第20話 新たな計画
魔王城の四階、窓から差し込む日差しで明るくなっている廊下にティリアの姿があった。手の中には広げられた数枚の羊皮紙があり、一番上にある羊皮紙に書かれた内容を確認しながらゆっくり歩いている。
羊皮紙はセプティロン王国に存在する都市や村、生息するモンスターの種類や生息場所などの情報が書かれた報告書でティリアはゼブルに届けるために移動している最中だった。
「書き洩らしは無いし、誤字脱字も無い。……これならゼブル様に提出しても大丈夫ね」
他の報告書も確認し、問題ないと判断したティリアは前を向いて歩く速度を上げる。
報告書の内容はゼブルから急いで調べるよう言われた情報だったため、少しでも早くゼブルに報告書を届ける必要があった。
「真面目に仕事やってるか?」
背後から女の声が聞こえ、ティリアは足を止めて振り返る。
数m先には黄色の特攻服姿のセミラミスがティリアに向かって歩いてくる姿があった。その両側には二人の若い少女の姿があり、セミラミスに付き添いながら歩いている。
二人の少女の内、ティリアから見て右側の少女は身長が170cmほど、十代後半ぐらいの若さで濃い橙色のレイヤーカットヘア、黄色い目をしている。服装は黒い長袖に銀色のハーフアーマーを装備し、黄色いミニスカートを穿いていた。
左側の少女は身長155cmほどで水色の目、紺色のボブヘアの十代半ばくらいの少女だった。格好は右側の少女と同じ黒い長袖に黄色いミニスカート、銀色のハーフアーマーを装備している。
どちらもセミラミスほどではないが美しい顔立ちで男なら誰もが見惚れてしまうほどの美少女だった。ただ二人は人間ではなく、ゼブルの手で隷属となった元EKTの人間側NPCだ。
ゼブルはEKTの世界にいた頃に多くの人間側NPCを隷属に変えて配下としていた。その中でもレベルが高かったり、優れたモンスターの力を与えた隷属は眷属である魔将軍の直属の部下として配置し、職務や戦闘でのサポートなどをさせている。
付き添っている二人はセミラミスの直轄部隊である“峰捏斗”のメンバーでセミラミスの補佐兼護衛として同行している。
「ハイ、これからゼブル様に報告書をお届けするところです」
「ほぉ、上手くやってるみてぇだな」
セミラミスは意外そうな口調で呟いながらティリアの前で立ち止まる。
「お前もボスの下で働くからには半端なやり方はするな? ボスが使命を果たすためにもお前のやるべきことを全力でやれ。いいな?」
「ハイ、勿論です」
ティリアは真剣な表情を浮かべると力強く頷く。
ゼブルのために魔王補佐官として恥ずかしくない働きをしてみせる、ティリアは心の底からそう誓っている。
セミラミスはティリアの顔を見ると僅かに目を細くしながら鼻を鳴らし、ティリアの左隣に移動した。
「何度も言うが、あたしはまだお前のことを認めたわけじゃねぇ。シムスたちのように心から信用してもらいてぇなら成果を見せろ」
厳しい言葉を口にするセミラミスは再び歩き出してティリアから離れていく。
ティリアはセミラミスの信用を得るにはまだ実績が足りないのだと知り、もっと役立って認めさせようと改めて決意する。だが同時にまだ認めてもらえないことに対して寂しさを感じるのだった。
付き添いの隷属たちもセミラミスの後を追うためにティリアの横を通過しようとする。だが、真横に来ると二人はティリアを左右から挟むように立ち止まり、視線だけを動かしてティリアを見た。
「まぁ、せいぜい無理しないようにな」
「頑張ってください、ティリア様」
レイヤーカットヘアの隷属は軽い言葉を、ボブヘアの隷属は応援の言葉を小声でかけてから歩き出す。
残されたティリアは軽く目を見開きながら振り返り、離れていく隷属たちの背中をしばらく見つめてから小さく笑った。
隷属の殆どは同じ隷属であり、ゼブルの補佐官になったティリアを仲間として認め、上司として接している。
