プロローグ
2065年、世界はサイバー技術が発展し、医療や電化製品、自動車など様々な物に使われる時代となった。
サイバー技術はゲームにも使われるようになり、新たなゲームが開発される。それが“VRMMOG”だった。
VRMMOGとはバーチャルリアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ゲームの略でゲームをプレイする人間が五感を通じてゲームの世界を体感できるというものだ。
ゲーム世界を現実のように体感できるという今までに無かった新感覚ゲームは瞬く間に有名となり、多くのゲーム会社がVRMMOGのゲーム開発を始める。そんな中、多くの人の注目を集めたのが“イビル・キングダム・タクティクス”と呼ばれるVRMMORPGだった。
イビル・キングダム・タクティクス、通称“EKT”は2071年にサービスが始まり、従来のRPGと違いプレイヤーが魔王となって広大なゲーム世界の人間や亜人たちの国を侵略していくというゲームだ。
侵略だけでなくモンスターと戦ったり、ダンジョンを攻略したりなどRPGならではの楽しみ方もある。何よりも通常のRPGのように悪に立ち向かうゲームと違ってプレイヤーが悪になるという斬新な設定が多くの人に注目されてゲーム登録をする人が増えていった。
魔王という立場からプレイヤーは人間ではなく悪魔やアンデッドなどの種族となっており、アバターはモンスターのような外見になっている。
選んだ種族によっては人間に近い姿にもできるが敢えて人間からかけ離れた姿にするプレイヤーも多い。アバターの種族や外見を自由に変えられるのもEKTの楽しさの一つである。
EKTは戦闘で敵を倒して経験値を得たりアイテムを使ってレベルを上げていき、レベルを上げることで特定の装備アイテムや魔法を使用することができる。
最大レベルは100でレベル100のプレイヤーはEKTの世界の小国を単身で滅ぼすことができるほどの強さだ。
レベル100になれば単身で敵国を攻めることも可能だが大抵のプレイヤーは配下のモンスターたちを従えて人間、亜人の国を征服し、その国の資源を手に入れたりNPCを労働力として利用したりする。
時には自分の領土に攻め込んできた人間側や他のプレイヤーの軍隊と戦ったりして相手の財産などを奪ったりもするのだ。中には争いを避けるために同盟を組んで資源やアイテムなどを分け合ったりもするプレイヤーもいる。
EKTにはレベルを上げる以外にも職業を得るというシステムがある。
職業には大きく戦士系と魔法系の二種類があり、それぞれが武器や魔法を使った戦いを得意としているのだ。
EKTの職業にはメインとサブの二種類があり、プレイヤーはゲームを始める際にメイン職業を戦士系と魔法系のどちらかを選べる。ある程度レベルが上がるとサブ職業を習得できるようになり、サブ職業はメイン職業とは異なる職業を選ぶことができる。
例えばメイン職業に戦士系の職業を選んでサブ職業を魔法系の職業にすることができる。こうすることで戦士でありながら魔法を使用することができ、様々な戦術を使うことが可能になるのだ。
職業には上級職、中級職、下級職の三種類がありメイン職業は上級職まで成長させることができる。
サブ職業も上級職まで成長させることは可能だがその場合はサブ職業は一種類しか習得できない。
中級職なら二種類までサブ職業を習得できる。要するに上級職にしてサブ職業を一種類だけ得るか、中級職で止めて二種類のサブ職業を得るか選べるということだ。
サブ職業を一種類にするか二種類にするかでそのプレイヤーの強さは変わってくる。ただ、サブ職業を二種類修めているから一種類しか修めていないプレイヤーより強いというわけではない。
