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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第1章  異世界の甲虫魔王
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第11話  警戒すべき国家


 ゼブルたちが自分の注目しているのを見たティリアは静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして真剣な顔でゼブルたちを見ながら口を動かす。


「この世界には私たちが今いるセプティロン王国以外にも複数の国があり、セプティロン王国は周囲を他国に囲まれる形で存在しています」


 セプティロン王国の場所とその周辺を簡単に説明したティリアは自分の腰のポーチに手を入れ、一枚の丸められた羊皮紙を取り出すとゼブルたちの前に広げた。

 羊皮紙には大きな島のような物が描かれており、細長い線で幾つかの地域に分けられている。それはまるで島の中にある領土が描かれているようだった。


「これは私たちの世界、正確には私たちがいる大陸全体を描いた地図です。御覧のとおり複数の国が存在し、王族や権力者によって統治されています」

「ほぉ、結構国の数は多いんだな」


 転移した時から異世界には複数の国が存在していることは分かったが、予想してよりも数が多かったためゼブルは少し意外に思っていた。

 地図に描かれている国の内、大陸の中心にある二国は他の国と比べると小さい。

 他の国に攻め込まれでもしたらあっと言うに間に侵攻されてしまうのでは、と思えるほど領土に差があった。

 ティリアの話を聞く限り、セプティロン王国は大陸の中心にある二つの小さな国のどちらかだとゼブルと魔将軍たちは確信していた。


「それで、セプティロン王国は何処なんだ?」

「あ、ハイ。此処です」


 そう言ってティリアは大陸の中心にある二国の内の一つを指差す。

 予想していたとおり、二つの小国の片方だと知ったゼブルは「やっぱりな」と言いたそうに軽く溜め息をついた。


「……セプティロン王国以外の国はどんなところなんだ? お前の知っている範囲でいいから話せ。あと、大陸にある国の中で情報を知っておいた方がいい、というような国についても教えてくれ」

「は、ハイ!」


 ティリアは地図に視線を向け、何を優先して教えるべきか考えると、ある三つの国の情報について説明を始める。

 一つ目はセプティロン王国の東側に存在している“ダーバイア公国”。

 セプティロン王国の隣国で領土はセプティロン王国とほぼ同じだが人口は僅かにダーバイア公国が上回っている。

 大陸に存在する国家の中では魔法研究は劣っている方だが、兵士や騎士の育成に力を入れており、軍の中でも“ダーバイア騎馬団”は他国も認める優秀な戦力のようだ。

 セプティロン王国とは二年前から戦争状態で両国の中心にある大平原で何度も激戦を繰り広げている。

 二つ目は大陸の北部に領土を持つ“ゾルドラス帝国”。

 大陸最大の国家で領土も人口も他国とは比べ物にならないほど大きい。

 魔導士を育成するための機関が複数存在しており、軍の所属する魔導士の数が多く、魔導士のみで編成された“魔術支援隊”は非常に優秀だと言われている。

 他にも軍でワイバーンを飼い慣らしており、ワイバーンに乗って空から敵地を襲撃する“飛竜騎士隊”が存在するため、陸と空の両方で強力な戦力を保有している。

 そして三つ目は大陸の東部を治めている“イルテ聖王国”。

 領土は大陸国家の中でも二番目に大きく、三聖創神の一人である天神イルティアナを信仰する宗教国家だ。

 イルティアナを崇めているためか、悪魔のような邪悪な存在に対して強い敵対心を抱いており、二百年前に現れた魔王とその配下のモンスターたちには率先して戦いを挑んだ。しかもその時に特別な召喚魔法を使って異世界から勇者を召喚して魔王を討ち取らせている。

 世界を平和へ導いた功績、勇者を召喚できる魔法の独占、多くの聖騎士を保有していることなどから、軍事力と周囲への影響力はある意味でゾルドラス帝国以上だ。


「以上が現在大陸で重要と思われる情報です」


 説明を終えたティリアがゼブルたちを見ると全員が難しい表情を浮かべている。

 ゼブルだけは表情は変わらないが各国のことを深く考えていることが一目で分かる様子だった。


「現在、俺たちがいるセプティロン王国と戦争中のダーバイア公国に最大国家のゾルドラス帝国、そして二百年前に現れた魔王を討ち取った勇者を召喚したイルテ聖王国。現時点では確かに重要な情報だな」


