第30話 エファリアの秘密
冒険者が登録したその日にランクが上がった例など過去に一度も無かったため、リーテはザルトバックの発言に驚きを隠せなかった。
「ま、待ってください。私たちは今日登録したばかりなのですよ? それなのにいきなり昇格なんて……」
「さっきも言ったように私は君たちが中級モンスターを難なく倒せる実力を持っていると判断して昇格させることを決めた。登録した日など関係ない」
バアルたちの能力と功績から昇格させてもおかしくないと考えるザルトバックは落ち着いた様子で語る。
ザルトバックは実力から昇格させたと言っているが、それ以外にもバアルたちを昇格させる理由があった。
冒険者ギルドの依頼の多くはEランク以上でその殆どがモンスター退治や未開拓地の探索や調査と言った戦闘が関わる依頼ばかりだ。そのため、駆け出しで戦闘経験の浅いFランク冒険者には任せられない。
しかし現在トリュポスにはFランクの冒険者が多く、Eランク以上の依頼は任せられないため、ギルドとしては依頼を受けてもらうためにもEランク以上の冒険者を増やす必要があった。
ただ、いくらEランク以上の冒険者を求めているからと言って全てのFランクを昇格させることはできない。実力を見極め、依頼の成功率を確かめて昇格しても問題ないと判断してからランクを上げる必要がある。これは冒険者たちを管理する立場としては常識だ。
下手に実力の無い者を昇格させても依頼を失敗する上に冒険者の身にも危険が及ぶ。依頼人、そして冒険者のためにも冒険者ギルドの管理者たちは昇格させるべきかどうか念入りに確かめる必要がある。
ザルトバックはバアルたちの実力とリリーフのメンバーたちを救出したこと、冒険者ギルドに入る依頼の難易度から昇格させるべきだと判断し、登録したばかりのバアルたちをEランクにすることを決めたのだ。
「Cランク以上の冒険者でなければ対処できないロックリザードを倒したため、Dランクしても良いのだが、登録したばかりの君たちをいきなりDランクにしてしまうと他のFやEランク冒険者たちが不満を抱いたりするかもしれない」
「ギルドの立場や他の冒険者のプライドを守るために一つ上のEランクにしたってことですね?」
「そのとおりだ。察しが良くて助かる」
一つしかランクを上げない理由にバアルは表情を変えずに納得する。
自分は他の冒険者から喧嘩を売られたり、嫌がらせをされても問題ない。だが冒険者ギルドとしては冒険者たちからバアルたちを贔屓していると思われると困るため、保身のために一つだけランクを上げるべきだと考えたのだ。
しかし少しでも早くSランクになりたいと思っているバアルとしてはEランク止まりと言う結果を残念に思っている。だからと言って欲を出してDランクにしてくれなどと言えばザルトバックから欲深い男だと思われて信頼を失ってしまう。
信頼できる冒険者と思われるためにもEランクで納得することにした。
「ただ、これだけは言っておこう。私は君たちをCランクに匹敵する実力者だと思っている。だからEランクの依頼の中でも難易度の高い依頼を君たちに任せるつもりでいるし、緊急でDやCランクの依頼が入った場合も君たちに依頼するつもりだ」
「今日会ったばかりで俺たちのことを何も知らないのにどうしてそこまで信用してくれるんですか?」
仮にもトリュポスの冒険者たちを管理するギルドマスターなのだからもう少し相手のことを理解してから信用するか判断するべきだろう。
相手を信頼しすぎているような考え方をするザルトバックを見て、バアルは警戒心が無さすぎるのではと思っていた。
ザルトバックはバアルを見ると小さく笑いながら長椅子にもたれかかる。
「自分で言うのもなんだが、これでも私は人を見る目がある方でね。冒険者たちが優秀かどうかを見極める自信はある。君たちは実力も性格も冒険者として優秀なため、信頼できると判断した。それだけのことだ」
「買いかぶりすぎだと思いますけどね」
