第36話 人を狩る虫
バルトリックはキラーマンティスの炎が消えたことに気付くとすぐに反撃してくると予想し、何とか現状を打開しなくてはならないと考える。
「ハルドメスを援護してくれ! キラーマンティスの動きを封じながらハルドメスに回復魔法をかけるんだ!」
一刻も早くハルドメスの手当てをしなくては手遅れになると直感するバルトリックは周りの仲間たちに指示を出す。
普通は仲間が重傷を負えば冷静さを失って的確な指示を出すことはできなくなるだろう。しかしバルトリックはベテランの冒険者だからか冷静さを保ち、落ち着いて仲間たちを動かした。
負傷したハルドメスに最も近い盾使いはタワーシールドを構えながら走り、座り込んでいるハルドメスとキラーマンティスの間に入ってハルドメスを守る。
槍使いはキラーマンティスの注意を引くために槍を連続で突いて攻撃する。その結果、キラーマンティスは意識は近くにいるハルドメスと盾使いから槍使いに向けられた。
キラーマンティスが槍使いの方を向いている間にバルトリックは神官と共にハルドメスに駆け寄る。
「ハルドメス、大丈夫か!?」
「うああああぁっ! う、腕、俺の腕ぇーっ!」
無くなった利き腕と傷口から血が噴き出ているのを見て取り乱すハルドメスは大きな声を上げる。その姿は初めてモンスターと戦って傷を負わされた新人冒険者のようだった。
興奮したり体を動かしたりすれば余計に出血するため、バルトリックは何とかハルドメスを落ち着かせようとするが、完全に冷静さを失っているハルドメスはバルトリックに気付かず声を上げ続けた。
「落ち着け、ハルドメス!」
バルトリックは声をかけながらハルドメスの肩を掴んで落ち着かせようとし、隣にいる神官の方を向いて傷の手当てをするよう目で伝える。
神官はバルトリックの意思を感じ取ると切り落とされたハルドメスの右腕を見ながら杖を持たない左手を前に出す。
「治癒!」
神官が回復魔法を発動させると左手の中に白い魔法陣が展開され、ハルドメスの体が薄っすらと白く光り出す。
光った直後、右腕の傷から流れ出ている血の量が少なくなった。しかし傷が塞がることは無く、まだ僅かに出血している。
「ダメだ、やっぱり下級二等魔法では切り落とされた腕は元に戻らないし、一度では傷は塞がらない」
傷の状態を見ながら神官はすぐには治せないことを伝え、回復の様子を見ていたバルトリックは表情を歪ませた。
回復魔法には幾つか種類があり、種類によって回復力や治癒できる傷などが変わってくる。高位の魔法であれば重傷や切断された体の部位を戻すことができるが回復力の低い魔法では僅かに傷の状態を良くすることはできても失った部位を戻すことはできない。
下級二等魔法の治癒は回復魔法の中で最も回復力が低く、打撲傷や擦過傷、軽い出血と言った軽傷などを治療するのに使われる。そのため、ハルドメスに使っても腕を戻すことはできず、一度発動しただけでは出血を止めることができなかったのだ。
バルトリックはハルドメスの傷口から流れる血を見て緊迫した表情を浮かべる。このままではハルドメスが出血多量で確実に命を落としてしまう。
ハルドメスを助けるためにどうするべきか、バルトリックは悩む様子を見せずに神官の方を向く。
「もう一度回復魔法を使ってくれ」
「い、いいのか? それだとハルドメスの腕は……」
「命よりも優先するものなんてないだろう!」
もっともな主張をするバルトリックを見た神官は表情を曇らせ、言われたとおり再び治癒を発動してハルドメスの治療を行う。
回復力の低い魔法でも数回発動すれば重症も治すことができる。だがその場合は失った部位は戻らず、傷口を塞ぐだけで終わってしまう。
失った部位を戻せない回復魔法で傷を完治させた場合、失われた部位は傷を塞いだ後に高位の回復魔法を使っても二度と元通りにはならない。
低位の回復魔法しか修得していない状況で自分や仲間が体の一部を失った場合、命を優先して失った部位を諦めるか、完全に元に戻すために傷口を塞がずに命を懸けて高位魔法が使える者の下へ向かうかを選択させられる。
