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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第1章  異世界の甲虫魔王
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第9話  魔将軍


 盗賊がいなくなったことでアドバース砦は静寂に包まれていた。ただ、砦の至る所には盗賊たちの血が残っており、不気味な雰囲気を漂わせ続けている。

 アドバース砦の中ではゼブルが生成した暴食蟻たちが徘徊していた。何体かは建物や城壁の壁を這い上がったりしており、その光景は暴食蟻たちが砦を占領しているようだ。

 正門前から少し離れた所に突然二つの人影が現れる。トリュポスへ向かっていたゼブルとティリアだった。

 さっきまで二人はトリュポスの南門にいたが、ゼブルの力によって一瞬にしてアドバース砦に戻ったのだ。


「こ、此処はアドバース砦?」


 ティリアはいつの間にアドバース砦に戻ってきたことに驚きながら瞬きをする。

 数秒前まで遠いトリュポスにいた自分がアドバース砦にいることから、ティリアはゼブルと共に砦に転移したのだとすぐに気づく。

 ただ、今回は帰還の宝玉リターンクリスタルのような転移用のマジックアイテムは使わずに転移したため、ティリアはゼブル自身も転移できるのではと予想した。


「ぜ、ゼブル様、もしかして転移魔法をお使いになられたのですか?」

「ああ、転移テレポートを使った」

「て、転移テレポート!? 英雄級の実力を持つ魔導士の中でもごく一部、もしくは勇者と同等の魔導士しか使えない伝説の魔法の一つを使えるなんて……」

「で、伝説の魔法?」


 目の前の少女は何を言っているんだ、ゼブルはティリアを見ながら困惑していた。

 転移テレポートは中級の一等魔法で特定の魔法職を修めれば誰でも修得できる魔法だ。EKTでも楽に修得でき、発動に使用するMPも少なく、自分を含めて七人までなら一度に転移できるため多くのプレイヤーが修得し、戦闘や移動などで役立てていた。

 EKTでは多くのプレイヤーが修得するほど簡単な魔法が異世界では伝説級と呼ばれていることを知ったゼブルはEKTでは珍しくない魔法も異世界では非常に優れた魔法として見られているのではと考える。


転移テレポートを使えるなんて、ゼブル様は優れた魔法職を修めていらっしゃるのですか?」

「いや、確かに魔法職は修めているが、それほど優れた職業クラスじゃねぇ。俺は戦士だからな」

「えっ、戦士なのに魔法が使えるのですか?」


 意外な事実にティリアは軽く目を見開く。

 しかしゼブルは魔王であるため、例え戦士でも魔法が使えてもおかしないとこの時のティリアは思っていた。


「戦士職の中にも魔法が使える職業クラスは幾つかある。俺はその一つを修得して転移テレポートを覚えただけだ」

「そ、そうだったのですね」

 

 別に魔王だからと言うわけではないと知ったティリアは自分の予想が間違っていることに小さな恥ずかしさを感じたのか苦笑いを浮かべる。

 ゼブルはメイン職業クラスを戦士職にしているが、サブ職業クラスで中級職を二つ修めている。そして今修めている職業クラス転移テレポートを修得した。

 ただ二つのサブ職業クラスでは転移テレポートは修得できない。ゼブルはメインの職業クラス転移テレポートを修得したのだ。

 ゼブルのメイン職業クラスは“ニルヴァーナ”と呼ばれる戦士職の中でも一二を争うほど人気で優れた上級職だ。だが優れている分、修得が難しくゼブルも修得するのに長い時間をかけた。

 ニルヴァーナは剣を重視した技術スキルを複数修得することができるが、戦士職でありながら一部の闇属性魔法を修得することもできる。それがニルヴァーナが人気の職業クラスと言われている理由の一つでもあるのだ。

 修得できる魔法は最高で上級三等となっており、魔法の階級だけで言うなら上級の魔法職には敵わない。だがそれでもニルヴァーナは中級の魔法職を優に超える能力を持っている。


(ゼブル様は予想していた以上の力をお持ちになられている。この方がその気になれば短い期間で一国を支配できるかもしれない……)