プレイヤーの技術や知識も戦闘に大きく関わってくるため、サブ職業の数を多くするかどうかはそれほど重要ではないのだ。
EKTには他にも“眷属”と呼ばれるプレイヤーに味方するNPCが存在する。眷属はプレイヤーがモンスターにプレイヤーと同じ能力を与えた存在でプレイヤーと同じようにメイン職業、サブ職業を習得できる。
眷属にしたモンスターは姿を変えたり、設定を作ったりすることができるのでプレイヤーは自分だけの眷属を作って共に戦わせることができるのだ。
因みに眷属は課金者であれば六体まで創ることができるが無課金者は三体までしか創れない。
EKTでは戦闘を行うだけでなくNPCを捕らえて奴隷やモンスターの素材にしたり、拷問をして人間側の情報を得ると言った悪役らしい行動を執ったりもする。
敵NPCの奴隷化や拷問など非人道的な行動が執れるため、EKTには年齢制限があり十五歳未満の人はプレイは勿論登録もできない。
更にEKTの一部には性的内容のシステムも組み込まれており、そのシステムは十八歳未満のプレイヤーは使用できなくなっている。
他人を傷つけたり性的行為を行えるEKTはサービス開始直後には多くの人から批判を受けていた。ゲームをプレイした者たちが悪影響を受け、実際に犯罪を犯したらどうするのだと炎上したこともあったのだ。
しかし運営側はEKTの世界でなら違法なこともできるので衝動の強い人たちのストレスを発散し、犯罪数を減らすことに繋がると発表した。
説明を聞いた人たちは一理あると考えるようになり、結果人々は運営側の説明に納得して炎上もしばらくしてから収まった。
万が一EKTプレイヤーたちが犯罪を犯したとしてもEKTに登録した者は名前や生年月日など一部の個人情報を登録することになっている。そのためEKTプレイヤーが犯罪を犯した際は警察に情報が送られるようになっているのだ。
犯罪を犯したプレイヤーは当然EKTをプレイすることはできなくなくなり、登録も消されてしまう。それだけでなく他のVRMMOGの運営側にもそのプレイヤーの情報が伝わるため、最悪全てのVRMMOGをプレイできなくなるかもしれない。
サイバー技術が発展した今の時代なら個人情報から特定の人物の居場所をすぐに突き止めることもできるので警察はEKTプレイヤーに限らず犯罪を犯した者を容易に発見、確保することができる。勿論プライバシーなどもあるため、必要なこと以外は登録する必要はない。
VRMMOGをプレイできなくなるので犯罪は犯してはいけない、とプレイヤーたちに思わせることで犯罪発生率を低下させるというのもEKT運営側の考えでもあった。
プレイヤーが魔王であること、広大なマップや様々なシステムを楽しめることからEKTは炎上が収まった後も人気を上げていき、サービス開始から僅か一年でVRMMOGの人気ランキングベスト3にまで上がった。
そしてサービス開始から五年後、一人の魔王の運命を大きく変える出来事が起きる。
――――――
黒と灰色のタイルが貼られた床に金色の大きなシャンデリアが吊るされた高い天井。壁は無数の絵画が掛けられた広い部屋で見た目は西洋のエントランスホールのようだった。
ただ、部屋の中には人間の姿はない。いるのは人型の悪魔や獣人、スケルトンなどモンスターのような存在だけだった。
しかも全員が高級感や威圧感を感じさせる鎧やローブなどの服装をしており、多くがマントを羽織っている。明らかに普通のモンスターとは違う雰囲気を漂わせていた。
此処は“魔王迎賓館”と呼ばれるEKTのプレイヤーたちが集まる特別な場所で他のプレイヤーとコミュニケーションを取ったり過去のイベントの映像を閲覧、館内にあるショップで買い物などをすることができる。部屋の中にいるのは殆どが魔王であるプレイヤーなのだ。