バルトリックはハルドメスの状態から高位の回復魔法を使える者の下へ向かうまでハルドメスが持たないと確信していたため、ハルドメスの命を優先して神官に回復魔法を使わせた。
神官は連続で治癒を発動させ、ハルドメスの右腕の傷を治療した。
傷口が塞がったことで出血は止まり、ハルドメスの命が助かったことでバルトリックは安心する。
しかし、助かった代償としてハルドメスは利き腕を失ってしまったため、神官はハルドメスの右腕を治せなかったことに対して申し訳ない気持ちになっていた。
「ふぅふぅっ……お、俺の腕ぇ……」
先程まで取り乱していたハルドメスは傷が塞がったことで少し落ち着いたのか、呼吸を乱しながら無くなって自分の腕を見る。
命が助かったとしても片腕を失ったことで大きなショックを受けたハルドメスの顔には少し前まで見せていた余裕は消えていた。
「利き腕を失って辛いだろうが死ぬよりはマシだろう。今は嘆くよりも生き残ることだけ考えろ」
バルトリックに声をかけられたハルドメスは顔を上げ、槍使いと交戦しているキラーマンティスを見つめる。
腕を切られたことで取り乱していたハルドメスも少しずつ落ち着きを取り戻していった。それと同時に自分を傷つけ、惨めな思いをさせたキラーマンティスに対する怒りが込み上がってくる。
「お前ら、あの虫けらを必ずぶっ殺せ。俺の腕を奪った報いを受けさせるんだ!」
ハルドメスは怒りを露わにしながらバルトリックたちにキラーマンティスを討伐するよう命令する。
最初は自分がキラーマンティスを倒してチームメイトたちに勇姿を見せつけてやろうと思っていたが、片腕を失ったことで自分は前に出て戦う必要は無くなったと判断し、バルトリックたちにキラーマンティスを倒させることにしたようだ。
「いいか、逃がしたりするなよ!? 全身を切り刻んで元の姿が分からねぇようにしてやるんだ!」
「分かったから下がってろ。私たちが相手をしている間、お前は巻き込まれないよ距離を取って……」
バルトリックが若干興奮しているハルドメスを宥めながら後退させようとした時、キラーマンティスがいる方向から断末魔が聞こえ、バルトリックたちは一斉に声が聞こえた方を向いた。
視線の先には仲間の槍使いがキラーマンティスの前で仰向けに倒れている姿がある。しかもよく見ると槍使いの胴体には大きな切傷が付いていた。
倒れている槍使いは目を開けたままピクリとも動かず、バルトリックたちは槍使いが死んでいると知って驚愕の表情を浮かべる。槍使いの体の傷は左胸から腰の右側まで届くほどで、どう見ても致命傷と言えるものだった。
バルトリックは倒れている槍使いを見て表情を歪ませる。もし自分がハルドメスの下へ行かず、槍使いの援護に就いていれば槍使いは殺されることは無かったかもしれない。そう思うバルトリックは間違った選択をしてしまったことを悔やんだ。
しかし、悔やんでいても槍使いは帰ってこない。後悔と反省は後で幾らでもできるため、まずは目の前の敵を倒すことに集中しなくてはと自分に言い聞かせる。
「私が魔法でキラーマンティスを攻撃する。お前たちは今までどおり自分たちの役目を全うしてくれ」
バルトリックが指示を出すと盾使いと神官は静かに体勢を整える。二人もバルトリックと同じように槍使いの死に心を痛めていたが今は生き残ることが重要なため、辛さを押し殺して戦うことだけ考えた。
盾使いはキラーマンティスの攻撃から仲間を守れるよう前に出てタワーシールドを構える。もう仲間を傷つけさせない、そう誓いながらタワーシールドを握る手に力を入れた。
神官も安全にバルトリックと盾使いを援護ができるよう後ろに下がってキラーマンティスから離れる。
既に仲間が一人殺され、ハルドメスも戦闘不可能な状態なのでこれ以上戦況を悪化させないためにも神官は全力で仲間たちを援護するつもりでいた。
戦闘に参加できないハルドメスも神官と共にキラーマンティスから距離を取る。
右腕を失っても左手が残っているのだから左手で剣を振るえばいいと普通は考えるだろう。しかし利き腕を失った自分は負傷者なのだから戦わなくてもいいとハルドメスは考えており、左腕が使えてもバルトリックたちと共に戦うつもりは無かった。