 その強大な力を使えば全てを手に入れることも簡単だと思いながらティリアはゼブルを見つめた。

 ゼブルがこれから先どのような活動をするのかはまだ分からないが、協力者となった以上、ティリアはゼブルに力を貸すつもりでいる。

 ティリアが自分がやるべきことについて考えているとアドバース砦の中から暴食蟻たちが出てきた。

 暴食蟻たちはゼブルとティリアの前に集まると隊列を組んで並ぶ。

 アドバース砦を襲撃する際に盗賊たちと戦闘になったが暴食蟻は一体も倒されておらず、召喚した時と数は変わっていない。それどころか暴食蟻たちの体には傷一つ付いていなかった。


「ご苦労だったな」


 ゼブルは目の前に集まる暴食蟻たちに労いの言葉をかける。

 暴食蟻たちは喜んでいるのか大きく口を開きながら鳴き声を上げた。

 ティリアは自分とゼブルに注目する暴食蟻たちを見回す。暴食蟻たちの顔や顎、体には盗賊たちを襲った時に付着した血が乾いて残っており、僅かに恐怖が感じられる。

 だがティリアは既に何度も暴食蟻たちを見たことで慣れてしまったのか、暴食蟻たちを見ても驚いたりはしなかった。


(数時間前までは暴食蟻かれらが盗賊たちを捕食しているのを見て吐き気を感じていたのに今は吐き気どころが恐怖も感じていない。慣れって言うのはなんて怖いものなの……それともゼブル様の協力者になったことで恐怖とかを感じなくなってしまった?)


 自分自身の変化にティリアは小さな驚きを感じる。

 これから先、ゼブルと行動を共にすることで同じような経験をしたり、似たような光景を目にすることがあるだろう。しかしティリアは自分が自分でなくなることを恐れ、何が起きても今の自分でい続けようと心に誓うのだった。


「さて、無事に砦に戻って来れたわけだし、早速拠点造りを始めるか」


 ゼブルはアイテムボックスを開いて何かを取り出す。ゼブルの右手には黄色の四角い水晶があり、太陽の光を受けて輝いていた。

 取り出された黄色い水晶はゼブルが異世界に転移する直前に魔王迎賓館イビルゲストホールで購入したアイテムで、この水晶こそが拠点を造るために欠かせない物なのだ。

 ティリアはゼブルが取り出した黄色の水晶が何なのか気になり、興味のありそうな顔で見つめた。

 ゼブルはティリアが見ていることに気付くと協力者になったティリアには説明するべきだろうと考える。


「コイツは王城創成石キャッスル・クリエイト。魔王が拠点を造るために使うマジックアイテムだ」

「この水晶に拠点を造るための力が込められているのですか?」

「まぁ、そんなところだ」


 効力は説明するが、複雑な構造までは説明する気は無いゼブルは適当に説明してティリアを納得させる。

 実際ゼブルはEKTの世界にいた時も自分が所持しているマジックアイテムがどんな構造になっているのか分かってなかった。いや、EKTを制作した運営側もゲームで使われるアイテム一つ一つがどんな構造になっているのかなんて考えていなはずだ。

 そのアイテムがどんな効力でどれほどの価値があるのか、それだけ決めれば問題ないと運営側は思っていたに違いない。ゼブルは王城創成石キャッスル・クリエイトを見つめながらそう思った。

 EKT運営側の事情を考えていたゼブルは気を取り直して王城創成石キャッスル・クリエイトを使用した。

 水晶はゼブルの手の中で黄色く輝き、同時に目の前にあるアドバース砦も黄色い光に包まれる。その直後、水晶は高い音を立てて砕け散り、アドバース砦も掻き消されるように消滅した。

 ティリアは突然アドバース砦が消滅し、目の前に平らで大きな広場だけが残ったことに驚いて目を見開く。

 これから何が起き、どのようにして拠点が造られるのか想像できないティリアはただ呆然としていた。

 ゼブルが隣で驚いているティリアを気にせずに広場を見ていると、ゼブルの前に大きめの黄色い半透明の四角い光の板が出現し、その手前にも黄色の半透明の四角い光の板が現れた。ただ、後から出てきたのは横長で複数のボタンのような物がついている。