笑っているザルトバックにバアルも笑みを返す。
ギルドマスターであるザルトバックから信頼を得ることができたため、満足するべき結果だ。
ただ、魔王である自分の正体や狙いに気付かない時点でザルトバックの観察眼はそれほど優れていないとバアルは感じている。
「とにかく、これからは君たちには多くの依頼を任せることになると思う。しばらくは忙しくなると思うが頑張ってくれ」
「ええ、期待に応えられるよう努力します」
話が終わってザルトバックが立ち上がるとバアルもそれに続いて立ち上がる。
ザルトバックが静かに右手を出して握手を求めるとバアルも笑いながら右手で握手を交わす。
冒険者ギルドの長と良い関係を築くことができ、冒険者として活動しやすくなったため、バアルは目的達成に一歩近づくことができた。
「話は以上だ。長く付き合わせてすまなかった」
「いえ、問題ありません」
「シロラグ草採取の報酬とロックリザード討伐の報奨金は受付で受け取ってくれ。あと、Eランクの冒険者プレートもそこで渡されるはずだ」
「分かりました」
話が終わり、バアルたちは広間に向かうために執務室から出ていく。ザルトバックも広間に用があるのか、バアルたちと共に退室した。
受付のある広間に戻って来るとバアルたちに気付いた冒険者や職員たちが一斉にバアルたちに視線を向ける。
既にバアルたちがザルトバックに呼び出されたことはギルド内に広まっており、新人冒険者がギルドマスターとどのような話をしていたのだろうと全員がバアルたちを見ながら疑問に思っていた。
冒険者たちが注目する中、バアルたちは橙色の髪の受付嬢がいる受付まで移動した。
バアルたちと彼らと一緒にいるザルトバックに気付いた受付嬢はザルトバックとの話が終わって戻って来たのだと知る。
「彼らに報酬と例の物を渡してくれ」
「ハイ、分かりました」
受付嬢は返事をすると受付台の下を覗き込んで何かを取り出そうとする。
バアルたちがザルトバックに連れていかれる直前、受付嬢はザルトバックからバアルたちがEランクに昇格すること、シロラグ草の報酬とロックリザードの報奨金を渡すことを聞いていたため、例の物が何か理解していた。
しばらくして受付嬢は目的の物を取り出し、それを木製のトレーに乗せると受付台の上に置く。
取り出されたのは数枚の硬貨と冒険者プレートが三つでプレートには現在バアルたちが首から下げているFランクとは違う模様が刻まれている。
バアルたちの前にある物こそがEランク冒険者の証である新しいプレートだ。
「まず、こちらがEランクのプレートになります。古いプレートは昇格の際に返却することになっておりますので、こちらに置いていってください」
受付嬢が微笑みながら説明するとバアルたちは言われた通り、Fランクのプレートを外し、代わりにEランクのプレートを首に下げる。
Eランクになれたことにバアルとランハーナは気分を良くして小さく笑う。リーテは本当にEランクになったのかとまだ信じられないような顔をしながら自分のプレートを見ていた。
バアルたちが新しいプレートを首から下げるのを見た受付嬢は硬貨に視線を向ける。
「続きまして、こちらが今回皆さんがお受けになられたシロラグ草の採取依頼とロックリザード討伐の報酬になります。ロックリザードの討伐で金貨四枚、シロラグ草の採取依頼で銀貨二枚、銅貨七枚となっております。採取依頼の報酬ですが、本来はシロラグ草五つで銀貨一枚と銅貨三枚と言うことでしたが、今回皆さんは倍以上の数を採取されましたので多めになっております」
「ありがとうございます」
礼を言ったバアルは硬貨を手に取って懐に仕舞う。シロラグ草の依頼報酬は予想どおりの額だったが、ロックリザードが金貨四枚とは思わなかったので内心意外に思っていた。
報酬を受け取ったバアルはリーテとランハーナの方を向き、今後の予定について話し合おうとする。すると左側にある扉が開き、部屋からリリーフのメンバーであるエファリアたちが冒険者ギルドの職員である男と共に出てきた。