しかし中には新入りであるティリアが魔王補佐官になったことに小さな不満を抱いている者もおり、そのような者たちは上司ではなく同格の存在として接していた。
それでもセミラミスのように認めていないわけではないため、ティリアも他の隷属たちとはそれなりに友好的な関係を築けている。
ゼブルの配下である仲間たちから様々な評価を受けながらも、ティリアは本当の仲間として認めてもらうために全力で自分の職務を全うしようと気合を入れる。
セミラミスたちを見送ったティリアは報告書を届けるためにゼブルに下へ向かう。
しばらく歩いて二枚扉の前にやって来たティリアは足を止め、右手で軽くと扉をノックした。
「入れ」
扉の向こう側からゼブルの声が聞こえ、入室を許可されたティリアは静かに扉を開けて部屋に入る。
部屋の中央には来客と会談したり、茶を飲むために使われる長方形の机とそれを挟むようにソファーが二つ置かれている。奥には執務用の机があり、そこにはゼブルが座って机の上の羊皮紙の確認や整理をしていた。
「失礼します。……ゼブル様、セプティロン王国の地理やモンスターの情報を纏めたので報告書をお持ちしました」
「ご苦労さん」
ティリアは報告書を持ってゼブルの机の前までやって来ると机の上にある大量の羊皮紙を見て思わず苦笑いを浮かべた。
「す、凄い量ですね……」
「スゲェなんてもんじゃねぇよ。新国家を建国するために必要な情報や決めなきゃならねぇ規律とかが山ほどある。一つを片づけてもまた別の案件が来るから全然終わらねぇんだ」
誰が聞いても分かるくらい面倒そうな口調で語るゼブルにティリアはただ笑うしかできなかった。
とてつもなく忙しい時に自分も報告書を持ってきてしまったため、ティリアは内心申し訳なく思っている。
「で? 報告書ってのはどれだ?」
「あ、ハイ。こちらです」
ティリアが持っている報告書を差し出すとゼブルは受け取って書かれてある内容を確認した。
報告書にはティリアに調べさせた情報が細かく書かれており、ゼブルは正確に情報を集め、整理したティリアの働きに感心する。
「あ、あのぉ、お忙しい時に報告書をお持ちして申し訳ありませんでした」
「何で謝るんだ? お前は俺に言われた仕事をやっただけだ。何も悪いことなんてしてねぇだろう?」
「そ、それはそうですけど……」
「だったら謝ったりするな。もっと自分の仕事や行動に自信を持て」
過ちを犯していないのに謝ることが間違いだと指摘したゼブルは報告書の確認を再開する。
ゼブルとしては建国のための情報確認などは頭が痛くなる作業だが、ティリアの調べさせた情報はゼブルの趣味に近いものだったため、建国の準備をするよりも気持ちが楽だった。
ティリアが持ってきた情報のおかげで気分転換ができたため、ゼブルはティリアが報告書を届けてくれたことに内心感謝している。
ゼブルの言葉を聞いたティリアは自分に自信をつけさせようとしているのではと知って小さな衝撃を受ける。
ここまで自分に期待してくれているのだから、それを裏切らないためにも与えられた職務をやり遂げなくてはいけない、ティリアはそう自分に言い聞かせるのだった。
ゼブルはティリアが持ってきた報告書を全て確認すると机の上に置いてから椅子にもたれかかった。
「セプティロンにはゴブリンのような下級モンスターから中級モンスターまでかなりの種類がいるみたいだな」
「ハイ。そのため、トリュポスを含めて国内にある都市の殆どに軍の駐屯地があり、冒険者たちが住んでいます」
「冒険者か……」
下顎部分に手を当てながらゼブルは俯く。
冒険者は勇者となる者が生まれる可能性が高い存在であるため、使命を果たすためにも冒険者のことを詳しく知る必要があった。
「……ティリア、お前は冒険者についてどれくらい知ってる?」
「冒険者、ですか?」