 現れた二つの光の板は拠点の外観や部屋数などの設定を行うためのディスプレイとキーボード、つまり拠点を製作するためのコンソールでこれらを使って拠点を造っていくのだ。

 ゼブルは目の前の画面を見ながら両手でタグを操作し始める。EKTの世界でもゼブルは何度も同じように拠点を造ったため操作には慣れていた。

 ただ今までと違う点が一つだけある。それは今使っている王城創成石キャッスル・クリエイトが過去に使っていた拠点制作のアイテムと違って非常にレアで優れた物だということだ。

 EKTには数種類の拠点制作アイテムが存在するが、その殆どには使用する際に条件がある。

 一つは拠点を造る際に必要な素材を用意すること。

 二つ目は拠点を造る場所に別の建造物など障害となる物がある場合はそこに拠点は造れないというものだ。

 プレイヤーが希望した外観、大きさ、強度の拠点を造るには予め決められた素材を用意する必要があり、素材が足りなければ拠点は造れないようになっている。

 更に拠点は平らな場所や足場が安定した場所にしか造れず、空中や水上は勿論、森のように木々が密集した場所には造れない。

 ただ、空中と水上に足場となる場所があったり、木々を伐採して場所を確保したすれば製作も可能となる。

 拠点を造るには素材と場所を用意する必要があるが、他にも使用するアイテムによって作れる拠点の大きさや強度が変わってくるという問題もある。レア度が低く、簡単に手に入るアイテムでは屋敷ほどの大きさ、強度の拠点しか造れない。

 しかしゼブルが使用する王城創成石キャッスル・クリエイトは優れた拠点を造るために必要な素材が予め用意されており、大きさも拠点制作アイテムで作れる拠点で最大の大きさにすることができる。

 更に拠点を造る場所に別の建造物や障害物があったとしてもそれを消して拠点を造ることができる。しかも消した物は素材として使用できるため、用意された物以外の素材を使って拠点を造ることも可能だ。

 だがそんな王城創成石キャッスル・クリエイトでも空中のように足場が無い場所には拠点は造れない。しかし足場があればどんな場所でも造ることができる。

 要するに王城創成石キャッスル・クリエイトはプレイヤーが一から素材を集める必要が無く、強力な拠点を足場がある場所に自由に作ることができるのだ。

 ただし、それだけ優れているアイテムであるため、EKTでは課金者しか手に入れることができない。

 EKTの通貨である金貨を五千万枚、魔王迎賓館イビルゲストホールで購入できる課金アイテムを数種類集め、それら全てを使ってようやく王城創成石キャッスル・クリエイトを購入することができるのだ。


王城創成石キャッスル・クリエイトを買うために必要な課金アイテムを用意するのに自然保護官の給料の四分の一をつぎ込んだんだよなぁ……)


 ゼブルは作業をしながら現実リアルで多額の金銭を使ったことを思い出して複雑な気持ちになる。

 しかしそのおかげで強固な拠点を造ることができるため、今では異世界に来る直前に手に入れといてよかったと思っていた。

 それからゼブルはタグを操作していき、自分が考えた拠点の設定を完了させる。そして設定が終わると拠点製作を開始するかの最終確認であるYesとNoの文字が画面に映し出された。

