第14話 警戒する者たち
大都市トリュポスでは人々がいつもと変わらない生活を送っていた。
青空の下で買い物をする住民がいれば、依頼を受けるためにギルドへ向かう冒険者、街中を巡回する衛兵もいる。ごく普通の風景だが、この時のトリュポスには妙な噂が流れていた。
人型の昆虫族モンスターが現れて女騎士を連れ去り、トリュポス周辺の何処かに棲みついていると言う噂だ。
噂はその昆虫族モンスターを目撃した門番の兵士たちが仲間の兵士や住民たちに話したことがきっかけで広まった。
ただ、門番以外に目撃者はいないため、情報を真に受ける者は殆どいない。それでも一部の者たちは本当かもしれないと考えており、トリュポスでは情報の真偽についても話題になっていた。
トリュポスの中央部にある一軒の建物、そこはトリュポスの都市長や内政官などが職務を果たすために使われる施設でトリュポスでも重役を任されている者が出入りしている。
「……街では今でも例の噂が広がり続けているのか?」
「ハイ、既に多くの住民が噂は本当かもしれないと考えているようです」
施設の一室ではトリュポス都市長であり、セプティロン王国南東の領主であるレテノール・モル・フォリナスが椅子に座りながら机に肘をついて深刻な表情を浮かべている。
レテノールの机の前では茶髪で三十代後半ぐらいの貴族風の格好をした男が立っていた。
「このままではいつか住民たちが真実に気づいて大騒ぎになるかもしれません」
「そうなれば都市の機能低下や治安の乱れに繋がる可能性もある……マクロシス、大事にならないよう早急に手を打ってくれ。必要な物があれば用意させよう」
「承知しました」
問題解決を命じられたマクロシスと呼ばれた男は軽く頭を下げながら返事をする。
マクロシスはトリュポスの商業、運輸、騎士団の管理などを任されており、都市長のレテノールの補佐も務めている。
トリュポスで問題などが起きればいち早くレテノールに報告し、対処に全力を尽くすためレテノールからの信頼も厚い人物だ。
「まさかこれほど面倒な状況になるとは……」
「やはり、この問題を解決するには例の魔王を名乗るモンスターを何とかするのが一番だと思います」
「分かっている。だが、情報が少なすぎてどうすることもできん……」
最良の策が思い浮かばないことにレテノールは表情を曇らせる。
マクロシスは暗くなるレテノールを気の毒そうに見ていた。
レテノールは現在、トリュポスに広がっている昆虫族のモンスターの噂について頭を悩ませていた。その昆虫族モンスターとは、二日前に領内に現れたゼブルと言う魔王を自称する存在のことだ。
二日前、トリュポスの南東にあるアドバース砦を根城としていた盗賊の討伐に向かった騎士団の第八遊撃隊はゼブルの助力を得て盗賊を討伐した。
ゼブルは盗賊の討伐と盗賊たちに捕まった第八遊撃隊の救出し、その見返りを受け取るためにトリュポスの南門前に現れたのだ。
南門の門番たちがゼブルの姿を目にし、そこから情報がトリュポス中に広まって現在に至る。
レテノールは最初、街で噂になっている昆虫族モンスターがゼブルだとは知らなかった。だが帰還した第八遊撃隊の騎士である娘のティリア、第八遊撃隊隊長のソフィアの報告で得た情報から昆虫族モンスターが魔王を名乗る存在、ゼブルだと気付く。
現在、トリュポスの住民たちは噂の昆虫族モンスターが魔王を名乗る存在だとは気付いていない。
もし気付かれれば二百年前の悲劇が再来すると住民たちは騒ぎを起こし、トリュポスは大混乱になってしまう。
ゼブルが本当に魔王なのかはまだ断言できないが、この世界の人々にとって魔王は恐怖の対象であるため、例え本当の魔王でなかったとしても魔王と言う言葉を聞けば人々は冷静ではいられなくなるとレテノールは確信していた。
「万が一、魔王を名乗るだけの力を持っており、そのことを住民たちが知れば確実に大混乱になる。それだけは何としても避けなくてはならない」
「確かにそのとおりですな……」