エファリアはどこか嬉しそうな表情を浮かべており、その後ろを歩くキッドとハンナも笑いながらエファリアを見ていた。
バアルたちはエファリアたちに気付き、嬉しそうに笑っているのを見ると何があったのかすぐに察した。
ザルトバックはエファリアたちを見た後、彼女たちと一緒に部屋から出てきた職員を見る。
職員はザルトバックが見ていることに気付くと速足で駆け寄って来た。
「どうだった?」
「は、ハイ。確認したところ、エファリア・メルホルトは固有技術を開花させていました」
職員の言葉にザルトバックは「おおぉ」と驚きと嬉しさを一緒になったような反応を見せ、受付嬢も目を軽く見開く。
近くで話を聞いた冒険者や他の職員、受付嬢たちはザルトバックたちの方を向いて驚きの反応を見せる。
バアルたちは周囲の人たちを見て予想していたとおりの状況になったことが面白いのか小さく笑う。
「固有技術を開花させたか。これでバアルたちに続いて新たに強力な力を持つ冒険者がトリュポスに誕生したことになるな。……それでどんな技術だったんだ?」
「ハイ、調べたところ、エファリアさんの固有技術は退魔の剣。剣の切れ味を数倍に高め、実体を持たない生物の体も通常の敵のように切ることができるものです」
「実体を持たない敵を切る……レイスやゴーストのような存在を魔法付与無しで倒せるということか」
退魔の剣の効力を聞いたザルトバックは興味のありそうな顔をした。実際に退魔の剣という固有技術は強力なものと言える。
戦士が実体を持たない敵と戦う際は魔法で実態を持たない敵を攻撃できるようになる付与を与えたり、専用の武器やマジックアイテムを使って戦う必要がある。
だが退魔の剣を使えば魔法の付与や専用のアイテムなども必要なく、通常の武器で攻撃することができるようになる。
実体を持たない敵は体力はあっても防御力が殆ど無いため、攻撃が通るようになれば問題なく倒すことが可能だ。
逆に実体を持つ敵はロックリザードのように体が硬かったり、防御力の高いモンスターが多い。そのような敵が相手の場合は切れ味を高めれば問題なく戦える。
つまり退魔の剣は実体を持つ敵と持たない敵、どちらが相手でも問題なく対処できるようになる技術と言うことだ。
退魔の剣が戦闘でとても役に立ち、戦士職を修めるエファリアにとても適した技術だ。ザルトバックは退魔の剣を開花させたエファリアは自分が想像する以上の活躍をしてくれると直感した。
「バアルの言うとおり、本当に固有技術が開花してたなんて……これでエファリアはもっと強くなれるわよね」
「ああ、一気にAランクになることだってできるはずだ」
「ちょ、ちょっと二人とも、固有技術を開花させたからってそんなに簡単に強くはならないわ」
若干興奮しながら喜ぶハンナとキッドを見てエファリアは思わず苦笑いを浮かべる。
二人にはすぐに強くはなれないと言ってはいるが、エファリア自身も固有技術を開花させたことで今までより強くなっているはずだと少しだけ嬉しく思い、同時に自信がついたような気分になっていた。
笑いながら語り合うエファリアたちをバアルは無言で見つめている。
固有技術を開花させたことでエファリアは強くなっただけでなく、冒険者ギルドや多くの冒険者から注目されることになる。これによりエファリアは更に多くの依頼を任され、経験を積みながら力を付けて勇者に近づくだろうとバアルは感じていた。
バアルがエファリアの成長に期待していると、エファリアがバアルの方に歩いてくる。
笑いながら近づいてきたエファリアを見たバアルは何か用なのか、と不思議そうな顔で疑問に思う。
「バアル、貴方のおかげで固有技術が使えることが分かったわ。これで私は今まで以上に強くなれる。本当にありがとう」
「別に俺に礼を言う必要は無いだろう? 固有技術が開花したことに俺は何も関係しちゃいないんだから」