 何度も設定を確認し、問題は無いと判断したゼブルはYesを選択する。その直後、コンソールは消えてアドバース砦があった場所が黄色く光りだした。

 再びアドバース砦があった場所が光りだしたことティリスは驚きながら眩しさに耐える。

 ゼブルは眩しさなど気にしていないのか、腕を組みながら光る広場を見つめていた。

 しばらくすると光が弱まっていき、広場が見えるようになる。

 アドバース砦があった場所には高い城壁に囲まれた漆黒の城がそびえ立っていた。


「え、えええええぇっ!!?」


 一瞬にして城が現れた状況にティリアは目を丸くしながら声を上げる。

 城壁の高さや敷地の広さはアドバース砦と同じくらいだが、城壁の内側にある城は比べ物にならないくらい大きく、四階建てで邪悪な雰囲気を漂わせる外観だった。


「こ、これが……魔王様の新しい拠点、ですか?」

「ああ、そうだ。地上四階に地下二階、予定していたよりもいい出来で良かったぜ」


 満足したような口調で語るゼブルをティリアは瞬きをしながら見つめる。

 予想以上に大きな拠点が造られたことでティリアの思考は麻痺しかかっていた。


「よし、それじゃあ入るか」


 完成したばかりの城に入るため、ゼブルは正門に向かって歩き出す。

 ティリアも我に返ると慌ててゼブルの後を追いかけた。


「暴食蟻、十体は此処に残って正門の見張りに就け。残りは中に入ったら城の周りを見回れ。もし侵入者がいたら始末しろ」


 ゼブルが指示を出すと暴食蟻たちは一斉に動く出す。

 指示されたとおり十体は正門前に移動して周囲を見張り、残りの暴食蟻はゼブルとティリアに同行して中に入った。

 正門を潜ると広い庭が視界に入る。花壇も芝生も無く、庭全体が石レンガで覆われている。庭の隅には植物が生えているがそれも僅かしかなく誰が見ても殺風景と思える場所だ。

 そんな中庭を進んで城の入口でまで辿り着くと暴食蟻たちは散開して中庭の見張りを始める。

 残ったゼブルとティリアは大きな二枚扉を見上げており、ゼブルは両手で扉を押し開けた。

 扉を開けて中に入ると広くて天井の高いエントランスがゼブルとティリアを迎え入れた。

 中は黒や紺色など暗い色で統一されており、天井からは金色のシャンデリアが吊るされている。奥には二階へ続く階段があり、エントランスの隅には不気味な見た目の全身甲冑フルプレートアーマーが幾つも飾られていた。

 他にも無数の絵画が壁に飾られており、部屋の隅には別の部屋に移動するための通路の入口が幾つもある。一国の王が住む城と同じくらい立派なものだった。

 ゼブルはエントランスの奥にある階段へ移動する。目的地は上の階にあるため、寄り道などせずに真っすぐ階段へ向かった。


「あの、ゼブル様、今からどちらへ向かわれるのですか?」


 エントランスを見回していたティリアは行く先が気になり、前を歩くゼブルに尋ねた。


「まずは玉座の間へ行く。あそこは城の中である意味中心と言える場所だから一度見ておきたいんだ。それにあそこは広いからこれからやることを考えると一番適した場所だ」

「?」


 ティリアは小首を傾げながらゼブルの後をついて行く。玉座の間で何かをするのは分かったが、どんなことをするのか全く想像できなかった。

 それからゼブルとティリアは二階に上がり、そこからしばらく移動して更に上へ続く階段を上がっていく。

 その後に更に二度、上の階へ上がって四階に着くと二人は奥へ進んで大きな二枚扉の部屋の前で立ち止まった。

 ゼブルは両手で二枚扉を押して扉を開けた。扉の向こうには広く天井の高い部屋が広がっており、シャンデリアが吊るされて部屋の隅には数本の柱が立っている。

 その部屋も禍々しい雰囲気を漂わせており、部屋の一番奥には壇上に設置された大きめの玉座があった。


「こ、此処が玉座の間……」

「よしよし、想像したとおりの出来だな」


 部屋を見回すティリアの隣で満足そうな反応を見せたゼブルは玉座がある奥へ進んでいく。

 ティリアもゼブルの後に続いて奥へと進んでいき、二人は玉座の前までやってきた。

 立ち止まったゼブルは玉座を無言で見つめ、しばらくすると振り返って後ろにいたティリアと向かい合う。


「さて、ティリア。お前にはこれから俺の協力者として働いてもらうわけだが、その前にお前に見せておく物がある」

「見せておく物、ですか?」


 玉座の間に付いた直後に何かを始めようとするゼブルに対してティリアは不思議そうな反応を見せる。現状からゼブルが移動中に言っていた何かをやるのだろうとティリアは予想していた。

 ティリアが見つめる中、ゼブルはアイテムボックスを開き、右手を魔法陣に入れる。そして右手を引き抜いた時、ゼブルの手の中には高さ50cmほどの正方形の薄紫色の箱があった。

 ゼブルは取り出した箱をゆっくりと床に下ろす。大きさや材質から片手で持ち上げるのは難しそうに見えるが、ゼブルは疲れなどは一切見えなかった。


「ゼブル様、この箱は?」

「コイツは異次元の宝箱ディフォレントボックスと言って手に入れたアイテムを無限に収納することができる箱だ」

「無限に収納? こんな小さな箱の中にですか?」


 信じられないティリアが瞬きをしながら足元の箱を見つめる。

 ゼブルは片膝をついて姿勢を低くすると異次元の宝箱ディフォレントボックスの蓋を開ける。箱の中は渦巻いた紫色の靄のようになっており、ゼブルは右手を紫色の靄の中にいれた。