真実が明るみになれば一気に状況が悪くなると考えるレテノールとマクロシスは深刻な表情を浮かべ、現状を好転させるにはどうするべきか考える。
レテノールとマクロシスが考え込んでいると扉をノックする音が聞こえ、二人は扉に視線を向けた。
「入れ」
レテノールが入室を許可すると扉が静かに開いて二人の騎士が入室した。
騎士の内、一人は身長が約175cm、四十代前半で茶色の目と金髪のオールバック、威厳のある顔立ちとがたいのいい男だ。銀の鎧と赤いマントを装備し、腰に剣を吊るしている。
そしてもう一人は身長165cmほどで肩の辺りまである赤い髪を持ち、銀のハーフアーマーを身につけた女騎士。第八遊撃隊の隊長、ソフィア・シルトロンドだった。
金髪の騎士とソフィアは無言でレテノールの方へ歩いていき、机の前まで来ると横一列に並んで立ち止まった。
「フォリナス伯、先程トリュポス周辺の捜索を行っていた隊が帰還しました」
「そうか。……それで結果は?」
「申し訳ありません。魔王を自称するゼブルと言うモンスターは発見できませんでした」
金髪の騎士は軽く頭を下げながらレテノールに謝罪した。
「そうか……ご苦労だったな、ダルジェンド団長」
レテノールは残念そうな顔をしながら金髪の騎士に労いの言葉をかける。
エルゲールと呼ばれた金髪の騎士は顔を上げると良い結果を出せなかったことに申し訳なさを感じているのか複雑そうな顔をしながらレテノールを見つめた。
金髪の騎士、エルゲール・ダルジェンドはトリュポスを拠点とするセプティロン王国第五騎士団の団長でその実力はトリュポス最強と言われている。
力だけでなく、レテノールに対する忠誠心と弱者を守りたいという騎士道精神も持ち合わせており、仲間たちからの信頼も厚い。
エルゲールは二日前に盗賊討伐から戻ったソフィアからゼブルのことを聞かせれており、ゼブルが暴食蟻を従えて盗賊たちを殲滅させたことを知った。
話を聞いた直後、エルゲールはソフィアの報告を信じていなかったが魔王を名乗ったからには放置できないと直感し、その足で領主であるレテノールの下へ向かった。
レテノールの屋敷に着いた時、レテノールから娘のティリアが魔王の下へ行ってしまったと聞かされてエルゲールは驚く。
ソフィアからティリアが第八遊撃隊を救出したゼブルへの報酬になったということも聞かされていたため、エルゲールはソフィアの話が全て真実だと知る。
それからエルゲールは娘を失ってショックを受けるレテノールを落ち着かせ、自分が得た情報をレテノールに伝えた。
しかしティリアを失った直後のレテノールはまともに話を聞ける状態ではなかったため、エルゲールは日を改めて報告することにし、その日は屋敷を後にする。
その後、日付が変わってレテノールが落ち着きを取り戻すとエルゲールはゼブルの詳しい情報を報告する。
平常心を取り戻したレテノールは報告を聞くとトリュポスの住民たちにはゼブルのことは内密にし、ゼブルとティリアの捜索を騎士団に命じたのだ。
「トリュポスの周辺にいないとなると、残るはあそこだけだな」
「……アドバース砦、ですね?」
黙っていたソフィアが口を開くとレテノールたちはソフィアに視線を向ける。
レテノールはティリアからゼブルと共にアドバース砦へ向かうと言われたため、騎士団にアドバース砦も調べるよう指示を出していた。
普通なら自分の拠点の場所を敵に教えるなんてことはしないため、指示を受けたエルゲールはゼブルとティリアがアドバース砦に向かったという情報は嘘ではないかと考えていた。
だが、ティリアの言葉を信じていたレテノールはアドバース砦も調べるよう強く命じたため、とりあえず騎士隊を偵察に向かわせたのだ。
「もしも本当にゼブルがアドバース砦に向かったとしたら、あまりにも愚かだとしか言えません。仮にも魔王を名乗る者が我々に行き先を教えるなど、普通では考えられないことです」
「ああ……だがティリアはハッキリと砦へ向かうと言った。もしかすると私たちに自分の居場所を教えようとしたのではないかと私は思っている」