 現状から今の自分たちには必要な情報だと感じたゼブルは納得する。同時に自分たちにとって何が重要なのかを理解し、細かく説明したティリアの優秀さに感心するのだった。

 ただ、二百年前に魔王を倒した勇者が別の世界から来た存在、つまり自分と同じ異世界転移した者だと言うことにはゼブルは内心驚いていた。

 てっきりEKTのプレイヤーだけが転移の対象だと思っていたため、ティリアの話を聞いたゼブルは他の世界の存在も転移対象になると知り、今後誰かがこの世界に呼ばれて自分の脅威になる可能性があると予想する。

 万が一自分に敵対するようなことになれば面倒なことになるため、何かしらの対策を練る必要があると考えた。


「魔将軍たち、今の話の中で最も警戒するべき国は何処だと思う?」


 ゼブルは自分以外の考えを聞くために魔将軍たちに声をかける。特に魔将軍の頭脳であるテオフォルスの意見は聞いておきたいと思っていた。


「あたしはやっぱ聖王国だと思うね。二百年前にこの世界に現れたっつう魔王を倒した勇者を召喚したんだろう? だったら今一番警戒するべきだろう?」

「俺も同感だ。魔王を倒せるほどの勇者を呼び出せる魔法が使えるんなら、魔法に関する知識とかも豊富なはずだ。そっちの方でも警戒しておくべきだろうな」


 セミラミスとシムスの意見を聞き、やはり天神イルティアナを信仰し、勇者を召喚したイルテ聖王国が一番厄介な国家だとゼブルは感じる。

 イルテ聖王国がどれだけの財力、軍事力、情報などを保有しているかは今の段階では分からない。しかし三聖創神を崇拝している以上、十分警戒するべきだ。


「テオフォルス、アリス、お前たちの意見はどうだ?」


 ゼブルはテオフォルスとアリスに声をかける。

 アリスはゼブルと目が合うと上を向きながら考え、しばらくするとゼブルを見ながら口を開いた。


「……私も聖王国を注意するべきだと思う。勇者のこともあるけど、聖王国には沢山の聖騎士がいるんでしょう? 聖騎士たちの能力とかを考えるとやっぱり聖王国を警戒しておいた方がいいんじゃないかな」


 現時点ではアリスもイルテ聖王国を警戒するべきだと考えているようだ。

 幼い見た目と違ってアリスは魔将軍を任されるだけの知識を持ち合わせているため、現状からよく考えて結論を出したのだろう。

 ゼブルはセミラミスたちの意見を聞くと残ったテオフォルスの意見を聞こうと彼の方を向く。

 テオフォルスは目を閉じながら小さく俯いて考えており、やがてゆっくりと目を開ける。


「私は三つの国の中で警戒すべきはダーバイア公国だと思います」

「ほぉ?」


 他の魔将軍とは違う意見にゼブルは意外そうな声を出す。

 ティリアとセミラミスたちもテオフォルスを見ながら少し驚いたような表情を浮かべていた。


「ちょっと待ちな、テオフォルス。何で帝国や聖王国よりも小せぇ国を警戒する必要があるんだよ?」


 魔将軍最高の頭脳を持つと言われているテオフォルスがなぜダーバイア公国を警戒しているのか理解できないセミラミスは腕を組みながら尋ねる。


「確かに勇者を召喚した聖王国や最大の国家と言える帝国は面倒な国と言えるでしょう。ですが、今の段階では問題はありません」


 言っている意味が分からないセミラミスは小首を傾げる。


「聖王国も帝国も今の段階では魔王様や私たちの情報を何も掴んでいない。セプティロン王国からはかなり距離がありますし、彼らが私たちの存在に気付くのはもうしばらく先になるでしょう」