「それでも、貴方が固有技術を開花させたかもって言ってくれなければ私はずっと固有技術を使えることに気付かずに戦うことになっていたわ。貴方のおかげで私は強くなれたようなものよ」
「……まったく、律儀と言うかなんというか」
直接関わったわけではない自分に心から感謝するエファリアを見てバアルは小さく笑う。
「ところで、貴方たちはギルドマスターに呼ばれてたみたいだけど、どんな要件で呼ばれたの?」
「ああぁ、俺たちをEランクに昇格するって話だ」
「えっ、Eランクに?」
驚いたエファリアは僅かに力の入った声を出し、キッドとハンナも少し驚いたような顔をする。
エファリアの声は近くにいた他の冒険者たちの耳に入り、バアルたちがEランクになったことを知った冒険者たちは一斉にバアルたちの方を向く。
今冒険者ギルド内にいる冒険者の殆どはバアルたちのことを詳しく知らない者たちばかり。だが、中にはバアルたちが今日冒険者になったばかりだと知っている者もおり、彼らは登録したその日に昇格したことに衝撃を受けていた。
「ほ、本当にEランクになったの?」
「ああ、今回の一件でギルドマスターが俺らの実力を評価してくれてな」
エファリアが驚きながらザルトバックの方を向いて「本当ですか?」と目で尋ねる。
ザルトバックはエファリアの目を見て何を言いたいのか察すると腕を組みながら頷く。
バアルたちが本当に登録したその日に昇格したと知ったリリーフのメンバーは改めて驚き、バアルたちの方を向き直した。
普通ならあり得ないことだと思われるが、バアルたちの活躍と功績を考えればおかしくないことだ。
「た、確かにFランク冒険者がロックリザードを倒したんだから、昇格してもおかしくないわよね……」
「ああ、あれでだけの実力なら誰も文句は言わねぇよ……」
実際にバアルたちがロックリザードを討伐した光景を見たハンナとキッドは驚きながらも納得する。勿論、エファリアも納得しており、ハンナとキッド以上にバアルたちは優れた実力者であることを認めていた。
リリーフのメンバーたちだけでなく、周りの冒険者たちもバアルたちが本当に昇格したと知り、驚いて目を見開いている。
冒険者の中はバアルたちが賄賂や権力者の口利きで昇格したのでは疑っている者もいる。しかしギルドマスターであるザルトバックが真面目な性格であることは全員が知っており、ザルトバックが不正を認めるはずがないと冒険者たちは考えていた。
不正でないのなら、本当に実力で昇格したのだろう。冒険者たちはそう思いながらバアルたちを見ている。
「正直、俺らはEランクの中でもそれなりに強いって思ってたけど、今回のロックリザードの件で思い上がってたって理解したよ」
「ええ、私たちもまだまだ未熟者ってことね」
自分たちの弱さを実感したキッドとハンナは苦笑いを浮かべ、エファリアも小さく俯きながら僅かに表情を曇らせる。
リリーフのメンバーたちは決して自分たちは誰にも負けないと思い上がっていたわけではない。周囲の者たちもエファリアたちがEランク冒険者の中でも優秀であることを認めていた。
周りの評価もあったからか、エファリアたちは並のモンスターなら苦戦することはあって負ける可能性は低いと思っていたのだ。しかしロックリザードとの戦いで自分たちの弱さを思い知らせれたエファリアたちは悔しさを感じていた。
「大丈夫だ。アンタらならすぐに俺たちよりも強くなるさ」
暗くなっているエファリアたちを見たバアルは声をかける。これは決して励ますためではなく、本当に強くなると確信しているからだ。
エファリアたちはバアルの言葉を聞いて驚いたような反応を見せるがすぐにまた苦笑いを浮かべる。
「バアルって優しいのね。励ましでもそう言ってくれると嬉しいわ」
「いやいや、励ましとかじゃなくて、本当に強くなると思ってる。……特にエファリア、アンタは必ず最高の戦士になる」
「えっ?」
真剣な眼差しを向けながら僅かに低い声で語るバアルを見てエファリアは思わず目を見開く。バアルの目からは本当に励ましているのではなく、必ず強くなると確信しているという意思が感じられた。