EKTのプレイヤーは初めてゲームをプレイする時に使用するアバターの種族を選ぶ。種族は七種類あり、種族によってレベルアップ時に上昇するステータスや得られる技術などが変わってくる。
多くのプレイヤーはステータスのバランスが良く、悪魔や人間に近い外見にしやすい“高魔族”や闇の属性に強くアンデッドの能力を得られる“死霊族”を選ぶ。
他にも物理攻撃力が高く獣の姿をしている“魔獣族”、魔法攻撃力とMPが高くダークエルフのような魔法が得意な亜人の姿をした“妖魔族”などがあり、プレイヤーたちは能力や自分の好みで種族を決めている。
部屋の中にはプレイヤー以外にもショップのカウンターや受付などを任されている魔王側のNPCもいるがプレイヤーたちと比べると平凡な服装で亜人に近い姿をしていた。
プレイヤーたちはNPCからアイテムを受け取ったり他のプレイヤーと会話をしたりしながらEKTを楽しんでいる。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
ショップのカウンターに立つ猫耳を生やした黒いスーツ姿の女性NPCは満面の笑みを浮かべながら目の前に立つプレイヤーに挨拶をする。
NPCの前に立っているプレイヤーは人型の甲虫の姿をしており、がっちりとした体形で濃い緑色の甲殻に覆われている。両手は人間と同じ五本指だが足には鉤爪状の爪が二つ付いているだけだった。
鋭い黄色の目と下顎を持ち、頭部からは反りの入った二本の角が前に向かって伸びている。人間の鼻がある部分からも頭部の角と比べて僅かに短く上に向かって反れながら伸びる角が一本生えていた。その姿は二足歩行するアトラスオオカブトのようだ。
身長は175cmほどで頭部の角を加えると185cmはあり、金の装飾が入って胸の部分に真紅の宝玉が付いた漆黒のプレートアーマー、真紅のマントを装備している。
ただ体中が緑の甲殻で覆われて鎧を身に着けているような姿なのでその上からプレートアーマーを着ると若干複雑そうな見た目だ。
「よし、何とかお目当ての物は買えたな」
甲虫のプレイヤーは右手に持つ四角い黄色の水晶のようなアイテムを見ながら満足げな声を出した。
「ねぇ、あれが噂のゼブルってプレイヤーなの?」
「ああ、そうだよ。今回のイベントでも派手に戦ったみたいだぞ」
角を生やした美少女悪魔のプレイヤーと人型の虎の姿をしたプレイヤーは昆虫のプレイヤーを見つている。
ゼブルと呼ばれる昆虫のプレイヤーは他のプレイヤーが自分のことを話しているのに気づいておらずNPCの方を向いたままだった。
ゼブルは魔王の種族で昆虫の姿をする“魔蟲族”を選んだプレイヤーで剣士系の職業をメインにしており、メイン職業も既に上級職となっている。
魔蟲族は七つの種族の中でHPと防御力が高く、選んだプレイヤーは防御系の職業を使うと言われている。
だがゼブルは防御系ではなく攻撃系の職業である剣士系を選んだ。
「今回もイベントの“勇者”を倒して超強力な“魔神賞”を手に入れたって話だ」
「ウッソ、それって凄くない?」
ゼブルが予想以上に凄いプレイヤーだと知り、美少女悪魔のプレイヤーは意外そうな声を出した。
プレイヤーが魔王であるEKTの世界で絶対に欠かせない存在がいる。それは勇者だ。
EKTではNPCの国を征服したり、他のプレイヤーと戦う以外にもEKTの世界に最初から存在したり、イベントで出現する勇者を倒すことも楽しみの一つだ。理由は勇者を倒すことで魔神賞を得られるからである。
魔神賞とは勇者やレイドボスのような複数のプレイヤーが協力して討伐するボスを討伐した際に運営側から送られる特別な報酬のこと。魔神賞で得られる物はアイテムや魔法、モンスターなど色々あり、その全てが強力なものばかりだ。