他にも腕を切り落とされたことでキラーマンティスに対してい小さな恐怖心を抱いているため、近づいて戦おうとは考えていないのだ。
全員が持ち場に就いたのを確認したバルトリックは杖を構えながらキラーマンティスの方を向く。
「一気に勝負を付けてやる! ……火球!」
杖の先に作られた火球はキラーマンティスに向かって勢いよく飛んでいく。
既にキラーマンティスは一度火球を受けてそれなりのダメージを負っているはず。同じ魔法をあと一発か二発打ち込めば必ずキラーマンティスを倒せるとバルトリックは確信していた。
キラーマンティスは向かってくる火球に気付くと四本の肢を曲げ、強く床を蹴って素早く左へ移動して飛んできた火球を回避する。
火球はキラーマンティスの後方へ飛んでいき、壁に当たって爆発した。
「な、何だと!?」
魔法を避けられたことにバルトリックは目を大きく見開く。キラーマンティスが素早く動けることは知っているが火球を避けるとは思っていなかったので驚きを隠せずにいた。
バルトリックは驚きながらも再び火球をキラーマンティスに向けて放つ。だが二度目の火球も先程と同じように素早く横へ移動された回避されてしまう。
連続で避けられた光景を見たバルトリックは火球を確実に命中させるには体勢を崩すしかないと考えた。
「おい、何避けられてるんだ! さっさと丸焦げにしちまえよ!」
後方にいるハルドメスは火球を当てられないバルトリックに苛つき、大きな声で文句を言う。
自分たちの苦労も考えずに勝手なことばかり言うハルドメスにバルトリックは不満を感じ、この戦いが終わったら文句を言ってやると思いながら視線だけを動かしてハルドメスを見るのだった。
バルトリックがハルドメスに意識を向けているとその隙にキラーマンティスは素早く跳んでバルトリックの目の前まで移動する。そして右腕を勢いよく振り下ろしてバルトリックに襲い掛かった。
ハルドメスに意識が行っている間に近づかれたことに気付いたバルトリックは「しまった」とキラーマンティスの方を向いて驚愕する。
頭上から右腕の鎌が迫ってくるのを見て、自分も殺されると感じたバルトリックは表情を歪ませた。
だが次の瞬間、盾使いがバルトリックの前に移動し、タワーシールドを持ち上げて振り下ろされた鎌を防いだ。
タワーシールドと鎌がぶつかったことで部屋の中に低い金属音のような音が響く。同時に振り下ろしを防いだ盾使いは強い衝撃と重さに奥歯を噛み締めた。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ。すまない」
「謝るのは後だ。まずは体勢を立て直……」
盾使いが喋っていると右からキラーマンティスの左腕が迫り、鎌で盾使いの胴体を横から真っ二つにした。
勢いよく切られたことで鮮血が周囲に飛び散り、両断された盾使いの体はその場に崩れるように倒れる。盾使いは最後まで自分が切られたことに気付かなかったのか表情を変えずに絶命した。
槍使いに続き、盾使いも殺されたことにバルトリックは愕然としながら後ろに下がる。槍使いと同じように自分が原因で盾使いが死んだことでバルトリックは僅かに動揺していた。
キラーマンティスは固まっているバルトリックにゆっくりと近づく。盾使いが死んだため、再びバルトリックを標的にしたようだ。
バルトリックはキラーマンティスが近づいて来ていることに気付くと緊迫した表情を浮かべる。
前衛で戦える者が一人もいないため、もうまともに戦うことはできない。まさに危機的状況だった。
「な、何なんだよこりゃあ? どうしてアイツら簡単にやられてるんだよ……」
後方で戦いを見ていたハルドメスは目の前の現実が受け入れられずに小さく震える。隣にいる神官も優秀な仲間が短時間で二人も殺されたことに絶望していた。
槍使いが殺されてから十分も経っていないのに盾使いがやられ、バルトリックも追い詰められている。このまま戦い続ければ確実にチームは全滅してしまう。誰もがそう思えるほど炎刀は窮地に立たされていた。
「じょ、冗談じゃねぇぞ! 楽で簡単に宝が手に入る依頼だって聞いたのに何で俺らが殺されそうな状況になってるんだよ!?」