ティリアが行き先を教えたのには必ず理由がある。レテノールはそう思いながら小さく俯く。
「何のためにですか? お嬢様はゼブルの協力者になったのですよ。それなのに魔王の敵である我々に居場所を教えるなど……」
「マクロシス殿……」
エルゲールはマクロシスに声をかけると視線を動かしてレテノールを見る。
レテノールは俯きながら暗い顔をしており、それを見たマクロシスは軽く目を見開く。
例え真実だとしてもレテノールの前で娘のティリアが魔王の協力者になったと発言するのは不謹慎だと言える。
「し、失礼しました、フォリナス伯……」
「いや、よい。気にするな」
謝罪するマクロシスにレテノールは首を横に振りながら呟く。
いくらティリアが自分の意思でゼブルの協力者になったとしても、親であるレテノールにとっては辛いことだ。
部屋の中にいるエルゲールたちは同情の眼差しをレテノールに向けた。
「……奥様はそれからどうされていますか?」
「少しだけ体調が良くなった。昨日まではティリアがいなくなったショックでまともに食事も取らずに体調を崩していたのだが、ようやく食事ができるくらいに回復したよ」
レテノールから妻であるアナクシアの状態が良くなっていると聞いたマクロシスたちは安心する。
ティリアがいなくなった日からアナクシアが体調を崩したことはマクロシスたちも聞いており、少しでも早く回復してくれることを祈っていた。
そんな時にアナクシアの体調が良くなったため、マクロシスたちはこのまま元気になってほしいと思っていた。
「とりあえず、今はアドバース砦を偵察に向かった者たちが戻るのを待つ。もしもゼブルがアドバース砦を拠点として使っているのなら、一度こちらから接触し……」
レテノールが今後のことについて話していると部屋の扉をドンドンと強く叩く音が響き、一同は一斉に扉の方を向く。
「入れ」
強く扉を叩くことを若干不愉快に思いながらもレテノールは入室を許可した。
許可した直後、扉が勢いよく開き、ソフィアと同じようにハーフアーマーを装備した男の騎士が部屋に飛び込んでくる。
「何事だ、騒々しいぞ」
「も、申し訳ありません! 急ぎフォリナス伯と団長にご報告しなければならないことが……」
エルゲールに謝罪する騎士は呼吸を乱しながら顔を上げる。
額からは大量の汗が流れており、此処まで全速力で走ってきたことが一目で分かった。
「……お前は確かアドバース砦の偵察に向かった部隊の者だな」
エルゲールの言葉を聞き、アドバース砦に向かった部隊が帰還したと知ったレテノールは思わず反応する。
予想していたよりも早くアドバース砦の情報を手に入ると知ったレテノールは早く聞かせてほしいと思いながら騎士を見つめた。
「は、ハイ。先程アドバース砦の偵察を終えて帰還いたしました」
「そうか、ご苦労だった。……それで、砦はどうだった? 何か変化はあったか?」
「そ、そのことですが……」
騎士はエルゲールから目を逸らしながら口を閉じる。その顔は何か恐ろしい物を見て怯えているようだった。
「どうした?」
レテノールが尋ねると騎士はゆっくりとレテノールの方を向く。
「実は……我々がアドバース砦がある場所に着いた時、そこには砦は無く、代わりに大きな城がそびえ立っていたのです」
「何?」
騎士の報告を聞いてレテノールは思わず聞き返した。
エルゲールたちも騎士を見ながら目を見開き、特にソフィアは騎士の言葉に驚愕していた。
数日前に目撃したアドバース砦が無くなり、謎の城が建てられていると聞いたのだから当然だ。だがソフィアは城が建てられた原因は間違いなくゼブルだと直感した。
「馬鹿な。砦が無くなって城が立つなどあり得ん。場所を間違えたのではないのか?」
「いいえ、団長。恐らく本当にアドバース砦があった場所に城が建てられたのでしょう」
報告内容が信じられないエルゲールにソフィアは間違いないと伝える。
「シルトロンド、なぜそうだと言い切れる?」