エファリアだけでなく、バアルの隣で会話を聞いていたリーテとランハーナも少し驚いたような顔をしている。バアルのエファリアに評価の仕方が今までと違っていることに気付いた二人は不思議に思いながらバアルを見ていた。
「さて、俺たちはそろそろ行くとするか。……リーテ、ランハーナ、行くぞ」
バアルは冒険者ギルドの出入口の方へ歩き出し、リーテとランハーナは少し驚いたような顔をしながらバアルの後を追う。
シロラグ草の採取依頼が早く終わったので、てっきり新しく依頼を受けるとリーテとランハーナは思っていた。
ところがバアルは依頼を受けることなく冒険者ギルドから出ていこうとしているため、二人はなぜ依頼を受けないのだろうと疑問に思いながらついて行くのだった。
バアルはエファリアたちの方を向き、軽く手を振りながら冒険者ギルドを後にする。
エファリアやザルトバックたちは不思議そうにしながら出ていくバアルたちを見送るのだった。
――――――
冒険者ギルドを出たバアルは目は僅かに鋭くし、前だけを見て街の中を無言で移動する。
リーテとランハーナは冒険者ギルドを出てから様子がおかしいバアルの後ろ姿を見ながら同じように無言で後をついて行く。
やがてバアルたちはトリュポスで扱う物資や食料などを保管する倉庫が大量にある区域へやって来た。
そこは物資を出し入れする作業員はよく訪れるが一般の住民や冒険者が訪れることは滅多にない。しかも今の時間は作業員もいないため、バアルたち以外は誰もいなかった。
「あの、バアルさん。どうされたんですか、こんな所に来て?」
冒険者が来ることは滅多に無いと言われている場所にやって来たバアルの後ろ姿を見てリーテは不思議そうな顔で尋ねる。
不思議に思うリーテの隣ではランハーナが真剣な表情を浮かべながらバアルを見ていた。
住民や冒険者が来ない区域、それも作業員すらいない時間に訪れたことからランハーナはバアルが人気の無い場所を探していたと予想する。
リーテとランハーナが見つめる中、バアルはゆっくり振り返って二人を見る。
「お前たちに伝えておかなければならないことがある。そのために人のいない場所に移動したんだ」
「伝えておかなければならないこと?」
真剣な表情を浮かべながら語るバアルを見たリーテは思わず聞き返す。
冒険者ギルドで新たな依頼を受ける予定だったのにそれを中止し、人気の無い場所に移動して自分とランハーナに伝えようとする。これらのことからリーテは魔王ゼブルの関係者以外には聞かれたくない内容なのではと推測した。
重要な内容かもしれないと感じたリーテは念のために周囲を見回し、近くに誰もいないことを確認するとバアルの方を向く。
ランハーナも今後の活動やバアルの計画に関わる内容だと確信しているのか、ふざけた態度を取ったりせずにバアルを見つめている。
バアルはリーテとランハーナを見て話を聞く状態になったのを確認すると静かに口を動かす。
「実はロックリザードを倒した直後、エファリアの固有技術を確かめるために全知全能の神眼を発動させた」
「全知全能の神眼?」
聞いたことの無い言葉にリーテは小首を傾げる。バアルの発動したという言葉から考えて魔法か技術のどちらかであることは間違いない確信していた。
「私たちが以前いた世界で最高と言われている極級魔法の一つよ。能力看破と同じように視界に入れた相手のステータスやレベルを見ることができるのだけど、全知全能の神眼は相手の技術や過去の情報まで見ることができるの」
ランハーナの説明を聞いたリーテは目を大きく見開いて驚く。能力看破よりも正確に、多くの情報を得られる魔法があると知って衝撃を受けていた。
それだけではない。異世界には極級魔法などと言う魔法は存在しないため、バアルが未知の魔法を使えることにも驚いている。
名前からして上級魔法より上だと言うことは分かるが、どれほど強力な魔法なのかは想像できないため、リーテは混乱しかかっていた。