「成る程な。大将や俺らがこっちの世界に来てからそれほど時間も経ってねぇし、すぐに聖王国や帝国に知られる可能性は低いだろうな」


 ゼブルが異世界に来てからまだ一日も経過しておらず、魔将軍は数十分前に転移したばかり。どう考えてもすぐに自分たちの存在を知られることは無いとシムスは納得する。


「一方で王国と戦争中のダーバイア公国は敵の情報を得るために密偵などを王国内に送り込んでいるはずです」

「確かに戦争では敵の情報を集めるのは基本中の基本だ。お前の言うとおり、ダーバイア公国のスパイが潜り込んでいても不思議じゃない」


 ゼブルもテオフォルスの説明を聞いて納得の反応を見せる。


「魔王様は既に王国の人間と接触しており、その情報はすぐに王国中に広まるでしょう。そうなればいずれ必ず公国の密偵の耳にも入り、ダーバイア公国も魔王様の存在を知ることになります」

「……もし、公国がゼブル様の存在に気付けば、戦争相手である王国よりも優位に立つため、ゼブル様に接触し、味方に引き込もうとするかもしれない、と言うことですか?」

「そのとおりです、ティリア」


 自分の言いたいことを察したティリアを見てテオフォルスは小さく笑う。

 年頃の少女だからか、美少年の顔で微笑むテオフォルスを見たティリアは思わず頬を赤く染める。

 

「ただ、味方に引き込むだけならまだいい方です」


 先程まで微笑んでいたテオフォルスを一変して真剣な表情を浮かべた。

 笑みを消したティリアは雰囲気の変化に驚いて思わず目を見開く。


「もしも公国が魔王様を危険と判断し、攻撃を仕掛けてくれば面倒なことになります」

「可能性はゼロじゃないな。場合によっては戦争相手である王国に休戦を持ちかけて手を組み、俺を倒そうとするかもしれねぇ」


 異世界にとって魔王は強大で恐ろしい存在として認識されている。その魔王を倒すために敵対するセプティロン王国とダーバイア公国が共闘して宣戦布告をするかもしれないとゼブルは予想した。

 二つの国を同時に敵に回すことになれば普通なら絶望的な状況だと考えるだろう。しかしゼブルは例えそのような状況になっても問題ないと考えている。

 なぜならゼブルは二つの国を一緒に相手にすることになっても勝つ自信があるからだ。


「まぁ、仮に王国と公国が手を組んで喧嘩を売って来たとしても、大将なら問題なく蹴散らせるだろうさ」

「ああ、もしも戦うことになれば、奴らは間違いなく自分たちの愚かさを呪うだろうね」


 ゼブルなら二つの国と同時に戦うことになっても必ず勝つとシムスとセミラミスは確信していた。

 勿論、テオフォルスとアリスも同じ気持ちでゼブルが敗北するなどと言う最悪の結末は予想すらしていない。

 ティリアは魔将軍たちの様子を見ながら瞬きをしている。ティリアも強力な技術スキルを使い、優れたマジックアイテムを所持するゼブルが強いことは理解していた。

 だがゼブルがどれほど強いのか理解していないティリアは二つの国を同時に相手にすることになれば流石にゼブルも苦戦を強いられるのではと感じていた。

 ゼブルは魔将軍たちの会話を聞いて軽く息を吐く。まるで魔将軍たちの考えに対して複雑な気分になっているように見えた。


「……確かに俺がその気になればセプティロン王国とダーバイア公国を同時に相手にしても蹴散らすことはできる」

(できるんだ……)


 自分なら勝てると断言するゼブルを見るティリアは心の中で呟いた。

 魔将軍たちはゼブルの言葉を聞くと一斉にゼブルの方を向き、「流石だ」と言いたそうな表情を浮かべる。


「だけどな、俺は敵対する奴らを全て力でねじ伏せたり、無理矢理従わせるようなやり方はしたくねぇんだ」


 魔王であるゼブルの口から意外な言葉が出て、それを聞いた全員が軽く目を見開く。


「魔王って言うのは闇の力とモンスターを使い、人間たちを恐怖で支配しようっていう印象がある。だけどな、力だけでなく、時には頭を使って自分が望むものを手に入れる。それこそが本当の魔王だと俺は思ってる」


