盗賊たちが放っておくわけないか」
拠点としての機能が優れており、大人数を収容できるほどの広さで高い城壁に囲まれている。旅人たちを襲って奪った物資を保管したり、騎士団に追われている盗賊たちにとってはまさに最高の拠点だった。
説明を聞いたゼブルは改めてアドバース砦の全体と建てらえれている場所を確認する。
城壁に守られ、更に正門がある西側以外の三方向は岩山に面しているため、アドバース砦の防御力はとても高いとゼブルは考えていた。
「ティリア、お前たちが砦に夜襲を仕掛けた時、盗賊たちは四十人ほどだったんだな?」
「あ、ハイ……正確な人数までは分かりませんが、三十人いた私たちが敵わなかったのでそれぐらいはいると思います……」
人数を聞いたゼブルは砦を見下ろし、どのように砦を攻めるか考える。
ゼブルもアドバース砦の構造と三方向が岩山に面してることから攻め落とすのは難しいと考える。
ただそれは普通の軍隊がアドバース砦に攻め込んだ際の話だ。ゼブルにとってアドバース砦は簡単に攻め落とせる場所だった。
「とりあえず下りるぞ」
ゼブルやティリアを抱き上げながらゆっくり降下する。砦から離れているとは言え、何かの拍子で気付かれる可能性がるので静かに下りた。
両足が地面に付くとゼブルは翅を消して真紅のマントを出し、同時に抱き合えていたティリアを下ろした。
ティリアは地面に足を付けると周囲を警戒し、近くに盗賊やモンスターがいないことを確認してから砦の方を見る。
遠くに見える砦の正門前には六人の盗賊がおり、正門の上では遠くを見張る三人の盗賊の姿があった。
正門前の盗賊は全員が剣や短剣などを持ちながら周囲を見回しており、正門の上の盗賊たちは弓矢を持っていた。
明かりは近くある焚火と篝火だけなので遠くは良く見えていない。そのため盗賊たちは遠くで着地したゼブルとティリアには気づいていない。
「此処から確認できる盗賊は九人、夜襲を仕掛けた時と比べると少ないです」
ティリアの話を聞いたゼブルは腕を組みながら遠くにいる盗賊たちを無言で見つめる。
騎士たちを救出するとなれば当然盗賊たちと戦うことになる。ゼブルなら一人でも盗賊たちを蹴散らしてティリアの仲間を救出できるだろう。
だがゼブルとしてはそれでは面白くない。折角なので自身の技術を活かし、異世界の盗賊の強さなど色々調べながら制圧しようと思っていた。
「ティリア、まずはあそこにいる盗賊たちを始末して砦に突入する。お前は何もせずに見ていろ」
「えっ? ……は、ハイ」
ゼブルには何か作戦があると予想するティリアはとりあえず言うとおりにすることにした。ティリアはゼブルを見ながらゆっくりと後ろに下がり、ゼブルの左隣まで移動する。
ティリアが下がるとゼブルは右手を前に伸ばして掌を下に向けた。
「発動、雑兵生成Ⅰ」
技術を発動した瞬間。ゼブルの右手は濃い紫色の靄に包まれ、ゼブルの足下にも同じ靄が発生して横に長い楕円形に広がっていく。
靄は4mほどの大きさになると拡大を止め、突然現れた靄にティリアは驚きながらも見つめる。
ゼブルも手を下ろしながら足下の靄を見ていた。すると靄の中から何かがゆっくりと姿を現す。まるで水の中から地上に上がって来たかのようだった。
現れたのは体長80cmほどの大きな蟻だった。ただ普通の蟻とは違って全身が赤茶色で腹部には四つの棘が生えている。誰がどう見てもモンスターだ。
巨大な蟻のモンスターが出た直後、靄から同じモンスターが次々と出現し、ゼブルとティリアの前に集まる。
静かな夜の中で蟻のモンスターたちが動く音には不気味さが感じられ、ティリアは蠢く蟻のモンスターたちを見ながら思わず息を飲んだ。
しばらくすると靄から蟻のモンスターが出てこなくなり、足下に広がった靄は収縮し初め、最初から無かったかのように綺麗に消えた。
靄が消えると蟻のモンスターたちはゼブルの前に集まって彼を見上げる。その姿はまるで命令されるのを待っているかのようだった。
「よし、これなら問題無いだろう」
「あ、あの……このモンスターたちは?」
ティリアは少し驚いた顔をしながら初めて見る蟻のモンスターについてゼブルに尋ねる。突然大量のモンスターが現れて足下に集まって来るのを見れば驚くのは当然だ。
ゼブルが出したモンスターなので自分をを襲う可能性は低いだろうがそれでも警戒せずにはいられなかった。