いきなり冒険者について聞かれたティリアは少し意外そうな反応を見せるが、ゼブルのことだから魔王の使命を果たすために必要なことだと判断して聞いてきたのでは予想する。
「冒険者は様々な依頼を受けて報酬を得ることを生業とした存在。冒険者の中には各国の軍に所属している騎士や魔導士を優に超える存在が大勢いると聞いたことがあります」
「優に超える存在、それが以前お前が話した“英雄級の実力者”って奴か」
ティリアはゼブルの問いに無言で頷いた。
冒険者は冒険者ギルドに所属しており、幾つかのランクに階級で分けられている。
ランクは全部で七つあり、上からS、A、B、C、D、E、Fランクとなっており、最高位のSランクは各国でも数えるほどしか存在しない。
七つのランクの中でも最高位のSランク冒険者は殆どが常人とは比べ物にならない実力を持っているため、英雄級の実力者と呼ばれている。
ただ、英雄級の実力者は軍などにも存在するため、冒険者だけの特別な存在とは言えないのだ。
ゼブルは以前ティリアから冒険者の話を聞かされた時にSランクが最強の冒険者と聞かされ、英雄級の実力者がどれほどの強さなのか尋ねた。
ティリアは英雄級の実力者ならキングワイバーンと互角に戦える力を持っているとゼブルに話した。
英雄級の実力者の力を聞かされた時のゼブルは拍子抜けした。キングワイバーンはEKTの世界にも存在するモンスターだが、レベルは30から40と中級モンスターとして扱われている。
キングワイバーンと互角の実力だと聞かされたため、異世界で英雄と言われている者たちも大して強くないとゼブルは知った。
しかしEKTの世界ではそれほど強くないキングワイバーンも異世界では上級モンスターと見られているため、それと互角の力を持つ英雄級の実力者は異世界の人々から強者と認識されていた。
「この世界では英雄級の実力者は勇者に次ぐ実力を持った存在と言われているため、軍や冒険者ギルドからは強大な戦力と見られています」
「強大と言ってもレベル30から40ほどの実力しかないんだろう? 俺の部下のモンスターや隷属の中にはソイツらよりも遥かに強い奴がごろごろいる」
「そ、そうですね……」
ゼブルや魔将軍のような異世界の常識では考えられない力を持つ存在を多く見てきたからか、ティリアはこの世界の戦士やモンスターの強さに対する認識や感覚がおかしくなってきており、ただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。
苦笑いを浮かべるティリアを見たゼブルは机の上に両肘を付けた。
「俺はこの世界の冒険者がどんな存在かこの目で見ておきたいと思ってる。もしかすると俺の使命を果たすのに役に立つかもしれないからな」
「冒険者を?」
「ああ、もしかすると冒険者の中から勇者の素質がある奴を見つけ出せるかもしれないからな」
冒険者について聞いてきたのはやはり魔王としての使命を果たすためだと知ったティリアは真剣な表情を浮かべてゼブルを見た。
「だから今度お前がフォリナス伯に会いに行く時に同行し、トリュポスで冒険者登録をするつもりだ」
「ぜ、ゼブル様が冒険者に?」
「勿論、身分を隠し、姿も変えて登録する」
今の姿のまま冒険者になろうとしていたのかと思ったティリアはゼブルが身分を偽って登録すると聞かされて安心する。
いくらトリュポスがゼブルの支配下に入ったとは言え、まだゼブルがトリュポスを支配したということは公表されていない。
もしゼブルがトリュポスに現れれば間違いなく大混乱になるため、ティリアはゼブルに本当の姿でトリュポスに行くことはやめてほしいと思っていた。
「だが、俺一人じゃできることに限界がある。だからあと二人、一緒に冒険者として登録する奴を連れていく」
「誰を連れていくおつもりですか?」
「一人はお前だ」
「わ、私ですか?」
自分が冒険者になると言われたティリアは自分を指差しながら軽く目を見開く。