 異次元の宝箱ディフォレントボックスはEKTでプレイヤーが使用する拠点設置型のアイテムボックスで数が多くて持ち歩けなかったり、使う機会の無いアイテムを収納できる。

 ただし、拠点設置型なので拠点に設置しなければアイテムを取り出すことも仕舞うこともできない。そのため、異次元の宝箱ディフォレントボックスその物を持ち歩いても外で使うことはできないんだ。

 拠点設置型と言うことで使い難いと思われそうだが、異次元の宝箱ディフォレントボックスは作成数に制限が無いため、プレイヤーは自分が造った拠点の数だけ作成、設置することができる。

 しかも箱の内部が全て繋がっており、収納されているアイテムは別の異次元の宝箱ディフォレントボックスから取り出すことも可能。つまり遠くの拠点の異次元の宝箱ディフォレントボックスから入れたアイテムを手元の箱から取り出すことができるということだ。

 拠点に設置している時しか使用できないが収納されたアイテムなら何処でも好きな時に取り出せるため、複数の拠点を持つプレイヤーたちは大量の異次元の宝箱ディフォレントボックスを作って拠点に設置している。

 ゼブルもその一人でEKTの世界では自分の拠点全てに異次元の宝箱ディフォレントボックスを設置していた。


(もしコイツが使えれば、俺は魔王としての活動しやすくなる。……頼むぞ、上手くいってくれ)


 心の中で祈りながらゼブルは異次元の宝箱ディフォレントボックスに入れてる右手を動かす。この時のゼブルはある可能性に賭けて異次元の宝箱ディフォレントボックスを使っていた。

 収納されたアイテムが何処でも取り出せる異次元の宝箱ディフォレントボックスならEKTの世界にある自分のアイテムを取り出せるかもしれないと考えていた。

 もしもアイテムを取り出すことができれば、戦力や物資、資金を一から集める必要は無くなる。ゼブルが魔王としてすぐに活動できるようになるのだ。

 しかし、帰還の宝玉リターンクリスタルでEKTの世界に転移できなかったため、異次元の宝箱ディフォレントボックスでアイテムを取り出せないかもしれない。そうなったらまず必要な物を揃えることから始める必要があるため、ゼブルが魔王の使命を果たすのはしばらく先となってしまう。