「コイツらは暴食蟻。俺が技術で作り出した昆虫族モンスターだ。昆虫族の中ではそれほど強くはないが盗賊やゴブリン程度なら問題無く倒せるくらいの力はある」
目の前に集まる蟻のモンスターを見ながらゼブルは簡単に説明する。別にこれと言って特別な能力も無いモンスターなのでそれ以上話すことは無かった。
ゼブルが暴食蟻たちを呼び出す時に使った雑兵生成ⅠはEKTのプレイヤーのみが使える魔王技術の一つで瞬時にモンスターを一定数作り出し、戦力として利用することができる。
雑兵生成にはⅠからⅢまでレベルがあり、レベルが高いほど強力なモンスターを生成できる。ただしレベルが高い技術は使った後のリキャストタイムは長く、生成できるモンスターの数も少なくない。
ゼブルが使った雑兵生成Ⅰはレベル10から15までのモンスターを三十体まで生成することができ、生成するモンスターの種類も決められた中からプレイヤーが自由に選べる。
ただしモンスターの種族は魔王であるプレイヤーの種族と同じかそれに近いもとに限定されるため、どんなモンスターでも選べるわけではない。
ゼブルの場合は魔蟲族なので昆虫族モンスターしか生成できず、アンデッド族や悪魔族のモンスターは生成できないのだ。
雑兵生成Ⅰ以外にもゼブルは雑兵生成Ⅱと雑兵生成Ⅲを修得しているがⅡとⅢは殆ど使わない。Ⅰと比べると他の二つは生成できる数が少なく、生成できるモンスターの強さも中途半端でEKTではレベル50以下の敵にも勝てないほどだ。
どうせ倒されるのならレベルは低くても一度に多く生成できるⅠを使った方がいいとゼブルは考え、雑兵生成Ⅰを頻繁に使っている。
所詮は雑兵を作り出すための技術なのでEKTでも雑兵生成は高レベルの敵には役に立たないと言われていた。
「今回は砦も制圧するために三十体創り出した。盗賊どもの方が多いだろうが暴食蟻の強さを考えれば丁度いい」
ティリアはモンスターをあっという間に三十体も創り出したゼブルの力の改めて驚く。
人間の頭を軽々と粉砕し、モンスターを大量に作り出せる存在。ティリアはゼブルは魔王を名乗るに相応しい力と能力を持っていると思っていた。
「因みにコイツらは雑食性で人間や動物の肉は勿論、野菜や魚も食べる。場合によっては骨なんかも嚙み砕いて食っちまうほどだ」
「け、結構怖いモンスターなのですね……」
さり気なく恐ろしいことを口にしたゼブルにティリアは苦笑いを浮かべた。
「さて、そろそろ行動に移るか」
暴食蟻の説明をしていた時と違って低めの声を出すゼブルにティリアは反応した。
いよいよ仲間たちを救出するための作戦が始める。ティリアは真剣な表情を浮かべながら砦の方を向く。
「暴食蟻たち、あの砦にいる盗賊どもを始末しろ。ただし盗賊以外の奴は殺すな」
命じられた暴食蟻たちは返事をするかのように鳴き声を上げ、一斉に振り返ってアドバース砦へ向かっていく。
ゼブルは盗賊たちが暴食蟻を相手にどんな戦いを見せてくれるのか楽しみにしながら暴食蟻たちを見ていた。
――――――
正門前の盗賊たちは退屈そうな顔で周囲を見回している。中には眠気を感じて大きく欠伸をしている者もいた。
隠れ家であるアドバース砦は岩山の麓にあり、旅人は滅多に通らずモンスターが現れる可能性も低い。来るとすれば今回砦に夜襲を仕掛けてきた騎士隊のような連中ぐらいだ。
しかも今は深夜なので問題が起きることは無いだろうと見張りの盗賊の殆どがそう思っていた。
「まったく、いつまでこんな無意味な見張りをやらねぇといけねぇんだよ」
「アジトを守ることが無意味なはずねぇだろう? もうすぐ交代の時間だ。それまで辛抱しろ」
「ちっ、どうせこの辺には誰も来ねぇんだ。だったらちょっとぐらい見張りをサボっても罰は当たら……」
文句を口にしていた盗賊は言葉を止め、暗くなっている遠くを見つめた。
「おい、どうしたんだ?」
「今、遠くで何かが光ったような気がしたんだ」
「光った? 気のせいじゃねぇのか?」
「いや、確かに赤い何かが……」
目を擦ってからもう一度同じ場所を見る盗賊を周りの盗賊たちは小さく鼻で笑う。大方酒の飲みすぎで目が霞み、何かが光ってるように見えただけだろうと思っていた。