「トリュポス出身で元騎士団のお前が冒険者になれば色々と都合がいいからな」
「な、成る程……」
確かにトリュポスで冒険者として活動するのなら自分が適任だと感じ、ティリアはゼブルが自分を指名したことに納得する。
「もう一人は後で紹介する。ちょっと癖のある奴だから気を付けて接しろ?」
「は、ハイ……」
いったいどんな存在なのかティリアは若干不安に思いながら想像する。
冒険者として活動するのだから人間の姿をしているのは間違いない。そのことからティリアはもう一人は人間に近い外見のモンスターか自分と同じ隷属の中から選ばれるのではと推測する。
「さてと、次は俺らが冒険者として活動するために必要な道具を用意しねぇとな」
席を立ったゼブルはティリアの隣まで移動するとアイテムボックスから何かを取り出す。それは金色の装飾が入った黒いハンドベルだった。
「ゼブル様、それは?」
「迎賓館の魔鐘。魔王迎賓館に行くためのマジックアイテムだ」
「魔王迎賓館?」
「EKTで魔王がアイテムやモンスターを購入するための場所だ。こっちの世界に来る前は頻繁に通っていた」
魔王であるゼブルが訪れていた場所と聞いたティリアはその魔王迎賓館と言う場所がとても高貴、そして邪悪な場所なのではと想像して静かに息を飲む。
その魔王迎賓館へ行くためのハンドベルを取り出したことからゼブルはこれから魔王迎賓館へ行くのだとティリアは確信する。
「ゼブル様はこれからそこへ向かわれてアイテムなどの購入を?」
「……いや、魔王迎賓館には行かない」
「え?」
「正確には行けないんだ」
意味が分からずティリアは瞬きをしながらゼブルを見つめる。
ゼブルは魔王城を建築した直後、異世界からでも魔王迎賓館へ行けるか確かめるために迎賓館の魔鐘を使用した。
もし行くことができるのであれば、魔王迎賓館がどうなっているのか確認するついでにアイテムを購入しようと思っていたのだ。
EKTの世界では迎賓館の魔鐘を使用すれば扉が出現し、扉を潜れば魔王迎賓館へ瞬時に移動できる。扉が出現すれば問題なく魔王迎賓館へ行けるだろうとゼブルは考えていた。
ところが異世界で使った際、ゼブルの前には扉ではなく薄い黄色い光のコンソールが出現し、画面に魔王迎賓館へ販売されているアイテムやモンスターの一覧が映し出されたのだ。
ゼブルはコンソールを見た瞬間、異世界からは魔王迎賓館へ行くことはできず、代わりに目の前に現れたコンソールを使用してアイテムの購入をするのだと知る。
実際に購入できるか確認するためにコンソールを操作したところ、アイテムは問題なく購入することができた。
「今までは直接魔王迎賓館へ行ってアイテムを購入したんだが、こっちの世界では魔王迎賓館へは行けず、その場でアイテムを購入するようになってるらしい」
「その場で購入?」
「聞くよりも見た方が早いかもな」
ゼブルはティリアを納得させるために迎賓館の魔鐘を鳴らす。執務室に高い音が鳴り響くとゼブルの前に光のコンソールが出現した。
突然現れた二つの黄色い光の板にティリアは一瞬驚きの反応を見せるがすぐに表情を戻した。
ゼブルが魔王城を建造する時にも同じ物を見たことを思い出し、ゼブルが似たようなことをしようとしていると直感する。
ティリアが見つめる中、ゼブルは両手で操作盤を操り、画面に映るアイテムの映像を変えいく。
(俺とティリアが冒険者として活動するために必要なアイテムは魔王迎賓館でも売ってたはずだ。それを使えば正体がバレることも無い)
画面を見ながら必要なアイテムを探し、目当てのアイテムを見つけると選択していく。
やがて目的のアイテムを全て見つけるとゼブルはコンソールを操作してアイテムを購入する。その直後、コンソールは消滅し、代わりに足下に魔法陣が展開されて選択したアイテムが出現した。
(しっかし、コンソールでアイテムを購入って、現実の世界のパソコン通販と同じじゃねぇか……)