勇者を倒したプレイヤーは数種類ある魔神賞の中から一つを選んで手に入れることができ、それを使って自身や配下のモンスターを強化したりすることができる。
EKTに最初から存在している勇者は一度倒してしまうと二度と蘇らないが期間限定のイベントで出現した勇者は倒されてもイベント期間中は何度も復活するため、討伐できなかったプレイヤーも挑戦することができる。
ただし一度勇者を倒したプレイヤーは同じ勇者と再度戦うことはできない。理由は同じプレイヤーが何度も勇者を討伐してそのプレイヤーが複数の魔神賞を手に入れるのを防ぐためだ。
魔神賞で得られる報酬は強力なため、EKTには一つずつしか存在しない。つまり同じアイテムや魔法、モンスターを所有するプレイヤーは二人いないということだ。
更に魔神賞は勇者が倒される度に数が減っていき、討伐が遅れると先に討伐したプレイヤーに狙っていた物を取られてしまうこともある。
ようやく討伐して魔神賞を選ぼうという時にほとんど残っておらず、二三個の中から選ぶしかないということも珍しくない。
要するに時間が経てば経つほど選べる魔神賞の数が減り、欲しい物が手に入る可能性が低くなってしまうということだ。
故に多くのプレイヤーは狙っている魔神賞を手に入れるため、誰よりも早く勇者の討伐しようと考えている。
ただ、勇者はレベル100のプレイヤーに匹敵する強さで、並みのモンスターやNPCとは比べ物にならない力を持っているため簡単には倒せない。当然EKTをプレイしたばかりのプレイヤーでは倒すのはまず不可能だ。
EKTを知る人の中にはいくら勇者が強くてもレベル100で強力な装備やアイテムを持つプレイヤーなら問題なく倒せるのではと考える人もいた。だが実際はレベル100のプレイヤーでも勇者を倒すのは簡単なことではない。理由は勇者と戦う際は単身で挑まなくてはいけないからだ。
他のプレイヤーと共闘するのは勿論、モンスターと共闘することもできず、プレイヤーは一人で勇者と戦わなくてはならない。
どうして単身で挑まなければならないのか、それは「魔王が宿敵である勇者と戦うのに他の魔王やモンスターと共闘するのはおかしい」と運営側の馬鹿げた考えがあるからだ。
普通なら運営側はふざけていると思うかもしれないが、ファンタジーやゲーム好きが多いプレイヤーたちは運営側の考えに納得したため、単身で戦うことに不満を感じたりはしなかった。
ただ例外として勇者が仲間を引き連れて現れた際はプレイヤー側も眷属やモンスターを従えて挑むことが許されている。
「そんじゃあ早速コイツを使いに行きますか」
しばらく水晶を見たゼブルがチラッと右に視線を向ける。するとゼブルの右側に紫色の魔法陣が展開され、ゼブルは水晶を持つ手を魔方陣に近づけた。
右手は水晶と一緒に魔法陣に吸い込まれていき、右手を引き抜くと手の中にあった水晶は無くなっている。ゼブルが右手を引く抜くと同時に魔法陣は消滅した。
ゼブルの前に現れた魔法陣はプレイヤーたちが手に入れたアイテムを収納する空間に繋がる入口で収納するだけでなく、使用する時に取り出す際にも使う。つまりアイテムボックスのことだ。
ただ、戦闘中などで瞬時にアイテムを使いたい場合はアイテムボックスに入れるだけではなく、メニューを開いて装備する必要がある。
装備しておけばわざわざアイテムボックスを開かなくても一瞬にしてアイテムを手元に出すことができるので戦闘中に使った際も大きな隙ができる心配が無い。
水晶をしまったゼブルは振り返り、マントをなびかせながら歩きだす。その姿を近くにいたプレイヤーたちは無言で見つめている。
周囲の視線に気づいていないゼブルは歩いた先にある扉の前にやってくるとゆっくりとドアノブを回して扉を開く。開いた扉の先は夜の平原となっていた。
魔王迎賓館はEKTの世界とは違う別の空間にあるという設定で特定のアイテムを使って専用の入口を開かなくてはいけない。