 ゼブルは天井を見上げながら自分が理想とする魔王について語る。

 EKTを長い間プレイしていたゼブルはいつからか魔王は全てを力で支配する野蛮な存在ではなく、力と知識の両方を使って全てを手に入れる策士のような存在と思うようになっていた。


「俺は野蛮なやり方で魔王の使命を果たそうとは思わない。力と頭の両方を使い、場合によっては相手に情けをかけたりもして使命を果たしていく。……俺の考え方、変だと思うか?」


 自分の考える魔王がティリアや魔将軍たちが考える魔王と異なるのではと考えるゼブルは本心を聞くためにその場にいる全員を尋ねる。

 ゼブルの話を聞いたティリアと魔将軍たちは黙り込む。だがすぐに全員が笑みを浮かべてゼブルの方を見た。


「いや、知的な魔王もいいんじゃねぇか? 少なくとも俺はそう思う」

「最初に聞いた時はマジかと思ったが、よく考えたらクールなボスにピッタリだな」

「確かに力で敵を抑えつけるのは低能な者がやること。魔王様には相応しくありませんね」

「私は優しくてカッコいい魔王様が好きよ」


 笑いながら自分を高く評価する魔将軍を見るゼブルは内心動揺する。

 EKTの世界にいた頃は何度も共に戦ったがゼブルがどんな性格なのかは知らないはず。それなのに魔将軍たちが自分をよく理解しているかのように評価しているため、ゼブルは驚いていた。

 しかし自分のことを良い方向で評価してくれることは普通に嬉しいため、驚きは徐々に消えていった。


「ティリア、お前はどう思っている?」


 ゼブルは最後に出会って間もないティリアに声をかけて意見を聞く。

 ティリアは一瞬驚いたような顔をするが、自分がどんな存在か理解してもらうため、ゼブルたちに信用してもらうためにも意見はしっかり言わないといけないと思っていた。

 ゼブルや魔将軍たちが見つめる中、ティリアは静かに息を吐いてから口を動かす。


「私は子供の頃から魔王は全ての人々を支配し、奴隷のように扱う恐ろしい存在だと教えられ、今までそのとおりだと考えてきました」


 異世界の住人であるティリアなら魔王を邪悪な存在と考えるのは当然。ゼブルはそう思いながらティリアを見つめる。


「……ですが、ゼブル様と出会ったことで魔王はただ暴力的で傲慢な存在ではないと感じるようになりました。時に強大な力で敵を屈服させ、時に巧妙な手口や駆け引きで敵を無傷で無力化させる。それこそが本当の魔王なのではないかと思うようになったんです」


 真剣な表情を浮かべるティリアは自分が思っていることを正直に話す。

 今のティリアはゼブルを前にしても自分が思ったことをハッキリと言えるようになっている。

 ゼブルと出会ってからここまで色々な経験をしてきたティリアはいつの間にか心が強くなっていたようだ。


「私は力と頭脳を使い、慈悲を与えるというゼブル様の考え方、素晴らしいと思います」

「……フッ、そうか」


 ティリアも魔将軍と同じ考えだと知ったゼブルはどこか嬉しそうな口調で呟く。

 異世界の住人であり、人間であるティリアから自分が良く見られていると知ったゼブルは他の現地人の魔王に対する印象も変えることができるかもしれないと思っていた。


「ケッ、ボスと出会って間もないっつうのによく知ってるような言い方しやがる。……ちょっと気に入らねぇな」

「おいおい、ガキみてぇなこと言うなよ。魔王である大将に協力するだけじゃなく、敬うなんて人間としては大したもんじゃねぇか。ここは高く評価するべきじゃねぇか?」


 まだティリアのことを認めていないセミラミスをシムスは笑いながら宥める。

 確かにティリアは人間だがゼブルの力と魔王としての器を認め、既に忠誠を誓っている。シムスはティリアのことを同じ魔王ゼブルに仕える仲間として認めていた。

 セミラミスはシムスを見ると不機嫌そうな顔をしながら軽くそっぽを向く。

 最初にティリアと会話した時と違ってセミラミスはティリアの発言や存在を頭ごなしに否定したりしなかった。多少はティリアのことを役に立つと思うようになったのかもしれない。