中世風の世界に来て現実の世界で経験したことと同じ行動を取ることにゼブルは嫌悪感を抱きながら足元のアイテムを確認する。
EKTで魔王迎賓館に直接行ってた時は店の受付でEKTの通貨である金貨を払ってアイテムを手に入れていたが、今回のようにコンソールを使って購入する場合は所持しているEKTの金貨から必要な額が自動的に支払われる形となっている。
ゼブルも異世界に来て最初に迎賓館の魔鐘を使った際に持っている金貨が減っていることに気付き、異世界でも支払いはしっかりされるのだと知った。
床に置かれたアイテムを拾ったゼブルは自分が使うアイテムを執務用の机の上に置き、それ以外のアイテムはティリアに差し出した。
「これがお前が冒険者として活動する際に使うアイテムだ」
「こ、これ全部ですか?」
ゼブルの腕の中にある無数のアイテムを見てティリアは目を丸くする。大小様々な大きさのアイテムがあり、ティリアは無言でアイテムを一つずつ確認した。
「おい、確認は自分の部屋に戻った時にやってくれ」
「あっ! す、すみません」
呆然としていたティリアはゼブルから全てのアイテムを受け取る。
ゼブルの配下の中では新参者である自分が魔王補佐官を任されただけでなく、主人から直接アイテムを与えられたことにティリアは小さな驚きと喜びを感じた。
だが同時に大量のアイテムを与えられたことで自分は重要な役目を任されたのだと知って緊張する。
「アイテムの効力は後で教える。どのアイテムがどんな時に使うのか、どんな役割があるのかトリュポスに向かうまでに確認しておけ?」
「は、ハイ」
執務用の机に置かれた自分のアイテムをアイテムボックスに仕舞ったゼブルは椅子に座って書類整理を再開する。
机の上には沢山の羊皮紙があり、ゼブルは羊皮紙の量を見て溜め息をつく。
「まったく、いつになったらこの書類の山が片付くのやら」
手元の書類を手に取って愚痴をこぼすゼブルを見てティリアは苦笑いを浮かべる。
魔王であるゼブルに力を貸すことが魔王補佐官の役目であるため、ティリアは少しでもゼブルが効率よく職務に励めるよう力を尽くそうと思うのだった。
「と、とりあえず私はこのアイテムを部屋に置いてきます」
「ああ、アイテムを置いてきたらすぐに戻れよ? 片付けなきゃならねぇ書類が沢山あるからお前にも手伝ってもらうぞ」
「分かりました」
ティリアは一礼してから執務室を後にし、廊下に出ると私室に向かって歩き出す。
「冒険者の情報を集めながら勇者の素質がある人を探すなんて、ゼブル様も大胆なことをされるわね……」
本来、魔王だけでなく一国の王は情報を得るために自ら敵地に足を踏み入れるようなことはしない。よほどの事情が無い限り王が国を離れたり、危険な場所に向かうなどあってはならないことだ。
偵察や情報収集なら隠密を得意とする部下に任せ、本拠地で情報が手に入るのを待っているのが一番安全な方法だと言える。
しかしゼブルは自ら冒険者となり、人間たちが集まる場所で自分が求めている情報を集めようとしていた。
ティリアはゼブルがなぜ自ら人間が集まる場所へ向かおうとしているのか歩きながら考える。
「もしかして、ゼブル様はご自身で勇者の素質がある人がいるか見極め、素質があったら勇者になるよう導くつもりなの?」
魔王の使命を果たすために冒険者になるのだから、勇者の情報を得るのが第一の理由ではとティリアは推測する。
勇者と戦うために自ら敵地へ向かおうとするゼブルの行動力にティリアは感心していた。
「ご自身で素質がある人を探してまで魔王の使命を果たそうとするなんて、ゼブル様の使命を果たそうとする意志の強さは私が想像している以上に大きかったのね」
ゼブルの使命を果たそうとする意志の大きさを勘違いしていたティリアは前を見ながら真剣な表情を浮かべる。
「ゼブル様が使命を果たすためにも私も全力で役目を全うしないとダメよね」