右腕を失った時のように再び取り乱すハルドメスは声を上げながら後退する。
想像していた依頼と全く違い、モンスターに殺されるかもしれない現状にハルドメスは不満を口にすることしかできなくなっていた。
こんな所からは一秒も早く離れたいと思いながらハルドメスは後ろに下がる。そんな時、ハルドメスが踏んだ床の一部がゆっくりと沈み、何かが起動したような音が部屋に響く。
ハルドメスは音を聞いた瞬間に驚きの表情を浮かべながらビクッと反応する。ただでさえ危険な状況なのに更に何か起きるのかと不安と恐怖を感じながら辺りを見回した。
音が響いてしばらくするとハルドメスの4mほど先の床が開いて2m四方の穴が出現する。
穴を見たハルドメスは先程の音は落とし穴が起動した音だったのかと予想し、同時に大きな問題は起きなかったと安心した。しかし次の瞬間、ハルドメスは絶望のどん底へ突き落されることになる。
穴が開いた直後、穴の中から大量の昆虫族モンスターが出現した。現れたのは全て体長80cmほどで全身が赤茶色の蟻のモンスターでまるで水が湧き出るかのように部屋の中に広がっていく。
「な、何だこりゃあ!?」
予想外の事態にハルドメスは声を上げ、神官も後ずさりする。
キラーマンティスの相手をしていたバルトリックも突然背後に大量の蟻のモンスターが現れたことに驚いていた。
「ぼ、暴食蟻です! 昆虫族の中でも凶暴であらゆる物を食べ尽くす厄介なモンスターですよ!」
神官の言葉を聞いたハルドメスは再び目を見開く。キラーマンティスと言う厄介なモンスターと戦っている最中に凶暴なモンスターが大量に出現したことで更に状況が悪化したため、ショックのあまり言葉を失っていた。
暴食蟻たちは炎刀のメンバーたちを見つけると一斉に彼らに向かっていく。最初に一番近くにいたハルドメスに襲い掛かり、ハルドメスの足や左腕に噛みついた。
「がああぁっ! な、何しやがるんだ、放せぇ!」
足と腕の痛みにハルドメスは声を上げ、噛みついている暴食蟻たちを振り払おうとする。だが暴食蟻たちの嚙む力は強く、いくら力を入れて振っても離れなかった。それどころが噛む力は更に増して強い痛みがハルドメスを襲う。
痛みに耐えながらなんとか逃げ出そうとするがハルドメスだったが、既に多くの暴食蟻に囲まれて逃げることはできなくなっていた。
完全に逃げ道を失い、ハルドメスは顔は絶望に染まる。もう逃げられないと心の中で悟った直後、暴食蟻たちはハルドメスに覆い被さるように飛びつき、仰向けに押し倒して一斉に胴体や顔に噛みつく。
ハルドメスは全身の激痛に断末魔を上げながら体を動かして抵抗する。しかしその抵抗も虚しく暴食蟻たちの餌食となった。
神官はハルドメスが食い殺される光景に青ざめ、自分はどうすればいいのか恐怖しながらも考える。しかしそんな時間すら与える気は無いのか、暴食蟻たちは神官にも襲い掛かった。
腕や足、脇腹などを食い千切られる神官は声を上げながら崩れるように倒れ、そのまま暴食蟻たちに囲まれて見えなくなる。
「そ、そんな……こんなことが……」
仲間が全員殺され、目の前に大量のモンスターが現れた光景を目にしてバルトリックは固まる。
魔法で攻撃すればまだ生き残れる可能性はあるが、現状に絶望するバルトリックは抵抗する気力も魔法を使う意思も無くしてしまっていた。
暴食蟻たちは残っているバルトリックも餌食にしようと取り囲むように集まってくる。だがそんな時、キラーマンティスがバルトリックを切り裂こうと右腕を振り上げる姿が暴食蟻たちの目に入った。
暴食蟻たちはキラーマンティスを見て自分より強い存在だと本能で理解し、強い存在の獲物を横取りしてはいけないと感じたのか一斉に動きを止めた。
バルトリックは暴食蟻たちが止まったこと、後ろでキラーマンティスが攻撃しようとしていることにも気付かずに前を見つめている。
「なぜだ……なぜこんなことになったんだ……」
絶望するバルトリックは震える声で呟く。その直後、バルトリックの頭上にキラーマンティスの鎌が振り下ろされた。
――――――
剣劇の音が響く薄暗い廊下ではセイクリッドが遭遇した昆虫族モンスターたちと交戦していた。