盗賊たちが仲間を馬鹿にしていると暗闇の中から赤い何かが無数に光り、最初に気づいた盗賊は大きく目を見開いた。その直後、暗闇の中から大量の蟻のモンスターが現れて盗賊たちに向かっていく。
「な、何だぁ!?」
突然現れた蟻のモンスターたちに盗賊は声を上げ、他の盗賊たちは盗賊たちは一斉に驚愕する。
正門の上にいた盗賊たちも予想外の出来事に驚き、弓矢を構えるのも忘れて正門前の広場を見下ろしていた。
「こ、コイツら、暴食蟻だ!」
「はあ!? 何で森とかにいるモンスターがこんな所にいるんだよ!」
「知るかよ! とにかく急いで中の連中に知らせ……」
盗賊が仲間に知らせるために正門を開けようとするが暴食蟻の一体が盗賊に跳びかかり、強靭な顎で盗賊の首に嚙みついた。
「がああああああぁっ!」
噛まれた痛みで盗賊は断末魔を上げながらその場に倒れる。そこへ更に二体の暴食蟻がやって来て倒れる盗賊の腕や足に噛みついた。
暴食蟻たちは倒れる盗賊の体を食い千切っていき、盗賊の体からは血が流れてあっという間に血だまりとなる。
盗賊は声を上げながら体を大きく動かして必死に足掻くが抵抗も虚しくそのまま絶命した。
仲間が餌食になった光景を見て他の盗賊たちは恐怖し、慌ててアドバース砦に逃げ込もうとする。
しかし暴食蟻たちは盗賊たちが逃げるのを許さずに一斉に襲い掛かり、正門前にいた盗賊を全員血祭りに上げた。
「な、何だありゃ……何が起きてるんだ……」
正門の上にいる盗賊の一人は声を震わせながら血の海となった正門前を見下ろす。先程までは普通に見張りをしていたのに一瞬にして仲間が殺されてしまったことが信じられずにいる。
他の盗賊たちも恐ろしい光景を見て固まっており、自分がこれから何をするべきなのかも分からずにいた。
正門前の盗賊たちを全滅させた暴食蟻たちは一斉に城壁を登って正門の上まで移動し、固まっている盗賊たちに迫る。
驚いていた盗賊たちは暴食蟻が上がって来た直後に我に返り、慌てて逃げようとする。だが反応が遅れたことで全員が暴食蟻に襲われ、その場で全員が食い殺されてしまった。
正門と正門の上にいた盗賊を全て手にかけた暴食蟻たちは城壁の内側にある階段を下りたり、壁を伝ってアドバース砦に侵入していく。
アドバース砦の外ではゼブルとティリアが正門に向かって歩いて来ていた。
遠くから暴食蟻と盗賊の戦いを眺めていた二人は暴食蟻が盗賊を圧倒するだけの力があることを改めて理解する。
正門の前にやって来たゼブルは周囲に転がっている盗賊たちの死体を見る。全ての死体は暴食蟻によって全身を食い千切られており、見るも無残な姿となっていた。
「……ううぅっ!」
ティリアはあまりにも酷い状態と死体を見て吐き気を感じ、顔色を悪くしながら口に手を当てた。
「死体を見るのは初めてか?」
「い、いえ……過去の任務でゴブリンのような弱いモンスターの死体を見たことがありますし、夜襲を仕掛けた時にも仲間が倒した盗賊の死体を見ています。……ただ、ここまで酷い死体は見たことが無いので……」
剣で斬られたり、刺されたような原形を留めた物とは違う死体にティリアは目を逸らしながら俯く。
ゼブルも以前であればショックのあまり倒れていたかもしれない。だが精神までもが魔王のようになった今のゼブルは盗賊たちの死体を見ても不快に思わなかった。
「今の内にこういう死体は見慣れておけ。それが“今後”のためになる」
意味深な言葉をかけたゼブルは血まみれの広場を通って正門へ近づいていく。
ティリアも顔色は悪いが少しだけ慣れたのか口から手を離してゼブルの後をついていった。
ゼブルとティリアが正門の前まで来ると中から男たちの断末魔が聞こえてくる。断末魔だけが聞こえてくることから二人は砦内で暴食蟻たちが盗賊たちを一方的に襲っているのだろうと予想した。
自分たちも早く砦に入らなくてはいけないと考えるゼブルは右手を強く握り、正門に向けて全力のパンチを打ち込む。
ゼブルの拳が当たると正門は轟音を立てながら破壊されて大きく吹き飛んだ。
「お邪魔しますよっと」
正門が壊れてアドバース砦に入れるようになるとゼブルはマントをなびかせながら砦内に入っていく。
ティリアもゼブルの身体能力に驚きながら後をついて行く。
ゼブルの力を見て盗賊たちの死体のことが頭から消えたのか、ティリアは少しだけ気分が楽になった