 シムスはセミラミスの反応を見ながらニッと笑う。

 テオフォルスとアリスもセミラミスがそっぽ向いたのを見てからかっているような笑みを浮かべていた。


「とにかく、三つの国の中でダーバイア公国を特に警戒し、できる限り我々の情報を流さないようにするべきでしょう。少なくともこちらが異世界で本格的に活動できるようになるまでは情報を流さないようにするべきだと思います」

「そうだな。……ただ、現状ではダーバイア公国以上に注意するべき国があるんじゃないのか?」


 ゼブルの言葉にティリアは目を見開く。

 ゾルドラス帝国やイルテ聖王国よりもダーバイア公国を警戒するべきだと話していたのに、そのダーバイア公国以上に気を付けなくてはいけない国家があると聞いたため、驚くと同時に意外に思っていた。


「流石は魔王様。お気づきになられていたのですね」

「気付いた、と言うかはそうだろと思っただけだ」


 例え思っただけだとしてもダーバイア公国よりも面倒な国があることに気付いたのだから、テオフォルスはゼブルの勘の鋭さに感心する。

 ティリアとテオフォルス以外の魔将軍たちはゼブルとテオフォルスが考えている国のことが気になり、早く教えてほしいと言いたそうな目で二人を見ている。


「公国よりも注意するべき国、それは……」

「セプティロン王国だ」


 国名を聞いたテオフォルスはゼブルが自分と同じ国を警戒していると知って小さく笑った。

 ティリアは自分の祖国がゼブルたちにとって一番面倒な国だと知って軽い衝撃を受ける。なぜセプティロン王国が一番面倒なのか、その理由が分からず、ティリアは黙ってゼブルとテオフォルスを見ていた。

 テオフォルスはティリアが理解できていないことに気付くと他の魔将軍への説明も兼ねてセプティロン王国を最も注意するべきかを話し始める。

 

「先ほども説明したとおり、魔王様はセプティロン王国の騎士や兵士と接触しており、辺境伯であるティリスの父親も魔王様の存在について承知しています。王国中に魔王様の情報が広がるのも時間の問題でしょう」


 理解してもらうため、テオフォルスはティリアたちの方を見ながら一つずつ丁寧に説明していく。


「国中に情報が広がればいずれ公国の密偵の耳にも入りますが、その前に王国の人間たちが魔王様の対処のために動くでしょう」

「ゼブル様の対処?」


 ティリアは小首を傾げながらどういう意味なのか考える。すると何かに気付いたティリアはテオフォルスに視線を向けた。


「この世界では魔王と言う存在は恐るべき存在として認識されている。当然王国にも魔王は危険な存在だと警戒する人も大勢いる。……国王陛下や貴族の方々がゼブル様を世界の脅威と見なして討伐に動くかもしれない、と言うことですか?」

「そのとおりです。現状とこの世界での魔王の印象を考えれば敵対する可能性は十分あるでしょうね」


 近いうちにセプティロン王国がゼブルや自分たちを討伐するために軍を動かすと知ったティリアは緊迫した表情を浮かべる。

 ゼブルと取引した時にティリアは人類と敵対することは理解していたし、覚悟もしていた。だが実際に対立、それも祖国の軍が討伐に動く可能性が高いと聞かされると緊張してしまう。

 セミラミスたちもテオフォルスとティリアの話を聞いて納得の反応を見せる。

 ただ、魔将軍たちはティリアのように緊迫した表情は浮かべておらず、面倒くさそうな顔をしていた。


「もしも王国が討伐軍を送り込んでくれば確かに面倒なことになるな。……討伐軍の相手なんてしてたら公国や他の国の情報収集とかに手が回らなくなっちまう」

「ああ、どんなに弱い奴らでも全て片付けるにはそれなりの時間が掛かるからな」


 腕を組むセミラミスの隣でシムスは自分の後頭部を掻き、アリスも小さく俯きながら静かに溜め息をついた。

 ゼブルとテオフォルスもセプティロン王国と戦う場合のことを想像して肩をすくめ、呆れたような顔をしていた。二人の態度からはセプティロン王国と戦うことに不安などは一切感じられない。