レナードと盗賊は前に出てバグソルジャーたちと戦い、魔導士や女弓士、女神官はレナードと盗賊の援護をするために後方で待機している。
戦いが始まってからまだ数分ほどしか経過していないため、戦況に大きな変化はない。セイクリッドも昆虫族モンスターたちも負傷することなく目の前にいる敵と戦っていた。
レナードは剣でバグソルジャーの剣を防ぐと素早く払って反撃を仕掛ける。下級モンスターであるバグソルジャーなら油断せず落ち着いて戦えば問題無く倒せるとレナードは考えていた。
バグソルジャーはレナードの剣を盾で素早く防ぐ。そして怯むことなく、再び剣を振ってレナードに攻撃を仕掛けてきた。
「どうなってるんだ? 私の知っているバクソルジャーよりもタフで攻撃が速い」
レナードは目の前のバグソルジャーたちが予想よりも手強いことに驚いて緊迫した表情を浮かべる。
驚いているのはレナードだけでなく、近くで共にバグソルジャーたちの相手をしている盗賊もバグソルジャーが強いことに衝撃を受けて微量の汗を流していた。
一度態勢を立て直した方がいいと判断したレナードはバグソルジャーの剣を払うと後ろに下がって距離を取る。
盗賊も短剣でバグソルジャーの攻撃を防ぐと後ろに跳んでレナードと合流した。
「レナード、コイツらかなりできるが、もしかして中級モンスターなのか?」
「いや、バグソルジャーは下級モンスターだ。さっき戦ったレッドスティンガーより少し強いくらいでDランク冒険者でも問題無く倒せる」
「Dランクでも倒せる? じゃあどうしてBランクの俺たちが苦戦してるんだよ?」
自分たちよりランクの低い冒険者でも倒せるモンスターに手こずっていることが信じられない盗賊はレナードに尋ねる。
後方にいる魔導士たちもレナードの話を聞き、なぜバグソルジャーがBランク冒険者の二人と互角に戦っているのか疑問を抱く。
「……もしかすると、アイツが原因かもしれないな」
仲間たちが注目する中、レナードは剣を構え直しながらバグソルジャーたちの後方にいる昆虫族モンスターを見つめる。
黒いローブを着てロッドを持っていることから後方の昆虫族モンスターは魔法が使えるとレナードは確信している。
同時に現れてから一度も前に出ず、バグソルジャーたちに戦わせていることから人間の魔導士のように後方から仲間の援護、補助をする存在なのかもと推測した。
「もしかするとあの昆虫族モンスターが魔法でバグソルジャーたちの力を強化しているのかもしれない」
「確かに魔導士のような格好をしてますし、戦いが始まってから動いていませんからね」
レナードのすぐ後ろにいる魔導士も状況から十分あり得ると考えていた。
バグソルジャーたちがBランクのレナードたちと互角に戦えるほど強くなっていることからローブを着た昆虫族モンスターは補助魔法を使っている可能性は高い。
もし補助魔法が使えるのなら少なくとも下級二等魔法を使用できる存在であるため、セイクリッドのメンバーたちにとっては少々面倒な相手だ。
「バグソルジャーたちを倒す前に後方の昆虫族モンスターを先に倒した方がいいかもしれないな。もしかすると倒した瞬間にバグソルジャーたちの力が低下するかもしれない」
「そうね。仮に変化が無かったとしても、魔法を使える敵を残しておくべきではないわ」
敵側に魔導士がいることがどれだけ厄介なことか理解している女弓士は昆虫族モンスターに向かって矢を放つ。だが矢が飛んでいく先にバグソルジャーの一体が回り込み、持っている盾で防がれた。
攻撃の邪魔をされたことで女弓士は鬱陶しそうな顔をする。しかしバグソルジャーが昆虫族モンスターを守ったことで昆虫族モンスターがバグソルジャーたちにとって重要な存在であると確信できた。
「普通に攻撃してもアイツには届かないわね。レナード、どうするの?」
「矢が無理なら魔法で攻撃すればいいのだろうが、魔導士である奴に魔法攻撃は殆ど効果が無いだろう。……私が距離を詰めて奴を切る。皆は私が奴の下へ行けるよう援護してくれ」
最も接近戦を得意とするレナードならバグソルジャーを突破して昆虫族モンスターに辿り着けるはず。そう考える魔導士たちはレナードに任せることにした。