「以前、私はゼブル殿と対面した時、彼がとてつもない力を秘めているのを感じ取りました。彼なら砦を消して新たに城を築くことも簡単だと思います」
「だから間違いなくゼブルが建てたと?」
「ハイ」
「それはいくらなんでも考えが単純すぎる。お前は実際にゼブルが強大な力を使ったところを見たわけではないのだろう?」
根拠も無いのに間違いないと判断するのは軽率だとエルゲールはソフィアの考えを否定する。
レテノールや他の者たちも同じことを考えており、目を細くしながらソフィアを見ていた。
ソフィアはレテノールたちを見て当然の反応だと感じる。実際にソフィアはゼブルが強大な力を使うところを直接見たわけでもない。
何も知らない者たちに話しても信じてもらえないし、納得もしないと分かっていた。だが、ソフィアはゼブルがやったと確信している。
「確かに私は直接ゼブル殿の力を見たわけではありません。……ですが、彼から強大な威圧感と殺気を感じ取りました。あれは幾度も修羅場を潜り抜けてきた戦士や強大な力を持つモンスターが漂わせているものとは明らかに違います」
ゼブルにティリアを解放するよう交渉した時のことを思い出しながらソフィアは自分が感じたものを語っていく。声は僅かに震えており、額からは微量の汗が流れている。
レテノールたちはソフィアの顔を見て彼女がゼブルに対して恐ろしさ感じているのだと知り、ソフィアが何の根拠も無く発言したわけではないのかもしれないと考えていた。
「あの時のゼブル殿を見て、力の大きさがまるで違う恐ろしい存在、私たちの知らない未知の力を秘めている。そう本能で感じました……」
「……成る程」
もしかすると本当にゼブルは強大な力を秘めているのかもしれない。エルゲールはゼブルが自分たちの想像を超える存在かもしれないと考えを改めることにした。
「フォリナス伯、いかがいたしますか? ゼブルが我々の知らない強大な未知の力を持っているとしたら、二百年前に現れた魔王と同じように人類の脅威となるかもしれません」
「まぁ待て。まだ彼が危険な存在だと決まったわけではない。彼は人間であるティリアやシルトロンド隊長たちを盗賊から救っている。少なくとも二百年前の魔王のように無慈悲に人類を傷つけるような性格ではないはずだ」
「ですが、魔王を名乗っていることは事実です。魔王は人々から恐れられ、邪悪な存在として見られています。自ら魔王を名乗るなんて自身が悪だと認めている悪党か、面白半分で名乗る愚か者のどちらかでしかありません」
魔王を名乗っているからにはまともな思考を持つ者ではない。エルゲールはゼブルが自分たちと友好的な関係を築こうとする存在ではないため、警戒するべきだと思っていた。
レテノールはエルゲールの考えを聞くと俯いてから考え込み、しばらくするとソフィアの方を向いた。
「シルトロンド隊長、君から見てゼブルはどんな存在だと思う? 直接彼と会った君の意見を聞かせてほしい」
ゼブルの印象を聞かれたソフィアは小さく俯き、やがて真剣な表情を浮かべながら口を開いた。
「ゼブル殿は恐ろしい雰囲気を漂わせた異形の存在ですが、一度交わした約束は守り、自分に利益があることであれば人間にも力を貸します。力で全てを思いどおりにする野蛮な性格ではありません。寧ろ頭を使って欲する物を手に入れる知略的な性格をしていると思います」
「……二百年前に現れた魔王は力と恐怖で人類を黙らせ、この世界を手に入れようとした存在だと聞いている。ゼブルはそんな凶暴な魔王ではない、と言うことか?」
「ハイ」
ソフィアが返事をするとレテノールは目を閉じる。
直接ゼブルと会ったソフィアとティリアから聞かされた印象からレテノールはゼブルが人間相手でも話し合いに応じてくれるのではと予想した。
「……ダルジェンド団長、ゼブルの拠点と思われる城に使者を送ってくれ」
「使者、ですか?」
「ああ、会談を行うことを記した信書を届けてもらいたいのだ」
レテノールの言葉にその場にいた全員が一斉に驚きの反応を見せた。
「会談? まさか、ゼブルに会うおつもりですか?」