帰る場合は部屋にある扉を潜れば魔王迎賓館に来る時に入口を開いた場所に戻れる。
「……もう夜になってやがる。長いことあっちに居すぎたが」
平原に出たゼブルは星空を見上げながら呟く。
ゼブルが魔王迎賓館を訪れる時は夕方だったため、ゼブルは長時間魔王迎賓館にいたことに気付く。
ゼブルの後ろでは魔王迎賓館に繋がる扉も閉まり、靄が搔き消されるように消滅した。
「夜になってるってことは現実も夜になってるってことだよな」
再び呟くゼブルが視線を右上に向けると視線の先には「19:25」と時計が映っていた。
ゼブルたちプレイヤーの視界には時計以外にもレベルや現在地、HPやMPなどアバターの情報が映されるようになっているのだ。
EKTの時間は現実の世界の時間とリンクしているため、視界に映っている時計は現実の世界の時間を表している。
「くそぉ~また飯の時間までやっちまったぁ。前もプレイに夢中になって夕飯の時間になってたことに気付かずにいたんだよなぁ~」
甲殻で覆われた後頭部を掻きながら昔の過ちを思い出すゼブルは小さく溜め息をつく。
普通なら夕食の時間までゲームをしていれば家族や同居者に注意されるだろう。だがゼブルは現実世界では自然保護官を務める二十代半ばの独身男、そのため夕食時間までゲームをやっていても注意されたり叱られることはない。
だがそれでも食事の時間にはEKTを止めて規則正しい生活を起ころうとしているため、同じ過ちを犯したことに情けなく思っていた。
「……早いとこログアウトして飯を作ろう。今からだと食えるのは……八時頃か?」
独り言を言いながらゼブルは右手を動かし、ログアウトするためにメニュー画面を開こうとする。そんな時、高い音が響いてゼブルは手を止めた。
「何だ、メールか?」
存在しない耳でメールの受信音を聞いたゼブルが視線を動かして視界の左下を確認する。視線の先にはメールが届いたこと知らせるメールアイコンが映っていた。
「こんな時間に誰からメール? まさか同盟を組んでる魔王の誰かか?」
不思議に思いながらゼブルがメールアイコンをタップするとメールが開かれる。
メールは上から題名、差出人、内容となっておりゼブルは上から順番に確認した。
「……何だこりゃ、題名と差出人が書かれてないぞ」
普通ではありえないことにゼブルは驚きながら空欄になっている箇所を見つめる。
EKTではトラブルを防ぐためにメールを送る際は題名と差出人を必ず記入しなくてはいけないことになっており、どちらか片方でも記入し忘れると送信できないようになっている。それはプレイヤーだけでなく運営側も同じことだ。
ゼブルは題名と差出人の部分が空欄なのにどうしてメールが送られてきたのか疑問に思いながらも内容部分に目をやる。上の二つと違って内容はちゃんと記入されているのでとりあえず内容を確認した。
「何だこれ……」
メールの内容にゼブルは呆れたような口調で呟く。
記入欄には「選ばれし魔王、彼の地へ向かい魔王の使命を果たせ」と短い文章が書かれてあった。
普段なら運営側から何かのイベントの報告だとゼブルは考えるのだが、今回のメールは題名も差出人も書かれておらず突然送られてきたため、運営側の報告でも他のプレイヤーが悪戯で送ったメールでもないかと思っている。
「訳の分からないメールだな。題名と差出人の欄を書かれていないから誰かが送ったメールではないだろうし……てことは運営側で何かトラブルが起きたのか?」
メールを見ながらゼブルは腕を組んで考える。
しかし何の情報も運営側からの連絡も無いため、現状ではいくら考えても分からなかった。
「まあ、考えたところで何かが変わるわけじゃねぇし、ひとまず置いとこう。それより早くログアウトしねぇと」