 効率よく使命を果たすためにも異次元の宝箱ディフォレントボックスが機能してほしい。ゼブルはそう思いながら自分が欲しているアイテムを想像しながら右手を動かす。

 すると何かを掴んだ感触がし、ゼブルは素早く右手を引き抜いた。

 ゼブルの右手の中には中心に黄色の奇妙な紋章が刻まれた小さな青い宝玉が四つあった。


「……フフフフ、ハハハハハハッ!」


 宝玉を目にしたゼブルは異次元の宝箱ディフォレントボックスが問題なく使えることを知って笑い出す。

 甲虫の顔をしているため、笑っても表情は一切変化しないが、今のゼブルは誰が見ても喜んでいることが分かるほど大きな声で笑っていた。

 ティリアは手を引き抜いた直後に当然笑い出すゼブルを見て思わず目を丸くする。


「ぜ、ゼブル様?」

「ハハハハハッ、いいぞ! EKTあっちからアイテムを取り出せる。これで万全の状態で活動できるぜ!」


 最大の問題が解決したことで上機嫌になったゼブルは早速宝玉を使うことにし、右腕を大きく横に振って手の中の四つの宝玉を投げる。

 四つの宝玉が床に落ちると高い音を立てて砕け散った。その直後、宝玉が落ちた場所に四つの青い魔法陣が展開される。


「ゼブル様、あれは……」


 何を始めるのか気になるティリアはゼブルに声をかけた。

 状況から投げた宝玉がマジックアイテムだというのは分かっている。だがどんなアイテムなのか分からないため、ゼブルが何をしようとしているのか見当もつかなかった。


「あれは“腹心の召玉しょうぎょく”と言う眷属を召喚できるマジックアイテムだ」

「眷属?」

「俺と同じ能力を持つ特別なモンスターのことだ。当然、そこらのモンスターとは比べ物にならない力を持っている」

「直属のモンスター、と言うことですか?」

「まぁ、そんなところだ」


 魔王であるゼブルと同じ能力を持つモンスターが現れることを知ったティリアは驚きながら魔法陣を見つめる。同時にどんなモンスターが現れるのか興味があった。

 EKTの世界にいる眷属を異世界に呼び出すなんて不可能ではないかと普通なら思うだろう。しかし異次元の宝箱ディフォレントボックスによってEKTの世界からアイテムを取り出したことができたため、ゼブルは腹心の召玉も問題なく使えると確信していた。

 ゼブルとティリアが見つめる中、四つの魔法陣は光りだし、魔法陣の真ん中に四人の人型の生物が現れた。

 現れた四人こそゼブルの眷属で全員が異なる姿をしており、小さく俯きながら目を閉じている。

 眷属の内、一人は身長が約163cm、十代後半ぐらいの美少女で青い目に後ろで纏めた長い金髪をしている。

 格好は黄色の長ズボンに黒のロングブーツ、上半身裸でサラシを巻き、その上に黄色の特攻服を着ており、背中には雀蜂と黒い漢字が書かれていた。そして腰には黒い木刀が差してあり、その姿は昭和のレディース暴走族のようだ。

 二人目の眷属は狼の亜人、ウェアウルフのような姿で濃い灰色の体毛と黄色の目を持ち、身長は185cmほど。

 モスグリーンの軍服を着て同じ色の制帽を被っており、両手には白い手袋をはめ、軍服には金色の勲章が付けられている。見た目は陸軍の軍人のようだった。

 三人目の眷属は十代後半ぐらいの美少年で女性なら誰もが見惚れてしまうほどの美しさで身長は172cmほど、緑色の目と肩の辺りまである真紅の髪を持っている。

 赤銅色しょくどういろのフロックコートを着て灰色の長ズボンを穿いている。他にも白い手袋をはめ、首には赤い宝石が付いた金色のペンダントをかけていた。

 最後の一人は五歳くらいで身長が105cmぐらいの幼女だった。肩に届く長さの金髪に大きな赤い目を持ち、頭部には大きな黒いリボンを付けている。

 袖の長い青のワンピースを着ており、灰色と黒のボーダーのニーハイソックス、黒い靴を履いていた。

 眷属たちはゼブルを無言で見つめており、ゼブルも召喚された眷属たちを見ていた。


「突然呼び出して悪かったな、“魔将軍”たち」


 ゼブルは召喚された四人を見ながら低い声で語り掛けた。

 魔将軍と言うのはゼブルが自分で作った眷属たちに付けた称号のようなものだ。

 全員が眷属の最大レベルである90まで達しており、他のモンスターとは比べ物ならない強さを持っている。他にもモンスターたちを従えてゼブルに仕えているという設定もあり、多くのモンスターを従える眷属たちはまさに将軍と呼べる存在だった。

 ゼブルが声をかけると眷属たちは一斉に目を開けてゼブルに方を向いた。


「よぉ。呼んだか、ボス?」


 金髪の美少女はニッと笑いながらゼブルに声をかける。

 魔王であるゼブルに対してまるで友達と会話をするような口調をしているが、それについては問題ない。なぜなら金髪の少女のゼブルに対する接し方はゼブル自身が設定したことだからだ。


「見たところ眷属全員を一度の呼び出したようだが、それだけ厄介な状況なのか、大将?」


 狼の亜人は腕を組みながら意外そうな口調で尋ねる。声は低めで三十代後半ぐらいの男の声をしていた。

 ゼブルは眷属たちを見て小さな衝撃を受けていた。

 EKTの世界にいた頃は眷属たちは喋ったりせず、ただ表情が変えて命令に従うだけの存在だった。

 しかし今は自分が生み出した眷属たちが感情を持ち、自分の意思で喋っている。これは眷属たちの生みの親であるゼブルにとって驚くべきことであると同時に喜ぶべきことでもあった。