「そうだ。私が直接会い、魔王ゼブルが我々にとって本当に危険な存在なのか、否かを確かめる」
「真意を確かめるだけでしたら、わざわざ領主であるフォリナス伯が行かれなくても、騎士団長である私や代理の者が向かえばよろしいかと……」
「領主だからこそ行くのだ」
僅かに力の入った声を出しながらレテノールは自分が行くべきだと主張する。
「私は領主として自分の領地で起きた問題を対処、解決する義務がある。そのためにもゼブルに直接会い、彼が王国にとって害悪となるか確かめなくてはならないのだ」
真剣な表情で語るレテノールを見たエルゲールたちは強大な力を持つゼブルを恐れずに話し合うつもりでいると知って驚くと同時に感心していた。
「そもそも領主である私が会談の場を設けようと信書を送っておいて代理の者を行かせるのは失礼だ。何よりも相手は魔王を名乗る者、そんなことをすれば機嫌を損ねてこちらに危害を加える可能性もある」
「た、確かに……」
魔王を相手に無礼な言動をするのは危険すぎるというレテノールの考えにエルゲールは納得する。
話を聞いていたソフィアもゼブルの機嫌を損ねるのは得策ではないと感じており、レテノール自身が会談に参加すると聞いて正しい選択だと思っていた。
「私はゼブルに会い、彼の目的や王国に危害を加えるつもりなのかを確かめる。そして、もし可能であればティリアを解放するよう交渉をするつもりだ」
ソフィアはレテノールの言葉を聞いて反応する。会談を開く理由はゼブルの目的と真意を確かめるためだろうが、それ以外にも娘のティリアを取り戻すためだと知った。
ティリアがゼブルの下へ行ったのは自分と仲間の騎士たちを助けたことが原因であるため、ソフィアは今でもティリアが家族と離ればなれになったことに責任を感じている。
ソフィアも会談でゼブルと話し合う時にティリアがレテノールたちの下へ戻れるように話を進められればいいなと思っていた。
「とりあえず、私は今からゼブルに送る信書の用意する。ダルジェンド団長は使者に適して騎士を選んで出発の準備をさせてください」
「承知しました」
エルゲールは返事をすると部屋から出ていくために扉の方を向く。
ソフィアはエルゲールが退室しようとするのを見て、ティリアのことに対する責任とゼブルと面識があることから自分が使者として城に向かうべきだと考え、エルゲールの声を掛けようとした。
「その必要はねぇよ」
突如部屋の中に女の声が響き、驚いたレテノールたちは部屋中を見回しながら警戒する。しかし部屋の中には自分たち以外誰もおらず、誰が何処から声を出したのか分からなかった。
レテノールたちが部屋を見回していると出入口の扉がゆっくりと開き、全員が扉に注目する。その中でエルゲールたち騎士は腰の剣に手をかけ、いつでも剣を抜ける体勢を取っていた。
扉が開き切るとそこには長い金髪を後ろで纏め、上半身裸で胸に包帯のような物を巻き、奇妙な黄色の上着と長ズボン姿の美少女。肩の辺りまである真紅の髪に赤胴色のフロックコートを着て灰色の長ズボンを穿いた美少年が廊下に立っていた。
「何者だ!」
怪しい二人組を睨むエルゲールは体勢を変えずに後退し、後ろにいるレテノールを守ろうとする。
「何者だぁ? 人に名を聞く時は自分から名乗れって教わらなかったのかよ、おっさん?」
「何?」
突然現れて失礼な発言をする美少女にエルゲールは表情を険しくする。部屋の中は一瞬にして緊迫した空気に包まれた。
エルゲールと美少女が睨み合っていると、後ろに立っていた美少年が美少女の肩にポンと手を置いた。
「セミラミス、こちらは許可も無く当然来訪したんですから、そんな失礼な態度を取ってはいけませんよ?」
「……けっ!」
セミラミスと呼ばれた美少女は不満そうな顔でそっぽを向き、美少年は反応を見て苦笑いを浮かべた。
美少年はレテノールたちを見ながら静かに部屋に入り、セミラミスもそれに続いて入室する。
「お前たち、いったいどうやって此処まで来た?」
「勿論、正面玄関からですよ」