リーテの反応を見たバアルは静かに息を吐き、話が終わったら極級魔法のことを説明してやろうと思った。
「話を戻すが、俺は全知全能の神眼を使ってエファリアの固有技術と過去を確認した。……そしたらとんでもない情報を見つけたんだ」
「どんな情報ですか?」
バアルの反応から重要な情報であることは間違いないと考えるランハーナはバアルに詳しい説明を求め、リーテもどんな情報が気にしながらバアルを見つめる。
リーテとランハーナが注目する中、バアルは二人を見ながら目を僅かに鋭くした。
「……エファリアは二百年前に魔王を倒した勇者の子孫だ」
バアルの言葉にリーテとランハーナは衝撃を受ける。予想外の情報に驚愕する二人は声を出すことができなかった。
勇者の素質があると思われた少女が勇者の子孫だと知れば驚くのは当然だ。しかも少し前にその子孫であるエファリアと普通に接していたのだから驚きはかなりのものと言える。
実際にバアルもエファリアの正体を知った時には驚き、情報が間違っているのではと思っていた。しかし全知全能の神眼で得た情報に間違いがあるはずない。
バアルは勇者の子孫であるという情報は真実だと驚きながらも受け入れた。
「ほ、本当に彼女は二百年前の勇者の子孫なのですか?」
「ああ、間違いない」
「勇者の子孫と言うことは、エファリアさんはイルテ聖王国が召喚した異世界人の血族ってことですよね?」
「そういうことだ……」
更に驚きの情報を耳にしたリーテは再び目を見開いて驚く。ランハーナも流石に驚いており、緊迫した表情を浮かべながら大鎌を握る手に力を入れる。
バアルは全知全能の神眼でエファリアの過去を知った時に彼女の先祖である勇者の情報も少しだけ得ることができた。その情報を得た時のバアルはエファリアが勇者の子孫だと知った時以上に驚いた。
エファリアの先祖は二百年前にイルテ聖王国が召喚した“セイジ・タカモト”と言う少年で勇者として魔王を討伐してほしいとイルテ聖王国の王族から頼まれた。
最初は突然の出来事に困惑していたセイジも次第に受け入れるようになり、少しずつ力を付けて勇者となり、仲間たちと共に魔王に挑んで討ち取った。
魔王を倒した後、セイジは元の世界には戻らずに平和になった異世界に留まり、共に魔王と戦った剣聖の少女と結ばれ、イルテ聖王国の片田舎で幸せな家庭を築いてその生涯を終えた。
勇者であり異世界人であるセイジの血筋は彼の死後も大陸中に広がり、多くの子孫が生まれた。その内の一人がエファリアだということをバアルは全知全能の神眼と使って知ったのだ。
(勇者であるセイジ・タカモト、名前からして日本人であることは間違いない。そして彼の死後、日本人の血を受け継いだ子孫は増え、大陸中に散らばったということか……)
手に入れた情報からバアルは勇者の子孫たちがどうなったのか推測していく。
(エファリアを始めて見た時に雰囲気や黒髪から日本人のようだと思っていたが、まさか本当に日本人の血を受け継いだ存在だとは思わなかったなぁ……)
EKTをプレイしている最中に異世界に魔王として転移した自分と経緯は違えど、同じように異世界に転移した日本人の血を受け継ぐエファリアと出会ったことにバアルは複雑な気分になる。
だが、複雑な気分であると同時に日本人だった自分が勇者の子孫と対立する立場にあるのは運命なのかもしれないと感じていた。
二百年前の勇者が日本人であり、エファリアがその子孫だということには驚いたが、バアルはある可能性について考えていた。
勇者セイジが転移してから二百年の間に多くの子孫が生まれ、大陸中に勇者の血が広まったのであれば、エファリア以外にも勇者の子孫は残っているはず。となれば他にもエファリアのように勇者の子孫が大陸の何処かで生きている可能性は非常に高い。
子孫たちがエファリアのように冒険者、もしくは何処かの国の兵士や騎士、魔導士として生きているのであれば、魔王の使命を果たすのに使えるかもしれないとバアルは考えていた。