「物理攻撃強化! 移動速度強化!」
「物理防御強化! 魔法防御強化!」
魔導士と女神官は魔法を発動させてレナードの強化を行う。魔法の効力を受けたレナードの体は赤、緑、黄、橙の順番に薄っすらと光る。
光が消えるとレナードは遠くにいる昆虫族モンスターを見つめ、勢いよく走りだした。
レナードの正面にいるバグソルジャーは走ってくるレナードを見て剣を振り上げ、間合いに入った瞬間に剣を振り下ろす。
頭上から迫ってくる剣を見たレナードは素早く剣を横にして振り下ろしを防ぎ、そのまま前にいるバグソルジャーに体当たりをする。
バグソルジャーは突然の体当たりに上手く対処できずに仰向けに倒れた。
正面のバグソルジャーを押し倒したレナードは他のバグソルジャーたちが動く前に離れようと昆虫族モンスターに向かっていく。後ろにいるバグソルジャーたちを無視し、レナードは一気にローブを着た昆虫族モンスターに近づいた。
昆虫族モンスターは迫って来たレナードを見ると迎撃しようと考えたのかロッドを構える。
「させるか! 魔法を放つ前に仕留める!」
動かれる前に渾身の一撃を叩きこもうとレナードは剣を振り上げ、刀身を薄っすらと赤く光らせた。
「重斬撃!」
レナードは攻撃技術を発動させ、昆虫族モンスターに向けて勢いよく剣を振り下ろす。この一撃が当たれば必ず倒せる、レナードはそう考えながら目の前の昆虫族モンスターを睨んだ。
「……電流の衣」
昆虫族モンスターが周囲には聞こえないくらい小さく低い声で呟くと昆虫族モンスターの全身に青白い電気が纏われる。
電気が発生した直後にレナードの剣は電気に触れ、その瞬間に剣を伝って電気がレナードの体を走った。
「がああああぁっ!?」
突然の痛みにレナードは声を上げ、重斬撃による攻撃も中断された。
全身の痛みと痺れにレナードは小さく体を震わせながら片膝をつき、持っていた剣もその場に落としてしまう。レナードが膝を付くと同時に昆虫族モンスターはの体に纏われていた電気も消える。
レナードの異変を目にした盗賊たちは何が起きたの分からず、目を大きく見開きながらレナードを見つめていた。
先程昆虫族モンスターが発動した魔法“電流の衣”は対象の体に電気を纏わせ、触れた者にダメージを与える防御兼迎撃用の下級一等魔法。電気に触れた瞬間に相手にダメージを与えるため、攻撃を仕掛けてきた際に発動すれば攻撃を中断させることも可能だ。
ただし相手の命を奪うほどのダメージは無く、雷属性の耐性が強い相手には殆ど効果が無いので弱い敵と戦っている時ぐらいしか使えない。それでも異世界の住人たちにとっては珍しく強力な魔法として認識されている。
「な、何が起きたんだ……」
レナードは状況が呑み込めずに混乱する。状況から昆虫族モンスターが何かしたことは理解できたが、何がしたのかはまったく分からなかった。
ただ、このままでは危険だということは理解できたため、レナードは体の痺れに耐えながら態勢を立て直そうと足に力を入れる。しかし痺れているせいで上手く足が動かなかった。
「……電撃」
昆虫族モンスターはロッドをレナードに向けると先端から青白い電撃を放ち、レナードの体を貫いた。
電撃を受けて全身を電気で焼かれるレナードは苦痛の声を上げる。電気が治まると体から煙を上げながら崩れるように倒れて絶命した。
「そ、そんな、レナードが……」
レナードが倒された光景を見た盗賊は目を見開きながら固まり、後方の魔導士たちも信じられない光景を目の当たりにして愕然としていた。
リーダーであり仲間たちに指示を出していたレナードが死んだことで魔導士と女神官はこれからどのように戦えばよいのか分からずに動揺を見せた。
盗賊と女弓士も驚きはしているが冷静さは失っておらず、この状況を打開するための方法を考える。
「お前ら、一度距離を取って態勢を立て直すぞ!」
盗賊の指示を聞いて動揺していた魔導士と女神官も落ち着きを取り戻し、言われたとおり後退を始めた。
女弓士は魔導士と女神官が距離を取るのを確認すると弓矢を構え、盗賊の援護をするためにバグソルジャーの一体に狙いを付ける。