 ティリアはゼブルたちの反応を見ながら目を丸くする。同時にゼブルたちがセプティロン王国を面倒だと思っている理由にも気付いた。

 ゼブルたちがセプティロン王国を面倒だと思う理由は一国の軍を相手にするからではなく、その軍を相手にすることで他の仕事に回す時間が減り、効率よく動くことができなくなるからなのだ。

 しかもゼブルたちの態度を考えるとセプティロン王国の軍と戦っても余裕で勝てると思っているとティリアは気付き、ゼブルと魔将軍は一国を敵に回しても余裕でいられるほどの強さを持っているのかと予想する。


「ただ、王国が討伐に動かず、自分たちを襲わないよう国王が魔王様に交渉を持ち掛けてくる可能性もあります。その場合はいかがいたしますか?」

「その時は最低限の希望は叶えてやるさ。勿論、こっちが得をする内容でな」


 決して相手側が得をするような交渉はしない。もしも交渉を持ち掛けてきた際は必ず自分が大きく得をする内容で交渉してやるとゼブルは考えるのだった。


「まぁどう動くにせよ、王国が俺らの邪魔をしないよう大人しくさせることが重要だな」

「確かにそうだな。……だがよぉ、どうやって連中を大人しくさせるつもりだ?」


 一国を黙らせるとなると並の手段は通用しないと考えるシムスがどんな方法を使うのかゼブルに尋ねた。


「王国を黙らせるならこっちが王国以上の力を持っていることを証明し、迂闊に手は出せないと思い込ませなくてはいけない。俺は一国を滅ぼすだけの力は持っているが、口で言っても連中は俺一人にそれだけの力があるとは信じないだろう」


 ゼブルの話を聞いたティリアは「確かに」と言いたそうな顔をする。

 ティリアはゼブルが強大な力を持っていることは知っているが、ゼブルが戦う姿を見るまではゼブルが強いとは思っていなかった。

 つまりゼブルの力を目の当たりにしない限り、人々がゼブルが強いことを信じないということだ。


「俺の力を見せて理解させるという方法もあるが、俺は穏便なやり方で王国を黙らせたい。だから、俺が王国と対等の立場にあることを証明して大人しくさせるつもりだ」

「いったい、どんな方法で証明なさるのですか?」


 ティリアが不思議そうな顔で尋ねると、ゼブルはティリアたちを見ながら目を薄っすらと黄色く光らせた。


「俺たちの国を造る」

「……へ?」


 言っていることが理解できないティリアは間抜けな声を出す。

 魔将軍たちもゼブルの言葉に驚き、全員が目を見開いていた。


「ま、まま、待ってくださいゼブル様! く、国を造るって……ゼブル様は数時間前にこの世界に来られたのですよ? そんな簡単に国を造ることなんてできませんよ」

「心配するな。それについては既に手を打ってある」

「えっ?」


 知らない間に国を造る準備を進めていると聞いたティリアは目を大きく見開く。

 ティリアはここまでゼブルと行動を共にしていたが、建国の準備をするような言動は一度も見ていない。そのため、何時準備を進めていたのか全く分からなかった。


「ゼブル様、いったい何時そのようなことを? それに国を造る方法って……」

「……その時が来たら分かるさ」


 言っていることの意味が分からないティリアは難しい顔をする。

 魔将軍たちもゼブルがどんな手を打ったのか気になり、俯いたり仲間同志で見つめ合ったりしながら考えていた。


「さてと、重要な国のことは分かったし、今度はそれ以外の国や文化とかの説明をしてくれ」

「あっ、ハイ」


 ゼブルが何をしたのか気になるが、今はまだ大陸に存在する国の説明をしている最中であるため、ティリアは気持ちを切り替えて説明を再開した。


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