魔王であるゼブル自身が使命のために行動に移ろうとしているのだから、魔王補佐官である自分もゼブルのためにできることを全てやろうとティリアは決心する。
ゼブルが冒険者となって目的を達成するためにも今は自分がやるべき仕事を片付けなくてはならないと考え、ティリアは急いでゼブルの下へ戻るために速足で廊下を移動し、私室へ向かうのだった。
――――――
執務室ではゼブルが机の上の羊皮紙を一枚ずつ確認し、承認できる案件とできない案件を分けていく。
ティリアが執務室を出て行ってからもゼブルは一人で書類整理を続けていた。表情は変わらないが面倒な書類仕事を続けて疲れが溜まっているのかゼブルは静かに溜め息をつく。
「現実の仕事でも書類整理はやってたけど、これほど多くの書類を一度に確認したことは無かったぞ」
新しい国家を建国するためには決めなければならないことが沢山あると知ったゼブルは少しだけ国を創ろうと考えたことを後悔する。
だが魔王の使命を果たすためには自分の国が必要であるため、ゼブルは使命のためだと自分に言い聞かせながら仕事を続けた。
「補佐官のティリアとは別であと二人ぐらい仕事を手伝ってくれる奴を用意した方がいいかもな。特に書類整理のような面倒な仕事を得意とする奴を……」
一人でも面倒な仕事を手伝ってくれる部下がいれば間違いなく今よりも仕事が楽になると考えながらゼブルは手元の羊皮紙を黙読する。
内容を承認するかどうか最終的に決めるのはゼブルだが、その前に承認するべきか、そうでないかを他の者に判断してもらえばゼブルも多少は決めやすくなるというものだ。
ゼブルは持っている羊皮紙を机の上に置くと右手をこめかみがある部分に当てながら小さく首を横に振った。
「いつまでもこんな仕事を続けてたら頭がおかしくなっちまう。……早く冒険者になってストレスを発散してぇよ」
小さな声でゼブルは本心を口にする。
ゼブルは冒険者の情報を集めたり、勇者の素質がある者を探すために冒険者となるとティリアには言ったが、それ以外にもあと二つ冒険者になる理由があった。
一つは冒険者でしか得られない情報や異世界の金銭を手に入れるため。辺境伯であるレテノールが配下となったため、国や政治の情報は手に入りやすくなったが、ダンジョンやモンスターの生息地のような危険な場所の情報は直接足を踏み入れる冒険者でしか得られない。
時間を掛ければ貴族も手に入れることはできるだろうが、細かい情報は現地に向かった者しか知ることはできない。
ゼブルは自分で細かい情報を得たり、同じ冒険者から情報を聞くために冒険者として活動しようと思ったのだ。
金銭についてもレテノールから提供してもらえば済むのだが、フォリナス家の財産も無限ではない。使い続ければいつか底が尽きる上にレテノールたちの生活やトリュポスの管理にも影響が出てしまう。
冒険者になれば異世界での活動資金を得ることができ、モンスターと遭遇した際には討伐して素材を手に入れたり、配下にしたいモンスターを捕らえることもできる。それはゼブルにとってとても都合のいいことだった。
そして二つ目は冒険者として活動すれば今やっている書類整理と言った魔王の職務から解放されるからだ。
魔王として執務を行うことは大切だが、長い時間デスクワークなどをしていればストレスが溜まってしまう。溜まったストレスを発散するため、つまり気分転換をするための逃げ道としてゼブルは冒険者になることを決めたのだ。
「……とりあえず、今は我慢して目の前の書類の山を片付けるか」
子供のような発言をしながらゼブルは新しい羊皮紙を手に取った内容を確認する。
今日から第2章の投稿を始めます。
今回は冒険者が中心となった物語です。そして本作でも重要なポジションとなる人物も登場します。
また一定の間隔で投稿していくつもりですので、よろしくお願いいたします。