バアルは勇者の情報については後でリーテとランハーナに話すつもりではいるが、日本人であることは話さないつもりでいる。話せば日本人とは何者なのか、なぜ魔王であるバアルが異世界の存在について詳しいのかなど、色々疑問に思われて面倒になるからだ。
「バアルさん……いえ、ゼブル様、エファリアさんが勇者の子孫だということが分かりました。それで、今後はどうなさるおつもりですか?」
リーテはバアルを見つめ、真剣な表情を浮かべながら本名を口にする。
冒険者として潜入している最中に本名を口にするのは禁じられているが、エファリアが勇者の子孫だという重大な情報が手に入り、自分たちの今後の活動に大きく関わる事態になったため、リーテは魔王補佐官ティリアとして主であるゼブルの意見を聞きたいと思い本名を口にした。
バアルは本名を口にしたリーテを無言で見つめる。本名で呼んだ理由を察したバアルはリーテを叱責したりしなかった。
「とりあえず、エファリアのことを魔将軍たちに伝える。その後は魔将軍や隷属たちにエファリア以外の勇者の子孫の捜索をさせるつもりだ」
「もし、エファリアさん以外の子孫が見つかったら、どうなさるおつもりですか?」
「戦いの技術や知識、才能を持つ奴がいればエファリアのように勇者になる可能性がある者として監視させる。まぁ、全ての子孫がエファリアのようになるとは限らないだろうけどな」
子孫だからと言って全員が勇者セイジのような強い力に目覚めるとは限らない。二百年も経てば勇者の血が薄れ、秘めた力に目覚めるのは難しくなるはず。そういう者たちはごく普通の人間として生き、人間としての短い人生を終えるだろう。
その血が薄れた者たちの中でエファリアのように固有技術を開花させたり、特別な才能に目覚める者たちが勇者のような強い存在となる。
バアルは力に目覚めた者たちがいずれ自分と戦う勇者になるかもしれないと考え、魔将軍たちに探させるつもりでいた。
もしもエファリアのような特別な存在が多く現れ、勇者やそれに匹敵する存在となれば魔王であるゼブルにとっては危険な存在となるだろう。
だがゼブルは勇者と戦うことに恐怖や抵抗は一切感じていない。寧ろ使命を果たすために一人でも多く勇者になりそうな者を見つけたいと考えている。
「とりあえず、今後は自分たちの役割を全うしながら勇者の子孫やそれに関する情報を探していく。活動方針に大きな変化は無い」
「分かりました。……それで、エファリアさんはどうなさいますか?」
初めて発見した勇者の子孫であるエファリアについて尋ねるとバアルはリーテを見ながら持っている杖で自身の左手を軽く叩いた。
「今までどおり、情報を集めながら冒険者として友好的に接していく。ただ、今回の件で俺はエファリアを勇者候補の一人として選んだ。今後はそれを頭に入れて彼女と接するつもりだ」
エファリアの見かたや接し方が少し変わる、リーテは正体や自分たちの目的を悟られないようこれまで以上に気を引き締めて行動しなくてはいけないと自分の言い聞かせた。
「それと、近いうちにある計画を実行するつもりでいる」
「計画って何ですか?」
初めて聞く話にランハーナは不思議そうな顔をしながら尋ねる。
リーテも何も聞かされていないため、どんな計画なのか気になりながらバアルを見つめた。
「トリュポスにいる勇者の素質がある冒険者、そして勇者候補のエファリアの実力と潜在能力を確かめるための計画だ。と言っても実行するのはまだ少し先だがな」
「実力と潜在能力……いったいどんなことをするのですか?」
バアルはリーテの方を向き、小さく不敵な笑みを浮かべた。
「なぁに、冒険者らしくダンジョンに入ってもらうだけさ」
リーテはバアルの言葉の意味がいまいち理解できず難しい顔をする。だが同時にバアルの不敵な笑みに小さな不気味さを感じていた。
それからバアルは誰もいない倉庫区域で自分の計画がどのようなものなのか、リーテとランハーナに詳しく説明した。