「入口や中には見張りの騎士がいたはずだが?」
「彼らには眠ってもらっていました。……安心してください、全員生きています」
騎士たちを無力化し、気付かれずに此処まで辿り着いた二人組を見てレテノールたちはただものではないと直感する。
「改めまして、お初にお目にかかります。そして、突然来訪したことをお詫びします」
セミラミスと違って礼儀正しく挨拶をする美少年にレテノールたちは少しだけ警戒を解く。
だが何者が分からない以上、どんな行動を取られても素早く対応できるようにしておく必要があった。
「私は魔王ゼブル様の配下である魔将軍の一人、テオフォルス・ゲオルグと申します」
「ま、魔王の配下!?」
「ええ。そしてこっちが同じく魔将軍のセミラミス・ホーネスティスです」
紹介されたセミラミスはレテノールたちを見ると再び不満そうな顔でそっぽを向く。
レテノールは自分たちの前にゼブルの配下がいることに驚きを隠せずにいる。
ゼブルに信書を送ることを話していた時にタイミングよく配下が現れたため、自分たちは監視されていたのではと全員が不安になっていた。
「先にお伝えしておきますが、私たちは貴方がたを監視したりなどしていませんので安心してください」
テオフォルスに自分の考えが読まれていることを知ったレテノールは目を見開く。
目の前にいる美少年に全てを見透かされているような気持ちになり、レテノールは恐ろしさを感じて汗を流す。
レテノールは立ち上がるとテオフォルスの前まで歩いていき、考えを読まれないよう気を付けながらテオフォルスと向かい合う。
「私はこのトリュポスの都市長を務めるレテノール・モル・フォリナスだ」
「存じています。セプティロン王国南東の領主であり、ティリアの父親ですね」
「ティリア? ……ティリアは今どうしている? 無事なのか!?」
娘の名前を聞いたレテノールは若干取り乱したような反応を見せながらテオフォルスに尋ねる。
ティリアが自分の下を去って以来、情報が一切得られなかったため、レテノールは少しでもティリアの情報を入手したいと思っていた。
「ええ、彼女は魔王様の補佐として一生懸命やっていますよ」
「……娘の名を聞いた途端に感情的になるとは、とんだ子煩悩だな」
「セミラミス……」
平気で失礼な言葉を口にするセミラミスを見ながらテオフォルスは困り顔をする。
平和的に話を進めたいテオフォルスはセミラミスを見ながら相手を刺激するような発言はしないでほしいと思っていた。
エルゲールは失礼な発言をしたセミラミスを黙って睨んでいる。
テオフォルスは雰囲気が悪くなったことに気付くと軽く咳をしてレテノールたちの注目を集めた。
「話を戻しましょう。……私たちが此処に来たのは私たちの城を偵察している騎士たちを見つけ、追跡して来たからです。追跡した結果、騎士たちはトリュポスに戻り、その内の一人を追って此処に来たということです」
ゼブルの城を偵察していたことを知られたレテノールたちは緊迫した表情を浮かべた。
魔王であるゼブルの城を偵察していたことを知られればゼブルに敵対行動を取っている思われ、立場が危うくなるのではとレテノールたちは焦りを感じる。
テオフォルスはレテノールたちの表情を見てゼブルの機嫌を損ねたのではと心配していると気付き、小さく笑みを浮かべた。
「安心してください。魔王様は城を偵察されたことを不快に思っていません」
ゼブルが機嫌を損ねていないと聞かされたレテノールたちは誰が見ても分かるような安心した反応を見せる。
セミラミスはレテノールたちの反応を見て無様と思ったのか小さく鼻を鳴らす。
「魔王様は私とセミラミスに騎士の身元を調べ、もしトリュポスの騎士だった場合は様子を窺えと命じました」
「ゼブル、殿が?」
「ハイ。……様子を窺い、もしも皆さんが魔王様との会談、つまり話し合うことを希望している場合は会談を受ける形で話を進めろ、と仰っていました」
テオフォルスの口から出た言葉にレテノールたちは思わず耳を疑った。