「……厄介な状況ってわけじゃねぇ。ただ、どうしてもお前たち眷属全員を呼ぶ必要があって呼んだんだ」


 眷属たちが自分の意思で喋り、考える姿をもう少し見ていたとゼブルは思っていたが今はやるべきことがあるため、気持ちを押し殺して話を戻した。


「厄介な状況?」

「そりゃ何なんだい?」


 狼の亜人と金髪の美女が不思議そうな顔でゼブルを見つめながら訪ねる。


「セミラミス、シムス、落ち着いてください。今から魔王様が説明してくださるはずですから」


 説明を求める二人に真紅の髪の美少年が話しかけ、金髪の美少女をセミラミス、狼の亜人をシムスと呼ぶ。

 美少年の声は少し高めでまるで声変わりしかかっている男の子のようだった。


「相変わらず落ち着いてんな、テオフォルス。お前はあたしら全員を呼び出した理由が気にならねぇのかよ?」

「勿論気になります。ですが、私たちが喋っていては魔王様も説明できませんから、黙って話を聞くべきです」


 セミラミスの問いにテオフォルスと呼ばれた美少年は笑いながら答える。

 テオフォルスはどんな状況でも冷静に状況を分析し、他人の話を聞く冷静さを持っているようだ。


「……アリス、お前はどうなんだよ?」


 セミラミスは呼び出されてからずっと黙っている幼女を見ながら声をかける。

 アリスと呼ばれた幼女は小さく欠伸をすると右手で目を擦りながらセミラミスの方を向いた。


「私も魔王様が説明してくれると思ってるわ。だから黙って待ってる」

「けっ! 相変わらず大人びた口を利く奴だな」


 見た目と違ってテオフォルスのように冷静な態度を取るアリスが気に入らないのかセミラミスは腕を組みながら子供のように不満そうな顔する。


「……お~い、そろそろ話を進めていいかぁ?」

「おっと、ワリィな大将」


 声を掛けられてシムスは謝罪し、他の魔将軍も全員が姿勢を正してゼブルに視線を向ける。


「んじゃあ、まずはお前たち魔将軍を全員呼び出した理由を説明するが、いいか?」

「ああ。だけどその前に聞きたいことがあるんだが……」


 セミラミスはチラッと視線を動かし、ゼブルの隣に立っている少女を鋭い目で睨む。


「ボスの隣にいる人間の女は誰なんだ?」


 低い声を出しながらセミラミスはゼブルに少女のことを尋ねる。

 声の低さやセミラミスの様子から機嫌を悪くしているのはすぐに分かった。恐らく魔王であるゼブルの近くに人間が立っていることが気に入らないのだろう。

 他の魔将軍たちも初めて見る人間の少女に注目していた。ただ、セミラミスと違って機嫌は悪くしておらず、興味のありそうな顔をしている。

 ティリアは自分が注目されていることに緊張しているのか苦笑いを浮かべていた。


「落ち着け、セミラミス。呼び出した説明するためにまずは彼女を紹介しておく」


 ゼブルはティリアの方を見ると彼女の頭に軽く手を乗せる。


「彼女はティリア。この世界で俺に力を貸してくれることになった人間だ」

「は、始めました。ティリア・モル・フォリナスと申します」


 ティリアは目の前にいる四人がゼブルの眷属だということから自分よりも立場が上だとすぐに理解し、頭を下げて挨拶をした。

 人間の少女がゼブルの協力者になると聞かされた魔将軍たちは意外そうな顔をする。そんな中でテオフォルスだけはすぐに表情を変え、真剣な顔でティリアを見つめた。


「……魔王様、先程この世界と仰いましたが、もしかして私たちは前にいた世界とは別の世界にやって来たのでしょうか?」

「流石だなテオフォルス。魔将軍の頭脳であるお前ならすぐに気づくと思ってたよ」


 否定されずに褒められたことからテオフォルスは予想していたとおり、別の世界にやって来たことを知って少し驚いたような顔をする。

 他の三人も違う世界に来ていると知って軽く目を見開いていた。


「おいおいおい、どういうことだよ、ボス?」

「落ち着けって言ってるだろう。今から順番に説明する」


 現状を理解できていない魔将軍たちにゼブルはここまでの経緯などを説明し始めた。


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