後方の昆虫族モンスターはセイクリッドのメンバーたちが動くのを見ると火球を発動させ、ロッドの先端から火球を放つ。
火球はもの凄い速さで女弓士の左側面を通過し、距離を取ろうとしていた女神官に命中して爆発する。更に隣にいた魔導士も爆発に巻き込まれてしまった。
女神官と魔導士は全身の激痛と爆炎の熱さで声を上げ、体を炎で焼かれながらその場に倒れる。
女弓士が驚いて振り返ると原形を留めていない仲間の死体が目に入り、思わず表情を歪める。レナードに続いて魔導士と女神官まで戦死したことで女弓士は自分たちが確実に追い込まれていると悟った。
一瞬で三人も仲間が殺されたことで盗賊もこのまま戦いを続けるのは不可能だと判断し、生き残った女弓士に撤退するよう指示を出そうとした。
盗賊が動こうとした時、バグソルジャーの一体が剣を振り上げながら盗賊に迫り、勢いよく剣を振り下ろして盗賊に襲い掛かる。
バグソルジャーに気付いた盗賊は短剣で振り下ろしを防ぐとすぐに距離を取ろうとする。だが盗賊より先に別のバグソルジャーが右側面に回り込み、盗賊の右脇腹を剣で刺した。
「うあああぁっ!」
刺された盗賊は体勢を崩してそのまま前に倒れる。脇腹の傷は深く、戦うことは愚かまともに動くこともできない状態だった。
倒れる盗賊の周りに四体のバグソルジャーが集まり、一斉に盗賊の背中を切ったり、逆手に持ち替えた剣で刺し貫いた。
背中に四回も致命傷を受けた盗賊は苦痛の声を上げるとそのまま息絶えて動かなくなる。
「そ、そんな……」
盗賊も殺されて一人になった女弓士は窮地に立たされて緊迫した表情を浮かべる。
相手は下級の昆虫族モンスターのはずなのにどうしてBランク冒険者の自分たちが追い込まれているのか、女弓士は全く理解できなかった。
バグソルジャーたちは残っている女弓士を仕留めようとゆっくりと彼女の方へ歩いて行く。
後方にいた昆虫族モンスターもバグソルジャーと一定の距離を保ちながら女弓士の方へ歩き出す。
迫ってくるバグソルジャーたちを見た女弓士は弓矢をゆっくりと後ずさりした。このまま戦っても勝ち目は無く、確実に殺されてしまうと悟った女弓士は撤退を決意する。
仲間がやられたのに仇も討たずに撤退するなんて酷いことだと思われそうだが、死んでしまったら仇を討つこともできない。
女弓士はレナードたちの仇を討つためにも悔しさを押し殺して撤退することにしたのだ。
弓矢を構えた女弓士はバグソルジャーたちを睨みながら弓矢を構える。矢を放ってバグソルジャーたちが一瞬でも動きを止めたら、振り返ることなく全速力で走って逃げるつもりでいた。
女弓士は逃げるタイミングを確認すると近くにいるバグソルジャーに矢を放とうとする。だがその時、バグソルジャーたちの後ろから黄色い光弾が飛んできて女弓士の左脇腹に命中した。
光弾を受けた女弓士は苦痛の声を漏らしながら体勢を崩し、持っていた矢を落とす。
女弓士が怯んだ直後、四体のバグソルジャーは女弓士に近づき、一斉に剣で女弓士の体を貫いた。
「がはぁっ! ……な、なん……なの……」
何が起きたのか分からない女弓士は意識を朦朧とさせながら光弾が飛んできた方を確認する。
視線の先にはロッドの先端を自分に向けるローブを着た昆虫族モンスターの姿があり、女弓士は昆虫族モンスターの仕業だと知る。
先程の光弾は昆虫族モンスターの魔力弾で女弓士を体勢を崩すために放ったのものだった。
女弓士は撤退するために矢を放ってバグソルジャーたちの動きを止めようとしていた。しかし昆虫族モンスターが女弓士がやろうとしていたことを先に実行したため、逆に動きを止められてバグソルジャーたちの剣で刺されてしまったのだ。
体を貫かれた女弓士は吐血しながら持っている弓を落とす。出血が酷く、手持ちのポーションを使っても助からないほど深い傷だった。
「ク……ソォ……こんな所で……死ぬなんて……ついてなさすぎでしょう……」
気が遠くなる中、女弓士はレナードや盗賊の死体を見つめ、心の中で何もできなかったことを謝罪する。その直後、女弓士は剣で体を貫かれたまま息絶えた。
Bランク冒険者チーム、セイクリッドは未知のダンジョンの中で全滅した。