夕食の時間が更に遅れてしまうと感じたゼブルは急いで開かれたメールを閉じる。
ところがメールを閉じた瞬間、ゼブルは強烈な光に包まれて視界が真っ白になった。
「うわぁっ! な、何だぁ!?」
何が起きたのか理解できずゼブルは思わず声を上げる。幸い光に包まれてもダメージは無かったため、誰かが攻撃を受けているわけではないとゼブルは予想した。
何が起きているのか分からないゼブルは周囲を警戒しながら光が治まるのを待つ。
しばらくすると光が治まってきたのか徐々に辺りが見えるようになり、ゼブルや警戒したまま周囲を確認する。驚いたことにゼブルは先程までいた平原とはまったく違う場所にいた。
頭上には変わらず星空が広がりっているが周りには大小様々な大きさの岩や石が転がっている。そして足元には数十mの高さの崖があった。
「おわぁ、危ねぇ!」
目の前の断崖絶壁に驚いたゼブルは慌てて後ろに下がる。距離を取ったゼブルは一度深呼吸して落ち着きを取り戻し、改めて辺りを見回す。
ゼブルは小さな広場におり、岩や石ばかりで植物は殆ど無い殺風景な場所だった。遠くには凸凹した岩道があり、夜だからか静寂に包まれている。
周囲の確認を済ませたゼブルが崖に近づいて真下を覗き込むと森か林と思われる樹木が密集した場所が広がっている。
現在地と崖の下にある森林からゼブルは自分が何処かの岩山にいると推測し、ゆっくりと崖から離れて広場の中央へ移動する。
「さっきまで平原にいたのにいつの間にか岩山に移動している……現状から考えるとあの光に包まれたことで強制的に別の場所に転移したってことになるよな」
顎の部分に手を当てながらゼブルは状況を整理していく。
連続で予想外のことが起きたのでゼブルは少し動揺しているが冷静さを失ってはいなかった。
「さっきのメールと言い、突然の転移と言い、本当に運営側で何か問題が起きてるのかもしれねぇな」
長いことEKTをプレイしているが今回のように連続で問題が起きたことはなかったのでゼブルは現状に少し驚いていた。
「とりあえず、俺自身に何か問題が起きてないか確かめとくか」
もしかすると気付かない内にアバターにも何か問題が起きてるかもしれないと感じたゼブルはステータスを確認するためにメニューを開こうとする。
今日まで苦労して手に入れたアイテムや魔法、技術が消滅しているかもしれない。嫌な予感をさせながらゼブルや手を動かす。
ところが、どういうわけがいくら手を動かしてもメニューは開かれない。
「何だ? どうしてメニューが開けねぇんだ?」
ゼブルは再び起きた予想外の出来事に驚きながら何度も手を動かすが、やはりメニューは開かなかった。
「おいおいおいおい、どうなってんだよ!」
メニューが開けなければログアウトも運営側に緊急の連絡を入れることもできない。今まで落ち着いていたゼブルも流石に焦りを感じ始める。
いったい何が起きているのか、ゼブルは動揺しながらもう一度周囲を見回す。そんな中もう一つ異変が起きていることに気付いた。
今まで視界には自分のアバター名やHP、時計などが映っていたのに今はそれが消えているのだ。それはまるで現実世界の自分の視界のようだった。
突然見慣れない岩山に転移し、メニューが開けずに視界も変化している。ゼブルは驚きのあまりその場で立ち尽くした。
「……いったい何が起きてんだよぉっ!」
必死で冷静さを保とうとしていたがそれも我慢できなくなったのか、ゼブルは驚きと苛立ちの籠った声を上げる。
静寂に包まれた岩山にゼブルの声が大きく響いた。
本日より新作を投稿します。
前々作に似た物語と設定になっており、魔法やスキルも一部同じものを使う予定です。
今回は主人公が悪役という設定になっており、異世界で魔王として活躍します。
面白い作品にしていくつもりですのでよろしくお願いいたします。